陳述書(ほぼ原文のまま)その4

November 17 [Mon], 2008, 23:50
前回の続きです〜

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6.別居してから現在まで
 

 夫と別居してから、経済的なことや夫が何をするかわからないのもあり、私は子供達とともに私のきょうだいと暮らし始めました。

 5月●●日に、●●の自宅で両家の話し合いを行い、今度は夫と私も加わって、これからのことを協議しました。(←録音テープあり)
 夫は最初に、義母に促されて私に謝りましたが、精神科の『●●』という病名の診断書を見せながら、私に「今すぐ戻って家族として治療に協力すべきで、ダメなら離婚するしかないが、その時は調停で細かい事を決めてほしい。」と言ってきたので、私は「子供達を自分の治療に付き合わせるつもりなのか?暴力までふるっといて、しかも病気でさらに何されるかわからない相手と、到底一緒に住むことはできない。離婚届もあるのでこのまま離婚したいが、要望どおり離婚調停の申し立てをする。」と夫に伝えました。

 義父は「暴力をふるう方にも理由があるんだから、暴力をふるわれる方も悪い。」と言ったり、話し合いの途中で「よそに止まりたくない」と言って勝手に帰ってしまったりして、私と夫のことなどどうでもよいという素ぶりでしたが、義母はいろいろと気を遣ってくれ、話し合いを続ける事ができました。

 夫は、「最後に一言だけ…」と言って、何度も自分の言い分を一方的に繰り返しましたが、結局はじめの言葉とは違って「やっぱり、離婚には反対です!」と夫は考えを翻し、話はまた振り出しに戻ってしまいました。

 別居直後に、夫は「家の鍵を変えるからもう入れなくなるし、残った荷物も処分する。」「家はもう売るので不動産屋にも連絡済み。」などとメールで脅してきたり、私の伯母に何度も電話して「どうして出て行ったか見当もつかない。心当たりがない。」とウソを言ったりして、私は出てきて正解だったと確信しました。

 夫のように、ありのままの自分を受け入れられず、頑強に自分の欠点を見ないふりして、その身代わりに身近な人をおとしめ、傷つけ…それでも、自分の方が被害者だと思い込むような思考回路の持ち主とは、例え私以外のどんな心の広い人でも、長い間一緒にいることはできないでしょう。

 夫は何も反省してないし、反省できないのだと思います。

 自分の非を認める事は、自分が軽蔑するその他大勢の人達と同じなんだと認めることになるのだから。
人というのは、いいところと悪いところも少しはあって、初めて人間らしいのではないのでしょうか。

あるべき(理想の)自分の姿と、今ある(等身大の)自分の姿との区別がつかないことは、とても危険なことです。
要するに、やっていいことと悪いことの区別が、自分の都合でころころ変わる、とても不安定な人格ということです。

●月の第1回調停の前にも、ゲーム機のコントロ−ラ−を長男が持ち出したのを「窃盗罪にあたるので返してほしい。」と夫が私にメールしてきてから、長男はとても不安定になり、コントローラーを夫に返した後も、発熱を繰り返して、しばらくの間学校を休みました。

第1回調停中に夫は、「子供達が自分を怖いだなんて信じられない。別居直前まで普段通りだったのにおかしい。」と言って私の話を疑い、その後の婚姻費用の申し立ても、夫は何だかんだと言ってなかなか支払いに応じず、第4回調停にてやっと和解できました。

その婚姻費用も、けっして高額ではないのにもかかわらず、婚姻費用から児童手当分を差し引きたいと言ったり、別居した月からではなく●月からしか支払う気がなく、しかもそこから、自分が払うといった私の携帯代金を差し引くように、裁判官へ主張しました。

そのことだけ取ってみても、夫が自ら率先して子供達を扶養するつもりなんて全くない、ということがハッキリとわかりました。

今まで夫から渡されなかった生活費、夫に受けた暴力の治療費・検査費、これらの清算とともに、養育費や財産分与、慰謝料なども、婚費では私が譲歩したので、今回は夫にきちんと答えてもらいたいと思っています。
早く決着させたいのですが、夫は扶養控除を目当てに年内の離婚は承諾しないでしょう。

