村上春樹のアマゾンレビューに寄せられた批判に答える。

May 14 [Tue], 2013, 0:47

 ついこないだまでどこにでもいるフリーター・・・。しかも、ちょっとまえまでは人から相手にされたり、もてはやされたり、あんまされたことなくて、あんまというか、トラウマレベルで世間から完全に総スカンをくらっていたボクでしたが、村上春樹御大の書かれた小説を軽くケナさせていただきましたところ、一瞬ですが、ほんのちょっとだけ世に出させていただきました。
 これもひとえに春樹様のネームバリューと、アンチ勢がつくりだしたネガキャンのおかげでございます。いわば、春樹様のおこぼれをちょうだいしたわけです。神様から半田ゴテで思いっきり「一生無名」という焼き印を額に押されている小生でしたが、こういった偶然の因果がかさなったおかげで、みじかいあいだでしたが、いい夢を見させていただきました。いやぁ、ありがとうございました。

 あの記事を書いたのが五月に入ったころだったと思います。春樹御大の御本のあまりのオシャンティーぶりにとまどい、これをネタに突っ込んだらおもしろいんじゃないかと思い立ち、ブログにあげましたところ、面白いとは言ってもらえましたが、コメントは5つぐらいで、普通の記事以上にリアクションが薄く、けっこう面白いはずなのに反応よえぇな・・・とイラつきまして、アマゾンにのせてみましたところ・・・ポツ・・・ポツ・・・とリアクションがありまして、「あぁ、このまま微妙にウケて流されるんだー」って思っていたら、ライブドアとかヤフーとかにとりあげられて一気に爆発的に火がついたわけですよ。アクセスも600が今まで関の山だったのに、いきなり40000になり、アマゾンの参考になりました評も18000と半狂乱な数字になってしまいました。顔も見たこともない人から褒められ、会ったこともない人からボロカスに言われました。仮性包茎のくだりがやたらウケてました。空知っぽいとか伊集院光だとか、昔のテキストサイトみたいだとかも言われました(そのどれも自分の血のなかに流れていないので、いまいちピンと来なかったけど)

 ともかく今までの人生で経験したことのない他者の高評価をちょっと一挙にうけて、嬉しすぎて、嬉しすぎて、発狂寸前のとこまでいって、あと全然かんけいないですけど、ちょっとインポになりました。まったくピクンとも立たなくなりました(マジ・・・) 神様が「こいつ世に出したろ。その代わりにインポにしたれ」とハードないたずらをしかけてくるとすれば、プラマイゼロ・・・いや・・・長いスパンで考えるとマイナスのほうがでけぇ・・・。今も続いていますが、ほんとになんかナニしてもビクともしません・・・。ほんとやべぇ・・・。
 
 ともかく、そんなまたとない経験を経て、あらゆる方々から高評価をいただきました。しかし、人の目に触れるということはその分、批判意見も多くあって、今回、意外だったのが、ハルキストの方からは「村上好きだったけど面白かった」という意見を多く頂いたこと。批判してくる人は、かならず「俺は村上春樹好きじゃないけど」と前フリしてくるひとがけっこう多かったんですよね。しかもその批判もねぇ、けっこう論理的で、なんかいかにも読み手って感じで。ツイッターとかはてなとかで反応見たなかで、批判意見として主に代表格なのはこの御三方でした。

 
 村上春樹の新刊、「田崎つくる」のAmazonレビューをみていて思うこと。
 

 ドリーさんのアマゾンレビューなんて全然すごくない。
 

 村上春樹を巡って、「ペテン師だあ?なんとでも言え」
 

 批判なんか無視したらいいって声もあったんですけど、これ三つ読んでみてください。とても無視できるような批判じゃねぇ・・・。あんな半分ネタみたいな感じで書いた記事が、こうやってひじょうに深刻な受け止められ方をされてちょっとヒヨってます。ただここでボクが「あれはネタだから、エンタメ書評としてうけとってねー」とか言うと逃げたような感じになるでしょ。だからもうここは引くに引けないんですよ。

 あの書評は本気だということに嘘偽りはございません。あの書評を一言でまとめると「孤独ってこんなオシャレだっけ?」これに尽きると思います。ところがツイッター上で何人かの方に「表面的で、本質に迫れてない」とか「こんな批判はずーっと昔からされてきたから今更感がありすぎ」「ネタとしては秀逸だが、村上春樹あるあるの粋を出ていない」とか言われました。表面的という批判については、まったくその通りだと思います。オリーブグリーンのバスローブってクソ緑だぜ? とか、ほんとどうでもいいと思います。ところがああいう本質をすっとばした「形而下ツッコミ」といういれたちが村上作品のオシャンティーイズムと抜群に食い合わせがよく、結果、「笑い」という昇華を生み出したのだと思うんですよね。
 
 まぁ、なんというか・・・面白ければいいじゃないか!!!
 そんな奥深い批評が読みたいなら、文學界買いなさい! 村上特集やってっから!

 
 
 今更感についてはねぇ、そりゃ昔から、なんかヤリチンだとか、バタ臭い、女にモテすぎだとか言われてたらしいですけどね、あのー・・・そりゃ、まぁそうなんですけど、ぶっちゃけ言わせてもらうと、ほんと手前味噌なのは覚悟で言いますけど、こんな面白く突っ込んだのはボクが始めてでしょ!!!ボクが指摘してなかったら「多崎つくるくんにアドヴァンバテージ」も「レーゾンディートル」も「ケミストリー」「ビックバン?」「それは知らない」もかる〜く受け流されて忘却の彼方に流されてましたよ!!! こんな怖いことってある!? 人類にとって嘆かわしい事態だよな。

 さ、これで表面的という批判と、今更だろという批判には答えました(たぶんな・・・)
 やっかいなのは、上三つです・・・。読んだらわかりますが、これはひじょうにめんどくせぇ・・・。

 すごくざつに要約しますと、ボクが「あんなのオシャンティー孤独に感情移入も共感もできるかよばーか」って言ったんですよ。そしたらこの御三方は「いや、オシャンティーだろうがいいじゃねぇか、オリーブグリーンのバスローブきてウィスキーの香り味わってたって孤独は孤独だろーが」孤独に上も下もないと。多崎つくるがいくらオシャンティーでも、彼の抱える闇は深いよ。そこを表面的なところに茶々を入れて、馬鹿にするのはやめてって。自分の境遇と比べないでって。

 ちょっと抜粋します。

 確かにあのレビューはネタとしては秀逸です。しかし、同時に春樹の小説が持つきな臭さも感じるのです。言ってしまえば「俺の非モテっぷりに比べれば春樹の孤独なんて取るに足らない」という不幸自慢になっていて、それへの賛同と共感を得ているだけに過ぎないからです。

作品って自分の境遇と比べて読むものですかね? そんなこと言ったら、エロ漫画の超ご都合主義展開は完全に死滅します。「ねーよwww」の嵐です。でもそうはならない。要するにこのレビュアーは、そうした自己矛盾に気づいていないところが最大の欠点なんです。

そもそも作品に描かれてる孤独や不幸を、自分のそれと比べて語ったところで生産的なものを何も生まない。作品は読者の心情を代弁する道具ではない。その上で、他人の抱える不幸を勝手に軽く見積もって、読者をバカにするというやり方は全く正当ではないということです。



 あぁ・・・これはねー。正直、痛いところをつかれたよね・・・。そうなんですよ。実際アマゾンで褒めてくれてる人とかそんな感じがしますね。有名人だって悩みはあるし、リア充だって悩みはある。多崎つくるくんが、いくらスカシ野郎だからってそれを馬鹿にしたらダメなのはわかります。個人がかかえる不幸を自分の境遇とくらべて「おめぇの悩みなんざ俺の悩みに比べれば屁の突っ張りにもなりゃしねー」って茶々を入れることがいかにナンセンスかは重々承知しております。でも誤解して欲しくないのが、ボクもですよ、そんな目ェ皿にして、なにがなんでも感情移入しないといけない。主人公と共感できない小説は悪だ!なんて思って、読んでるわけじゃないですよ。にもかかわらず、あの小説に口汚く暴言を吐き散らしたのは、たぶんですね、この小説のなかにオシャンティーとはべつの気持ち悪さがあると思うんですよね。この小説が気持ち悪いのは、ただオシャンティーなだけじゃない。

 あのレビューを読んだだけだと、ボクが村上作品のオシャンティーな部分にイラついているように読めますけど、いや、まぁイラついてるのはマジなんですけど、そんなことで怒ったって、ただの非リアの僻みで一掃されるじゃないですか。ボクが根本的にイラついてるのは、そこじゃなくて。
 この小説ってね。感情移入を誘うつくりになってるとこなんですよ。村上春樹がそれを意図してるかどうかはわかりませんよ。ただ、個性がない、自分に自信がない、他人にうまく心が開けない、自己評価が異様に低い、って現代の日本人の4大苦悩じゃないですか。そのポイントをいみじくも多崎つくるくんは全部押さえてるわけなんですよね。そしたら読んでる方からしたら「あ、これもしかしたら私かもしれない」と感情を重ねるわけじゃないですか。自然と。みんな多崎つくるくんに同化しようとしたわけです。自然とね。ところが読み始めていくうちに、「え、なに? 都内にマンションもってる? 恵比寿のバーにチーズかナッツつまもうと思ってはいる? なんだかんだいって、けっこう女にもモテてるし、恵まれてるじゃねーかこいつ」って思うわけでしょ。そんでこれを言うと、上の御三方から「だからステータスで図るなよ。いくら多崎つくるが恵まれてるように見えても、彼の心の闇は深いんだよ。自分の境遇と比べて読むんじゃねー」って言われるわけです。

 いやわかりますよ、それは。でもでもですよ。貧乏人がめっちゃ金持ちの悩みに「わかるわー」ってならないし、ブスな奴が美人の悩みに「共感したー」とはなりませんよね・・・。童貞がヤリチンに感情移入することもないし、子供つくれない夫婦が、他人の子育ての悩みに「それ、あたしもわかる!」ともならないですよね。だから結局、共感って自分より下か、同格の人間にしかできないんですよ。かりに、もし自分よりステータスの上の人間に共鳴するときがあるとするなら、そのキャラクターがすごく魅力的であったときだけだと思うんですよね。魅力もなければ共感もできない。そんなキャラクターを主人公にするときは、そのキャラに「こいつムカツクけど、なんか目が離せない」とか「こいつすごい俺とは境遇もステータスも違うけど、ちょっと人生をつきあってやるか」って読者に思わせないと失敗だと思うんですよ。魅力もなければ共感もできない。そんな主人公にずーっと付き合っていられるほど、そんな読者って優しくないと思うし・・・。

 この多崎つくるくんにその要素があれば、こんなに参考になりました評もつかなかっただろうし、アンチもいなかったと思うんですよね。ところが村上春樹のキャラクターというのはどうも鼻持ちならない・・・。鼻持ちならないというフィルターを度外視して、じゃあ魅力的かっていったら全然そうでもねぇ。女キャラは全部一緒の口調だし、なんか出てくるやつら全員比喩うめぇし、無駄に文化レベル高いし、すげぇセッ○スの扱いたけてて、なんか全体的に平均的な日本人からしたら浮世離れしてる。このハルキ的様式美をね「いいわー」ってなって吉祥寺のジャズバーに行っちゃうような人と、「ケッ!」って思ってアンチになっちゃう人とに分かれると思うんですよね。ボクはもちろん「ケッ」と思う派なんですけど、今回のレビューでミスったなと思うことが、ボクがまるで村上作品のオシャンティーな部分に「ケッ」と思ってるだけのような書き方をしてしまったことに語弊があったなと・・・。

 いやもちろん「ケッ」とは思ってるんですよ。でもほかの作品と比べて「ケッ」の度合いが大きかったのは、やっぱりこの小説が読者の感情を誘うつくりになってたことと、そんでもってそういう感情を重ねあわせた読者にエールを送ってきた(そうとしか見えない)とこにあると思うんですよ。「あなたはそのままでいいのよー」とか「勇気と自信を持ちなさ〜い」ってクロがコンビニで売られてる自己啓発本みたいなしょぼいメッセージをはなってくるわけじゃないですか。この小説って。まぁメッセージの陳腐さはもういいですよ。問題なのは、そういうエールを読者に送っておきながら、そこに描かれてる孤独がひじょうにオシャンティーなものだったと。読者が日々感じている惨めな人間的体臭にあふれた孤独とは程遠いものだったっと。そこがあの小説の強烈な気持ち悪さというか、その違和感がスパークして、あんな参考になりました票がついたんだと勝手に思ってるんですけどね。だからオシャンティーなところがイラっとするんじゃなく(いやするんだけど)もっと根深いところには村上さんがこちら側におもねってきて「がんばってねー」ってエールを送ってきたことにイラっとする。ここでこんなこと言うと、「村上さんはそんな意図があるかどうかわかんねぇじゃねぇか」って言ってくる人がいると思うんでよ。これはまぁ、そうなんですけどね。でも、僕にはあの小説のラストでクロが多崎つくるに向けてはなったメッセージは、どう考えても、読んでるほうに送ってきてるとしか思えなかったんですが。というかそうじゃなかったら、ほんとになんの話だったんだってなるし・・・。

 そんでもって決定的なのは、そういう「あなたはそのままでいいのよー」とこちら側にメッセージを送ってきたにもかかわらず、村上作品の世界ではある種の差別的なふるいわけが平然と行われていると思うんですよね。童貞なのになんか女に扱いに長けてたり、いように文化レベル高いやつとか(ヴォルテールって誰だよ・・・)、顔もかならず並み以上だし、いちいち気の利いたことを言ってくるやつだったり、なんかかならず平均より上で、出てくる登場人物は全員村上作品のある特有のノリがわかってる人たちばかりなんです。それ意外は、絶対出てこない。童貞なのに全然気後れしないのも、村上さんの美学のなかで、「童貞だけどセッ○スの時にヒヨっちゃうやつってそれ全然オシャンティーじゃないよね」って思ってるからだと思うんですよ。そんでセックスの時にチ○コ立たないのも、村上作品のなかではちゃんと理由があるんです。シロのこと考えてた・・・みたいな。フツーに緊張して立たなかったってのは絶対ないわけです。なぜかというと、そんなのオシャンティーじゃないからです。春樹的オシャンティーイズムにのらないやつはどんどん排除されちゃうわけなんですよね。村上春樹御大のアタマに存在してる「生身の人間」とはこういう人たちに限ってるんですよ。だから、ボクみたいな大学中退ニートなんか絶対出てこないし、えげつないほどのブスも出てこないし、コンビニの前でエロ本読んでるも出てこないし、早漏もいないし、2ちゃんねる眺めて一日終わるやつもいないし、ガリガリ君食いながら鼻くそほじってションベンたらしてる奴なんてもちろん出てこないし(出てこんでええが)、仮性包茎だって出てこない。まぁボクから始まった後者の人間は、村上さんのオシャンティーイズムからは見事に外れまくってるわけですよ。だから、そういうやつは徹底的に排除される。

 ところがこの小説の一番腹立つところは、そういう差別的なふるい分けでこちら側を排除しておきなら、こちら側にむかって「あなたはそのままでいいのよー」「自信と勇気を持ってー」っていうめちゃくちゃ普遍的なメッセージをこれみよがしに放ってくるとこなんですよね。こんなムカつくことってあります? いやあ、胸糞悪いですなぁ・・・。

 そんでこれを言うとね、「村上春樹はファンタジーだから、そんな泥臭いリアリティを求めてんじゃねー」って言ってくる人がいると思うんですよ。これムカつきますねー。求めちゃダメって、いったい誰が決めたんですか・・・? リアリティなんか覆い隠すぐらいの驚嘆するべきところが見つけられば、そんな言ってませんよ。というかなんで読み方は千通りあるのに、村上作品にかぎっては「リアリティなんて求めちゃダメだ」って心構えをしなきゃいけないのか・・・。ボクは、リアリティのあるものが好きです。でもリアリティなんて気にしないぐらいのほかの要素で魅力があれば。こんな尺度は持ち出さないと思うんですよね。リアリティのないオシャンティーな村上作品が好きって言う人に「リアリティがないとダメだろ!」なんて強制はしないですよ。別に読み方は自由ですよ。たぶんこういうことを言ってくる人は、村上作品にリアリティとかそんなものを度外視した、なにか別の魅力が見えてる人なんだと思うんですよ。ところが、こっちからしたらそれがわからない。逆に教えて欲しいくらいですよ・・・ほんとに。あぁでも、あれはよかった。灰田の父親の死のトークンのくだり、なんか江原?みたいなこの世ならざるものを感じて、未消化で終わったけど・・・六本指のくだりもそうですけど、あのへんはゾクゾクしました。東京駅の描写とかもすごかったし、あと文章力と、いくつかの比喩はさすがだなぁ・・・と思いました。「鋭く切り立った尾根が前後の植物相を一変させるみたいに」とか、「ページの端に小さな書体で脚注を添えるみたいに」とか、いちいちええとこ突くなって・・・。

 あとこれ最後に言わせてくれ・・・。この小説読んで言いたくなること
 シロ、迷惑すぎるだろ・・・仲いい友達の輪に不協和音が流れるのが嫌だったから(まぁこれ多崎つくるが勝手にそう思ってるだけなんだけど)やっていいことを激しく逸脱してるぞ・・・あとクロ、もうちょっと早く教えてやれよ・・・。「どうしてもできなかった・・・自分をとても恥じていたの・・・」って・・・。そんなん理由になるかボケ・・・。のんきに陶芸つくってる場合じゃねーぞ・・・。あと全然関係ないけど、死んだ友達の名前を子供につけるってどういう感覚それ・・・? わかんね・・・。クロが怖い。シロもメンヘラだけど、クロもメンヘラだろこれ・・・。
 

 まぁともかく、あのレビューに寄せられた批判意見についてはすべてお答えたしたつもりです・・・。
 なにか気になるところがあれば、コメント欄にお願いいたします。すべて返信いたしますのでね。

  



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ロスリン
今日のNHKの番組を見て「ここ」に辿りつきました。

なるほどです。おっしゃっていること、よくわかります(共感しました)。
特に感情移入をソソるというご指摘。それ(オシャンティ)が確信的(それでゴハン食べてるプロですしね)だとだということ。

で、私の感想はハルキ本は孤独を書いているのではなく絶望感だと思ってます。

「ボク」が孤独な理由は「自分ではない誰か」という仮想(自分じゃないんだけど自分がいるからこそ出て来る「対」のもの)を設定するクセから逃れられない絶望感から逃れる旅をしているから、みたいなメタ構造。オシャンチックは孤独な旅の相棒なのさ、みたいな。

常に「対」を設定しているのに(しているからこそゆえに)常に孤独。
(孤独を意識してないんだったら「孤独という形」で心に住み着くことはないので)

なのでハルキさんは「あえて」オシャンティに書くしかないのかもです。だって、リアルに書いたら「小説という形」にならないから。一言でいうならば「どっちにしても生きるの辛い、以上」で終わり。

手際がいいのにがっいていないオサレな彼女(自分の対)によって際立ってくる「ボク」。自分であることを認める他者を立てざるをえないパワー・ゲームから降りる出口がないこをを知りつつ、「コーヒーが冷めてしまった、やれやれ」みたいなアキラメのポーズ(ハルキさん風のてへぺろ)に私もちょっと(そういう表現をするハルキさんと反応する自分に)イラっときます。

反感も共感と同じ穴のムジナで、オシャンティさにイラつくということは、オシャンティを「対」として見ているので「スカしてんじゃねーよ」という言葉がイカかされる出口なきハルキ・ワールドのナカーマ宣言なのかも。「あるある」も「ねーよ」も「自分を基準とした反応」だから。

触れている限りナカーマなので批判も共感もコミコミ。オマエが深遠を覗けば深遠もまた…っていう「新たなストーリーが始まってしまう」ループ構造。

「好奇心は猫を殺す。では無視すればシュレーディンガーの猫を生かすのか?」なーんてメタフィジってみたりして。

つまりは、お伝えしたかったことは「ドリーさんの記事、おもしろかったです」ってことでした。
February 24 [Fri], 2017, 1:51

 おいさんへ

 村上春樹がいつお前のいるそちら側とやらにおもねったんだよ。


  おもねってきたと「感じた」。

  という言い方にしたほうが、よかったね。そうですね。
February 05 [Fri], 2016, 17:10
おいおいおいおい

「村上さんがこちら側におもねってきて」って何だよ……。村上春樹がいつお前のいるそちら側とやらにおもねったんだよ。
February 04 [Thu], 2016, 18:05
更に言うならば
@親に随分甘やかされて育てられてきた
A家族以外の他人(ネットじゃなくてリアルで)と意見が割れたら、その後一度も仲直りしないで生きてきた。小学生〜中学生くらいまでは出来てきたかもしれないけど、それ以降それが出来たことが無い。
B現実で小説談義や執筆談義をしたことが無い。
C基本的に「勇気を出して何かをする」(書評もそうだし受験もそう)時に金なりなんなり支援されてばっかりだった(そうじゃないと、「ノーベル賞見に行きたいから誰か金ください」という発想は出てこない)

これらが積み重なって、どこか書評に妥協する性格になったんじゃないかなあ。余計なお世話かもしれないけど(苦笑)。書評する時に、要点をノートに纏めたものを脇に置いたり、参考資料を印刷したりしなそうだもんなあ……。
October 30 [Fri], 2015, 8:35
文学音痴なんだな貴方って
結局、ドリーさんは「非リア充の自分から見た村上春樹」っていう構図から一切抜け出せない。
そして「金や女に困ってるならもっと働いたほうがいい」と言われても、小説とか書評とか執筆とか読書とか哲学とかよりも「自分がいかに心にダメージを受けないか」の優先順位が高いから、自縄自縛してそこから抜け出せない。
金や女を手に入れてからまたゆっくり村上春樹を読めば少し読み方が変わるんだろうけど、例えば書評をするためにリスクを負うようなことが出来ない。
October 30 [Fri], 2015, 8:21
なんだ
春樹じゃなくてお前が答えるんかいっ!
October 22 [Thu], 2015, 14:59
まーち
「村上作品が好き」と言われたら、私は「村上作品は好き嫌いが分かれるよねー」と答えるようにしています。
本当は「読んでいる間イラついて窓から本を投げ捨てたくなる」と言いたい衝動に駆られるのですが、抑えています。イラつく理由を説明するのも面倒くさいし、そもそも好きだと言っている本人の目の前で「私は大嫌い」とわざわざ不快にさせるようなことを言うのも何だなと思いまして。
それで私の中での落としどころが「好き嫌いが分かれる」です。
こう言えば大抵相手は察してくれます。それ以上話が発展することはありません。
でもなぜか後で「あー、はっきり嫌いって言いたかった」とモヤモヤします。
そこまでさせる何かが村上作品にはあります。
もう好きな人にとってはどうしようもなく好きだし、嫌いな人にとってはどうしようもなく嫌い、ここまで感情的にさせる村上さん、ある意味すごいです。
ある人々に熱狂的に好かれれば好かれるほど、それを理解できない人にとっては全力で否定したくなるんですよね。
ドリーさんのレビューを読んだとき、嫌いな人の作品についてのレビューなのに、声出して笑いました。村上作品に抱いていた全力で否定したくなる何かが緩んだというか、そんなにムキにならなくてもいいやという感じになりました。
むしろファン、アンチ両方の意見を読むのが楽しみになりました。
ありがとうございます。

April 18 [Sat], 2015, 23:08
匿名希望
私は村上春樹の小説読みましたがどうも共感できません。未練と恨みったらしい男の話って感じがします。
見ず知らずの女にそこまでの信用と恋焦がれられせん。ッテカつくるくんはこんなに知らない人と仲良くできるなら孤独じゃなくないですか?ムカつきます。
March 30 [Mon], 2015, 2:09

 いであさんへ

 
 ボクが、一番、ハルキにもてあそばれてるなぁ、とかんじるシーンは


 夢のシーンですね。


 あんな春樹の自己満足なシーンはないと思います。

June 01 [Sun], 2014, 0:20
いであ
ドリーさんに激しく同意。
村上春樹いじりも読まさせていただきました。
スッキリ〜。そうそうそれ言いたかったの!

