「湯を沸かすほどの熱い愛」<10点> 

June 30 [Sat], 2018, 17:00


冒頭の朝ごはんのシーンから、この映画の主人公である“母娘”の存在感に、何だか“違和感”を感じた。
ただし、その“違和感”は、決して不快なものではなくて、何気ない会話を交わす母娘の佇まいに実在性の曖昧さを感じ、彼女たちの発する空気感が妙に心地よく、不思議な浮遊感を覚えたのだった。
宮沢りえと杉咲花が演じるその母娘像は、勿論実像としてそこに映っているのに、感覚的にはまるで秀逸なアニメーションを観ているようだった。

その不思議な感覚の正体は、ストーリーが連なり、織り重なるドラマの流れの中で、徐々に明らかになっていく。
詰まるところ、この映画は、ありふれた人情物語ではなく、母娘の機微に溢れた愛すべき“ファンタジー”だったのだ。

神々しいまでに強く慈愛に満ちた母親、その厳しく熱い愛を一身に受け止める娘。彼女たちが発する時にエキセントリックにさえ見える「激情」の意味と意図が、“ファンタジー”という言葉に集約される。
それは決して非現実的な絵空事を描いているという意味ではない。
少々現実離れしていようが、常軌を逸していようが、ありのままに描きつけたかった「母の愛」。
その表現の手段として、現実的な“しがらみ”を廃すためのファンタジー性だったのだと思う。

「母の愛」と一言で言うけれど、そのありふれたテーマ性を、こんなにも真っ直ぐに、深く、強く、愛おしく、そしてファンタジックに描いた日本映画があったろうか。
冒頭で感じた違和感を早々に通り越し、この映画世界に息づく母娘の言葉と表情がダイレクトに心に突き刺さるようになってからは、琴線が震えっぱなしだった。

この物語が素晴らしいのは、テーマである「母の愛」と、それにまつわる「母娘の機微」が、決して主人公母娘だけの事柄ではなく、ストーリーに絡む多面的かつ多層的な“母娘像”の中で描きつけられていることだ。
そして、描き出されるそれらの殆どは、決して安直な美談としてではなく、胸が締め付けられるような辛辣な現実と共に映し出される。

自らの病を押し隠し、まさに「聖母」のような美しさと強さを見せる“母親”自身にも、自らの“母親”に対する拭い去れない心傷があり、その傷は安易に癒やされることはなく、より一層深く刻まれる。
むしろ、この映画の中で語られる幾つかの「母娘」の関係性においては、一つとして“幸福”のみで綴られているものはない。
どの母娘も、何かしらの深い後悔と失望に苛まれ、恨みや怒りを孕み、苦しみ、泣き濡れる。

それでもだ。
それでも、心のどこかで、母親は娘を愛し、娘は母親を愛し続ける。幸か不幸か、そこから逃れることなんてできないのだ。

「でも、まだ、ママのこと、好きでいてもいいですか?」

母親に置き去りにされた少女が振り絞るように発するその吐露に、この映画に登場するすべての「娘」の感情が表れているのだと思えた。


いや泣いた。少なくとも、この1〜2年の間では一番泣いた。
宮沢りえは、最強だ。杉咲花は、最高だ。

ラストシーンは、銭湯での葬式。その一寸エキセントリックに見えるシーンから、「風呂桶」と「棺桶」という言葉に見え隠れする密接な関係性を知ったこの幸福な映画体験は、暫く心から離れそうにない。


「湯を沸かすほどの熱い愛」
2016年【日本】
鑑賞環境:BS
評価:10点

予告編

「映画ドラえもん のび太の新魔界大冒険 〜7人の魔法使い〜」<8点> 

June 23 [Sat], 2018, 23:14


「のび太の魔界大冒険」は、藤子・F・不二雄原作の「大長編ドラえもん」シリーズの中でも屈指の名作である。
故にその原作を忠実に映画化した「ドラえもん のび太の魔界大冒険」も、必然的にドラえもん映画の傑作であると思っている。
F先生お得意の“パラレルワールド”を駆使したストーリーテリング力と、「魔法世界」というファンタジー性を見事に融合させた想像力と創造力は「流石」の一言に尽きる。
そして、その漫画世界を独特の語り口と、子供向け映画としては一寸ぎょっとする不穏さで描き出してみせたアニメーションが見事だった。

