2007年01月25日(木) 23時33分

はみ出した間違いを隠すため
上から塗り潰す

塗り潰した事を隠すために
輪郭を広げて誤魔化す

輪郭を広げたことを隠すために
もう片方の正しかったはずのものも同じ様に

はみ出したものはおかしいから
ほかと違うなら隠さなくては
違うものは失敗だもの
誰にも悟られないように







アイラインの話
私は濃いめです

化粧一つとってもこれが人間か
わたしも所詮人間か


コメント返しはもう少々お待ち下さい

2007年01月15日(月) 3時29分
一応続いています。ひとつ前の記事からどうぞ





中学生はとても子供で残酷なことを平気でする。
私は大したことはされていないがそれでも辛かった
聞こえるようになのかそうでないのか分からないが、私の事を言われていると分かる中傷を俯いて耐えた
逃げ出したかったがそんな場所もない
友達はいないわけじゃなかったが逃げれる場所はなかった
休み時間がとても辛かったことも覚えてる
私はする事なんてなにもなかったし、ただ辛かった

もっとも自分でキツかったのは中学2年のころ
クラスが変わり、少しはマシになるかもしれないと希望をもった
私は一年のころからテニス部に所属していて
そこではイジメ的なものはあまりなかった
2年のクラスは部活でダブルスのペアを組んでいる女の子と一緒のクラスになった
それを知った時
「ああ、よかった。助かった」
そう思った
たった一人でも友達が居れば、わたしはわたしでいられた
悪口は辛いけど、苦しいけど、それでも耐えれた
だから私はその子と一緒になれて嬉しかった
このクラスは大丈夫って思った
でもそう上手くはいかなかった
クラスが始まったころは話してくれていたが、その子は目に見えて私と一緒にいることを嫌がっていた
その子に紹介されて入った塾や、部活では普通に話してくれていたが
クラスでは迷惑そうな様子がありありと見て取れた
だから私も控えめにしていた
最近になって掃除をしていたらその子からの手紙が出てきた
ちょうどその頃のもので、文面には要約すると「男子なんかに悪口を言われるのが嫌だから、クラスでは話さないでほしい。でも部活や塾では仲良くして欲しい」ということが書いてあった
今思うとかなり勝手な申し出だ、なかなかストレートにこんなことを言うのも凄いなといっそ関心してしまうが
当時の私はすぐにそれを承諾した
実際、イジメは辛い。ものすごく辛い。
自分もその被害にあうかもしれないのにそれでも飛び込んでこれる人なんてそうそういない
マンガやアニメにでるような正義感溢れる人なんて実際にはほとんど存在しないのだから
私は辛さがわかるからこそ、その子の申し出を受け入れた
当時の私には彼女は大切友達の一人だったし
こんな目に合うかもしれないのに自分を犠牲に出来るほど彼女が強い人間でもないと知っていたから。
そうして私は2年は完全にクラスにに友達が居ない状態で過ごした
2学年の時の記憶は本当に曖昧で、ほとんど覚えが無い
合唱コンクールの曲名も思いだせない
ただ一番辛かったとおもうし、断片的に強く思い出が残っている

3年は2人の友達と出会い、息がしやすくなったので嫌なことも乗り越えられた。
担任がとても良かったこともある。私はこの先生が大好きだ。

私は3年間一日も学校を休まず、一回として遅刻も、早退もしなかった
たぶんだからだと思うが、2年の個人面談の時に親が担任に「○○ちゃんは強いですね」と言われたらしい
私は消して強くない。
辛くて辛くて辛くて。とても苦しくて。学校が嫌で。クラスが嫌で。休み時間が嫌で。
グループをつくれば余るし。席替えをすれば隣になる子の嫌がる顔を見てもういっそ申し訳なかった。
行事も、実験も、苦しくてしょうがなかった。
いつも逃げたくて、そこにいたくなくてしょうがなかった。
それでも私が学校に居たのは
ただ一度でも学校を休めば、遅刻をすれば、早退をすれば
二度と行けなくなると思ったから
追いたてられるように学校に通っていただけだった

