みずいろの手紙(2)

April 30 [Wed], 2008, 17:30


「お元気ですか・・・」ではじまる「みずいろの手紙」は,あべ静江がうたって1973年に大ヒットした曲である.

この唄が流行っていた,筆者が中学生の頃,音楽の先生が入院してしまったので臨時教師のY先生が着任された.

うそっ!あべ静江そっくりだ・・・・・

Y先生は見た目も声もテレビの向こうにいるあべ静江そっくりで,放課後の音楽室で「みずいろの手紙」とか歌謡曲をエレクトーンで弾いてもらったものだ.

当時,こんな若い先生なんていなかったのですっかり舞い上がってしまった.

あべ静江と筆者は何の関係も無い(あたりまえ)が,後になってこの辺の妙な一致がわかってびっくりすることになる.

まず,このY先生,当時音楽大学を出たばかりの頃だったと思うが,なんとあべ静江と同い年.ちなみに1951年生である.
筆者の姉も1951年生.
要するに「あべ静江=Y先生=姉」という年齢等号が成立する.
(あくまで年齢だけ・・・・をい)

でもって,実はY先生と姉は同じ高校(筆者も)の同学年だった.

何年か前,姉に「高校の頃,同じ学年でYさんという(キレイな)のがいたのを覚えているか?」と聞いたことがある.
あべ静江にそっくりで,その頃筆者の中学に臨時教員として来たことなど説明したやったが,「ぜんぜん記憶に無い.」ときっぱりはっきり言いやがる.
(もしかして,おぬし知っておるな?)

まーそんなこんなで遠い時代,田舎での胸きゅんな話しだが,何年か前,高校の同窓会名簿をぱらぱらめくっていやら・・・・

なんとY先生,よりによって当区に住んでる(もちろん結婚してたが).

住所によると筆者家から歩いて15分ほどのところ.

なんとまあ・・・・・

お元気ですか?そして今でも・・・・

みずいろの手紙は開けない方がいいのだろうか?

みずいろの手紙(1)

April 29 [Tue], 2008, 23:46


「お元気ですか・・・」ではじまる「みずいろの手紙」は,あべ静江がうたって1973年に大ヒットした曲である.

便せんに向かって,身の回りのことを楽しそうに書き連ねながらも,実は彼からの手紙が最近途絶えがちなことに気がつかないフリをしている.

きっと,忙しくて手紙を書くヒマが無いのだろう.
きっと,郵便が届くのが遅れているのだろう.
だから手紙を読んで逢いに来て欲しい・・・

1973年当時はネットや電子メールなんてものはなくて,遠くのヒトと連絡を取るには正に手紙しかなかった.
ん?電話があるって?

ちっち・・・・
今と違って長距離電話がバカ高い時代だったので,おいそれと電話などできなかったのだ.

地域にもよるが,手紙が相手に届くまで3〜4日,相手が手紙を返事を書くのに3〜4日,返事が戻ってくるのにこれまた3〜4日・・・・行って来いで最短でも二週間近くかかるワケで,その間じりじりと過ごすワケである.

時間をかけて気持ちや想いを交換していくからウタになったのであろう.

夜一段落した落ち着いた時間を使って手紙を書くことが多いが,夜にペンを持つとつい気持ちが高ぶってしまいけっこう激しい文面になりがちだ.
夜に書いた手紙を朝読み返してみたら,なんかこー「うげげーなんじゃこりゃあ!」とこっ恥ずかしくなって破り捨てたり書き直したことがあるだろう.

もー手紙を出すまでに十分物語になっているのだ.

現代は電子メールで,それこそ地球のウラ側でも瞬時に届いてしまう.

さらさらっと書いて「送信」を押せば,もうそれだけで届いてしまう.
読み返して間違いを直す余裕もないというか忘れがちである.
メールを送って返事が来ないのは,九分九厘「向こうにその気がない.」からだ.
白黒が短時間に決着してしまう.

あれこれ想いをはせながら過ごすというのが無くなった.

ネットからダウンロードした「みずいろの手紙」をケータイにおさめてヘッドフォンで聴きながら,ふとそう思った.

横浜へ?

April 28 [Mon], 2008, 23:26


関内のレンキョー事務所へでかけた.
このところ仕事の都合でウィークデーの会議にはまるきり出席できないでいたのだが,黄金週間の中,事務手続きやPCのメンテナンスに・・・・

いろいろ荷物もあったのでクルマででかけたが,この時期,横浜の繁華街は正に観光モードである.

