使える手があるなら… 

2011年04月12日(火) 14時38分
震災から1ヶ月が過ぎて…みなさまいかがお過ごしでしょうか。
私は関西に住んでいるので、余震などの情報をニュースなどで見聞きするものの体感する事もなく、穏やかに日々を過ごす事を申し訳なく思っています。
余震と言えども震度4や5なんて…きっと阪神大震災の時の一番大きな揺れも私が体感したのはそれぐらいだったと思います。
そして復興と一言で言ってもなかなか進まない…
普通の災害でもそうなのに、今回は長引く余震に加えて原発の問題もあって本当に先の事を考えるのが難しい状況も多い事でしょうね。

今回の災害では大人から子供まで、日本と言わず世界中の人々が『自分にできる事』について考えられたのではないのでしょうか。
私も自分の力のなさを残念に思いつつ、それでも『できること』を探しています。
私の家の近くに小さな教会があって一昨年の水害の際にはボランティアの拠点となって、たくさんの支援を頂きました。
特に信仰がある訳ではないのですが、クリスマスなど小さなイベントやミサで歌われている大好きな聖歌があるのでご紹介します。
これはマザーテレサの言葉を歌にしたものです。
国や宗教やそのほか…いろいろな事を抜きにしてただご自身に状況に置き換えてご覧頂ければ幸いです。




私は関東地方や東北地方のことがよくわからないので、お客様の住所を繰って被災地と思われるご住所の方にご連絡をしていました。
大変な状況にかかわらず『無事です!』とのお返事がたくさん返って来て本当に嬉しかったです。
頂いたメールをこちらでご紹介させて頂こうと思っていましたが、刻々と変化する状況の中で載せる事ができなくなっていました。

抜粋になりますが、何か明日笑顔になれるヒントになればと思って掲載させて頂きます。
私信としてお送り頂いたメールですがお送り頂いた方にはお許し頂ければと思います。
またたくさん頂いているメール全てを載せる事はできませんでしたので、スペースが許す限りの掲載となりました。
もし不都合がありましたらご連絡ください。

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千葉県Hさま…
2011.3.12
館山市でも大きな揺れがあり、大津波警報が出たり、信号や踏切が止まったりと混乱していますが、お陰様で我が家は皆、無事ですのでご安心くださいませ。
でも他の惨憺たる状況を目にするや、自分たちの置かれた状況に感謝し、何ができるのか考えないといけないなと思っています・・。
テレビに映し出されている光景は同じ国のものとは思えず、ただただ茫然としてしまいますが・・。
本当にとにかくこれ以上、被害が拡大しないよう祈るばかりです・・。

福島県Iさま…
2011.3.12
本当に本当にありがとう
このようなメールひとつでも心強いです
頑張って家族を守ります
地震範囲が広がっているようです
そちらも充分にお気をつけください!

福島県Oさま…
2011.3.16
私たち家族は昨日、私の実家の奈良に帰ってきました。
誰にもけがはありません。
家の中は割れたガラスや食器と倒れた家具で身動きが取れない状況でした。
ライフラインは水道を除いて比較的早く復旧したほうだと思います。
避難所へは行っておりませんので、避難所のことはわかりません。
本当に限られた手荷物だけを持っての避難でした。
なぜか荷造りするときに、萩原さんのところで買ったベビー服(息子が生まれる前にまとめて買ったもので、洪水を乗り越えたものです。いま息子は1歳3カ月ですが、80サイズの肌着を愛用していました。)やこの間買ったポーチを持って帰りたくなり鞄につめました。
現在着るものがなくて買わなければならないのですが、ショックで買い物ができなくなってしまいました。
必要なものを買おうといろいろなHPを見たのですが、手が震えて涙が出てきてしまいます。
理由はよくわかりません。この間までの生活を思い出すからでしょうか。
むこうにいる知人友人のことを思うとたまりません。

2011.3.17
避難してくるまでは、気が張り詰めていたのか、必死でしたが、今こうして安全なところにいると、すべてを失ったんだなと放心状態になってしまいます。
でも、家族全員が無事で、大切なものは何も失っていないとも思います。
関西に帰る前に、持っていた食料と水をできる限り現地の人に渡しましたが、時間切れで渡しきれなかったものもあります。
幸い住んでいたマンションはライフラインの復旧が早かったため、お米を炊いておにぎりを作ったりできましたが
最後は時間がなく、炊けたご飯を炊飯器ごと渡してきました。
もっと、ああすればよかった、こうすればよかったと思うこともたくさんあります。
地震があった後も息子が元気そのもので、私たちも彼の笑顔に本当に救われました。
子供を守る決意のためか、恐怖はちっとも感じませんでした。
今も息子は元気に走りまわっています。

福島県Hさま…
2011.3.17
ご連絡ありがとうございます。
お陰様で私も家族も無事でおります。
私の住む郡山市は震度6弱でしたが、他の市町村に比べ被害は少なく、ライフラインも現在はほとんど復旧しております。
ただ揺れが長く続いたため、損壊した建物、修復が必要なレベルの建物が町の景観を変えてしまいました。
同じ福島県でも多くの方の命が津波により奪われ、原発で避難を余儀なくされた方々もいらっしゃる中、私たちは命があり、家があるしあわせを感じずにはいられません。
今日は災害後、始めて職場に出勤しました。アスファルトの亀裂に天井の落下など、目を覆いたくなる現実を目の当たりにして参りました。
今も余震が続いており、不安な毎日ではありますが、決して希望を捨てずに、与えられ、守られた命を大切に、平穏な日々が必ずくると信じてがんばろうと思います。
萩原さんの願いが皆の力になります。

茨城県Oさま…
2011.3.18
メールを有り難うございます。
ご心配を頂きましたこと心から感謝申し上げます。
お陰様で無事に過ごしております。
被災地の一日も早い復旧復興を、切に祈る日々です。

茨城県Kさま…
2011.3.18
地震はひどい揺れでしたが、我が家はほとんど被害はなく、家族も無事です。
断水や停電もありましたが、今は復旧しています。
まだ県内でも停電、断水、ガスの不通など続いている所もありますので、こちらは恵まれていて申し訳なく感じます。
家を失い、避難所で生活している方もいらっしゃいます。
東北ほどではありませんが、茨城県も被災地なのです。余震は続いているし、原発の不安も加わりました。
もっともっと辛いお気持ちの方がいるのに、がんばらなければなりませんよね。
ありがとうございました。

