12月5日(課題) 

December 05 [Wed], 2007, 13:06

12月5日(授業中課題) 

December 05 [Wed], 2007, 12:59

アニメーション作成 (11月21日課題) 

November 23 [Fri], 2007, 21:43

ブーゲンヴィルの世界周航記(11月7日課題) 

November 12 [Mon], 2007, 22:20
  フランス人であるブーゲンヴィルが著した「世界周航記」には、楽園タヒチやブトン海峡航行時、オランダ領東インドなどについての記述がされている。ではこれらの要点をまとめていきたい。

 まず、この時代背景から見ると、アメリカ合衆国の独立に伴い英仏は北アメリカ大陸からの撤退を余儀なくされ、さらにフランスは英仏戦争にも敗れそんな中、フランスの関心がアジアに向けられた。そのような時代背景の下、ブーゲンヴィルは航海し始めたのである。ブーゲンヴィル一行がブトン海峡を航行する際、ライバル国であるオランダ東インド会社の植民地支配の動向など軍事的科学的調査を綿密に実施していたことも興味深いものである。さらに、その際インドネシアでのカースト制に基づく奴隷狩りにオランダが関わっていたことも見抜いており、言及されている。

 さらに、彼らの楽園タヒチでの記述も興味深いものがある。彼らはタヒチ島での楽園の発見だけにはとどまらず、タヒチで生産性に優れたサトウキビの新種を発見した。そしてこれをカリブにある自国の植民地に持ち込み栽培技術を確立していった。

 オランダ東インド会社との関係で言えば、モルッカ諸島のあらゆる生産物の中継地であるバタヴィアで、収穫された香辛料はすべて当地へ持って帰られるといったことや、セイロン島での胡椒などの独占的取引などの事実があることを、モルッカ諸島に侵入したほとんど唯一の王の軍艦であるブーゲンヴィル一行が述べているのである。

 またオランダ人たちは、東の地方をアンボン、バンダ、テルテーナ、マカッサルの四つの総督府に分けバタヴィア理事会の管轄下においた。その内のマカッサルの総督府設立の目的は、モルッカ諸島の要衝一つである水路を確保することと、セレベス及びボルネオと有利な通商を開くことであった。
 以上のべたことがブーゲンヴィルの「世界周航記」の要点である。

破損した旧型地形図の補修・テルテナの歴史について (10月17・24日課題) 

October 21 [Sun], 2007, 10:55
モルッカ諸島の中にあるテルテナ島は火山島であり、その中心都市がテルテナである。テルテナはスルタンが支配するテルテナ王国の首都として、オランダ植民地時代を通し物流拠点として栄えた。ではテルテナの歴史について詳しく見ていく。
 Kaicil Mashur Malamo が始祖で、ジャイロロ国の村やマキアン島などを次々に征服していった。1512年テルテナに最初のポルトガル人が来航し、丁子の独占的販売権を与えられた。さらに、1570年にバブラー・ダトウ・サーのもとでテルテナは領土を、南はティモール島のビマ、西はスラウェシ島のマカッサル、北はフィリピンのミンダナオ、そして東はバンダ諸島まで拡張した。そして1800年代ごろまでにポルトガルやスペイン、オランダといった国に占領される。それらを経て1800年代以降になると、テルテナ国はオランダの武器支援を受けながら版図の拡大を行った。
 1827年テルテナに農業委員会が発足し、丁子、ナツメグ、綿花、胡椒、コーヒー、ココアの植え付けを行った。しかし、植え付け面積を拡大するための資金と労働力が不足、さらにテルテナ、ティドレの島民がジャワ戦争に徴用される、またコレラの流行などにより、香料生産は完全に消滅してしまう。その後も、火山噴火や反乱、大地震などが続き住民は恐怖に陥っていた。しかし1879年には、テルテナにおいて奴隷制が撤廃され、1890年当時、テルテナではタバコや鹿の角などを輸出し、日用雑貨品を輸入した。
 1871年現在の人口はテルテナ王の臣下やティドレ王の臣下、奴隷、マカッサル人に加え、キリスト教系の現地人、ヨーロッパ人などが存在した。現在のテルテナでも、周辺の島々からの移住者がおり、オランダ(東インド会社)の影響が残っている。
 以上テルテナについて述べてきたが、テルテナはオランダなど外国からの侵略などを機に人身売買による奴隷が多発し、現在でもその影響が人口や文化や宗教などの点に及んでいるのである。

ジャワ島におけるTambakの分布 (10月3日課題) 

October 10 [Wed], 2007, 13:27
 赤く塗りつぶしたところがTambakです。また、地図上では Fish Ponds ともかかれています。Tambakつまり養魚場は上の図から、南側に多く見ることができます。よって、この地域に住む人たちは、養魚場が主に生活(収入源)の中心であることがわかります。

Partial truth(部分的真理)  9月26日課題 

September 26 [Wed], 2007, 13:52
Partial truth(部分的真理)は、任意の事象について、それはその他のすべてのケースについて一般化することのできる「全般的真実」ではなく、あくまでその一部や特例に過ぎないが、しかし「部分的真実」としては存在するという意味の言葉だ。

  これは言い換えると・・・



「科学的研究は現実の正確な把握を目的としておこなわれるが、そこで提示される現実は(全知の神にみえているような)「生の事実」などではない。それは特定の概念図式にもとづいて解釈(あるいは研究)をすすめるなかでたちあらわれてくるのであり、現実を把握するには特定の概念図式に依存する必要がある。」

ここでいうところの「特定の概念図式の上にだけ成り立つ真理」がPartial truth(部分的真理)。

数学的には多値論理、論理学的は真理の複数性、いま時の言い方をするとファジー論理などはPartial truth(部分的真理)の近傍にあるものだろうか。

日常会話の中では?