次回で決着しなければ、裁判への移行も視野に入れなければならず、先日弁護士に相談してこの陳述書の提出をアドバイスされ、今回送付することにいたしました。
陳述書を作成するにあたり、過去のつらい出来事を細かく思い出さなければならず、その作業は想像以上に私の心身に負担を与えました。

改善されつつあった不眠が続き始め、残っていた睡眠導入剤をまた服用し始めたのです。

 それでも私は自分のために、なによりも子供達のために夫と離婚し、この協議を意味のあるものにしたいのです。
 そしてまた、それが夫のためにもなるのだと信じています。




7.現時点での面接交渉について


前回の調停で、面接について少し聞かれたので、私見を述べます。

私は、子の福祉の観点から、子供の気持ちがまず第一と思い、改めてまた子供達に「パパに会いたい?」と聞いてみましたが、長男は「パパに何か言われそうでドキドキして嫌だから、今はまだ会いたくない。」と相変わらずで、二男は「パパには会いたくなってきてるけど、一人で会うのは嫌だから、お兄ちゃんが会わないなら自分も会わない。」とのことでした。

長男の恐怖心が薄れるまでは、まだまだ時間が必要だと感じますが、子供達が夫と会うことに抵抗がなくなれば面接は可能なので、私自身は子供の希望を優先しつつ、じっくり進めていければいいと考えています。



                            以上。


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ここまでで全部です

あさっては第5回調停となります

婚姻費用だけでもここまでかかったので、期待してはいませんが
とにかく少しでも離婚の協議がすすみますように。。。

頑張りまっす



陳述書(ほぼ原文のまま)その3

November 15 [Sat], 2008, 0:05
昨日の続きです

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5.別居するまでのいきさつ

 今年●月に入り、実母も無事治療を終えて仕事に復帰したので、私は最後の賭けを実行することにしました。
 夫がもう2度と、身体的・精神的・経済的・社会的虐待(DV)を行わない旨を、具体的に7項目挙げ、守れなかった時は離婚届に署名・押印するという内容を私が誓約書に書いて、夫に署名してもらうというものです。(←誓約書参照)

 平成20年●月●〜●日の未明にかけて、私と夫で何時間も話した結果、夫は「カウンセリングに通い始めたりして、努力しているから離婚はしたくない。」と言って、しぶしぶ誓約書へ署名・押印しましたが、結局その誓約書は夫にとってはなんの効果もありませんでした。

 夫が誓約書に署名したその日の仕事帰り、何ヶ月ぶりかに17時頃から50分間ほど、私が実妹達とカラオケへ行ったことを知るやいなや、夫はもう怒鳴りまくったのです。
「俺が仕事しているのに、なんでカラオケなんか行けるんだ!平日にそんなところに行くなんて頭がおかしい!!」「おまえなんかいなくたって女は他にもいるんだからな!!」「もう子供も何もかもどうでもいい!」「俺は浮気してるから離婚してもいいんだ!!」等々、夫の暴言は書ききれ無いほどです。
 
 私の中ではこれで全てが終わりました。

 夫がなぜいつも、一緒にいない時間でも、私の自由な行動を奪おうとするのか、全く理解に苦しみますが、夫の方は休日でも私達には何も告げず、勝手にひとりでジムや買い物に行ったり、登山したりしていました。
 家にいても、夫は「俺は休日でもやることがいろいろあるんだ、暇じゃないんだから休日くらい好きにさせろ!」と主張するので、私も子供も夫とのお出かけには期待もせず、夫に文句も言いませんでした。

 旅行好きな夫は、よく私達も一緒に連れて行ってはくれましたが、夫はいつも自分の行きたいところに付き合わせた揚句、急に不機嫌になりどこかへいなくなってしまったり、子供が熱を出していても旅行の予定を強行して、長男が旅先で吐いてしまったりということもあって、私は正直親子だけの旅行にはうんざりしていました。

 夫は、自分の用事のついでに行けるような、ショッピングセンターのゲームコーナーや公立のプールなどには、子供が乗り気じゃなくても連れて行きたがるのに、子供が喜ぶ映画を一緒に観たり、子供の好きなヒーローショーにつきあったりすることはなく、休日に子供がカラオケに行きたいと言っても、夫が何だかんだと却下していたので、次第に私も子供もたまの楽しみに、妹達と一緒にカラオケするようになったのでした。

