山田あかねの一喜一憂日記

2004年12月
(記事数:8)

アダルトビデオが。

2004年12月30日(木) 05:45
今夜は、DVDで「エロティカ」(詳細 CーREVIEWへ)というドキュメンタリーを見る。
それで、自分とアダルトビデオのことを思い出した。
たくさん、見てきた。ある時期からはかなり意識的に見た。
興味と研究。
テレビ番組でAV女優さんのドキュメントを作ったこともあるし、
(この時、メーカーから段ボール一杯AVをいただいた)
古くはポルノ小説を書いていたし、
ずいぶん前だけど、知人のAVコレクターが、彼のコレクションを
やはり段ボール一杯くれたこともある。

男性がAVを見る基本は、見ている時間での快楽の追求でしょうけれども
女性の場合は、(と、全女性を巻き込むのは失礼)、私の場合は、
「なにを求められているか」を知るために主に見た。

簡単に言うと、どうしてほしがっているのか、男は、ということを
知るために見たんですね。
だって、そういうことを、誰も教えてくれないから。

勉強熱心な私は、なにに対しても態度は同じなわけです。
手に入るだけの資料を集め、研究、学習、そして、実践(?)と。

で、なにがわかったか。

そういうことを最近、よく振り返っている。
次に書く小説のテーマにしようと思っているので、
ここに全部書くわけにはいかないけど。

アダルトビデオ(ポルノグラフィ)をたくさん見ていると
幻想が蓄積される。
幻想は容易く、現実を追い越す。
というか、幻想に従って、現実をねじ曲げようとする。
けれども、
そもそも本当の現実つうものはないし、不確かなものを
幻想で固定しようとするのかもしれない。

恋愛は幻想の交換にすぎない。
と言い切ってみたいけど、
実際にはそうは思いきれない。

もう、多分ポルノグラフィは撮れないし、書けない。
恥かしいとかそういうことではなくて、
意識的に興奮させるものへの警戒がある。

考えがまとまらない。

続きはフィクションで。






気持ちの大掃除

2004年12月29日(水) 17:02
もうすぐ今年が終わってしまう。

できれば、大掃除でもして、心を入れ替えて
新年に望みたいものだけど、
そういうこざっぱりしたことができる質ではない。
今さら。

ずっと年賀状を書いていたら、朝になってしまった。
せっかくだからと寝る前に、ポストに行ったら
雪が降ってた。
すこし、得した気分。
雪はうきうきする。
雪合戦やスキーが楽しい年齢ではないけれど。

窓から見える殺伐としたいつもの風景が
ほんの少しだけ、優しく見える。
目のまえの高層マンション。ひっきりなしに車が行き来する道路。
コンビニの明かり。

みんな、雪の向こうでかすんでしまう。

タイやインドネシアは地震と津波で大変みたいだ。
プーケットもバリも変わってしまったのかな。
実感がない。

今年はあっという間だった。
本が出せたから、よい1年だったんだと思う。
(と思わせないと、なかなか、そうは思えない)

あさ10時に寝て、
ちょっとひとが来たから、15時頃起きる。
けど、ひとが帰ったら
また眠いから寝てしまおうかな。

と、気持ちの大掃除どころか
いつも通り、生活時間めちゃくちゃ。
自分らしい1年の終わり方、とも言えるかな。

今を追いかけて

2004年12月28日(火) 06:06
なんだか、よく言われることだけど、
いやな世の中だなあ。

社会全体が強迫的だと思う。
マスコミやインターネットの情報による「煽り」が激しい。
テレビ番組をつくることは、脅迫状を書くことに似ている。
今はこんなことを起こっているよ、あんた、乗り遅れるよ、
とあの手この手で煽る。

いつだって「煽る」テーマはある。
いつだってなにかが「当たっている」
当たり前だ。

そういうものをいちいち追いかけていたら、それで一生終わってしまう。
情報番組はそれが使命だからいいけど、
他のものづくりは、別の地平にいるべきだと思う。

と、書いてみた。
が、そんなこと、どうでもいいかな。

今年もあと3日。と言っても、全く実感がない。
こういうのは毎日ちゃんと働いていないと感じないものだ。

今年はテレビの仕事を休んで、小説の直しをしたり、次の小説を書いたりしたので、
ぐっと収入が減った。あーあ。

そういう意味では小説はわりに合わない。
けど、お金儲けでやってるわけじゃないし。

時にフトわからなくなったりもする。
カラダ中に染み付いた、テレビ的発想というか、「受け」とか「つかみ」とか。
知らないうちに、そういうことを考えている。

結局、強迫するのは自分なんだよなあ。
自分で自分を追いつめている。

今夜も六本木のツタヤに行ったけど、空いていた。
みんな、もう、田舎に帰ったのかな。
24hのフードショー、最初の頃はいつ行っても
ドンクのいろんなパンが買えたのに、最近は包装してある食パンしかない。
おしゃれぶる時期は過ぎたようだ。

