バージョンアップ☆☆☆

August 08 [Tue], 2017, 7:17
こんにちは〜、あいです。長らく書かずにプラプラしていました。

ドイツの留学先から、訪問しに来てくれたツインな友達とスイス・チューリッヒへ。日本のような空気感と、思った以上に水の都の雰囲気があって、ラグジュアリーなイタリアのよう。シーフード・イタリアンのこちらのレストランがすごく良かったから(Bianchi)機会があれば是非スイス人は小柄で小作りな顔立ちなので、どことなく安心感まであった。物価が高い高いというけれど、コーヒーは日本くらい。滞在がちょっとするね。

他の週末には、すっかり昇進して大人になってた(笑)友人を訪ねてミュンヘン滞在。三度目のミュンヘン。まだ食べていないババリア料理を食べたり、彼の行きつけのカフェやジェラート、ジョークじゃなくて本物の週末ブランチに行ったり(食べてばっかり)人生や語学や歴史の話をしたり、とても楽しかった。ほんといい友達だ。

ある週末にはひとりでシュトゥットガルトへ買い物へ。研究留学だから、授業で誰と一緒になるわけでもないし、ひとりになる時間ばかりかと思ったら、全然そんなことなくて、皆さんかまってくださるから(ありがとう)買い物での久しぶりの一人時間が堪能できました。

次はプラプラ、ドイツから飛んでブダペスト、ウィーンを10日間。パートナーはスナフキンさま。空港待ち合わせ。前回のミュンヘン、プラハでの粗相を挽回すべく(?)嬉々としておいでになった。ロジと地図と計画と予約はすべて私。小さいけれど、いろいろあった・・・。時に助け、助けられ。120%イライラして、120%呆れかえることも何度か挟みながら、無事帰国しました〜、帰国というか、イスラエルです。はぁ、安心する・・・!

このプラプラと関係しているのかは分からない。けれど私、このひと月で、疑いなく一段回上がりました!
もっと、ピッキーになった
合う人、合う場所、合う食べ物、興味、日々の選択におけるプライオリティ。意識せずとも、どんどんその幅が厳しく狭くなっていった。今まで私と一緒にあったものが、もう同じ場所に存在できないこと、それがあるべき姿で、抗う必要はないことが、すとんと腑に落ちた。

定義上、自分が自分であることって、朝、目を覚まして、自分が昨夜ベッドに入った自分と同じ人間なんだという確信に支えられてるんだよね。そうやってアイデンティティは成り立っている。だから過去がつねに参照点になって今の自分を認識している。習慣や惰性でやってしまうことって日常の多くを占めてるよね。けれども今はなぜか、それがどうでもいい(笑)。いいかんじに、過去との繋がりがゆるんでる。今何を感じていて、今何が欲しいのか。今の自分の意志の力と未来の方向性を参照点にして今の行動を律して選択することが、ずっと気持ちよくできるようになった。

ここからは具体的に話すけど、私にとってはエレガントであることが至福なんだと分かった。

世界は広いし、素敵なものは星の数ほどある。その中でも、「私にとっては」これが幸せ〜というものだけを選び取っていくのが、いい人生かなって”元・選べない女”の私は思う。”選ぶより、可能性を並べる方が楽しい!”という若くて怠惰な私から、徐々にスッキリ生きられそうな私に変化している。

例えば性差を感じさせなさすぎるリベラルなドイツ社会より、ウィーンのようなエレガントで伝統的で地場的な社会が肌に合う。ドイツの明るくて開放的なカラッとした文化が何より好きな人も沢山いらっしゃると思うけれど、私はちがうの。そしてドイツの中でも場所により全然ちがうのでしょうけれどね。ホーエンツォレルン家やハプスブルク家の歴史とともに育まれたドイツの”いいとこ”を経験してみて、そう思います。パリもアムステルダムもスイスも旧ユーゴ諸国も見てみて、”住んでみたいな〜10年とか”と長期滞在の可能性を感じたのはウィーンだけ。ソウルやマニラ、台北、メキシコ、カリフォルニア、NYC、イスタンブール、ドバイ、カイロなど行ってみたけれど、他に住みたいのはエルサレムだけ。面白いことに、ウィーンとエルサレムは私が最も頻繁に道で声を掛けられる場所でもあります。やっぱり、合うんだろうね。

それに、全然物欲がなくて。どんどんピッキーになって、本当に欲しいものが少ない。
携帯、シャネルのサングラス、サンダルが壊れたから、とりあえずサンダルを買った。
外国の部屋用サンダルと、業務用リュックと、レイバンのサングラスも、断捨離したから、とりあえず部屋用サンダルを買った。
靴屋にばっかりお世話になってるね(笑)。
今サングラスがなくて、日差しの強いこの国でちょっと辛い(笑)でも、スッキリできた喜びのほうが上なんだよね!
次はポーチいくつかと、スーツケースを断捨離しようと思ってる〜。もう、長年使いすぎたから。
携帯が復元できなかったらアドレス帳も消えるな。ま、それはそれでいっか^^
旅行で買ったものも、いちばんのお気に入りはブダペストで買った鶏の形の塩・胡椒トレー。よく考えたら、普段削るタイプのものを愛用しているのに、こんな入れ物買ってどうすんだろう・・・(笑)。それでも、なんか欲しすぎて買った

イスラエルに到着して、一日目に向かったのはスーパー。どうしてもバルサミコ酢(あんまり見かけないんです)と天然塩が欲しくて。きちんとモデナのバルサミコと死海のお塩を発見できたので購入。お醤油は愛用の最高にマイルドで風味の良いものを日本から持参しています。前回持ってきたゆめぴりかを使って炊き込みご飯〜→冷凍完了。もう、美人に健康になれるものしか食べたくないし、興味も悉く収まった。バンバとかビスリ(イスラエルのスナック菓子)とか一生食べないと思う。今日本に帰っても、ショートニングが確実に入っていると分かりながらも時に食べたかったクッキーとかも、もう食べないんだろうな。

以前は仕方ないと言って意識にあげないようにしながら、エレガントでない食べ方をしてた。ながら食べ上等、器に盛らずそのまま食べる、仕事用デスクで食べる、など。それもムズムズするようになって、止まった。朝昼晩を意識して、なるべく人と一緒に食べるようになった。それでもケーキとかアイスとか(この時期のヨーロッパにいるともう、逃げられないよね!)、チョコだって、楽しんで食べてるけどね

さらには取り巻く人々。
スナフキンに対する恋愛感情が限りなく薄くなった。今は惰性だね。彼はエレガントでないことならなんでもする人なので(笑)、彼がどれだけ愛情深く優しい人間であっても、自然ともう一緒に居られないし、この先なんて絶対に考えられないと思えたの。嫌いなわけではないし、今後も気に掛ける存在ではあり続けると思うよ。でももう、別世界の人だなっていう感覚が強くなりすぎて、一緒に居られない。同時にマルくんのことが好きで好きでたまらなくて、ニコニコしてしまう。これまで時々、素晴らしすぎるマルくんが別世界の人のように思えたけど、今は同じ列車に乗った、たくさんの夢とか素敵をシェアできる、一緒に上昇している最高のパートナーだと、横並びに感じられるようになったんよね〜、ふしぎ。

