式日〜港は未来と過去の発着所〜 

October 22 [Mon], 2018, 21:28
2018年10月21日

横浜にて古くからの友が式を挙げるとのことで、我が家を出発。

電車の運行に不具合が生じても困るので、早めに乗り込む。

ここ数日、どうも天気が安定しなかったが、今週一番の秋晴れが車窓から見える。
早く家を出たことも幸いし、椅子に座ることができた僕は、乗降する人々に目をやったり、その隙間から見える外の景色を眺めたりした。

東京を越え、乗客者が減った頃合に、白い山が現れる。

「あれは富士山だろうか。」

生憎、自分がどちらの方向に進んでいるかの感覚すら持ち合わせなかったため、
その山が、白く巨大であったという判断材料からのみ、「あれは富士山に違いない」と安易に結論付け、何か良い予感を感じながら会場の駅へ到着する。

「ここで一息。」
煙草の煙を吐きながら友人と連絡を取り合い、待ち合わせて会場に向かう。

この他にも仲間は集う。高校の友人という枠で7人の席が用意された。
会場には先に到着し、受付を行っている者もいれば、別の駅から会場へ直接向かっている者もいる。
中には10年来会っていないような友人もおり、期待が高まる。

会場に到着する。
ここで7人が全員揃うことになる。
旧友との久々の再開というような感動的な雰囲気は存在せず、あまりの「久しぶり感のなさ」に拍子抜けしながらも、安心をする。
はしゃぐでもなく、淡々と流れる時間は、あの頃を思い出させる。

ほどなくしてスタッフのお招きにより、式場へと案内される。
誤解を恐れず素直に言えば、僕はああいった荘厳な空気に流されてむやみやたらに感動をしたりはしない。

ただ、僕にとっての本日の主役である彼の、どこか緊張を隠すために見えた仕草の一つ々々に「こういう奴だったなぁ」と妙に納得しながらも、正装を身に纏ったその姿は、どこか非日常的というかやはり洗練されていて素敵であったので、不思議な感覚で時を過ごした。
その時に初めてお目にかかったお相手の女性があまりに美しく、眼福であったことを詳しく書くのはこの手記の本旨と異なるため割愛する。


少し間をおき、披露宴が開催される。これから二人が入場するらしい。
よく二人の様子が見えるであろう素晴らしい席を用意いただき、用意されたメッセージを眺める。
独特の言い回しも彼らしく、また、筆跡も見慣れたものであった。内容は差し控えるが「そうだな」と思ったところである。


入場。彼が挨拶のスピーチをする。相変わらず、こなれている。
もちろん練習したものとは思うが、この年齢で、なかなか人前であれほど堂々と立ち振る舞える者はない。
比較してもしゃーないが、そういった部分では、昔から僕よりも彼のほうが圧倒的に器用であったと思う。

僕自身も、この日は乾杯の挨拶をさせてただくこととなっていた。
正直に言えば、そんな大役を任されるものとは思っていなかったので、お話を頂戴した際には狼狽したが、嬉しいものである。
また、酒を愛し、酒で送り出す男の流儀として、乾杯という形の祝福が最も性に合うものと思っていた。

とは言え、緊張することは想定の範囲内。
幾度と職場からの帰り道の自車中でリハーサルを重ね、当日もスマートに台本通り挨拶をする計画であった。はずなのだが、
いざ始まると、冒頭の一言の祝辞の時点では確かに台本は脳内に存在していたが、それ以降用意していた言葉がほとんど旅立った。
必ず言おうと思っていた高校名とその素晴らしさを伝え、その中での彼の存在を伝えることができたので、ミッション達成ではあるのだが。
なんにしてもこの上なく光栄なことである。
思えば人前で「親友」と公言したのは初めてだということに、どれだけの人が気づいただろう。