こうして、どってことなく、また、1年が終わる。

どうでもいいけど。






くたばれ!ハリウッド

2004年12月23日(木) 06:48
嫌なことがあると、まずは映画に行く。
映画に救ってもらう。
いい映画だときちんと救ってもらえる。

今日は、三谷幸喜さん原作・脚本の「笑の大学」を見た。

三谷さんの作品は、言ってみると、業界内幕ものが、案外多い。
「笑の大学」だって、時代をかえてあるけど、芝居づくりの内側を描いているし、
「ラジオの時間」もそうだし、「みんなの家」だって、「なにかを作る過程での
制作と現場との軋轢」がテーマだとも言える。

つらい時には、こういう映画が効く。
周りの観客はみんな笑っていたけど、
ひとりで泣きながら見た。バカみたいだけど。

さらに、DVDで「くたばれ!ハリウッド」を見る。
「ある愛の詩」「ゴッド・ファーザー」などのプロデューサーだった
ロバート・エヴァンス氏の自伝ドキュメント。
面白かった。 大好きなポランスキーも出てきたし。
これで完璧に救われた。

ハリウッドのプロデューサーに比べたら、私の悩みなんて
カワイイもの。風邪と癌くらい違う?
(いや、客観的にはどうであれ、本人は癌を告知されたくらい
 落ち込んでいたわけだが)

そう、こうやって映画や小説やテレビドラマや
いろんなストーリーに救ってもらって
なんとか生き延びてきたんだ。

だから、映画や小説やテレビ番組が大切。
自分が作ったものが、どっかでうんざりしている誰かに
届いて、そのひとがほんの少しでも気分が治って、
ま、いいか、って言えたらなら、それでいい。

とりあえず、今夜は2本の映画に助けてもらった。
ありがとうございました。

それに自分の小説をほんとに好きだと言うひとが
(お金がほしいからとかじゃなくて)
映像化に向けて、動いていてくれる。
ありがたい。

そういうひとを信じよう。

「くたばれ!ハリウッド!」は、結局、
「大好き、ハリウッド!」の意味だ。
ビルも映画はまず、脚本だという。
いい本がすべて。まったく同感。
誰もが振り向かない脚本であっても、自分がいいと思ったら、
貫いて制作へ持っていく。そうやって次々ヒット作を作ってきたという。
(もちろん、誇張はあるだろうけど)

とても勇気が湧いた。
これでなんとか眠れそう。

わたしはまだ、くたばらない。

クリスマスはちゃんこ鍋で。

2004年12月18日(土) 04:20

というわけで、クリスマスが近付いてきた。ので、犬を飾り付けた。

実はあんましクリスマスに興味ないけど、世間は騒がしいもんだ。
数年前、打ち合わせで表参道のイタリアンにいったら、私たち以外が全部カップルでびっくりしたことがある。なにが起こったのかと思ったら、クリスマスイブだった。

とそんなふうに偉そうに言ってるけど、私もみなさまのようなイベントは一通りやって参りました。なにしろ、あのハレンチな80年代に青春を送っているので、
クリスマスイブには、彼氏とシティホテルに泊まらないと、逮捕されたもんだ。
バカでしたねえ、あの頃。

しかし、今でもそのようなしきたりというか、社会的同調圧力はあるらしく
(なにしろ、「ラストクリスマス」つうドラマやってるし)
周囲の若い女性はにわかに殺気だっている。
(一緒に過ごす相手がいないことが、人間失格めくのか)

このような風潮を作ったのは、松任谷由実先生でしょう。
「恋人がサンタクロース」という曲の登場で、それまでクリスマスは家族で、不二家のケーキ喰って、満足していたのが、恋人と過ごさないといけなくなってしまった。
おまけにサンタクロースに代わって、男はテファイニーの指輪などを配るという仕事を与えられてしまった。

さらにこの曲がきっかけで、テレビドラマが次々製作され、人々はあおられ、黄金の80年代、クリスマス=色恋のイベントに昇格した。
(と侮蔑の文脈で書いたけど、「やっぱり猫が好き」で「クリスマス」つうタイトルで
 実は、私もそんなドラマ作ってました。当時は20代だったので、許して下さいまし)

ま、それはそれでいいのですが、その流れに終止符を打ったのが、名作「29歳のクリスマス」(脚本/鎌田敏雄/cx)でしょう。
あのドラマのラストには泣いたよなあ、29歳のクリスマスは女友達とちゃんこ鍋を食べるのだ。

エクスタシー会社

2004年12月12日(日) 19:43
朝日新聞に「高校の元教師がエクスタシー会社設立」という記事があった。

へえ、高校の先生がねえ、でも、エクスタシー会社って何を売るんだろう。
まさか、麻薬?なわけないし、(だいたい朝日が好意的に取り上げるか?)
じゃ、順当にいって風俗?しかしそれだって朝日が・・・。
普通に考えると、「セックス ボランティア」みたいな、障害者向けの性的支援施設でも
作ったのかしら、という考えに落ち着いた。

