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三番町co-lab このエントリーを含むはてなブックマーク  / 2008年01月30日(水)
仕事をしている3Dクリエイターを訪ねて、はじめてこのビルに立ち入った。クリエイターの工房スペースが集積している古いビル(2年後に取り壊しが決まっているそうだ)である。

打ち合わせを終え、「見ますか?」と言われて、屋上から各フロアをひととおり案内してもらう。

いやー、これはおもしろいなー。と思わず目が輝いて羨ましくなった。その間にも、案内してくれている彼に声をかけてくる仲間などがいて、紹介したりされたり、いくらでも人脈が広がりそうだ。15年前だったら、レジデントになりたくて、つてを探しまわったことだろう。

 
Posted at 16:09 / city / この記事のURL
書くことを愉しむこと このエントリーを含むはてなブックマーク  / 2008年01月23日(水)
野夏生「魂萌え!」を、ブックオフで求めた文庫で読む。風吹ジュンの映画を見てしまったものだから、今まで読まないで放置しておいたのだが、いやー、やっぱりここでも、「映画は別物」なのだった。といっても、何も、結末が違うということを言うのではない。

前へ前へと進もうとする宿命的な桐野節によって積み重ねられるこの教養小説は、最後に、ほぼ1章を費やす6人の登場人物の会食というクライマックスを迎える。そこでの面白さは、おそらく映像化不可能だろう。小説的技巧を駆使しながら端整なさげまで導く作者の手際は鮮やかで、しかも滅法楽しげに書いているのが良い。いろいろ、捨てたもんじゃないという気になれるからである。

 
Posted at 21:28 / review / この記事のURL
巡査(BlogPet) このエントリーを含むはてなブックマーク  / 2008年01月22日(火)
んだりんは、へんしう長と巡査は覚醒したかったの♪

*このエントリは、ブログペットの「ぱんだりん」が書きました。

 
Posted at 07:13 / panda / この記事のURL
コーヒーショップ三態 このエントリーを含むはてなブックマーク  / 2008年01月16日(水)
座、よくわからない打ち合わせが終わって。「コーヒーでも飲んでく?」とタリーズを探す。なぜタリーズかというと煙草が吸えるから。銀座には1号店があるはずなのだが、見つからず、日は暮れて寒さは募り、松屋の裏にスタバを見つける。シアトルでは、タリーズを探すにはスタバの前に立ってあたりを見回せば良いと言われるが、やはり見つからず、とうとう諦めてプロントに入る。ここは17時以降はバータイム。焼酎を飲む。アタリメのつまみもあるようだ。なんだかなあ。

 
Posted at 22:31 / city / この記事のURL
空の環 このエントリーを含むはてなブックマーク  / 2008年01月15日(火)
日の朝のこと、遅く起きだしてテレビを点けると、日テレ「スーパーモーニング」は「歌手克美しげるの転落人生」なる、およそ成人の日にふさわしからぬ企画をやっていて、臘人形のような顔をした71歳の克美しげるが、当時の事務所があった麻布の裏通りに立って、こちらへ向かうと本宅、こちらへ向かうと (のちに殺害してしまうことになる) 愛人宅、あの頃の自分は毎日毎日5年間以上も、律義にこの三角形をあくせくとなぞっていたのだ、と語っていた。

みるみる覚醒していくような思いで画面から目が離せなくなったのは、克美が、目を泳がせながら、随分変わって当時の面影はないなあ、とつぶやきながらも、小さな公園に目をとめ、「あ、狸穴公園だ…!」と小さく叫んで歩み寄るその足どりが、テレビには珍しい、作為を超えたものだったからだ。

今は違う名がついているその公園に立って、克美は、東京オリンピック開幕の日、事務所ビルの屋上に上がって、自衛隊のブルーインパルスが東京の空に描く5色の環を眺めたことを思い出し、その環があたかも自分を祝福してくれているかのようだった、と語った。昭和37年、視聴率70%を超える紅白歌合戦に「さすらい」で2度出場した絶頂期のことだという。この克美の言葉をとらえた一連の画面は、およそテレビらしからぬ、驚くほど感動的なものであった。

その後、番組は、克美の逮捕、仮出所中の公開謝罪 (これはスゴイ)、出所後にカラオケ教室で成功するも覚醒剤で検挙されたこと、バンド仲間だった大谷羊太郎氏との邂逅、現在の奥さんのインタビュー、などと見ごたえのある画面でつなげられていったのだが、もっとも心に残ったのは上述の克美の台詞だった。むかし、転移21でも克美しげる事件を題材にしていたけれど、そこにはなにか昭和の時代精神と東京をつなぐものがある。テレビは克美しげるの衰えた声帯を通してそれを伝えた。