 翌日の●月●日、夫は「誓約書の約束を破ったことは水に流してほしいが、ダメなら離婚届けにサインします。」とメールしてきたりしましたが、私に直接謝る事もなく何だかんだと仕事を優先させ、その後3日間ほど夫はこの件に関して無視をしていました。
 この期に及んで誠意さえも全く感じられない夫の態度に、私の離婚への決意が揺らぐことはありませんでした。

 ●月●日、二男が熱を出したと知りながら、夫は仕事帰りに私には黙って夫の実家へ寄り、それを知った私が「どうしていつも、黙って一人で実家へ行くの?私達だって行きたいし、自分の実家に行くのって良い事でしょう?」とメールしましたが、夫からの返事はなく、夫は夜中に帰ってくるなり、二男が寝ている部屋でまた喚き立てました。
 「子供が熱出したのはおまえのせいだ!」「俺は浮気してるしおまえもどうせ男がいるんだから、俺なんてどうでもいいんだろ!だったら離婚してやる!!」「もうどうでもいいよ!」
 夫の私に対するあまりに酷い妄想に吐き気がしました。

 直後も、夫はメールで「おまえらきょうだいは遊ぶ時だけ集まって、子供が具合悪くても知らん顔してる!!どうせ子供たちの事はペットとしか思ってないんじゃないの?!人生なめてるよな!住む世界が違いすぎる!勝手にやれば!遊ぶ時だけしか集まらずに口だけだよね!」と私へ送信してきました。
 妹達は子供の急なお迎えや看病など、本当によく面倒をみてくれることは、夫もよくわかっている筈なのに…呆れて腹も立ちませんでした。

 ●月●●日、ようやく夫に誓約書通り離婚届に署名・押印してもらうと夫は、今度は「俺は再婚するんだから、早く離婚届を役所に出せよ!」「離婚するんだから一緒に住んでるのはおかしい!出ていけ!!」と私に言いました。(←離婚届参照)

 ●月●●日に、夫と私は抜きで両家の話し合いがあり、実母から義父母にいきさつを詳しく説明してもらったところ、とりあえず別居には賛成とのことで、本格的な別居の準備を始めることになりました。
 
そして平成20年5月●日、とうとう主人の望みどおりに私は家を出て行き、子供達とともに平和な別居生活を始めたのです。


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※ 6.別居してから現在まで へ続きます

陳述書(ほぼ原文のまま)その2

November 14 [Fri], 2008, 1:29
※前回の続きです

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4.離婚を決意した出来事


 平成18年●月●日、レジャー施設(●の郷)内で夫は、両家の親や子供達やその他大勢の客の目の前で、私の顔を拳で殴りました。 
 二男が転んで怪我をし、傷口をおさえながら抱いていた私に対して、夫は「子供が怪我をしたのはお前のせいだ!」と私一人に責任をなすりつけ、こともあろうに公衆の面前で夫は私に暴力をふるったのです。
 二男とともに救急車に乗り、検査治療を受けましたが、夫は治療費もまったく払おうとはしませんでした。(←診断書あり)
 
 それどころか、夫はその3年程前からは、生活費さえも一切渡さない生活を私に強要していたのです。
 家のローンは当時●万●,000円で、きょうだい達が家賃としてくれていた●万円を夫に渡していたので、夫の実質負担は2万●,000円でしたが、夫は「家族全員の食費を出しているから」と言って生活費を渡そうとせず、光熱費はおろか子供の保育料や給食費、医療費や保険、車の維持費などその他諸々の支払いは私がするしかありませんでした。
 
 夫が出しているという食費も、夫は献立もなくただ勝手に、賞味期限寸前の安い食材を無計画に買ってきて、その食材を使うよう強制していただけのものでした。
 私が夫の買ってきた食材を使わなければ「早く使わないと栄養がなくなるじゃないか!食費を無駄にしやがって、いくらかかってると思ってるんだ!!」と夫が文句を言うので、なるべく使うようにすると「もう無くなったのか!こんなに使って、うちはそんなに裕福なのか!?誰が買ってきてやってると思ってるんだ!!」と今度は相反することを言い、夫はほぼ毎日このような卑怯な手口で、何かにつけて私のやることなすことを責めていました。
 
