豊麗な美人画

2010年01月28日(木) 17時30分
女を「大抵の人が此種類のものを描くと単に卑猥な挑発的気分を感ぜしむるのみであるが、此画のやうに肉的の感じの濃厚に漂ってゐるにも係らず、画品の卑しからざるは、題材に対する充分の理解がなくては出来ないことである。細部を評すれば女の衿頸の肉附きと、背景の襖の元禄人物に驚ろくべき技能を発揮してゐる」(男眼鏡「[日本及日本人」大正4年10月号)と評されるほど、「豊麗」に描いた画家の経験値を知りたいと思わないだろうか。




明治13年(1880)一昭和22年(1947)という時代を生きた「北野 恒富」は、僕が大好きな浮世絵師 月岡芳年がいるが、その弟子である稲野年恒に師事し江戸浮世絵の伝統受け継いでいるという。

大正4年のこの作品「鏡の前」は、赤い長襦袢とは甚だ挑発的という批判もあるらしいが、デカダンスが最高潮の時代で、しどけない姿が悩ましい。

この着物の柄がまた粋である。柔和で優美な仏が描かれている。神坂雪佳の風神図、雷神図のような柄も似合いそうな女である。

追伸:おいおい北野恒富氏の作品所蔵の美術館を紹介していく。
滋賀県立美術館(一つ目発見)

浮世絵 月岡芳年 かわいい女

2010年01月27日(水) 17時38分
世紀末を駆け抜けた最後の浮世絵師といわれる月岡芳年の「月百姿」は、月にまつわる百の揃物で芳年の代表作で、武者絵、動物画、不気味な人物や自然現象、美人画、幽霊画、戯画等々、広範囲にわたり、芳年特有の筆致で描かれている。

無惨絵といわれる凄惨な画風で一世を風靡し、 血まみれ芳年という異名をもつが、嫦娥は月の中に住むという美人の名の「嫦娥奔月」はそそるなぁ。僕の理想の女性だもんなぁ。




「ちらと見る目も人の心を動かすあいきょうありて」とある浮世絵を「あぶな」と称し、あぶな絵とは、浮世絵美人画の好色画のことだ。

石川豊信(1711-85)があぶな絵を多数制作し、豊信様式とも言える。鳥居派では、鳥居清満(1735-85)も描くが、清満門下清広が多数制作、「あぶな絵」専門家の感を呈したという。 享保の好色もの禁止以降、幕府の取締りに掛からない程度に描かれた浮世絵秘画の総称ではある。

それ以前には秘画などという概念はなく、大家といわれる浮世絵師は描いていたものである。春画とは、性愛や交合を描いた絵。枕絵・秘画(秘戯画)などともいう。でも僕は、狐顔のような美女は好まないのか、鑑賞するには萎えてしまう。ただ、手の仕草、ちらりと覗く足元など、現代の女性にはみられない美しさは確かにある。

二コーラ作 バルテュス夫妻

2010年01月22日(金) 18時40分


これは、Carvajal, Nicoleが描いた「節子夫人とバルテュス Balthus met Setsuko (Balthus con Setsuko) 」だ。

二コーラは顔を描かない作風が多く、バルテュスの顔は描かれていない。

出田節子と結婚したのは1963年で、バルテュスが55歳、節子は21歳だった。最初の結婚は1937年のアントワネット・ド・ワトヴィルで、5年後長男が誕生しているが、1946年に離婚している。



バルテュスの描いた節子夫人

父が美術史家、母は画家、母の愛人は詩人のリルケ、兄は作家・批評家・画家という三拍子をもつ、芸術一家に生まれついた。

バルテュスの作品は非難と賞賛であったが、節子夫人との結婚は「優雅な生活」で、男ならこういう人生を歩みたいというモデリングでもある。(節子夫人は僕の5本指に入る才色兼備+人格者)

「大きな山小屋」という意味の「グラン・シャレ」の暮らしは、読書にアトリエにと、「美しい日々」を現実にしたものだったのだ。



バルテュスの描いた節子夫人

江戸の誘惑 色彩の誘惑 oricon 過去記事より

2010年01月20日(水) 7時35分
oricon 過去記事より

菱川師宣、喜多川歌麿、葛飾北斎、歌川広重らが、ボストン美術館より一時帰国する。4月15日〜5月28日、神戸市立博物館に肉筆浮世絵展 江戸の誘惑として里帰りだ。

「幻のコレクション」とも言われたビゲローコレクションがまとまった形で初めて日本で初公開となるわけだ。画像の北斎の鏡面美人図は、足元の黒塗り化粧箱に立てかけた柄鏡には、女の顔が映っている。

弓なりの後姿とうなじだけで、僕は満足だ。弓なりの後姿が決まる女は少ない。lay figureのような女が多くなってきた。



つまり、後ろ姿まで気を配る彩女がいなくなったということだ。lay figureって比喩的にでくのぼうとかつまらない人を示す。

layという単語は侮れない。横たえる、産む、霊を封じる、罪をかぶせる、罰を課すなど、含みのある言葉なのだ。

さらにlayは短い物語詩という意もある。get laidでSEXするになるし、lay bareは裸にする、秘密を漏らすになる。浮世絵から男女の短い物語詩も浮んでくるではないだろうか。

MIHO MUSEUM みつからない美人画 過去記事

2010年01月15日(金) 16時42分


小川破笠の美人納涼図だ。縁側で内輪で涼む女性である。家屋などから、夏の庶民の姿を描いたものか。

美人画とあれば美人画なのか!だが当時の好まれる風情や顔立ちは外国だって同じで、これが絶世の美女といわれた女性の肖像画?と首をかしげたくなるものもある。

その代表はマリー・アントワネット!

「真実の画家とよばれたリオタールのマリー・アントワネットはハプスブルグ家の面長であごに特徴がある顔を描いています。」(引用:王太子妃 マリー・アントワネット 4つの不吉




そもそも僕はこの王妃の生涯に興味も悲劇性も感じない。だが、楓の書く記事には舌を巻く。1つめは悲劇的な王妃を書きつつ、2つめの記事では実際の姿を書く。。

そんな楓も、この画像を思いっきり大きく掲載しない。なぜだ!と聞いたら、現実感がありすぎるんだもんだってさ。リオタールの別な画像を使っちゃったり、この肖像画は小さく載せたり。

まぁ、彼女の記事を御覧なさいな。この少女がめっちゃ少女漫画のように描かれている。

マリー・アントワネットが愛したもの | Life Style Concierge




桃山時代の作品源gの唐美人図である。
顔立ちは古風であるが、しぐさが良い。
手のしなやかさ、やわらかさ。
肌の白さ、着物の美しさ。
上品である。

でも全然魅力がないんだ、MIHO MUSEUMに展示されていた美人画には。上の文は僕の精一杯のお世辞だ。そしていいと思ったのはこの2点。

なんだろうと思えばその人間性が描かれていないからだ。優しそうだとか、アクの強さとか。そういうことなんだ。