白洲次郎夫妻と「心月院」&「武相荘」選評 

2018年08月03日(金) 23時19分
何気なく投稿したエッセーが
思いがけなく作家の
嬉しい選評の一文

「白洲次郎夫妻の魅力的な
人物像は仄聞されているが
この作品によってもっと広く
紹介されることになるのは
喜ばしいことである。

三田市心月院にある
白洲次郎、正子夫妻の
墓石の秘話には驚いた。

石橋の墨小松石から作られた
墓石はどんな姿、形だろうと
誰もがお参りしたくなる。

東京、町田市の武相荘の佇まいも
丁寧に描かれていて、
作者が白洲次郎夫妻に
惚れ込んだ気持ちが
よく伝わってくる熱意のある作品だ」

「神戸芸術文化会議賞」受賞と
賞金までいただいたは
驚きとえっ
ワタクシエッセイスト・・
なーんて有頂天になりましたよ(^^♪

それもこれも、
ここ「トンボの日々」
ブログを書き続けていたが
あったから、書けたことで
改めて記録しておくの大切さを
思い知ったのでした。

それに気をよくして次は
「金の鶏騒動」を投稿
これは3席に入選

実はこの「金の鶏騒動」こそ
力を入れて書いたエッセーで

ここにあげるたびに、皆さまから
「ドキドキする、早く読みたい〜」
なんて応援を戴きながらで

それも、これも
ブログからが出発点で
ブロ友さんたちの
応援に背を押され、書き続け、

ここまで来たら、
まとめて投稿してみましょ!
でありましたのです。(^^♪

皆様、本当にありがとうございます

今は、ちょっと他のことに
かまけていますが・・・
なるようになって行くのが人生

ケッセラセラ〜と、しばし
なるように任せ〜で
過ごしていきます。

白洲次郎夫妻と「心月院」&「武相荘」 B 

2018年07月31日(火) 23時14分
その一角のゆるい坂を登っていくと、
竹林に取囲まれ周囲の喧騒も
届かない閑寂な敷地。

門をくぐると直ぐに、
茅葺きの居宅へと続く納屋があり、
そこには農機具が入ったままで、
あら?白洲ご夫妻がいらっしゃるのでは、と
錯覚するほど、自然な「日常」が広がりました。

納屋の側に立つ大きな柿の木には
「熟し柿が落ちますので注意」という
札がかかっており、ご夫妻もこの柿が熟すのを
見上げていらしたかなぁと、私も見上げていました。

 玄関の広く大きな上がりかまちは、
正子夫人のご実家である
薩摩の伯爵樺山家、
その台所に使用していた
俎板だったというのにも驚かされました。

こういうのを見ていた、見逃さないのが、
正子夫人の審美眼よねぇと、
感嘆しながら、俎板かまちを踏み、
お部屋にあがらせて戴いた。

 囲炉裏を中心に並べられた
生活道具、骨董の造詣深かった
正子夫人の選ばれた味わい深い器たち。
お召しになられた着物や愛読書。

奥の部屋にある正子夫人の書斎は、
今ちょっと席を外しています、の
息遣いが聞えてくるようでした。

 「武相荘」を取囲む二千坪という
広大な敷地を散策させていただきながら
「草花を踏まないように」という
小さな看板を見つけて、
変化していく時代に流されず、
昔ながらの暮らしを大切に、
地に足をつけ、前を向いて、
生きてられたご夫妻の生活の流儀が、
脈々と伝わってくる「武相荘」。
ご夫妻を偲んだ「武相荘」での一日でした。

最終は、選考の書評を掲載

白洲次郎夫妻と「心月院」&「武相相」 A 

2018年07月30日(月) 11時12分
正子夫人は
「墓石はピカピカの石を
使わないこと、廃材を希望」
それは、
ご自身がある料亭の庭に架かる石橋の
墨小松石を即決で買い取った石だという。