 平成19年●月●日、前日私と口論した腹いせに、夫は二男の土曜参観にわざと来ず、家で自分の洗濯物と自分の布団だけを干して、自分の部屋に掃除機もかけていました。
 それまでも学校のPTAや子供会の活動、自治会の行事や祭りなどにも一回も参加したことさえありません。
 それでも夫は、「俺はお前たちをいろんな所に連れて行ったし、プレゼントも欠かしたことはない。買い出しに行ったりして家事にも協力してるし、こんなにいい夫は他にはいない!」と言って、何度も何度も私に感謝を要求するのです。

 こんな調子で、夫はいつも自分に都合のよくなるように話をもっていき、私がお互いの問題点を話し合おうとしても自分の非は絶対に認めず、すべて私のせいにしてしまうため話し合いにもなりませんでした。
 意に反して夫に不都合な展開になると、夫は「もういい!お前は何様のつもりだ!!」と捨て台詞を残し、ドアをバァンと閉めて部屋を出ていくのがお決まりでした。
 この頃にはもう、前向きな話し合いはあきらめて、同居していたきょうだい達も私も、なるべく波風を立てないように生活していました。
 ちょうど同居していた実妹の結婚がきまったので、きょうだい達が独立したら離婚にむけて動き出そうと、私は決心しました。

 平成19年●月に実母が乳癌を患い、夫の勧めもあったので手術・通院に都合が良い我が家で、●月から●カ月ほど実母と同居することになりましたが、闘病中の実母が居るところでも構わず、夫は些細なことで私や長男に「死ね!!」「頭悪すぎる!バカか?!」「誰がローンを払ってると思ってんだ!」などと、数々の暴言を吐き続け、更に私の首を絞め食器を投げつけるなどの暴力をふるう夫の態度に、実母以上に深い失望と絶望を感じた私は、離婚の決意をさらに固くしたのでした。

 平成19年●月ごろからは、ことあるごとに離婚を持ち出して私を脅す夫に、私もいい加減疲れてしまい、このさい離婚も夫の好きにさせればいいやと、お互い了解の上で、何度か離婚届に署名しました。
 でも、しばらくすると必ず夫の方から「もう怒鳴らないから、やっぱりやり直したい。」と言い出して離婚届を何度も勝手に破棄され、そしてまたすぐに「すべて俺が悪いというのか?!俺なんか死ねばいいんだろう!!」と言うなどの堂々巡りに、私は精神的にも肉体的にも限界を感じていました。
 そのころから不眠が続き始め、胃腸があちこち悪くなり、微熱が続いて体がだるく、家事をするのもやっとの状態でした。

 平成19年●●月に妹が独立し、今まで妹達がくれていた生活費と私の給料とで家計をやり繰りしていた私は、この生活に決着をつけようと行動を起こしました。
 まず私は、光熱費や子供の給食費、幼稚園費や保険などの、夫の口座振替になってはいるが私が支払っているものを、夫名義のローン用口座から引き落とすよう変更して、私が管理していた夫の振替用口座を使えなくしました。
 その他の食費や時間外保育料、学童費や集金、衣服代、医療費や子供の習い事、車の維持費などのお金も私が払っていましたが、とにかく私は、夫の名前になっているものだけでも、本当の意味で夫にきちんと払ってもらおうと思い、夫には口座変更を事後報告して、渋々でしたが了解を得ました。

 ところがそれが気に入らなかったのか、その頃から夫の言動はますます怪しく、常軌を逸していったように見えました。
 今年に入った●月中旬に、夫は誰もいないリビングの食卓を突然ひっくり返して食器を割り、食べ物を床にぶちまけましたが平然として片付けもせず、私は本気で夫が精神的におかしいのではないかと感じ、夫にそう伝えましたが夫は取り合いませんでした。

 しかし、それ以前から夫は長男にも、受け答えが気に入らないのか「おまえ俺にケンカ売ってんのか!?だったらいつでも買ってやるぞ!」と因縁をつけ、わけも聞かず長男の胸倉をつかんで馬乗りになり、「てめえバカにしてんのか!!」と叫んだり、「おまえがバラバラ殺人なんてやったら、パパはおまえがどこにいても絶対に探し出して、同じようにおまえをバラバラにして最後に、切り取った●●を口に詰めてやる!」とニヤニヤしながら長男に言ったり、長男が実母と一緒に寝たいと言うのを遮り、「パパの言う事をきけないのなら、もう他の女の人の所へ行くからな!」などと言って家を出て行ったりと、夫は子供にも意味不明な脅しをするようになってきていたのです。