茨城県Oさま…
2011.3.18
ご心配ありがとうございます、大丈夫です。
いまなお、日に数回震度3程度の余震が続いています。
会社・自宅の周りは液状化・津波による被害が激しい場所も ありますが、幸いにも自身周辺は大した被害はありません
ただ断水が続いており、1週間お風呂には入っていませんが 衣食住は確保されています。
福島・宮城などの北方の被災者、また萩原様が関わられている 世界の恵まれない方々に比べればはるかに恵まれています。
このようなときは、物資の不足に加えて、先の定が見えないのが 一番辛いですね。
会社の復旧はなかなか進みませんが、より厳しい環境の被災者の 方々のためにできるエネルギーや物資の節約などに協力したいと 思っています。
すべての人々が最低限の幸せを享受できますように・・・

福島県Kさま…
2011.3.20
お蔭様で、私が住んでいる地域は、福島県の中でも新潟に近い会津地方と呼ばれるところです。
多少被害を受けたところもありますが、大きな被害はなく、停電や断水もありません。 
ガソリンや灯油が入手困難となったり、スーパーなど品物が少なくなったりしていますが、少しずつ品物も入ってきているようですし、次第にそのあたりも解消されるのではないかと思われます。
こちらにも、太平洋側で地震の被害に遭われた方々や、原発被害から非難してきた方々が、各所に設置された避難所に非難されているようです。
太平洋側方面の被災地の方々のことを思うと早く事態が収束して、これ以上の被害が広がらないことを祈るばかりです。
同じ県内でも私たちの地域は、さほど被害もなく本当に幸せだと実感しています。
職場も平常どおり稼動していますので、避難所の方々のお手伝いもできない状態で同じ県民としても心苦しいですが、今何ができるのかを考えながら、また協力し合いながら、この緊急事態を乗り越えていくことが大切ではないかと思います。

青森県Wさま…
2011.3.18
こちらは被害の少なかった地域ですので、地震の後2日ほど停電があったくらいで、目だった被害はありませんでした。
温かいお見舞いのお言葉、ありがとうございました。
また、大きな被害のあったところの一日も早い復旧を、一人でも多くの方の無事をお祈り申し上げます。

埼玉県Kさま…
2011.3.18
幸いなことに、私は去年埼玉に引越しをしており直接の被害はありませんでした。
ガソリンや食料物資の買占め、停電はあるものの、無事に過ごしております。
一昨年の水害の際、萩原さまが経験された水害は本当に過酷な状況だったと思います。
それを見事に乗り越え、いま震災の被災者の方がたのサポートのために立ち上がり実際に行動に移されているお姿には本当に頭が下がります。
そしてとても勇気付けられます。
ついこのストレス状態に精神が追い込まれてしまいがちなところを、励ましていただき、力が戻ってきました。
有難うございます。
多くの方が萩原さまの行動、お気持ちに励まされ勇気付けられていると思います。
今は関東全域で原発問題がシビアな状況ですが、この状況を乗り越え、被災地の方々のサポートが少しでもできるよう、私も気力体力を失わないようしっかりと足場を固めていようと思っております。
また、私にも何かできることがありましたら、ぜひ呼びかけていただければと思います。

宮城県Sさま…
2011.3.20
心配して下さって、感謝というか感動してます。
やっと、電気が復旧して元気に何とか暮らしています。
これからが長い道のりだと思いますが頑張ります。
あたたかいお言葉、ありがとうございます。

宮城県Wさま…
2011.3.20
メールを頂きまして、驚きと同時に感謝しています。
お蔭様で無事でした。
おそらく、被災地の中でも被害が少ないほうだと思います。
まだ自分の中では、現実としてとらえる事が出来ない部分がありますが・・・テレビに映る方々の涙をこらえた姿を見ると悲しくなります。
実際、私のところも、水や食べ物、ガス、燃料などは回復しておりません。
自分達のその日の水や食べ物を、どうするのかという状態で、被害が酷い方々の配慮をする余裕がありません。
これ以上被害が出ずに、被害にあわれた方々の心が静まるように願うだけです。
このような時に、あたたまるメールを頂きまして
心よりありがとうございました!

茨城県Uさま…
2011.3.20
つくば市は断水からも復旧し、生活も支障無くすごしております。
震災は悲しい出来事でした。
まだ原発や余震など、不安が続いてますが、3ヵ月後、1年後には復興に向けて日本や皆の気持ちがスタートしていればいいなぁ。と思います。

宮城県Aさま…
2011.3.20
マンション住まいなので 壁が壊れたり温水器が使えないなど不便はありますが 元気でやっています。
今は山形県に避難していますが、ネットショップは東北への配送を停止しているので とても不便で。。。
早く状況が落ち着いて またお買いもの出来たら嬉しいです。

宮城県Iさま…
2011.3.24
心配していただき感謝しています。
私と家族は無事です。
まだガスが使えなかったり、余震が続いたり、灯油が買えなかったり,食糧も思うように買えなかったりいろ
いろ不便なことはありますが、家族が無事だっただけでも幸せだと思っています。

宮城県Nさま…
2011.3.27
お蔭様で、家族みんな無事です。
うちは内陸のほうなので、津波などの被害はありません。
パソコンの復旧に時間がかかり、返信が遅くなりました。
石巻には住んでいたこともあり、知り合いも多く心配しましたが、私たちも無事を祈ることくらいしかできませんでした。
心配していた知り合いともずいぶん連絡が取れ、普段の生活も落ち着いてきたところです。
この地域は農家が多く、お米が十分にあり、近所の井戸水を分けてもらい、食事には困りませんでしたが、こどもたちのおやつは、少し前に、購入していたフェアトレードのチョコレートを非常おやつにして、疲れた時には、ちょこちょこ食べて元気を取り戻していましたよ。
心配していただきありがとうございました。