誰もが考えるは、踏みつけられた石を?
だが、
古美術に造詣の深かった正子夫人は、
そんなことはまったく関係ないと、
その審美眼で選ばれたのです。
しかし
その石を墓石にと、
請われた彫刻家は、
墓石はお寺に出入りする石屋や
寺のしきたりがあり、
その壁の厚さたるや、
今まで数多くの著名人に依頼されながら
諦めざるを得なかった経緯を持つ体験者で、
今回も又と内心杞憂。
しかし、
白洲次郎氏と共に歩まれた
正子夫人は数々の障害ものともせずに、
ご自身ですべて解決されて、
亡き次郎氏とご自身の
墓石建立へと漕ぎつけられた。

請負われた彫刻家は
思いを貫かれる姿に改めて
感銘したという一文を
「心月院」にて知りました。

私は、ご夫妻が人生の大半を過ごし、
今は一般開放されているという
「東京都町田市に在る
「武相荘」を訪れてみたい、
という思いを強くしたものです。

 東京の末娘宅を訪れた時、婿殿から
「おかあさん、行きたいところはありませんか」と
思いがけないプレゼントで、その夢が実現。
娘夫婦とマイカーで都心から町田市へ向かった。

 「武相荘」は、
白洲次郎ご夫妻の長女が書き記した一文に
「近隣の大きな様変わりとある通り、
周辺は近代的な瓦屋根の住宅街群に
取囲まれているなかにありました。

Bへと続きます

白洲次郎夫妻と「心月院」&「武相荘」 @ 

2018年07月29日(日) 10時50分
 幕末から明治へと歴史が動く。
引導をわたすべく画策した若き志士たち。
その要に坂本龍馬の熱き信念。
命をかけて闘う、豪快な生き様を描いた
あのNHK大河ドラマ「龍馬伝」は、
とても楽しみな番組だった。

そしてなぜか、
白洲次郎氏が坂本龍馬に重なり、
思い出されたりもした。

 敗戦で多くの日本国民が意気消沈する中
「我々は戦争に負けただけであって、
奴隷になったわけではない」と、
己の生き様を「プリンシパル」にと、
鼓舞しながら、当時の外務大臣吉田茂氏に
要請され連合国側との戦後処理交渉に、
毅然と立ち向った白洲次郎氏

その姿が、昭和の坂本龍馬のようだと
映像に二人を重ねていたからでしょうか。

 英国留学で身に付けた正しきマナー。
百八十pを越す長身を趣味のよい仕立てで
着こなすそのダンディさ。

白洲氏の坐る酒席には
女性たちが奪い合って接待する人気にも
決して乱れることはなく、
時間が来ればサッと立ち上がる。
しかしそんなことはどうでもよいのです。

誠の紳士とホレボレするのが、
工事現場作業員や、弱い立場の方をこそ、
心からの敬意を払って接したという、
その正しき品格、品性が、
龍馬殿も女性に大もてだったり
社会的地位で人を差別しなかったという
人間性等。

そのあたりの人となりの器の大きさからして、
そっくりな白洲氏ではなかったか、と
白洲氏を書き記した本からだけだったが、
益々尊敬の念を持ったものです。

 「葬式無用・戒名不要」の遺言を残し、今
兵庫県三田市にある「心月院」に正子夫人と
眠っていられる白洲次郎氏。

「心月院」を訪問して、
そこに建つご夫妻の墓石に、
驚く秘話が残されているのを、始めて知りました。

Aへと続きます

白洲次郎夫妻と「心月院」&「武相荘」の序奏 

2018年07月28日(土) 22時07分
「芦屋に生まれ、
旧制神戸一中を卒業した
白洲次郎氏
吉田茂元首相の懐刀として
戦後の日本を切り回した
直言の人としても知られる」


この一文で始まる白洲次郎氏の
新聞記事を目にとめた朝

白洲氏ご存命ならば
加掛学園の獣医学部新設をめぐって
首相の関与があったか否かの
最大の関心ごとを
世論調査の75%の国民が
「納得せず」の疑いのまなだしなのに
懸命に誰かをかばいながら
退任する経済産業審議官の
柳瀬唯夫氏の釈明を聞いてみたい
と、その記事は続く