それと、以前から気を付けている、"evil eyes"の取り扱いについて。
率直に言って、私はけっこう羨ましい存在なんだろうなって感じることがチラチラあってね。実際とっても幸せで恵まれているし、沢山の機会を与えられて、どんどん成長できている。だからこそ他人の嫉妬が怖くて、嫉妬に当てられないように、なるべく私に訪れる幸運やチャンスについて、矮小化して伝えることをしばらく意識してたの。リア充アピールとは逆を心掛けてた(笑)。毎日充実しすぎて自慢っぽくなるからこそ、本当のところを言えない。だから消息不明系だとおもう〜。でも、それも疲れてきたんです。あほらしい。evil eyesを向けてきそうな人とは、選べるなら、他の部分がどれほど良くても、実際的利益に絡む可能性があろうとも、極限まで付き合わなくていいよね。同じレベルで喜び合える仲間って、いつでも自然とやってくるから。

マルくんも同じ流れに乗ってバージョンアップしたんだって!だからみなさんも、同じ流れの中にあって共感できるかなって思って書いてみた。気持ちいよねー!さて、このひと月で、新しい私をリピート、定着させてみますのだ☆

マゼンタ色のオーラ

April 06 [Thu], 2017, 7:00
3月最初、5ヶ月のイスラエル留学から帰国したとき書いたものを、今頃。。。



帰国しました。なんだか優しいきもち

イスラエルにいるとね、なんだか他人のことが本当にどうでもよくなる。移民国家で若い国だから、日本のような暗黙知が少ないし、ルールやマナーも少ない。みんな自由なノラ猫みたいに気ままに思うままの時を過ごしている。

日本人はなんて申し訳なさそうな人々なんだとびっくりして、同時に愛おしくなる。イスラエル人は「わたしはこうしたいのー!」と主張してなんぼ、言わなかったら存在しないも同じの扱われ方をする。みんなが自分の思うことを言って、うまく融通しあって、みんなが一番!で無邪気にゴキゲンだ。他のひとのことを、本当に気にしない。

気に掛けない、とはまたちがう。気付いたのが、イスラエル人って信号で車が止まったら、みんな隣のドライバーの顔を確認するの!信じられる?日本だったら変な人扱いもしくは失礼だよね。でも、イスラエル人は好奇心で確認する。隣に偶然友達がいるかもしれない!とかね(笑)。小さな国だから、実際街に出てても知人に会う率高すぎるんだよね・・・。お見送りに来てくれた空港でスナフキンさまは、まずセキュリティ・チェックのおにーさんに

「いや、知ってる!絶対知ってるよ・・・!もしかして、テレビとか舞台に出てない?有名人じゃない?」

どこで会ったかわからないけれど確実に顔を知られていて、すっかりお友達になっていた(笑)。チェックインを済ませてカプチーノを買いに行ったら売店のおねーさんが

「あ、こんにちは!あれ、どこで会ったっけ・・・?でも、絶対知ってるから!!!」

アゲン(笑)。ほんと、小さな国。ユダヤ的な考え方なのか、みんなで大きな家族♪みたいなムードがあって、フレンドリーだしお互い気に掛けている。道で人が転んだらすぐ誰か手を貸す。テロ対策やセキュリティはきっと世界でも最先端なので、正直ドイツの一番ハイソな都市ミュンヘンより安全(とミュンヘンからの観光客が言ってた。)政治的なことを抜きに快適さをいうなら住むのに悪くない国だよ。OECD内で一番幸せ指標高い国だし♪

イスラエル好きなの話はこれくらいにして、マルくんが帰国して早々私に言ってくれた言葉。

「あいちゃん、ピンクになった!目を閉じてあいちゃんをイメージしたら、前はミルクみたいなスカイブルーだった。でも今は紫っぽい。ピンクが混じった!」

翌日、限りなく白に近い紫の百合の花をプレゼントしてくれた。

「この花弁見て!あいちゃんはこんな色だよ」

赤と青の間に光を透した色のひとつ。予想していたように、マゼンタ色だ。

実はマゼンタは、私が好きで無性に惹かれる色。そして不思議すぎるのが・・・。滞在中スナフキンさまが新調してくれたシャワーカーテン2枚と、ベランダの椅子のカバーが、どれもマゼンタだったのだ。

偶然マゼンタ色のスニーカーを持っているから、恥ずかしくてなぜマゼンタ色にしたのか聞けなかった。けれどマル君にこう指摘されて、ふと、彼も私のマゼンタのオーラを見て買ってきたんじゃないかと思ってね。意識か、無意識か。よく見える人なので。

以前から私が青色のオーラを持っているのは性格や数秘術やあらゆる自己診断から明らかだったのだけど、ピンクが混じるというのは・・・恋?そうね、私、まちがいなくスナフキンさまには恋してるもの。



マゼンタ色の意味を調べると、オーラソーマではこのような解釈をするようです。

赤2に対して青1から成るこの第三の色は、レッドとヴァイオレットの間に「隠れて」います。それゆえマゼンタは光のスペクトルの終わりと始まりの両方――アルファとオメガ――を表し、神聖なる愛の完全表現なのです。

ちなみに第8チャクラ(つまり7の上、ソウルスター・チャクラ)の色で、天の愛を地上に広める働きがあるんだって。ふむふむ。それと単純に、第4チャクラ(ハート)のピンクと第6チャクラ(サードアイ、叡智)の深いブルーがどちらも活性化した時の色かな〜とも思う。

愛を感じ、愛を発し、信頼を胸に、軽やかに生きる心地よさ。。。
いつも「人間としての成長」が究極の目標にある私にとって、マゼンタ色の人生を選ぶのか、青空色の人生を選ぶのか・・・。愛おしすぎて、今でも泣ける。

怖れを手放します!宣言

December 15 [Thu], 2016, 20:00
ちょっと離れたところからみると、パーフェクト・ガールとして生きてきたワタクシ。
勉強ができてスポーツができて、人並みに恋も経験できて。それは、大学院生というエクスクルーシブなコミュニティーの中でも変わらず、眩しいヒト扱いされがちである。

けれども、もう少し近づいて私を見つめてくれた優しい人たちは、私よりも早く気付いてくれていた。

私が怖がりだということを!