岩手県Hさま…
2011.4.3
私たち家族は無事です。
主人の実家は大船渡で、祖父は当時陸前高田に勤めていました。
幸い命があり、住むところも残りました。
あの美しい景色が、少し前まで通っていた道が全く別な姿を見せているのはにわかには信じられませんでした。
が、現実なのですね。
自然の前には人間の力は無力だと思いましたが、今はまたちょっと言葉にならないけれど私たちも自然の一部だと思えます。
今は実家の祖父母も現場で復興に向けて頑張っています。
私は同じ岩手でも花巻なので直接ではありませんが、後方支援をやっています。
できることを、一歩でも、半歩でも前に。そんな気持ちです。
日本のあちらこちらで大変な思いをしている人が大勢いらっしゃいます。
みんなで一緒にがんばっていけたらいいと思っています。

東北地方太平洋沖地震について…協力できる事があれば… 

2011年03月13日(日) 13時35分
このたびの地震および、それによる津波や火災によって犠牲になられた方にお悔やみを申し上げます。
また、被災された方々にお見舞いを申し上げますと共に、ご家族やご親族さまのご無事をお祈りしています。

本日メール通信を配信させて頂きましたが、このような惨事を目の当たりにしてあまりにも無力な自分にに虚しさを感じています。
そして、私が被災した際に頂いたたくさんのご支援を思い、何か少しでも出来る事が無いかと考えています。
ただ一言のあたたかい言葉がとても励みになったりもしました。

もし被災された方で何かメッセージがありましたら、『nom@zs-cat.com』までメールまたはこちらのコメント欄をお使い頂ければと思います。
必要な機関への連絡や、メール通信やブログへの掲載などで協力をさせて頂きます。
微力ですが私の出来る事はさせて頂きたいと思っていますので、どんな小さな事でもいいですのでご協力させて下さい。

何も出来ませんが、今はただ皆様のご無事と大切な命がお一人でも助かりますよう、また安心して眠れる日が一日でも早く来ますようにお祈りしています。


なお、大変申し訳ありませんが、被災地方面へのお荷物は発送ができません。
また関東地方などへのお荷物は時間指定が出来ないなど、制限がある場合もありますので詳しくはお尋ねください。


ここから… 

2010年11月06日(土) 17時20分
お久しぶりです。

ちゃんと更新をしようと思いつつ申し訳ありません。

それでも、これからはきちんと更新して行こうと
今日もまた心に決めてこの記事を書いています。





本当に長らくのご無沙汰で、何から書いていいのやら…という感じです。

今年の8月で、あの水害から1年が経ちました。
その話題をブログに載せようと思っていたのですが
なかなか考えもまとまらず今日まで来てしまいました。
たくさんの方にご心配をおかけしたのに
ちゃんと挨拶もできず本当に申し訳ありませんでした。

今の町の状況は、5年計画で堤防建設の話が現実化して来ています。
あれ以来、雨が少し多く降ると不安になっている町の人たちが
落ち着いて生活できる日が早く来て欲しいと願っています。



小学生の男の子はまだ家族の元に帰る事ができていません。
一緒に避難せず祖父の家に残った兄と自分のランドセルを
体の前と後ろに背負ったまま、母と姉2人とともに濁流に流されて…
姉は数キロ先で奇跡的に助けられ、母ともう一人の姉は亡くなりました。
ランドセルは見つかり、兄のランドセルと共に男の子は行方不明に。

8ヶ月後、15キロ下流の河川敷の竹やぶで
男の子が託された兄のランドセルが発見されました。
残された祖父と姉、兄をはじめ多くの人が周囲を捜索しましたが
男の子の手がかりは、それ以上発見される事もありませんでした。
あの日から1年、祖父は男の子を弔うために苦渋の決断で死亡届けを出し
彼の名前は母や姉とともに慰霊碑に残される事になりました。



先日、奄美大島も大きな洪水被害に見舞われました。
佐用町とは色々な条件も違い被害状況も同じではありません。
それでもニュースを見ていて
1年前のあの日を思い出さずにはいられませんでした。

私たちはとても苦しい日々の中で
ボランティアやたくさんの人々から元気を貰いました。
つい先日、佐用小学校の生徒が
「自分たちと同様に苦しんでいる奄美の小学生を励ましたい」
と提案をして、メッセージと手紙を送りました。

苦しい事や悲しい事がたくさんあったけど
その貴重な体験からたくさんのものを得た事も確かです。
これを人生の糧にして進んで行かなければなりません。

z's catはこれからも
この佐用町からいろんな情報を発信して行きたいと思っています。
改めて、今後ともどうぞよろしく願いします♪




※お世話になっていながら
慌ただしさに任せて失礼をしている方も多く心苦しいばかりですが
これからもお声をかけて頂ければ有り難く思います。

届きました〜 

2010年02月13日(土) 18時39分
ピープルツリー代表サフィアさんの著書のご紹介です。

本が出版されたのは2009年5月ですが
私の手元にサフィアさんのサイン入りの本がやっと届きました〜♪



これは2008年イギリスで出版されたものに内容を加えた日本版です。
2009年のカタログ掲載商品なども載っていて
日本版オリジナルの内容もたくさん加えられています。

世界を変えるフェアトレードファッションという内容で
ファッションを通じていろいろな事柄が
わかりやすく書かれています。

例えば手織りシルクのスカーフの
手織りと機械織りで織れる長さの違いなど
目で見てわかるのが嬉しい。

写真も綺麗だしたくさん載っているので見ているだけでも楽しいです。

ブロックプリントの作業風景や
牛の骨で作られたボタン一つ一つに文字を手彫りしているところなど
これを見ると手元にある商品への愛着もより一層湧いてきそうです。


何かを変える・・時にそれはとっても難しい事だったりします。
それでも変えなければならないと思った時
案外それは容易にできたりもします。

たまたま観ていたテレビで
二酸化炭素削減の活動をしている方が映っていました。

自分自身でどこまで削減できるのかチャレンジする気持ちで…
と言われていました。

いくら大きくて重い問題でも一人一人が考えると案外小さな事で
「やってみよう!」ぐらいの感覚で実行できる事なのかもしれません。


フェアトレードの裏には大きな問題がたくさんあります。
それは一見すると解決する事が困難なようにも思えます。

そんな問題を取り上げた難しい本もたくさん出版されています。

そんな中で、この「By Hand」という本は
肩肘を張らずにす〜っと浸透するように
今考えなければならない事が体に入ってくる、そんな本だと思います。

ぜひ、たくさんの方に楽しんで読んで頂きたいと思います。


エコロジーはおしゃれを否定していません。
そして楽しむ事も否定していません。

おしゃれで楽しいエコロジーを
そして世界を変える事を考えてみませんか。

当店でもお取り扱いをしていますので
お問い合わせください。


やっと! 

