やーちゃんばーちゃんの石ころ人生

September 05 [Thu], 2019, 15:41
今日から”不定期連載”
「やーちゃんばーちゃんの石ころ人生」 
                  著 河上 八千代

   わたしが生まれた時 
   みんなは喜び 笑っていた 
   泣いていたのは わたしだけ (後半は最後に)
                        作者不明

皆が喜んだかどうかはわかりません。もしかしたら「またか――」とがっかりしていたかもしれません。なにしろ当時はまだ男子優先で、男の子が生まれたら「でかした――」とか「よくやった――」とか言われ、女の子だったらまあ「おめでとう」ぐらいは言ってもらえるけど、どちらかというと「残念‼」・・・の気配のものでした。まして私は四番目の女の子ですから・・・。
私の上に女の子三人と男の子が一人おりましたが、その男の子は私が生まれる前に死にました。だからこそ両親や祖父母は“今度こそ男の子を”と願っていたと思います。そんなわけで私が生まれた時、みんなは喜び笑っていた・・・か、どうかはわかりません。幸い数年後に弟が生まれてそれはそれは大切に育てられました。

私の名前は河上八千代。呼び名は「やあちゃん」です。ばあちゃんになった今も幼友だちは私のことを「やあちゃん」と呼びます。だから私は「やあちゃんばあちゃん」です。やあちゃんばあちゃんの私、今年80歳になりました。(2019年現在)
この歳になると周囲で「終活」と言う言葉を聞くようになりました。
「子どもたちにきちんと財産分けしとかなきゃ」とか「何処の施設に入ろうかしら」とか……。
何かそんな話になると、私は一人疎外感を持ってしまうのです。私、財産なんてな―――んも持っていないんです。施設に入るにしてもお金がかかるのです。私はお金を持っていないんです。若い頃から貧乏暮しで、国民年金が払えなかったのです。だから当然受け取り年金が少ないんです。どうする?……って。お手上げの状態です。今はまだ体も動けるから家族の役に立っているけど、そのうちどうなる?

終活かあ……。
全くそれって神様任せ。神様任せが悪いとは思わなくて、むしろある意味良いことかもしれない。だけどそれでもまだ私に何か出来ることがあるんじゃないかなあと思っていた。

ある日突然閃いた。自分史を書こう!……って。
私の人生特別に素晴らしいわけじゃあないけれど、いやむしろ底辺とも言える所をなんとかかんとか歩んで来た。……いやいや底辺だからこそ素晴らしい何かが隠されている。この私の体験談を愛する子や孫に残しておきたい。きっと役に立つことがあると思いました。特に、これから長い人生を歩む孫たちには、絶対役に立つやあちゃんばあちゃんの体験談になると思いました。
さあ私の終活「やあちゃんばあちゃんの石ころ人生」の始まりです。なぜ石ころなのかは後でわかります。

※ 続く
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