乾杯。~「Scatman's World」
「あの日」の1日目のオープニングソングだ。
あの時、僕と彼だけが、あのステージ上にいた。期待と不安が入り混じる高揚感。
「なにかはじまる」んだな、なぜか今でもそんな気がするのは、曲の力なのか、
あの時から変わらないものを探している僕自分の心を映しているのか、わかんねーけど、「はじまった」んだなと思った。
僕は緊張から解放されたこともあり、大いにその後の宴席を楽しんだ。

まぁ、その後も色々あった。彼がどうであったかより、僕がどう感じたかを記すのが主たる目的であるから、
起こったことをひとつづつ書き起こすことはしない。
ただ、結びの挨拶をする様子を見て、この男は、それこそ俺と出会うさらに以前から、変わっていないのだろうなと思った。

ここからは、主役にお休みをいただき、会場を後にした僕らのお話をしよう。
都内某所、西郷どんと愛犬の御座す場所にほど近く、酌み交わす酒、酒、酒。
不思議なご縁で、今年は古い友人に会う機会が多い。
それで、
また、「みんなでなんかしようぜ」って。
そんな、やんわりとした約束とも呼べないような、実現するかどうかも曖昧な、提案をしてみて。
でも「みんなでなんかしてーな」って思ってるうちは、上手いことまたなんか起こってくれる気がしてて、
「なんか」ってなんなのかわかんないけど、
何もしなくても、ちゃんと続いてたんだなぁと思ったし。だから、これからも続くんだろうな。と。

酩酊街道まっしぐら。
夜も更ける。
一足先に帰路についた者もいた。解散後、駅でそれぞれ別の路線に乗り込む。

酔っていなければ、もう少し風情のある解散もできたろうに、あっさりとそれぞれに「またね」と手をあげた。
まるで、また明日か明後日にでも、すぐに会えるような。

いろんな近況がある。いろんな仕事があって、みんないろんな場所に住んでて、それが当たり前の現実として存在していて、逆に学生時代に毎日あの場所で一緒に過ごしていたことが奇跡であったような気がして、ふんわりとしてしまった。

ちなみに僕は自他ともに認める懐古主義者であるが、決してあの頃を思い出して、戻りたいと沈み込んでいるわけではない。
敢えて、懐古という手法を通して、己のアイデンティティを、自分がどういう人間であったかを確かめているのである。
それは、揺るぐことなく、あの頃の自分が好きだから。
その延長線上にいる今の俺も好きだし、多分そんな俺のことを、皆さんは「かっこいい」と思うのでしょう。
そう、俺はかっこいい。

ちなみに僕と、友人の一人は「飲み足りない」と、大宮の日高屋で飲みなおすことになる。
もちろん大いに楽しみ解散した。

過信。

電車では白いごみ袋を抱えた若い女性がうなだれている。(幸い中身は空であったようだが)
こういった堕落する若者の姿も、青春の一環の切り抜きとすれば、美しく見えないこともない。
ぶっちゃけ、僕のコンディションもギリギリであったため、いざというときには、
そのごみ袋を奪い取るというイメージを持ちつつも、無事にマイホームタウンに帰還する。

アルクホールの洗礼を受けた僕は、帰路自宅へ歩くことすら億劫になっていたが、無事に帰ることができた。

そして、本日、昨日の(式とアルコールの)余韻を感じながら現在である。
不思議と夜になれば酒は飲みたくなるようだ。
生憎、家にジントニックは用意されていない。ビールに似た何かで喉を潤す。

