山田あかねの一喜一憂日記

2004年11月27日
(記事数:1)

パンツのゴムが伸びても。

2004年11月27日(土) 04:17
風邪で一日中寝ていたので、打海文三の「1972年のレイニーラウ」と角田光代の「太陽と毒グモ」を読む。2冊読み終わって、本を閉じると、なんだか、時代の断絶を感じた。

少し前に、高樹のぶ子の「透光の樹」を読んだけど、よく作家は男女別に語られることが多いけれども、男女差よりも世代差のほうが、実は色濃いんじゃないかと思えてきた。
その線引きが1960年頃にあるような。

端的にいうと、60年より前に生まれた作家は(男女関係なしに)、恋愛を非日常ととらえる傾向にあるように思う。出会って、恋をして、寝る。この過程になにかものすごい特別のものを感じ、それを描きたがる。自分達の恋愛の独自性にひどく自信をもち、それを美化したがる。小説の中で、女はいつも女らしく、わき毛をそったり、パンツのゴムが伸びていたりはしない。いや、しているとしても、そういう描写は避けられる。恋愛において、そのような日常性は排除されるのだ。

一方、60年以降に生まれた作家にとって、恋愛は日常の風景である。角田光代の「太陽と毒グモ」にでてくる男女は、設定そのままに男女をいれかえても、十分物語として、通用する。風呂に何日も入らない女も恋愛するし、盗品で日常生活をまわしていく女も恋をする。

世代によって物事を語るのは馬鹿げていると思うけど、もちろん、60年以降に生まれた作家の作品でも、昔ふうの恋愛を描いているものもあるけど。決定的な差を感じた。





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作家・TVディレクター・映画監督
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