 
Posted at 09:19 / tv / この記事のURL
村の朝 このエントリーを含むはてなブックマーク  / 2008年01月11日(金)
から三菱村に呼び出される。萩尾望都のSFを思い起こさせるガラスの回廊から見下ろす中庭に降りて一服。IDを首から下げた小父さんたちが次々降りてきては、「オッ、今日はあったかいね」なんて言いながら、目に見えないクラブを軽くスイングしたりして、心あたたまるのどかな朝の一風景。

 
Posted at 15:48 / city / この記事のURL
夜、川を渡る このエントリーを含むはてなブックマーク  / 2008年01月10日(木)
夜は、年末に引き続いて宮崎料理「魚山亭」。3F新寮もいい感じ。料理旨いし。

途中でなみなみと注がれる焼酎に変えたのだが、これで、てきめんに酔ってしまう。家が遠ざかって、まいった。

今日はもうカンベンしてくださいねと思いながら、自転車でヨロヨロと川を渡る。

 
Posted at 08:37 / city / この記事のURL
東京の味はたぬ子の味 このエントリーを含むはてなブックマーク  / 2008年01月08日(火)
ち食いそば好きである。ダシとそばツユのにおいが漂ってくると、ついふらふら戸を開けたくなる。こうるさいそば食いが目の色を変えるのとはちょっと違う涅槃を味わいたくなるのだ。

といっても、入った店を記録したり、そばの味に点数をつけるような酔狂なことはしないのだが、それでもいちばん好きなのは、横浜駅高島屋前の、つねにもうもうと湯気だつ立ち食いそば屋。働くおばちゃんたちの手際がほれぼれするほどいい。これはメチャクチャ混んでいるからで、注文してから丼が出て来るまでは長くても10秒だ。ざく切りの葱といい、太いそばといい、野趣あふれる味である。あと、中学生のとき食べた西武線石神井公園駅構内のそばは旨かったなー。

で、帰りがけに小腹がすいて、渋谷駅宮益ガード (と言うのだね) のそば屋に入る。生麺という張り紙に惹かれたのである。

頼んだのはたぬ子そばで、これはカツカレーと同じであたりはずれが少ないからだ。このへん、立ち食いそばへの愛憎が交錯しているというか、結局、がっかりする機会も多いのだ。この店は場所柄かたぬ子400円と高め。

しかし頼んでしまってから見回すと、客のいない店内に貼られたメニュには、ガード下らしくカップ酒と記されてあるのはいいものの、カレーライスや豚チリ丼なるもの、こってり背脂系ラーメン、つまみ風の小皿まで、行楽地の茶店ふうに並んでいて、これはやはり期待すべきではなかったかと後悔がよぎる。

やがて女の子が運んできたたぬ子そばは (この店はテーブルと椅子があり、給仕つき…これがまた期待をそぐ)、ヒジョーにあっさりした見た目で、食べ始めるまでは「やっぱり…」という感じだった。しかし意外にも生麺というのは本当らしく、細いそばもツユも結構旨かった。めでたしめでたし、ということでこの店の話はおしまい。

ところで関西ではたぬきというと違うものが出て来ると人は言う。新潟出身の今の社長は、たぬきそばも、天かすの入ったそばも、東京に出て来てはじめて食べたそうだ。天かすは捨てるものでそばに入れるものじゃないだろう、というのが食べる前の第一印象だったらしい。

筆者の乏しい体験でいうと、西へ行くにつれてそばは不味くなり、反比例してうどんは聖なる食物にまで昇華する。立ち食いそばのあの真っ黒なそばツユも、関西人は苦手だろう。

そういうわけで、たぬ子そばは東京の味、と勝手に決めつけているのである。


 
Posted at 20:42 / city / この記事のURL
亀和田武とか大塚英志とか このエントリーを含むはてなブックマーク  / 2008年01月08日(火)
うべは田町で。80年代にサブカル系雑誌(劇画アリスとか)にデザイナーとしてかかわっていたひととむかし話など。6時半から飲み始めたので、まだ客はおらず、カウンターは入口の風が当たって寒かった。

当時はもちろんサブカルなんて言葉はなく、そして、先日書いたように、今もまた存在していないように思える。80年代にはマイナーとかアングラとか言っていたのではなかったか。90年代を迎えて雲散したそれらを復活させようとするポストバブルな呪文が、サブカルチャーという言葉だった。おそらくサブに対置する“メイン”を補強する機能もあったのだろう。10年たてば何でもそうだが、今となってはのどかな話である。

 
Posted at 08:46 / city / この記事のURL
大ぬこ去る このエントリーを含むはてなブックマーク  / 2008年01月07日(月)
事はじめの者が大半だろうに、いきなり人身事故で50分遅れている。もしや、仕事はじめの重圧に耐えられなかった人がいたのだろうか。

年末にわが家にやってきた大猫は、縁がなかったとのことで (保護主の弁)、ゆうべあっさりと引き取られていった。まったく予想しなかった成り行きに、ぼうぜんのていである。

 
Posted at 11:11 / agatha / この記事のURL

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