ずっと自分に満足できなくて、どれだけ完璧だって言われても、自分で完璧だと思えなかった。満足していないのに褒められ続けて「ふふ」とお愛想で対応するしかできなくて。そのギャップがさらに恐怖と孤独感を生んでいた。

周囲の優秀な人たちを見ていて、本当に突き抜けられるひとは、失敗へのものすごい恐怖が動機となってるんだな〜と別物扱いしていた。けれども、私もある意味同類なのかも。違いは、恐怖が彼らみたいに顕在的に現れてこないこと。

先日出会ったちょっと怪しいお金持ちは、今振り返ればメイソンリー(フリーメイソンのメンバー)みたいな話し方をする人だった。
「僕は人の意識がわかるんだよ。君は、あちこち飛びすぎだよ。頭がずっとスピンしっぱなし。何をそんなに怯えているんだ。今ここに集中するんだ。リラックスして、さぁ!」

「怖がる理由なんて何もないじゃないか。イスラエルは素晴らしいお天気で、気のいい人がたくさんいて、楽しい毎日を送ることができる。全てある。」

「人生は楽しむためにあるんだ。苦しまなくていいんだよ。」

・・・そっか。ほんと、そうだよねー?!

どちらかといえば享楽的な私でもまだまだ、喜びにオープンになる余地がたっぷり残ってるんだ!と気付くと、身体のうちから太陽が昇ってくるような光を感じた。

何かと改めて問いかければ、形のない将来への不安から。私は体力の限りひたすら頭をスピンさせて働いてきた。でもよく考えたら、私結構よくやってる。去年ここイスラエルの現地の方に言葉を残しておいた通りに、長年の夢であったヘブライ大学での留学生活を実現させた。しかも数少ない博士研究員として。世界でも有名な教授たちにお目に掛かったり面談してもらったり、その真っただ中にいる。折角の貴重なチャンスの最中にいながら、無形の不安を手を伸ばしてせっせと集めるなんて、ものすごくおバカだね?次の課題を頭の上に積み重ねるばかりではなくて、ありのままで、ここで、喜びの中から日々をクリエーションに捧げることだってできるはず。

みんな、生みの喜びのために、生きている。まちがいなく。

今日、ようやく宣言できる。
私は、人生のたくさんの、拾い出したら無限とある恐怖を、ひとより多くかき集めて生きてきた。でも、もう止めます。人生は自己鍛錬の貴重な機会けれど、同時に楽しむためにもある!
進捗が滞ると”するベキベキベキ”って頭にモヤが湧いてきて不安になっていたけれど、キッパリおさらばしよう。最高の喜びで気付いたらスタートしているようなことしかしない。それからゾーンに入るのは、今でも簡単ー♪



マルくんは、私のことをうさぎさんだというすぐに怯える。怯えてフリーズする。ぷるぷると震えてどうにもできなくなる。そして誰にも追いつけない速さで突如駆けだす。そんなうさぎさんをマルくんは守ってくれる。「大丈夫だよ」って。本当は「ほら、怖くないよ」って言ってほしかったんだって、今ならわかる。

それも、もう卒業。ほら、今まで沢山怖がってきたのに、実際外に投げかけてみたら、思ってたよりずっと素敵な出来事が返ってきたでしょう?世界は優しい。それに私が発するものは、まちがいなく、世界に優しい。自分の優しさに信頼が持てるから、安心して世界との相互関係を望むことができる。



本気の風邪をひきました。高熱でも食欲だけは落ちないタイプなのですが、今回だけはまるで何も受け付けず、48時間ほとんど何も食べられず。そしたらお肌つるつるなのー風邪を治すためだったけど、沢山水分摂ってデトックスに精を出した甲斐あり?

私が寝たきり生活を送っている間、エルサレムは冬の嵐。今日の小雨ちらつくお天気では、洗いたてのようななしっとり澄んだ空気。なんだか、私もこの街も、一緒に浄化のプロセス経たみたい♪

セルフプロデュースは外見と中身を分けて☆

August 15 [Mon], 2016, 16:13
こんにちは〜あいぼんです
やりたいことが、できる分よりずっとハイペースで積んじゃって、ひとりでハフハフいってるこの頃。旦那さまマルくんは1か月海外出張へ旅立つので、そのあいだ一層お仕事がんばるぞー!といっても、半分は私もふらふらヨーロッパだから、半分のうちにやるだけやるぞ!

本日いっそう散り散りの文です、と断っておきます。



セルフプロデュースというと大袈裟に聞こえちゃうけれど、結局は自分と社会をどういうふうに繋ぎたいのか、それだけ。だから誰でも、向き合うほど成長できるトピックだと思うの🎵

しかも、ビジュアルと中身二本立てで見ていかなくては、うまくいかない。なんで今まで気が付かなかったんだろう!整理がついてなかったことに、叫びたいくらいだけれど、「(他人は変えられなくても)自分は努力で変えられる」と、「素材を活かす」のバランスを、ああでもないこうでもないと試しながらしか、ストンと生きられる自分って出てこないんだよね。

では、みなさん自分がどんな傾向にあるか、立ち位置把握できてますか。
以下かんたんなマトリックス組んでみたよ〜

マスキュリ二ティ=発信型、普通肌、骨格が目立つ、パンツスタイル、セクシー
フェミニティ=受信型、白肌、骨格が華奢、スカートスタイル、可愛い

というふうにイメージして、楽な分類として使っていることにご留意いただいて、ちょっと考えてみてヽ(^。^)ノ

外見マスキュリン×中身マスキュリン・・・・・・・・・勝気なお姉さん型!ミスユニバース・ファイナリスト。あと、ふと浮かんだのは吉瀬美智子さん。可愛いはまるで似合わないので、セクシーで打ち出すしかない!

外見フェミニン×中身マスキュリン・・・・・・・・・・・大半のお嬢様育ちはこの枠。人生楽そうにしか見えない(いちおう、褒め言葉のつもり)。女の美しさという全ての階級を超越する切り札と、自分から出ていく社会性を兼ね備えた、女である限り最強仕様。小さいころからどうやって兄弟の中で自分の存在をアピールするか試行錯誤する、次女もこの類型のこと多し。「似合うと人に言われるから」というマスキュリンな考えなので、好まない場合もフェミニンな服を着て平然といられる。あと不思議なのが、可愛いもセクシーも結構いけること。

外見マスキュリン×中身フェミニン・・・・・・・・・・・中身は頼りたい気持ちがあるのに、ビジュアル的になんとなく頼られてしまう。というと長女っぽいのかな?白レースなどストレートなフェミニン・ファッションを心が求めるのに似合わないので、フェミニン色でパンツスタイルとか、AラインでなくIラインのワンピースを選ぶ、など、ひと段落落として工夫する必要アリ。

外見フェミニン×中身フェミニン・・・・・・・・・・・・・・特に調整する必要がないので、そのまんまで若いころから男が寄ってくるタイプ。ただ、フェミニンな内面にどう社会性を持たせるか、調整する必要があるので、社会に出るときひと葛藤。そしてやりはじめると案外忍耐強く仕事を続けるのもこのタイプ。


私は外見マスキュリン×内面フェミニン。お察しの通り〜かな?
同じ身長で、私より丸みのあった外見フェミニン親友が、私より5キロも体重が少なかった衝撃は今でも忘れられない!(笑)。それくらい身体の内部から作りが違うのね!という衝撃を胸に刻んで、どうすればラクになれる?と試行錯誤しながら、この可愛いもの偏重のジャパンで、ビジュアルがフェミニンじゃないと、余分に数個分のハードルを背負ってるとしか思えない!とブツブツ言いながら、それでも生きようとしてきて早10年以上。