とまあそんな感じでオリジナル作品を愛するオールドファンなので、2007年にそのリメイクである今作が公開された際も、さほど興味を示すこともなく、“7人の魔法使い”なんていかにも子供だましな副題の功罪も手伝って、完全にナメていた。
が、しかし、先日観た「のび太の恐竜2006」同様、鑑賞し終えた今となっては、ナメていたことをまず平謝りするしか無い。

想定を大いに超えた“傑作”だった「のび太の恐竜2006」程の驚きは無かったが、今作も、押さえるべきところをちゃんと押さえつつ、新しい世代に向けてただの“焼き直し”にはならないように仕上げた良いリメイク作だった。
「のび太の恐竜2006」と同じく、オリジナルのストーリー性をちゃんと踏まえた上での、精力的な「改変」の姿勢が素晴らしく、ストーリー的にも概ね上手く練り上がっている。

まず分かりやすい改変ポイントから言うと、なんと言っても“メドゥーサ”の取扱い。オリジナルではシンプルに恐ろしい使い魔だったこの悪魔キャラを、ああいう形でピックアップしてくるとは。このキャラクター性の大きな改変により、ゲストスターである美夜子の抱える傷心とドラマ性が深まっている。

そして、最も特筆すべき改変ポイントは、パラレルワールドと現実世界の相互関係がさり気なくもちゃんと描かれていることだ。オリジナルでは、“もしもボックス”によって論理的な説明はないまま生まれた世界に過ぎなかった「魔法世界」だったが、今作では現実世界と並行する世界という、SF的常識にのっとったパラレルワールドとして、双方の出来事が影響しあっていることがきちんと描写される。このSF映画的には真っ当な追求は、F先生の原作にも描ききれてなかったことで(ページ数の関係上致し方ないことだが)、極めて秀逸だった。
現実世界では、美夜子の存在自体がまるで無いもとされるという原作のウィークポイントを、今作ではしっかりとフォローしているのだ。
すなわち、あの“フェイクエンディング”のまま元の世界に戻ったとしても、謎の天体の衝突により地球は滅亡を免れなかったわけで、のび太の「英断」の価値と意味が殊更に高まっている。

その他にも、魔界星の悪魔たちがなぜこれまで地球を攻めあぐねていたかの理由だったり、絶体絶命の状況でドラミが助けに来ることの論理的な説明だったりと、オリジナルでは都合よくぼかされていた部分を改変しSF的な整合性を加味していたことは、本当に見事だったと思う。

ただ一方で一抹の物足りなさもあった。それはやはり、オリジナルに対して、おどろおどろしい不穏さが激減していたことだ。今作ではカットされた“出来杉による魔法に関する講釈”のシーンで顕著だったように、オリジナルもとい原作漫画では、F先生の「魔法」や「悪魔」という文化そのものと、それが人類史に及ぼした歴史的背景に対する愛とイマジネーションが溢れていた。
メジューサの恐ろしさをはじめ、肉食角クジラの巣窟へ誘う人魚の歌声、帰らずの原の恐怖と魔界のハイエナetc…と、「魔界」という異世界の創造性とアイデアは、圧倒的にオリジナルの方が秀でていた。

とはいえ、そんなことはオールドファン特有の“難癖”の範疇だろう。
新しい世代の新しいマーケティングに対して、しっかりと戦略的に練られたアプローチであったことは理解せざるを得ない。なぜなら、自分自身も幼い我が子たちと鑑賞しながら、「メジューサの登場シーンで泣き出すんじゃないか」という不安を回避してくれたことへの安堵感を否めないのだから。