2010年01月31日(日) 1時00分
2010年になってもう1ヶ月ですか。
早いですね。

いや、昨年夏からは本当に日が経つのが早い、早い。
歳を重ねるごとに代謝が落ちて
それにつれて時が経つのが早く感じるらしいですね。
そっか・・なんとなく納得です。



バレンタインまでにはHPを再開したいと思っていたのですが
・・なんとか・・なんとか・・間に合いました。

とはいいつつ本当にとりあえずの更新です。
PCが新しくなって四苦八苦しながら新しいソフトを使って作りました。

HPは少し明るくなって可愛い雰囲気になったな。
チョコレートやコーヒーなどのパッケージが変わって
作っているうちになんとなく影響を受けた感じもしています。
フードコーナをご覧頂ければおわかりいただけるかも?

それでもまだまだ夜なべ仕事が続きそうです。



さて、チョコレートですがただいま値下げをして販売しています。
そのうえ箱でご購入いただくとまた少しお得になります。

販売は冬だけなのですが、賞味期限は夏ぐらいまであります。
まとめてご自宅用にいかがですか?
夏にフェアトレードチョコレートなんてちょっと贅沢ですよね。

かわいいギフトセットもご用意していますので
ぜひ、バレンタインにはフェアトレード・チョコレートを。

おすすめなのは・・
実はこのギフトセット、私の趣味で作ったので全部おすすめなのです。

ミャー人形は私が担当者にずっとお願いして復活したものだし(たぶん)
不敵な笑みを浮かべたサリーのマスコットは文句無く可愛いっ。
ジュートとコットンのバッグも素敵ですよ。

元はエッグコージーなのですが用途が見つからなくても人気のゴースト。
レッドとホワイトの2種類です。
ロングセラーの葉っぱのキーケースは新色ですよ。

バレンタインには
おいしくて人に優しいフェアトレードのチョコレートを!





寒中お見舞い申し上げます! 

2010年01月16日(土) 1時32分
全国的な寒波で雪もたくさん降っているようですね。
本当に寒いです。

佐用町は小さな山に囲まれた盆地のような地形なので
もともと冬は寒くて夏は涼しい気候です。
以前は年に数回大雪がドサッと降っていましたが
ここ数年は2月頃に1、2回雪が積もるぐらいです。

今年は積もるほどの雪はまだ無いですね・・
この数日はけっこう気温は低いと思いますが
夏に雨を降らせすぎたからか、なかなか雪にはなりません。

今朝は本当に寒かったのですが、川を見てちょっとビックリ!
乗れるんじゃない?っていうぐらい
厚〜い氷がびっしり張っていましたよ。



これを見て以前少し住んでた信州の冬を思い出しました。
私の記憶が正しければ・・
冬になると学校のグラウンドに水を張ってリンクを作るんですよね。
氷が張るまでは小さなボートでグラウンドを渡っていました。


さて、今年は年中行事などもご紹介できればと思っています。
七草は画像に残す前に食べてしまったので断念



毎年1月14日に地区ごとで行われる『とんど』
これは地域によっては呼び方が違うのでしょうか?

しめ縄やお正月のお飾り、お札などを竹で組んだ櫓ごと燃やします。
子供たちは書き初めを・・高く燃え上がれば字が上達するそう。
この炭で焼いたお餅を食べたり、
炭を体につけると健康でいられると言われています。



毎年この『とんど』の日はなぜかとっても寒いです。
この川原は水害対策で川幅が拡張されて狭くなってしまいました。
いつもは後ろに見えるように、こんなに穏やかな流れです。

他の地域では川原が全く無くなってしまったために
水害のため取り壊しになった家の後に櫓を組んであったり
例年と少し違う『とんど』になりました。

今年も!今年こそ! 

2010年01月01日(金) 14時32分
2010年・・・あけましておめでとうございます


例年の事なのですが、バタバタの年末から1夜明けただけなのに
なんとものんびり気分の元日です。

昨年はいつも以上にアッという間の1年でした。
特に夏以降は、何をして過ごしていたのかと思うぐらいです。

たくさんの方にご心配いただきましたが
無事元気に新しい年を迎える事ができました。
ありがとうございました。


2010年もz's catをどうぞよろしくお願いいたします。


昨年私は自分にとっていくつかの極限を体験しました。
さすがに書いてみると大げさですが
単純に人生最大の、とか、最高の、とか、最低の、ということです。

もっともっと凄い経験をされた方もいらっしゃると思うので
大げさだと思うのですが、ちっぽけな私の人生の中でのお話です。

例えば・・
1年の合計睡眠時間は確実に人生最短だったと思います。
PCの連続使用時間は過去最長。
1日のメール送信回数、携帯電話の通話回数もおそらく最高。
1年にお弁当を食べた回数も最高。
ああ、そんな事か、と呆れられている気もしますが。

『ありがとう』という言葉を聞いた回数も言った回数もきっと人生最多。
最大の心配と後悔と、それに最低のテンション。
そして、何かを諦めた回数も最多で
やっぱり諦めきれずに思い直した回数も最多だったかも。

私にとって一生忘れる事ができない2009年8月9日を境に
いろいろな事が大きく変化をしました。
失ったものは本当に多く、大きかったけれど
そのおかげで得たものも大きくて。
大切なものを得るために、失う事も必要だったのかもしれません。


さて、さて、お正月です。
夏祭りも秋祭りも、そしてクリスマスまでも
ツリーなど何も無くなってしまって寂しいものでした。

でも心機一転、お正月からはきっちりとやらせて頂きます。
30日にはペッタン、ペッタン、とお餅つきもしました。
そして今朝はシンプルだけどお雑煮でお祝いをしました。



今年はきっといい年になると信じて。
辛いニュースが無いように、全ての人が昨年よりも幸せですように
そんな願いを込めて、いつもと同じ

「いつも私が幸せでいられますように」

たくさんの・・ありがとう!ありがとう! 