私の皮膚炎が海外で消えるのは、これが原因かもしれない。アジア圏出ると、このハードルがゼロになるんだもん!少なくともゲルマン系の女性や、丸太体型に補正して社会生活を送らなければならないムスリム女性の中では、どう転んでもアジア人のほうが「女」に映るからね〜。色々と、遠慮しなくていい。

国際社会で見ると、外見・中身/マスキュリン・フェミニンの分類はそこそこ均等に分布してると思うんだけど、日本で切り取ると、まだまだ少ないよね、外見マスキュリン女性。しばらくヘルシー体型が流行っていたけれど、秋冬トレンド見てると、また華奢ほど似合うものに逆戻りしてきてるし。日本に次の中村アンちゃんが生まれる可能性は限りなく低い。(今wiki見たら、誕生日ちょうど1か月違いだった!同い年だよ。なんか感じるものがあると思ってた〜それにやっぱり17日生まれってちょっとズレてるよね。)

外見フェミニンだと、欧米だとむしろ不利。大人向けの”可愛い”概念がない、とはいわないが(ポケモンはどこでも流行ってるし)、稀薄な地域だと、「幼い」とみられて相手にされないことも。その辺、私はアドバンテージしか経験しないので聞いた話だと、まともにビジネス相手として認識されない、道を渡るのも一苦労、などなど・・・。けっこう涙ぐましいエピソードを聞く。こういう欧米社会には外見も中身もマスキュリンな女性が多いので、中身フェミニンが際立って重宝されるのよー。だからアメリカやイスラエルのような外見マスキュリンだけど、中身は両者混在する国は本当に、らく。ゲルマン国(私の経験はドイツだけど)では、中身もマスキュリンすぎてこっちも戦わねばならない気分になるから、また違った大変さがあるなぁと、数日の経験ながら、感じた次第です。

外国人と結婚する日本人女性が不細工というのも、これに由来してるんでしょう!
日本基準では外見フェミニンが断然美しいと評価されて、外見マスキュリンは評価低いからね。

外見マスキュリン・中身フェミニン派の葛藤も、大人になるほど減っていく。30過ぎたらストレートな甘々スタイルが似合う人はごく一部になっていくし。もしかするとフェミ×フェミの方にとって、その壁が大きいのかしら?今まで何も考えなくても似合ってきたものが、似合わなくなる・・・気付けば幸い。ま、その前に社会人としての洗礼を受けるかな。
そう知りながらも、もがいてしまうの〜人間だもの。



最近どうやら見えないストレス溜まってるようなんでこんなにいじわる、私ー!
先日、この先どんなライフスタイルを送りたいかなぁと考えてみたら、現状すでに8割がた手に入れていることに気が付いてね。ハタチ過ぎからはや9年間、快楽原則を意識して毎日生きてたら、ふつうかな?
でも、なんなんだ、このどうにもならない、胸の痛み。(フィジカルに。)

呼ばれ続ける、諏訪大社〜☆

August 04 [Tue], 2015, 14:37
こんにちは。夏休みに突入しました!あいぼんです
研修関係で、近畿中を動き回ってました!

今年の美白っぷりは、春からつまずくこともなく、大成功だったのに、
海や山や川や砂場(笑)でワイルドな活動をしているうちに、肩はほんのり皮むけちゃった!ヽ(^。^)ノ
まぁええねん。毎日お肌のために積み重ねは怠ってないし



私が諏訪さんに呼ばれていることは、去年の秋、初めて公言しました。エルサレムへの思慕(記事)

つまり、この3年間、毎年あっつーい時期に、夢にお出ましになってるの。
2013年9月は、母の夢に。
2014年9月は、私の夢に。
そして今年度分?2015年は先週7月、私の夢に。

妹「ここ、知ってる?いったほうがいいで!」

あいぼん「うん、わかってるってば」

しかも、名前は出さないのよ。それに私は、「行ったことある」とは絶対言わない。
間髪入れず、気付けば鳥居入ってすぐの地点に立って、境内を見渡すビジョンが来た。
その場でも、

妹「絶対行った方がいいで!」

と、上から(天から)の声が聞こえる。
最後には社殿上空からのパノラマにぐいんと切り替わり、下にいる自分たち(旦那と一緒?3人だったような)と、美しく豊かな森と新緑の田園風景を見た。

これを繰り返し、一晩に2度見た。

朝に起きた時、あまり気にならなかったのだけど、あれ?なんか神社のこと言われたな〜どこのこと?も、もしや・・・
と、「諏訪大社」で画像検索したら、まさにぴったりのものを発見。コレ。



この手水屋のかんじ、すこし奥まった参拝所(本殿?)。森の包むように生い茂るかんじ。ありがちだけど、アタマでしっくりくる、このかんじ。
もしこの前の道を挟んだ場所が、青々と優しい田園風景ならばっちりなんだけど〜。。。

私は神社オタでも宙に浮く系のスピでもないつもり。
だから、ここが沢山ある長野県の諏訪大社体系の中で、どんな位置づけかもわからないし、正面かもわからない。(調べる気もなし〜。)でも、来るものは、来る!だから、受け取っておく〜。

でも、明日から出かけるのは、中部地方!
最近アツいね〜中部地方。ご縁があるひとが、愛知、岐阜、金沢ラインに集中。
マルくんが白川郷に行きたいというので、金沢&下呂を2泊3日で巡る、強行ツアーしてくるよ
危なっかしいバケーション・ドライバーだけど(週末ドライバーでさえない)、今、運転欲ムクムクだし楽しみ!

こうして、ずっと諏訪のかみさまを無視し続けてるの、おお・・・。
ちょっと、遠い!

また話は変わって、昨夜ふと気になって、私の長すぎる財運線をネットでチェックした。すぐ出た!コレコレ!


(図のAは気にせず)このサイトの説明によると
直観線(小指からずーっと下がった手の付け根あたりの月丘という場所から上がる線)と財運線(小指下に向かって伸びる線)がつながっていると解釈するそうで、直感でお金を当てるのに向いている。ギャンブラーとか経営者らしい人、なのだそう〜。

今まで100人弱鑑定したし、テレビでちょっと映る手をチェックするのが習慣なのだけれど、直観線を持つ人はひとりもいなくて。。。唯一持っているのは、うちの母!(笑)私も遺伝かな。

そんなわけで現実に足を踏みしめ生きながら、見えない世界も抵抗なくリスペクトしておくオレ流世界観でした

日々、なんらかのために生かされているのだと感じるから、
気力&体力とアウトプットに気を遣って、有意義な夏休みにしましょ

トランスフォメーション☆

May 10 [Sun], 2015, 14:14
自分との対話が進む。

今日の夢は、生首の夢だった。そういえば昨日も生首の夢だった。
今日の生首は私の生首だった。

他に言い方がないので「生首」というけれど、血みどろとか髪の毛がグロテスクとか全くない。死体らしくもない。
なぜか胴体がなくて頭部(あ、こう言えばいいのか)だけで存在して
透けるような白い肌に神々しいオーラを放った生首がある。

