仕事の質を高めたいなら仕事を放り出せ

February 08 [Wed], 2012, 23:02
純文学系のある小説家から、小説の執筆について、こんな裏話を聞いたことがある。彼は、ひとつのアイデアが小説になるまでに、2度「寝かせる」というのだ。

最初の「寝かし」は、アイデアが閃いたときだ。そのときは、「自分は天才じやないか」と思いたくなるほど素晴らしいアイデアに思えるそうだが、その小説家は、すぐにも書きだしたい衝動を抑えて、そのアイデアを「寝かせて」しまう。なぜなら、早いものだと翌日、普通は1週間もすると、そのアイデアが陳腐なものに思えてくることが圧倒的に多いからだ。

2度目の「寝かし」は、小説がほぽ完成しかかった時期だ。ここでも、彼は一気呵成(いっきかせい)に書き上げたい気持ちをぐっとこらえ、1ヶ月くらい、原稿をほったらかしにしておく。そして、海外旅行に出かけたり、友人と飲み歩くなどして、しばらくその小説のことを頭から追い払ってしまうというのだ。

これにはふたつのメリットがあると、その小説家はいう。

ひとつは、時間をおくことで、自分の作品が客観的に見られるようになるということだ。小説の執筆というのは極めて孤独な作業である。そのため、執筆を続けるうちに、知らぬまに袋小路に迷い込んだり、あるいは「面白いのか、面白くないのか」ということさえ、さっぱりわからなくなる事がある。しかし、1度、自分の小説を頭から追い払い、執筆再開時に改めて読み直してみると、それらのことがよく見えてくるというのだ。結果として、それまで書いた原稿がほとんど書き直しという事もあるというから、己に厳しい小説家ではあるが・・・。

もうひとつのメリットは、書きかけの小説を頭から追い払ったつもりで遊んでいても、旅先で風景を眺めている時など「闇夜に月がぬっと出てくるように」素晴らしいアイデアが浮かんでくる事がある、ということである。彼いわく「小説のことは忘れているつもりでも、やっぱり潜在意識のなかではその小説のことをずっと考えつづけてるんだな」

もちろん、このアイデアも1度は「寝かされる」のだが、この段階ででてくるアイデアはまずハズレがないと、彼はいう。かくしてそのアイデアは小説の最終段階で生かされ、より完成度の高い作品として世に出るというわけである。

さて、完成しかけた仕事を「寝かせる」という習慣は、小説という極めて創造的な仕事だけでなく、ビジネスマンの仕事にも有効な場合が多いのではないか。もちろん、締め切りがある以上、いつまでも仕事を「寝かせて」おくわけにはいかないが、8割がた完成して、締め切りまでまだ1週間以上あるようなら、その仕事を3〜4日寝かせておくだけでも意味があるはずだ。

たとえば、出版社に企画のプレゼンテーションを行なうときは、何本かの企画を「寝かせて」おき、その中から、これはというものを持って出かける。「寝かせて」おいた分だけ、その企画は自分のなかで「発酵」しているせいか、プレゼンも滑らかで、ゴーサインが出ることが多い。

ただ、ときに「自分は天才じやないか」と思えるような企画が思い浮かぶことがある。そんなときは、件(くだん)の小説家と違って、矢も楯もたまらず出版社に電話をしてしまうのだが、この手の企画が通るのは、10本に1本くらいの確率なのだ。
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