「映画ドラえもん のび太の新魔界大冒険 〜7人の魔法使い〜」
2007年【日本】
鑑賞環境:BS
評価:8点

予告編

「犬ヶ島」<8点> 

June 20 [Wed], 2018, 23:23


「日本」という国は、なんて奇妙で、ユニークで、興味深い国なんだろう。と、思う。
日本人でありながら、この映画を観ていると、この国の「異質」さに頭がクラクラしてきた。
それは、決してこの映画がいわゆる“トンデモ”日本描写に溢れているというわけではない。
日本の文化と風土を愛してくれている稀代のクリエイターが、懇切丁寧にこの国の本質を表す描写を積み重ねている。
その結果として、こんなにもエキセントリックな映画が出来上がるのだから、それは即ち、やはりこの国そのものが本当にエキセントリックということなのだろう。

“今から20年後”という時代設定も巧い。この表現により、この先いつどの時代に今作を観たとしても、近未来を描いたディストピア映画のように見える。
そして、映し出される映画世界は、過去も未来もあらゆる時代が混濁している。それは、この物語がどの時代にも当てはまる悲哀と戒めを秘めていることの暗示でもあろう。

権力と暴力により虐げられる対象を「犬」としてこの物語は綴られているが、その光景はまさに今なお続く人間の負の歴史そのものだった。
もしこれがそのまま「人間」が虐げられる話として描き出されていたならば、とてもじゃないが直視できない。
けれど、人間の“隣人”である「犬」に置き換えて、独特の風合いのストップモーションアニメで映し出すことで、映画としての可笑しみが生まれ、同時に胸に刺さる悲しみや辛辣さも孕むことに成功している。

ウェス・アンダーソン監督ならではのフェティシズムに溢れたユーモラスでブラックな快作である。
コレ程偏執的な「日本愛」を示されては、日本人として、映画ファンとして、ニマニマしながら観るしかなかった。


「犬ヶ島 Isle of Dogs」
2018年【アメリカ】
鑑賞環境:映画館(字幕)
評価:8点

予告編

「フリー・ファイヤー」<4点> 

June 10 [Sun], 2018, 22:41


“いかにも”な倉庫街で繰り広げられる悪しき交渉と、その「決裂」と同時に巻き起こる愚か者たちによる愚かな銃撃戦。
このあらゆるアクション映画で飽きるほど描かれてきた“ワンシーン”のようなシンプルなプロットただそれのみで、映画を構成する潔さと豪胆さは「良し」と思えた。

キャスティングも、アカデミー賞女優のブリー・ラーソンをはじめ、キリアン・マーフィ、アーミー・ハマー、シャールト・コプリーと、巧さと、華やかさと、クセの強さを併せ持った魅力的なスター俳優が顔を揃えており、イントロダクションのチープさに反して、“掘り出し物”を観られるんじゃないかという期待感は膨らんだ。
そして、製作総指揮にはマーティン・スコセッシの名が。そりゃあ一定の期待はしてしまう。

結果としては、決して観られなくはないが、アクション映画として面白いとは言い難いと言ったところ。
一流どころの演者を揃えているだけあって、一人ひとりのキャラクター性には興味をそそられる。
何かしらの思惑を孕んだクセのあるキャラクターたちが、徐々に本性を表しながら、愚かにも死屍累々を築いていくという作品の方向性自体は間違っていなかったと思う。
場面場面においては、ブラックユーモアやシュール性も併せ持ちつつ、ユニークなシーンを見せてくれたとも思う。

では何が悪かったのか。ずばり「脚本」だろう。基本的な話運びがあまりにも雑でチープすぎる。
何だか気の利いた台詞を言わそうとしていることは伝わってくるが、それらが尽く上手くないので、キャラクター全員がただただ“馬鹿”に見え、娯楽的なカタルシスがまるで生まれない。
必然的に、延々繰り広げられる馬鹿たちの撃ち合いにダレてしまった。

「レザボア・ドッグス」的な暴力描写と会話劇の妙を織り交ぜたストーリーテリングをしたかったのだろうけれど、遠く遠く及んでいない。
マーティン・スコセッシがどういうスタンスで「製作総指揮」に名を連ねているのか知らないが、これだけビッグネームを揃えられたのであれば、クエンティン・タランティーノにもお願いするべきだった。
まあ、タランティーノがこんな「二番煎じ」に参加するとは思わないけれど。


