ダブルだ 

2018年02月08日(木) 23時04分
平日は母に夕食を作ってもらっている。ありがたく感謝しているけれど、時々「うーん」となる。

わたしはご飯(炭水化物)に肉なり魚なりの一品(たんぱく質)にサラダやおひたしなどの野菜(ビタミン、食物繊維)の一皿があれば基本的にOK。お漬物とかあったら最高!なのだけれど、母はなんか違う。



これは携帯に残っていた写真。たぶん3年くらい前だ。父もまだ生きていた。
クリームシチューを作った残りを翌日にグラタンにしたもの。
わたしならグラタンにサラダで十分なのだけれど、このテーブルにはホッケの干物があり、奥にはご飯茶碗も用意されている。

母が「あー、あと一品」と考えてくれるのはいいけれど、これでは塩分を取りすぎてしまう。
どうやら母は、物足りなさを感じるときに干物を焼く傾向がある。
冷凍の餃子を焼くだけではアレだからとアジの干物を焼く。なら、インスタントのわかめスープで構わないのに。

母なりの気遣いなのだろう。でも、一人暮らしが長かった娘は、割かし平気だよ。

ここら辺では珍しい 

2018年02月07日(水) 22時55分
お墓参りにいったら、湯飲みの水が凍っていた。



これくらいのことに驚ける地域に住んでいる事に感謝。


強風が続いた後だったので、こんなもの達も墓地に落ちていました。巣と巣

過ぎてしまったが 

2018年02月07日(水) 22時32分


節分に向けてこんなバッヂ?ブローチ?を作った。
はじめに赤鬼を作って母に見せ「かーちゃんにも作ってあげようか?」と「ノー」と言われるのを前提に聞いたら「うん」と言われてしまったので、青鬼を作った。
グランドゴルフに行くときに帽子にでも付けていくのかな?と思ったら、「(学校で)ほしい子がいたらあげたら」と言われ、母なりの社交辞令だったと気がついた。いや、薄々感じてはいたけどね。

二月を待って学校に付けて行った。事務の先生と養護の先生が気がついてくれ、スルーされたら悲しかったのでヨカッタ。
子供の何人かに「あ!鬼!」と指をさされて大満足。

日没は5時くらい 今 

2018年01月19日(金) 23時39分


この写真、日付は2016年11月17日

雲の感じが違うけど、天気が良いと夕焼けがきれい。
帰り道に車を停めて眺めたいのにできずにいる一種のビンボー症。

案外せかせかしているのかも 

2018年01月18日(木) 22時32分
カナダにいれば「日本ならこうなのに」と思うことがあり、
日本にいれば「カナダならこうなのに」と思うことがある。わたしはクレイマーか?

数年前日本に一時帰国したとき、従姉に誘われて出かけ、ランチにファミレスに寄った。
ドリンクバーに飲み物を取りに行ったとき、わたしとほぼ同時に男性の三人組がドリンクバーの前に着いた。

え?譲らない?

その三人の共(たぶん近所で働いている人たち)は、わたし()をそこに待たせて自分たちの飲み物を作ったり注いだりしている。

レディ・ファーストはどこへ行った?いや、元々ないか

カナダでは男性上司でも、ドアをあけてくれたし(ちょっと早歩きしてでも)、エレベーターにも先に乗せてくれた(ドアを押さえて)。100%とはいかないが見知らぬ人でさえそうだ。こちらはただ「Thank you」と言ってニッコリすればOKだった。

カルチャーの違いだ。誰も間違ってはいない。ただわたしは、「全然欧米になんか染まってないよぉ」なんて言っている自分が、実はそうでもないということにあのジョナサンのドリンクバーで気づかされたのだった。


母と一緒に出かけて思うのは、レディ・ファーストどころかおばあちゃん・ファーストもないということ。
でも、まてよ。わたしは高齢者に譲れるところで譲っているだろうか。特に対おじいちゃんとなると、少し怪しいかも。

しのごの言っても 

2018年01月17日(水) 22時31分
気がついた。いや、きっと前から分かっていたことだ。

昨日書いた仕事の面接に行った会社。確かにあの専務とは気が合う気がしなかった。でも、断った一番の理由は失敗が怖かったからだ。

町の臨時職員になって給食や用務員の仕事は、やったことのない仕事だから失敗が怖くなかった。

カナダでの仕事探しもそうだ。こちらはもっと「だめもと」。はったりも一種の文化といえなくもないので、「○○ができます」「△△をやっていました」と少しは盛って、実際に決まってから頑張る部分もあった。「だめもと」だけど、入ってからやっていく中でもし「だめ」と言われたら、「どうすれば?」と聞き返せないくらい一生懸命やった。

「怖い」と「怖くない」の違いは距離、のようなものだと思う。
あとは密度。高校を卒業して上京してからはずっと他人/知らない人々に囲まれて暮らしてきた。それがここでは違う。ジッと見られる小さな小さなコミュニティだ。