私なりの追加村上批判を少々・・。
私は登場人物やシーンの「イケスカナイ感じ」も嫌なんだけど
なにか「もてあそばれてる感」がすごく嫌です。

彼の作品は表現が秀逸で
とにかく読ませる。面白くもないのについついページをめくってしまう。。
「結局なんだかんだいってこういうの好きなんでしょ?」という仕掛けが
次から次に出てきて、引っかかってしまう。
適当な謎かけ、ご都合主義の濡れ場、グロシーン・・。
何か無視できない、登場人物、心理描写や場面の数々・・。
いかんいかんと思いつつも、誘いに乗ってしまう。
読者として、もあそばれている感が半端ない・・。
ストーリーにめり込むのとも違う・・読まされている感じなんです。

だから読んだ後は、何にも残らなくて、むしろ嫌な気持ちになる。
エロ本よんだ後のような罪悪感というか、
私は毎回「読んでしまった・・」という敗北感を感じています。。


あと
クールでオシャンティーな登場人物は腹立ちますけど
「こいつら絶対村上春樹とか読まないよなぁ〜」と考えると
なんだか笑えてきますよww

May 31 [Sat], 2014, 7:09
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April 13 [Sun], 2014, 4:29
ヤンヤン
『〜多崎つくる〜』にはガツンとやられました。流石だと思いました。あれがどういう話かわかって批判したのだとすれば大したものです。ただ小説の一読者として非常に残念に感じたのは、レビューの多くが本質的にそれがどういう小説なのかが分からないで批評しているにも関わらず、その分からないという劣等感を作者にぶつける形でボロクソに人格攻撃をしてしまっている事です。そしてその行為を誰も恥じていない。同じ日本人でいることが辛いです。一言でいえば、村上春樹は小説を脱構築する作風の作家です。いくら理解できないとはいえ、同じ日本人の口からあのようなルサンチマンの塊のようなレビューが恥ずかしげもなく量産されたという現実には言い表しようのない哀しみを感じます。
April 12 [Sat], 2014, 1:45

 けっけさんへ

 まさか今更この記事に、コメントがつくとは・・・

 うれしい限りです・・・。

 村上春樹氏の小説って、ひたすら厨2でオサレな言葉を羅列しているだけの薄っぺらい作品だと思います。

 いや、けっけさん。
 もちろんボクも最初は、そう思ってたんですが
 やはりそこは世界の作家ですよ・・・長編とか全部、読みましたけど、
 ここはすごいな、と思うところも、かなり、やっぱりありましたね・・・。

 村上春樹いじりでそのことについても言ってますけど・・・いや宣伝みたいで恐縮ですが・・・。

 もしお暇なら読んでみてください・・・。

 大学でハルキニストの勝手な提案のせいで春樹氏の作品をテーマにあれこれ話し合ったことがありますけど、ひたすら「なんやこれwwくっさww」状態でした。

 そういうコミュニティに参加したいw
March 06 [Thu], 2014, 1:43
けっけ
アマゾンのレビュー拝見しました。
確かに若干ネタよりに思えますが、おっしゃっていることは割と正しいと思います。
村上春樹氏の小説って、ひたすら厨2でオサレな言葉を羅列しているだけの薄っぺらい作品だと思います。(あくまで一読者の感想ですよ〜)
だからこそ、「俺はわかってるから」みたいな脳内補完大好き信者が集まってくるのでしょうか。
「教養」などという漠然とした言葉で村上作品を評価する人間が多いですが、いったいこの作品のどこに他者に春樹マンセーを強制するだけの「教養」が溢れているのかひたすらに疑問です。
むしろ春樹作品への批判的な意見に対して「教養がないから〜」のような傲慢な姿勢で叩き潰す輩こそ、もっとも教養に欠ける人間だと思います。

大学でハルキニストの勝手な提案のせいで春樹氏の作品をテーマにあれこれ話し合ったことがありますけど、ひたすら「なんやこれwwくっさww」状態でした。
March 06 [Thu], 2014, 1:19

 ММちゃんへ。コメントありがとう

 ドリーさんの書評で「ああ、ああいう感じね(笑)」と見切ってしまい、もう読むつもりもないです

 いや・・・・そう言わず読んでみて・・・。
 オレ、いちおうディスりレビューでも「読ませよう」って思って書いてるからね・・・。
 海辺のカフカとは、オシャンティー成分低めだから面白いよ。

 「孤独を抱えてる」「都会人」は、バーにも行きますが、いつもそんな日常を送ってるわけでもなく、タイムサービスの持ち帰り寿司も食います。

 たしかに村上春樹には「タイムサービスの持ち帰り」という庶民的なアイテムは出てこないな・・・。
 「タイムサービス」というところが、春樹の美学からは外れてるんだよきっと。

 あと、気持ち悪いのは「和」の文化が出て来ないですよね。

 ぱっと思いうかぶのは、
 海辺のカフカにおける「ほうじ茶」ですね・・・。
 でもそんなとこしか思いつかないのがすごい。
 「茶室」とか「演歌」「ヤクザ」とか出てくる春樹作品、見てみたいな。
 でも海辺のカフカで「ヤンキー」は出てきたよ。あれはびっくりした。

 「無口だけどたまに気の利いたことを言うバーのマスター」ばっかりじゃないですよね、この世は。

 ・・・たぶん春樹の世界では、無口だけど気の利いたことを言わないとバーのマスターにはなれないんだと思う。

 
 
 



 
November 06 [Wed], 2013, 6:58
MM
今になってこのブログ見つけました♪
いやー最高(笑)
おっしゃる通りでございます♪
自分は東京で生まれて東京で育ちました。母子家庭でした。40代です。だから、「都会の」「孤独」ってのは人並みにわかってるとは思うんですが、村上読者の共感は理解不能です。いや、まあ厨二でちょっと通るハシカくらいだとは認めます。僕はノルウェイの森だけしか読んでないので全部は言えないけど、ドリーさんの書評で「ああ、ああいう感じね(笑)」と見切ってしまい、もう読むつもりもないです。
なんていうかなあ…
やっぱり「けっ!」て感じですかね。
「孤独を抱えてる」「都会人」は、バーにも行きますが、いつもそんな日常を送ってるわけでもなく、タイムサービスの持ち帰り寿司も食います。太宰を読み返したくなる時もあれば、笑点の大喜利見てゲラゲラ笑う時もある。村上読者が言うように、その一部の角度から見た小説があってもいいし、「厨二」という需要があればいいんだけど、まあ大の大人は読まないよな、って感じです。
あと、気持ち悪いのは「和」の文化が出て来ないですよね。主人公はバーばかり行ってるのかな。行き着けの居酒屋とか寿司屋はないのかな。「へいいらっしゃい!お!多崎さんまいど!」なんてことがあってもいいはずなんですよね(笑)
「無口だけどたまに気の利いたことを言うバーのマスター」ばっかりじゃないですよね、この世は。
ドリーさんがおっしゃるように、そういう世界だけの小説があってもいいけど、「三丁目の夕日」みたいな、ファンタジーとして扱ってほしいなあ(この映画、僕は好きですけど)。
というわけで、感想でした。これからもバッサバッサと切って下さいね♪
あ、そういえば村上作品にはヤクザも出て来ないですよね?(笑)アメリカチックにするとマフィアかな?(笑)
November 05 [Tue], 2013, 12:05
まっちょ
今更ながらレビューを読ませてもらいました。面白かったです。
「原作を読んでない人があのレビューの参考になったボタンをポチポチ押してることに危機感を覚える」という感想をいくつか見ましたが、何というか、考え過ぎです。
ぼくみたいに、村上春樹なんて見たこともない、テレビで新作に群がってるおばさん達の姿を見て「なんかきもいな」と思ってただけの人間が、そんな作品をリズミカルに糞ボロクソに書いているレビューを見て「こりゃおもろい」とポチッとしてるのが現実ですよ。
一発芸を見てブハッと吹きだしたその程度のことに脳みそを働かせる必要は皆無です。
October 10 [Thu], 2013, 21:12

 みずきさんへ

 好きな作家さんのためにも多少の教養は身に着けるべきだと思います。


 まぁその、たしかにある程度、文学作品の意図を探ろうと思ったら
 無教養だと・・・あれなんですけどね。
 ただ作家の役割はブラックボックスを提供することだ・・・って春樹も言ってるし。
 作品内部の原理や構造を理解していなくても、外部から見た表層が好きになれないと
 教養に基づいた作品批評ってのは、ボクも場合、やりずらいんだ・・・ってのが正直ありますな・・・。
 やっぱりまずは好きになれないとね・・・。

July 23 [Tue], 2013, 5:41
みずき
村上春樹さんの良さが分からないひとは
読解力がなく、誤読もできない、感受性の弱い人じゃないでしょうか。
「渦巻く虚無」とか「砂に水を撒くよう」だとか、
過去にいろんな文学作品で何度も使い古された言い回しに対して
今さら頭上にハテナマークを浮かべるような理解力のない人なんて
村上春樹さまの努力に、文章の秀逸さに、一生気づけないんじゃないですかね。
それに、確かにセックスは無駄に入ってくるし、キザな言い回しも多いかもしれませんが、
それらが作品の虚構性を純度まで高めているからこそ、
中身のない無駄な美辞麗句が多くのひとびとに受け入れられているんじゃないですかね。

なんつってね。
読者は、好きな作家さんのためにも多少の教養は身に着けるべきだと思います。
村上春樹ばかりを好んで読んでいると
村上春樹に対する批判の意図を理解しにくいんじゃないでしょうか。
簡潔でかつ真実を穿った比喩でもって、
人間の概念や生き方、政治的な批判をきちんと物語に
昇華させることの出来る作家さんはたくさんいらっしゃいますし、
内容を重要視せず、文学を科学として高めるために、
技法や修辞法にこだわるかたもいらっしゃいます。
村上春樹さんはあるいは後者なのかもしれませんが、
別に削ぎ落としてもかまわない、新鮮味のない自動化した表現が長々と続いて苦痛だっていうのは、
「村上春樹さんの文章の難解さへのコンプレックスによるアンチテーゼ」とは全く別の代物なんですよね。

すみません、本文へのコメントではなく
他のコメントへの批評を書いてしまいました。
結局は、文学を分かったように語るやつが嫌いなだけなんです。
July 23 [Tue], 2013, 0:43
 ゆかさんへ。

 「走る時に語ることについて語る時に僕の語ること」は読んでいませんが、「若い読者のための短編小説案内」は
読んでいます。ただ取り上げてる作品をほとんど読んでいなかったので、村上春樹がどこまで作品を精緻に読み込んでいるかは、40%ぐらいしかわかっていません。。。すいません。ただ村上さんがインタビューで言ってるように「手は抜いてない。本気で書いている」という言葉は、まぎれもなく真実だし、そこに関して「嘘つけ!」などとは一切思っておりません。

もちろんそんなことは読者には関係ないと思うのですが、これだけ小説に愚直な村上春樹氏が果たして「おしゃれすぎて感情移入しにくいキャラクター設定なのに、そのままでいいんだよというメッセージを偽善的に投げかている」だけの小説を書くのだろうかという疑問が残ります。

 いやそうなんですよ。そういう偽善的なメッセージを村上さんが放ってるかどうかはわからないし、ボクがただそう感じただけであって、これはもうどうしようもありません。誰の責任でもないと思います。ただ、同じように「こいつの孤独なんかいけすかねぇ」って思った人もいたんですよね。そこに何か村上さんの感性と、こちら側の感性が、どこかうまく噛み合わなかった・・・そういう「噛み合わなさの要因」を探して、言葉にするのが自分のやりたいことなので、どちらに責任があるか・・・という話ではないと思うんですよね。「胸糞悪い」って言ったけど、ボクが勝手にそう感じただけであって、村上さんからしたら「いやそんなつもりはないよ!」って思うかもしれないし。それはお互いの感覚が・・・伝わらなかっただけ・・・ということなんだと思います・・・。

 私が興味があるのは、今回のドリーさんのレビューに限らず、批判的なレビューにイイね!がたくさんつくのは何故なのだろう?ということです。

 これは下でおっしゃっているゆかさんの意見とほぼボクも同意します。
 次回の記事でちょっと、これについて書きたいと思います!

 ゆかさん。ありがとうございました!
July 20 [Sat], 2013, 4:18
ゆか
村上春樹愛読者です。
レビューも記事も面白く読ませていただきました☆

突然で恐縮ですが、ドリーさんに質問があります。
村上春樹さんの
・走る時に語ることについて語る時に僕の語ること
・若い読者のための短編小説案内
は読んだことがありますか?(特に)
どれだけ綿密に労力をかけて小説を書いているのかがわかると思います。
もちろんそんなことは読者には関係ないと思うのですが、これだけ小説に愚直な村上春樹氏が果たして「おしゃれすぎて感情移入しにくいキャラクター設定なのに、そのままでいいんだよというメッセージを偽善的に投げかけている」だけの小説を書くのだろうかという疑問が残ります。
私も正直なところ深く理解出来ているとは言えませんが、一般人には感情移入出来ないようなオシャンティーな人の中の孤独を見ることで、「孤独を作り出すのは環境ではない。」「いつもニコニコ幸せそうなあの人の中にも孤独はあるなかもしれない。」なんて見方をしました。もちろんもっと様々な見方があると思いますが。

私が興味があるのは、今回のドリーさんのレビューに限らず、批判的なレビューにイイね!がたくさんつくのは何故なのだろう?ということです。

これは仮説ですが、「世間的に評価の高いものがわからない・理解できない」というのはとても悲しいことです。私もはじめて村上春樹を読んだときにわからなすぎて、これはオシャレないい回しがうけてるだけで本当は中身はないんだ!と思いこむことで自分はバカじゃないぞと自分を慰めてましたf^_^;)
そういった方々が、わからないから自分なりに解釈してみるのではなく、わからないという事実を面白おかしく正統化してくれるドリーさんのコメントに飛びついたのではないかというとても失礼なことを考えています。

今回ドリーさんは自分のレビューへの批判に反論されていますが、自分が書いた文章を批判されるのってとても悲しいですよね。私は村上春樹のファンなので、読んでもいない人達がドリーさんのコメントを賞賛していることが悲しかったです。(ドリーさんの書評は読んだ上でのものなので、むしろ面白おかしく読ませていただきました!)

なのでドリーさんには是非持ち前の文章力で、誰かの批判じゃなくて、自分なりの解釈や新しい文書を生み出して欲しいなと思いました。
July 19 [Fri], 2013, 10:51
tehanu2010
全然、表層的突っ込みと違うと思いますよ、ドリーさんのレビュー。

物書きにとって、文体と言うのはある意味命です。・・・その文体がダメってことは、要するに文章が駄目だという事です。

それにしても、怖い時代になったなぁと思いました。ネットのお蔭で、文壇とやらが消えて(もいないのでしょうが・・・)「王様は裸だ!」って言う読者の叫びが、届く世界になっちゃったんだから。

PS;村上春樹、いい加減に若者書かないで、60過ぎなら60らしく(?)、老人を主人公にした小説、書けばいいのにね。いつまでも円熟しないのは、老いた証拠だと思う。
June 16 [Sun], 2013, 17:58

 ヒメさまへ。

 批判はされたんですけど・・・
 よく考えてみると、自分の意見を再吟味させてくれるためのいい批判だったんですよ・・・。
 ありがたかったですね、ある意味。
 
 まぁ春樹ブームも去って、アクセスも下がってることですし・・・。
 ひめ様にはぜひこのブログの熱心な読者になっていただきたい・・・。
 この過疎化への一途をたどるブログを救えるのはあなただけですよ。
June 12 [Wed], 2013, 0:32
ひめ
初めまして。
ドリーさんの書評を批判されている方がいるんですか…。
先日、友人から、村上春樹の『色彩を持たない〜〜』はクソだったという話を聞いたので、アマゾンの書評を見てみたところ、ドリーさんの書評に行き当たりました。
ドリーさんの書評は、私が言葉にできなかった村上春樹小説への違和感をびっくりするほど見事に言い当ててくれていたように感じました。
私はこの作品を読んでいない(そして今後も村上作品は一生手に取らないと思います)ので、この作品については、あれこれ批評はできないのですが、感覚的に村上作品は特にノルウェーの森以降、永遠の中二病を発病している感が否めません。私が中二の時に読めば、多分、共感できる部分も有ったと思いますが、悲しいかな、私は既に中二病を克服してしまった年代ですので、もう多分、永遠に村上作品に感動することも、共感することも無いと思います。

正直、アマゾンの書評なんて、一読者が感想を書いているに過ぎないのに、それに対して作者でもない読者のみなさんが批判を浴びせかけて来るっていうのは、どうなんでしょう??本を読んだ感想なんて人それぞれだし、私はこう思う!以上!で良いのではないでしょうか??

ただ、私自身は、ドリーさんの書評を拝読し、余りにツボ過ぎて、腹を抱えて笑わせて頂きました(*^^)v
こんなに愉快な気分で拝読した書評は久しぶりでした。
また楽しませて頂ければ幸いです。
June 11 [Tue], 2013, 23:14

はふくさんへ

 ただ、ドリーさんのレビューはそれ以前の入り口の部分の「そもそも、どうしてもこの小説が面白いとは思えない、つまらない」という部分の分析です。普通は小説が面白くなかったら読まれることすらありません。また、面白いと思えない小説の読み込みとか分析など誰もしようとも思いませんので、これはこれで本質的な話なんです。だから、批判している人が考えている「本質」とは全然違う部分の「本質」の話です。

 ああ!なるほど!
 これをツイッターでけなしてきたやつにダイレクトメールで送ればよかったんだ。クソおおおお。
 
 
June 11 [Tue], 2013, 10:49
はくふ
 こんにちは。ドリーさんを批判している人たちの「本質に迫れていない」というのは、「小説の内容の読み込みが足りない、分析ができていない」という意味かと思います。

 ただ、ドリーさんのレビューはそれ以前の入り口の部分の「そもそも、どうしてもこの小説が面白いとは思えない、つまらない」という部分の分析です。普通は小説が面白くなかったら読まれることすらありません。また、面白いと思えない小説の読み込みとか分析など誰もしようとも思いませんので、これはこれで本質的な話なんです。だから、批判している人が考えている「本質」とは全然違う部分の「本質」の話です。

 で、つまらんと思っている人がドリーさんだけではなく、けっこうたくさんの人が「この小説はつまらない」と思っている。しかし、こういう人の大部分はなんかもやもや思っていても文章にできない。そういう人たちのもやもやした思いを、ドリーさんがまとまった文章にしてくれたおかげで、そういう人たちが、「おー、これだよ。これが自分が思っていたことなんだよ」と共感を呼んで、多くの支持を集めたわけです。

 私は、この小説は「面白い」と思いますけど、一方でこの小説は「つまらん」と言っている人も実際多数いるわけで、ドリーさんのレビューを見て、そういう人たちがどう思って「つまらん」と考えているのかが分かって面白かったです。
June 09 [Sun], 2013, 17:31
ドリー

 はくふさんへ

 物書き志望というか、いちおうフリーライターなんで物書きなんですよ。
 でもまだ一円も原稿料もらったことないんですけどね・・・。

 あとですね、ドリーさんの魅力は、多分自覚されていないのだと思うんですけど、けっこう鋭くて本質突いてるところなんですよ。私はじめてamazonレビュー見たとき「おー、数々のアホな村上批判より、このレビューの方がよほど本質ついた批判だ」と思いました。

 いやいや・・・。あんな表層ツッコミなんか、もういろんな人から「本質に迫れないない」とか言われましたよ・・・。
 はふくさんとか文學界にのってる批評家さんたちの批評はやっぱりすごいと思うんですよ・・・。ボクあんな奥深い考察なんかできないし・・・。表面的なところにちゃちゃを入れるっていうことしかできないの・・・。

June 08 [Sat], 2013, 3:28
はくふ
 自分を掘り下げていますか。ドリーさんは物書きを目指しているということですから、その作業は決して無駄にはならないと思います。

 あとですね、ドリーさんの魅力は、多分自覚されていないのだと思うんですけど、けっこう鋭くて本質突いてるところなんですよ。私はじめてamazonレビュー見たとき「おー、数々のアホな村上批判より、このレビューの方がよほど本質ついた批判だ」と思いました。ただ、まだ自覚できていない。自分の鋭さが自覚できれば、才能を開花できると思いますよ。頑張ってください。応援しています。
June 07 [Fri], 2013, 18:34
ドリー

 はふくさんへ

 太田さんは具体的にどこがダメなのか言わず「読む価値ゼロ」だったですもんね・・・。
 あんなことやったらちょっとダメですよ・・・。

 ドリーさんはじめ齋藤孝氏のセリフに賛同の人は、齋藤孝氏の孤独なら共感できるんですかね?私はこれ読んで全く共感できませんでした・・・。

 うーん、まぁどんな孤独に共感するかは、人それぞれとしか言い様がないですからね・・・。
 たぶんあのアマゾンレビューに賛同してくれた人は斎藤寄りなんだとは思います・・・。

 齋藤孝氏の「孤独の技法」については、作家だと誰でもやっている作業みたいですね。(村上春樹や他の作家もこうした「孤独」と対峙しないと本て書けないみたいですね。インタビュー記事とか見るとわかります。)ドリーさんは「孤独の技法」実践してます?

 まぁ孤独な時は自分の世界を掘り下げろよって言ってたとあの本は思うんですけど、そんなこと言われなくても、もうやってますがな・・・って思いました・・・。それしかすることないですもん・・・。



 
June 07 [Fri], 2013, 6:57
はくふ
なるほど、突っ込みと笑いですか。いいんじゃないでしょうか。少なくとも太田光よりあなたの方が面白いですよ。

 全然話違いますが、齋藤孝「孤独のチカラ」読んだけど、すげーつまんねーんだけど。他の作品の引用ばっかだし。あと「私の舐めた孤独とはまるで違う。」って、違うも何もそもそもはじめから読んでないんじゃん、この人。30歳過ぎてからはじめて読んだらしいけど、自分でイメージして、自分で垣根つくってたのね。
 てか、ドリーさんはじめ齋藤孝氏のセリフに賛同の人は、齋藤孝氏の孤独なら共感できるんですかね?私はこれ読んで全く共感できませんでした・・・。

 齋藤孝氏の「孤独の技法」については、作家だと誰でもやっている作業みたいですね。(村上春樹や他の作家もこうした「孤独」と対峙しないと本て書けないみたいですね。インタビュー記事とか見るとわかります。)ドリーさんは「孤独の技法」実践してます?
June 06 [Thu], 2013, 2:14

 とおかみさんへ

 パンチが消えたら、パンチ消えてるぞーーって言ってください!
 あと、たまにじゃなく、もう毎分毎秒来て!!!
 更新してないけど!

 はくふさんへ

 いや、春樹に関して言えば、うまい具合に突っ込んで笑いに昇華してやろうって楽しみ方をしてました・・・僕は・・・。

 「すごい」てのはもちろん肯定的な意味ですよ。自分には書けないので。

  tehanu2010 さんへ

 いや俺グリーンのバスローブなんか着ないよ!!!
 シャツにパンツ一丁だぜ風呂上がりは一生。
 

 

 


 
 
June 05 [Wed], 2013, 11:26
いや、私は素直に面白かったですよ。アマゾンレビュー。抱腹絶倒しました。
ただ、気になったのは、あれ読むと「俺(ドリーさん)」も、つくるみたいにシャア専用バスローブ、いや違ったオリーブグリーンのバスローブ着て、沙羅みたいな都合のいい女性がいればHappyちゃちゃちゃ、うー、みたいに読めてしまうんですよ。そこが唯一の問題点だと思いました。
多崎つくるは、決して本当の意味で幸せではないし、こんな奴幸せになる資格もないと私思うんですわ。・・・もしかしたら、その絶望を村上春樹は書いてるんかなぁと(深読みかw)
要するに私は、ドリーさんのような才能のある方に、多崎つくる如きにコンプレックスを抱かないで頂きたいです〜。
とにかく、あれだけの笑いがとれるドリーさんにふさわしいGFは絶対現れますから心配すんなって。(余計なお世話でした_(._.)_ちゃんちゃん。)
June 05 [Wed], 2013, 11:13
はくふ
「孤独のチカラ」ですね。ありがとうございます。今度読んでみたいと思います。

 ドリーさんの、「すごい」が肯定的な意味か、否定的な意味かわかりませんが、「すごい」(これは肯定的な意味も否定的な意味も含めて)のは村上春樹さんであって、私のブログは解説にすぎません。

 あと、ドリーさんそもそも小説そのものを楽しむ気ゼロでしょ?それは真反対の方向なのは当たり前ですよ。他の作家の場合、小説そのものを楽しむ気がないのにもかかわらず、その小説が読まれることはほとんどないです。なぜか村上春樹だけはそういう読み方をする人が一定数います。(いわゆる「アンチ」がなぜかわざわざ読む。)まあ、昔はもっとそういう読まれ方をした作家が他にもいたけど、だんだん少なくなっていって、残るは村上春樹のみであり、これが出版不況の現状を表しているということだと思いますが。
June 05 [Wed], 2013, 7:11
とおかみ
今更ですが『色彩を持たない〜』を読了して、いいレビューないかなと探して行き当たったものです。
今日は初めまして。

私は村上さんの日本語の自著はほぼ全て読んでますが、ドリーさんのレヴューには共感しましたよ。
自分が常々感じていた事を、うまい表現でテンポよく書かれていたので膝を打ちました。
んでついドリーさんのレビューから引用してツイートしました。
クローズドな上に村上読者少ないんで訳わかめな発言になってた気がするけど、後悔はしていない。

誤字が目立つのは勢いを表してるのでしょうか、こちらを読むと記事を書かれてからアマゾンに載せるまで間があったようですので。そこを訂正されたら、細かいツッコミされないですむのでもっと良いかと思います。

こちらのブログも読み応えがありましたので、たまに読みに来ますね。
「メジャー?デビューすると記事から個性と言うかパンチが消えてしまう」ブロガーにならない事を祈ります。
June 04 [Tue], 2013, 13:12

 Cet255さんへ

 白廊下さんいなくなっちゃったな・・・。
 もうおいら議論するのに疲れたよ・・・。
 でもなんかCet255さんがうまい感じにまとめてくれたからもうこの議論はいったん停戦ってことだな・・・。

 はくふさんへ

 はくふさんの考察、ツイッターで誰かがりツイートしてたので前から知ってました・・・。
 すごい考察で全部は読めてないけど・・・。すごいなこれは・・・。
 ぼくとは真反対の方向にいってるわ・・・。

 齋藤孝は言葉は、たしか孤独のチカラだったように思います。
June 04 [Tue], 2013, 7:38
はくふ
はじめまして。
 ドリーさんってブログされていたんですね。すいません、知らずにamazonレビューをブログで紹介してしまいました。見ていただければ幸いです。(長いですが、他のところもみていただけると嬉しいです。)

http://sonhakuhu23.hatenablog.com/entry/2013/05/15/211145

 あなたのオシャレンティー批判はいいんじゃないですか。かなり普遍的な村上批判です。でも、普遍的だからこそ、これだけ支持されているんです。ただ、村上春樹さんは、多分金持ちだし(印税収入がっぽりだろうし)そんな人が、わざと貧乏臭い小説書いたらそっちの方がむかつきませんかね。

 あと、クロの言っていることは額面どおり受け止めてもしょうがないんじゃないでしょうか。登場人物が必ずしも全部正しいことを言うわけじゃないんです。どちらかというとクロの場合は自己弁護だったりするわけです。

 私は、この小説読んで村上春樹さんて意地悪だな、と思ったんですよ。まあ、彼が意地悪なのにも理由があって、彼は「想像力の欠如した人間」がすごい嫌いなんです。これは小説で何度も出てくる。だから、想像力を駆使しないと何を言っているのかよくわからない部分がある。普通の作家は文体とかで、敷居をつくっちゃうことによって読者の範囲を限定しちゃうんだけど、村上春樹さんの場合はするする読めちゃうんで誰でも読めちゃう。だけど、想像力を駆使しないと意味が分からないところがあって、これが彼の敷居なんですね。これを当たり前だけど、鼻持ちならないエリーティズムと思う人もいるでしょう。あるいは、そんなエリーティズムなら、するする読めるような文体にするなとか。そして、その感覚は多分多くの人にとっては正しいです。

 村上春樹さんの孤独はそういう意味です。他から見るとエリーティズムにしか見えない人もたくさんいる孤独です。彼の孤独は特殊な孤独です。クラスの中で出席で名前を呼ばれても答えなかったり、学校が大嫌いなのに、39度の熱が出ても出席して皆勤賞とっちゃったりするような孤独が特殊なのは当たり前でしょう。

 あ、すいません、あと齋藤孝氏の「これは僕のなめた孤独とは違う」の出典は何でしょうか。検索しても、ドリーさんの関連しか出てこないので出典がわからないのですよ。教えていただけると幸いです。
June 03 [Mon], 2013, 22:24
Cet255
いや、あるいはドリーさんは「価値観は不可侵であり誰にも侵されるべきではない」というような主張をお持ちなのでしょうか。
ニーチェを読んだ高校生の価値観も、ナチスの収容所にぶち込まれた人間の価値観も、あるいはどのような人間の価値観も、不可侵なのだ、というのがドリーさんの根底にある主張なのかもしれません。でも、そうだとしても、白廊下さんの主張に関するドリーさんの態度には幾分不自然なものがあります。ああいった場面では、相手の価値観に理解を示し、また共感を与えたりすることで、穏便に事態を収束させるのが、もっとも妥当な行動なのではないかと思われます。
June 03 [Mon], 2013, 17:04
Cet255
失敬。僕の見方には幾分バイアスというか、偏見のようなものがあったかもしれません。

しかし、例えばドリーさんが「高校生でニーチェを読んで、感化されてしまうような人」というのに対して弁護(とまではいかなくとも、ある程度の留保)をするような態度を見るにつけ、なんというか僕は、ドリーさんにとって「価値観」というものが、かなり皮相なものとして捉えられているのではないかと思ったわけです。

あと、私の見る限り、ドリーさんは個々の価値観のようなものに関して、個々の人々が完全な理解を示し合ったりすることに否定的なようですね。人間は、個々の価値観を分かち合うことはできず、あるいはその人々が内に秘めているような苦しみや不幸についても同様で、そういったものについて相互に理解し分かち合うことは、ひどく難しいと考えておられるように見えます。

しかし、何と言えばいいのか、人間というものは、必ずしもそのように個々で完全に孤立しているというわけではないようにも思えます。ある程度、共有している部分というか、共感しあえる部分のようなものを、少しずつ持ち合わせているのではないでしょうか。そして、そういう僅かな部分を見逃さないように心を配るというのは、現実生活において欠かせない技能の一つであるように私には思えます。
June 03 [Mon], 2013, 16:46
はじめまして。斎藤孝さんが「これは僕のなめた孤独とは違う」と、どの著書(もしくはインタビュー等?)で言っていたか、知りたいです。斎藤さんの本が好きなので。ちょっと調べたけどわかりませんでした。
June 02 [Sun], 2013, 22:56
ND
まあ、ハルキニストは数多ある小説家のファンのなかでも群を抜いて宗教っぽいからね、あと言葉遊びが大好き。
端的に行ってしまえばキモイんだよな。

仕方ない。


June 02 [Sun], 2013, 19:01
フェンロ
 ぼくはドリーさんのレビューで今までのモヤモヤが解消された人間の一人ですが、多くの批判している人達は、芸術性やら、村上春樹の小説の本質が分かってないとか、小難しい言葉を言っていながら、結局は『俺はオシャンティーなの好きなのに!ちゃちゃ入れるんじゃねー!」って言う感じじゃないでしょうか? 痛い所を付かれて、顔真っ赤になって反論している気がします。
 