それにしても筆者もいちおう住所表示は横浜市内なのだが,そんな意識はないのか,関内のレンキョー事務所に行くとき家族に何と言うか・・・

「ちょっと,横浜に行ってくる」・・・orz

事務所へのクルマでのルートは,港南区から磯子区に出て根岸の森林公園脇を経て「港の見える丘公園」をかすめて元町・中華街から入っていくのだが,外人墓地あたりから「もうお上りさん状態」である.
中華街を通過して街路樹の向こうに横浜公園が見えたりすると,ひとりクルマの中でハンドルをにぎりながら「横浜じゃ!」とどよめいている.

で,ハッピータウン近傍の事務所に着くと,観光気分も収まってなにやら落ち着いてくる.
ハッピータウンね・・・・

何も知らない頃,待ち逢わせにニューグランドを決めたのはいいが,ちょっと遅れたので関内駅からタクシーを使ったことがある.
当時のホリデーの山下公園周辺は無茶苦茶混んでいて,歩いた方が早いほどだった
「お客さん,彼女待たせてるのなら自分の足で走った方がよっぽど早い.」と言われた.

今日,関内駅から自分のクルマで走ってみたら,ものの5分であった.

ニューグランドも高層ビルに生まれ代わり,当時の本館には「Anniversary」と横断幕がかかっていた.
そう,キミとボクとのAnniversary.
今は昔・・・

遠距離通勤考

April 27 [Sun], 2008, 23:47


まーなんだ,トシとともに先のコトを考えるより過去を振り返ってあーだのこーだの言うことが増えるのは仕方がないので辛抱願いたい.

筆者が今のカイシャにご厄介になったのは1994年5月である.
いろいろないきさはあるが,その時から,通勤時間が30分が120分と4倍になってしまうのである.

通勤時間が増えるということは,単に早起きをしなければならないことに限らず,家事に参加する時間も減るし,なにより自分のゆとり時間を削ることになる.
残業する時間は変わらなくても,同じ2時間残業しても,今まではせいぜい7時半には帰宅できていたのが,9時過ぎになるのである.

朝の早くから夜遅くまで,通勤時間を入れた拘束時間は相当なもので,自分の人生や生活はいったい何なのだと落ち込んでしまったが,10数年経った今,何とか折り合いをつけながら過ごしている.
通勤時間は当時も今も変わらないが,気の持ち方や過ごし方が少しずつ変わってきたというか,生活の中に溶け込んで苦痛が薄らいだとでも言おうか?

おそらく,筆者のように短い通勤時間から,異動などで遠距離になった人も多いだろう.

どうあがいても通勤時間が短くなることはないが,いろいろなコトを切りつめて仕事を調整したり,通勤時間で楽しめることを見つけるなど,できないようでできる工夫があるものだ.

筆者も道半ば,これからいっしょに考えていこう!

月末最終日

April 25 [Fri], 2008, 21:01
オトロしいハナシである.
ここ二日ほどちょっと早めに目が覚める.
もはや眠る体力も尽き果ててしまったのだろうか・・・・・orz
で,ちょっと早めに家を出れば一本早い電車に乗れる.
すると東神奈川乗り換えのちんたら横浜線は,なんと二本早い電車に乗れてしまう.
もートントン拍子である.
景品唐変木線は新型の233系に乗れたし,何かいいことがありそうだ・・・
(せっかくの新型だから気分一新で真っ赤にしたらいいのに,景品休校のように.)

さて,弊社は本日が月末最終日で,よりによって1ヶ月分の遅れが全て集中してるものだから上を下への大騒ぎで,ものすごく忙しい思いをして締めてみたら大した成績(売り上げ)でもなくて,全くもって文字どおり「くたびれ儲け」である.
筆者のよーなぐーたらが語る資格はないが,だいたい月のあたまは油断してぼけっとしてるものだから出来高もぱっとせず,20日を過ぎたあたりからあわてはじめて25日からフル回転と,まるで夏休みの宿題のような操業をしているからダメなのだろう.