生首を手にするのは良い出会いを意味する。良い方向に物事が進む夢。
今までとは違った自分に生まれ変わる暗示。余裕が生まれ、オドオドした態度を取ることがなくなる。
美しい生首の夢は、自分の魂からも美しいオーラが放たれていることを表す。
頭が印象的な夢は今まで奥底に眠っていた能力の目覚めを示す、などの解釈。

最近の理不尽なマル嫌いの理由が見えてきた気がする。
前の記事ほど嫌っているはずはなく(笑)、マルのこと大好きなんだけれど、息苦しく感じることがある。
極度に自立しているので誰といても陥る感覚だと思う。
マルといると、人として学ぶことや、素敵な出会いが沢山あるけれども、個人としてキャリアを積むことに対しては”奪われている”感覚に侵食される。言葉では私の社会的成功を願いながら、所作?扱い?としてはビューティフル・ワイフ以上の何でもない。

家のなかだけではない。外でも、ありがたいことに私の多面的な才能を認めてくれる人は多くいるものの、複数の男性が私を秘書に〜とジョークを下さる。明解に言えば、オレは社長になりたいのに秘書かいな!という感覚がどこかにある。事業や活動を抱えすぎて、その一部を任せたい、という意味もあるので、怒ることないねんけども。

同時にバスルームの夢を連続してみている。自らを明らかに表したいことの表れだそう。
今そういうプロセスが進んでいる。

まずこのGWの間の研修で、一皮むけた。グループでプロジェクトを立案するさいに、自分のメタ認知の強さ、要旨を見抜いて論理的に組み立てる能力、それを説明する力、チーム分担をして一つにまとめる力、語学力などを発見した。結果の発表も、あがり症にとっては拷問でしかないのだが、終わってからある分野のえらーい外国の先生から名刺を渡され、とてもよかったと、わざわざお褒め頂いたのだ。驚いたのと、嬉しすぎて泣いてしまった。他所からも、私の内心の焦りとは裏腹に、堂々と自信に溢れていて、わかりやすく綺麗な英語で、落ち着いて話していて素晴らしかったとお言葉を頂いた。

さらには、先日ひょんなきっかけで、今京都で最もホットなコミュニティー(とマルは太鼓判を押す!)の活動にボランティアとして参加させてもらった。京都の素敵さを理解しない人は、単に京都の人を知らないから。上辺しか知らない。京都の味は場ではなく人にある。京都人がいなければ京都じゃなくなる。そういう街。集う方みな軽やかに温かく清らかで、お褒め上手。初登場のあいちゃんをフル活用してくださり、「あいちゃんは何でもできる」「お客様の対応も完璧」「どこへ出しても恥ずかしくないお嬢さま」だなんて、泣けるお言葉を下さる。ゆったりしながらも、とても愉しい一日を過ごさせていただいた。幸運にも何度かお会いさせて頂いているセレブい方々(笑)とお話したり、様子を観察したり、興味深かった。あんなにハイテクなメルセデス乗ったことなかったわん。

やはりというのか、高貴で清い方々って、耳が小さい。声も小さい。
それに狭い社会で暮らしていらっしゃるので内内ツーツーなのと、ワールドワイドに繋がっていらっしゃる。
歴史の勉強する価値ここにあり?教科書に出てくる人の御家って実在するんよね。

それはさておき、少しずつ自分の価値を認めていくきっかけを自分で用意して活動することで、望む変化のプロセスに乗れていることが嬉しい。
一部気持ちばかり先走って身体がついてこず、生首状態で(笑)辛いところもあるよ。けれど、ひとつずつがんばろう。

非定型うつ病の経歴。

April 24 [Fri], 2015, 16:10
こんにちはお天気最高ですね!
そんな中でも、みんなそれぞれのオシゴトに勤しんでいるんだよね・・・えらい。

私はどうやら、結婚式後この1か月間、ゆるやかに鬱です。
どうしたら自分のコントロールを回復することができるんだろうと、もがきますが、どうにもなりませぬ。
けれども、マルがおうちへ帰って来ると、嬉々としてお世話をしたりされたりします。
と思えば、昨夜は本当に気分が落ちていてマルの視界に入ることすら嫌でした。マルが気にして音楽をかけたり、ちょくちょく話しかけたりしてくるのが辛かった。どうしたのー!とソファの横に座って来た時は、びっくりして嫌すぎて涙が噴き出た!
好きな人なのに。もうわけがわからない。
けれど、このコントロールできぬ無気力感はもう馴染みのものでもある。

そして今頃、ようやくぴったりなものを見つけた。
鬱の症状にぴったりあてはまるわけじゃないけれど、”何かおかしい”と感じるのなら、こちらかも。

非定型うつ病
発症前の特徴的な性格
●いわゆる「よい子」。手のかからない子だった
●責任感が強い
●自己主張、要求ができない
●甘えられない、甘えない
●他人に助けを求めない
●弱みを見せない
●プライドが高い
●やさしい


”ひとくちに「うつ病」といっても、さまざまなタイプがあります。
 非定型うつ病はその中のひとつで、これまで日本では、『神経症性うつ病』と呼ばれてきたタイプ。『お天気屋うつ病』とも言われ、どんより沈み込んだ状態が続くものの、よいことや楽しい出来事があると、それまでの不調がウソのように、たちまち元気になります。しかし、長続きはせず、また憂うつな気分に戻っていく、これが大きな特徴です。さらには、上記のように、過食に走って体重が増えたり、いくらでも眠れるなど、私たちが知る従来の『うつ病』とは正反対の特徴を示すため、見逃されやすく、症状を長引かせる傾向があります”


”非定型うつ病は圧倒的に女性に多く見られ、10〜30代女性のうつ病の多くが、このタイプではないかと言われているそう。”

私のような典型的長女、完璧主義の物わかりの良すぎる育ちをした子は危ない。
泣きたいけれど今は妹が泣いているから私は泣いてはいけない。
私もお母さんと○○したいけれど、妹がしたいから、私はお父さんのところへ行く。
そんな自分が主体にならない思考回路を幾度となく繰り返していたし、1歳のころまでの母から受けた愛など2~3歳の幼児が知るわけもないので、母は私にだいたい無関心なのだと思っていたし、時には嫌ってさえいた。

まさに長女の”あるある”でしょ!