2018年10月21日、良い一日だったなぁ。

あぁ、いいなぁ。
やっぱ楽しいことってちゃんと起こるんだなぁ。

素敵な機会を「ありがとう」。


みなさま、また、そのうち近々。
みんなでなんかしよう。

To Be Continued

P.S.
奇しくもこの記事の前は、2014年9月。
黒部ダムに行った際の投稿である。

髪の先から流れ落つる憂鬱とエンドレスサマー 

September 20 [Sat], 2014, 23:07
先週の話、ではあるが。

9月13日
連休なのに予定がないため、茶でも嗜もうと久々にと旧友に連絡をしてみる。しばし後に返信があり、よくわからないうちに「どこか遠くへ行く」というよくわからないイベントに発展する。すでに夕刻で僕はアルコールを摂取していたこともあり、迎えに来てもらったが、この時点で初めて黒部ダムに向かうということが確定する。この時点で夜の23時。
ひとまず腹が減ったので向かいがてら館林あたりの爆弾ハンバーグで飯を喰らい、高崎へ向かう。
さすがに寝なくてはまずいという本能が働き、高崎市中ビジネスホテルを探し回るも空きはなし。漫画喫茶で仮眠をとることになる。夜3時。
しばらくして己の致命的な欠陥に気づく。「俺は漫画喫茶では眠れない」
どうやら、そこそこデリケートな性分らしい。

9月14日
朝は6時に起床。(ほぼ一睡もしていないのではるが)ひとまず近隣のスーパー銭湯で湯に浸かり、朝マックで食肉の安全性について軽く議論。いよいよダムに向かうべくひとまず長野の方向へ向かう。道すがら高崎観音のスケール感に牛久の大仏をリメンバー、徐々に山に向かうにつれ晴れやかな空が際立ってくる。対照的に体のコンディションはあまりにも悪い、というか眠い。いくつものトンネルを抜け、高速を下り、プチ山道を走る。はずが、土砂崩れにより道路閉鎖。迂回を余儀なくされる。道の駅などに立ち寄りつつ、「ドライブBGMにはユーミンやね」みたいな話をしつつ、なんとか昼過ぎにダムの駐車場へ到着。想像と違ってこの時点ではダムらしきものは見えない。山の中をぶち抜きで走るトロリーバスなるものに乗り込まねばダムにはいけないことがわかり、乗車。ようやくダムに着く。
ひとしきりスケール感と、水の作り出す冷風を満喫し、併設のレストランで飯を喰う。ダムカレーなるご当地グルメがあるらしいが、残念ながら品切れ、ダムとは縁もゆかりもない「かきあげ丼」で腹を膨らます。この時点で3時くらいだったかと思う。
折り返しトロリーバスに揺られ、土産など吟味しているうちに、今夜の寝床にたいする不安が俺を支配するようになった。
ひとまず山を降り近辺でビジネスホテルを探すために手当たりしだい電話するも空きが見つからない。諦めと絶望の最中、信濃大町という、すぐ近くの駅近のホテルが見つかる。ホテル到着。見渡せば山。イイ町だった。こんなところで生活している人はさぞかし心も綺麗なのだろうとかベタなことを考える。泣きたいほどの安堵をかみしめながらチェックイン。
昭和レトロなホテルだったけれど十分すぎるほどの有難味を感じつつ、ひとまず酒を飲みに居酒屋へ。ザ・地元の居酒屋だったけれど、馬刺しが美味しかった。ダムはもちろん良かったのだけど、実際はここがこの旅のピーク。知らない土地で飲む酒はいつも美味い。疲れと眠気とアルコールに後押しされ、男二人何か熱く語っていた。はずなのだが、ふわふわしてよく覚えていない。完璧に深夜テンションなのだが時計を見ると20時ということで、笑えた。
そんな夜。
ホテルに戻り、風呂入って、土産屋で買っておいた地酒で喉を潤し、寝た。たぶん22時くらい。

9月14日
朝は七時に起床。10時にチェックアウトを済ませ帰路につく。
朝飯は道の駅で。名物といえば蕎麦なんだろうけど、アレルギーなので却下。定食で。
帰り道、安曇野あたりで山から煙が出ているのを発見する。根拠はないが「あれは温泉に違いない」ということで、確認してみるとやはり温泉郷だった。寄り道。日帰り温泉というやつか。
さらりとして素敵なお湯でした。よくわかんないけど多分いいお湯でした。そうに違いない。