そして
白洲次郎氏の
「政治というのは国民に
夢を持たせることなんだよ

言葉とともに
疑惑の晴れない森友・加計問題を
見ている限り夢の持ちようがない
と、結ばれていた。

夢のもてない混迷の政権、
そして
白洲次郎氏のそのお名前に
そうでした、私、トントン&華は

兵庫県三田市にある
「心月院」に眠る
ご夫妻の墓石の秘話を書き

「神戸芸術文化会議賞」
受賞した作品
それを、ここ「トンボの日々」に
書き留めておくのを
すっかり忘れていました
というより、
野良猫たちの不幸を何としても
1代で止めて、不幸の連鎖をなくそう
その仲間たちとの出会いから
いつの間にか
「にゃん太の会」の輪が
広がって、広がって・・・

そちらを書くことに
懸命の日々でしたいえです。
(現在尚進行形

敬愛する白洲次郎氏を
広く知っていただきたい思いもあり

「心月院」と「武相荘」の
受賞作品を、
転記、書き留めて
おきたいと思います。

にゃん太の会と心境 

2018年04月01日(日) 20時51分
「トンボの日々」を
毎日楽しく書き綴ってきました。

トンちゃんが虹の橋を渡った頃を
境にして
野良猫の殺処分反対!
不妊去勢手術をの適正管理で
一代の命を守ってやりましょうよ、に
仲間が集まり始めたことから
ついにはとうとう
「にゃんたの会」
まで立ち上げて、
活動をし始め、その活動を綴る
ブログ中心になっております

2017年10月15日なんでこうなった

あっという間に高齢者のお仲間に
なっているというに流れ流れての今

なんども声高に交代を叫びましたが
同年代同好のお仲間たち、娘からも
「その年齢で頼りにされるのってすっごい!
羨ましい、走れるところまで走りなされ!」

おだて、と知りながら
そうかな・・・と
乗っているトントンでありまして、
そのうちに
どうしても勝てない越えられない
「年齢」の壁が立ちはだかる
すでにそれは目の前は重々承知

そこまで行くか!と腹をくくり
「にゃん太の会」
突っ走っております。

「にゃんたの会」
覗いてくださったらうれしいです


公園住まいしか知らない老猫パンダちゃん
一緒に世話をしていた一人が入院したことから、
片方がもう世話しない「安楽死」させると
(おそらくお金が入らなくなったからでしょう)。
言い始めていると

その相談を受け、我が家に引き取り、
今フクちゃんに名前を改めました。

当初は、オドオドビクビクと
鳴くこともなく失語症かな、と思っていました。

だんだんと、心を開き始め
今フクちゃんは
よく甘え、鳴き、抱っこが大好き
すっかり我が家のアイドルさんになりました。

岡本梅林へ 

2018年03月09日(金) 22時17分

住宅街の中にある「桜守公園」は
まだまだ桜はひっそりと息を潜め


沈丁花のなんとあまやかな香り
あの時こんなに香りしていたかしらねぇ、と



沈丁花あま香誘導名所道
(じんちょうげ あまかゆうどう めいしょみち)


あの時はK先生も
ご一緒でしたねぇと
懐かしく指折り数えながら
リンク
ご一緒した日々の思い出を偲びました。

光陰や再訪数ゆ梅の園
(こういんや さいほうかぞゆ うめのその)

更に住宅街を上へ上へと
梅が見ごろという「岡本梅林」への
坂道をどんどん登って行きました。

昨夜の大嵐、しかし
晴れ女が揃い恐れをなしたか
真っ青な青空の今日
皆で天気を喜び合いしながらも
満開と聞いているが、あの大嵐では
散っているのでは?

昨夜の雨咲く梅案じ登る丘
(よべのあめ さくうめあんじ のぼるおか)



春の甘い香り
梅林には、たくさんの見物客
待ちかねたようにのこの人出は
みんな春の足音を待っている


大阪湾一望のここ「岡本梅林」
ここまで登ってくるは
足腰の弱り始めた吾輩には
友人たちと連れ持って・・でないと
きつくなってきた


次は何時この景色みれる?
生きてるかな〜
それは、みなに平等に言えることよ

季節を追って、四季の
移ろいを魅せ、
聴覚を愉しませてくれる
生きてる限りまた誘い合い
季節をいただきに来ましょう!