 長男は夫の顔色を必要以上に伺い、愛想笑いまでするようになっていたので、夫のDVが子供に与える悪い影響を何よりも心配しました。
 昨年の●月●日夜にも、夫の実家からの帰りに夫は長男を橋から、その直後に二男をホームから投げ落とそうとして、私や通行人に止められたことなどもあったので、特に長男は夫に対して相当な危機感を持っていました。

 その他にも夫は、明らかに私の携帯を寝室から持って行って見ようとしていたのに、「最初から居間にあったのを見た!」とか、「家のローンが1●万円もかかってるのに知らないだろ!!」などのすぐにわかるような嘘をついた挙句、バレると今度は「俺は知らない!!」「そんなことは言ってない!聞き間違いだろ?」などと、とぼけてうやむやにしようとする夫を見て、長男も呆れて「パパはおかしい…」と言っていました。

 今年の●月には、長男が「寝てる時に、パパが包丁を持って部屋に上がってきたら…と思うと、怖くてよく眠れない。」と私に打ち明け、万が一を考えて短い木刀を持って寝ていたほど、私も長男も夫に対しては恐怖と不信を募らせていました。

 この頃は私の不眠がピークに達し、心療内科で睡眠導入剤を処方されましたが、眠り込んだら夫に何かされてもわからないかもしれないと、服用することをためらうことが多く、なかなか改善されませんでした。(←診断書あり)


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※次回、 5.別居するまでのいきさつ に続きます

陳述書(ほぼ原文のまま)その1

November 12 [Wed], 2008, 17:07
昨夜、第5回調停に向けて作成していた陳述書ができあがりました

10ページと、いささか少なめではありますが、
調停だし、あまり長くて相手方の悪口の羅列のような印象を持たれても
よくないかも・・・と考え、もうこれで良しとしました

本当は精神的に、内容を精査&推敲するのがもう限界でした〜

すみません・・・。

こんな陳述書ですが、何かの参考になれば、、、と思い
アップいたします

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陳  述  書



平成20年11月●日 (住所・氏名・押印)


裁 判 官 様                           


 私がこの申し立てで陳述するのは、夫とのこれまでの結婚生活でいかに虐待(DV)を受けてきたかということです。
夫に何度訴えても、10年以上もの間その虐待はおさまらず、耐えかねた私は離婚を決意するに至りました。
以下、おもな離婚理由となった夫の言動です。

(1) 度重なる暴言・暴力・脅し・嘘などの嫌がらせを正当化し、改めない。
(2) (1)の影響で長男と私が恐怖や不安を感じ、眠れなくなってしまった。
(3) 生活費を渡さず、預貯金や有価証券取引の内容、給与明細なども見せない。
(4) 私のきょうだいや友人などとの付き合いを批判して邪魔をする。
(5) 家の内と外で明らかに態度を使い分け、とにかく人をコントロールしようとする。
(6) 自分以外の人間は悉く卑下・侮蔑しておきながら、自分自身を称賛してはばからない。
(7) 私にとっては最後の砦だった誓約書の約束を、当日にもう破った。

以上により、私は婚姻関係の修復はもはや不可能と判断し、夫の要請でここに離婚調停を申し立てました。
私の主張したいことは、以下5項目のとおりです。

@夫と離婚したいこと。
A長男・二男の親権を私にすること。
B夫は、長男・二男がそれぞれ20歳になるまで養育費を支払うこと。
C夫はこれまでの暴力および虐待に対し、私へ慰謝料を支払うこと。
D夫は、婚姻後に築いた財産の半分を私に分与すること。


次ページより、これまでの経緯を詳細に述べますので、どうぞよろしくお願いいたします。


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婚 姻 か ら 調 停 ま で の 経 緯


1.申立人の経歴
 
 私は昭和4●年●月●日に大分県で生まれ、現在3●歳です。
 平成●年に大分県立●●高等学校を卒業ののち、上京し東京の専門学校●●デザイン学院に進学しました。
 平成●年3月に修了後、勤務先の●●株式会社にて夫:●●と知り合い、4年ほど交際いたしました。
 妊娠した為、平成9年●月●日に入籍して同年●月●日に長男:ぜろちんこ(現在10歳)を、平成15年●月●日に二男:いっちんこ(現在5歳)を出産しました。
 今年の5月●日から、私は夫と別居して息子2人と一緒に暮らしています。収入は契約社員なので波がありますが、年間200万円くらいかと思います。