長い帰路。
「ドライブBGMにはユーミンやね」なんて話をしつつ、サービスエリアなんかで休憩しつつ、暫くして到着。
夕方五時ごろかしら?帰宅。

総評
「旅はいいものだが、せめて寝るところだけは決めておくべきだ。」

夏の終わりにドカッと事件が起こせたのは良かったと思います。
いささか急でしたが、友人の思いつきに感謝ですね。

串焼きマイLOVE 

August 31 [Sun], 2014, 20:28
週末。金曜に焼肉に行って大満足してそのままご満悦で就寝したものの、翌日胃がもたれる。
このあたり、自分の体の衰えというものを痛感する。

土日は適当にブラブラとかゴロゴロしてたら終わった。
今週は久々にバンドの練習があることもあり、ギターなんぞも弾いていたのだけど、もうなんか色々弾けなくなってたりして焦ったりして現在。

最近は自己管理を怠ったために体重が増加気味やねん。
どうすれば体重もとにもどるか、ほんと知りたい。

カムバック代謝!!!!

猿のように愛し合う 

August 26 [Tue], 2014, 19:54
気温の変化かしらん?なんとなく体調が優れないわ。

はてさて、本日は余暇を活用して散髪に行ってきた。
毎回言うようにしてるんだけど、失恋したからでは、ない。
髪を切るのはとにかく面倒で嫌いなので、髪を伸ばしていたあのころが恋しい。
当時、近所の奥様方は急に髪を伸ばしギターを背負い外出する僕を見て心配したとか、しなかったとか。

就職活動で髪を切る、あの屈辱感。
社会に屈した気分だったけれども、髪を伸ばすことくらいで確立するアイデンティティなど安いものかもしれぬなぁ。
でも、当時の僕にとっては大事なことだったんだなぁ。

先日、久々にカラオケボックスに行きまして、歌うということは、とても気持ちのいいものだな、と。
とにかく大声をだすということは、己の鬱憤を晴らす最大の手段ではないかと。
大きな音でギタァを鳴らせばなお気持ちの良いことだろうに。

青春というやつについて、いっつも考えてる。
僕は高校を卒業すると同時に「青春は終わった」感で腐ってしまったクチなんだけど。
思えば、大学時代とか、それこそ働き出してからもそれなりの青春ってのはあったのかなぁって、いまでは思う。
それは常に音楽だったり恋愛だったりしたのだけれど。

髪を伸ばすことはできないけれども、大きな声で歌うことはできる。
青春をあきらめない姿勢を死ぬまで貫いてみたい今日、この頃。

雨上がりの夜は涼しい。
夏は大嫌いだが、終わりが近づくとそれなりの哀愁があるもので、「散らない桜」よろしく「死なないセミ」的な覚悟で、腐らず次の季節を迎えよう。

急に飛び上がって皆をびっくりさせちゃる!!嫌われたっていいんだもん!

プラスチックハートの溶ける頃 

August 23 [Sat], 2014, 0:27
小さい頃は、目が細いのがとにかくコンプレックスで、どうにかなんないかとずっと思ってた。
狐と自分の姿を重ね合わせては、コンコン泣いていた。
いや、泣きはしなかったが。

あの人を動物にたとえると?というテーマで今まで出会った人を動物に当てはめていくゲームを一人で行ったことがある。
昔好きだった女の子なんかは俺からすれば猫だったし、やっぱアレルギーだからうまくいかなかったんかなぁ。とか、どうしようにも生産性皆無なことを考えつつ、一人で色んな妄想してた。

