田嶋で小路

June 01 [Wed], 2016, 15:01
溜まりに溜まった持ち物の山々。そこから抜け出したい。人生をシンプルに望む。こんな思いもむなしく、私たちはたくさんの物を保ち続けている。

その考えの端っこは、上の空や「あとで」という先延ばしかもしれません。でも、物体が多すぎる最大の考えを知っていますか? それは、懸念だ。

必要のない物を買って仕舞うのも、捨てられないのも、懸念が事由だったのです。

下記の折を想像して下さい。思い当たりはありませんか?


・「必要になったときのために」という理由で、トラベルにいらない物を持って行く/ガレージがガラクタだらけ:これは、必要なときに物体が乏しい事件に対する懸念だ。つまり、平安と精度の手薄に対する懸念だ。

・「何が必要になるかわからない」という理由で、次の機会またはトラベルのためにたくさんの物を買いこむ:工夫欠陥に対する懸念だ。言い換えると、これも平安と精度の手薄に対する懸念だ。

・「いつか扱うかもしれない」という光明があり、渡すとその光明を失うことから、本やポジティブなプロダクト(弾いた事件の薄いギター、使いも断ち切る実習備品)を手放せない:これは、魅力的でない自分に対する懸念だ。

・「想い出を失いたくない」という理由で、自分にとって大切なセンチメンタルプロダクトを手放せない:じつは、そのプロダクトが現す情愛や人間関係(おじいさんのコートが情愛脈絡を表している場合など)を失うことが怖いのでしょう。これは、今起こる情愛が十分でない事件に対する懸念だ。

・「高かったから」「無駄にしたくない」という理由で捨てられない:じつは使っていないので、保管しておくほうがムダ。大変言い辛いことですが、これはそもそも買ったことが失敗だった事件に対する懸念だ。とはいえ、これから現象が改善することはありません。これは、こういう内がOKにならない事件に対する恐怖であり、不精度の懸念と言えるでしょう。
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