東京からカナダのバンフ。バンフからバンクーバー。バンクーバーから伊豆。

もし、U-ターンしてすぐにあの会社の仕事の話が来たらどうだったか?あの時よりは前向きになれたような気がするが、「もし」の話だ。まだわたしがよそ者臭をプンプンさせ、他人が勝手に見つけるつながりを振り落とせると思っていた頃だ。

この過疎の田舎で、やりたい仕事がないから「仕方なく」給食や用務員をしているという建て前をなくして、自分がやってきた事、経験を否定することになるのが怖かったのだ。そして、自分もだけど、母にもがっかりしてほしくなかった。

というような事をお風呂に入りながら考えたのだった。

どうしべー、愚痴の佃煮 

2018年01月16日(火) 22時28分
小学校の用務員をしているが、立場は町の臨時職員だ。
臨時職員になるには、まず履歴書などの書類を提出して面接を受けて、登録しなければいけない。その書類の提出期間が今月だ。

町の臨時職員としては今が3年目。一年目は、ばったり会った高校時代の同級生との無責任な(わたしが)会話から給食センターで給食を作る給食のおばちゃんになった。

長身(170cm)が災いして結構腰に来たので、二年目をどうするか結構悩んで気持ちがユラユラしていた頃に母の緑内障が悪化してきて、その通院のために仕事の休みをもらうことが増えた。やっぱり、こういう融通が利くところが今は大事かなともう一年続けることにした。
その頃に従弟から「英語を話せる人を探している会社がある」と声をかけられ、話を聞きに行った。

断った。
その会社に話を聞きにいったときに、先方はわたしが男性だと思っていて驚かれ、それを何回か言われた事に少しカチンと来た。
仕事の内容が財務メインであり、わたしのこれまでの経験(経理)からすると荷が重過ぎるし、英文の契約書を日本語の環境の中で扱える自信がなかったので、無理だなと思いながら話を続けた。そのうちに面接してくれていた専務の奥方まで現れ、前任者(急逝された)の仕事ぶりを聞かされたり、わたしの同級生の誰々を知っているという世間話にもなり、実りのない会話になったので「お時間をありがとうございました」と言って帰ってきた。

数日後、その会社から連絡があって、もう一度話をしたいというので、再度訪問した。
先日話したポジションではなく、もう少し軽めの業務内容から始めてもらって、という話をされた後は条件の話もせずに、前回と同じようにわたしの同級生の話や、わたしのTOEICのスコアを褒めそやすばかりで実りのない話を続けられたので「考えさせてください」と言って帰ってきた。けど、もうわたしの気持ちは決まっていた。

勤務時間の8時〜5時はいいとしよう、給食は7時45分〜4時30分だし。
でも、隔週で土曜日出勤はいやだ。昭和の時代にやったことあるし、カナダでも仕事がたまると休日出勤して片付けていたけど、今さらできない。そうしなければいけない、というのがいやだ。
「土曜日も8時〜5時ですか?」と聞いたときに「いや、おんなは1時くらいまで」と言ったのも気に食わない。
おんなぁ?船を扱ういわゆるガテン系の会社でも今時言い方があるだろう!「事務員は〜」とかさ。
だめだめだめ。もうだめだ。わたしはその専務とは合わない気がした。わたしの頭も固くなっているのかもしれないけどさ。

2〜3日経ってから断りの電話を入れた。意外そうな声を出されたが、一番大切なのはわたしの精神の平穏と家族だもの。
きっとそっちの方がお給料は高いんだろうなぁ〜、と思っても悔やむ気がしない。ありがとう、ママ(の年金)


去年町の臨時職員に応募書類を出すときにも悩んだ。一番面倒な人間関係も上の人の人柄のおかげで比較的うまく行っていた給食の仕事を離れていいのか?
悩みながら希望職種を「一般事務」にして、ひとつじゃ引っかからないかもなと思ってついでに「用務員」としたら、そっちに引っかかった。

何が「どうしべー(どうしよう)」か。
用務員の仕事を続けるべきか(その前に再採用されないとね)?今回は「一般事務」一本に絞るべきか?
校長が異動になるのなら今の学校で用務員でもいいかもしれない。帰りにコンビニに寄れるし。
どうやらT小学校には花壇がなく、花はプランターでチョロチョロッとやるだけらしいと、中学校の用務員さんが言っていた。希望勤務地をそっちにするか?でももし、そっちに校長が異動して来たら?
悩ましい。
いっそ、町の臨時職員から離れるか?でも、母の眼の具合が良いとは言えない今、やっぱり融通が利くのがいいよねー。って、なるんだよなー。

今日は寒さも和らぎ 

2018年01月15日(月) 23時24分
用務員の仕事用にワークマンで作業着などを買って着ている。
身長が170cmあるので、男性用でもだいたい着られる。
冬用に買った上着が軽くて温かくていいなーと思っていたら、近所で工事をしているお兄ちゃんが同じものを着ていた。太鼓判を押された気分。


ちょっとムシャクシャしているので、ダイソーで毛糸を買ってきてまたポンポンを作ったりしている。気を紛らわすには手作業に限る。もちろん毛糸をぐるぐるしながら考えているけれど。


だからガラケーはそろそろ・・・

愚痴の佃煮 

2018年01月11日(木) 22時33分
今日は鏡開き・・・なのだそう。

年末年始はほぼ予想通りだった。
12月30日にねーちゃんが娘二人を連れて帰省。
明けて1月4日に帰っていった。
5泊6日って長くないか?!

