months
Yapme!一覧
読者になる
    世間は匿名性を無化できるか このエントリーを含むはてなブックマーク  / 2010年05月27日(木)
    今更ながら、BSの番組の勝間和代とひろゆきの対談の文字起こししたものを読んだ。

    映像を見ないのはホリエモンと同じ理由で、たしかに映像メディアは遅い、とゆか、飛ばし見ができないからで、ホリエモンは電藝が諦めたメディアであるところのメルマガで相当儲けている勝ち組だから(笑)、なおさら文字メディアを過信してもいるのだろう。昔から言われるところの、ランダムアクセスができるメディアであるからだ。これは、寝転んで読める文庫本はメディアとして優れている、という浅はかな短い文章を20年(?)も前に潮文庫のしおりに寄稿した坂本龍一が、iPadの登場でにわかに正当化されそうな勢いであることにも似ている。そんな話はどうでも良いのだが。

    くだんの対談については、例によって大抵のことがネットの中で語られ尽くされているし、勝間が狙うそうしたプロモーション効果に与したくもないし、だからああいった企画上の齟齬をテレビで見て驚いたり面白がったりする素朴さには呆れもする。問題意識という発想からあえて無縁であろうとするひろゆきを、妻の話題に無関心を通す家庭の夫というドメスティックな比喩で表現する勝間の必死のユーモアもまた、文字通りどうでもいいのだが、対談相手が2ちゃんの創設者だからというので、とくに戦略がなく、ネットの匿名性とトレーサビリティという話題から対談を始めた勝間は、やはりマーケッタとして目があるということなのか。

    TBSラジオ「アクセス」のずいぶん前のポッドキャストを聞いたのだが、冷泉彰彦という人が『「関係の空気」「場の空気」』という自著のPRの中で、日本語は窒息しかけているが、どんな人間にも直接ツイートを飛ばせるtwitterは、匿名性によってそこから逃れているという、本人はtwitterなんてやってないんじゃないの、というようなことを話していて、これにくらべると、糸井重里がtwitterを「書き手の環境をつなげるものであるらしい」とか書いているという話は、“世間”が匿名性に優先される実際を示している。

    さらに続けて、トレーサビリティを「ネットID」導入によって実現しようとすることについての、いわゆる識者の議論みたいなものを続けて読みもした。このへん、RSSリーダに勝手に入ってきている話題を順番に読んだりしているだけなのだが、あまりに古く、しかし根源的な問題であるネットの匿名性を、制度や世間を総動員して、なんとか剥ぎ取ろうという空気が醸成されつつ昨今、という感じである。中学生のネットいじめの話を聞くたびに、そんなのネット回線を切ればいいんじゃないのと思うのは、今や暢気すぎる意見なのか。

    Posted at 23:39 / net / この記事のURL
    この記事のURL
    https://yaplog.jp/blogdengei/archive/832
    こうこく
       
     Powered by yaplog!