June 02 [Sun], 2013, 4:59
Cet255
下のテキストに関して

×「自分で、ある価値観を必死に否定しようとはしているのだけれど、それをどうにも否定しきれない」
◯「自分で、自分の中にある価値観を必死に否定しようとはしているのだけれど、それをどうにも否定しきれない」

と置き換えてお読み下さい。
まあそれはともかく。

総括などというのとは違いますが、ともかくお二人の前提としている情報というのが違いすぎて話が食い違っているという印象を覚えたのは確かですかね。価値観、というものについて議論が交わされていたのを見ていると、そんなことを思いました。ドリーさんは、自分の中に存在しているある価値観みたいなものを否定しようとして、悪夢を連日見るような経験をしたことがありますでしょうか。僕はそういう経験をしたことがあります。人間というのは、本来そういう風に「価値観」というものを容易に否定したりはできない生き物なんですよ。というか、逆に言えばそこまで確固たるもの(呪いのようなもの)として何らかの観念が自分の中に根付いて、初めて「価値観」と呼べるようになるというか。それくらい確固とした(人におぞましい悪夢を繰り返し見せるような)価値観というものは存在しているってことなんです。白廊下さんが「価値観にもペラいのと分厚いのがあるよね、ドリーさんの価値観はどっちか分からんけど」と言うのに対し、ドリーさんは「なんか価値観とかそういうのって適当に選んで使うものだし、別にそんなものを議論の重点にしなくてもよくね?」くらいのふわっとしたスタンスで話されてるみたいなんですよね。なんかその辺でお二人が盛大に食い違ってるというのをお見受けしました。おぞましく重々しく人間を苦しめて離さない価値観というのがこの世界には存在していて、哲学者はそういう自分の中にある価値観を時には否定するべく書物を書いたわけです。ニーチェ然りキルケゴール然り(彼らが本当にそういう「否定」を上手く成し遂げられたかどうかは、僕達には結局のところ判断不能です。彼らは敗者として敗れ去っただけなのかもしれません)。なんかその辺の価値観の「重さ」みたいなものを分かち合えてないからこそ、議論が上手くいってないんじゃないかなあ、とそんな風に思ったわけです。
June 01 [Sat], 2013, 14:22

 Cet255さんへ

 Cet255さんのコメントで余計わかんなくなたよ・・・。
 ニーチェとか読んでねぇからな・・・。
 もうCet255さんに白廊下さんと俺の議論、一言で総括してほしいわ・・・。
 
June 01 [Sat], 2013, 9:08
Cet255
うわ、かなり分かりにくい書き方になってしまった。

つまり更に説明しますと、人間には中々相対化も否定もできない、むしろ「否定できるというのならやってみてほしい」というくらいの問題や、確固とした(ほとんど呪いに近いような)価値観というものが存在しているということなんですよね。例えば、我々がニーチェの提唱するニヒリズムを理解したところで、それによって必ずしも万民が救済に導かれるわけではないということですね。ニーチェだって、ニヒリズムによって自分の中の価値観を否定しようとするのには随分苦労したはずです。それはほとんど、連綿とした悪夢に近いような挑戦であったでしょう。その辺は『ツァラトゥストラ』本文中の様々な筆致から感じ取れます。「価値観というものは人それぞれ違うもので、絶対的なものではなく、相対的なもの」というような一般論を提言するだけでは、誰しもが納得するわけでもないし、我々の中にある問題が解決したことにもならない、ってことですね。
May 31 [Fri], 2013, 5:08
Cet255
ドリーさんのレビューのせいでamazonのレビュー欄が荒れてしまったのは確かなんですよね
ほとんど分別のない「荒らし」的行為を行う人々が大量に流入してしまっているんですよ。その辺に、ドリーさんの直接の責任みたいなものを求めるのはちょっと難しいですけど、でも明らかに因果関係を考えれば「荒れた」原因はドリーさんのレビューが切掛なんですよね。いや、繰り返すようにそれは結果論に過ぎないわけですけど。

ところで、「人々の価値観の基準を求める為には別の価値観を必要としていて〜〜」云々。という話があったので飛びつきたくなりました。

このことに関して、哲学者という人種について、ある人が述べた言葉をふと思い出しました。

「哲学者というものは、自分の意見や価値観が仮に(厳密に論理的なやり方で)否定されるようなことがあったとしたら、その時は大喜びしてしまうものだ」
というものです。

つまり、人間には次のようなことが起こり得るということです。「自分で、ある価値観を必死に否定しようとはしているのだけれど、それをどうにも否定しきれない」というような事態です。
そういう、自分の中に根付いている価値観を否定しようと躍起になった人間というのが、例えばニーチェですね。『ツァラトゥストラ』で行われた試みは、我々後世の人間が思っているほど簡単なものではありませんでした。預言者ツァラトゥストラは、作中本文で数々の悪夢を味わい、そしてその苦しみは容易に消せるものではなかったのです。

まあそういうわけで、人間、あるいは哲学者と呼ばれる人の中には、そう簡単には相対化できないような問題や価値観というものが埋もれてたりするんですよね。そういう事実を知っているか否かによって、何だかこういう「価値観」というものを巡る議論に、大きな違いが出てくるように思われます。
May 31 [Fri], 2013, 4:56
ドリー

 制服さんへ

 あなたのしたことは童貞の悩みこそが本物の悩みみたいな2ちゃんねらーノリを外部まで流出させて暴れただけに見えます。レビューへのコメントのところに、ファンはひっそり作品を読みたいだけって書いてる人いたの見ましたか?

 「非リアの僻みじゃねぇかよ」という意見については上の記事と、したのコメントで答えてます。

 書評や批判はあってもいいでしょうが、場を弁えず、お金を払って楽しもうとしている他のファンを押し潰す行為に批評としての正当性があるとは思えません。

 場をわきまえずって・・・どういうことですか?
 アマゾンに批判レビューをしたことが場をわきまえてないってことですか?
 じゃあ絶賛コメントだけのせろってことになりませんか・・・。
 お金を払って楽しもうとしている他のファンを押し潰す行為に批評としての正当性があるとは思えません。
 批判がファンの方の気持ちを逆撫でしたことは事実としてあると認めます・・・。でも正当性のある批判って具体的にどういうものなんですかね・・・。

May 31 [Fri], 2013, 3:10

 病院の白廊下さんへ

 ドリーさんの考え方や感じ方については、現時点でも「しゃらくさい」のかどうか、まだ分かりかねてます。先輩や中学生の言ってることに、なぜ胡散くささやしゃらくささを感じるのかと言うと、たぶん他の領域の人や事を見てもいないで断言してるから。こっちに阿ってくるのに、こっちのこと見も知りもしないの?って感じと似てるかもしれないし、人生経験ってのも関係してると思う。

 なるほど。人生経験か・・・。まぁたしかに人生経験はボクにはねぇな・・・。
 まだ23歳だし・・・。23歳の、なんの揉まれてもいない若造が「人生は無意味だ」とかそういう厭世的な価値観をもつことにイラッとくるんですよね? 

 測ろうとする人が自分なりに決めればいい、と自分は思ってるんだけど。

 うーん・・・それを言ってしまったらこの議論も終わってしまうような・・・。
 結局、その強度の測り方だって自分の気に入った価値観で測ってるだけじゃないですか・・・。
 「戦争反対」だと思ってたら、やっぱり「平和とか」「博愛主義」とかそういう思想が「強度があるな!」ってことにしちゃうでしょう・・。

 ドリーさんの言ってることがファッション的で「しゃらくさい」んだとしたら、それはドリーさんが20でも80でも「しゃらくせえ」って感じると思う。同じニヒリズムでも、吹けば飛ぶ藁の家と、シッカリしたレンガの家があると言うか(自分基準で)。ドリーさんの言ってることが自分にとって「胡散くさい」と(自分なりに)判明したなら聞くの止めればいいし、「胡散くさそうだと思ってたけど実はスゴイおもしろそう」ならぜひ参考にさせてもらいたい、って感じ。それを自分なりに判別するために、話を聞かせてもらってると言うか。

 うーん・・・これは面白いですな・・・。
 でも相手の価値観が、吹けば飛ぶ藁の家か、シッカリしたレンガの家か。どうやって判断しましょう・・・。


 
May 31 [Fri], 2013, 3:02
制服
はじめまして。ニュースからアマゾン経由で来ました。
ネタであんな書き口してるのかと思ったら、素で冗長な文章書いてたんですね。
村上春樹ファンじゃないけどドン引きしました。

あらかじめ共感できない作品と気構えて村上作品を読むことはしたくない、存在しないものとして排除されてる、と主張するならその手で自分のための作品を書くことを勧めます。
万人が共感できる大ヒット作にこそ意味があるってコトでもないのだから、逆に分からない人には分からない作品の方が多いっていうのが本を読む際のごく普通の心構えですよ。売り方が変なせいか、妙なコンプレックスを持った人達にハルキストが眼の仇にされてるらしい、っていうのはレビュー欄見て理解しましたが。

あなたのしたことは童貞の悩みこそが本物の悩みみたいな2ちゃんねらーノリを外部まで流出させて暴れただけに見えます。レビューへのコメントのところに、ファンはひっそり作品を読みたいだけって書いてる人いたの見ましたか?
2ちゃんノリは2ちゃんに留めて置いてほしいです。童貞こそが人間と思ってる人や大して本を読まない人間、もしくはハルキストの中でもマゾ度が高い人はあなたに喝采を贈るでしょう。でも祭り状態に押されて不快感を抱え込んでる人も相応にいると思います。

書評や批判はあってもいいでしょうが、場を弁えず、お金を払って楽しもうとしている他のファンを押し潰す行為に批評としての正当性があるとは思えません。
アマゾンレビューがもともと遊び場以外の何ものでも無いと言われればぐうの音も出ないのですが・・・
May 30 [Thu], 2013, 20:59
病院の白廊下
「そんで、どうにかして上のようなフランクルとかガンジーとか、『普通』に働く人とかの価値観の方が上だってことを証明したい」
「そうやってこっちの価値観が正しい、お前の価値観胡散臭い、測って証明したらあああ!!!っていう価値観こそ胡散臭い(いや、胡散臭いというか怖い・・・)とボクは思ってるんですけど・・・」


「どうだ、おまえの価値観はこんなに未熟なんだぞ、ガンジー様の足元にも及ばない! 証明してやったぞ、見たか!」
ってことを、ここでやりたいわけではない(そりゃ怖い)。

ドリーさんの言ってることが自分にとって「胡散くさい」と(自分なりに)判明したなら聞くの止めればいいし、「胡散くさそうだと思ってたけど実はスゴイおもしろそう」ならぜひ参考にさせてもらいたい、って感じ。それを自分なりに判別するために、話を聞かせてもらってると言うか。
ドリーさん自身に自分の価値観の未熟さ(あったとして)を見せつけて、自省を促したいとかいうことではない。

自分は、
「基本的にこういう話は胡散くさいと思って聞くの止めるんだけど、この人の話には自分には分からない面白味(とモヤモヤ)も感じるから、どういう話なのか聞いてみよう」
と思って、コメントさせてもらってます。
今はちょっと、自分の理解が混乱中と言うか、処理中だけど。

「他者の思想を胡散くさいと思う思想もまた胡散くさい」ってのは、そう思う。
でも「では先の先輩とか、宗教勧誘とか、ニーチェ中学生とかの言ってることを胡散くさいなんて思わず、尊重して受けいれなさい」と仮に言われたら、「今はまだそこまでは無理ですすみません」っていうふうになってしまう。よくないんだけど……反射的に鼻についてしまうと言うか。
「善意があればそれでいい」とか「みんなちがって、みんないい」とか「人間の本性は悪でしかない」とかを真面目な主張の場で聞くと、つい気になって突っついてしまう。
ファッションならまだ楽にスルーできるけど、ネタとか芸風ならゼンゼンいいんだけど、うーん。

記事の説明、助かります。


May 30 [Thu], 2013, 18:34
病院の白廊下
つづき

「白廊下さんはボクの「人生は無意味だ」とか「弱者の強み」みたいなことに「しゃらくせぇ」って思ってるわけですよね」

ドリーさんの場合は「しゃらくせえ」のかどうか、まだ判断できてない(だからコメントしてるんだけど)。
「僕の『非リアの強み』みたいなのは虚勢(ファッション)です」って答えもらってるんだけど、これに関しては、鵜呑みにしていいか迷ってると言うか。

基本的には「人生は無意味だ」とか「あなたはそのままでいい」とか言う人に対しては、胡散くさいとかしゃらくせえって態度で向かってます。
ニヒリズムとか博愛主義とかに酔っぱらってる人間が、大勢まわりにいた(今もいるけど)ので。て言うか「中学生がニーチェ読んで〜」は自分のことだし。

でも中には「スゴイ虚無的人間」とか「スゴイ博愛的人間」みたいな人たちも、多くはないけどいた。
で、そういう人たちって、何と言うか「死角から殴られる」みたいな感じで、自分が思いもしてなかった観点から、衝撃的なことを語ってくれる。
よく考えもせずにファッションやナルシシズムで言ってるんじゃなくて、その人なりにちゃんといろいろ考えて、それで結論出してから主張してると言うか。
だから「人生は無意味」でも「あなたはそのままでもいい」でも、常に「しゃらくせえ」ような思想ではないって思ってる。

先のコメントで
「それぞれの価値観において優劣を探ろうとすること自体が『不毛』なのかもなとは思う」
って書いたけど、ここの「それぞれの価値観において優劣を探ること」ってのは、ニヒリズムならニヒリズムの中で優劣(思想の強度)を探ろうとすること、博愛主義なら博愛主義の中で優劣を探ろうとすること、って意味。同じニヒリズムでも、吹けば飛ぶ藁の家と、シッカリしたレンガの家があると言うか(自分基準で)。

なので、ニヒリズムや博愛主義がジャンルとして劣ってるとか下らないとか思ってるわけじゃないし、どうしてそう感じるようになったのかなぜ自分はそういうことを考えずにはいられないのかってことを(精錬して)語ってくれる人がいるなら、その人の話は主義主張のジャンルに関わりなく聞いてみたい。


May 30 [Thu], 2013, 18:32
病院の白廊下
続き

「強度・・・・か・・・。その測ってる奴がどんな価値観で測るかによって全然違うし、その測る基準がなんというか、決めようがないじゃないですか・・・」

測ろうとする人が自分なりに決めればいい、と自分は思ってるんだけど。
自分の参考にしかならないことだし、誰かのためにやってるわけでもない。
自分なりに出した「思想の強度」結果が、誰にでも通用する普遍的な基準(客観的な評価)だとか言いだしたら、上みたいな意見を出して止めてもいいだろうけど。


「それ、あれじゃないですかね。優劣つけたい病。他人の価値観より自分の価値観が上だと証明したい病気」

そういう部分は、あると思う。
自分の価値観と比較するってよりは、Aの価値観とBの価値観を比較して、優劣をつけたい(?)って感じだけど。
「この人が言ってることよりは、こっちの人が言ってることのが信用できるな」みたいな。
次の返信部分に続きます。


「でもボクは『人生は無意味だ〜』とか思ってたとして、それを誰かに押し付けようとか、敷衍させようとか、こっちが上だって測ってやろうとか、そういうふうには極度に思わないですけど・・・」

自分も「他者を教化したい!」とか「自分の思想のが優れてる!」とか、極度に思ってるわけじゃないです。
測るって言っても、耐震検査じゃないけど「おーこれは(自分の尺度では)頑丈だ」とか「こっちは脆い」とかそんな感じで、「自分のが上だ」とか言うためにやってるわけじゃないし。
どんくらい考えて言ってるのかな、どんくらいマジで言ってるのかな、ちょっとした冗談なのかな、酔っぱらってるのかな、ってことを知るためにやってます。

あとどっか「自分の思想を受けいれさせようとしてる」みたいな箇所あったっけ?


May 30 [Thu], 2013, 18:28
病院の白廊下
「なんでしゃらくせえって思うんですかね」
「人生経験がない段階で言ってるから『しゃらくせぇ』って思うんじゃないですか」
「ボクが80歳ぐらいだったら、『しゃらくせぇ』なんて思ってないのかも」


ドリーさんの考え方や感じ方については、現時点でも「しゃらくさい」のかどうか、まだ分かりかねてます。

先輩や中学生の言ってることに、なぜ胡散くささやしゃらくささを感じるのかと言うと、たぶん他の領域の人や事を見てもいないで断言してるから。
こっちに阿ってくるのに、こっちのこと見も知りもしないの?って感じと似てるかもしれないし、人生経験ってのも関係してると思う。

世を斜めに見てみたくて難しそうな哲学書よんでみて、ちゃんと理解もできないのにそれらしい箇所だけ憶えて、世間のことも人のことも知らないのに「人生は無価値。愛は子供だまし」とか言ってる。そういう自分に酔っぱらってるのって、率直に言って「胡散くさい」とか「しゃらくさい」って思ってしまう。
それはなぜかと自問すると、やっぱ「井の中の蛙」みたいなことと、その「他人を見ずに自分に酔ってるっていうナルシシズム」が鼻につくんだと思う。

80歳(老人)には80歳のファッションがあるし、「若いうちは苦労せよ」とか「最近の若い者は」みたいな意見は、年齢関係なく、やっぱ「基本的には」胡散くさいと感じる。
話聞いてみると、同じ「若いうちは苦労せよ」って話でも「なるほどこの爺さんの話はスゲエ」ってことはある。
でも法事とかでこういう話してくる人って大抵、他の親戚の話だと「あの人エラそうなこと言ってるけど、昔はプラプラしててそんなこと言えるような人じゃなかったよ」みたいなのばっかで、話もスゲー循環してて頭がクラクラするだけだし。
やっぱそういう人は「80歳のファッション」してるだけで、若い人のことを考えてるわけでも見てるわけでもない。説教して自分の「カッコよさ」見せつけてるだけって感じ。
だからもし、ドリーさんの言ってることがファッション的で「しゃらくさい」んだとしたら、それはドリーさんが20でも80でも「しゃらくせえ」って感じると思う。

「相手を理解しようともしないで自分の言ってることに酔ってる」ってのは、自分にもドスドス来るけど。
気をつけてるし、そんなひどいことにはなってないと思いたい。


May 30 [Thu], 2013, 18:26
 
 病院の白廊下さんへ
 
 「普通」に働く人とか、家庭を持っている人とか、家族の介護してる人とか。思想や話のレベルでは、強制収容所にいたフランクルとか、ブータンの雷龍王3世4世とか、ガンジーとか。そういう人の価値観は、少なくとも今のところ、自分には破綻が見えてこない(というか価値観全体が測りきれない)か、あるいはシッカリしてると感じるので、暫定的に「無根拠で胡散くさいかどうか自分には判別できない価値観」として残ってます。なんか「しゃらくさくない」と言うか、吹けば飛ぶようではないと言うか。「結局のところ(究極的に)無根拠でなく胡散くさくもない価値観」ってのは、理論上のものでしかないだろうけど。うーんいいかげんな表現だけど、価値観の「強度」みたいなのがあるとすれば、それを測りたいと思ってる。

 強度・・・・か・・・。その測ってる奴がどんな価値観で測るかによって全然違うし、その測る基準がなんというか、決めようがないじゃないですか・・・。白廊下さんはボクの「人生は無意味だ」とか「弱者の強み」みたいなことに「しゃらくせぇ」って思ってるわけですよね。そんで、どうにかして上のようなフランクルとかガンジーとか、「普通」に働く人とかの価値観の方が上だってことを証明したい。それ、あれじゃないですかね。優劣つけたい病。他人の価値観より自分の価値観が上だと証明したい病気。でもこれは人のこと言えないですけどね。こうやってアマゾンのレビューで僕が意見を発して村上春樹の小説をディスるのも、俺の価値観どや!て部分は絶対ありますし・・・。でもボクは「人生は無意味だ〜」とか思ってとして、それを誰かに押し付けようとか、敷衍させようとか、こっちが上だって測ってやろうとか、そういうふうには極度に思わないですけど・・・。そうやってこっちの価値観が正しい、お前の価値観胡散臭い、測って証明したらあああ!!!っていう価値観こそ胡散臭い(いや、胡散臭いというか怖い・・・)とボクは思ってるんですけど・・・。
May 30 [Thu], 2013, 3:28

白廊下さんへ

自分はドリーさんの話読んでて、この人は「成功してないことが、失敗者が成功者よりも優れている部分だ」みたいなこと言ってるし、ネガティブな結論でも堂々と断言しちゃうし、そもそもそれを隠そうなんてしてない。むしろ自分や人間のそういう暗部みたいな箇所こそを拠所にしている。

 はじめに言っておきたいのが、白廊下さんが言っている「成功してないことが、失敗者が成功者よりも優れている部分だ」ということはボクはまったく思っていないということなんですよ。こういうメッセージに受取られがちなのが、「朝井リョウの何者」の記事と、「朝井リョウと綿矢りさの弱み」っていう記事だと思うんですけど、ちょっと白廊下さんが言っているような「成功してないことが、失敗者が成功者よりも優れている部分だ」という解釈だと微妙にボクが言いたかったことのニュアンスが違うんですよね。ほんとに微妙なんですけどね。これもどっちかの記事で説明いたします。

 
 やっぱそういうのは胡散くさい中でも「かなり」胡散くさい。中学生がニーチェ読んで「人生は無価値だ。愛は子供だまし」とか言ってるのもそうだけど。いや本人は真面目に言ってるし、中学生だって人生や愛を語ることはできるとも思うけど……うーんやっぱ思想として、あまりにお粗末なんじゃないかと思う。幼稚と言うか、しゃらくせえと言うか(これが「“何か”に昇華できてない」って感じなのかな?)。でも結局のところ自分も「価値観とか思想ってそういうものなんだな」っていう結論に辿りつくのかもしれないし、ドリーさんの返信にもあったとおり、先輩や中学生の思想を「粗末だ」って言う自分自身の思想が「粗末」でもあるってことだろうし(大学生的ファッション・大二病?)、それぞれの価値観において優劣を探ろうとすること自体が「不毛」なのかもなとは思う。相手のこと幼稚って言えるほど自分は大人のつもりなの?とか……うーん。

 なんでしゃらくせえって思うんですかね。
 いやこの気持ちはじつはボクにもわかりますけど・・・。
 人生経験がない段階で言ってるから「しゃらくせぇ」って思うんじゃないですか。
 ボクが80歳ぐらいだったら、「しゃれくせぇ」なんて思ってないのかも。 

May 30 [Thu], 2013, 3:06
病院の白廊下
最後

「だからけっきょくどんな思想も価値観も、無根拠なんじゃないですか」
「ぎゃくに胡散臭くない根拠のある価値観とかメッセージって病院の白廊下さん的にどういうものなんですか?」


そんなものがはたして存在するのか?と疑問に思っているので、検証途中です(ずっと)。
個人的には、例えば実生活のレベルでは、「普通」に働く人とか、家庭を持っている人とか、家族の介護してる人とか。思想や話のレベルでは、強制収容所にいたフランクルとか、ブータンの雷龍王3世4世とか、ガンジーとか。
そういう人の価値観は、少なくとも今のところ、自分には破綻が見えてこない(というか価値観全体が測りきれない)か、あるいはシッカリしてると感じるので、暫定的に「無根拠で胡散くさいかどうか自分には判別できない価値観」として残ってます。なんか「しゃらくさくない」と言うか、吹けば飛ぶようではないと言うか。

「結局のところ(究極的に)無根拠でなく胡散くさくもない価値観」ってのは、理論上のものでしかないだろうけど。
うーんいいかげんな表現だけど、価値観の「強度」みたいなのがあるとすれば、それを測りたいと思ってる。

天の気まぐれで宝くじ当たっても、パーフェクトな恋人ができても、渋谷でアイドルにスカウトされても揺らがない「非リア性」みたいなものがあるなら「そりゃすげえ……ちょっと話きかせてもらえませんか?」って頼みたい。
宝くじ当たったら非リアから一気にオシャンティーになって、逆に非リア貶すようになるとか、そりゃアンタ逆の意味ですごいわってなるけど。就活で苦労した学生が、自分が人事になったら面接に来た学生に王様みたいなふるまいするとか。


「朝井リョウの記事のほうが、テーマが明確になるんなら、そっちにうつりますか?」

以前の返信にあった
「『成功していないことが成功者よりも優れている証拠だ』という非リアの心理がたしかにあるのは知ってます」
「でもそれが今回のレビューとなんの関係がありますか?」
これ、「今回のレビューに関係ないことはここで話さないでください」って警告かと思ったので。

レビューから少し離れつつあるけど、このまま話しててもよければ、ここにお邪魔します。


言い換えて説明してもらった部分と、ノリの部分、思想や価値観についての指摘の残りは、もうちょっと考えます。



May 29 [Wed], 2013, 16:00
病院の白廊下
続き

「病院の白廊下さんはそういう手のひらを返す無根拠の価値観とかは信用できないって言いますけど、価値観とか思想なんて、そんなもんだよ・・・」

「価値観とか思想なんてそんなもん」っていう「諦観的な思想」にまで自分は到達できてないと言うか、悟れてないと言うか……。
30くらいの人生の先輩が「いいなー若くて。でもこれから人生どんどん下り坂になってくよ。覚悟しといた方がいいよ、人生そんなもんだから」とか言うわけです。世の酸いも甘いも吸ったような顔で。アンタその調子よさがあればこれから何とでもなるんじゃないの、と世間しらずの自分は思ってるんだけど。

やっぱそういうのは胡散くさい中でも「かなり」胡散くさい。中学生がニーチェ読んで「人生は無価値だ。愛は子供だまし」とか言ってるのもそうだけど。いや本人は真面目に言ってるし、中学生だって人生や愛を語ることはできるとも思うけど……うーんやっぱ思想として、あまりにお粗末なんじゃないかと思う。幼稚と言うか、しゃらくせえと言うか(これが「“何か”に昇華できてない」って感じなのかな?)。

でも結局のところ自分も「価値観とか思想ってそういうものなんだな」っていう結論に辿りつくのかもしれないし、ドリーさんの返信にもあったとおり、先輩や中学生の思想を「粗末だ」って言う自分自身の思想が「粗末」でもあるってことだろうし(大学生的ファッション・大二病?)、それぞれの価値観において優劣を探ろうとすること自体が「不毛」なのかもなとは思う。相手のこと幼稚って言えるほど自分は大人のつもりなの?とか……うーん。

でもやっぱ納得できないわ……。
この先、自分のモヤモヤがどういう答えになるのか、今は待ってるところです。



May 29 [Wed], 2013, 15:57
病院の白廊下
「面白かったのなら、この人は村上春樹にすごい悪意があるな・・・とはあんまり思わないと思ってたんですけどね・・・。」

たぎる悪感情を素直に書いているけど、それがこのレビューでは「笑いに昇華した」ってことなのかなと思ってた。
強い感情(自己愛)を「昇華」させることで「作品」になるっていう、『ほんたにちゃん』の書評で言ってるようなことが起こったのかなと。この「強い感情(意訳)」って、自己愛だけじゃなくて、例えば相手への嫌悪とかでも言えるだろうし。愛でも嫌悪でも、昇華することで“何か”になるっていう。
身近な話だと、本当に嫌いでも相手のこと面白く話せる人がいるってのは、嫁姑の確執を話してくれる奥さんの話がユーモアあるとかで、もともとありうることだと思っていたので。
そんな次第で、レビューも「笑える」けど、村上春樹には強い屈託があるのかと思ってた。


「ちょっとここで聞きたいんですけど、白廊下さんの思想ってのはどういったものなんですか?」
「まぁ僕のブログを読んで、この人とは大きく価値観が違うって思われたんですよね」
「あなたの価値観は、つまり・・・。どういった価値観で・・・?」


今回の話と関連しそうなところで言うと、
「人生を謳歌しているエリートは、それに必要なだけのことをやっているし、それゆえに他の人種よりも優れているのであって、非エリートがエリートに勝るというのは、その図式で問題を捉えるかぎり幻想にすぎない」
「自分の悪条件(怠け癖がある・人を羨む・素直じゃないなど)については、肯定しようがないし、隠すしかない」
「一時的なファッションで世間のことを断定する人間は胡散くさい」
とか。

自分はドリーさんの話読んでて、
この人は「成功してないことが、失敗者が成功者よりも優れている部分だ」みたいなこと言ってるし、ネガティブな結論でも堂々と断言しちゃうし、そもそもそれを隠そうなんてしてない。むしろ自分や人間のそういう暗部みたいな箇所こそを拠所にしている。
と感じて、そういう姿勢が「自分とは大きく違う」と思った。
「文学とは自分の心の中にポッカリ空いている暗い穴をジッと見つめるようなものだ」みたいなのを聞くと、ダム穴とか思いだして寒気がするみたいに、自分はそういう分野ダメなので。


May 29 [Wed], 2013, 15:56

 赤壁から遠くまでへ

 ひとつにならなくていいよ
 認め合うことができればさ
 もちろん投げやりじゃなくて
 認め合うことができるから
 ひとつにならなくていいよ
 価値観も理念も宗教もさ


 ポエム書くなww


 tokyo24さんへ

 こんな殺伐とした空気のなか、コメントありがとうございます。
 そうなんですよ。なんか批判意見無視すると逃げてるような気がして。
 だってぶっちゃけちゃんとした批判意見って真実ですからね。
 真実からは逃げれないだろうと・・・。
 いつかというか、もう友達になりましょう。

 
 

 
May 29 [Wed], 2013, 7:40

 自分は、無根拠に「あなたはありのままでいい」とか「人生は無意味」とか言う人が胡散くさいと思うのと同じように、無根拠に「底辺には底辺の強さがある」(表現ミスってたら補完してください)って言う人も胡散くさいと思った。

 底辺には底辺の強さがあるって、ボク、どこでそんなこと言ってますか・・・?
 まぁかりにそんなことを言ってたとしてもですよ。けっきょく人間が生きていること自体が無根拠じゃないですか。
 なんで生きてるのか、どうして生まれたのか、みたいな答えなんかはじめから本能にないわけじゃないですか。そしたらどっかで自我のよりどころというか、「こうあるべき」みたいな思想をもたないと、やっていけないわけでしょう人間って。動物の場合は本能のまま生きてるんで、そんな思想なんて持たないでしょうけど。だからけっきょくどんな思想も価値観も、無根拠なんじゃないですか。ぎゃくに胡散臭くない根拠のある価値観とかメッセージって病院の白廊下さん的にどういうものなんですか?