2009年11月07日(土) 14時24分
もう11月になってしまいましたね。
日ごとに寒さが増しているようですが、みなさまお元気でしょうか。
佐用でもインフルエンザが流行して学校などは休校したりしています。

さて、長く更新ができずにいましたが、あの水害から約3ヶ月が経とうとしています。
マスコミなどで取り上げられる機会も少なくなって、世間からはもう半分忘れられているのではないでしょうか。
日々たくさんのニュースがある中で人間の記憶力にも限界があり、それはそれで仕方がないことだとは思いますが、当然ながら佐用の方では忘れようとしても忘れられない・・そしてまだ何かが終わった訳でもなくそれでもゆっくりと時が流れているという状態です。

ご心配頂いている佐用の近況をお話しする前に、少しこの場でお礼とご報告をしたいと思います。
今回の災害ではお客さまから思いもよらずたくさんのメールやお電話、お手紙など頂きました。
いつも感謝をすることばかりなのですが、こんな小さな店の顔も知らない私のために心からご心配頂き、そして長年お付き合いのある友人のように温かい言葉をかけて頂いて、本当に有難い気持ちでいっぱいです。

これまで私は大変な状態の中でも諦めずに頑張るという気持ちをHPやこの「ひとりごと」の中でお知らせしてきました。
でも実は水害が起こった当初の私の気持ちはそうではありませんでした。
水害の翌々日、初めて店の惨状を見たときには頭が真っ白になり、そしてとても孤独な気持ちになりました。
喪失感とともに全く後ろ盾を失ってしまったような何とも不安な気持ちの中で、z's catというお店の小ささを思い、このまま消えてしまっても誰にも迷惑や心配もかける事もないのではないかと考えていました。
実際に私の目の前には、一昨日まで確かにあったz's catというものは存在感すら残っていませんでした。
手の施しようもないと思われる状態を目の当たりにして、何とか体面を取り繕って無言で作業をしながらも、誰にも見られることのない頭の中では大声で泣いていたと思います。
そして役に立つ見込みもないままに商品を拾い出しながら、誰にも相手にされずに放置される自分とz's catの姿と戦っていました。

私はきっとマイナス思考の人間なのだと思います。
ただ思考に反するようにその行動はポジティブ。。というより「強がり」なのかもしれません。
それでも今になって考えるとあの時私を支えていたものは、そんな虚勢を張っていた自分自身だったように思います。
絶望的な思いの中でも『何とかなるから大丈夫』と自分に言い聞かせるように話していました。
現実にはどうにもならないかもしれないと思いながら。
そんな中、数日振りに繋がったメールの受信欄には何通かお客さまからのメールが届いていました。
また数日後、ようやく復活し鳴り止まない電話の中に申し訳なさそうなお客さまの声もありました。
ハガキや郵便物も届きました。
カタログをご請求いただいたり、言葉はなくても更新もできないHPや「ひとりごと」覗きに来てくださる方もたくさんありました。
私はz's catがこの広いネット上で一人ぼっちじゃなかったんだという気がして、本当に心強くて胸がいっぱいになりました。
普段の1週間ほどの早さで1ヶ月が過ぎ、現実が見えてきてますます事態の大きさを感じる中ではありましたが、おかげさまでもう孤独ではありませんでした。
それぐらいたくさんの方の声と気持ちが届き、そして私の力になってくれていました。
まだ断水が続き救援物資と毎日支給されるお弁当を頂きながらの生活でしたが、温かい気持ちで今できることを少しずつして行こうという新しい気持ちになっていました。

頂いたメールにはできる限りお返事をしていますが、それでも私の感謝の気持ちを表現しきることなどできず、自分の言葉の足りなさを情けなく思っています。
ご心配や励ましの気持ちがいっぱい詰まった本当に素敵な言葉をかけていただき、私なんかのためにもったいない気さえしてきます。
言葉では言い表せられないのですが、それでも最大級に思いを込めて・・・

ありがとうございます。


今の佐用町はあちこちに空き地ができています。
うちの周りも空き地だらけになりました。
空家はもちろん、古い家やお年寄りが住んでおられた家などどんどん解体されていきます。
まるでクリーン作戦のように至る所で大工さんや解体業者さんが忙しく作業をしています。
私が子供の頃から大好きだった近所のおばさんの家も解体されたと知りました。
庭木だけが残っただだっ広い空き地をみて、何度も遊びにきた懐かしい家を思い出してしばらく動けませんでした。
遠く娘さんの家で毎日佐用のことを考えては涙を流しているというおばさんの事を思うと、この現実が本当に恨めしく思います。

この水害ではたくさんの方の命も奪われました。
未だに小学生の男の子と女性の2名が行方不明のままです。
この男の子は家族と一緒に避難をする途中に30cmほどの小さな溝の流れに足を取られて、お母さんとお姉さん、妹さんと一緒に流されました。
妹さんは助けられ、一緒に避難しなかったお兄さんは無事でお母さんとお姉さんは亡くなっています。
おじいさんは有志の方とともに、今も男の子を探しておられます。
町のあちこちで見かける手作りのポスターに書かれた連絡先をみると本当に悲しくなります。
ニュースでは伝えきれていない悲惨な状況がまだまだたくさんあります。
私は佐用のことを同情してもらうためではなく、教訓にしてもらうためにもっと知ってほしいと思っています。

ここ数年記録的といわれるような自然災害がたくさん起こっています。
集中豪雨による被害もたくさんあります。
震災もいつどこで起こってもおかしくありません。
佐用の教訓が、避難の際に、困ったとき、そして備えとして役立つ事が少しでもできればと思っています。
私の経験だけでは物足りないところもありますが、それでも誰かの心の片隅にでも残っていてほしいと願いつつ、これからもできる範囲でお伝えしていきたいと考えています。
またお付き合いいただければと思います。



**お店からの重要なお知らせです**

私の長年のパートナーであったMacがついに動かなくなってしまいました。
HPを少しでも早く更新したかったのですが、しばらくできなくなってしまいました。
PCは新しくなってもデータが大変で、どうしていいやらという感じです。
重ね重ねご迷惑をおかけして申し訳ありません。
いまはブログは更新できるのですが、HPを触る事はできません。

チョコレートやメーカーで完売になってしまった商品も入荷しています。
お問い合わせいただければ折り返しご連絡をさせていただきます。
引き続きHPの注文フォームからはご注文を承っていますので、カタログからのご注文もお待ちしています。
チョコレートは22個の箱単位でのご注文も在庫がある今はお受けできますので、どうぞよろしくお願いいたします。