で、記事を読む。
ったく、なに考えてんだよ、
「エクスタシー会社」じゃなくて、「エコタクシー会社」じゃないか。
全然、違う。って読み間違った自分が悪いんですが。

まあ、そのような読み間違いをしてしまうのは、私が年中エクスタシーのことを考えて
頭のなかをまッピンク色にしているからではなくて、(別にそれでもいいけど)
ここ数週間、ずっとその手の資料を読んでいるからでした。

きっかけは、ある美人編集者のひとことでした。
「アセクシャルってしってますか?」
「知らない」
そういう話題については、結構ていねいにフォローしてきたつもりだったのに、
「アセクシャル」は初めて聞く言葉だった。まさにノーマーク。

で、さっそく、お勉強。
へえ、知らなかった。アセクシャルとは主にセックスがあまり好きでなく、あまりできないひとびとのことを指す。最近、アメリカで取り上げられるようになったそうだ。

確かに、好きなひとがいれば、嫌いなひとがいるのは道理である。
しかし、好きすぎるといろいろ問題を起こして大変だと思うけど、
嫌いなら、おとなしくしていればいいわけだから、なにが問題なんじゃ、と思ったけど
やはり、いろいろ悩みはあるらしい。

嘘つきについて。

2004年12月10日(金) 01:37
大谷健太郎さんの映画「約30の嘘」の予告編で、
椎名桔平演じる詐欺師が言う。

「ひとつ嘘をついたら、その嘘を守るために、さらに30の嘘をつかないといけなくなるんだ」
(科白の細部はちょっと違っているかもしれないけど、こんな内容)

なるほど、そうかもしれない。
でも、嘘をつきながら進む人生って結構つらいだろうなあ。
不倫しつづけるひとや、寸借詐欺を繰り返す人、クスリを手に入れるために
ひとをだますひと。
いずれ、自分を守る嘘が身体に張り付き始める。

それとも嘘も日常になってしまえば、それほどきつくないのかな。
ひとはどんな環境にも慣れるから。

映画の中の詐欺師は、(まだ、映画見てないけど)、魅力的な役者が演じるから
魅力的に見える。

だけど、現実は悲惨だ。
詐欺師の横顔は醜い。ちっとも魅力的じゃない。
でも、自分のついた嘘にうっとりしながら、時間を過ごしてしまうんだ。

いったい、どこに分かれ道があって、
どこから戻れなくなるんだろう。

たくさん嘘をついていたひとが消えて(死んで)
嘘だけが残る。
死んでみて、案外、嘘ばかりでもなかったことがわかる。
でも、たくさんの嘘のせいで、ほんの少しのほんとうも
全部、かすんでしまう。

その霞のなかで、命がとぎれるほど、人生って案外短い。

うそつきはきらいだ。
あ、なんのことかわからなくなりました。

負け犬誕生秘話

2004年12月02日(木) 03:20
「負け犬」という言葉にもカテゴリーにも興味を持っていなかったけど、先日、「負け犬小説」として拙著が取り上げられたので、ちょっと考えた。
どうして、そんな言葉がこれだけ広まったのだろうかと。

私が想像するに、これは主に30〜40代のサラリーマンで、妻は専業主婦、子供あり、の男性のやっかみから始まったんじゃないだろうか。
仕事をする女性が増えたおかげで、彼らの周りにはいずれ「負け犬」と呼ばれることになる女性がウヨウヨいた。彼女達は、「負け犬」と命名される前には、仕事もできて、そこそこお金も稼ぎ、おまけに女性としても魅力があるため、おしゃれな服を着て、おいしいレストランに通い、休みには海外旅行に行く、という同世代のサラリーマンから見たら、とてもうらやましい存在だった。
 一方、彼らは(専業主婦の妻と子供ありの男)、ローンに追われ、子供の教育費に追われ、妻から渡される小遣いもわずかで、なんの楽しみもない、苦しい日々を送っていたのだ。おまけに、そんな女達に仕事でも重要なポストをとられたり、ちょっとふらっとして、誘いをかけたら、セクハラ?とにらまれたり、いいこと全然ない。

そこで、彼らはつぶやくわけだ。
「おまえらなあ、そんな蝶よ花よと楽しそうにやってられるのも、今だけだぞ。
 結婚もしない、子供もいないおまえらに未来はないんだぞ。今にひどいめにあうんだからな」

これは、専業主婦である彼の妻の気分とも一致する。
「そうよ、そうよ。いいとこだけとっちゃって。さみしい老後が待ってるんだからね」

さらに、接客業・風俗嬢その他の女性からも冷たい視線が。
「あたしたちはさあ、日陰の身つうか、妻子持ちのおやじとか、疲れたリーマンをいただくことで、ごはん食べてんのよ。なのに、なんで、シロウトのあんたたちが最近、あたしたちの縄張りおかしてんのよ」

注)30代で未婚でお仕事している女性の不倫率ってものすごく高いですから。知人の風俗関係者は嘆いていました。最近は、シロウトに客もってかれる、と。

そんなわけで、このような潜在的な嫉妬と憎しみが、いつしか、彼女達に向けられ、その視線に気づいた彼女達は、自ら『負け犬」と名乗ることで、彼らの憎しみを回避したのではあるまいか。
(考えすぎ?)


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