 どうせ流行に乗って、自分の一時的な現状に合ってるからって、それらしいこと言ってカッコつけてるだけなんじゃないの? 環境が変わったら、すぐに手の平かえして別の流行に乗るんじゃないの?と。

 生きてるあいだに起きる出来事や、境遇の移り変わりとか、人間関係の変化によって、
 おのずと流行とか、価値観とか思想って変わるもんじゃないですか?
 性格は変わらないかもしれないけど、価値観とか思想とかは、そのつど、変わらざるをえないですよ。
 だってもともと、外から入ってきたもんなんだし。その外から入ってきたものが、今いる場所の価値観と違えば、その場を逃げ出すか、自分の価値観をそこに合わせるしかないでしょう・・・。生きていく上で、その場に適応していかないといけないわけだし・・・。変わらないっていうほうが、すごい。病院の白廊下さんはそういう手のひらを返す無根拠の価値観とかは信用できないって言いますけど、価値観とか思想なんて、そんなもんだよ・・・。村上春樹の価値観をボクはグチグチ文句言ってる、そんなボクの価値観を病院の白廊下さんはグチグチ文句言ってる。無根拠どうしがグチグチ言い合ってる。こんな不毛な争いはないよな・・・。

 朝井リョウの記事のほうが、テーマが明確になるんなら、そっちにうつりますか? 
May 29 [Wed], 2013, 7:05

 病院の白廊下さんへ

 これは自分の書き方がミスリード的だった。「このレビューの基調」は「アマゾンのレビューの基調」に変えてください。

 あのアマゾンのレビューだけで語ることはできません・・・。
 下でも言ってますが、あのアマゾンと上のレビューは二つに一つです。どちらもボクの感想です。
 そりゃあのアマゾンレビューだけ見たら非リアファッションととられても仕方ないと思いますよ・・・。
 でもボクが、あの小説感じた感想は、あのアマゾンレビューと、この上のレビューの二つです。
 どちらかだけを切り取って話すことはできないと思います。

 自分は「ファッション=自分を格好よく見せるための流行性のアクセサリ」みたいな意味で使ってたんだけど、これと「ノリ」の違いについて説明してほしい。

 いや白廊下さんはその使い方でいいんですよ。ボクもあなたが言われたファッションについてはそういう認識ですから。上で言ったノリとは、そのまま引用しますけど、童貞なのになんか女に扱いに長けてたり、いように文化レベル高いやつとか、顔もかならず並み以上だし、いちいち気の利いたことを言ってくるやつだったり、なんかかならず平均より上で、出てくる登場人物は全員村上作品のある特有のノリがわかってる人たちばかりなんです。 ファッションは表面的ですけど、ノリっていうのは村上作品に根深く漂っている一種の約束事みたいな。こういう人間は絶対出てこない・・・みたいな。そういう意味でのノリです。
May 29 [Wed], 2013, 6:36
 
 病院の白廊下さんへ

 アマゾンのレビュー読む → この人おもしろいな。他のレビューも読んでみよう → あれ、他のは村上春樹のレビューとは何となく毛色が違う(違うように感じる)な。結構ストレートにネガティブと言うか → 面白そうだからHPも見てみよう。自作の小説や他の感想もあるな → うーんこりゃスゴイな……理解しきれなくてモヤモヤする → うーん。この「底辺の人間の底力」みたいなことって、この人マジで言ってんのかな? → 何がモヤモヤするのか分からないから、とりあえず最初のレビューに戻ってみるか → ああ本人コメントしてる。折角だから直接聞いてみるか → 最初の投稿へ

 なるほど・・・。あーなんか、やっと病院の白廊下さんの考えてることが見えてきた・・・。
 そういうことか・・・。ブログを見て、この、なんというか底辺でネガティブなスタンス、しかもそれを自己肯定してように見える思想に違和感を覚えたんですね。

 ちょっとここで聞きたいんですけど、白廊下さんの思想ってのはどういったものなんですか?
 まぁ僕のブログを読んで、この人とは大きく価値観が違うって思われたんですよね。
 あなたの価値観は、つまり・・・。どういった価値観で・・・?

 だからその意味では「貶す前に努力しようと思うか?」とは聞きたい。

 これはね。下でも言ってますけど、こうやってボクがアマゾンで村上春樹を貶しました。
 そしたら白廊下さんは「村上春樹を叩く前に、自分で努力しようと思わないか」って聞いてきました。
 でも、その努力の内訳がボクの場合、本を読んで感想を書いたり、面白い書評を書くことなんですよ。
 これが努力なんですよ。げんになまじっかフリーライターなんて名乗ってますし・・・。
 だからこの質問はほかの人には効くかもしれないけど、ボクには的外れだと思うんですけど。
May 29 [Wed], 2013, 6:10
ドリー
 
病院の白廊下さんへ
 
 あと全部の「愛」表記を言い換えてもらうなんてことは、考えるだに大変なので、すみませんが以下の2つだけ、どういう意味なのか説明しなおしてもらえますか? 「笑いとして昇華できてたから、レビューに愛があると言われた」「愛のあるツッコミには笑いが起きて、愛のないツッコミはただの誹謗中傷になる」

 たとえば「死ね」って言うじゃないですか。相手に。「死ね」なんて悪意に満ちた言葉ですけど、その言い方やタイミングがうまくいけば、バラエティ番組とかでも「笑い」が起きたりするんですよ。ところがこの言い方や、タイミングを間違って「死ね」って言った時に「笑い」が起きなかったと。そしたら「死ね」って言葉がただの悪意に変わるんだと思うんですよね。「笑い」ってその場を和らげるクッションというか、それがあるかないかでただの言葉が様々に色を変えるというか・・・たとえば「お前アホやろ」って言ったとして、そこに「笑い」が起きると、「お前アホやろ」は的確なツッコミになるし、ならなかったらその場が凍ってただの誹謗中傷にとられる。これバイトの先輩でもいたんですよ。なんか毒舌しとけばいい、みたいなキャラでね。すごい、こうなんといいますか、毒を放ってくるんですよ。「「死んじゃえ」「帰ったら」とかね。本人はべつに悪意じゃなくて言ってるんだと思うんですけど、「笑い」が起きてないから、第三者からしたらただの悪意にしかとれない・・・みたいな。「笑い」があるかないかで、同じ言葉でもだいぶ印象が違ってくるぞ、ということを言いたかったんですけどね。ボクのレビューだって同じ内容でも、本当に悪意に満ちてたらもっとハルキストの人から反発があったと思うんですよ。ところが上でも言ってますけど、ハルキストだけど面白かったーって人も大勢いて、ツイッターとかであのレビューにすごい怒ってる人っていうは、ハルキニストとかアンチ村上に限らず、あのレビューに笑えなかった人たちだと思ってたんですけど・・・。白廊下さんがあのレビューを面白いなって思ってたことを知って、いま、ちょっと困惑しております・・・。面白かったのなら、この人は村上春樹にすごい悪意があるな・・・とはあんまり思わないと思ってたんですけどね・・・。

 






 
May 29 [Wed], 2013, 5:54
tokyo24

はじめまして。こんばんは。 (^-^)

多くのみなさんと同じでAmazonのレビューを読んで「この人、面白いな。」と感じ、
あの日以降時々覗かせてもらっています。

あのレビューをきっかけにライターとして世に出ることになったんですね。
おめでとうございます。

「きっかけが「誰かの記事の批判」なんて。。。」と、悩んでらっしゃったけれど、
どんなきっかけでも、才能が認められたことはすごいとことだと思います。
いちファンとして、わたしは、ドリーさんの次回の文章をとっても楽しみにしていますよ。(^-^)

また、今回、ドリーさんの記事に対して批判的な記載をした方へも
これだけ長文でお返事なさっているのを読み、
ドリーさんの内面の真摯さも伝わってきてわたしも何か伝えたくなって
初めて「コメント」という形で足跡を残させて貰うことにしました。

ドリーさんのように才能はないので気の利いたことは書けないのだけれど、
「批判」に対してここまで時間を割いて逃げずに丁重に向き合う姿勢から、
わたしも学ばせて貰いました。

また何度も何度も覗きに来ますね。


いつかお友達になれたらいいな。


コメントの返信や文筆活動で大変でしょうけれど、お身体を大切になさってください。


tokyo24
May 28 [Tue], 2013, 21:50
赤壁から遠くまで
ひとつにならなくていいよ
認め合うことができればさ
もちろん投げやりじゃなくて
認め合うことができるから
ひとつにならなくていいよ
価値観も理念も宗教もさ
May 28 [Tue], 2013, 16:46
病院の白廊下
最後

■ 前回コメントの後半部分について
このレビューの基調は、そういうことなんじゃないかと思った。
「上の記事読んでくだい。ちょっと違います。ファッション止まりだったのはアマゾンのレビューで、ボクはあれを書いたあとで、たしかにあれは非リアのファッション自負心としかとれないなぁ・・・と反省したんですよ」


これは自分の書き方がミスリード的だった。
「このレビューの基調」は「アマゾンのレビューの基調」に変えてください。


「下でも言いましたけどファッションじゃなくノリです」

自分は「ファッション=自分を格好よく見せるための流行性のアクセサリ」みたいな意味で使ってたんだけど、これと「ノリ」の違いについて説明してほしい。


■その他、精神的なファッションについて。
先の投稿に関連して

自分は、無根拠に「あなたはありのままでいい」とか「人生は無意味」とか言う人が胡散くさいと思うのと同じように、無根拠に「底辺には底辺の強さがある」(表現ミスってたら補完してください)って言う人も胡散くさいと思った。虚勢や世間知らずや自分に酔ってるんじゃなくて、本当にそう思って言ってるの?って。
どうせ流行に乗って、自分の一時的な現状に合ってるからって、それらしいこと言ってカッコつけてるだけなんじゃないの? 環境が変わったら、すぐに手の平かえして別の流行に乗るんじゃないの?と。
とはいえ、それはかなり性根の悪い見方だし、流行なら流行でいいじゃない、何も悪くないでしょっていう感覚も、一方にはあるんだけど。

じゃあ何でそんなわざわざ他人の流行にグチグチ思ってしまうのかと内省すると、それはどうもまだハッキリしない部分として残ってる。

この質問自体についての回答はもらったし、その回答についてはまだ考えてる途中。
ちなみにこの辺の話になってくると、確かに多崎つくるレビューからは相当ズレてくるので、朝井リョウとかの記事で聞きなおしたほうがいいかしら。


May 28 [Tue], 2013, 15:48
病院の白廊下
つづき

「いやけっきょく、病院の白廊下さんは成功者を妬んで貶す前に自分が努力しようと思わないか?って言いたいんだろうなって思って」

なるほど、分かりよくなった。

1.他人の「善意の言葉」を素直に受けいれられないのは何故か?
2.多崎の素養に羨望があるなら、多崎を貶すのでなく、その素養を獲得できるよう自分が努力すべきではないか?
3.「全てを悪く解釈することを止め、相手の感性を尊重して受けいれる」という態度を心がけようと思うか?

この3つの質問は、自分自身に向けられたなら「すみません未熟です」と恐縮するしかない正論で、それについて自分と大きく異なる(であろう)価値観の人間なら、どう反応するだろうと思って聞いた。これまでずっと自分にそういうことを言ってきた人になったつもりで。
だからその意味では「貶す前に努力しようと思うか?」とは聞きたい。でも「自分ができてないのにボクに要求してくるっておかしくないですか?」と返信があったとおり、実のところ、そういう態度をドリーさんに要求しようとは思ってない。他の質問についても同様。


May 28 [Tue], 2013, 15:46
病院の白廊下
つづき

「むしろ赤の他人のボクの精神性を理解しようとする白廊下さんのあくなきチャレンジ精神がどこから来るのかをこっちとしては理解したいですな・・・」

うーんこの部分は、今までにも何度か出てきたけど、「ドリーさんの感覚と自分の感覚が違ってる部分」っていうだけの話なんじゃないかと思う。
自分としては、こういう対話や議論の場で相手の発言の正確な理解にこだわることは、そんなに「飽くなきチャレンジ精神」と言われるほど強烈なものだとは思ってない。理解できないから理解できるまで聞く、っていうのが、今までの経験のうちで常識化してるので(世間話とかじゃなければ)。
ドリーさんが原稿用紙16枚分のレビュー書くことが普通だっていうのと、似てると思うけど。
お互い相手の様子みて「こんだけこだわって(執拗に)聞く(書く)ってことは、よっぽど頑張ってるんだなあ」と思うけど、当人のほうは「それが普通」って思ってる。まあ、ある種のごまかしと言うか、建前みたいなのも混じってるかもしれないけど。基本的にはそういうことだと思う。

ただ自分の理解が鈍くて、それを待ってくれてる相手をイライラさせることについては、申し訳なく思ってます。
慣れてるつきあいの人でも、しばしば焦れさせるので。


May 28 [Tue], 2013, 15:46
病院の白廊下
「あなたの発言の正確な理解にこだわってます。って言ったけど、どうしてそんなにこだわるんですか?」
「そんな無理に理解しなくてもいいんじゃないですか?」

アマゾンのレビュー読む → この人おもしろいな。他のレビューも読んでみよう → あれ、他のは村上春樹のレビューとは何となく毛色が違う(違うように感じる)な。結構ストレートにネガティブと言うか → 面白そうだからHPも見てみよう。自作の小説や他の感想もあるな → うーんこりゃスゴイな……理解しきれなくてモヤモヤする → うーん。この「底辺の人間の底力」みたいなことって、この人マジで言ってんのかな? → 何がモヤモヤするのか分からないから、とりあえず最初のレビューに戻ってみるか → ああ本人コメントしてる。折角だから直接聞いてみるか → 最初の投稿へ

アマゾンのレビュー(村上春樹以外も含む)をきっかけにして、ドリーさんの言ってることの全体(物の見方・感じ方)に興味が湧くと同時に、自分の中にハッキリしない蟠りがあるのを感じたので、それをクリアにしたいと思ってコメントした(そのせいで方向性がフラフラしたのは不手際でした)。
このやりとりで自分が最終的に何を得たいのかと言うと、たぶん自分とは価値観が大きく異なる人の話を聞いて、自分の人生観の参考にするってことだと思う。この辺は最近になって明文化できたことだけど。
その最終目的のために、自分とは(おそらく)大きく価値観が違う人の精神性を理解したくて、その「相手の精神性の理解」の第一歩として、このレビューの理解があるって感じ。今はレビューへの理解から、徐々にドリーさんの精神性への理解のほうに、話がシフトしつつあると思うけど。

大元の質問「どうして僕の発言の理解にこだわるんですか? そんなに無理に理解しなくてもいいんじゃないですか?」に答えると、「自分としては、(最終的に)自分の参考にするために、できれば理解したいと思ってる」って感じです。
May 28 [Tue], 2013, 15:44
病院の白廊下
つづき

「結局、どうすればいいんですか!?」

「分かりづらいから分かりやすい言葉で言いなおしてもらっていいですか?」
ってことをお願いしてきたんだけど、事ここに至って自分がこういうのは非常に不遜なんだけど、この要求の何が分からないのかが分からない。
あと全部の「愛」表記を言い換えてもらうなんてことは、考えるだに大変なので、すみませんが以下の2つだけ、どういう意味なのか説明しなおしてもらえますか? 
「笑いとして昇華できてたから、レビューに愛があると言われた」
「愛のあるツッコミには笑いが起きて、愛のないツッコミはただの誹謗中傷になる」


「ちょっとこの「愛」についてのウダウダ、方向性が見えないのでお手上げです・・・」

「何でそんなに『愛』がどうのこうの言ってるんですか? 僕にどうしてほしいんですか?」
「愛っていう言葉だと意味が曖昧で、同一人物でも文脈によって指し示すことが違うし、そうなると発言を誤解しやすくなるので、できれば意味が特定しやすい言葉で説明しなおしてもらいたいんです」
「いいじゃないですか、愛は人によって理解が違うし、意味も違うってことで」
「それだと相手の話が理解できないんですけど……」
「いいじゃないですか、理解できなくたって。そもそも何で僕の話なんか理解しようとするんですか? 頑張りすぎですよ」

自分の思考過程が
「愛っていう多義的な言葉だと意味が特定できない → そうなると文意を誤解する → そうなると相手の発言内容を理解できない」
なのに対して、ドリーさんの思考過程は
「僕の発言を理解する必要はない → だから文意が取れなくてもいい → だから愛っていう曖昧な表現のままでもいい」
ってことだと思うんだけど。

次の返信部分に繋がるので、そっちに続きます。


May 28 [Tue], 2013, 15:37
病院の白廊下
「うーん・・・これもよくわからない・・・。特定の言葉に変えたからそれがなんになるんですか?」
「たとえばボクが「愛」という言葉を、「love」とか「アガペー」だとか「慈愛」だとかに変えたとしますよね」
「うん。だからなに?ってことになりませんかね・・・」


ドリーさんにとっては「だからなに?」ってことになるかもしれないけど、自分にとっては、ならない(本当に「愛」としか表現しようがない部分に関しては、先にコメントしたとおり、言い換えてもらう必要ないけど)。

「あのレビューに愛があるって言われたのは〜」の一文を例に挙げると、
実際、あの一文はドリーさんに言い換え(説明し)てもらったけど、おかげで自分の誤解が分かった。少なくとも「村上春樹へのリスペクト」って意味での「愛」ではなかった、ってことが特定できたわけ。それはそれで混乱はしたけど、理解自体は次に進んだ。

だから
「下で白廊下さんが「屈折した愛」ならちょっと理解ができそうって言ってましたけど、じゃあもう「屈折した愛」でいいんじゃないですかね・・・」
っていうのは、よくない(自分にとっては)。
ていうかそもそも「ドリーさんのやることなすことは全部屈折してる!」とか「言葉では否定してても根底には村上春樹へのリスペクトがあるはず!」とか、そういうことが言いたくて「屈折した愛」って言ったわけじゃない。

ここで言ってた「屈折した愛」ってのは、「村上春樹のことをリスペクトしているのに貶してしまうという愛情表現の心理」のことです。でもこの解釈は、自分の誤解だったわけ。リスペクト自体が存在しなかったんだから、屈折した愛なんてものが存在するわけがない。
自分が「屈折した愛ならちょっと理解ができそう」って言ったのは、「そういう屈折した愛情表現っていう観点からなら、あれだけの長文(この解釈もズレてたけど)を書いたことにも、自分なりの納得はできるな」って思ったってこと。
この問題については「屈折した愛」とかが原因じゃなくて、「単に筆が乗ったから」っていう回答をもらってて、それで自分の理解には一段落ついてます(更新されるかもしれないけど)。だから「屈折した愛」は関係なかった(自分の誤解だった)。

もうこれだけでも……愛って曖昧な表記は……どんだけ理解を難しくするのか……。


May 28 [Tue], 2013, 15:35

 これは、どんな話(議論?)が、どんな風に分かりよくなったの?

 いやけっきょく、病院の白廊下さんは成功者を妬んで貶す前に自分が努力しようと思わないか?って言いたいんだろうなって思って。そんで多崎つくるっていうステータスの高いキャラクターに、まぁ何者にもなれてないボクが高二病的な感覚で叩いたと、そこに白廊下さんが、そんな成功者を僻んでアマゾンで叩くぐらいなら、その人になれるよう努力すればっていう主張をしてきたんですよね? それなら多崎つくるじゃなくて、村上春樹にひがんでるっていうほうが、議論が明確になると思ったんですけど。

  「相手の一挙手一投足を細かに吟味して、あれがいかんこれがいかんと小姑みたいに言っていくのは異常な粘着質に見えるでしょうけど」の続きが、「あのレビューに愛があるって言われたのは、結局、笑いとして昇華できてたからじゃないですか」だっていうのが、話が繋がってないように思えて理解できない。

 ちょっと思ったんですけど、そんな無理に理解しなくてもいいんじゃないですか?
 あなたの発言の正確な理解にこだわってます。って言ったけど、どうしてそんなにこだわるんですか? むしろ赤の他人のボクの精神性を理解しようとする白廊下さんのあくなきチャンレンジ精神がどこから来るのかをこっちとしては理解したいですな・・・。
May 28 [Tue], 2013, 3:33
ドリー

 病院の白廊下さんへ

 「ドリーさんの各文章に登場した愛という単語の、個々の言い換え」です。
「それぞれの文章で言ってる愛って言葉を、別の言葉で説明してもらえますか?」ってこと。
なぜそれをお願いするかっていうと、「愛」って単語はすごい色んな意味で使われるし、人によってゼンゼン理解も違う。すごい曖昧な言葉で、非常に意味が取りづらい。そういう単語を出されると、加速度的に理解が難しくなる。そうなると文章の一義化ができないし、一義化ができないと相手の意見の理解に支障を来す。……から。要するに、


 すごくわからないのが、病院の白廊下さんがどうしてそんなに、さっきも言いましたけど、「愛」がどうこうの言ってるのかってことなんですよ・・・。「愛」って単語はいろんな意味で使われるし、人によってぜんぜん理解が違う・・・ってもう、それでいいじゃないですか・・・。

 あれもこれも「愛」って一括りにされると、自分が理解できなくなるので、どうしても「愛」って言葉じゃなければ表現できないってこと以外は、より意味の特定が簡単な言葉に置き換えてもらえますか?と。

 うーん・・・これもよくわからない・・・。特定の言葉に変えたからそれがなんになるんですか?
 たとえばボクが「愛」という言葉を、「love」とか「アガペー」だとか「慈愛」だとかに変えたとしますよね。
 うん。だからなに?ってことになりませんかね・・・。この「愛」っていう言葉に対する病院の白廊下さんの執着がよくわからないんですよ。結局、どうすればいんですか!? 下で白廊下さんが「屈折した愛」ならちょっと理解ができそうって言ってましたけど、じゃあもう「屈折した愛」でいいんじゃないですかね・・・。ちょっとこの「愛」についてのウダウダ、方向性が見えないのでお手上げです・・・。


May 28 [Tue], 2013, 3:22
病院の白廊下
最後

■ その他
愛についての話とは関係なく、文意が理解できない一文と、自分なりの解釈の確認。

「相手の一挙手一投足を細かに吟味して、あれがいかんこれがいかんと小姑みたいに言っていくのは異常な粘着質に見えるでしょうけど」の続きが、「あのレビューに愛があるって言われたのは、結局、笑いとして昇華できてたからじゃないですか」だっていうのが、話が繋がってないように思えて理解できない。

「執拗に貶してるように見えるでしょうけど違いますよ。あれは執拗に貶してるんじゃなくて、レビューを笑いに昇華しようとした結果です」って意味?
「書いてみたら筆が乗ったんですか? → そうです」の流れを参考に、たぶんこういう意味なんじゃないかと推測したんだけど。


ドリーさんの2つ目の投稿の後半から最後の部分までについては、もうちょっと考えます。


May 27 [Mon], 2013, 20:24
病院の白廊下
続き

「書いてみたら思いがけず筆が乗っちゃった、みたいなこと?」
はい。そうです。


「あのレビューを最初に読んだときには、よくここまで激しく嫌えるなと思いました」
「別にそんなに嫌ってませんよ。ちょっと嫌い、くらいです」
「そうなんですか? あれだけ執拗にこきおろしてたから、よっぽど村上春樹のオシャンティー性が嫌いなんだと思ってました。それじゃ、どうしてあんなに貶したんですか?」
「まあ相手の一挙一動を細かく吟味してアレコレ言うのは執拗なこきおろしと思うかもしれないけど、あのレビューに愛があるって言われたのは、相手の一挙一動に細かくイチャモンつけることが、笑いとして昇華できてたからじゃないですかね。そもそも他の人から『激しく嫌ってる』なんて言われたこと、ほとんどないですよ。あのレビューには愛があるって言われたくらいで」
「それは意外でした。でも、笑いとして昇華できてたからレビューに愛がある? どういうことですか? それと実際、(村上春樹作品に対する)愛を篭めて書いた(こきおろした)んですか?」
「自分の文章には、どんな内容でも愛を篭めて書いてます」
「うん? あれだけ貶しつけたのは、村上春樹の作品に対する愛からってことですよね?」
「いや違います。村上春樹の作品に対する愛じゃなくて、僕が書いた自分の文章に対する愛です。村上春樹の作品に対する愛は、まあないわけじゃないですけど、ちょっと興味がある程度のものです」
「え? じゃあ何であんなにこきおろしたんですか?」
「いや、あなたは『あんなに』って思うかもしれないけど、あれは僕にとっては普通の分量です。他の書評でも、好きにしろ嫌いにしろ、同じくらい書いてますよ。あのレビューに関しては、書いてみたら思いがけず筆が走ったっていうことでもあります」

なるほど。
筆が乗ったっていうのは、ありそうなことだなと思いました。


「あと『村上春樹にあなたは嫉妬しているか?』って聞くと、もっと話が分かりやすくなるなら、聞きたい」
村上春樹に嫉妬はできません。もう雲の上の存在なので。


これは、どんな話(議論?)が、どんな風に分かりよくなったの?