犬派、猫派で恋愛の傾向を見るみたいなものがあるけれど、あ、まぁ俺は犬派なんだけれども、俺自身も犬なのかなぁと思う。犬好きの犬タイプ。

なんか猫っていくら可愛がっても、するりとどっか行っちゃうイメージがあるんだよなぁ。
でも自由奔放なところとか、猫も眺めてる分には可愛かったりするのだけど。

そんな単純なことで色々はかれないのは承知だけど、なんか犬派と猫派からみる診断みたいなものって、それなりに信憑性あるかんじもする。

そんな週末。素敵な週末。

池町ろまん 

August 20 [Wed], 2014, 22:10
ちょっとマイナーだから皆知らないと思うけど、越谷レイクタウンってとこに行ってきた。
ちなみに何度か足を運んだことはあるのだが、一人で踏破するのは初である。
危険な場所だ。
平日の昼間から、ぽけぽけと男女が手を繋いで歩いている。
あまつさえ腰に手を回す輩までいる。
(顔は見えないが)鼻の下伸ばしている姿に日本男児の堕落を感じた。
それが本当に愛だろうか?否!
不健全極まりないので、後ろからドロップキックでもかましてやりたかったが、幸せそうだったから辞めた。
かわりに僕は彼らの未来の不幸を強く願った。
僕は根っこは優しいのだ。

このままでは頭がフットーしてしまうので、ひとつの目的であったバンドのインストアライブへ向かう。
そのままCDを買い、握手会に参加する。
いいトシこいた男子がCDにサインをもらう姿に、自嘲気味に笑う。うける。


そのまま楽器屋に向かい、買うつもりもないギターを試奏。店員をひやかす。
ひとしきりコミュニケーションをとった後、店員の「19万ポッキリ!」猛烈プッシュをかわし、楽譜だけ買って去る。

茶をたしなむ。
成城石井で晩酌のアテを購入。オシャレ店でオシャレな食材を購入する自分に酔う。
フードコートの上等カレーなるものがが気に入っていることもあり、食していこうかと考えたが、
過度に活発な議論の場と化した場の雰囲気に耐えかねて諦める。

本来なら衣服のひとつでも吟味していくところだが、そうして適当に歩いているだけで体力が磨り減ってしまったので、そこそこにサヨナラ。今思うと、かなり空いていたのでもう少し歩けば良かった。

外はすさまじく暑かった。
車に乗っている時は歌を熱唱していることが多いのだけど、移動時間が長かったせいで酸欠寸前。
帰宅する頃にはクタクタ。

ギターの練習がおろそかになったことが残念だが、無駄に過ごした感はない休日だったので、
まぁ良いか。

次はドロップキックの練習をしてから行こうと思います。

ゆらり浮遊する思想 

August 19 [Tue], 2014, 22:42
昔から変わらないものである。

黒い服ばかり好んで着ること。
前髪が短いと落ち着かないこと。

何を学んできたか。
読めもしない哲学書を鞄に忍ばせて悦にいる中学時代。
響く言葉は一つもなかったどころか、屁理屈ばかり達者になった。
マルクスの奇怪な言葉に翻弄され、覚えた言葉は需要と供給、大学時代。
早々に知的好奇心は灰となり、飲みあかす日々。
「講義で聴けない色んなことを学びました。」
大学というものの存在意義を疑う。
ウン百万も親のスネかじって卒業証書を購入した気分は、あまり良いものとはいえない。そもそも卒業式にすら参加していないものだから卒業した実感すらないのが正直なところだ。

これなら男女の駆け引きのひとつでも学んだほうが後の人生によほど有意義だったろうと真剣に思う。
夢のキャンパスライフ。中庭で黒髪の乙女と昼食を共にする世界も現実には存在しないものと確信。
いや、論理的には存在しうる。のだが。

小学生の頃から、ずっと思ってた。
走るのが速ければ、モテるんだなって。ドッジボールのヒーローがモテるんだって。
でも俺は、あいにく走るのも抜群に遅かったし、遊具から落っこちて左腕骨折するくらいどんくさかったし、なんかつまんねーなーってずっと思ってた。太ってたし。好きな女の子には告白する前にフラれるし。

だから必死に痩せて毎日食べてたポテトチップスもアイスクリームも一切やめて、中学からはめっちゃ部活もがんばったのに、めっちゃモテなかった。ふざけんなって思った。

15歳、ギターを始めた。これはもう革命だった。絶対モテると思って死ぬほど練習した。
中学は隠れて練習、高校からはバンドで脚光を浴びてやるぜ!
入学したのは男子校。まぁ、望んで男子校を選んだのではある、が。