しかも筆者くらいの立場(どのぐらい?)になると,ものすごく忙しいのである.
えへん!
もーね,仕事だけしていれば済むもんでもないのよね.
遠くでエラいヒトが「をーい,筆者クン.」と呼んでれば,何やっててもブン投げてすっ飛んでいかなきゃならんし,行けば行ったでお世辞のひとつでも言わないとまわっていかないし,ほんでもって「チミはムダな動きが多いから片づかんのだ.」とご指導なんか食らったりして・・・・もー大変なのである.

さらには,問題を抱えながら連休前でいそいそと定時でトンズラこいたヤツがいやがって,「あのけしからんヤツのことをチミに言ってもはじまらんが,とりあえずチミに言っておこう.」と怒られ代行まで.

まー何でもいいや.
三つや四つ片づかない問題もあったが,時間切れの振り逃げ問題先送りである.

明日からレンキュー..
忙しくて顔をだしていないレンキョーへ行ってみるか・・・・

ちょいと一杯

April 24 [Thu], 2008, 23:29

筆者がまだそーとー若い頃,当時のカイシャにはもーすぐ定年の人の良いオジサン仲良し三人組がいて,毎日仕事が終わった後連れだって居酒屋できっちり30分軽く呑んで帰るのが日課であった.

酒呑みの一番イカンところは,ノレンをくぐる前は「軽く一杯」とか「きっちり30分」と決めているクセに,最初の一杯でさんざんおいしい思いをした後は,もう一杯ならいいかとか後10分とかズルズルしはじめて,気がつけば30分のハズが軽く3時間に達していたりする.
もー最後の方は酒の味もわからなくなって,いったい何のタメに呑んでるのかわからなくなっていたりする.

しかし,仲良しオジサン×三人組は30分を超えて呑まなかった.
呑む気になれば酒樽を一晩で空にするほどの実力がありながら,ちゃんとセーブしているのであった.

当時,若気の至りの固まりのような筆者は,トシがいって枯れてくると自然にそうなるものだと思っていた.

で,最近枯れかかっている筆者だが,ある日パケホーダイの残業(いくらやっても定額)をやっていたら,エラいヒトが「どうじゃ,筆者クン軽くやっていこう.」とお誘い.
まさか「実はチミは・・・」とオトロシイ宣告でもあるのかとビクビクしながらついていったが,単なる世間話の酒であった.
いいかげん夜も遅かったし,エラいヒトといっしょではキンチョーもするので,早々に切り上げるつもりだったが・・・・・・

一杯が二杯,三杯と進む頃には,一杯が「いっぱい」に変わりすっかり気が大きくなって「今の経営ではカイシャは良くなりません.」と豪快なことを言っている.

ベトナムで仕事するなら何年いても冬服なんていらないのだろうか・・・・・・orz

異動

April 23 [Wed], 2008, 19:45
4月は異動の季節である.
あちこちの会社から着任や離任の挨拶状が届いたり,今度はどこそこの職場へ転勤だなどという連絡をもらうことが多い.

筆者は社会に出てほとんどずーっと同じ職場にいるようなもので,これから先もたぶん転勤なんぞないだろう.
これがはたして良いことなのか悪いことなのかわからんが・・・・

異動の多い人になると,だいたい3年で職場(職種)を変わっていくすさまじい状況で,よっぽど気合いをいれてかからないと,仕事を覚えた頃にはハイサヨナラということにもなりかねない.
そんな人といっしょに仕事をして感じるのは,ものごとの理解や自分が去る時の引き継ぎの手際の良さである.

筆者のよーに転勤なんてないと,どーもたるんでしまってチンタラチンタラやってしまうのである.

なんてことをしみじみと思いながら,いつものようにぼうっとしていたら,遠くでエラいヒトが「ベトナムの販路開拓に誰を出すかのお〜」と言ってる.
なにやらこっちへ向かってしゃべっているような気もせんでもないが,気がつかないフリ&聞こえないフリ.

春のおでかけ

April 22 [Tue], 2008, 21:01



本当に最近はおでかけがめっきり減って寂しいが,今日はお久しぶりのおでかけだ.
うれしいな,うれしいな,ルンルン(古っ)

と満面の笑みでおでかけの支度をしていたら,エラいヒトがやって来て,
「ほう,筆者クン嬉しそうだな.なんかいいことがあったか?」
「へっ,へい.おでかけなもんで,つい・・・」
「ほーか,そんなにお外へ行きたいのか.」
「ええ・・」
「しかし,なんだ.だんだん暑くなってくると,この事務所も少し机をまびかにゃならんな・・・・あ〜ん?」

もういつものように「聞こえないフリ」「見えないフリ」である.