私は川へ洗濯に・・ 

2009年09月03日(木) 10時31分
こんにちは。
すっかり秋の気配が漂っている佐用です。
外では虫の声も気持ちよく響いています。

さて、あの日からもう3週間が過ぎました。
今の状態は1階部分は床や壁をすっかりはがしてしまっていて、乾かしてから新しい板を張って壁紙や床板を張ろうというところです。
z's catの店内は全て板張りだったために洗って乾かしてそのまま使えそうです。
そして在庫置き場と作業スペースにしていた部屋は、半分を占めていた家の道具がほとんど無くなってしまったので店と続けて使う予定です。
車が1台入る約2坪のガレージを改装した小さな小さな店は、これを期に少々拡張という事になりました。

ここ数日、私はカタログの発送などをしながら、忘れかけていた『この荷物を開けたお客さまがどんな顔をされるか』というワクワクした気持ちを思い出していました。
最初の頃は日が経つ程に身にしみてくる大変さに抵抗するように、無理矢理に頭も体も動かしていたように思います。
でも頂いたメッセージを何度も何度も読み返しながら、何か目標が決まったような気がしています。
行き先も定まらずに闇雲に動き回っていたのが、戻る場所が決まったとき、私のしなければならない事がはっきりとわかったような気がしました。
頂いたひとつひとつの素敵な言葉が私の力になってくれたと思います。
ありがとうございました。

町の様子はあの日を境に見慣れた風景も通り過ぎる人の顔も大きく変わってしまいました。
少し寂れた商店街でしたが、自転車で走ると商店街の向こうの友人の家に着くまでにいったい何人に声をかけられ挨拶をしたでしょう。
z's catの前の道は細い路地で、ご近所の方が夕方になると集まって来て賑やかな話し声が聞こえていました。
テレビなんて見なくても政治経済から芸能情報まで、私はPCに向かいながらどんな情報でも仕入れる事ができました。
いつもの元気なおばさんたちは、今は仮設住宅に入られたり、遠くの息子さんの家に行かれたり、入院されたりと散り散りになってしまいました。
たった数時間の出来事なのに、何十年もそれ以上もかけて築かれたもの全てを簡単に奪い去ってしまうのですね。
ついさっきまで元気だった大切な人や動物たちの命だって、一瞬にして消えてなくなってしまったのです。
本当に切ないばかりです。

私は今まで不安と言うものがこれほどまでに重いものだとは思いませんでした。
どうにかして解決できるわけでもなく、ただ時が過ぎるのを待つという苦しさを初めて味わいました。
その後遺症なのかしばらくは1人になるとぐったりとなって、落ち込んでいるのか悲しいのか、ただ疲れているだけなのかさえわからなくなっていました。
それでも嫌な事はさっさと片付けたい私の性格が幸いしてか、今は振り返ることもほとんどなく日々少しずつですが前に進んでいます。
ご心配頂いたみなさま、ありがとうございます。
私は身も心もとても元気ですのでご安心下さい♪

前回の続きで水害にあったz's catの商品がどうなったのか、少し書いてみます。

******  ***  ******  ***  ******

私がz's catの店の変わり果てた光景を最初に目にしたのは水害のから2日経った11日になってからでした。
私は被いかぶさっていたテーブルをどかしてから勇気を振り絞るようにして中へ入ろうとしました。
テーブルの下には、昨日まで大切に使っていたインドの新聞を利用した紙袋や、ラッピング用の紐やラベンダーの花穂を入れた瓶、そんな細々としたものが重なっていました。
水を含んで重く張り付いているそれらの物をつま先立ちでよけるようにしながら足を踏み入れました。
私は一通り目をやってから「ああ〜」と声を上げたような気がします。
手伝いに来てくれていた叔母が入り口で心配そうに私を見ていました。
何かを言わないといけないけれど何も言葉にできなかった、そんな気持ちを覚えています。

それからは少しでも早く、全く濡れていない物と洗えば助かりそうな物、もう無理だという物などに分けて大きな袋に入れて行きました。
いつ終わるかわからないような辛い作業でしたが、ひとつでも多くの商品を助けようとそればかり考えていました。

*倉庫にまとめた商品のラベルをとって最終確認。


断水のため水も無いなかで一刻も早く洗い流すために、12日に友人宅前の川に洗濯に行きました。
手伝いに来てくれた友人たちと一緒に洗濯板とブラシを持って川へ行くと、私たちは日が暮れるまでひたすら水洗い、別の友人たちがそれを30分かけてコインランドリーに持って行って、大型洗濯機に何10回分も洗濯をしてくれました。
店から車でほんの10分のその川は、一昨日の氾濫がウソのように水嵩は減りいつもの綺麗な流れに戻っていました。
この辺りはいよいよ床上に水が上がりそうになった時に下流で堤防が欠壊したため、水がどんどん引いてそれ以上の被害には至らなかったそうです。
下流は大変な被害になっているため難を逃れたと喜んではいけないのですが、それでも私たちは何日かシャワーを借りて落ち着いた時間を過ごさせてもらったこともあり、友人宅が被害に遭わなかった事を本当に有り難く思いました。
あまりにも被害が大きかった今回の水害では、少しの差で被害が少なかった家の人が申し訳ない思いをされることもたくさんあったようです。
地下水などが早く出た家は看板を出して水を提供されたり、トイレを開放されたり、自宅の片付けが残っていても他所に手伝いに行ったりされていました。

私は土砂や瓦礫、それに乾いた土埃だらけのなんとも重苦しい空気の中で作業をしていたので、川に行った日は初めてちゃんと呼吸ができたような清々しい気持がしました。
私たちが洗濯をしていると近所のおじさんが白い綿のシャツとステテコ姿で川に降りてきました。
この辺りでも田畑は被害に遭っているので、きっと作業をして来られたのだと思います。
おじさんは服を着たまま川の流れの中にあぐらをかいて座ると、持って来ていたブラシで服ごと体をゴシゴシと洗って私たちと目が合うと満足そうに大笑い。
実際にはたった数日間の事なのですが、私は久々に声を出して笑った気がしました。


