民主主義 

March 13 [Sat], 2010, 7:34
民主主義または民主政(democracy)とは、諸個人の意思の集合をもって物事を決める意思決定の原則・政治体制をいう。

democracyは、古典ギリシア語のdimokratía(δημοκρατία)が語源である。

民主主義または民主政は、歴史的に発展してきた概念であり、その時代、論者によって内容の異なる多義的な概念である。

歴史的に民主政は、衆愚政治という否定的な意味合いが強かったが、立憲主義、自由主義、人権の概念と結びつくことによって近代に至って大きくその意味合いを変じていった概念である。

現代の民主主義または民主政は、立憲民主主義または議会制民主主義ともいわれるが、批判も多い。また、ハンガリーのインターネット民主党のように、昨今の技術革新を積極的に活用することで直接民主主義への復古を目指す政党も存在する。
概念と用語 [編集]
democracyは、歴史的には、dimokratía(δημοκρατία)が語源で、人民支配、人民(主)権の意である。

哲学的には、デモクラシーの日本語訳で、君主に対応する概念(対概念)として「民主」という概念を設け、人民ないしは国民が、支配の正統性および実際の政治権力の双方の意味を含む主権を有するものとして、為政者たる「民主」と、被治者たる人民が同じ(治者と被治者の自同性)であるとする政治的な原則や制度をいう。哲人政治などの治者に何らかの条件を求めるものと違い、治者と被治者の自同性のため、失政による被治者への損害は確実に治者によって補償される。

日本においては、幕末、democracy(民主主義)とrepublicanism(共和主義)の概念が混同され、どちらも「共和」と邦訳されることもあった。

法的概念における民主主義は、君主制などと対応する概念であり、連邦主義などとは並存するものである。

政治学では民主政・民主主義を区別する必要からdemocracy(民主政・民主制)、democratism(民主主義、民主政イデオロギー、民主制)と区別することがある。民主制はいずれにも使われやや慣用表現。

民主主義は、「過去の人たち」がもし現在の意思決定に参加したならどう判断するのかという視点、あるいはまだ生まれていない人たちがもし現在の課題に対して意思決定に参加したならどう判断するかといった視点から、単なる現在「たまたま」参加できる投票者による多数決を否定する見解(歴史主義)が存在する。
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歴史主義は保守・革新の双方から尊重される一方で、現実に直面している課題を解決することを先延ばししているだけであるという批判に対して論理的な証明ができない弱点がある。国民を歴史的な存在と抽象することは代表民主制においての論題の一つである(⇒ナシオン主権とプープル主権を参照)。歴史主義を強調すると検証不能な歴史観なるものを盾に独裁政を助長する可能性がある(唯物史観による共産党一党独裁や皇国史観など)。

民主主義の対立概念として独裁主義を用いる慣用例もあるが、寡頭制の鉄則[1](⇒寡頭制)という言葉があるように、どのような体制であっても権力は究極的には集中するものであり、
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独裁主義に対置するものは、正確に言えば民主主義というよりも自由主義である[2]。

為政者が少数派の政治活動や、言論の自由や思想の自由を弾圧するようになれば、たとえ大衆の支持があったとしても独裁的(非自由主義)と言う。また、民主国家では、議員や大統領は任期制をとっており、彼らに強い権限が集中しても、それは一時的であり、独裁国のように終身制、世襲にならないように配慮している。しかし、選挙民の選択によっては、大物議員が何十年も当選を繰り返したり、その息子や娘が政治家になったり、実質的に終身制や世襲が行われている場合も多く、それは現代民主主義の課題のひとつだ。

戦う民主主義は、民主主義を価値中立的で純粋に手続的な保証から踏み出し、民主主義的な価値に拘束し防衛するため、政党・結社の自由や表現の自由の一部を制限・禁止する[3]ことがある。

民主主義と民主政 [編集]
民衆の力を背景として行われる政治が民主政であり、これを意思形成の原則として主唱する政策理念が民主主義である。民主政は神権政、君主政、貴族政、共和政、独裁政などに対置される。古典的な意味での民主政はコミュニティにおける意思決定に民衆が関与するだけでなく、過半の民衆がその政策の執行も担当することを前提としている[4]。近現代の民主主義は社会契約の概念を導入しており、意思形成に関与する人民一般が政策執行にも関与する古典的な意味での民主政とは必ずしも同じものではない。