きっともっと辛い思いをしている人からすれば
この程度で甘ったれるなと思うかもしれない
でもきっと不幸を秤に掛ける事なんてできない
客観的にみて、コノ子とコノ子だったらこっちの方が辛いメにあってると判断する事はできるかもしれない
でも本人の感じてる辛さはどっちが辛いなんてきっといえない
どっちも頑張って、頑張って、乗り越えて、耐えて、生きてる
もしかしたら頑張って頑張って、信じられないほど勇気を振り絞って自殺するのかもしれない



書くのに疲れたから今回はココまで
なにが言いたかったのかも、良く分からなくなりましたね

2007年01月15日(月) 3時27分
今回は昔の話を少し

中学の頃
私はイジメ……ぽいものを受けてた
といってもそんなに酷いことはされてない
トイレに閉じこめられて水をかけられたこともなかったし、みんなの前で下着を
脱がされたこともなかったし、物を隠されたようなこともなかったし、リンチさ
れたことも、パシリにされたこともなかった
あったのは悪口とほんの少し悪質な悪ふざけ。あとは……強いてあげるなら軽く
ハブられていた位
これをイジメと呼ぶのか、私には判断しがたい
だから「ぽい」こと

そもそも明確な基準がわからない
漫画にあるようなイジメだってないわけじゃないだろうけど、おそらく圧倒的に
少ない
大半はもっと静かに規模としては小さく、行われてるものだろう
その中でも私の例は全然大したことない部類にはいると思う

中学校のころの記憶はあまりない
いやなことは忘れる性格だからかもしれないが
よく思いだせない

原因は、今でもよくわからない
ハッキリしたものは多分無いんだと思う
だが恐らく推測するに中学に入学したてで新しい環境の中で、少しだけ私があぶ
れてしまった事が原因だと思う
私はとても明るく活発な気質で、中学生活に対する不安なんて少しも持ってなく
って
期待と楽しみで一杯だったことをよく覚えてる
人見知りしない私は、新しいクラスで沢山友達が欲しがった
みんなと仲良くなりたくて教室をあちこち回ってた
それから1週間もしないうちにあの学校独特のグループが形成され始めてた
特定の人と深く仲良くなっていなかった私は早くもそこで少し浮くことになる
小学校の時の知り合いもいないことも無かったが中学に持ち上がる時に半数がもうひとつの中学校へと行ってしまい私の中が良かった友達も中学は離れ離れになった
そのうえ私の火曜中学は生徒の数が多く全校生徒は900人を超え、学年で7だか8クラス程あったためほとんど知りあいはいなかった
それから上手く溶け込むことができず、孤立していくまでは早かった
3年間、状況はほとんど変わらずに過ごすことになる


文字数オーバーで次に続く

2007年01月09日(火) 13時31分
つまりは
結局わたしは逃げたいだけ
嫌な事から
辛い事から
大変な事から
ずっとずっと逃げてきた
後回しにして
先延ばしにして
逃げてるだけ
今はもう何処に逃げれば良いのかもわからない
だから今度は「死」って言葉をつかって
わたしは全てから逃げるんだ

口癖は「もう寿命だから」





コメント返しです↓
P R
2007年01月
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31
カテゴリアーカイブ
プロフィール
  • アイコン画像 ニックネーム:勧酒
読者になる

君に勧む 金屈巵

満酌 辞するを須いず

花発けば風雨多く

人生 別離足し
最新コメント
アイコン画像星眺
» (無題) (2011年04月13日)
アイコン画像星眺
» そこにかえして (2011年04月09日)
アイコン画像勧酒
» (無題) (2011年04月08日)
アイコン画像星眺
» (無題) (2011年04月08日)
アイコン画像星眺
» (無題) (2011年03月23日)
アイコン画像星眺
» (無題) (2011年03月16日)
アイコン画像祟介
»  (2007年01月16日)
アイコン画像
»  (2006年12月31日)
アイコン画像
»  (2006年12月09日)
アイコン画像
»  (2006年12月09日)
メールフォーム

TITLE


MESSAGE

Yapme!一覧
読者になる