「フリー・ファイヤー Free Fire」
2016年【英・仏】
鑑賞環境:BS(字幕)
評価:4点

予告編

「ゲティ家の身代金」<7点> 

June 07 [Thu], 2018, 23:30


「地獄の沙汰も金次第」ではないけれど、ビジネスの成功は勿論、慈善事業も、教育も、犯罪も、人の生死すら、「金」でどうにかなるという現実、むしろ「金」が無ければ何も行動を起こすことすらできないという現実を、終始一貫突きつけてくる。
まさに「この世界は金がすべて」という身も蓋もない現実を、ファーストシーンからラストカットまで言い切っている。

登場人物たちが揃いも揃って「金」という概念に支配され、右往左往する様は「皮肉」に満ちており、深刻な事態を描いているにも関わらず、時には失笑すら禁じ得ない。
しかし、その観客の失笑すらも、この映画世界の内外に存在する怪物のような“二人の老人”による「支配」の範疇なのではなかろうかと思える。
即ち、リドリー・スコット監督による豪胆かつ繊細な映画作りと、緊急登板したクリストファー・プラマーのリアルで精力的な役作りの賜物だと思う。

スキャンダルによりケヴィン・スペイシーが撮影完了後に降板するという非常事態をはじめ、その後のギャラの男女格差問題に至るまで、不幸にも色々とゴタついた撮影現場の苦労は伝わってくる。
正直言って、この映画が本来到達すべき「完成度」に至っていないことは垣間見える。だがしかし、その諸々のトラブルやそれに伴う社会的な“視線”すらも、作品の“味わい”として加味し、驚くべき短期間で纏め上げてみせたリドリー・スコットには感服せざるを得ない。

また、「やっぱりケヴィン・スペイシーで観てみたかった……」という、映画ファンとしての正直な思いも否定はできないけれど、あまりにも豪華すぎる“代役”となったクリストファー・プラマーの強欲かつ哀愁漂う「糞爺」ぶりは脱帽だった。

一見、キャラクターの焦点がぼやけているようにも見えるし、ストーリーテリングはちぐはぐに見える。実際、上手く纏まり切っていない映画なのかもしれない。
ただ、だからこそ、この欲と不条理に塗れた現実世界に蔓延する「皮肉」を、巧みに表現し得たとも思える。

良い意味でも、悪い意味でも、「生々しい」この映画の雰囲気をクリエイトしたのが、御年80歳の超大巨匠であることに、またしても舌を巻く。


「ゲティ家の身代金 ALL THE MONEY IN THE WORLD」
2017年【アメリカ】
鑑賞環境:映画館(字幕)
評価:7点

予告編

「アナイアレイション -全滅領域-」<4点> 

June 04 [Mon], 2018, 0:30


美しく、そして残酷な、“未知との遭遇”。
映画全編に渡る得体の知れない恐怖感と、「世界」と「世界」の狭間を描き出したビジュアルの美意識自体は、決して嫌いじゃなかった。
幻想的で、芸術的、そして観念的なアプローチによるSF的な解釈は、興味をそそられた。
けれど、映画の中の“調査隊”が謎と恐怖に包み込まれた真相に突き進む程、ストーリー的な推進力は緩慢になり、残念ながら面白味も霧散していくようだった。

詰まるところ、「SF」として物語を紡ぐには、それを語り切るに相応しいストーリーテリング力が欠如していたのだと思う。
理解し難く、“答え”そのものを観る側に委ねるタイプのSF映画は多々あるし、それはそれで大好物だけれども、この映画の場合は、秘められているのであろう“哲学性”が巧く表現できているとは言えず、展開の稚拙さや唐突さが雑音となり、それがどんどん大きくなったまま終幕してしまった。

ナタリー・ポートマン演じる主人公が、オープニングからエンディングに至るまで、ひたすらに「わからない」を繰り返すばかりでは、流石にストーリーそのものを放り投げすぎじゃないか。
と、思わせてしまった時点で、この映画の目指した“試み”は失敗しているのだと思う。
プロットやストーリーにおけるアイデアそのものは、過去のSFスリラーでも幾度も描かれている類のものなので、この映画が描いている顛末は何となく理解できる。しかし、観客にそれを腑に落ちさせなければ、それは単なる自己満足的な絵空事に過ぎない。

