喪屋にて

January 16 [Sat], 2010, 19:29

痛ましく抉れた胸に、漏れそうになる嗚咽を堪える。
これは私が為した結果であり、彼が選んだ顛末なのだ。

あの女が許せない。
それ以上に、この世界が赦せなかった。

彼の胸を射た矢を手に取り、天も地をも裏切る。



あぁ、天津神でも国津神でも無くなる私は、一体何者になれるのだろうか……


漆黒の鷲乙女\ 後編

January 08 [Fri], 2010, 22:03


再び剣を構えたヴィーナが吐き捨てるように呟く。
「当たり前だ」
その言葉を言い終えないうちにヴィーナが再度吹き飛ばされた。
此度も詠唱はない。そもそも何故ヴィーナが倒れているのか、理解できるものはその場に誰も居なかった。
エルニルが再度詠唱を開始する。
誰もが息を飲み、その光景を見つめていた。
ヴィーナは辛うじて身体を起こしたものの、対処の出来ない不可解という恐怖に、身を竦ませている。
術を完成させたエルニルは、黒い球体のようなものを構築していた。それを右手に乗せ、その場に居る全員に語りかけた。
「これなら外から私たちの様子を見ることはできません」
轟々と燃え盛る炎は、外界と彼らを分断している。
エルニルの言葉に、騎士たちはその誇りにあるまじき考えに至った。
「ほら、騎士団の名誉が汚されようとしてますよ」
追い討ちをかけるようなエルニルのその言葉に騎士団全員の意志が統一された。
誰かが叫んで走り出した。
それを機に、100人余りの騎士が取り囲んだエルニルに襲い掛かる。
エルニルは凡そ奔流の中心に居るとは思えないような涼しい顔でその様を眺めている。
最前列の数人が剣でもってエルニルにむけて鋭い付きを放つ。
しかしそれもまたエルニルに届くことは無かった。
彼女の右手の黒い球体が突然容積を増して、辺りを包み込んだかと思うと、激しい衝撃が彼らに襲い掛かる。
数秒後、闇は拡散して消失したが、その場に立っていたのは、球体と同じくらいの漆黒を纏ったエルニルだけだった。

漆黒の鷲乙女\ 前半

January 08 [Fri], 2010, 22:01


「詠唱の時間をあげましょうか?」

騎士団長ヴィーナが笑いながらエルニルに呼びかけた。しかしその目は笑っていない。
対するエルニルの顔からは既に笑みが消えていた。

「結構よ」

そう呟き、手にしていた木刀を空高く投げた。
取り囲む全員が驚きと共にその行方を見守ると、激しい衝突音が響き渡った。
ストン、と2つに分かれて落ちたそれを見つめる誰もが、状況を正しく把握できなかった。
底知れぬ恐怖がヴィーナの心を過ぎる。

「参る」
−茶番だ−と思い自らを奮い立たせ、詠唱を始めたエルニルのもとへと駆けた。
先手必勝。詠唱の時間を与えなければ良いのだ。
ヴィーナは木刀を横薙ぎに、エルニルの腰を狙い放った。
激しい衝撃が身体を襲う。
吹き飛んだのはエルニルではなく、ヴィーナだった。
エルニルは微動だにせず、詠唱を続けている。
取り巻いている騎士団にざわめきが走る。
わけもわからず、ヴィーナは痛みに呻きながらもエルニルを見上げた。
エルニルの閉ざしていた目から彼女の漆黒の瞳が現れた。
そして柔らかく笑うと、詠唱を完了し魔術を放つ。

激しい音を立てて、巨大な炎の壁が現れた。
それは2人を取り囲む騎士団を、更に囲むようにたち現れた。
異様な光景に誰もが息を飲んだ。
目の前で倒れている騎士団長、そして自分たちを囲んでいる大きな炎。

温度とともに上昇していく周囲のざわめきを、エルニルは意地悪な笑みで眺めている。
ふらふらと立ち上がるヴィーナを視界に収めると、彼女は優しく問いかけた。

「まだやりますか?」

漆黒の鷲乙女[(一部カット)

January 04 [Mon], 2010, 11:57


魔法師団副長。
それがエルニルに与えられた役職であった。
かつてない異例の抜擢に、魔法兵団内でのみでなく、各部署から注目を受けた。
それは決して好意的なものではなく、侮蔑を含んだものだった。
兵舎に行けば、腫れ物を取り巻くように皆距離を置き、外に出れば、騎士たちから嘲笑される。
基本的に兵士が働くのは、魔物の動きが国内で活発になった時のみの為、強力な魔術を発動させてストレスの発散もできない。
それでも勉強したいこと・考えたいことは山のようにあったのだが、落ち着かない居場所ではそれもままならない。
ついに耐え切れなくなったエルニル。
自分の立ち位置をはっきりさせるべく、暴れてやろうと思った。
彼女は誰に喧嘩を売るべきかを知っていた。