句心を起こせと巡る梅の園

(くごころを おこせとめぐる うめのその)

春包む蕾ならべし枝の張り
(はるつつむ つぼみならべし えだのはり)

友人たちと笑い合いながら
梅林を後にしました。

酒心館 

2018年02月22日(木) 22時53分
神戸酒心館へ
酒蔵にて「太鼓衆団輪田鼓」
酒蔵公演へ行ってきました



ノーベル生理学・医学賞を受賞した
山中伸弥教授
その晩餐会に供されたのが
この蔵元で醸造されている「福寿」で
一挙に注目を集めた酒蔵ですね
ここでは
自慢のお酒の各種が
試飲ができます

その売店の奥に酒蔵を利用した、
イベントホールがあります



今回のテーマ―は
「兵庫の伝説」
義経が一の谷の崖から平家を
襲う出陣太鼓で幕が開きました

風雲を告げる太鼓や冬の陣
(ふううんを つげるたいこや ふゆのじん)

叩くだけが太鼓・と
思うなかれ、
踊りあり、篠笛あり、と和太鼓と協調の
リズムのなか2時間余り



開演時間、間際に駆け込み
気がつかなかった、
舞台が撥ね、外に出てみれば
青空の下に梅が一輪・二輪

清し香に枝引き寄せて梅香聴く
(すがしかに えだひきよせて ばいかきく)

紅梅は3分さきかな

薄日受け仄香放ちて梅の咲く
(うすびうけ ほのかはなちて うめのさく)

暦のうえでは春 
まだまだ寒さ厳しい日々なれど、
春への足音を受け止めたひと日でした

新年会 

2018年02月10日(土) 21時18分

御多忙の日々を過ごす
マミたぬき家は
いつも季節をきちんと追いかけている


行き届く整理整頓、そのお宅にて
同じ方向を見つめ活動する仲間たちと
新年会をしました。

思ひひとつ 寄り添ひ謳う 手毬唄
(おもいひとつ よりそひうたう てまりうた)


1人ではなんにもできない
ちっぽけな個人の力も

支え合い、補い合いして
気が付いたらなんと大きな力を
いただいてきたことでしょう
その
一年の決算に驚きました

目指す思いが、ひとつ

また沢山のお方の支持を受けることが
出来ましたのも
お仲間の思いが共通で
輝き合った成果でしょう

猫のゐて 大地春めく にゃん太の会
(ねこのいて だいちはるめく にゃんたのかい )






少し酔ひ 明日の英気へ 接木かな
(すこしよい あすのえいきへ つぎきかな)

接木(つぎき)は、春の季語です

若い若い皆さまとの活動
この会の思いを、次代へと
あなた達が引っ張って行ってくださいね

心の中に念じながら
老いたる私を同年代のごとくお仲間に入れ
引っ張り支えて下さることに、
心からの感謝のひと日でした。

針供養 

2018年02月08日(木) 20時20分
2月8日は針供養の日
行事の行われる、近くの神社へ
誘われて初参加


そこは回りがビルが立ち並び
時代の変革の波が押し寄せてくる
風景の中に建つ小さな神社でした
まさに
ビル谷間  祠守りて 針供養
ビルたにま ほこらももりて はりくよう)



土地の方々が守り抜いて来た
誇らしい神社でたくさんの参拝者でした


もう針仕事もすっかり遠のいて
針をもつことさえしなくなった今日

遠い昔になってしまった
母を偲ぶは

母の背や 生活助けし 針供養
(ははのせや たつきたすけし はりくよう)

亡き母たちの年代は
誰もが針を持ち、繕いものをし生活を
助けて来た家族への愛があった、と
思い返し偲ぶばかり


和装姿の素敵な方々は、
腕に自信のお針子さん

ご自分で仕立て上げた着物姿
一芸に秀でたいえ習得したその
技術に自信の笑みが眩しいばかり

お針子の感謝の意気や針供養
(おはりこの かんしゃのいきや針供養)

また、あんまりの人でで見えにくいが
針塚の周囲に大きな蘇鉄(そてつ)が
たくさん植えられていました

その意味を知りました

蘇鉄は鉄のサビを取るからと、
人混みの中からのおそらくお針に携わるお方かな
なるほど、と思う言葉が聞こえてきました。

蘇鉄へと終の棲家や針納め

(そてつへと ついのすみかや はりおさめ)



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