2.相手方の経歴
 
 夫:●●は昭和4●年●月●日に東京都で生まれ、現在3●歳です。
 結婚後、●●会社在職中に●●大学の通信課程を卒業し、その後2度ほど転職して現在の●●会社に営業として勤務しております。
 今春の雇用契約更新で、夫の年棒は550万円に決まったと本人から聞きました。


3.結婚してからの生活
 
 同居直後より、慣れない子育てで忙しい私に対して、夫は家事のやり方を事細かく指図し、少しでも自分の指示と違っていれば、「俺が働いている間、何してたんだよ!遊んでるんじゃねえ!ふざけんな!!」「文句があるなら出ていけ!おまえなんかもう離婚だ!!」などと度々暴言を吐き、真夜中にも関わらず双方の実家に電話して「俺達、もう離婚するから!」と一方的に言って切るなどを繰り返していました。
 
 夫は当時の賃貸住宅のふすまを蹴って穴を開けたり、食卓にお盆を投げつけて凹ませたりなどの暴力をふるい、些細な事で突然怒鳴りつけて私を脅すことが度々もありました。
 また私への身体的暴力もひどく、夫は気にいらないことがあると、暴言の挙句私の顔を拳で殴ったり、二男の妊娠中でも私の髪をつかんで後頭部を何度も畳に打ちつけ、しばらく起き上がれないほどのダメージを与えたりもしました。

 その他にも、夫はグラスに入っている飲み物を私に浴びせたり、手足にあざが残るほど私を蹴ったり殴ったりなどの細かい暴力も数々行いました。
 それでも私は、子供が小さいのもあるし私が気にしないようにすれば上手くいくかもと、機嫌を損ねないように虐待に目をつぶり、我慢を重ねて、なるべく普段と変わらない態度で夫に接するよう、心がけていました。

 平成14年●月、●●市●● ●-●-●に中古の一戸建てを購入して、私の妹弟達と住むようになってからは、今度はきょうだいの罵倒も加わり、些細な家事の不出来を「おまえらきょうだいは人間じゃない!俺はおまえらに騙されて家を買わされた!!」「おまえらは最悪だからこれ以上つきあってられない!冠婚葬祭も一切出ない!!もう終わりだ!」などと、夫は直接は言いたいことを伝えず、きょうだい達へ聞えよがしに私に向かって怒鳴ったり、メールで私にきょうだい達の誹謗中傷をするなどがしょっちゅうでした。

この同居は、夫が「近いうちに●●●●へ留学したい。」と言って勉強していた時で、ちょうど妹弟達が住んでいた賃貸住宅の契約更新も重なったので、きょうだいと一緒に住めば、夫の留学期間中も私と子供達が不安なく日本に残れるし、ローンもみんなで負担すればそれぞれがすごく安く生活できるし、子供の病気や家事の負担も軽くなるということで、夫もこの家を買う条件にしていたのです。
それなのに夫は、「ここは誰の家?!だれがこの家を買ってやったと思ってるんだ!!」と、まるで自分以外の同居人は居候というような言い方で、散々私を責めていました。

 私からきょうだい達へも、家事のアドバイスなどして夫との関係回復に努めましたが、もとより夫の主張するような家事のやり方を強制できるはずもなく、夫の不満の捌け口は常に私という構図ができてしまっていました。

 平成15年●月には、家の障子も夫が私への当てつけにバキバキに壊してしまい、すべてカーテンに付け替えました。
その後も度々近所から、夫の怒鳴り声がうるさいと苦情を言われていました。


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※ 4.離婚を決意した出来事へつづく

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ゼロいち=このブログの作者。 1997年にモラDV夫と結婚…大失敗! モラDV夫=ゼロいちの配偶者。 ヤツのモラハラのため2008年から別居中〜 ぜろちんこ=ゼロいちの長男(高3) いっちんこ=ゼロいちの二男(中1)
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