*一輪車で何度運んだか・・OCなどはまだまだこの後


私たちはこの商品たちは数ヶ月前にも同じように川の水で洗われていたのかもしれないなどと話しながら作業をしていました。
インドやバングラデシュ、ネパールなどの川の水で作られた製品が、いろいろな道を経てこうして佐用の川の中にいる事がおもしろくもあり、生産者の方と少し気持ちが近づいた気もしました。
リサイクルサリーの布を流れの中で揺らしていると何とも言えないいい感じで、いつもの洗濯機や水道水の中よりも、実はこの布たちは川の水の方が好きなのかも・・なんて思い巡らしながら、気持ち良さそうに水の中で泳ぐ色とりどりの布をしばらく眺めていました。


*川の水の中で揺れる布たちは気持ち良さそう


私はいつもフェアトレードの商品を手にした時に、生産された土地の風景を思い描いています。
大きな水害などの情報を聞いた時にも、必死で見た事も無い情景を想像しようとしました。
どうやっても近づけなかったそんな遠い国の大変な状況を、ほんの少しですが理解できるようになったかもしれません。
そこに泥水はたくさんあるのに綺麗な飲み水が無い状況。
ゴミの山を前にしてどうにか必要な物を探そうと頭から泥をかぶりながらも、なりふり構わず作業をする人達。
何もかも失って茫然自失で汚れた床に座り込む人。
どれも私が想像さえすることができなかった現実です。

私は今回の災害で失った物は多いけれど、得た物もあると思っています。
まだまだ復興途中の佐用で、そして先の見えない状況に変わりのない私の店や会社の現状を考えると少々能天気のようにも聞こえるかも知れませんが、心からそう思っています。
たまたま声をかけた人が配給を知らず丸一日何も食べていないと聞いたとき、人助けなんて言葉じゃない当たり前に自分の食べ物を差し出していました。
首まで水に浸かりながらも一晩を車の中で過ごした人、一緒に手をつないで避難していた人が流されて亡くなった人、2匹の犬が流されてしまったと話している子供、濁流に流され胸まで水に浸かりながら手に触れた柱を握りしめ続けていた人・・
その人達が助かっていて本当に良かった。
あと数センチ、あと数時間、水があったならきっと助からなかったと思います。

フェアトレードの製品には優しさやあたたかさがあります。
私は今回、その理由が少しわかった気がします。
懸命に生きている人は、生きていると言う事の大切さを知っているからこそ、人や物を大切にできる優しさを持っているのかもしれません。
私は九死に一生を得たとは思いませんが、それでも一歩間違えれば・・ということは感じています。
その時の恐怖や苦しさ、悲しさや辛さはもうあまり口にする事は無いかもしれませんが、大切な経験として忘れずにいればこれからの人生の糧になるのかな・・と思っています。

私のもとには本当にたくさんの励ましの声を届けてもらっています。
独り占めするにはもったいないぐらいです。
商品を提供することしかできないこんな小さなお店に、あたたかい言葉をかけて下さって本当に有り難くて申し訳なくさえ感じています。
これから私ができることは、これまで以上にいろんな国や人の状況を理解して、商品や情報をみなさんにお伝えして行く事だと思っています。
そのためにも、今は少しずつでも前に進んで行こうと思っています。

ただいま臨時休業中。。。 

2009年08月25日(火) 3時02分
こんにちは、みなさんお元気でしょうか。
今日はz's catよりお知らせがあります。
すでにHPでもお知らせしておりますが、当店はただいま休止中です。

ニュースなどでもご存知の方もいらっしゃると思いますが、台風9号の影響による水害でz's catのある兵庫県佐用町は大きな被害を受け、当店も1階部分が水没してしまいました。
2週間たった今でも復旧のめどが経っていない中ですが、早く近況をお知らせしなければならないと思い、ひとまずこちらでご報告をさせて頂きたいと思います。
今後はご希望の方にカタログをお送りしながら、またお店の方も再開できるように頑張って行きたいと思っています。

******  ***  ******  ***  ******

8月9日は朝から雨が降り続いていました。
時折強く降る雨に「台風みたい」などと言いながらも、のんびりとした休日を過ごしていました。
佐用川は小さな谷川が合流しながら町を横切っています。
少し雨が降り続くと川の水がすぐに増水して、堤防ギリギリになることはよくあることで、数年に一度程は堤防を越えて道路が冠水することもありました。
そのため町の人は雨が降ると川の水を見て、自分の目で危険を確認していました。
その日の夕方、私も川を見ていたのですが、かなり水量は増えていたとはいえ、すぐに堤防を越えるとは思えず『できるだけ早くかえろう』と思いながら中国道で1区間の山崎に車で出かけました。

私は降り続く雨に心配になり、午後8時半頃近所に住む友人にメールをすると「川を見に行ったけど水が増えてるからちょっと危険かも・・」という返信がありました。
その時はあまり緊迫感もありませんでした。
それでも早く帰ろうとしたのですが、既に中国道は通行止めになっていました。
友人に電話をかけると「もうあかん!・・水が入ってくる・・ごめん、切るよっ!」悲鳴のような声でした。
私は山際を走る細い国道を通って佐用に帰ろうとしていました。
途中から川と平行して走る事になるのですが、山の上の方からは水が吹き出していて今にも崖崩れがおきそうな状態で、川は溢れそうになって溝からは泥水がわき出していました。
道路はどんどん水が入り込んで流れていましたが引き返すわけに行かず、とにかく少しでも早く帰り着く事だけを考えていました。