May 27 [Mon], 2013, 20:21
病院の白廊下
続き

「あのレビューに愛があるって言われたのは、結局笑いとして昇華できてたから」
「愛のあるツッコミには笑いが起きて、愛のないツッコミはただの誹謗中傷になる」
「笑い云々ではなく、結局愛って送り手がどう思ってるかじゃなく、受け手がどう感じるかしかない」
「僕のレビューだって、僕は自分の文章に愛を篭めて書いてるつもりだけど、それを村上春樹への憎悪と取るか愛と取るかは読み手次第」


どれも同一人物が使ってるにもかかわらず、これらの各抜粋で使われてる「愛」って単語の意味って、意味範囲が広すぎて、同じ意味で使ってるのか違う意味で使ってるのかすら特定できない。自己愛なのか、作品愛なのか、親愛なのか、誠実さなのか、ラブなのか……どれも「愛」って言えるけども。
ドリーさんの中ではちゃんとそれぞれが繋がってたり区別できてたりするのかもしれないけど、ドリーさんの精神性が理解できてない自分には、まったく分からない。
だから「別の言葉に置き換えて説明してくれませんか?」って頼んだってこと。
そうすればそれぞれの「愛」って単語が各文脈で何を意味してたかが分かるし、それが分かればレビューへの理解がまた進むから。

愛の本質はとか愛の成立条件はとか、そういうことが聞きたいわけではないです(愛についてのドリーさんの意見は、なるほどと思って読ませてもらったけど)。
「こっちの文章で使ってる愛って言葉は、具体的にどういう意味でしょうか? あっちの文章で使ってる愛って言葉は、具体的にどういう意味でしょうか?」
っていうことが聞きたかった。

自分が何にこだわってるのかというと、あなたの発言の正確な理解にこだわってます。
それが「愛」の登場で非常に難しくなったので、1つ1つ聞かせてもらいました。
手間かけます。


May 27 [Mon], 2013, 20:17
病院の白廊下
経験上、愛って言葉が対話に登場して、話が混乱しなかった試しがない。

「愛」についてなんですが、えーっと正直言わせてもらいまして、
あなたはなににそんなにこだわってるんですか?
愛があったらなんになるのか・・・。もしくはなかったらなんになるのか・・・。
あのー・・・ボクからなにを聞きだしたいんですか? ここで愛の定義だとかしょーもない議論して病院の白廊下さんはなにを発見したいんですか? そこを言ってもらえればボクも付き合いますけど・・・。


ドリーさんと大マジメに「愛って何だろうね」って語らいたいとかいうことでは、まったくない。
ドリーさんに付きあってもらいたいのは、「ドリーさんの各文章に登場した愛という単語の、個々の言い換え」です。
「それぞれの文章で言ってる愛って言葉を、別の言葉で説明してもらえますか?」ってこと。

なぜそれをお願いするかっていうと、
「愛」って単語はすごい色んな意味で使われるし、人によってゼンゼン理解も違う。すごい曖昧な言葉で、非常に意味が取りづらい。
そういう単語を出されると、加速度的に理解が難しくなる。そうなると文章の一義化ができないし、一義化ができないと相手の意見の理解に支障を来す。
……から。
要するに、あれもこれも「愛」って一括りにされると、自分が理解できなくなるので、どうしても「愛」って言葉じゃなければ表現できないってこと以外は、より意味の特定が簡単な言葉に置き換えてもらえますか?と。

May 27 [Mon], 2013, 20:16
ドリー

 ドリーさんはマジで「弱者ゆえの強さ」とか「負けていることの意義」みたいなこと(意訳)を言ってるんですか?それは虚勢やファッションや自己催眠ではなく、本当にそう思ってるの?

 「弱者ゆえの強さ」とか「負けていることの意義」みたいなのは結局は非リアの僻みが生み出した虚勢の産物だと思いますよ。非リアが十人ぐらい集まるとですね、自然と「お前はリア充だろ!?」「お前もそうだろ!」みたいになんかリア充狩りが始まりますからね。あの心理はまさに下でシュガーさんが言ってるけど「リア充がこっちの世界に入ってくんな」だと思いますな。そんでぼくにもまさにそういう屈折した自尊心がありますね。
May 27 [Mon], 2013, 4:24
 
 続きです。

 あと「村上春樹にあなたは嫉妬しているか?」って聞くと、もっと話が分かりやすくなるなら、聞きたい。

 村上春樹に嫉妬はできません。もう雲の上の存在なので。
 
 
 あと「愛」についてですが、はっきり言って、あなたがなにをそんなにこだわってるのがわからない・・・。
 愛があったらなんになるのか・・・。もしくはなかったらなんになるのか・・・。
 あのー・・・ボクからなにを聞きだしたいんですか? ここで愛の定義だとかしょーもない議論して病院の白廊下さんはなにを発見したいんですか? そこを言ってもらえればボクも付き合いますけど・・・。

 
 そして赤裸々に言えば、別のファッションしてる奴より、自分のがイケてると思ってる。それでその自負心が強ければ強いほど、他のファッションを迫害するようになる。「そんな格好して、おまえ恥ずかしいと思わないわけ?」「見るに堪えないよ」みたいな。愛と笑いのことはまだ分からないけど、このレビューの基調は、そういうことなんじゃないかと思った。つまり「オシャンティーファッションのおまえらじゃ『孤独』の着こなしがまるでできてねえ。これが似合うのは俺ら非リアファッションだ。ホンモノの『孤独』の着こなし見せてやる」みたいな。そしてその自らのファッションに対する自負心は、無根拠のように思える。

 上の記事読んでくだい。ちょっと違います。ファッション止まりだったのはアマゾンのレビューで、ボクはあれを書いたあとで、たしかにあれは非リアのファッション自負心としかとれないなぁ・・・と反省したんですよ。そんで今回の記事です。下でも言いましたけどファッションじゃなくノリです。この小説のメッセージをもっと浸透させるなら、村上作品のノリをわかってる人だけを出すんじゃなく、非リアもリア充も、どんな人間も出した上で、放ったほうがアンチも少なかったし、もっとこちら側に届いてたんじゃないか、ということをさっきから再三言ってると思うんですけど。
 
May 27 [Mon], 2013, 3:29

病院の白廊下さんへ

 連投ありがとうございました。これも長いのでわけます。
 「愛」についてなんですが、えーっと正直言わせてもらいまして、
 あなたはなににそんなにこだわってるんですか?
 
 自分なりに「たぶんきっとこの人はよっぽど村上春樹の一部センスが嫌いなんだな」と推測した。
でもそうしたら「いやそんなに嫌ってません」ということだったので、「え、じゃあ何で原稿用紙16枚分もこきおろしたの?」


 16枚という長さに意味はないと思うんですよ。
 一行で「おもんね死ね」でも悪意はあると思うし、ボクのほかの記事見てもらえたらわかると思いますけど
 褒めてる本も貶してる本も、たいがい原稿用紙10枚ぐらい語ってます。
 原稿用紙16枚語ったから、この人は異様に村上春樹を嫌いなんだってのはあなたのただの主観です。

 ・ 村上春樹の作品や作風については、大して嫌いなわけじゃない。
 ・ でもあのこきおろしは、ネタじゃないし、正直な本音を綴ったもの。
 うーん。
 書いてみたら思いがけず筆が乗っちゃった、みたいなこと?

 はい。そうです。

 
 
May 27 [Mon], 2013, 3:12
病院の白廊下
つづき

だから高校生になったら社会人になったら大人になったら辛い目に遭ったら生活が安定したら、物理的に環境が変化したら、みんな自分のファッションを変えていって、昔の自分を見て「いやーあんときは若かったよ」とか言いそう。
その時はどれだけ自信満々の顔してても、あるいは世の苦痛を一身に受けたような顔してても、年くって環境が変わって自分が自分の周りが物理的に変化したら、アッサリ「あの時の自分が着てた服、あんなののどこがよかったんだろうな」って結論しそう。
それは服が変なんじゃなくて、自分の流行が変わっただけなのかもしれないけど。

だからドリーさんも、環境さえ変われば、非リアファッションからオシャンティーファッションに乗り換えるんじゃないのかなと思う。
そうじゃなく、「私はこのスタイルを徹します。一時的なファッションではありません」って確信してる?
そうだとしたら、自分はその感性と考え方について、興味がある。
どんなに自分の人生が変化しても「あなたはありのままでいいのよ」って言える人や、「人生は無価値だ」って言える人はいるかもしれないし。
どういう精神なら、そこまで言えるのかなって、気になる。

ドリーさんはマジで「弱者ゆえの強さ」とか「負けていることの意義」みたいなこと(意訳)を言ってるんですか?
それは虚勢やファッションや自己催眠ではなく、本当にそう思ってるの?


May 26 [Sun], 2013, 18:35
病院の白廊下
ここまで質問に答えてもらって(長らく……)、返答について考えてみて、不十分だけど、少し自分の感じてることがクリアになってきた。
ので連続になるけど書きます。

村上春樹的オシャンティーさと、非リア的ルサンチマンって、ある意味で似てると思う。どっちも1つのファッション(ポーズというかオシャレというか)なのかなっていう。
「リア充」っていうファッションをするか、「非リア」っていうファッションをするか、そこは違うけど、どっちも人生のある時期の流行というか。
だから相手のファッションを「ダサい」って一方的に非難するのは(やっぱ非リアからするとリア充って「ダサい」んだと思う。逆もそうだろうけど)、自分のファッションへの自負心なんだと思う。その「自分のファッションに対する自負心」は、中学生だろうと大学生だろうとオシャンティーだろうと博愛主義者だろうとニヒリストだろうと非リアだろうと、等しく持ってる。だからその服を着てるわけだし。
そして赤裸々に言えば、別のファッションしてる奴より、自分のがイケてると思ってる。それでその自負心が強ければ強いほど、他のファッションを迫害するようになる。「そんな格好して、おまえ恥ずかしいと思わないわけ?」「見るに堪えないよ」みたいな。
愛と笑いのことはまだ分からないけど、このレビューの基調は、そういうことなんじゃないかと思った。つまり「オシャンティーファッションのおまえらじゃ『孤独』の着こなしがまるでできてねえ。これが似合うのは俺ら非リアファッションだ。ホンモノの『孤独』の着こなし見せてやる」みたいな。

そしてその自らのファッションに対する自負心は、無根拠のように思える。
結局、自分の人生の展開つまり物理的な環境の変遷によって個人のファッションは決まるけど、それを確固とした自分の意志で選ぶっていう人は……うーんあんまりいないんじゃないかと思う。すごい勝手な決めつけだけど。
殆どの人は、自分が流されていく社会の中で、囲まれていく環境の中で、気づいたらそれを着ることになってしまっていたというか。


May 26 [Sun], 2013, 18:33
病院の白廊下 (5つ目)
最後のはず……

それを言うなら「村上春樹にあなたは嫉妬しているか?」という質問をまず投げかけたほうが議論がもっと明確になると思うんですけど

どんな議論してましたっけ?
自分的には、まだ議論に達する以前の段階だと思ってるんだけど……。
あと「村上春樹にあなたは嫉妬しているか?」って聞くと、もっと話が分かりやすくなるなら、聞きたい。


僕のレビューだって、ボクは自分の文章に愛をこめて書いてるつもりですけど、それを村上春樹への憎悪ととるか、愛ととるかは、読み手次第じゃないですか。

この辺はサッパリ分からない。
「自分は自分の文章に対して愛を篭めてるけど、それを村上春樹への憎悪と取るか愛と取るかは、あなた次第」って、どういう意味?
「僕のレビューだって、ボクは村上春樹の作品に愛をこめて書いてるつもりですけど、それを村上春樹への憎悪ととるか、愛ととるかは、読み手次第です」
っていうのだったら、まだ分かるんだけど。

「あのレビューに愛があるって言われたのは、結局笑いとして昇華できてたから」
「愛のあるツッコミには笑いが起きて、愛のないツッコミはただの誹謗中傷になる」
「笑い云々ではなく、結局愛って送り手がどう思ってるかじゃなく、受け手がどう感じるかしかない」
「僕のレビューだって、僕は自分の文章に愛を篭めて書いてるつもりだけど、それを村上春樹への憎悪と取るか愛と取るかは読み手次第」

やっぱ愛はまずかった。その意味から説明しておいてもらうべきだった。
ここで言ってる「愛」って、どういう意味ですか?
「対象(自分の言葉とか)に真摯であること」「対象を大事にすること」とか? うーん。


May 26 [Sun], 2013, 10:25
病院の白廊下 (4つ目)
続き

自分の悪条件に対する根拠不明な肯定をどこで感じるのですか?
「成功していないことが成功者よりも優れている証拠だ」という非リアの心理がたしかにあるのは知ってます。
でもそれが今回のレビューとなんの関係がありますか?


このページの記事もレビューのうちに含めて答えるけど、
あのレビューのどこに「自分の悪条件に対する根拠不明な肯定」を感じるのかというと、全体を通して存在する「こきおろしの迷いなさ」に感じる。
「ぼくの孤独」をもって「スマートで女の扱いにも慣れててオシャンティーな多崎つくるの孤独」を迷いなく(自信満々に)迫害していく様子を見て、ああこの人は、自分の孤独や自分の言ってることが世間的には妬み僻みと呼ばれかねないような劣性のものであると自覚しながらも(たぶん自覚してると思うんだけど)、こうやって堂々と叩くんだなぁと思って、そこに「自分の悪条件に対する根拠不明な肯定」感を覚えた。

そのことと今回のレビューの関係は何かというと、あのレビューを読んで、書いた人間のそういう部分に目が行ったっていうこと。レビュー本体と補足記事と他の人のコメントを読んで、非リア?の心理というものに触れたっていうこと。そういう繋がり。

あと、自分はそもそも、ドリーさんの精神性を理解したいと思ってコメントしました。
レビューを理解しようとするのは、ドリーさんの精神性を理解するにあたって、取っかかりになると思ったから。
これまでのコメントも、だいたい「レビュー理解のための質問」か「精神性理解のための質問」か、どっちかだと思う。
あなたの書いたレビューを読んで、あなたの感性や考え方を知りたいと思ったので、あなたにレビューのこととあなたの意見や考えについて聞いた、という繋がりもあります。


この場合の成功者は、誰ですか?村上春樹?

ここちょっと文脈が理解できない。


May 26 [Sun], 2013, 10:24
病院の白廊下 (3番目)
続き……連続で「2000文字以内にしてください!」って注意されると、少し悪いことしている気分になる。

そしたら「自分の文章には、どんな内容であれ、愛を篭めて書いてます」と返ってきた。で、「んん? 自分の文章に愛を篭めてる? 文脈が追いきれてないけど、これって自分のレビューに対する自己愛ってことじゃなくて、村上春樹の作品に対する愛ってことだよね? レビューに愛があるって言った人も、きっとそういう意味で言ったんだろうし」と思ったけど、不安だったので、これについては質問しなおした。
したらやっぱり誤解してて、「いや村上春樹や彼の作品に対するリスペクト的な愛ってことじゃないですよ。自分が書いてる自分の文章に対する愛です。村上春樹や作品に対しては、リスペクト的な意味での愛は、まあ殆どないです」と返答。
「あれ? じゃあ結局、特に嫌いでも好きでもないけどレビューはああなったってこと? それじゃ何であれだけ貶してたのかは分かってないぞ。何で?」←今ココ

・ 村上春樹の作品や作風については、大して嫌いなわけじゃない。
・ でもあのこきおろしは、ネタじゃないし、正直な本音を綴ったもの。
うーん。
書いてみたら思いがけず筆が乗っちゃった、みたいなこと?


May 26 [Sun], 2013, 10:22
病院の白廊下 (2番目)
続き

自分は「どうしてあれほどこきおろしたのか?」と疑問に思って、自分なりに「たぶんきっとこの人はよっぽど村上春樹の一部センスが嫌いなんだな」と推測した。
でもそうしたら「いやそんなに嫌ってません」ということだったので、「え、じゃあ何で原稿用紙16枚分もこきおろしたの?」と疑問が更新された。しばらく考えてみて、「嫌いでもないのにこれだけ大量に書くってことは……ああ、ネタでやったってことか」と結論した。
でもそれは正解じゃなく、「ネタに見えますけど正直な心情の告白です」ってことだった。「正直に心情を吐露したらあれだけの長さと密度のこきおろしになるのに、そんなに相手のことを嫌ってるわけでもないって、どういうこと?」と疑問が再浮上。
そこに「ていうか他の人から『あなたよっぽど村上春樹キライなんですね』なんて言われたことないです。愛があるって言われたくらいですよ。実際、愛があるからこそ笑いが生まれたんじゃないですかね」と追加が来たので、「なるほど、村上春樹の作品に愛着があるからこそ、あれだけ貶すってこともありうるな」と思って、「実際、愛を篭めて書いたんですか?」と質問した(ついでに「愛があるから笑いが生まれる」ってどういうことなのかも聞いた。ここはサッパリ分からない)。これで「そうです」ってことになれば、屈折した愛情表現ってことで、一応の理解にはなるし。


May 26 [Sun], 2013, 10:20
病院の白廊下 (1つめ)
うーん。やっぱ愛あたりの話は、かなり誤解してたみたい。

ドリーさんのレビュー読んで「あのレビューには愛がある」って言った人って、「あのレビューには(レビュアーの自分のレビューに対する)愛がある」って意味で言ったのか、「あのレビューには(レビュアーの村上春樹作品に対する)愛がある」って意味で言ったのか……そんなこと確かめられないだろうけど。ドリーさんは前者の意味で取って、自分は後者の意味で取ったんだけど。
ていうか、前者のような解釈もあるとは気づかなかった。

すげー長いらしいので切ります。


May 26 [Sun], 2013, 10:14

 続き。

 愛があれば行為は肯定できる、愛があるかは笑いが生まれるかで決まる、ってこと?「愛のあるツッコミには笑いが起きて、愛のないツッコミはただの誹謗中傷になるんじゃないですか」について、もう少し聞きたい。

 笑い云々ではなく、結局愛って送り手がどう思ってるかじゃなく、受け手がどう感じるかしかないでしょ・・・。
 体罰だって送り手は愛だって思ってやってるけど、受け手からしてらただの暴力でしょ。でもこれを愛だって受け取る人もいるわけです。愛って双方がシンクロしてはじめて成立するんじゃないですかね。僕のレビューだって、ボクは自分の文章に愛をこめて書いてるつもりですけど、それを村上春樹への憎悪ととるか、愛ととるかは、読み手次第じゃないですか。村上春樹自体に愛があるかと聞かれたら、普通のハルキストのかたが持たれているリスペクト!という形の愛はないです正直。あったら全作品読んでるし。でもこんだけ原稿用紙16枚も語らせてくれる作家なんてほとんどいないので、そういう意味では、興味の対象には入ってます。愛の反対は無関心ですから。興味を持ってる(またはちょっと嫌ってる)時点でどこかしら愛はあるんだと思いますね。

 ドリーさんは、自分のレビューを読んで拒否反応を示す人たちについて、どう思ってるの? 相手をリスペクトしてディスリスペクトしてんだからいいじゃねえか!って感じ?

 上でも言ってるように、村上春樹を、普通のハルキストの方々が持たれているリスペクト!みたいな愛は正直もってないです・・・。ただ興味はあります。あのレビューを見て拒否反応する人をどう思うかといえば、正直批判にもいろんな批判があったので、それぞれ印象が違いますね・・・。フツーにつまんないとか、イカ臭いのはお前だろとか言われると、「あぁたしかにな」って思いますし、「表面的だ」とか「村上春樹にファンタジーを求めんな」って批判には、上で答えた通りですよ。
 
May 26 [Sun], 2013, 4:31
ドリー

 病院の白廊下さんへ
 長いのでこれも分割。


 「嘘いつわりない本音を告白したけれど、そこには愛(これレビューへの自己愛じゃなくて春樹作品へのリスペクトってことだよね?)があったから、自然と笑いが起こるようなレビューになった。バカにしたようなことも細かく書いたけれど、過剰に嫌ってるわけじゃない。あれは愛(尊敬?)の表れだ。憎くて悪口言ってるんじゃない、ちょっとは嫌いだけど、ちょっとだ。ていうかあれは悪口(ただの誹謗中傷)じゃない、あれは好きな子にちょっかい出してるようなものだ」

 ちょっと違います。正直に言うと正確にはこうです。

 「村上作品が売れてるらしい。あんまり村上春樹の小説は好きなタイプじゃないけど、ちょっと興味本位で手にとって読んでみたら、つまんねーなこれ・・・。レビューに書くか。あれ、予想以上にウケたな・・・。愛があるなんて言われちゃった・・・まぁ自分の文章は愛をこめて書いてるつもりだけど、村上作品へのリスペクトがあるかっていうとちょっと違うな・・・」

 こんな感じです。

 分からないけど、自分の悪条件(これは私の視点)に対する根拠不明な肯定が、堂々としていると思う。
「成功してないことが成功者よりも優れている証拠だ、それが自分の誇りだ」って思えるのが、自分には信じられないので、それを理解したい。


 自分の悪条件に対する根拠不明な肯定をどこで感じるのですか?
 「成功していないことが成功者よりも優れている証拠だ」という非リアの心理がたしかにあるのは知ってます。
 でもそれが今回のレビューとなんの関係がありますか? この場合の成功者は、誰ですか?村上春樹?
 それを言うなら「村上春樹にあなたは嫉妬しているか?」という質問をまず投げかけたほうが議論がもっと明確になると思うんですけど。
May 26 [Sun], 2013, 4:13
病院の白廊下
自分のレビューへの理解と、ドリーさんの精神性への理解の2つに分けます。
あと他に気になったこと。


■ レビューへの理解
あのレビューはネタ8割だと理解し、「ほとんどネタなんだから、そこに深くツッコむのは、モノマネ芸人にファンが本気で怒るようなものだ」と思った。
しかし、レビューはネタ(読者を楽しませるために装飾した非本音の意見)ではなく、本音だった。
あれが本音なら、またずいぶん激しい拒否反応だなと思った。
しかし、あの反応は激しい拒否の結果ではなく、愛を笑いに昇華した結果だった。(今ここ)


愛を笑いに昇華するって、どういうこと?
「嘘いつわりない本音を告白したけれど、そこには愛(これレビューへの自己愛じゃなくて春樹作品へのリスペクトってことだよね?)があったから、自然と笑いが起こるようなレビューになった。バカにしたようなことも細かく書いたけれど、過剰に嫌ってるわけじゃない。あれは愛(尊敬?)の表れだ。憎くて悪口言ってるんじゃない、ちょっとは嫌いだけど、ちょっとだ。ていうかあれは悪口(ただの誹謗中傷)じゃない、あれは好きな子にちょっかい出してるようなものだ」
ってこと?

苦しみを苦しみのまま吐露するなっていう、下の他の人の投稿とも関係するのかな。


■ ドリーさんの精神性への理解
不明。

分からないけど、自分の悪条件(これは私の視点)に対する根拠不明な肯定が、堂々としていると思う。
「成功してないことが成功者よりも優れている証拠だ、それが自分の誇りだ」って思えるのが、自分には信じられないので、それを理解したい。
先の1・2・3の質問は、そのためにしたんだけど。


■ 他に気になったこと
愛があれば行為は肯定できる、愛があるかは笑いが生まれるかで決まる、ってこと?

「愛のあるツッコミには笑いが起きて、愛のないツッコミはただの誹謗中傷になるんじゃないですか」について、もう少し聞きたい。

ドリーさんは、自分のレビューを読んで拒否反応を示す人たちについて、どう思ってるの?
相手をリスペクトしてディスリスペクトしてんだからいいじゃねえか!って感じ?


May 25 [Sat], 2013, 17:39
ドリー
 続きです。

3.「全てを悪く解釈することを止め、相手の感性を尊重して受けいれる」という態度を心がけようと思うか?

 あのーじゃあボクの感性も尊重してくれませんかね。
 病院の白廊下さんがどんな感性をもってようがボクはそれでいいと思いますし、たとえば病院の白廊下さんが村上春樹が好き!ってブログで言ってるとして、「あんな小説はクソだろ」なんか言いに行かないですよ。わざわざ。こんなブログまで来て『「全てを悪く解釈することを止め、相手の感性を尊重して受けいれる」という態度を心がけようと思うか?』なんてフツー聞かないですよ。相手の感性を尊重してないからこそ、こうやって病院の白廊下さんもあの記事に反発して、こうやってコメントしてくれてるんでしょ。自分ができてないのに、ボクに要求してくるっておかしくないですか?

 4.どうしてそこまで、村上春樹の作品のオシャレな部分に拒否反応を示すのか?

 上でも書いてますけど、庶民的な感覚とずれてたら拒否反応がおこるんじゃないですかね。どうしても。
 そこがいいって言う人もいますけど。ボクはちょっと好きになれなかった。

 5.それで本当に愛を篭めて書いたんですか?

 うーん・・・あの愛ってのが難しいですよね。
 ボクは自分の文章には、どんな内容でも愛をこめて書いてるつもりですけど・・・。
 それを憎悪とうけるとか、愛と受けとるかは、読む側の解釈なんじゃないですか・・・。

 あれでちょっとっていうのが怖い。どうも、自分には過剰だと思えることが、ドリーさんにとっては少なめなのかな?

 いや。そりゃ、ひとつひとつ、相手の一挙手一投足をですね、細かに吟味して、「あれがいかん」「これがいかん」小姑みたいに言っていくのはさすがに異常な粘着質に見えるでしょうけど、あのレビューに愛があるって言われたのは結局笑いとして昇華できてたからじゃないですかね。そこが笑えなかった人が、この人はちょっと異常なぐらい村上春樹を嫌ってるなって思うんだと思うんですよ。べつにそんな嫌ってないのにね。ツッコミって愛のあるのと、ないのがありますから。愛のあるツッコミには笑いが起きて、愛のないツッコミはただの誹謗中傷になるんじゃないですか。
May 25 [Sat], 2013, 5:20
 病院の白廊下さんへ
 長いので二つに分けます。 

 1.他人の「善意の言葉」を素直に受けいれられないのは何故か?

 これは上にも書いてるし、何度も言ってますけど、「あなたはあなたのままでいいのよー」とかいうメッセージを言うなら、こっちを排除せずに言って欲しいということです。それに善意の言葉ってかならずしもこっちが受け取らなきゃいけないものなんですか? それって、かなり身勝手な言い分だと思うんですけど・・・。善意の言葉をかけたときに、向こうがそれを受け取らなかったから、「素直に受け取れよボケ!善意なんだからよおお」っていうのは結局自分の善意に対して対価を求めてるからでしょう。これだけ善意をいてあげたんだから、あなたもこの言葉をかならず受け取ってね、リアクションを返してねっていうのは、本当の善意ではないですよ。本当に善意の言葉なら、相手がそれを受け取ろうが、受け取らずに反抗しようが、それはそれで自由なはずです。

 2.多崎の素養に羨望があるなら、多崎を貶すのでなく、その素養を獲得できるよう自分が努力すべきではないか?

 これは・・・なんですか・・・。うーんボクとしてはべつに多崎つくるを貶したんじゃなくて、村上春樹の小説をけなしたと思ってるんですけど。努力すべきではないか、と言われましても・・・うーん・・・この努力ってのがボクの場合、書評とか、そういうのに直結してるので、作品を貶す、または褒めるってのは、ボクの中でひとつの努力なんですけど・・・。
May 25 [Sat], 2013, 5:07
病院の白廊下
えーーっと、ごめんなさい。なんの質問でしたっけ。
1.他人の「善意の言葉」を素直に受けいれられないのは何故か?
2.多崎の素養に羨望があるなら、多崎を貶すのでなく、その素養を獲得できるよう自分が努力すべきではないか?
3.「全てを悪く解釈することを止め、相手の感性を尊重して受けいれる」という態度を心がけようと思うか?
ここまでが既出の質問です。
自分は上記のように言われると自分を恥じてしまうけど、ドリーさんはむしろ、自分が憎んだり妬んだり僻んだりすることを拠所にしている(肯定している)ように思える。
それは何故なのかと疑問だったので。

ボクの率直な感想があれで、正直ネタみたいな書き方しかできないんですよ・・・。
上で半分ネタって言ってますけどね・・・。実は、書いてる当人は真剣なんです意外と・・・。

こんがらがってきた。
ネタと言いつつ真剣で、真剣と言いつつネタなの?
大マジで書いてるなら、新しく4番目の質問があります。
4.どうしてそこまで、村上春樹の作品のオシャレな部分に拒否反応を示すのか?

