京都府立陶板名画の庭から Da Vinci code

2010年01月18日(月) 22時35分


京都府立陶板名画の庭陶板画の『最後の晩餐』である。CGで復元された「最後の晩餐」との色彩の違いを見比べてみてほしい。

ダン・ブラウン著の小説「ダ・ヴィンチ・コード」を読んでみただろうか。

レオナルド・ダ・ヴィンチ作「最後の晩餐」の絵の中に隠された人物がいるという新説が、話題を呼んでいる。

失われた聖杯とは、これまで言われていたようなキリストが最後の晩餐で用いた杯ではなく、「マグダラのマリア」とイエスとの血統、即ち二人の子孫を指すという。
現在、聖書において、キリストとマリアが関係を結んでいたこと、そしてその間に子供が生まれたといった記述は存在していない。

しかし、マグダラのマリアを描いた「the Gospel of Mary Magdalene」においては、マリアが多くの者に「身体の堕落」を糾弾され、その結果として醜い子供が生まれたという事を描いている。


参考サイト:X51.ORG冒涜の絵画「最後の晩餐

マグダラのマリアとキリストの間のV字型空間に柱がある。その空間に、消された人物のアウトラインが残されているのが分かるらしい。

小さな人物は頭部、胸部と二本の腕が描かれ、キリストの方を向いて立っているという。

おそらくダ・ヴィンチはこの絵の中にまずマグダラのマリアとキリストの間に生まれた子供を描いた。

しかし作画していく最中にそれを消し、マリアとキリストの間に開いた空間を残すことで、暗喩的に彼らの間に生まれた子供とその血統=聖杯を描いたと思われる・・・という。

キリストの信者なら、やはりこういった解釈に怒りを覚えるだろう。まぁ、ここでは、この話は終わり。小説の話だ。



サンタ・マリア・デッリ・グラッツェ教会の「最後の晩餐」は、テンペラの手法で描かれた壁画。十二人の使徒は、聖バルトロマイ、聖小ヤコブ、聖アンデレ、イスカリオテのユダ、聖ペトロ、聖ヨハネ、イエス、聖トマス、聖大ヤコブ、聖フィリポ、聖マタイ、聖タダイ、聖シモンである。

ヨハネによる福音書に、「はっきり言っておく。あなたがたのうちの一人がわたしを裏切ろうとしている。」

「わたしがパン切れを浸して与えるのがその人だ。」と言って、ユダに与えたという。キリストが使徒たちにパンを分け与える「聖体拝領」の場面で、裏切り者を示すわけだ。

ここまでイエスが言葉と行動を起こしているにもかかわらず、「座についていたものは、だれも、なぜユダにそういわれたのか、わからなかった」という。

不思議な話だ。パン切れを与えた時点で、「ユダ、おまえか!」という使途が一人もいないのだ。



さて、作品のうえのリュネットもレオナルド自身が描いたものだ。
この作品は一点透視図法をもちいて、その消失点が、イエスの左のこめかみの位置だという。なんだか不吉な位置だ。ユダの裏切り、聖ペトロの離反もあるが、ここにいる使途にも受難は起こる。

聖タダイ、聖シモンの殉教。ミケランジェロの「最後の審判」で、聖バルトロマイは、生きながらに皮を剥がれ殉教する場面が、自身の生皮を持つ姿が描かれている。ギュスターヴ・モローの作品「サロメ」に描かれているのは、そのサロメの所望により斬首された聖ヨハネ。ここに描かれているイエスの弟子 使徒ヨハネとは別人。洗礼者ヨハネのこと。使徒ヨハネの兄弟である聖大ヤコブもヘロデ王に殺害される。

このレオナルドの最後の晩餐は、パンとワイン、羊のかわりに、パンとワイン、魚である。これは、ペサハ(過越しの祭り)に羊を食べるユダヤ教に対し、肉食を食べずに禁欲とするキリスト教の象徴だろう。

この作品、テーブルに「輪切り」があるんだ。それが、レオナルドのノートに、うなぎの輪切り、カブのピューレ、ロールパンとある。レオナルドのキッチンノートがあるんだ。

レオナルドの料理や調理器具の発明、そしてテーブルのマナーなどが書かれた「レオナルドのキッチンノート」には、当時、殺人の舞台となるのが昼食会であることが読み取れる。レオナルドが書いた「正しいテーブルの着席」に、殺人者を招待した場合、次席を取るのが、最適であると書かれているからだ。毒味見役の配置、また殺人が行われた場合、テーブルクロスから血液をどのように染み抜きするかなど、いまのテーブルの正しい着席とほど遠いが興味深い。

「最後の晩餐」で、レオナルドがもっとも力を注いだのが、この「料理」である。テーブルにもっとも相応しいメニュー。弟子たちに料理とワインを飲食させながら、レオナルドが選ぶメニューの素描。1年以上も、テーブルにつく予定の会食者たちは描かれなかった。

そしてレオナルドが、イエスと使途を描き終える頃には、料理の部分が剥げ落ちるという始末。



なぜ、そんなに料理にこだわるのか。それは、17歳のレオナルドが、ヴェロッキオ工房の傍らに、タバーン(居酒屋)のコックも努め、「料理」にも「調理器具」にも、情熱を注いだ時代がある。あの「春−プリマベーラ」や「ヴィーナスの誕生」のサンドロ・ボッティチェリが、レオナルドの分かりにくいメニューを書き直し、レオナルドとともに「サンドロの三匹の蛙」というターバンを開いた。コック長はレオナルド。

こうしてこの時期の器具の発明や料理について記されているのが、「レオナルドのキッチンノート」(笑)である。

番外編 
レオナルド・ダ・ヴィンチとボッティチェリの Tavern 〜タバーン Sandro's three frogs


テーブルクロスとナプキンとテーブルの関係、テーブルの無作法な振舞いなど、会食の場面も徹底している。

人物の感情表現だけではなく、レオナルドが、いかに「料理」と「会食」に重きを置いたのかが、この作品からも読み取れるだろう。天文学、物理学、解剖学、建築学、絵画のみならず、料理と調理にまでもが、万能の資産となる。

この作品を、ピニン・ブランビッラ (Pinin Brambilla Barcilon)は、たった一人で、20年の歳月を経て、修復を行なった。

この修復後から、キリストが、「はっきり言っておく。あなたがたのうちの一人がわたしを裏切ろうとしている。」と言っているシーンを想像できる。語る口元で描かれているからだ。そしてそのキリストの顔は、未完を象徴しているかのように、もう一筆あるかのような描き方。黒いタペストリーは、何種類ものの植物画であった。

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