佐用の手前の佐用坂という小さな峠を前にして急に道路の水が深くなっている場所があり、消防団の方が「ここから先は無理です」と通行止めを指示していました。
他の道から行けるところを探しましたが、さっき通って来た道はやはり崖崩れをしたらしく通行止めになり、もう一方の道も橋が冠水したとの事で通れなくなっていました。
しかたなく先ほどの場所に戻って様子を見る事にしました。
とりあえず車を駐車場の中で一番高いと思われる場所に停めると、いま通って来たばかりのその道路はすでに川になっていました。
ちょうど止まったところが消防団の詰め所と対策本部になったため、佐用に行けないかと聞いてみると「佐用の町は完全に水没しています」という信じられない言葉が返ってきました。
それが午後9時半ぐらいでしょうか。
それから数時間、私はこれまでで一番不安で落ち着かない時間を過ごしました。
両親も別に外出をしていたため家には誰もいなかったのですが、残して来た猫が2匹とインコが1羽、それに店の商品がどうなっているのか・・もう何度も何度も同じ事を考えては手で顔を被って少しでも気をそらそうと無駄な努力ばかりしていました。
中国道が通行止めになったおかげで、避難所には佐用に縁もゆかりもない人も多く「ここはどこだろう?こんなところで足止めされて・・」などと笑いながら電話をしている人たちが本当に羨ましく思えました。
タバコを吸っている人の隣に立っていつもは毛嫌いしているタバコの煙を吸ってみたり、通る車もない水たまりだらけの道路をばしゃばしゃ歩いたり、自分気持ちをコントロールする術がこれほどないものなのかと情けなく思いながら、ただただ時が経つのを待っていました。
そして私が佐用に帰り着いたのは明け方の3時半。

佐用坂を下るとそこは別世界でした。
道の脇を通っている線路は川の様になり、溝を伝って流れ出る山からの水は道路に当ると勢い余って噴水のように泥水を噴き出していました。
水の引いた道路には持ち主を失って乗り捨てられた車が折り重なり、大量の土砂が道を塞いでいました。
見慣れた商店のシャッターは折れ曲がって、あるはずのない巨大な流木が民家の戸に突き刺さっていました。
私は目を伏せるようにして家に帰りました。

私の家は何度か紹介をさせて頂きましたが、祖父の古い家を改築したもので町の高台にあり、今回の災害でも断水とテレビが映らなくなる以外は被害がありませんでした。
家に着いて少し休もうと思ったのですが全く眠れず、そのまま夜が明けて悪夢の続きのような朝を迎える事になりました。
店はやはり変わり果てた姿になっていました。
父の経営する写真店の奥にリビングとキッチン、お風呂があり、その奥にz's catの在庫を置いたり作業をする部屋と店が続いています。
私は仕事に行くといつも夕飯もそこで一緒に済ませてから自宅に帰っていました。



表の写真店の店先では150cmほど、裏のz's catの前では160cm近くまで水が来ていたようで、壁やガラスにはくっきりと形がついていました。
猫たちはいつも1階で寝ていたのですが、水が来て慌てて逃げたのかびしょびしょになりながらもなんとか2階に上がって無事でした。
1階にいたインコは残念ながら助かることはできませんでした。
本当に長い間かわいい姿を見せてくれていたので、助けてあげられなかった事が悔やまれて仕方がありません。

写真店の店内は大型のカウンターなども持ち上がって動いたようで、大きなプリンターも機材も何もかも水没してしまいました。
リビングとキッチンも冷蔵庫やタンスがひっくり返っていて、テレビや電化製品、キッチンの流し台も使える物はありませんでした。
z's catの戸は開かなくなっていて、表から物をかき出しながら店内に入る事ができたのは翌々日の11日になってからでした。
最初にラッピングなどの作業をする部屋を見たのですが、上下を逆にしてぐちゃぐちゃにかき混ぜたような酷い様子でした。
そして店内は、もう見た瞬間に目も体も固まってしまったかのように動けなくなってしまいました。



お店は床が高くなっているのですが、雑貨を置いている棚のすぐ下まで水が来ていました。
テーブルの上にディスプレイしたカップなどは何も変わらずそのまま残っていました。
きっとゆっくりと持ち上がって浮かんだまま上手く着地したのだと思いますが、何もかもが無惨な姿になってしまった中で異様な光景だったことを覚えています。

私はしばらくの間、手をつける事もできませんでした。
大切にしていた商品やお客さまへ差し上げるために準備をしていたリーフレットや小物など、それに荷物を送るためのダンボールやラッピング用品にいたるまで全ての物がずぶぬれになって積み重なっていました。
ひとつずつ拾い上げながら少しでも助けられるものがないか探しました。
お手伝いをして下さった方々と一緒に淡々と作業をしながらも、ひとつひとつの商品に想いが募って、悲しくてしかたがありませんでした。
凄く悩んでたった1点入荷したブラウス、最後だと聞いて慌てて注文したポーチ、大好きでディスプレイ用と称して自分用に1枚ずつ残しておいたアフリカンポストカードなど・・もう助けようもない物もたくさんありました。
それでも衣類はできるだけ残して洗濯をしています。
その様子についてはまた次の更新でお知らせさせて頂きたいと思います。

当店はOPENして5年になりますが、たくさんの客さまに支えられてこれまで来られました。
本来ならお店を続けて行く事さえ難しい状態なのですが、多くの方から励ましの言葉を頂き、小さな事からでももう一度頑張って行こうと思っています。
本当に思いもよらないほど多くのあたたかいメッセージやメールを頂き、改めてz's catがこれまでどんなに素敵な出会いに恵まれていたか知らされました。
ネットがつながるようになり落ち込んだ気持ちのままPCを立ち上げた時、そんなお客さまの声がどれほど励みになったかわかりません。
ご心配頂いたみなさま、本当にありがとうございます。
またこれまでご来店下さった全ての方々に感謝の気持ちでいっぱいです。

今回の災害では多くの被害者が出てしまいました。
いつも手押し車を押しながらお店を覗いては「きれいな服やね」と声をかけて下さった、斜め向かいのやさしいおばあちゃんもその1人でした。
小さな町なので当たり前ですが、知り合いの方も何人かありました。
その事を考えると恐ろしく、そして悲しくて仕方がありません。
現実離れをした悲惨な話しを毎日見聞きしていると、目の前の異様な風景も不思議と当たり前のように見えてきます。
自分の感情さえもどこにあるのかわからないようにも思えてしまいます。
そんな中で必死で作業をしていて気がついたらあの日から2週間も経っていました。
本当に大変なのはこれからだと思います。
でも仕事ができる事が私の生き甲斐であり、楽しみでもあります。
改めてフェアトレードに出会えた事、お店をはじめられたこと、そして本当に素敵な出会いがたくさんあった事に今は感謝しています。
これからもたくさんの出会いのために、私のささやかな夢のために、みなさまの励ましに応えられるように頑張って行きたいと思います。
これまで同様マイペースだと思いますが、どうぞよろしくお願いいたします。

とりとめもなく長い文章になってしまって申し訳ありません
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  • 現住所:兵庫県
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