ちょっと聞きたいのですが、病院の白廊下さんは今回の小説「多崎」がお好きなのですか?
たぶん嫌いなほうです。
違う世界の住人というか、「何だこいつ」という感じ。思考や感性が、かなり理解できない。
ただ、やっぱりハッキリと嫌いと言いきるほどじゃないと思う。

よくここまで激しく嫌えるなという意見は、ツイッターでも2ちゃんでもほとんど聞かなかった感想なので・・・。
むしろ愛があるとか言われました・・・。

それは意外でした。どういう脈絡なんだろう。
自分はあのレビュー読んで、この人村上春樹読むとジンマシンでも出るのかなって思った。
アレルギー反応みたいな・・・。
1つ1つの村上春樹的センスに対する粘着ぶりというか、あげつらい方の執拗さが、そのまま嫉妬や憎悪の表れなんだと思っていたので。
5.それで本当に愛を篭めて書いたんですか?

激しく嫌っていたら、あんな長文書かないでしょ・・・。
ドリーさんはそうなのかもしれないですね。
ヘイトスピーチとか、すごい長いのありますけど。

ちょっと嫌いぐらいじゃないですかね・・・。
あれでちょっとっていうのが怖い。
どうも、自分には過剰だと思えることが、ドリーさんにとっては少なめなのかな?
May 25 [Sat], 2013, 4:29
ドリー

 病院の白廊下さんへ

 やっぱり質問自体には答えてもらってないけど、それは意図的ですか?

 えーーっと、ごめんなさい。なんの質問でしたっけ。
 なるべく人の質問には太字にして答えるようにしてるんですけど・・・。
 なんか無意識に、スルーしてんのかな俺。

 アマゾンのレビューはネタという側面でかなり解釈されたんですけど、
 ボクの率直な感想があれで、正直ネタみたいな書き方しかできないんですよ・・・。
 上で半分ネタって言ってますけどね・・・。実は、書いてる当人は真剣なんです意外と・・・。
 でも表層ツッコミという批判は、上でも言ってますけど、文学界の批評家じゃないんで・・・。
 ああいう表面的なところを突っ込んでいくという書評も、羊は日本近代の西欧化への意志を象徴してる!
 みたいな書評も、あってもべつにいいんじゃないですかね。
  
 これって群像劇ってやつですか? あまり親しみがないけど・・・自分の理解では、上記の主張は「このテーマを描くにあたっては、村上春樹の採った手法は不適切あるいは未熟である。よりよい手法は、群像劇風に描くことである」ってことだと思うんだけど、そういうこと?

 そういうことです。今回の記事はマジメに主張してます。
 
 あと、自分は最初にあなたのレビューを読んだとき「よくここまで激しく嫌えるな」と思ったんだけど、それは芸だったということでいいのかな? 自分で「芸の側面が強い」とか書いといて何だけど。

 上でも言いましたが感想を言おうとすると芸みたいな感じにどうしてもなってしまう、というのがあります。
 ネタみたいに書いてるから、書いてる本人は全然そんなこと思ってないってないかっていうと、そんなことはありません・・・。
 ちょっと聞きたいのですが、病院の白廊下さんは今回の小説「多崎」がお好きなのですか?
 そこははっきりさせときたい。よくここまで激しく嫌えるなという意見は、ツイッターでも2ちゃんでもほとんど
聞かなかった感想なので・・・。むしろ愛があるとか言われました・・・。激しく嫌っていたら、あんな長文書かないでしょ・・・。別にそんな「殺したろか!」って思うぐらい嫌ってなんかいませんよ。ちょっと嫌いぐらいじゃないですかね・・・。
May 25 [Sat], 2013, 3:25
病院の白廊下
返信読みました、ありがとう。
やっぱり質問自体には答えてもらってないけど、それは意図的ですか?

説明してもらって、少し理解の手がかりができました。
あのamazonのレビューは、ネタと主張に分かれてて、ネタ8割・主張2割って感じなのかな。

ネタ:村上春樹のセンスの独特さを、面白く加工する(バカにして笑いを取る)。
主張:普遍的な励ましのメッセージ送るなら、もっといろんな境遇の人の内面に目を向けろや。

ネタの部分について。
AKBや織田裕二のモノマネをテレビでやってる芸人や、BLEACHや刃牙のマンガ感想をネットに書いてる人みたいなもので、対象のアラを逃さず捕えて、面白おかしく加工することが目的。
だからネタの部分に深くツッコむのは、少し的外れになる。モノマネ芸人にファンが本気で怒るようなもの。
この部分は主張というより、芸の側面が強い。

主張の部分について。
「ボクがこの小説を書くなら、下でも言いましたけど非リアとかもリア充とかも含めて、上も下もいろんなタイプの人間を出して、清も濁も一緒くたにしたひとつのヤミ鍋みたいにすると思うんですよね。村上作品の特有のノリがわかってる人たちだけ出さずに、いろんな人間を出して初めてこういうメッセージが際立つんじゃないかと思うんです」
これって群像劇ってやつですか? あまり親しみがないけど・・・
自分の理解では、上記の主張は「このテーマを描くにあたっては、村上春樹の採った手法は不適切あるいは未熟である。よりよい手法は、群像劇風に描くことである」ってことだと思うんだけど、そういうこと?
主張については自分なりの消化ができてないので、あまりスッキリしません。

あと、自分は最初にあなたのレビューを読んだとき「よくここまで激しく嫌えるな」と思ったんだけど、それは芸だったということでいいのかな? 自分で「芸の側面が強い」とか書いといて何だけど。
あれが素直な感情の露出なら、また理解が少し変わりそうなので。

May 24 [Fri], 2013, 15:24
ドリー

 岡田英二さんへ

 コメントありがとうございます。
 運良く本が出せたらぜひ買ってください。
 しかし評論ではなく、基本ギャグレビューの体裁になるかもしれません・・・。
 
May 24 [Fri], 2013, 5:52
岡田英二
村上春樹さんの著作を初作からほとんど全部リアルタイムで読んできた者です。(いい歳してます)
今回のアレはもうちょっと落ち着いてから読もうと思ってました。
あなたのamazonとここの文章を読んで、明日でも本屋で買って読む気になりました。

あなたの批評も、とても興味深いです。
めったに無い良い『評論』を読ませてくれて、ありがとうございます。
あなたの本が出版されることを望みます。
あなたの本や批評も全部読みたいです、必ず買って読みます。

ありがとうございます。
May 24 [Fri], 2013, 2:49

 Cet255

 怖くなる・・・のはわかります・・・。
 というか怖くなるの遅いよ!!!
 ボクだって、大学辞めた時から、もう博打みたいなもんは覚悟してたから
 日々眠れなくて(嘘だけど)ほんとストレス性の腸炎になったりしたんだよ!
 Cet255さんもそのぐらいは行って欲しいよね!
 粘着だなんて思ってないですよ。
 ただCet255さんは若いのに、すごい自分の考えをもってて
 ちょっと他人事ながら同世代と話合うのか・・・って思ってしまった。
 ブログとかやらないんですか? ちょっとCet255さんの書く書評は、一読してみたいですな。

 hisさんへ

 いや・・・なんか春樹効果でアクセスは一瞬だけ上がったんだけど
 今絶賛下降中・・・。
 けっきょく春樹の記事だけうけて、ブログの評価は得られなかったのよね・・・。
 ほんとあれが人生のピークだったわ・・・。
 これからも小物ブロガーだよ・・・。これからもずっとな・・・。
May 23 [Thu], 2013, 5:21
his
読み直したら、結構キレと個性のある文書に変わってるやないか!
面白かったわー。
まぁードリーもおれなんかと比べものにならない大物ブロガーだしねー。
これでブログの記事が更新遅くとも、文句も出てこないはず!!

おれもドリーみたいに面白い文書書けるようになりたいわー。
May 22 [Wed], 2013, 4:34
Cet255
十万字というのは一つの作品に当てた文字数ではないですね、複数の作品に関して書いたり消したりを繰り返して……それくらいですね。

その内で完成させられたのは一作品くらいです。去年の十月くらいから書いていて、少年少女のグループが、ある事件を切掛にダメになっちゃうという話です(どこかで聞いたような話ですね)。
初稿と第三稿(途中でボツにしました)をそれぞれ友人に見せたのですが、正直評判はよくなかったです。というわけで、現在第五稿を遅々としたスピードで書いています。

ところでドリーさんと会話をしていて、かなり大きな不安に襲われました。自分はちゃんとモノになるのであろうか……と、かなり悲観的な気分になりますね。十時くらいに床に就いたのですが、三時間程で起き出してきてしまいました。
まあとりあえず生きてる限りで可能性はゼロではないので、適当に頑張るしかありません。

何というかドリーさんの書いた記事を読んでいると、自分がいわゆる「しゃべり場」に出てくるような戯画化された――若いという以外に取り柄のない――人間のように思われてきますね。いや、でも俺はここで消えるわけにはいかないのだ……よく分からんけど消えるわけにはいかないのだ……と自分を納得させながらに、やっていきたいと思っております。

ここ数日の間、粘着質に、随分失礼なことを申し上げたと思うのですが、敢えて謝罪はせずにいたいと思います。
ドリーさんは、今回の件で何らかの切掛を掴めたのではないでしょうか。
いずれ更なる成功をされることを、本心から祈っております。それでは。
May 22 [Wed], 2013, 2:56

 Cet255さんへ

 ああこれですね。でも書いちゃダメなんて書いてないですよ。
 書きたい人は書けばいいし、書いてる小説は悪だ!なんて言ってない。
 たださっきも言ったとおり、苦しみをただ愚痴っぽくたれながしても、他人からしたら
 「知らんがな」の一言で終わる可能性もあるから、そこをもうちょっと工夫しないといけないっていう趣旨の内容なんですけどね。茶化すっていいましたけど、別に自分の苦しみ自体を茶化して、ごまかすんじゃなくて、作品として見栄えのいいように昇華させるという意味での茶化しです。茶化しって言葉が悪かったか・・・。工夫のほうがいいな・・・。

 とりあえず年齢はドリーさんと同じっすね。大学卒業後に特にやることもなくブラブラしてる系男子です。唯一の希望といえば出版社への小説投稿くらいなものですが、とはいえ執筆速度はそれほど速いわけでもなく、気が向いた時に千文字かそこらを書く程度ですかね。今年入ってから十万字強くらいは書けたかどうかって感じです。

 ということはフリーター? 自分と境遇が似すぎでワロタ。
 23歳かぁ・・・。知的教養の差から推測して35ぐらいかと思ってたわ・・・。すげぇ・・・。
 10万字とか・・・原稿用紙何枚だよ・・・。どんな話? 誰かに読ませました?
 

 
 
 
May 21 [Tue], 2013, 6:34
Cet255
む、下で挙げた記事に書かれている、「自分について書く」っていう言葉を「苦しみついて書く」に置き換えて読んじゃったみたいですね。いや、でも文脈的にそう読んでもいいはずだ……多分。
May 21 [Tue], 2013, 5:09
Cet255
http://yaplog.jp/akita0106/archive/78
この中盤くらいですね。引用文を使いながら「苦しさの吐露」を批判している文章があります。
あと、苦しみを表現するにしても茶化したりした方がいい、ってなことが書かれてます。何かその辺も個人的には邪道に感じちゃうわけですよ。

ところでブログ通読者にはそんな恐ろしいしきたりがあるんですか……? 恐ろしい。

とりあえず年齢はドリーさんと同じっすね。
大学卒業後に特にやることもなくブラブラしてる系男子です。唯一の希望といえば出版社への小説投稿くらいなものですが、とはいえ執筆速度はそれほど速いわけでもなく、気が向いた時に千文字かそこらを書く程度ですかね。今年入ってから十万字強くらいは書けたかどうかって感じです。

目指してるのは、カフカ的な文学をもっと平易に、若者向けに書くってことです。文学に高尚さは要らなくて、問題はどれだけ平易にストレートに書けるかなんじゃないかと思います。
こんなところですね……。

文学っていうのは結局、不幸自慢か、不幸克服自慢の二つに絞られると思うんですよ。
そこで自分の不幸がどれだけ普遍的な不幸かっていうことも問題になるんですけれども、まあその辺りもテーマに混ぜ込んでいきたいなあ、と思ってますね。
May 21 [Tue], 2013, 4:55

 Cet255 さんへ

 Cet255 さん!
 「自分の苦しさとかを表現しちゃダメ」とか、「有名になった人間でも無いのに苦しみを書いちゃいけない」
 とかいったいどの記事に書いてました!?
 そんなこと言ってましたか!??

 むしろ真反対の一枚看板を掲げてると思うんですけど・・・。
 苦しみなんかどんどん書いたらいいし、苦しみ以外に何書くことある?ってぐらい思ってますよ!?
 ただその苦しみを、面白さとして提供できるかどうかだなーって言ってるだけで。

 苦しみを書いちゃいけないなんて言ってる奴がいたら、連れてきてくださいよ。ボコボコにしますから。
 あとCet255 さん!苦しみつながりで言いますけど、もしこのブログに定期的にコメントしてくれるなら、ある覚悟を持ってください。このブログでも再三言ってますけど、自分のことを喋らない人が多すぎるんですよ・・・マジで・・・。苦しみを書くなら、自分のことをしゃべれるようになるのが大前提ですから、これからCet255 さんにどんどん質問するかもしれないですけど、「どういう仕事に就いてるのか」「何歳なのか」とかね。まぁ定期的にコメントしてくれる方には、かならずどんな人間か言ってもらってますんで、そのセレモニーは覚悟しといてください。べつに変なことは聞かないですからね。ただあなたという人間が知りたいだけで。
May 21 [Tue], 2013, 4:05
Cet255
うーん。何かそう掴みどころのない反応だと面白くないですね。
もっとこう、何ていうのかな。真に迫った「不健康さ」が欲しいんですよ。

何かドリーさん、昔に書いた文章の中に。
「自分の苦しさとかを表現しちゃダメ」みたいなことを書いてたと思うんですけど。

そんなことは無いんじゃないかな。
というかむしろ、優れた作家は優れて苦しみを表現できる作家なんだと思うんですよね。
茶化したりすることなく、真っ向から悲しみとか苦しみを扱うからこそ大作家だし、転じて言えば、そういう苦しみとか悲しみを持ってない人間が下手に苦しさとかを書こうとするとダメになる、ってだけの話なんじゃないでしょうか。
だから、苦しみを書いたりすることから逃げちゃ駄目だと思うんですよ。
苦しみを書こうとして、結果としてダメな文章ができたとしても、それはその人の才能が無かったか、あるいはまだ文章の練習が足りないだけってことで、「苦しみを書いちゃダメ」なんてルールは存在してないんじゃないかなあ。カフカもキルケゴールもニーチェも自分の苦しみを書きまくってるけど、結局は世界に目茶苦茶愛されてますからね。村上春樹もそうですよ? 「有名になった人間でも無いのに苦しみを書いちゃいけない」とかも書いてましたけど、でも村上春樹のデビュー作のテーマは明らかに苦しみとか絶望ですもんね。その辺どうですか? ご自身に「才能がある」と言い聞かせているなんて仰られる割には、何かその辺に対する真摯さというか必死さが足りないような気がします。バカにされてもいいからもっと苦しみを書きましょうよ。それでダメなら練習が足りないのか、単に才能がないだけなんですよ。
May 21 [Tue], 2013, 3:11

 シュガーさんへ

 非成功者は、「成功していない」というただその一点において、成功者に勝っています。富や名声、権威などを獲得できないことこそが、自らのアイデンティティのようなところがあるのではないでしょうか。「見下されてるんじゃない、見上げているんだ」といったところでしょうか。

 これは書かなかったけど、その通りだと思う。
 非リアがリア充に勝てる唯一のものって、「お前らより苦渋を舐めてるぞ」みたいなところだと思いますな・・・・。
 それが自尊心のよりどころというか、屈折したプライドみたいになってるフシはありますね・・・。
 というかこれは、ボクそのものですよ・・・。春樹作品を馬鹿にしたのも、結局、こういうプライドが発端だったのは認めざるをえませんな・・・。

 小説のことなんですけど。春樹ブームのてんやわんやで実はまだ読めてないの・・・。
 6月の初旬までにはかならず読みます・・・。もうちょっと待っててくれ・・・。

  ピロ式さんへ

 ピグに入れるようになったら、
 下にピグともって項目があるのよね。そこに検索ってところがあるんで、
 それがだせたら、そこに「堕天使ドリ子」とうってもらいたい。
 それがボクですから、ピグ友申請しといてくれ。
 もしなんかわからないことがあれば、プロフィール欄にあるメールか、ツイッターのダイレクトメッセージで
 聞いてちょうだい。

 近いうちに会おう。
May 21 [Tue], 2013, 3:04

 ぞうりむしさんへ

 コメントありがとうございます。
 いや批判意見はね。むしろありがたいんですよ。
 怖いですけど、自分の考えがはっきりしてくるし、自分が無意識に隠そうとしていたところ
 ズバッと言い当てられたりすると、これはまずかったなって反省できたり・・・。
 むちゃくちゃ怖いんだけどね。同時にありがたい・・・。批判意見にはムカツクけど、感謝しています。

 大学の講義はそのオシャンティーさをアイデンティティの崩壊とか、喪失経験の意味・価値転換だとか言われて、お…おん…。と単位取得のため、首を傾げながらそれに沿ったレポートをシコシコ書きました。

 オシャンティーさが、アイデンティティの崩壊? 喪失経験の意味、価値転換・・・意味がわからない・・・。
 ボクもその講義うければオシャンティーさを容認できるようになるんでしょうか・・・。
 
 そんな所にドリーさんのめちゃくちゃ面白いレビューがどーんと爆発していて、「あーこういう風に思ってもいいのだなー」と笑いながらとても楽になりました。

 今更感って言われたわりには、ツイッターとかの反応とかみると「言いたいこと言ってくれた」とかいう意見が多かったですね・・・。みんなけっこう言いたいこと言えない性格なのね・・・って。

  Cet255さんへ

 いや、そうです。
 実は、ボクこそ健康そのものな人間なんですよ・・・。
 こうやってモノを書いてガス抜きしてるし、精神疾患にだってかかったことない。
 ネガティブネガティブって言われますけど、ほんとにネガティブだったら無気力になってますから・・・。
 ちょっとネガティブというか、ちょっと心に陰のある人が、なんだかんだいって一番健康のような気がしますな・・・。
 それに怠惰なところはありますけど、不運でもないですからね・・・。勉強ができなかったことと、運動神経がないことと、女にモテないぐらいでしょ、あるとしたら。あ、めっちゃあるわ・・・。
May 21 [Tue], 2013, 2:46
ピロ式
ドリー兄貴

ピロ式です。舎弟にしてくれてありがとうございます!
ピロ式は喜んでドリー兄貴の鉄砲玉になりますw
兄貴はいろいろ大変かもですが、僕みたいなおバカな舎弟もいるんで大丈夫ですよ。

ピグやります。バイト終わったらチャレンジしますね。僕、今日からスーパーで深夜バイトしてるんです!
May 21 [Tue], 2013, 1:07
シュガー
コメントさせていただきます。
 つまり村上春樹の小説の主人公のどこが好きになれないのかというと、例えば世のなかを光と闇に二分したなら、間違いなく光の側の人間が、闇の側にきてその闇の側にいる自分をあたかも闇の側の人間だと振舞うようなところにあるのではないかと思います。これは勝者と敗者という極端な言い方をしてもいいですし、砕けた言い方をすれば「リア充」と「非リア」です。
 非成功者は、「成功していない」というただその一点において、成功者に勝っています。富や名声、権威などを獲得できないことこそが、自らのアイデンティティのようなところがあるのではないでしょうか。「見下されてるんじゃない、見上げているんだ」といったところでしょうか。
 これは昨今の「オタク」と呼ばれる言葉にたいしてのハードルが以前と比べればさがり、あたかもそれをステータスのように振舞っている人間が見られるようになったのと同じことだと思います。2ちゃんねるもそうです。細々とやっていた日陰ものたちのあつまりだったのに、今ではまとめサイトなどの影響もあり、だれでもそこに足をふみいれ、空気を味わうことができます。
 つまり元々闇の側(だと自分に酔っている痛い人間)から言わせてもらえれば、自分たちだけの(と思っている)住処を踏み荒らされていることになるのではないでしょうか。そこに村上春樹の小説の主人公を好きになれない理由の一端があるのではないでしょうか。「ここは俺達非リアが非リアでいられる居場所なんだから、リア充はさっさと出て行け」と。
 長文失礼。
May 20 [Mon], 2013, 23:12
Cet255
>こんな巷に散乱したやすい自己啓発本みたいなメッセージで元気づけられる人は、もともと健康な人だと思うのです

ふと思って書き込みたくなったんですが
多分、ドリーさんも「健康な」人なんだと僕は思いますよ
まるでトニオ・クレーゲルみたいな話ですけれども(笑) 僕にはそう思えますね

ドリーさんは、単にちょっと怠惰なところがあって、それから人よりちょっと不運なだけで、もともとは幸福な人だし、そして健康な人間なんじゃないでしょうかね
May 20 [Mon], 2013, 19:07
ぞうりむし
ドリーさんのレビューを読んで、モヤモヤを吹っ切れたぞうりむしです。
他の方も仰ってますが、文学に対する感じ方は人それぞれで、ドリーさんのレビューを批判してる人はその大前提がよく分かってないと思います。
これだけ反応があると、また色々な批判などあるかと思いますが、あんまり気にしないでくださいね。

ここからは私の自己満足で長いコメントを書きます、ごめんなさい。
大学の一般教養枠、文学の講義で村上春樹作品を読んできました。多崎つくるも古本屋でみつけたら読みます。
私の村上春樹に対する感想は、
「この人こんなに面白い事も書けるのに、なんでこんなにキモいんだろう」
というモヤモヤでした。
例えば『ねじまき鳥』で、満州のことを老人が淡々と語る場面は本当に引き込まれました。とにかくあらゆる描写が上手くて、拷問のシーンは泣きながら読みました。『かえるくん』だって自己犠牲についてまったく清廉に描き切っているなあと感動しました。
しかしそれ以外の、ドリーさんの言葉を借りると、オシャンティーな描写が気持ち悪くて気持ち悪くてたまりませんでした。こんな男とは一生関わりたくねえーとサブイボが出る始末です。
大学の講義はそのオシャンティーさをアイデンティティの崩壊とか、喪失経験の意味・価値転換だとか言われて、お…おん…。と単位取得のため、首を傾げながらそれに沿ったレポートをシコシコ書きました。
そんな所にドリーさんのめちゃくちゃ面白いレビューがどーんと爆発していて、「あーこういう風に思ってもいいのだなー」と笑いながらとても楽になりました。村上春樹は苦手というと、今まで鼻で笑われる雰囲気(最高峰の日本文学になに言ってんだコイツ的な)だったので、それにモヤモヤしてたんだなあと思いました。
これからは、もう少し村上春樹を気軽に、ツッコミながら読もうと思います。
これからの楽しい読書の時間をありがとうございました。
May 20 [Mon], 2013, 12:39
 
 病院の白廊下さんへ
 
 たぶん、教養とかスマートさに対する劣等感があるんだと思って。多崎にはなりたくないだろうけど、多崎の持っている素養のいくつかには羨望があるのでは?

 それはありますよもちろん。でも上の記事に書いてますけど、それだけで叩いてたんじゃただの非リアの僻みで終わるじゃないですか。

 オシャンティーで人を無視して除外しときながら「1つだけの花」みたいなこと言ってやがって・・・っていう、そこまで強烈に思うのって、何で? 俺のことを無視せずに、もっと見ろってこと?

 ボクがこの小説を書くなら、下でも言いましたけど非リアとかもリア充とかも含めて、上も下もいろんなタイプの人間を出して、清も濁も一緒くたにしたひとつのヤミ鍋みたいにすると思うんですよね。村上作品の特有のノリがわかってる人たちだけ出さずに、いろんな人間を出して初めてこういうメッセージが際立つんじゃないかと思うんです。俺のことを無視するなももちろんありますし、村上作品の特有のオシャンティーイズムに乗れなかった人達を全部出していたらラストのメッセージは、素直に心に届いたと思うんですよね。

 「全てを悪く解釈することを止め、相手の感性を尊重して、受け入れられるようになってください」
 自分はムリです。自分で書いたんだけど。


 いやボクはべつにこの小説に感動したって言ってる人を否定なんてしないですよ。爆笑問題の太田さんみたいに読んでる奴はバカなんて言ってないですし。病院の白廊下さんがあの小説に共鳴したことに何の文句も不満ないです。ただ自分の感想を言っただけであって、この小説に感動した、共感したって言ってる人に、「こんなクソな小説に感動してんじゃねーよ」なんて言ってませんし、強制もしてません。
 
May 20 [Mon], 2013, 5:59
病院の白廊下
「どうして他人の善意の言葉を、素直に受け入れられないんでしょう」
なんで?

「全てを悪く解釈することを止め、相手の感性を尊重して、受け入れられるようになってください。相手のことが羨ましいなら、相手を貶すのではなく、自分がそうなれるように努力しましょう」
たぶん、教養とかスマートさに対する劣等感があるんだと思って。
多崎にはなりたくないだろうけど、多崎の持っている素養のいくつかには羨望があるのでは?
そうだとしたら、上記の正論について、どう答えるのか聞いてみたい。

「この作品がダメだと言うのは、この作品のせいではなく、読む人に問題があるのではないでしょうか?」
どういう問題があるのかって考えてるんですが、そこがよく分からない。
オシャンティーで人を無視して除外しときながら「1つだけの花」みたいなこと言ってやがって・・・っていう、そこまで強烈に思うのって、何で? 俺のことを無視せずに、もっと見ろってこと?

「全てを悪く解釈することを止め、相手の感性を尊重して、受け入れられるようになってください」
自分はムリです。自分で書いたんだけど。
でも正直、ここのレビューみたいに、苛烈なまでに拒絶することもムリだけど・・・。
そういう芸風なのかもしれないけど、ドリーさんは上記の正論みたいな態度を心がけようとは思わないですか?

先の投稿は、上3行以外、自分が他人から言われてきたことなんだけど。
あなたみたいな人って、どう答えるのかなーと思って。

May 20 [Mon], 2013, 5:32
 
 病院の白廊下さんへ パート2
 
全てを悪く解釈することを止め、相手の感性を尊重して、受け入れられるようになってください。相手のことが羨ましいなら、相手を貶すのではなく、自分がそうなれるように努力しましょう。

 相手って誰のことですか? 多崎つくる?
 多崎つくるになりたいんですかボクが? なりたくないですよ・・・こんなスカシ野郎。

 この作品がダメだと言うのは、この作品のせいではなく、読む人に問題があるのではないでしょうか?

 すべての小説がそうじゃないですか。この小説が好きってのも読む人の問題だし、嫌いってのも同じことでしょう。だいたい小説を書いて、自分とは来し方も感性も違う赤の他人に読ませるんですから、どういう読み方をされてもそれは抗しがたいんじゃないですかね。全てを悪く解釈することを止め、相手の感性を尊重して、受け入れられるようになってください。この言葉をそっくりそのままあなたにお返しします。
May 20 [Mon], 2013, 4:21
 病院の白廊下さんへ
 
 長くなったので二つに分けます。

 どうして他人の善意の言葉を、素直に受け入れられないんでしょう。「あなたはそのままでいいのよ」とか「自信と勇気を持って」とか、悪い言葉じゃない、優しい言葉かけでしょう?そんなにショックな反応するほどじゃないと思うけど・・・。こういうメッセージは、素直に共感できる人が殆どだと思いますよ。だから求められているんだし。

 メッセージ自体に悪意はないのはわかります。このメッセージを受け取って、元気になったって人を馬鹿にするつもりはありません。でもこんな巷に散乱したやすい自己啓発本みたいなメッセージで元気づけられる人は、もともと健康な人だと思うのです。「自信と勇気を持ってー」って言われて、簡単に自信と勇気が持てる人っていないんじゃないですかね。そもそも自信ってそんな他人から「持ちなさい!」って言われて持てるもんじゃないし、こんな励ましで持てるようになるなら、そもそもそんな自信喪失してないとボクは思うんですけど。それに共感した人が多いなら、あんなにアンチはいないし、僕のレビューに2万も参考になりましたとはならないと思うのですが。

 普通に読めば、この作品は「希望がある」と感じられるのに、どうしてこんなに貶すんでしょうか。

 希望ありましたか?この小説に。むしろ沙羅に振られたら自殺するだろうって主人公に言わせといて、その決定を先延ばしにして終わるという、ひじょうにどっちつかずな結論だと思ったのですが・・・。
May 20 [Mon], 2013, 4:20
 
 ピロ式へ

 ピロ式くん、
 君は可愛いな・・・。ピグやらないか?
 俺の舎弟になれ。

 ぺりかんなすびへ

 ありがとうございます。
 映画これ見て欲しいってのがあったらおっしゃってください・・・。
 頑張ってみます。

May 20 [Mon], 2013, 3:59
病院の白廊下
長くてよく分からない。
高校中退の不細工無職童貞が、私大医学部の裕福なイケメンエリートに励まされて、内心ちょっと傷ついてしまったみたいなこと?