”周囲に気づかい過ぎ、自分の気持ちを抑え込んでも他人に合わせようとする特徴もあります。これは、子どものころからのもので、親のいうことをよく聞く“いい子”と言われて育った人が多いようです”

その後も母は私にはかなり無関心で、妹・弟のことになるとわいわいするのは変わらなかったのですが(笑)
それほど、「指示されることなく自分で必要なことを知って行動する」ことが、きっと深層心理で「べき」設定だったし、それを首尾よく行う能力にも長けていたので、幸か不幸か、パーフェクトいい子ちゃんで大人になってしまったのかもしれません。

大きくなって子どもたちの手が掛からなくなったからと、「もっと相談してほしい」など親から言われても、それこそ親の勝手です。そう育てたのはあなたがたなのですから。ペシ!てかんじです。(うちの面倒な父親の話。)

小学校入る前から、親や大人、その場の空気に必要なキャラクターを演じていた自覚があるし、
皆のほしいことがわかるのに、まさか全てに応えることなどできなくて、いつも申し訳ない思いをしていた。
サイキックな言葉を使うなら、幼いころなので一層強力な、エンパスだったのだと思う。

小学校2~3年の時か。「もう、諦めよう。」他人のほしいことは無視しようと決めた。繊細ちゃんが少し太くなった瞬間。そのころから、(いつも友達はいたんだけれど、基本本と友達の少女から、)明るくなった。母も安心したらしい。

そのままのん気に元気に育ち、ゆるやかな発症は高校生の頃。
入学してしばらくのうちに、過度のストレスで(何が?とはよくわからないんだけど、新しい環境ややりがいを感じられない課題の多さかな)、夜中に過食が続き、3か月で10キロ太る。体脂肪率17%とかの筋肉女子が3か月で10キロ太るための努力って壮絶だよ。丑三つ時に、その1日食べたカロリーの2~3倍ほどを毎日摂取するとなれるよーん。

”定型うつ病では、朝方がつらいものですが、非定型うつ病では、夕方からが要注意。食欲は落ちるどころか増し、好んで甘いものを食べるために太ることも。”

そして別物になる。自分が誰か、ほんとうにわからない。誰とどう関わっていいのかもわからない。
とりあえず、ずば抜けた適応能力から、「必要なポジション」を探ってた気がするな。
だから、「○○したい!」子がいれば、それを補助する役回りを選ぶし、けれどもちろん、一番楽しい○○をしたいともんもんとしていた。幼少期の妹との関係性をリピート。

さらに、家庭内の環境が恐ろしい時期を経験した。昼間からぐでんぐでんに酔っ払って、片手にお酒の瓶を持ちながら、キッチンに座り込む父。その隣には包丁が転がっている。汚い言葉で母にわめき散らす。それを構わぬかのように、背を向けて黙々と料理する母。
隣の部屋で応戦しようとし、本気で怒る妹と弟。だめだめ、刺激しないで、誰か死んだら嫌だ・・・。

・・・このシーンだけは、これだけ長くブログを書いてきたけれど、言ったことがないと思う。
だって、恥ずかしいじゃない。こんなにまともじゃない家族。

いつまでだったか、私が22〜23歳くらいまでは、包丁はなくても、夜眠るときに1階で父が母に威圧的な声でひたすら文句を言い続けることが続いた。安心して眠れない。一度、母は父に首絞められてたし。

大学へ入っても、半年するとおかしくなってきた。視線恐怖症というのか、外出が苦痛になってきて、もう半年でほぼ外出できなくなった。自分で”許せる私”からすでに20キロも離れていた自分が醜くて歩いているだけで悪いことをしているような感覚に囚われる。お目汚しだから(笑)。

”10代後半の多感な時期をうまく過ごすことができずに芽吹き、時間をかけて進んで、20代半ばになって症状が現れると考えられています”

けれど当時はうつじゃないんだと思っていた。普通の鬱は、食べない方に走るか、過食に嘔吐が伴うので、私は鬱じゃない、ただ怠けているだけだと思っていた。怠けからの自己責任の結果なのに、自分を管理できず、どうにもならなかった。病気だと言ってもらう方がよっぽど楽だったし、積極的に対処療法に手を出せただろうに。一日中寝ても眠いのも、何にも関心が持てないのも、太っているのも、すべて自分が悪いと思っていた。

私は幸い、カリフォルニアへ飛び、ちゃらんぽらんになって帰って来たので、”許せる私”からすでに25キロくらいぶっとんでいたのが、帰国後1年で15キロ落ち、その後も勝手に落ちて今は+7キロほど。夏は+4くらい。十分丸いけれど、今みたいに、不定期に来る鬱で暴れ食いをしてもそれくらいで収まる。

”非定型うつ病の人は、みっともない姿をさらしたくない気持ちが強いため、人前に立つとかえって緊張して手や声が震える対人恐怖の傾向が。”

それと、対人恐怖症の対策に今から取り組もうと思って、情報を集めた。
普段のん気に話しているので、にわかに信じてもらえないんだけれど、私人前で話すのがまるでできない。
中卒くらいまでは、むしろ得意でなんでもほいほいと言ってしまうほうだったんだけどなぁ。どこかで屈折してしまった。

私は”面接”というやっかいなシステムで知能面や作成書類で通れども、あらゆる機会を封鎖されてきたのです。ほんの出だしの面接でも通ったことがない人とか存在するのー!てかんじ。
こんなしょうもないもので、私の行く手を阻まれていてはばかばかしい。
比喩なしに、心臓がドクンドクンし、音が自分で聞こえるくらいになり、内臓から頭のてっぺんまでセメントを流し込まれたかのようにガチガチになり、過呼吸みたいに空気が入ってこなくなり、いつでも泣き出しそうになる。2月の3週連続面接、辛かったぁ・・・。

俗にいう”アガル人”なんだけど、どうやら適応能力が高いほどなるらしいですよ。なんか、納得。
確かに、適応能力ないと自称&自覚する友人は常に冷静、マイペースだもの!
そして、案外アガル人ほど話せれば話し上手なんだって。ほんまかいな。

結婚一か月ですが、こうしてうつな気持ちで思い返せば、やはり私は実家で暮らすのが辛すぎて、苦しいところにエンジェルのお迎えがあったので結婚した、という気がしてならない。
最後、籍や保険の整理でも、父親の私への執着と戦い続け、すっきりできました。
いまだに父は支配者/母は被支配者という頭の設定は抜けない。これだけされて、よくもまぁ一緒にいるなぁと思うでしょ?うちの母。母の開放をどこかでずっと願い続けることに変わりはありませんが、いつか丸く整理できればいいな。

今回のこの春の落ち込みは、なんだろう。春の忙しさに乗り遅れた罪悪感?結婚式って終えた後も忙しいんだよー。まる2か月本業を疎かにした罪悪感と、1年生キラキラなノリとはかけ離れた気分だったので、あちこちからプレッシャーを感じたことかな。それでも、今ようやく文章書けるまで回復したので、ちょっと外出してこよう。

いろいろあるけれど、今生きてて幸せ。

新たな目標その1:美女度上げること。

May 01 [Thu], 2014, 11:38
フィリピンにて、だんなマルちゃん、ダウン中。。。
日本⇔フィリピン、外⇔エアコンのギャップに晒され、しかもミーティング続きで睡眠時間短かったり、毎日遠方まで苦労して出掛けてたので、ついに発熱。昼寝してたあたしは平気だよ!昨晩は看病ナイトでした
いや、なにより普段お肉を食べないのに、半分以上肉の生活にお付き合いなどで耐えてるからかな。
平気な顔してギリギリまで耐えるから、ドカッと来るんです。もう〜

それでも「今日はじゃあ、映画見に行こう」なんて起きてから言うもんやから大したやっちゃ!
そして世界のブリリアントをマグネットみたいに惹きつけるその、マルさはなに?!