「エクスマキナ」で一躍気鋭監督となったアレックス・ガーランドの最新作であり、キャストも一流どころを揃えているにも関わらず、劇場公開が難航し、一転してNetflix公開となったこの映画の辿った道程の「理由」が、何となく見えてくる。

予算面含めて、もう少し製作環境が整っていたならば、それこそSF映画の新たな傑作になり得ていた可能性も感じるだけに、SF映画ファンとしては至極残念だ。


「アナイアレイション -全滅領域- Annihilation」
2018年【アメリカ・イギリス】
鑑賞環境:インターネット(Netflix・字幕)
評価:4点

予告編

おヒサシネマ!「シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ」 

May 27 [Sun], 2018, 13:22


タイトル的な位置づけは「キャプテン・アメリカ 3」だが、むしろ、「アベンジャーズ 2.5」。

下手な監督が撮ったならきっと酷く馬鹿みたいなシーンになったであろう、飛行場での“陣取り合戦”を、圧倒的な娯楽シーンとして成立させてみせたルッソ兄弟の手腕は見事。このシーンに限らず、全編に渡って散りばめられたアクションシーンとしてのアイデアが、“VSサノス戦”に活かされていることも明らかだ。

トニーとスティーブは、この“殴り合い”以来、「インフィニティ・ウォー」を経てもなお、「対面」していない。
「アベンジャーズ4」の“胸熱”に向けての布石は、十分過ぎる程に打たれている。



「シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ Captain America: Civil War」
2016年【アメリカ】
鑑賞環境:インターネット(hulu・字幕)
評価:9点

おヒサシネマ!「アントマン」 

May 20 [Sun], 2018, 11:41


マーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)が、映画史においても過去例を見ない大シリーズとして成功したのは、ひとえにそのバランス感覚の良さだと思う。

2000年代、アメコミヒーロー映画の成功条件は、よりナイーブに、よりダークに、ヒーローが抱える心の闇を描き、悲壮感を紡ぎ出すことだった。2008年のクリストファー・ノーラン監督による「ダークナイト」は、その極みだったろう。

奇しくもその同年に公開されたのが、MCUの第一作となった「アイアンマン」だ。
ヒーローとしての苦悩は描き出しつつも、ヒーロー映画ならではのケレン味と高揚感を存分に散りばめた抜群のバランス感覚こそが、「アイアンマン」に端を発するMCUの最大にして最高の特長だったと思う。

そして、そのバランス感覚の良さは、MCUとしての連作の中でも発揮されていて、その顕著な例が、「アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン」の直後に間髪入れずに公開されたこの「アントマン」だった。

映像表現の物量的にも、ストーリーの情報量的にも、描かれるテーマ性的にも、圧倒的な重量感だった“アベンジャーズ2”の直後では、流石のファンであっても、同様のテイストのヒーロー映画を観ることは少々億劫だった。
そんなタイミングで“新登場”したこのヒーロー映画は、そのキャラクターの特性通りに“ミニマム”で、ライトなノリの良さに満ち溢れていた。そして何よりも、娯楽活劇として圧倒的に面白かった。

アベンジャーズの面々の中でも色々な意味で小さなキャラクターではあるけれど、このヒーローが果たした役割は、あまりに大きい。

そして、今、「インフィニティ・ウォー」の後で、かつてなく重く沈み込んでいる全世界のMCUファンにとって、公開を控える続編「アントマン&ワスプ」への期待感は、あまりにも大きく膨れ上がっていることだろう。


「アントマン Ant-Man」
2015年【アメリカ】
鑑賞環境:インターネット(hulu・字幕)
評価:9点

「孤狼の血」<7点> 

May 19 [Sat], 2018, 20:43


「今」の日本映画において、ぶっちぎりに「熱量」が多い作品であることは間違いないし、こういう日本映画をもっと観たい。
が、しかし、熱量が高騰したことは認める反面、それが沸騰するまでに達したかというと、正直なところ疑問符が残る。
触れ込みの通り、往年の大傑作「仁義なき戦い」を彷彿とさせる作品ではあるが、その系譜の娯楽映画、即ちジャンル映画として、あらゆるしがらみから「脱却」しきれていないと、敢えて言いたい。