どうして他人の善意の言葉を、素直に受け入れられないんでしょう。
「あなたはそのままでいいのよ」とか「自信と勇気を持って」とか、悪い言葉じゃない、優しい言葉かけでしょう?
そんなにショックな反応するほどじゃないと思うけど・・・。
こういうメッセージは、素直に共感できる人が殆どだと思いますよ。だから求められているんだし。

相手は何もしていないのに、自分で勝手に僻んで、妬んで、傷ついて、暴れるっていうのは、やられた相手にとっては意味不明で理解不能です。
この作品に自然に共感できた人からしてみれば、変な人がいきなり訳の分からない罵声を飛ばしながら、自分たちのテリトリーに突っ込んできたようなものです。
普通に読めば、この作品は「希望がある」と感じられるのに、どうしてこんなに貶すんでしょうか。
それも、ごく個人的な理由で。それって、悪いのは作品のほうではないですよね?
嫉妬される側に、まったく落度がないとまでは言いませんけど・・・。

そうやって他人を僻めば僻むほど、自分で自分を苦しめているんじゃないでしょうか。
全てを悪く解釈することを止め、相手の感性を尊重して、受け入れられるようになってください。
相手のことが羨ましいなら、相手を貶すのではなく、自分がそうなれるように努力しましょう。

この作品がダメだと言うのは、この作品のせいではなく、読む人に問題があるのではないでしょうか?
May 20 [Mon], 2013, 3:24
ぺりかんなすび
自分のなかの違和感を的確に(違うのかもしれないですけど)言語化されてて、それが僕の共感を促すようなものであったので、面白かったです。村上春樹作品を読んでもいないんですけど。
僕は小説に興味が全くないのですが、このブログは定期的に見にきたいと思います。
映画は好きなので、レビューしてくだされば嬉しいです。
May 20 [Mon], 2013, 2:38
ピロ式
ドリー兄貴
はじめまして。ピロ式と申します。兄貴だなんてなれなれしくてすみません。僕はドリー兄貴の…失礼しました!兄貴を自分の後にしてしまいました!やり直します。ドリー兄貴の僕は2コ下で、非モテで、大学中退ニートなんで、勝手に兄貴と慕わせてもらってます。気に入らなかったら遠慮なく破門にしてください。

兄貴の決めゼリフ「だってあれだぜ」、ハルキの「やれやれ」のテラ倍カッコイイです。これからも分泌活動がんばってください。勝手に応援させてもらってます。ホントなれなれしくてすみませんでした。これにて失礼します。
May 20 [Mon], 2013, 2:05

 まるちゃんへ

 非モテの文化史おもしろそうね。
 これ読んでみる。ほんとに非モテじゃなかったらぞっとしますよ。
 リア充だったら、たぶん、文章なんか書こうとも思わなかったでしょうし。
 モテないことで得た財産ですね。
 春樹の書評がウケても、彼女なんかできないでしょうから、今後も非モテ路線は貫いていきますよ。
May 19 [Sun], 2013, 4:44
 
 MOyoMOTOさんへ。

 そもそも作品について語るのに、自分という主体を軸とせずに語るなど到底不可能なことです。

 その通りなんですけどね。でもなんか文学通の人たちは我が物顔で「小説に共感など求めるな!」って
言ってくるんですよ! 自分を殺して批評してこそ、本当の批評だ、みたいな。自分殺したら語れないだろ・・・って思うんですけどね・・・MOyoMOTOさんみたいにスパッと言い切る勇気がないんです・・・僕には・・・。

 「俺のレビューの批判をするくらいだったら、俺のレビューより面白い、『田崎つくる〜』を褒めちぎった文章でも書いてみやがれ!!」

 なるほど!その手があったか・・・。その一言で充分だったな・・・。
 というかアマゾンレビュー見てると、ハルキストの書く文章って退屈だよね・・・。
 あれでは票もらえないわ・・・。

 特に、北野武の『ソナチネ』に関する文章には「なるほど!」と思わされました。

 この記事読み返したら、文章がクソすぎて吹いた・・・。
 twitterやってるんですか? あとでフォローさせてください・・・。


 
May 19 [Sun], 2013, 4:41
まる
ドリーさん、興味深いレビューとこの続レビューありがとうございました。
本来志していらっしゃると思われる小説ももちろんですが、書評や日々思うことなどそれ以外の文章でも成功できそうな方ですね。
ところで、ドリーさんのよ文を読んでいて、前に読んだ「非モテの文化史」という連載を思い出しました。
ドリーさんならもっとおもしろく書けそうですが・・・時間があったら読んでみて下さいね。
「第1回 「元祖D.T.」トニオ・クレーゲルの巻」
http://media.excite.co.jp/book/daily/thursday/001/
残りの連載は、上記URLの最後の001を002、003と直打ちして増やしていけば読めます。
ドリーさんの非モテ書評、これからも楽しみにしています!
May 18 [Sat], 2013, 20:35
MOyoMOTO
 ドリーさんはじめまして。MOyoMOTOと申します。
今回の『田崎つくる〜』レビューより、ドリーさんのファンになった者です。

 率直に言いますと、例のレビューに対する批判は、ほとんど気にする必要がないように思います。
よくよく見ると、「自分の境遇や価値観と比べて作品を語るな」と言っている人たちこそ、自己矛盾していることにまったく気付いていません。「オシャンティーな孤独に共感してもいいじゃないか」ということも、自分の共感のそれと比べて語っているに過ぎないのですから。そもそも作品について語るのに、自分という主体を軸とせずに語るなど到底不可能なことです。

 要するに好みの問題なんですよね、これは。
ドリーさんのレビューは確かに作品を貶す文章でした。しかし、読み物として抜群の面白さがあったからこそ、Amazonで多くの参考になった票を獲得し、毀誉褒貶様々な反応を惹起するに至ったのでしょう。

 「俺のレビューの批判をするくらいだったら、俺のレビューより面白い、『田崎つくる〜』を褒めちぎった文章でも書いてみやがれ!!」
そのぐらいの態度で構えていればいいと思います。ドリーさんのレビューに寄り添い寄生するような形で作品を語っている時点で「その程度」な文章なのですから、いちいち目を通す必要はないでしょう。いらぬ影響を受けてしまいかねないですよ。


 話は変わりますが、ドリーさんのブログの映画批評も楽しく読ませていただいています。特に、北野武の『ソナチネ』に関する文章には「なるほど!」と思わされました。自分もTwitterで映画についてちょこちょこ書いたりしているのですが、ドリーさんは良いと思った点も悪いと思った点も的確に掬い取り、そう感じた理由を文章に上手く落とし込んで表現しているので少し嫉妬しました(笑)なのでブログの方でドリーさんの映画評が増えるといいな、などといつも期待しています。

ともかく、今後の創作活動もがんばってください!ファンの一人として応援しております!
May 18 [Sat], 2013, 6:15
ドリー

 我輩は名無しである。名前はまだ無い。さんへ

 そんなことはないです。ブログに書きなさい。思いの丈を。
 誰かが発見してくれます。


 his さんへ

 あれでしょ。。。
 グレードギャッツビーとか・・・。
 あのへん、一ページ読もうとしても、苦行ですわ・・・。
 外人が、外人同士で、ラブラブしたり、別れたりする話でしょ・・・。
 愛し合ってんじゃねーって切り口になりますわな・・・。おのずと。


 七四へ

 面白くないなら自分で書いてみたらどうですかね。
 ボクはいつもそうしてます。

 

 
May 18 [Sat], 2013, 0:26
ドリー

 かつをへ

 まぁ今完全に火がついてますからな・・・。
 あと四日ぐらいしたら、フツーにいつもどおりのあの閑散としたブログに戻ると思う。
 人が増えると、その分来るひとのレベルが高くなって、俺もキャパ超えして死にそうなんだよ・・・。
 コラムはねぇ・・・まぁおいおい。ちょっとある企画がうまくいけば・・・なんですけど・・・。
 まぁ時期を見ておいおいね。うまくいかないかもしれないから。

 ヤマネコへ

 ピグネタやりたいんだけど、
 もっと需要見いだせないかなあれ・・・。
 つくる労力と反応がうまく釣り合ってない感がすごいわ。
May 18 [Sat], 2013, 0:18
七四
何か今回も面白い記事だったとかいってるやつらおるけど
どこが面白いの・・・?
信者獲得早いなー
May 18 [Sat], 2013, 0:07
his
村上春樹作品全部切るなら、村上春樹が憧れる海外文学も切ってよね。
特に村上春樹が邦訳してるやつと、違う人がしてるのもチェックして、その差で切ってよね!!
村上春樹は読んだことないけど、村上春樹が邦訳したティファニーで朝食をわ結構好きなんで!
May 17 [Fri], 2013, 19:08
我輩は名無しである。名前はまだ無い。
>>褒められたら褒められる分だけ不安の要素がでかくなってくるっていう・・・。
>>誰にも相手にされない時期はつらかったけど・・・こっちもつらんだって・・・やっと分かりました。

一方読者は、好きな作家に対して買い支える以外に何も出来る事は無いのだと自らの無力を呪うのですね・・・。
May 17 [Fri], 2013, 18:34
ヤマネコ
ドリーさんて早起きなんですね。それともこれから寝るところ?
ピグネタまってますのでよろしくお願いします。
May 17 [Fri], 2013, 16:10
んなげぇ!

ブログ記事はともかくコメントの伸びが凄過ぎてついてけないよ。

今までのドリーブログはコメまでつぶさにチェックして来た俺だけれども、このコメ応酬は読みきれんですわ。しかも内容が難し過ぎて俺の脳のキャパ超えちゃってるわ。

ところでこの祭りに更に火がついて、何かしらの雑誌とかでコラムとか書けるようになればいいのにね。

ps.真夜中ゆきさんお元気ですか?俺は元気です。ただ眠いです。
May 17 [Fri], 2013, 9:08

  野良猫さまへ

 海辺のカフカ読んでねぇ・・・。
 舞城王太郎やばいですね・・・。「鼻クソご飯」って・・・もうタイトルで充分です。
 これが出オチってやつですよ・・・。山田詠美氏の「学問」はちょっと自分にとっては未知ですな・・・。
 というか山田詠美さんがかなり未知なので・・・合うかどうか・・・。
 というのも山田詠美さんがなんかのエッセイで「童貞はモノを知らないサイテーなやつ」って言ってて
 童貞のボクは憤慨して、それ以来山田さんの本は絶対取るまいと心に誓ってしまいました・・・。
 全国の童貞に謝罪してくれたら、ボクも手が出せると思うんですけど・・・。

 
 Cet255さんへ

 村上作品の全レビューはやります。
 ちょっと今ある企画が進行してまして、うまくいけば全レビューできるかもしれません。
 ただ表層ツッコミなんでね。売りが。面白いってことだけが担保ですよ。
 でも村上春樹に影響されるって想像つかねぇな・・・。あんのかなそんなこと・・・。
 
May 17 [Fri], 2013, 7:34

 こんな記事がさんへ

 ハルキアレルギーとのことですが、とっちゃん坊やみたいな顔は許してあげてください。
 本人に罪はありません。
 フツー、外人って日本のオリエンタルな部分に注目しますけど、
 春樹御大の作品にいたっては、なぜかバタ臭い部分と日本的な融合に感応してきてるっぽいですね・・・。
 フツーは日本人がそんなことしても失笑されて終わるんだけど・・・。なぜか村上春樹にいたってはモノマネが
高く評価されたという・・・。ここらへんのことは詳しくないですが・・・でもほんと外人にウケてなかったら、村上春樹ってそうとうこっぴどい状況にいたんじゃないかと思ってしまいますなぁ・・・。

 カリンさまへ

 天狗になりたいんですよ。ボクも。
 ところがね。生粋のネガティブ思考なんだと思うんですけど。
 天狗になろうとすると「これが人生のピークだ・・・こっから落ちてくぞ落ちてくぞ・・・」って
 ずーっと耳元でね・・・。ネガティブ婆さんがね。
 そしたらだんだん冷めてきて、褒められたら褒められる分だけ不安の要素がでかくなってくるっていう・・・。
 誰にも相手にされない時期はつらかったけど・・・こっちもつらんだって・・・やっと分かりました。


 
May 17 [Fri], 2013, 7:25

 ko さんへ

 ドリーさんの文章は、(あのレビューもそうだけど)、とても愉快な躍動感に満ちているので、いちばんやっかいな他者批判という要素が消滅して読める。

 面白ければ許されるというやつですな・・・。
 というかそこしか武器がないんですよ・・・。

 老人と海には重厚なテーマがありますが、そこにわざと相対させているからこそあの一言が映えるんだと思います。二重性というかギャップが笑いに昇華されるというのは、人の精神性の豊かさを象徴している。ドリーさんの営みは、その人の精神性の豊かさに確信を得て、それに基づいて発信されている。だから素晴らしい。

 それは褒めすぎです・・・。
 まぁ格調の高いものを、こっちに引きずりおろして、笑いに転化させるという技はボクも好きなので
 今後もたくさん披露させていただきますが、面白いと言われるうちが華ですよ・・・。
 いつか言われなくなる日が来るんですから・・・。
May 17 [Fri], 2013, 7:11
Cet255
下の方が書いてる文章を見て思ったのですが、村上春樹の小説を読んで次々にけちょんけちょんに批判していくというレビューシリーズを作ったら面白いのではないでしょうか。
しかし、amazonのレビュー欄でこれをやると流石に営業妨害か何かの咎でナニされる可能性もありますので、ブログ上でやった方がいいかもしれません。

ただ、村上春樹は――ファンの贔屓目を含めて言えば――あまり凡百な作家とは言い難いタイプの作家です。下手にその作品群を読みこんだりすれば、却ってドリーさんが影響を受けてしまって、ドリーさんが本来目指している小説の方向性を逸らされてしまう可能性があります。(無論、可能性があるというだけですが)。なので、もしそういう作業に取り掛かる意思があるのなら、軽くそのことには警戒しておいた方がいいかもしれません。それでは。
May 17 [Fri], 2013, 2:01
野良猫
こんにちは

『海辺のカフカ』は読まれましたか?

星野君とかカーネルサンダースとかちょっと春樹さんっぽくない登場人物がなかなか面白いですよ。

私にとって春樹さんの小説ってファンタジー冒険小説なんで楽しめますけど、ドリーさんは純文学系がお好きなのでしょうね。
ドリーさんの書評、もっと読んでみたいです。自分(小生)が好きな話とか、どんなふうに読まれるのだろう。因みに自分の好きなところでいえば舞城王太郎の『鼻クソご飯』と山田詠美の『学問』の書評なんかすごく読んでみたいです。話逸れてすみませんぬ。
May 16 [Thu], 2013, 23:33
カリン
ドリーさん、こんばんは。
噂のレビューが面白すぎてファンになりました。
あんなに面白い文章書けるってすごい事だと思います!
もっと天狗になっていいのに・・・
参考になった数の多さにびっくりですね。

村上さんの本に関しては、興味がわかないタイプの本なので
何の感想もないですが、世間が異常にもてはやすので読んでも
ないのに嫌いです。内容知る前にイラッときちゃうので。
でもドリーさんが本を出版する時がきたら宣伝がウザくても購入しようと
思います。
もっと世に出られるよう願ってます。
May 16 [Thu], 2013, 22:41
こんな記事が
ドリーさん、初めまして。村上氏と同じ1948年生まれです。ずーっと昔に、雑誌かなんかで氏の短文を読んでアレルギー症状を起こして以来、彼の作品は読んだことはありません。(あの、とっちゃんボーヤみたいな顔にも拒絶反応を起こす。) ドリーさんの書評、大変面白く読ませていただきました。(1990年生まれ、にビックリ!ドリーさんの書評とその人気の高さで、若い人たちの中にもハルキ・アレルギーがあることを知りました。)

ところで、5月15日付『朝日新聞』文化欄の、「米国文化への愛感じる/村上春樹作品翻訳者に聞く」という記事に、ドリーさんのブログでのやりとりにかんがみて面白い引用がありました。

(『多崎つくる』は)「『ノルウェイの森』のようなリアリズム小説。これまでと比べてより深刻で、悲観的なように見えるが、究極的には希望に満ちている」 (現在『多崎つくる』を翻訳中のフィリップ・ガブリエル氏)。

村上作品が米国で受け入れられたのは、)「一見すると米国らしさが見てとれる。米国文学の影響やポップカルチャーへの彼の愛が明らかだから」。しかし同時に「日本らしさもよく表れている」と続ける。(ガブリエル氏)

この記事の冒頭部分のみ、次のリンクで読むことができます。
http://www.asahi.com/culture/articles/TKY201305140402.html

刺激的な「会話」のきっかけを作って下さったドリーさんに感謝します。
May 16 [Thu], 2013, 20:21
ko
ドリーさんの文章は、(あのレビューもそうだけど)、とても愉快な躍動感に満ちているので、いちばんやっかいな他者批判という要素が消滅して読める。
反論、異論をくださった三人の方に対する返答としても、がははは、と肩を組んで笑えそうな気分にさせてくれる。
だから、楽しいんです。だから、賛同が多いと思うのです。
名作をひとことで言うと…なんて記事も、あっはっはと笑えるように作られている。
老人と海には重厚なテーマがありますが、そこにわざと相対させているからこそあの一言が映えるんだと思います。二重性というかギャップが笑いに昇華されるというのは、人の精神性の豊かさを象徴している。ドリーさんの営みは、その人の精神性の豊かさに確信を得て、それに基づいて発信されている。だから素晴らしい。

May 16 [Thu], 2013, 11:41

 Cet255

 貶してたのかよww
 というかアマゾンレビューネガティブコメント消しちゃうから見返せねぇ・・・。
 期待しないください・・・これからひっそりと消えていきます・・・。
May 16 [Thu], 2013, 9:40

 みゅーさんへ

 ツイッターで返信いただいたんですけど、
 まさか女性だったとは・・・。
 しかもフリーライターって、教えを乞う立場じゃないですか・・・。
 虫が好く、好かないの理由を説明するのが、物書きの仕事ですからね・・・。
 でも説明すればするほど、そこが嫌いなのかなぁって不安になってくるっていう・・・。
 けっきょく、相性なのですなぁ。

 みゅーさんのコメントに救われました。またよろしくおねがいします!
 
May 16 [Thu], 2013, 9:35
Cet255
僕はamazonのレビューで普通にドリーさんのことを貶しているので(しかもその批判が割と的外れかもしれないので)、あまりこういうことを言える立場ではないのですが、これからも頑張ってください。書評も小説も期待しております。
May 16 [Thu], 2013, 9:28
初めてコメントさせて頂きます。
レビューの件でドリーさんのことを知り、すっかりドリーさんの文章に魅せられた者です。
もうこれは誰にも真似できないドリーさんのスタイルとして、ひとつの「芸(表現)」になっていると思いながら読ませて頂いています。
文章や本当に人との相性と同じで、春樹の文章と相性がドリーさんが合わなかったというだけだと思います。それにはきっと誰も肯定も否定もできない。
ファンの方が反発したくなる気持ちもわかりますが、合わないものは仕方ない。その合わない理由を逐一説明したドリーさんは、やさしいひとだなぁと思うわけです。
実際の人間関係でも、苦手な人の理由をいちいち説明しないじゃないですか。
そこを掘り下げて考えることは、結構なストレスでもあると思うんです。本当にお疲れ様でした。
今後も更新を楽しみにしています。
ドリーさんの日常を面白おかしく描いた文章を楽しみにしています。
May 16 [Thu], 2013, 8:41

 Cet255さんへ

 いやあきてはないんですけど、あまりにCet255さんとの教養の差が激しくて・・・。
 敷居が高くてついていけないだけです・・・。

 羊をめぐる冒険とか読んでないなぁ・・・。ピンボール双子の女の子で投げちゃったからなぁ・・・。
 浮世離れした登場人物に村上春樹自身に自覚症状があったというのが、おどろきでしたね・・・。
 天然かと思ってましたから・・・。なんかでも、自覚してるってわかると、それはそれで凹むなぁ・・・。
 あのオシャンティーさは、わかってやってたんだね・・・。

 ただ浮世離れしたキャラクターに突っ込んでいくという書評スタイルは今後も続けていきますよ。
 あんなウケるとは思わなかったんでね。これはやらない手はないでしょう。
 
May 16 [Thu], 2013, 8:20
Cet255
すんません、いい加減僕のレスにも飽きてきてるでしょうが、最後にちょっと春樹作品に関してオススメをしておきたいと思います。

リアルな人間像から村上春樹作品は遠ざかっている、というようなことを僕自身言っておりますが、実際そうではないパターンというのが当然春樹作品の中にはあります。たとえば、長編の『ダンス・ダンス・ダンス』というのがそうです。これは、まあ例えば太宰とかその他の私小説的な作家の人々が書くような、「リアル」な人間を書いたものとは言い難いですが、一応市民生活を送っている人間をどこまでもコミカルなタッチで描いた作品になっておりまして、ファンの間でも結構人気が高い作品になっています。ただ、この作品は初期三部作(風の歌を聴け、1973年のピンボール、羊をめぐる冒険)の更なる続編となっていますので、もし読むとしたらそれらを読んでからの方がいいかもしれません。

ところで、『羊をめぐる冒険』も良いですね。あのへんも、人間の弱さというのをテーマにした作品です。

「弱さというのは体の中で腐っていくものなんだ。まるで壊疽みたいにさ。俺は十代の半ばからずっとそれを感じつづけていたんだよ。だからいつも苛立っていた。自分の中で何かが確実に腐っていくというのが、またそれを本人が感じつづけるというのがどういうことか、君にはわかるか?」

こういう台詞が特に気に入ってますね。
他には、『海辺のカフカ』にも市民生活に属した人間が結構出てきます。春樹氏自身も、自分のキャラが浮世離れしているのには自覚があるらしく、バランスを取ろうとしているようです。というわけで今回のレビューをきっかけにもう少し春樹作品に親しんでくれれば、ファンとしては幸いです。それでは。
May 16 [Thu], 2013, 8:10

 Cet255 さんへ

 なるほど。ユングですか。
 フロイトは読んでるけど、ユングは読んでないからなぁ・・・。

 要するに人間というのは、その精神の根源的な部分において、皆共通する(共有している)何かを持っているということなんですけど、これは言わば「リアル」とは真逆の領域の話でして、そして、村上春樹は度々、そういう人間が共通して持っている何か、そういう領域についての示唆や、解決の道筋みたいなものをえがきたい、と発言しているのです。

 なるほど。上の御三方の一人が言っていた虚構性とはここにつながってくるのでしょうか。
 ただその共通する「なにか」を描くために、リアルを捨てたとならば、リアルを求めてしまうボクのような
読者はまったくお門違いなものを期待してるということですな・・・。


 去りゆくものへの言葉。ご拝読ありがとうございます。
 後半は評判悪いですね。あれ。後半というか最後のやっちゃうとこがすごく評判悪いです。
 殺すという選択肢はボクの中ではあの主人公の一貫性に従った結果なんですけど、どうも読者には
そう映らなかったらしいですな・・・。Cet255さんの小説も読んでみたいですな・・・。どこかにのせないんですか?

 
May 16 [Thu], 2013, 7:44
Cet255
とりあえず説明は以上なのですが、もう少しばかり質問に対する返答などを行いたいと思います。

>これは村上春樹がインタビューなどでそう言ってるのですか? それともCet255さまの解釈?