昨日は世界的大企業Nで、フィリピン政治経済界で、最も有力な家族の(苗字からして華僑ではないと思う)方と知り合い、ほんのヒトコトで捕えちゃったみたいで、ディナーや観光案内までオファーして下さったのだが、お断り。
日本の学校のクラスメートがホテルに迎えに来てくれて、フィリピン料理ディナー。

私も彼の研究科によく足を運ぶのでお友達なんだけど、フィリピンに来てから、彼が標準的なフィリピーノからずば抜けてカッコよく背も高くお金持ちなのだ、としみじみ感じていた。MBA入る前は、D銀行勤めだし。パパの自社ビル、マカティ(=マニラの六本木)のど真ん中だし、ユニバーサルなリッチの定番、C銀行ブラックカードだし(笑)。

(ちなみに現在彼女募集中!紹介するぜーーーー!!!)

まだまだやんちゃっ気抜けないけれど、人のもてなし方もよく心得た素敵ボーイだよ。
その彼に聞いてみた。

「フィリピンで、可愛い女の子ってどんな子なの?例えばこのレストランでは、どの子が可愛い?」

とすぐさまiPhoneでページを繰り出し、出してきたのは、ミスワールド2013のフィリピーナだった!


Meagan Young(ミーガン・ヤン)さん


見ていると、フィリピーナちゃんは世界的美女として認められているらしく、ミスユニバース2013年3位、ミスインターナショナル2013年1位と、断トツの成績。歴史的にミックスされてるからかしら?素敵。しかし街では、こんな背の高い子歩いてません!

それで思ったの。標準的な美人の基準、で、ミスワールド出してくる感性、違うね!
日本人とフィリピーノ、以上の違いが身体に走ったわ

前の彼女を踏まえて、どれだけ長身な彼でも、やっぱり小柄なプリティが好きなんよね〜と思っていたのに(実際そうなのですが)、基準は更に高かった。


ここからは日本での話ですが、偶然春に能鑑賞のお誘いを受けて、そのままお茶会、そして当日歌い手だった能楽師の名家のお兄さんとお食事までご一緒するという好機に恵まれた。お兄さんの声の良さ、間のよさ、柔らかさ、親しみやすさ、謙虚さにも、唖然の域だったのだが、さらに同席した大人女性おふたりも、とっても素敵だったのよ〜。どちらも文化に深く携わるお仕事をなさっていて、深い知性をお持ちのエレガント美人でね。(30代後半、50代くらい?Ph.Dホールダーの企業家さん)こんな人たちと繋がっていけるのなら、社会に出るのも楽しそうと思った。


彼氏はコンサルA勤務の友人も言ってたが、ギラギラ系の彼らの周りの女子は(本命かは置いといて)モデルやミスコン経験者。
マルのお付き合いの関係で出会う世界では、ビジュアル度はそこまで求めなくとも、生き様が容姿に反映された、顔の明るい美しい女性ばかりだし、学歴や知性は必須要件だし、数か国語話しても普通。世界を自由に転々と飛び回る感覚を、皆さまお持ち。

視野が広く能力が高い分、選択肢も広い。
そんな中選んでいただき、あたしゃ光栄です。

「フィリピン来てから、いっぱい食べてもちもち!ほらー!」とかって一回りプリついた腰つきを見せてみても、
「大丈夫。君は知的だから、デブになるほど自分をほったらかしにしないよ。」
だって。なんつープレッシャー!

どこへ出してもとりあえず大丈夫な美女度の要請は、これからマルと共にする人生、永遠の目標となりそう。

将来の期待とか不安とか

March 19 [Wed], 2014, 14:48
午前中、一仕事終えてl外に出ると、ふわんふわんなんていう、春の心地・・・

最近コートも着ず、かるーくパーカーだけで済ませられるし。(サラリーマンじゃないので。)
楽しーね!春が来てる

学校通過して鴨川までいっちゃいそうだったが、ぐっとがまん。
こんな陽気にこのチョイス、野暮かも・・・と思いつつ、研究室の窓際で、ひとり、カタカタ仕事します。

実は、あいぼんさん、フリーライターデビューしちゃいましたねん
すごく簡単なのよ〜、ただ、サンプル送っただけで、さぁさ、書いて下さい!ですからね。
でもかっこよく言えば、恋愛コラムニストだもん、素敵!
何でも、実力よりも、名乗っちゃえばこっちのもん!なんですよねー、世の中単純だわ・・・なんて最近ようやく気が付き始めました。

報酬はお小遣いにもならないくらいだし、コンビニで働いてるほうが儲かるわってくらいなんですが、まぁ趣味の延長で。こちらの完全なプライベートブログだけでなく、他の媒体でも人目に触れるというのは、なんらかの形でプラスになりうるかな、と思うので。また掲載されたころに、こちらでもお知らせしますねヽ(^。^)ノ
それに、こちらは永遠のプラットフォームだし、もっとディープで本音で気楽だから、書くものも違うしね。

なんだか最近、期待もあんまりないし、そのぶん不安もない。
そのまんまでそれでよい、今日のお天気みたいな人生
楽しく生きていける100%の自信あり

今、みなさん、過去と、未来に、感謝を送ってみてください。どんなかんじでした?
私、過去を想像するとね、身体に稲妻が走る。強烈で、鮮明で、強すぎてぞくっとする。
一方で未来はやはりタブララサクリーンさと開放感と光で、宙に浮きそうになるくらい、きもちいの。

マレーシア航空の飛行機もどっかいっちゃったし(家庭内ではレーダーが示すUFO説vs.数日後に破片発見の声明を出して事態の収束を図った中国、で紛糾してますが)、国際機関は決してUFOは認めないけれど、現実、日常生活とオカルト的な要素が既に交錯してるわけです。

この混沌の中で、自分を通じて世界を信じなくて、どうする。
「始めに言葉ありき」なのだから、自分を信じるからあの人を好きなんです。
もっと言えば、自分の信じるものという基準に当てはまるから、好きになるのです。
自分を好きじゃなきゃ、あの人のことを好きかどうかわからないはずなんです。
目に映る、そして目に見えない世界でも、生きている人間が発する頭の中の言葉(感情)と外に出る言葉から、私の生きる世界は決まってる。ひとりひとりが、創造主。

存在しないと思えば存在しないし、存在すると思えば、やはり存在する。信じる範囲の外のことって、存在しないんですよ。その逆ではなく。おばけは存在しない=怖くない、ならOKですが、おばけは存在しない=でもなんか怖い、は、逆説的にやっぱりおばけは存在する、の意識界に、あなたは生きている。