一般に、民主政と民主制を混用し、民主体制の対立概念に独裁体制や一党体制が用いられることが多いが、現実には独裁と言われた国家社会主義ドイツ労働者党(いわゆるナチス党)が、演説により支持者を増やし、選挙によって第一党の座に座ると言う実に民主的な方法で政権を握ったように(民主主義体制下における独裁政)[5]、独裁者が民主的に選ばれることもあるため、必ずしも対置するものではない。

歴史 [編集]
古代インド [編集]
広い意味での民主主義文明の最古の一例は古代インドに見られる。『リグ・ヴェーダ』の中で国々はほとんど君主制の面が描かれているが、SabhaとSamitiと呼ばれる民主的機関があったことも述べられている[6]。

古代ギリシアの民主政 [編集]
現代の民主主義は、古代ギリシアの都市国家(ポリス)にその起源を見ることができる。古典ギリシア語のデモス(demos、人民)とクラティア(kratia、権力・支配)をあわせたデモクラティア(democratia)がデモクラシーの語源である。そのほかOligarchy(寡頭支配)やMonarchy(専制支配)の三分類がヘロドトス『歴史』に登場し、プラトンやアリストテレスが貴族支配や君主支配の概念とともに整理した。

しかし、古代ギリシアの民主政は、各ポリスに限定された「自由市民」にのみ参政権を認め、ポリスのため戦う従軍の義務と表裏一体のものであった。例えば、女性や奴隷は自由市民とは認められず、また、ギリシア人であっても他のポリスからの移住者には市民権が与えられることは少なかった。だが、やがて一部の扇動的な政治家の議論に大衆が流され衆愚政治化していき、やがてアテナイを初めとする民主政の国家は君主制・寡頭制の国家に敗れて衰退する事になった。

このため、ソクラテス・クセノポン・プラトン・アリストテレス・アリストパネスと言った知識人はこれを批判的に捉え、以後民主政は無統制で無責任、無能力な人間が政治を動かしていくという、いわゆる「衆愚政治」の悪名を持って呼ばれる事になり、以後大衆には国家を統治する能力はないとする政治学的な常識が人類史に定着する事になった。

近代の民主主義 [編集]
今日的な意味での民主主義は、西欧の近代市民革命を通して広まり、近代市民社会の根本的原理となった議会制民主主義である。プラトンやアリストテレスが整理した3分類の概念を、ホッブスを始め、モンテスキュー、ジョン・ロック、ジャン・ジャック・ルソーらが引用した上で、新たな意味合いを吹き込んだのであるが、その内容は論者によって異なり、多岐にわたっている。

民主主義ないし民主政の発現形態は、人民主権や三権分立の概念との関係も含め、その国の歴史に応じて一様ではないが、ルソーやロックらの啓蒙思想は、フランス革命やアメリカ独立戦争に多大な影響を与えた。アンシャン・レジームの代表である裁判官への不信があったフランスではルソー流の人民主権論が、法の支配の下司法権の優位が確立されていたアメリカ合衆国では、ロック流の人民主権論が影響を与えているが、イギリスでは、現在も立憲君主制がとられている。

現代の民主主義 [編集]

全国民が平等な権利を持つ民主主義において投票は重要である現代では、民主主義は、個人の人権である自由・平等・参政権などを重視し、多数決を原則として意思を決定することにより、人民による支配を実現する政治思想とされるに至っている。

選挙により選ばれたヒトラーなどの独裁制の経験を経て、現代では、民主主義と自然権を結びつけて考える傾向がある。

民衆による意思決定、権力の分立、自然権を前提とした立憲主義による民主主義は、あくまで君主政や寡頭政、独裁政よりもましな制度という批判は強く、そこにおいても大局観や広い視野、教養を併せもつエリートの存在が不可欠であるとされる。

単純な多数決と混同されることが多いが、単純な多数決では、単に多数であることをもって、その結論が正当であるとの根拠とするものであるが、民主主義として把握する場合には、最終的には多数決によるとしても、その意思決定の前提として多様な意見を持つもの同士の互譲をも含む理性的対話が存在することをもって正当とする点で異なると主張される。