わたしはほとんどずっと不機嫌だった。
姉たちが来る数日前から舌先にポチッと白いものができ、30日には立派な口内炎になった。
痛い。
食べにくい。
食べるとしみる。
しゃべりにくい。
そして姉たちは、「お客然」として家事にはほとんど手を出さない・・・

いや、ちがう・・・
姉は夕飯が終わった後の食器洗いは毎晩やってくれた(わたしも)。
わたしは揚げ物を揚げるのが苦手なので、大晦日恒例の鳥のから揚げ&天ぷらを揚げてくれた(準備、下ごしらえはわたし)。
姪たちは、ほぼ何もしない。ずっとスマホ片手にテレビを観てゴロゴロしている。

二人とも二十代後半で、子供のころからほぼ毎年二回は来ていて、もう行きたいところもないだろう。ないもの、できないこともよくわかっているだろう。そういうところは気の毒だ。
そういう状況に慣れてしまって、何も期待せずに滞在しなければいけないのは気の毒だ。
それは迎え入れる側も同じで、何もないからねぇと一緒になって何もせずにいるのも気の毒だ。
わたしは母に娘や孫たちと何でもいいから一緒にやったり、できれば楽しい思いをしてもらいたい。

だからわたしだって考える。
地元のB級グルメを紹介してみたり(姉家族と母とで行った。わたしは仕事)
たこ焼き器を買って、たこパをやったり(レギュラーイベントになりつつある)
一同で居酒屋行きを計画したり(楽しかったらしいが、母の夜の外出は難しそうだ)

これだけやっているのだから、お前らも何かやれ。というのではない。というのでは、ない、よな。
というのではないけれど、例えばたこパをまたやりたいのであれば、自分でも動いてほしいと思うのだ。
あー、愚痴だ。愚痴だ。

しかし何よりも、たぶん、一番堪えるのは、狭いうちの居間に大人が5人ずっといるというのが、わたしにはストレスなのではないかと思う。息苦しいのだ。
一人暮らしが長かったから。
母と二人でいるのさえ、息苦しい週末がある。

そんなときにちょっとフラッと行けるカフェとかモールとか映画館とかが、せめて車で30分以内にあればいいのに。

年末のヒトコマ 

2017年12月28日(木) 23時06分
年内の仕事は今日が最後。
一日フルで働くつもりで出勤したけれど、教頭先生の「仕事のキリがつくのなら、早めに終えて帰ってよし」と言う言葉に甘えて、さっさと半日で切り上げて帰ってきた。
「キリ」はついていたのか?はてさてふふーん?
今日は体育館の二階部分ってのかな、ぐるりと通路が作ってある部分に溜まった埃や虫の死骸やらを下に落として取り除いた。5月に一度やった時は「体育館が建って初めて」と事務の先生が言っていただけあって、掃除機のダストカップがすぐに一杯になって、丸一日かかったっけ。体育館は建ってたぶん10年近く。積もった埃よりも、虫の死骸の多さに驚いたっけ。
体育館の男子トイレの小用の○石がけっこうついていて「くさいよーぉ」と言いながらタワシでこすってもびくともせず。こりゃあれだな、また○石用の薬剤を買ってもらわないと。あーあ

と、ここまできたところで正午が近づいたので、職員室に戻り、持参した昼ごはんを食べるつもりでいたのだけど、「帰っちゃお」と決め、「キリ」はついていなかったけど、道具だけ片付けておいとました。

     

しかし、週の始めからビュンビュン吹いていた風がまるでスイッチを切ったかのように今日は静か。
昨日は母を眼科へと連れて行ったのだけど、前夜は風で家は揺れるし音はすごいでほとんど眠れず、運転しながら眠くなったらどうしようと心配しながら布団から出たけれど、それは余計な心配だったくらい風で車があおられるし、海の近くを走るとたちまちウインドウが波しぶきで汚れたりして、行きも帰りも目はバッチリ醒めてハンドルを握ることができた。眼科の待合ではウトウトしてしまったけれど。

     

今日は半ドンで家に帰って、持ち帰ったお昼ご飯を食べてから、母とお正月用の魚を買いに漁協の直売所へ。
今は隣町にあるイオンがお正月でも営業するので、そんなに買い込む必要はないけれど、これも年末の行事のひとつかな。
そして、年末年始に帰省してくる姉と姪達に「もうちょっと何か手伝え!」とわたしがプリプリするのも恒例か。
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