騎士団長ヴィーナ。
理由なんてものはどうでもいい。
いや、エルニルには理由があった。
彼は初めて会った時にエルニルに言ってはいけないことを言った。
40代で騎士団長を務めているのだから、彼の権力や腕は相当なものなのだろう。
だが、その力の強さが打ちのめした時に、効果的になってくる。
彼女は騎士団が訓練をしている時間を見計らって訪れ、『見学』をさせてもらった。

「いかがですかな?鷲乙女どの。魔法師団なんかより素晴らしいでしょう」

ヴィーナが隣に立って語りかけてきた。
彼は嫌味なく、笑顔でその言葉を述べた。
馬上戦、陣形、乱戦。
100人程度の人間が敵味方に分かれ入り乱れる様は、実戦を彷彿とさせた。

「ええ、そうですわね」

にっこりと、貼り付けたような笑みでエルニルは答える。
そして何かを思い出したかのように、けれど、と続けた。

「あなたは私よりお強いのかしら?」

騎士団長の顔から上品な笑みが消えた。
貴族である彼は目下の者からの侮蔑に耐えられない。

「試しましょうか?」

手近にあった木刀を取り、ヴィーナがフィールドへと降りていく。
エルニルもまた、形だけ木刀を貰い、彼の後に着いていった。
その異様な様子に、兵士たちは訓練を止めて2人を取り囲んだ。

「お手柔らかにお願いしますね」

こうしてエルニルのストレス発散の一日が始まった。


漆黒の鷲乙女Z

December 29 [Tue], 2009, 12:06


「私とお前の師弟ごっこは、これで本当に終わりだ」
賢老ラエズルの忘れ形見を習得したエルニルにリザが告げた。
それに、と彼女は付け加える。
「最早お前の居場所は此処にはない」

冷たく言い放ち、エルニルを追い詰める。
自分によく似た漆黒を見つめていると、リザの喉から自然と乾いた笑いが漏れてきた。
その声を聞き、拗ねたような顔をするエルニル。それを目に映すと、喉が痛くなるほど陰鬱は笑った。
それは数十年ぶりの、声を立てた笑いだったかもしれない。
リザは、酒に酔ったように心底嬉しい気持ちに浸りながら、弟子の成長と行く先を誇らしく思った。
少しだけ昔を思い出し、彼女は思いついたようにリザを抱きしめた。
灰色から昇る心地よい香りを、エルニルは戸惑いながら感じていた。
親のようで、姉のようでもあり、意地の悪い師であった。
エルニルが溢れる涙を堪えきれずに居ると、リザが優しく微笑みかけた。

それから小一時間ぐらい経っただろうか、エルニルが荷作りを終えた。
来た時と同じように、これから新しい住処に向かうとは考えられないくらいの軽装だった。
エルニルが奥の物置にいる師に声をかける。
するとリザが奥から焦げ茶色をした毛皮を持ってきた。
鳥の羽で作られたそれは決して灰色のローブには似合うものではなかった。

「私が若い頃使っていたやつだ。お前にも似合うだろう」

鷲乙女。それが随分前のリザの異名だった。
その名を冠するに相応しい綺麗な鷲の毛皮。
リザが優しくそれをエルニルの首にかけてやる。

「お前はこれから、本当に大切なものを探しにいくんだ。
それは未知のものであり、もう既に手にしているものかもしれない。
私は……そうだね、少しだけお前のことが心配だよ」



旅立っていく若鳥の後姿を見つめながら、陰鬱の魔術師リザは自らの役割が終わったことを感じていた。
随分前に亡くした愛しい人の事を考えながら、リザは虚空に向かって2言3言呟いた。
それから満足げに微笑むと、再びフードを目深に被り、小屋の中へと戻っていった。
騒がしくも目新しい、輝ける漆黒との時間が終わった。
老いた陰鬱に残されているのは、その名の示すとおり暗い灰色の時間だけなのだ。
それでもそのことを少しも寂しいと思わずに、リザはゆるやかな眠りに落ちていく。
驚くほどに身体は軽い。まるで鳥になった気分だ、とまどろみの中で思う。
漆黒の魔女エルニルの拙い時間差の魔術が、柔らかく暖かい光となって身体を包んでいる。
−あぁ、なんて幸せなのだろう−
陰鬱の魔術師リザの意識はゆるやかに沈んでいった。

P R
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