言い換えれば、色々な意味で、「丸裸」になり切れていないとも言える。
必ずしも、もっとエロく!もっとグロく!ということではなくて、ジャンル映画としての本質的な部分で、もっと脱ぎきってほしかった。脱がしきってほしかった。

敢えて表面的な部分を指摘するならば、そのままの意味合いに聞こえるかもしれないが、もっと「裸」を見せるべきだったと思うのだ。
傍若無人のマル暴刑事を演じた主演の役所広司にしても、妖艶さを振りまく真木よう子にしても、“こういう映画”で「裸」にならないのは如何なものか。
ましてやせっかくの“濡れ場”にも関わらず、松坂桃李を脱がさずに、おぼこいラブシーンに終始した演出には、「一体、どういうワケだ?」と監督を問いただしたくなる。

「暴力映画」として随所に振り切れているのだからそんなことは些末なことだと言う人もいるのかもしれないが、バイオレントシーンやグロテスクシーンにおいて白眉なものを見せてくれているからこそ、そういうあるべき娯楽要素の欠落に、何だか遠慮めいたものを感じてしまい、非常に勿体無く思えた。
それは、この映画が、「俺たちが観たい日本映画」を表現してくれているからこそ、発さずにはいられない“物言いだ”。

封切りから間もないが、どうやら日本映画としては異例の続編製作が既に確定しているらしい。
白石和彌監督が、これからの日本映画界を牽引していくべき中堅監督の一人であることは疑わない。
是非とも、「仁義なき戦い」の第二弾である「広島死闘編」並に遠慮なくブチ切れた続編を期待したい。


「孤狼の血」
2018年【日本】
鑑賞環境:映画館
評価:7点

予告編

おヒサシネマ!「アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン」 

May 14 [Mon], 2018, 20:39


劇場公開以来の再鑑賞。なんだよ、やっぱり最高かよ。

“S.H.I.E.L.D.”という文字通りの「後ろ盾」を失ったヒーローたちが、絶大なパワーとそれ故の恐怖との狭間で苦悩する。
この映画単体としてのプロットは、意地悪な見方をすれば、ヒーローたちの“独り相撲”であり、それにほぼ巻き込まれる形で実害を被る世界の人々からすれば、そりゃあ恨み節も言いたくなろうし、危険視するムーブメントも避けられまい。
今作におけるヒーローたちの「失敗」が、この後の「シビル・ウォー」の悲劇へと直結していくわけで、その顛末を知った上での再鑑賞では、ヤキモキ感が増長したことは言うまでもない。

ただだからこそ、前作「アベンジャーズ」を遥かに凌駕したヒーローたちのアクションシーンの連続が、ひたすらに熱い。
自ら招いた危機によって打ちひしがれようとも、傷つこうとも、倒れようとも、彼らは何度でも立ち上がり、新たな仲間を伴い、「復讐者」となる。

その様は、まさに“独り相撲”の極みかもしれないけれど、そんな小賢しい理屈なんて超えて、ただただ熱狂せざるを得ない。

実は誰よりも“人間臭い”最凶人工知能“ウルトロン”のユニークな悪役性、ホークアイを筆頭とする脇役の見せ場、スカーレット・ウィッチ、そしてヴィジョンら一線を超えた新キャラクターを問答無用に「有り」にしたMCUの巧みさに、改めて脱帽。


「アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン The Avengers: Age of Ultron」
2015年【アメリカ】
鑑賞環境:インターネット(hulu・字幕)
評価:9点
2018年06月
« 前の月  |  次の月 »
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
月別アーカイブ
プロフィール
  • プロフィール画像
  • アイコン画像 ニックネーム:TKL
  • アイコン画像 性別:男性
  • アイコン画像 誕生日:1981年
  • アイコン画像 血液型:B型
  • アイコン画像 趣味:
    ・漫画
    ・スポーツ
    ・小説
読者になる
映画の善し悪しは、結局、「好き」か「嫌い」かだと思う。 つらつらと語ってみたところで、詰まるところ、それ以上でも以下でもない。 それで良いのだろうと思う。