 村上春樹はユングなど精神科学者の専門家である河合隼雄氏と親交が深かったとのことなのですが、小説『海辺のカフカ』においては、明らかにそのユングの思想というものを含んだ文章が登場します。(『海辺のカフカ』の登場人物の中に、とある精神医科学者が登場するのですが、この人物が明らかにユング的な世界観を持っていることが示されています)。
そのユングの発言、というのは、要するに人間というのは、その精神の根源的な部分において、皆共通する(共有している)何かを持っているということなんですけど、これは言わば「リアル」とは真逆の領域の話でして、そして、村上春樹は度々、そういう人間が共通して持っている何か、そういう領域についての示唆や、解決の道筋みたいなものをえがきたい、と発言しているのです。というわけで、村上春樹はそういう「リアル」を超えた事柄をえがきたがっているわけなのです。『ねじまき鳥クロニクル』なんかでもそういう要素が多分に見て取れます。そういうことから、やはり幾分村上春樹の作品に登場するキャラクターから、リアルを超えた問題を扱っている気配(浮世離れした気配)というのが伝わってくるのは、これはほとんど村上氏自身が意図したことと言っても差し支えないでしょう。

ところで、いきなり話は変わるのですが、『去りゆく者への言葉』を読ませていただきました。
字数制限でここには書けなかったので、軽くまとめておきました。適当に読み飛ばしてもらえればと思います。
http://anond.hatelabo.jp/20130516062024
May 16 [Thu], 2013, 6:21
Cet255
自分の日本語が通じてないのではとずっと危惧していたのですが、やはりその通りでした。
というわけでもうちょっと分かりやすく訂正します。

つまり、作家というのは現実的なあらゆる問題に対処できるタイプの専門家じゃないのですよ。(いみじくもプラトンの言っていた通り)。病気のことなら内科医、困窮のことは弁護士と役所、戦争のことは政治家がナニするべきなのであって、基本的には小説家はあらゆる現実的な問題に対して、対処する術を持っているわけではありません。

しかし、こと精神的な問題に関しては、事情が違ってきます。精神という問題に限って論じるならば、はっきり言って人類はほとんどその問題の総体を捉え切れてません。一応この世界には心理学とか精神医科学というものが存在していますけれども、そういった学問が人間の精神の問題について完全に網羅しているかと言えば、そんなことはありません。そこに、小説家や詩人が自分自身の腕を試すための唯一の余地があるということです。

本来、リアルな人間のリアルな問題というのは、小説家の手には負えないことです。精神科医や法律家の担当です、それは。あるいは包茎は泌尿器科の担当です。(たぶん)。というわけで、小説家は敢えてそういうリアルな人間に関する表現から手を引いて、学問などによって包括できない、形而上的な(リアルを超えた)物事について論じるのでしょう。ですから、小説家の書く人物像などからリアル感があまり感じられなかったりするのも、もっともなことではないかということなのです。(もしリアルな人間を書こうとしたところで、小説家には現実的な対処の術があるわけではありませんから、その問題をもてあましたキャラクターを書かざるを得なくなり、するとこれは村上春樹の考える小説の意義から離れるのではないかと思われるのです)
May 16 [Thu], 2013, 5:45

 りつこへ

 ピグやりたいんだけどさぁ・・・。
 なんかツイッターとかブログとかの反応に返信してたら時間すぐなくなって・・・。
 みんなに会いてぇな・・・。

 ドリーと付き合った女の子は別れる時大変そうってのが分かったww

 え・・・なんで!!?
 なんでそうなる!?
May 16 [Thu], 2013, 5:14

 すてきな会社員さまへ

 すてきな会社員さま。
 コメントありがとうございます。
 
 自分が理解できなかったのを声だかに表明して、作者が悪いと罵っている。問題はそこじゃないです。

 声高に表明することにも意義はあると思うんですよ。自分の輪郭って好きなものだけ語るだけじゃないと思うし。
 ただ問題はそこじゃない、という、その問題とはなんでしょうか?
 教えてくだされば幸いですなぁ・・・。

May 16 [Thu], 2013, 5:12

 ゴロさんへ

 恵比寿のバーにふらっと入るのはまだいいですけどね。
 今回は恵比寿のバーにチーズかナッツつまもうと思って入ってますから・・・。それはあかんだろうと・・・。

 普遍的なメッセージは、普遍的になるだけの価値があるとは思うのですが、言葉だけではなんというかその、軽いというか、身にはしみにくいですよね。

 普遍的なメッセージ、それもかなり非リアが身にしみるようなメッセージ(あなたはそのままでいいのよー自信を持ってー)なのにもかかわらず、非リアを排除してる感じがムカついたんですよ・・・。もちろん村上春樹さんにその意図があったかどうかわからないですけどね。でももしボクがこういうメッセージの小説を書くなら、上も下もいろんなタイプの人間を出して、清も濁も一緒くたにしたひとつのヤミ鍋みたいにして、はじめて言えるメッセージかなって思いました。

各種設定に対する違和感について、村上春樹さんがティム・オブライエンの作品を「細かな情景描写が本質を浮き上がらせる」と評したことを思い出しました。乱暴で飛躍した物言いですが、自分と相対化しながら読み進めるか、絶対的に受け入れて「中に入る」か、各種情景描写は、後者を実現しやすくするための舞台装置のようなものとして理解しています。

 この感覚は自分にはないものですね。
 この小説は絶対に読者を「中に入れさせないといけない」と思いましたが、村上さんのいちいちイカ臭い大仰な言い回しや、キャラクターのセリフが、ノイズになって、入ろうとしても全然中に入れさせてくれないって感じがあったんですよ。村上さんはそこを意図して書いてるだとしたら、ボクは村上さんのほどこした情景描写の味にはまったくうならない客ということになってしまいますなぁ・・・。

May 16 [Thu], 2013, 5:09

 通りすがりの同世代

 これ、上の御三方のお一人が村上作品にリアリティーがないのは、村上さんが普遍性を獲得するためにわざとほどこした虚構性によるからだって言ってたんですけど、その虚構性が十分に発揮されてたら、もっと「共感しました!」って声あがってくるだろうって思った。

 かもめちゃんへ

 ネガティブネガティブ言ってるけど
 かもめちゃんも文章から漂ってくるポジティブな感じはすごいものがありますな・・・w

 ドリーさんの思う孤独と私の思う孤独が違うように、おしゃんてぃーな孤独もまた、誰かの胸を激しく揺るがしていて、でも全ての孤独に対し「そのままのあなたでいいんだよ」とか「頑張れ」とか同じ言葉をかけられると、確かにむず痒いです。

 しかもこの小説は、そういう好きにもなれないスカシた喪男に「好きだったのよー」とか「自信をもってー」って女が都合よくあらわれて、元気を取り戻すさまを、こっちははたから見させられるわけですからな・・・。こんなしんどい小説はないですよ・・・。

 村上氏と同じくあなたに対するアンチテーゼが沸き起こっても、あなたがこれを機にモテてヤリチンになってしまいナッツを食べながらワイン片手にホテルの高層階から全裸で夜景を見下ろし、「孤独だ・・・」と吐き捨てるようになり、全童貞を敵に回してしまうことになっても、です。

 人生が8回できるってなっても、できないと思う。

May 16 [Thu], 2013, 4:54

 s.m.r.さんへ

 見事な回答です。
 ただ上の御三方から言わせれば、大社長が感じる孤独と、ニートが感じる孤独、
 どっちが質が違うとかじゃなく、比べるものでもないっていう意見だったんですよね。
 まぁこれはその通りだなって思うんですよ。ただ小説になってくるとね。どうしても主人公に読者が
付き合っていくわけじゃないですか。そうなると、どうしても自分の心情を投影しがちというか、ニートが大社長の
孤独の心情にシンクロするってむずかしいですよね。だから結局、キャラクターに魅力が付随してないとダメなんだと思うんですよ。

 まぁいろいろ小理屈たてて、上では言いましたが、村上さんもインタビューとかで聞いたらたぶん「共感したい人はすればいいし、それは読者の自由だよ」って答えると思うんですよね。だからボクがここでこんなやつ共感できるか!って言うのは、なんの問題もないわけですよ。



May 16 [Thu], 2013, 4:44
ドリー

 puyaさまへ

 カエルくん東京を救うは名作として名高いですね。
 読んでいますが、ぶっちゃけあんま覚えてません・・・。
 ボクが短編で一番好きなのはレーダーホーゼンです。
 youtubeのやつなんか大学で講演した時のですよね。
 英語で喋ってるからさっぱりわかんね・・・。
May 16 [Thu], 2013, 4:34

 作川晶年 氏へ

 このような才能がレジ打ちではもったいないです。日の目を見ることを願って止みません。

 いや。。。レジやめちゃったよ・・・。あんな魂けずられるルーティンワークやってたら死ぬわ・・・。
 今はもう堂のはいったニートだよ!

 作家たる者、自分の作品には何かしら特色をつけないといけません。春樹氏の場合、オシャンティーを行き過ぎるまで出して、時にはリアリティすらも削る荒行をやってのけたからこそ、多くの読者(ハルキスト)を獲得できたかと思います。

 えwじゃあ村上春樹ってあれ、確信犯的にやってるってことですか!?
 「ケミストリー」も「多崎つくるくんにアドヴァンテージ」もフツーに書いてっけど、「なんだよケミストリーっていてーよこいつ」「なにがアドヴァンテージだよ」みたいなことを俯瞰で思いながら書いてるってこと? それはそれで凹むなぁ・・・。というかあれは天然だと思ってたんですけど・・・ちがうんですかねぇ・・・。ただまぁ村上春樹が急に梁石日みたいな小説書き始めたら、それはそれで最悪なのはたしかにありますな・・・。

 あと『去りゆく者への言葉』を読みました。てっきり村上氏の間逆にいく内容かと思えばそれほどではなく、作家志望としてある程度は共感できましたが、正直物足りなさも感じました。特にキャラクターの顔・姿・形がちっとも浮かんでこない。せっかく読ませる才能があるのですから、とことんアンオシャンティーな小説を期待します。

 あれ一年前ぐらいに書いたんですけど、今書いたらもっとディティールというか、生活描写を丹念に描かないなぁと反省しております。アンオシャンティーの道も険しいよ・・・。


 

May 16 [Thu], 2013, 4:30
 Cet255さんへ
 コメント多謝。

 どうも、ドリーさんと村上春樹の間には、小説の意義というものを巡る認識の差異があるように思われました。そして、その認識の差異が小説を議論する上での障壁になったり、あるいは論点になってるんじゃないかなと私には感じられました。つまり、私が思うに村上春樹にとって小説の意義は、「何らかの問題の解決(の契機)」であるということなのです。
 
 そうかもしれない。というかたぶん、村上春樹の小説観っていうのが根本的に自分と違うのをなんとなく感じています。ただ、村上春樹のインタビューとかそんなたくさん読んでるわけじゃないので、「何らかの問題の解決」とか抽象的なことを言われても、「え、なにそれ?」ってなるのは正直ありますね・・・。

 ドリーさんは、上の文章で「村上春樹はリアルな人間を書いていない」と述べておりますが、どうもこの「小説の意義」ということに限って話を進めると、そのように村上春樹がリアルな人間を書いていないということも、もっともなことのように思われてくるのです。彼が問題にしているのは、あくまでリアルな人間のリアルな問題ではなく、専門性に左右されないような、あるいは合理的な体系から逸脱するような、精神的な問題に限られてくるのです。

 うーん・・・いまいちわかりそうでわからないww
 「何らかの問題の解決」とか「合理的な体系から逸脱するような精神的な問題」って・・・
 なんか曖昧模糊な言い方で、煙にまかれた気分になりますなぁ・・・。いったいそれはなんなのでしょうか・・・。

 もし、小説家があくまで何らかの問題というものを解決する一助を提供できるとすれば、ひとえに彼は精神病理学の体系に含まれないような精神的問題について論じるしかありません。ですので、村上春樹氏はリアルな人間のリアルな問題については、書かないようにしているのでしょう。

 これは村上春樹がインタビューなどでそう言ってるのですか? それともCet255さまの解釈?
 自分の登場人物はリアルではないと村上春樹は言ってるんですか? うーん、なんかいろいろ釈然としません・・・。「精神病理学の体系に含まれないような精神的問題」って・・・。またこれ聞こえはいいですが不透明な言い方で、ちょっと釈然としないものを感じるのですか・・・。
 
May 16 [Thu], 2013, 3:48
りつこ
オシャンティー連発しすぎwww
ドリーと付き合った女の子は別れる時大変そうってのが分かったww
ピグまた一緒にやろーぜ!
May 16 [Thu], 2013, 0:38
すてきな会社員
文学が読めないんですね。
自分が理解できなかったのを声だかに表明して、作者が悪いと罵っている。
問題はそこじゃないです。

。。。分からないなら、放っておけばいいじゃん。
やはり、人気の作品に絡めば目立てるということですね。
その根性が「胸くそ悪い」です。
May 15 [Wed], 2013, 23:55
ゴロ
ドリーさんへ

たびたびすいません。

各種設定に対する違和感について、
村上春樹さんがティム・オブライエンの作品を「細かな情景描写が本質を浮き上がらせる」と
評したことを思い出しました。

乱暴で飛躍した物言いですが、
自分と相対化しながら読み進めるか、絶対的に受け入れて「中に入る」か、
各種情景描写は、後者を実現しやすくするための舞台装置のようなものとして理解しています。
May 15 [Wed], 2013, 23:45
ゴロ
ドリーさんへ

田崎レビュー拝見以来、このblogのファンになった、村上春樹ファンです。
初回のレビュー読んだ時に、「真剣に本を読む方なんだな」と、強く印象に残りました。
自分が読んだ時には、恵比寿のバーにふらっと入ることなんて全く気にならず、
しかしながら、いざ指摘されてみると、確かになんか変!と思わずうなった次第です。
# 「するどいサーブ・・・」については、ちょっとにやにやしながら読み進めてましたが
おそらく自分の読み方が雰囲気や読後感(「好き」になれない言葉ですが)を重視しているのでしょうね。
その分(?)、読み返した時の新鮮も強いのですが。

あと、他のかたも指摘されてますが、(おそらく)丁寧にご自身の投稿に対する批判記事も読み込まれ、
応答している点はとても好感がもてました。(偉そうな物言いですいません。)

普遍的なメッセージは、普遍的になるだけの価値があるとは思うのですが、
言葉だけではなんというかその、軽いというか、身にはしみにくいですよね。
もちろん、小説は伝言板ではないですが、
あるテーマを手を変え品を変えどれだけ丁寧に伝えるかが小説の面白いところだとも思うので、
後半の論については、少しだけ違和感がのこりましたが。

そんなことより、ピグ記事がとても好きなのでまたぜひ書いてください!
楽しみにしてます!
May 15 [Wed], 2013, 23:34
かもめ
にわかですが、再び失礼します。

ドリーさん、真摯で紳士な対応、すごいです。
村上大先生の描く世界観、思想にはシンプルに好きか嫌いかしかありませんよね。
支持派と否定派、最早宗教戦争のようになってしまいますが・・・

ドリーさんの思う孤独と私の思う孤独が違うように、
おしゃんてぃーな孤独もまた、誰かの胸を激しく揺るがしていて、
でも全ての孤独に対し「そのままのあなたでいいんだよ」とか
「頑張れ」とか同じ言葉をかけられると、確かにむず痒いです。
貴様に何が分かる、私の孤独は私だけの物だ、と、発狂したくなる気分です。
共感に対するあなたの考え方に、再び賛同です。

そしてこれは多崎つくる氏の件に全く関係ないですが、私個人の考えを・・・
小説を読み過ぎて自身のオリジナリティーがぼやけてしまわないようにどうか、
ドリーさんの持つ感性を信じて下さい。

村上氏と同じくあなたに対するアンチテーゼが沸き起こっても、
あなたがこれを機にモテてヤリチンになってしまい
ナッツを食べながらワイン片手にホテルの高層階から全裸で夜景を見下ろし、
「孤独だ・・・」と吐き捨てるようになり、全童貞を敵に回してしまうことになっても、です。

自身の孤独や絶望を削り、身を滅ぼすストイックさから生まれる小説は好きです。
ライトノベルや携帯小説(古いですね)も認知される時代ですが、
やはり私は、ドリーさんの持つ孤独や絶望、ネガティブの表現をもっと見てみたいです。
それが安易に「分かるわ〜!」と共感されなくても、
反対にそれは、ドリーさんの持つネガティブなエネルギーです。簡単に分かってたまるか、な姿勢でいてください。

ネガティブは人を、世間を、世界を変えます。
良い意味でも、悪い意味でも。
あっなんだかおしゃんてぃーになってしまいました!

コメントの返信、無理のない範囲でなさって下さいね。
私のは面倒でしょうし、スルーで大丈夫ですので!
お身体にはどうか、お気をつけて。
May 15 [Wed], 2013, 22:40
通りすがりの同世代
結局のところ、村上春樹は自の読者意外にものを書く気がないのでしょう。だから外野からみれば上から下まで意味がわからない。あれで普遍性があると本人が感じているなら、それは想像力の欠如というだけのことではないか。
May 15 [Wed], 2013, 22:08
s.m.r.
【長文になります】 登場人物、とくに主人公にまつわる事柄に共感できない(共感できる部分があまりに少ない)小説作品のなにが面白くて読むんでしょう。たとえば、「この孤独感がこの小説の中では普遍的な孤独だ」と言われても、「そんなもん、金持ちのお嬢が「お金がない」って言ってるのと同じじゃん」と読者が思えば、その読者にとっては孤独でもなんでもないわけですよ。どれだけ舞台装置や人物配置で疎外感を主人公に与えてみたところで、読者も同じ疎外感を感じるかといえば「NO」です。乱暴に表現すれば、自分の社会生活を取り巻く誰からも必要とされないニートの「孤独」と、大企業のトップがあるときふっと感じるような「孤独」とはぜんぜん質が違うわけですよ。小説作品の登場人物や主人公に共感できるかどうかは読み手側次第というのは当たり前の話で、じゃあ共感できる作品とできない作品の違いは何だって言われれば、それは読み手の「そのときの心情」に他ならないです。そうじゃなければ、「昔読んだときはよくわからなかったのに、今読むとよくわかる」なんてことがあるはずがないでしょう。逆もまた然り。小説作品は読者の境遇とは無関係に読まれるべきだと言うのなら、主人公「多崎つくる」が「トーマス・バルマー」で舞台がミシシッピあたりでも構わないのでは?それでも「トーマス・バルマー」の感じる孤独を読み取れるのだとすれば、それは普遍的な「孤独」が表現されていることになるのだと僕は考えます。そうでないなら、それは「多崎つくる」の感じる孤独が単なる「状況説明的な」孤独にしかすぎないのではないか、ということです。少なくとも僕はこの「多崎つくる〜」に共感できる部分はなにひとつなかったし、むしろ答えとなる値が先にあって、後からその値が出てくるような問題を作ってるように感じました。つまり「不自然」な小説でした。読み返せるか、と聞かれれば「読み返す気が起こらない」と答えます。
May 15 [Wed], 2013, 20:49
puya
「かえるくん、東京を救う」は読まれたことがありますか?ここで村上さん自身が朗読しています。 http://www.youtube.com/watch?v=6o0vNXF8iVU&feature=youtube_gdata_player
May 15 [Wed], 2013, 17:29
作川晶年
失礼致します。
ドリー氏の『色彩を持たない 多崎つくると、 彼の巡礼の年』のレビューを読んで以来、このブログの読者になった者です。
俗にいう俄かですがお見知りおきを。
今回もおもしろおかしく読ませていただきました。このような才能がレジ打ちではもったいないです。日の目を見ることを願って止みません。私は本作を読んでいないので、感想はブログの内容までに止まらせていただきます。

リアリティよりオシャンティーを重視しているのでは?

作家たる者、自分の作品には何かしら特色をつけないといけません。春樹氏の場合、オシャンティーを行き過ぎるまで出して、時にはリアリティすらも削る荒行をやってのけたからこそ、多くの読者(ハルキスト)を獲得できたかと思います。ドリーさんや私のように毛嫌いする方も少なくありません。ただ、私らのような境遇の者をも共感できる作品を書いたところで、それは村上春樹の名を借りた別の作品になってしまいます。ワイルドじゃない坂野、そんなの関係ある小島よしお、オシャンティーさが見られない村上小説、どれも廃れていきます。新規のファンを獲得する以前に、既存のファンを繋ぎ止めておく必要があります。そのためには、出すぎたオシャンティーを変えてはまずいでしょう。


あと『去りゆく者への言葉』を読みました。てっきり村上氏の間逆にいく内容かと思えばそれほどではなく、作家志望としてある程度は共感できましたが、正直物足りなさも感じました。特にキャラクターの顔・姿・形がちっとも浮かんでこない。せっかく読ませる才能があるのですから、とことんアンオシャンティーな小説を期待します。今度は書評ではなく、自らの作り上げた者で世間を揺るがしましょうよ。陰ながら応援しています。
May 15 [Wed], 2013, 15:38
Cet255
(続きです)

しかし、どうやら村上春樹はそれでも、人間における何らかの問題というものをテーマにしており、また、そういった問題を解決することに関して意気を挙げてるようなんですね。そして、そうであるからには、村上春樹はリアルな人間を書くわけにはいかなくなるということなのです。彼が問題にしているのは(というか小説家一般が問題にし得るのは)、あくまでリアルな人間のリアルな問題ではなく、専門性に左右されないような、あるいは合理的な体系から逸脱するような、精神的な問題に限られてくるのです。

もし、小説家があくまで何らかの問題というものを解決する一助を提供できるとすれば、ひとえに彼は精神病理学の体系に含まれないような精神的問題について論じるしかありません。ですので、村上春樹氏はリアルな人間のリアルな問題については、書かないようにしているのでしょう。そこについては、何らの専門性も持たない小説家というものが確たる解決の方法を示すことなど望むべくもないし、あるいはそれについて何かを書いたところで、精々問題を上手く解決できない怠惰な人間像を書くしかなくなってしまうのですから。例えば、太宰治のように。あるいは、滝本竜彦のように。
それ故、村上春樹はああいった少々「リアルさ」に欠ける人間を書いているのではないでしょうか。そしてそれは彼の目的意識に照らし合わせて、仕方のないことなのではないかと思われます。
May 15 [Wed], 2013, 14:13
Cet255
読みました。相変わらず愉快な文章を楽しませてもらいました。

どうも、ドリーさんと村上春樹の間には、小説の意義というものを巡る認識の差異があるように思われました。
そして、その認識の差異が小説を議論する上での障壁になったり、あるいは論点になってるんじゃないかなと私には感じられました。
つまり、私が思うに村上春樹にとって小説の意義は、「何らかの問題の解決(の契機)」であるということなのです。

ドリーさんは、上の文章で「村上春樹はリアルな人間を書いていない」と述べておりますが、どうもこの「小説の意義」ということに限って話を進めると、そのように村上春樹がリアルな人間を書いていないということも、もっともなことのように思われてくるのです。

というのは、そのようなリアルな人間や、リアルな人間の抱えているリアルな問題意識みたいなものを誰かが書いたところで、それに対して適切な解決案などを示せる小説家はほとんどいないから、というのが一つの答えになってきます。精神病理学的な病に病んでいる人間は、精神科医を尋ねるべきだし、多くの借金を抱えている人間は、弁護士事務所を尋ねるべきなのです。そこにおいて、小説家に出番はありません。

(続きます)
May 15 [Wed], 2013, 14:13



 運営・・・・頼むから消すな・・・・
May 15 [Wed], 2013, 13:41
はちみつ
言葉にするって難しい。確かに「嫌い」ひとことで終了〜〜って
なったら、書き物を生業とする人にはなれないものね。

合う合わないが最初だよね。で、なぜか?
それよく伝わっていましたよー
今回の方がより、理解できました。

ところで、ドリちゃん、なんか謙虚なのね。すごく大事、それ。
将来、有名になっても謙虚でいられると、本当かっこういいんだよ。
って話に関係ないけれど(笑)

また色々書いてねー
楽しみにしています♪
May 15 [Wed], 2013, 11:44
ドリー

 はちみつ嬢へ

 こんな理屈っぽい文章をすらっと読めるはちみつ嬢の速読力のほうがすごいのでは・・・。
 しかしあれですな。
 ボクもよく嫌いな作品はここが嫌いって必死で言語化しようとするんですけど、
 こうやって理屈で掘り下げて言語化すればするほど、嘘くさくなるというか、ほんとにそこが嫌いなのかなって
 ちょっと不安になってきますな・・・。結局、虫が好くか、好かないかってだけのような気がしてきます・・・。

 村上作品は決定的に虫が好かん!以上終わり!!!
 でもそういうわけにはいかないでしょ・・・。モノを書く身として・・・。だから必死で言語化しようとするんだけど、
やっぱり結局は虫が好くか、好かないかってことだけのような気がしますなぁ・・・。

 しかしはちみつ嬢がテンポ良く読めたと言って下さり、本当に救われました・・・。
 
 
May 15 [Wed], 2013, 11:17
はちみつ
Amazonの書評の時もそうだったけれど、今回の文章も長いのにも関わらず
初めから終わりまで、本当に流れるように読めました。
ドリちゃん、若いのにまずびっくり、なんかすごいなーーと。

私なんかは本を読んだ後の感想、口下手に加え表現力も無いので、
「あー、うん、まぁよかった・・・かな?」とか「うーん、微妙・・・」とか
たいしたコメントも出来ないことが多くって。多くの人が、そうそう!
言い得て妙!!って思ったんだろうね〜今回。上手く表現できなかったのが
スッキリした・・・っていう人多かったから。

私も村上春樹さんの本は大体読んでいて、概ね好きかな〜(「ちっ」とならない
のでそうかな)と思うけれど、ドリちゃんのコメント面白くて好きだなぁと。
意固地に「いや、違う!」とかって思わない。だって、春樹さんの小説って
確かに突っ込みどころが多いから(笑)

ほんと、恵比寿のバーなんて一人でふらっと入れないよっ。いい大人になってもだよ!
気づいたら裸の双子の可愛い子ちゃんに、ベッドではさまれていたとか・・・確かに
ないない(笑)私は女だから、ある朝起きたら、誰だろ・・・う〜〜ん・・・向井理くんと
松じゅんとかに裸で挟まれたらとかかな?!(や、すごい朝だよね。もしそんな朝が
来たら、まず腹筋触らせてもらうよね。ふたりの。)

でもまぁそんなすごい朝が来ても、別に理くんも松じゅんもタイプではなく、なんだか
無口で、あ〜もぅ私がちゃんとかまってあげないとこの人って大丈夫なの?!って
いう人が好きで、どうもそれが春樹さんの小説の主人公とかぶるところがあるんでは
ないかなぁ。女性ファンが多いのも、たぶん母性本能をくすぐられるんでしょうね〜

う〜〜ん、でも、(ごめんなさい、まだ春樹さんの新刊読んでいませんが)ウィスキー片手に
オリーブグリーンのバスローブ着て・・・って、ねぇ、そりゃ、つっこみたくもなりますよ!(笑)
長い文章、ユーモア(?)も交えて、いいテンポで、本当面白く読めました。ありがとうね〜^^
May 15 [Wed], 2013, 10:58

 hisさんへ

 多崎つくるを本当に褒めてる評論家かぁ・・・
 たぶん文學界の批評家とか褒めてると思うんですけどな・・・。
 ただ、たぶんああいう評論のほうが読んでてもつまんないと思う・・・。

 てか評論となると難しいよね。本気で理屈っぽくするならもっと多面的に攻めて、比較対象をあげまくったり、または作者自身のこれまでの作品と比較したりする、事実と照らし合わせて論破もしないといけないように思える。

 比較対象あげまくろうかと思ったんだけど・・・なんか原稿用紙30枚ぐらいになりそうで・・・。
 それに比較っていってもほとんど読んでないしなぁ・・・。上の三人が言ってきた、「孤独に上も下もない」っていう論題に関しては、もうこの答えが一番筋が通ってるとは思ったんですけどね・・・。さぁ向こうがどう出てくるか・・・。

 むしろそれをせずにこれまで、自身の内側の言語を使って物事を切ったからこそドリーは魅力的だったのに、あまりにも理屈っぽくしてしまって、個性が消えてしまってるー。

 いや、ここで個性を出したら・・・また非リアの僻みとか、表面的とか言われちゃうと思ったんですよ・・・。
 それだけはなんとしても避けたい・・・。それにすごい真っ当な批判だったんで、ここはもうおふざけなしで
真っ当に答えないと、太刀打ちできないような気がして・・・。正直こっちのレビューの方が、表面的なあっちよりはマシだと思う・・・。
May 15 [Wed], 2013, 10:30
his
>ドリーさん
おれ出版業界は詳しくないけど、逆にたざきつくるを褒めてる本物の評論家はいないのかね?
一読者が抱えてきた村上春樹への違和感をドリーが代表となって解説したというのはなんだかわかるけどもね。

てか評論となると難しいよね。本気で理屈っぽくするならもっと多面的に攻めて、比較対象をあげまくったり、または作者自身のこれまでの作品と比較したりする、事実と照らし合わせて論破もしないといけないように思える。
更には、作者自身がどう考えて文章を書いたかも迫っていく必要あると思うよー。

むしろそれをせずにこれまで、自身の内側の言語を使って物事を切ったからこそドリーは魅力的だったのに、あまりにも理屈っぽくしてしまって、個性が消えてしまってるー。
でもわかるよその苦しみ。本気出して書いた文章ほど、埋れがち。笑

だから相手のこと考えて最近では見出しだけ読めば、だいたい要点つかめるようにしてるわ。笑
May 15 [Wed], 2013, 10:14

 みゆりん様へ

 批判がですね・・・。すごい核心をついてたんですよね。上三つの方々が特に。
 それにすごい熟考に値する批判だったんで、だからこれは無視するわけにはいかんなって思って・・・。
 それにあのレビューだけだと表面的ってとこだけで受け取られるのも確実だったんで、
 このレビューとあのレビューふたつでセットですよ・・・。今回は笑いのボリュームは小さいですけどね・・・。
May 15 [Wed], 2013, 10:01
☆みゆりん☆
お初にお目にかかります(●´ω`●)
そもそも「村上春樹のアマゾンレビューに寄せられた批判に答え」ようとするドリーさんが丁寧だなあと思いました。私だったら面倒くさくて投げ出しそうです。村上春樹=巧妙なペテン師ってのが自分的にはシックリきました・・・ってこれ、ドリーさんへの批判のとこに書いてあるやつでしたねwwドリーさんのおかげで、村上春樹に関して、色んな意味で腑に落ちたので良かったです♪
May 15 [Wed], 2013, 9:51

 his0809へ・・・。

 前のあからさまな破天荒さのほうが読み物としては面白いのはわかるんだけど・・・。
 非リアのひがみとか表面的で批判になってないとか言われたからさぁ・・・。
 まぁ、でもああいう批判がなかったら、なんでイラっとするかここまで突き詰められてないから・・・。
 これはこれで理屈っぽい記事になったけど、よかったよ。
 
May 15 [Wed], 2013, 9:29
なんか読者数増えて、これからが本番!みたいな感じでジャンプの読み切りから本編になって、誰でもわかるように丁寧に書き過ぎて面白くなくなった漫画みたいな記事だね!
まぁードリー的にもふるいをかけたんだと思うけども。さっ次は何をぶった切る?笑
May 15 [Wed], 2013, 9:14
P R
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