例によって行き先はカイシャからものすごく遠い大船である.

カイシャから駅へ出る時乗ったタクシーの運転士さんが「これからどちらへ?」と聞いてくるので「鎌倉へ行きます.」と答えた.
そうすると運転士さん,勝手にルートを決めて提案してくる(まー世間話だし).
「鎌倉ってことは,町田で乗り換えて小田急で藤沢,そっから江ノ電だよね?」
「へ,へい.」
筆者にとって大船はれっきとした鎌倉市だが,フツーのヒトは鎌倉市とくれば鎌倉駅のまわりを思い浮かべるのだろう.
要するに筆者が「大船へ行く」と言えばよかっただけなのだが,行き先のカイシャが「○×・鎌倉工場」なもんで,半分仕事のことを考えているうちに「鎌倉(大船)」と言ってしまったのだ.

実はコースは当然ながら町田で小田急なんか乗らないで,横浜線-景品唐変木線である.

横着な筆者は,あの町田のJR-小田急の連絡通路の長さがものすごくイヤなのである.
ちっとくらい余分に時間かかってもヒルネして行けばいいのである.

と,のんきに構えていたら,人身事故とかでダイヤぐっちゃぐちゃ.
大船に着く頃には余裕時間を使い果たし,約束に遅れそうなのでやむなくタクシー.

痛い・・・・・・・orz

有名人

April 20 [Sun], 2008, 22:41


「ねえ,筆者さんって東京にいるから芸能人や有名人にしょっちゅう会えるの?」
上京した直後の夏休みに帰省したら,友だちに興味津々で聞かれた.

実は筆者自身も大都会・東京に行けば三日に一度はタレントやアイドルに出くわすかなと思っていた・・・・・おバカである.

で,上京して30年,実績はどうだったか.

コンサートやテレビ局の収録なんかを除いて,ごくフツーに生活していて芸能人に会ったこと・・・・・

友だちの引越で,デビュー前の加藤雅也といっしょにタンスをかつぎながら「芸能界はキミが考えている以上に厳しいから俳優なんてバカなこと考えるな」と説教したことがある程度で何もない(もちろん加藤クン覚えてないだろうが,こんな的ハズレを言った自分が恥ずかしい).

もーねえ,ありゃしないね.

でも,一度だけ,大船駅で夏目雅子を見たことがある.
後ろ姿だけど・・・
ショートカットのヘアに白のスーツ.直感的に夏目雅子だと思った.
夏の日にものすごく光っていた.
前に回りこんで顔を見たワケではないが,もしオーラというものがあるなら,身体中からなにやら光放っていたのを見たのは初めて・・・
ドキンとして動けなかった(動けば良かったのに).

実はこの後,夏目雅子は白血病で帰らぬ人になるのだが,当時はそんなこと想像もできなかった.

なんで確かめてないのに夏目雅子と言えるか?
当時は映画産業もまだ元気で松竹の大船撮影所も盛況だったから,雅子が大船駅にいるなんて十分あり得る状況であった.

加えて,カミサマの勤務先(恐妻病院)では今やサスペンスの女王と言われる片平なぎさがロケに来て職員と記念撮影なんかしてたりするし・・・・

あ〜あ,あん時,前にまわりこんで肩つかんで「夏目さんですよね.」と確認しときゃよかった.

春の小川

April 19 [Sat], 2008, 23:39


当区に残された谷戸のひとつを訪ねた.
なかなか自然が残っていて良い感じだが,数年後にはあたり一面つぶされてショッピングセンターが建設されるという話しもある.

どうなるのだろうか?



田舎から都会にあこがれて出てきて,もう30年も経ってしまったのに,木々に囲まれた風景に安心してしまう.
そんなに自然が大好きなら田舎に帰ればいいじゃないかと言われそうだが,田舎にいては食い扶持に困る.

一週間に一度,田舎の匂いが残る谷戸に散歩に行けるなら,少しは慰めになろうというものだ.

田舎にいるころは,春先の木々が燃え立つような風景に気がつかなかったのだが,昨日まで枯れ木のようだったのがいつのまにか柔らかい葉を出している.
そして淡い花を咲かしている.

ん,いーね.
プロフィール
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