だから、人生は自分以上にも自分以下にもなりようない。
「仕事はつらいもの」という設定なら、仕事はつらいだろうし、
「仕事は息抜き+女の子との戯れ+美味しいお菓子と紅茶を楽しむ場所」と思ってれば、そのまんま私になる(笑)。
「仕事で成功したい」なら、成功と失敗の二項対立の間で揺れる人生だろうし、
「仕事で何か社会に提供したい」なら、あとは程度の差で、全力でやれるだけやればいいの。実力に等身大な結果が返ってくるから。人生って、あるがまま

そういう絶対的な信頼に至って、やりたいようにピッカーンと放ってると、
たぶんいいことあるよね〜〜〜ヽ(^。^)ノそこは期待ていうか、マイナスに振れようがないのよ。やったぶんだけ一分違わず、返ってくるのは法則なのだから。

やるだけやった、あとはよろしくではまたね

俗っぽさはいやん:3

March 15 [Sat], 2014, 19:11
ひさしぶりにabout AIBON記事。

というのも、ひさしぶりに、自分再発見したのよー!就活とかで、普段の生活で会わない人の、声を聞いたり、隣りあわせになったりするでしょ?私、小さいころから感じてたの。なんで私は、どこにいっても浮くんだ?って。

特にひどくなったのは、高校に入ってから。目には麗しい才色兼備揃いの学科だったが、わんわんきゃんきゃん、ぐは、ノイズ・・・。声はミッキーマウス並にstickyでも、心の中は穏やかな湖のようにserineな私。客観的におもしろくとも、主体としてのめりこむことは、できなかった。(年月過ぎると、また違ったかんじで馴染んでくるんだけどね

大学でも同様。クラス分けやリアルな学科内英語力ランキングでも明らかなように、上澄みの少数派だったので、派手に着飾ってたり、サークルやいやいに、迎合できなかった。

かといって、知的で堅実な外交官メンバーでは、ふんわり女子ポジションで、ドライにガンガンできる行動力もない。

そして今の大学院も、私ほど熱を入れて知の探究を楽しんでいる人は、少なくとも修士ではお目にかからない。

今までどこでも、弱かったら、飲み込まれてたのかもしれない。
実際は、なまじ強力なので、ひよらない。

ある朝、最近、朝起きて手鏡で顔を確認したら、ぎょっとしたの。
薄すぎて中まで透ける肌、ガラスのような眼。
こんな存在感じゃ、ふつうのひとは扱いきれないわ!
(マルくん、ありがとう〜

おちゃわんはガラスで作らない。
ガラスを使うのはワイングラスやシャンデリア、花瓶、金魚鉢に、ビー玉など、どことなく非日常で、生活の華になるパートである。厄介なことに、素材としては重量があって、硬度もあって、丁寧に扱わないとヒビや傷がつく。

流れで器の話になってきたけど、自分っぽい器をイメージするのって面白いかも。
あ、私は華美な清水焼〜とか、古典的で親しみのわく青と白の瀬戸物とか、ふっくら手作り感ある素材にたっぷり装飾されたトルコのプレートとか、The繊細ゴージャスなヴェネツィアングラスのタンブラーとか、歴史と情緒あふれるペルジャンガラスだとか、はたまたIKEAの白いどんぶり皿だわ〜とか(笑)。

私はなんだろね?ガラスと言ったので、沖縄グラスの持つほんわかさと、ベネツィアングラスに轟々と内在する魅力のまんなからへん?

就活で、エントリーシートを書いてるとよくわかるんだけど、ビジュアルやキャラだけでなく、プライベートな興味も、俗っぽいのがないのよ。昔からテレビやマンガには食指が湧かないし、芸能人も知らない。小説も日本も含めた世界の古典ばかりで、今流行りのもの読んで、きらめくワクワクが内から湧き出すような経験はしたことがない。(ハルキは別。)断然マクベスのほうが面白いでしょう!スーパープライドが高くてインテリぶってるスノビッシュなだけ?とも考えてみたけれど、それならベネツィアングラスなわけで、素材の健康感を美とする価値観とはまた違うし、王道ステイタス感にも興味なし。本音で、興味が持てないのよ。

だからこそ、男性を選ぶ基準も「俗っぽくないひと」に収まっていったかんじ。
群れてる男性に全く興味湧かないし(内部の主従関係に収まれる人だから)独立系なひとが好み。
(≠中小の社長さんの一部。お山の大将もシステム内のヒトなので、しんどい〜。)

大抵の人は、どこかに1割程度はあるはずなんです。見てると、普通の人は40%とか80%とか、俗なんです。だからこそ限りなくゼロに近い私は、浮く。
ぶっ飛んで潔癖で、理想主義者で、キレイなものしか見ない。キレイにしか、見ない。キレイなものしか、見たくない。
常識とか、なぁなぁとか、全然参照しないの。よくわかんないし。自分の人生なのに、ばかばかしくない?正しく生きたい。

こんな調子が、マルくんと暮らし、人に適応せずとも、そのままの君でいいよ〜と甘やかされ始めて、さらに加速。
マルも、ずっとこうして、居場所のなさを感じてきたヒトなので、数少ない、「常識」を共有できるヒト。
この京都のあるマンション上の、このお部屋だけは、天国
強いが繊細な私を、理解して大切に扱ってくれるマルくんがいるから、安心できるの。

誰にも、私みたいなタイプを目指してほしくないし、目指してもなれるもんじゃないし、なっても一般的にお得なことなどありゃしないから、オススメしないよ。俗っぽい素質は社会に生きるのに便利だし、必要。

こんな私をうちのマルは昨日、素敵なアナーキストと呼んだ。
anarchism=an(without)+arch(monarchとかの、政治・権力)+ism(主義)とラテン語分解してわかるように、日本語の無政府主義者のような、カオスを望む意味合いは本来なく、権力の庇護を望まない人のこと。
マルいわく、「どこにいっても浮いちゃうぞ?」と感じる人はアナーキストの適正資格1次突破だそう(笑)。というのは、システムをどちらかというと不都合に感じており、なくなっても大丈夫と考えているからなのだとか。
そういえば、浮いていて、どこの規範にも添わずに生きる人は、自分の中に規律を持っているからこそ浮いていられるわけで(もちろん外部とのコンタクトや影響関係はあるが)、価値観をアウトソーシングしないので、権力がなくても困らない。

日本国憲法もよく言ったもんだよ〜、日本国民に健康自律的生活を営む権利を保障って、じゃあ私、とってもデキた日本人のお手本なはずよね?!
私の価値観の中心は、健康と、自律的、な気がします。

不健康な食事、非人間的な時間帯の生活、生きるために自分を殺し権力に服従する。
そんなのいらない。自由になりたい。
このコアを真面目に貫くのが、マルと私。

旅先でも、「この子どこから来たの?」感を沸かせるからこそ、現地人とよく仲良くなるのかも。
学校などの普段の場でも、普通のノリじゃ扱われないし、丁寧にご挨拶頂いたり、よくしてもらったり。
違うことって、悪いことばかりでも、ないかもね
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