キャブトン ヒストリー (1)

October 03 [Mon], 2011, 8:36
キャブトンヒストリー(1)
戦火を逃れ生き残ったみづほ自動車製作所
資料提供:冨成一也




1950年キャブトンRG型500cc 
みづほ自動車製作所(愛知県犬山市)



1950年当時のみづほの広告




全長2170 全幅770 全高1080mm 軸距1420mm 空冷OHV単気筒 機関内径82mm 行程94mm 排気量498cc 最大出力19 HP/3800rpm 最大トルク 4.0kg/3000rpm 圧縮比6 最高速度130km/h 変速機 足動前進4段 前輪支持テレスコピックオレオフオーク 後輪支持 コイルスプリング タイヤ 前後3,50―19 車両重量190kg  


1954年第1回東京都モーターショーに出展されたRST600ツイン
 1951年、戦前モデルVG型500ccをRG型として復活させ、みづほの製品として本格的に販売を開始した。翌1954年、大幅コストダウンを図ったRK型を発表する。メグロZ500ccと並んで名車中の一台といえる。エンジンは本家英国アリエルのコピーだったが、耐久性・信頼性も高く、1955年11月5〜6日に開催された 第1回浅間高原レースでは、実用車然としたRTF500が、上位に失格車が出たためもあるが、なんと2位及び5位に入賞し、セニアクラスのメーカー勝1位の栄冠を勝ちとった。


浅間高原レースに出場したキャブトン500レーサー








洒落(しゃれ)た内藤社長(みづほ自動車製作所)の会社経営 

昭和28年(1953)7月、最盛期のみづほ自動車製作所は、全国のオートバイ生産台数約12%(1366台)を生産している。これはトーハツ、ホンダに続く月産台数第3位の成績である。資本金は同年7月、5,200万円となり、10月には有限会社から株式会社へ改組した。
 そして翌年には、何と資本金1億円、従業員数800余名、年間生産台数2万台となったのである。昭和24年の生産台数がわずか数十台であったことと比較すると、天地ほどの開きがあり、オートバイ産業がいかに急成長していったかがわかる。ちょっとした設備と資本さえもっていれば、こぞってオートバイを造った時代だったのである。
 内藤社長は設備投資にも積極的で、一流の工作機械をドイツから輸入し、犬山の工場では各工程をトロリーコンベヤーで結び、生産性の向上に努めていた。その近代的な設備は、連日のように見学者が訪れるほどであった。
 彼はたいへん無口な人物だったといわれているが、チャレンジ精神は人一倍強く、優れた技術者に多い不言実行の典型的なタイプであった。また、酒もタバコも飲まない人物だったが、持ち物にはひどく気を使い、贅沢をしたという。スーツは格調高い舶来ブランドを身につけ、食事は洋食を好み、車はドイツのフォルクスワーゲンを愛用していた。
 企業イメージや広告に力を入れたのも、彼のそんな嗜好からだろうか。キャブトンは黒沢映画袋『醜聞(スキャンダル)』(昭和25年・松竹)や当時話題を呼んだ映画袋『ゴジラ』(昭和29・東宝)に登場したが、それはおそらくタイアップ広告であったに違いない。


 それが証拠に雑誌やカタログには、三船敏郎と山口淑子、宝田明と河内桃子がキャブトンに相乗りするシーンのスチール写真が使われている。

人気俳優の顔合わせは、バイクファン以外にも話題を呼んだことだろう。
 また、野球、相撲、歌番組のスポンサーになるなど、立体的な宣伝にも力を入れ、自社製品のイメージアップを図った。当時、わずかな資本と設備で細々と作られているオートバイメーカーが多かったことを考えると、キャブトンはまさに例外的なオートバイだったといえるだろう。
 このため、みづほ自動車製作所の名前は知らなくても、キャブトンを知らない人はいないと言われるほどになった。キャブトンのネオンサインは日本中どこの都市でも見られたのである。これらの経営戦略は現代にも通じるものである。


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当時私、はなたれ小僧でした。ずっと後になって組合の 映画鑑賞 とやらで観ました。三船敏郎が本当に操縦していたように思った記憶があります。鈴

by 事務局  May 23 [Tue], 2017, 15:31

スキャンダル コノ映画 高校時代に 見ましたよ  李 香蘭 (リ・コウラン)の大フアンでした。

山口 淑子(ヨシコ)  に戻ってからの  映画は 他に「暁のだっそう」 3回ぐらい 映画館に通いました。

by 静じい May 22 [Mon], 2017, 16:48
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