八重樫 幸雄 

April 10 [Sun], 2005, 20:06

八重樫 幸雄
YUKIO YAEGASHI

1951.6.15生まれ
仙台商−ヤクルト
≪通算成績≫
実働23年、1348試合、773安打、103本塁打、401打点、6盗塁、通算打率.241
記録=1試合パスボール3(日本記録タイ)、100号本塁打最遅記録、実働23年(セ・タイ記録)

アタシが知る限り、プロ野球史上、最も個性溢れる選手。それがヤクルト・八重樫幸雄。打撃に悩んだ末、当時の打撃コーチ・中西太氏とともに編み出した独特のオープンスタンスで一世を風靡。当時の野球少年のほとんどは八重樫の打撃フォームを真似たほど。ただ、子どもたちはヘンテコなファームを喜んでいたけど、本人は研究に研究を重ねた末に辿り着いたものだから。その研究熱心さは天才打者・落合でさえ、「八重樫さんはオープンスタンスの基礎を築いた」と認めるほど。打撃フォームだけでなく大きい眼鏡や驚くほど遅い足、耳当てなしヘルメットなど、ありとあらゆる個性を備えていたわね。84年プロ入り15年目にしてオールスター初出場、翌85年には.304でベストナインに選ばれ、遅咲きの苦労人ぶりがまた個性的ね。晩年は杉浦とともに左右の代打の切り札として90年代ヤクルト黄金期を支えたわ。93年オフ引退を表明。会見では涙ながらに「中西(太)さんと野村(克也)さんに感謝してます」と目頭を押さえた姿が、八重樫の野球人生を物語ってました。

原 辰徳 

March 31 [Thu], 2005, 11:39

原 辰徳
TATSUNORI HARA

1958.7.22生まれ
東海大相模−東海大−巨人
≪通算成績≫
実働15年、1697試合、1675安打、382本塁打、1093打点、82盗塁、通算打率.279
タイトル=新人王、打点王1、MVP1
記録=入団以来12年連続20本塁打以上

リニューアルした、ずきまん“野球篇”第一号はもちろんこの人。我らがエイトマン・原辰徳です。誰が何と言おうと、巨人の四番は長嶋でも王でも松井でも清原でもなく、原辰徳なのね。四番打者の定義は何か、と聞かれたら人それぞれ意見はあると思うけど、アタシに言わせれば“ファンとの一体感”だと思うのね。打てばヒーロー、凡打すれば戦犯、そんな存在でないといけないと思うの。巨人が負けても原が打てば「まぁいいか」と思えたりもしたわ。晩年の原は苦労と挫折の連続だったわね。ヒーローインタビューで泣いたりもした。だけど、クサい言い方になるけど、悔しくて、嬉しくて、涙を流せるってそう簡単にできることじゃないわ。その原の涙に多くのファンも涙した。そして歓喜した。原はファンにとって、アタシにとって、そんな存在でした。神宮球場で打った直後、バットを後ろへ高く放り投げた姿はいまもアタシの脳裏に焼きついてます。ホームランの放物線が美しいバッターでした。
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