アーレンド・レイプハルトは、世界の民主主義諸国を多数決型民主主義と合意形成型民主主義に類型化した。

多数決型民主主義
「ウェストミンスターモデル」とも言われる。アングロサクソン諸国が該当する。二党制、単独政権、首相もしくは大統領の優越、小選挙区制、多元主義、中央集権的単一国家、一院制、軟性憲法、憲法裁判所の不在、従属した中央銀行などのうち、多数の点に当てはまることを想定している。
合意形成型民主主義
「コンセンサスモデル」とも言われる。ヨーロッパ大陸の小国が該当する。多党制、連立政権、議会もしくは政党の優越、比例代表制、コーポラティズム、地方分権的連邦制、二院制、硬性憲法、憲法裁判所の存在、独立した中央銀行などのうち、多数の点に当てはまることを想定している。
フランシス・フクヤマは、リベラルな民主主義が唯一の合理的で普遍的なイデオロギーであり福岡デリヘル風俗新人
、政治体制だと主張し、ソ連の崩壊により、民主国家諸国は他のイデオロギー国家群に対して最終的な勝利を治め、もはやくつがえすことのできない政治的・経済的・軍事的優位を確立したとして、歴史の終わりを説いた。

マイケル・ドイルやブルース・ラセットは、民主国家同士が交戦可能性が低いことを経験的に見出し、民主的平和論を説いた。

現代における議会制民主主義国家の基準 [編集]

デモクラシー・インデックスによる地域別の政治判断。色が薄い地域ほど民主傾向が強い民主主義の成功のためには国民の有権者全体が知的教育を受けられること、恐怖や怒りなどの感情、個人的な利害、マスコミによる情報操作や扇動などに惑わされず理性的な意思の決定ができる社会が不可欠である。逆の言い方をすれば、民主主義を無条件に広めると、知的教育を受けていないもの、恐怖や怒りなどの個人の感情や利害損得に影響されやすい非理性的なものも有権者となり、結果として衆愚政治となりかねない危険がある。

実際に、明らかに独裁体制である国が民主国家を自称している場合もあるので、福岡デリヘル風俗店舗外部からチェックできる基準として以下のようなものが用いられる。この議論はポリアーキー(Polyarchy)と呼ばれる。

たとえばPolyarchyの草案者ロバート・ダールは7つの基本的条件を挙げている[7]。

行政決定を管理する選挙された官吏
自由で公正な選挙
普通選挙
行政職に対する公開性
表現の自由
代替的情報(反対意見)へのアクセス権
市民社会組織の自治
また、フランシス・フクヤマによれば次のような基準が提案される。

相対立する複数立候補者が存在する、自由で、無記名で、定期的な男女普通選挙の実施
普通選挙によって構成された議会が立法権の最高権限を持っていることの憲法などの公式文書での明文化
議会内における相互批判的な複数政党の存在
自由で多様な行政府批判を行う国内大手メディアが存在し、それを不特定多数が閲覧できること。
世界には多様な民主国家が存在しているが、これらはおおむね共通して存在する基準である。逆に、これらを満たしていない民主国家はまだ改革の余地がある民主体制だと認識される[8]。

分類・種類 [編集]
古代アテナイ(現・アテネ)の民主政
直接民主主義
直接民主主義を標榜する政党の一覧
間接民主主義
草の根民主主義
組合民主主義
産業民主主義
社会民主主義
自由民主主義
新民主主義
人民民主主義
大衆民主主義
ブルジョワ民主主義
プロレタリア民主主義
指導者民主主義
深層民主主義
討議民主主義
ラディカルデモクラシー
大正デモクラシー
民本主義
衆愚政治
バカの多数決
民主主義に対する批判と評価 [編集]
民主主義に対しては以下のような批判がある。