あれから13年。
たぶんバンドやってモテるやつは、別にバンドやんなくてもモテるだろうなって分かってるけど。

たぶん歌とかギターは、そういう次元を超えて生活の一部というか趣味として残るだろう。
動機は不純だけど始めてみて良かったなぁと心から思う。

バンドがしたい。
音楽がしたい。

たぶんそれで、色々何かが変わる、なんか、こう全体的にイイ感じに。


墾田永年僕のもの 

August 17 [Sun], 2014, 22:05
墾田永年私財法(743年)

俺が耕したんだから生涯俺のもの。
なんて男らしい。

未開墾の土地を耕すには大きなリスクがある、誰かに先にとられちまうことだってあるだろう。
乾けば水はやらねばなるまい。かといって、やりすぎれば枯れちまう。
愛情を注げば永遠の財となる。

おそらくこの法律、当時の権力者が世に向けて男女関係の本質を暗喩することで、時代の反映を願ったものなんだろうなぁ。

出来合いの草を食べる男子が持て囃されるようになった今日。
地を耕す力強き鼓動が聞こえなくなったのはいつの日からか?

今が太古のメッセージに耳を傾けるときなんだよ、日本。

偶成 

July 13 [Sun], 2014, 14:51
諸君、実に久しぶりである。
私は諸君が健やかなる日々を送っているのであれば、それだけで不足ない。

私が四季の変化に対応しきれず、この手記より遠ざかって暫く経つが、変わらず妄想にまみれた青白い生活を送っている事は言うまでもない。
気分が良ければ傍らの六弦に悪巧みを載せてひと暴れするところだが、機会に恵まれず、ただ音響機器より流れる終末的な音像に身を任せてはアルクホールのもたらす心地よい前後不覚に依存するばかりだ。

過去の手記の中でも、幾度となく夏という季節に対する純粋かつ理性的な批判を試みた。
世間が夏という魔物に浮かれあがり、得体の知れないぬらぬらした油など塗りたくり、褐色に肌を染めていく中、私は愛すべき自室にて鎮座し、世界の流れ行く様を眺めているのである。

これでは私がまるで外界との関りを絶っているよう解釈されても、致し方ない。
しかし、この崇高なる鎮座はあくまでわが天敵であるUV(ウルトラ・ヴァイオレット)に対する拒絶に過ぎない。

UV(ウルトラ・ヴァイオレット)の危険性を流布し、夏の浮かれた(いかれた)雰囲気を幾らか冷却せしめんとするも、私の言葉は熱く煮えたぎる常夏かぶれの民衆の鼓動にかき消された。

ぜんぶUVのせいだ。

ただし不都合な真実にも例外はある。
宴の席でもあろうものなら、己の精神世界にて漸くにたどり着いた夏という季節の悪魔性など忘れ、「炎天下に喉を潤す冷えた麦酒の美味さは筆舌に尽くしがたい。」などと、実に風流かつ奥ゆかしい表現をしてみせる柔軟性も私の魅力を一層に引き立たせる一因であろう。
こうなればいっそUV(ウルトラ・ヴァイオレット)も強ければ強いほど麦酒の美味さは増長する。
発汗によって失われた隙間をアルクホールという実体のない物質で埋め尽くすほどに、我が夜の酩酊街道は果てまで伸び続けるのである。(それがどこに行き着くのかは、私のみが知るところである。)

朝、目覚めれば旅は終わる。
また世間は油まみれだ。

炎天下の悪魔は諸君らの正常かつ健全な思考をも蝕む。
開放感に身を任せて、夏の過ちなどと未来永劫捨て去れない後悔を諸君が背負わずに済むことを、

心から願う。

風化した過去たち 

April 05 [Sat], 2014, 22:45
忘れ去られる前にリマインドしよう。

音源置き場
http://dareshina.zatunen.com/

akairo
http://akairo.michikusa.jp/

weekenders
http://weekenders.soragoto.net/

清々しくも恥ずかしくも懐かしくもあるなぁ。
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