話し合いの場(日本で言えば国会など)で意見が複数出た時は内容の良し悪しや内容より互いの立場や以後の支持に対する損得で意見するため、折り合いがつきにくく、話し合いが長期に及ぶことにより迅速かつ有意義な政治決定が行われにくいという欠点がある。
ポリュビオスは政体循環史観を説き、民主政は市民が詭弁家に扇動される“衆愚政”へと堕落して崩壊すると指摘した。
ニーチェは、民主主義の価値相対主義と平等主義はニヒリズムであると指摘した。リベラル(寛容)であるということは、命がけで守る信念もこだわりもないということであり、平等であるということは、高貴な貴族が消滅し、国民全体が畜群と化すということである。ニーチェは、命がけで戦うなど野蛮であり、そんなことはしない自分たちは理知的であり、合理的であり、大人であると胸をはる民主主義者たちのことを、最後の人間と呼ぶ。民主主義者たちは胸をはるが、その胸は空っぽだと指摘している。
ロベルト・ミヒェルスは、実行力を持った組織をつくろうと思ったら、必ず権力は集中し、寡頭制化するという寡頭制の鉄則を説き、本質的な意味でチェック・アンド・バランスの機能した権力分立体制をつくることの困難さを指摘している。少数による多数の支配は不可避であり、現代の民主体制でも、国民→議員→政党→党首というように、必ず一個人や一組織に最終的な権力が集中する構造になっている。
レーニンは、現代の議会制民主主義は、あくまでブルジョア階級の代表者によって構成されたブルジョア民主主義であり、ブルジョア階級の利害の代弁機関に過ぎない。真の民主主義を構築するためにはプロレタリア独裁を経て、階級を消滅させ、共産主義社会を成立させなければならないと指摘した。また、現段階の大衆は愚衆であり、いまだ階級的役目を自覚していない。エリートである理論革命家が前衛党となって大衆を指導、教育しなくてはならないと考えた。この前衛主義はソビエト連邦の共産党一党独裁の理論的根拠となった。
ヒトラーは、議会制度は無責任な政治体制だと指摘する。政策が間違っていても誰も責任を取らず、議会がただ解散されるだけであることを指摘し「弱い男を支配するよりは強い男に服従しようとする女のように、大衆は嘆願者よりも支配者を愛し、自由を与えられるよりも、どのような敵対者も容赦しない教義のほうに、内心でははるかに満足を感じている」と述べ、カリスマ的支配、指導者原理の重要性を説いた。
イギリスの作家・バーナード・ショーは「デモクラシーというものは、腐敗した少数の権力者を任命する代わりに、無能な多数者が選挙によって無能な人を選出することである」と述べた。
イギリス首相を務めたウィンストン・チャーチルは「実際のところ、民主制は最悪の政治形態と言うことが出来る。これまでに試みられてきた、他のあらゆる政治形態を除けば、だが」と述べた。
コンドルセは投票の逆理、アローは不可能性定理を説き、国民の意思を完全に反映する投票、選挙制度を構築することの困難さを指摘している。
ヒトラーがアウトバーン建設や軍需産業に尽力し、壊滅的だったドイツの経済を急速に復興させたように、スターリンが中央指令型経済によって、発展途上国だったロシアを、アメリカと肩を並べる超大国に成長させたように、ある産業段階では強力な統制経済が効果を発揮する場合もあり、経済成長を優先させるために、仕方なく独裁体制を維持すべきだという意見もある。これは開発独裁と呼ばれて、発展途上国の独裁政権の大義名分に利用されている。しかし、衣食住が保証されると、国民は知識欲や娯楽欲、表現の自由や言論の自由の充足を求めるようになり、独裁体制は崩壊する傾向性がある。フランシス・フクヤマは、購買力平価ベースの一人当たりGDPが8,000-10,000ドルあたりまで経済発展すれば民主化するという共通点を経験的に指摘できると述べている。
これらの批判があるにもかかわらず、現在、民主主義体制は世界中の先進諸国に普及し、安定した政治体制を築いている。この理由として、歴史の終わり(民主体制永遠論)を説いたフランシス・フクヤマは、人間の持つ気概、優越願望、ルサンチマンの存在に注目している。民主国家では、言論の自由が与えられているため、いくらでも権力者である政治家を批判、弾劾、ときに揶揄することができる。風刺漫画やワイドショーで滑稽に描き、その姿を笑うことができる。どんな大物政治家も選挙で落選させることができ、どんな巨大政党も、一回の選挙で弱小政党に転落させることができる。他の政治体制ではもっとも尊大で傲慢な支配者階級の政治家が、一番国民にへりくだらなくてはならない。政治家は選挙期間中は国民一人一人に声を掛け、握手し、ときに土下座のようなパフォーマンスも行う。

民主制度はもっとも的確な政策を決定できる政治制度ではなく、国民の支配者に対する不満や嫉妬感情を効率的に消化、分散、ガス抜きできるために、もっとも内乱や革命が大規模化しにくい政治体制なのである[9]。
P R
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