以下で説明する(A)(B)両面を含んだ言葉だ。
すなわち、否定的な意味合いでは「虚実が混然一体となったいい加減な話」→(A)位の意味、、肯定的な意味合いでは「一面の真理」→(B)位の意味だ。従ってPartial truth(部分的真理)とは、一面の真理を含んではいるが虚実が混然一体となったいい加減な物言いを意味するということになろう。

7月11日レポ課題 

July 14 [Sat], 2007, 17:55
 20世紀は食料増産の世紀でもあり、アメリカやインド、カザフスタンなどで行き過ぎた増産が行われてきた。そしてそのたびに、土と水に異変が起こってきたのである。当時、彼らに対し食料増産か大地の保全かという問があれば、間違いなく食料増産を選んでいたであろう。このようにこれらの土地ではEconomy>Ecologyという式が成り立っていた。

 ではアメリカを例にとって見ると、アメリカは広大な土地を生かした農業に取り組み、フォーディズム的な大量生産をしていた。しかしこのやり方は、土を酷使し地下水を大量に使ったので、センターピボットからでる水は半減し、収穫も半分になってしまった。さらに、この時期は農業がビジネス化してきており、生産性の向上や品種改良、農業の機械化を推し進め、まさに自然を征服していったのであった。そして極め付けに、小麦畑のために耕地を拡大させ、それらの単作による有機物の低下によって表土の保持力が低下し、風食さえ起こってくるようになった。これらの現象はアメリカだけでなく、インドやカザフスタンでも見られ、インドではさらにウォーターロギングや塩類集積などが起こり、問題となっていた。

 近年では、緑の革命により栽培植物の遺伝子特性に手を加えるのではなく、その地方で伝統的に使われてきた農法を残しつつEconomy<Ecologyの原則にのっとった環境保全型の食料生産を図ろうとしている。しかしこの緑の革命を起こしているのは少数の多国籍企業であり、ここでまた新たな食料問題に直面する。それは、これら多国籍企業が世界の食糧を支配しているという問題である。企業が食糧を支配すると、利益の拡大を目指すことになり、その行為が世界中に影響を及ぼすことになる。例えば、食糧過剰になったときには、値段を安定させるために余った食糧が捨てられることがある。その一方で、アフリカやアジアでは飢餓に対する援助がなく、飢餓による死者が続出している。このように、世界的にみれば食糧がある場合でも、援助されないといった矛盾も発生してくる。このようなことがさらに南北格差を悪化させ、発展途上国の自立を遅らせる。このように農業に付随する環境破壊だけでなく、食糧分配や食糧不足などにも目を向けていく必要がある。その上での、農業の発展が望ましい。

New York 

June 26 [Tue], 2007, 23:30

タクシードライバー 

June 26 [Tue], 2007, 23:24
 まずこの映画の時代背景について確認しておく。1970年代のニューヨークは、石油輸出機構OPECの攻勢により、原油は値上げされ、経済危機に見舞われていた。このように第一次石油ショックの影響などがあり、財政状態が非常に悪かった。またベトナム戦争終結期にあったこの時期は除隊した者が職を探す場面があちこちに見ることができた。この映画の主人公がタクシードライバーという職業についたのは、財政状態の悪化や就職難に伴いその職業が一番なりやすかった、むしろならざるを得なかったというべきであろうか。

 さて、映画の中では、四人の主要な登場人物がWASP(パレンタイン、ベツィ)と非WASP(トラビス、アイリス)とを対比させる構成をとり、同様に70年代のNYとカリフォルニア州とを対比させることでNYが持つ都市の社会病理を浮き彫りとさせた。またこれらの対比を支配的コードと対抗的コードと言い換えることも可能である。このような対比と共に、映画では大都会であるNYが抱える問題性に挑戦しようとする人物としてのパレンタイン、トラビスが描かれている。しかし、彼らの挑戦の仕方(手段)が180度違っていたのである。パレンタインは政治を武器に理性的手段で健全なアメリカ社会を作りなおそうとするが、トラビスは自分の情熱を武器にアメリカ社会を変えていこうとするのである。この映画ではこのトラビスの行動を中心に描かれている。

 トラビスはベツィとの失恋から、「自分が腐敗しきった街を浄化する」ということを幻想から現実に移そうとする。それが食料品店に押し入った黒人の強盗への銃殺や大統領候補のパレンタインへの射撃未遂などである。このようにトラビスの行動は世間の一般常識ではありえない。これは彼が「愛と暴力」という二つの対立的感情により若干精神分裂気味だったことがうかがえる。彼の現実はタクシードライバーであり、非現実はテロリストであるが、トラビス自身は自分をテロリストとは思っておらず正義感だと思い込んでいるのである。ただ、家出少女に対する言動や、パレンタイン・腐ったりんごたちに対する暴力といったトラビスの行為は、当時のニューヨーク市民の社会感情をもろに映し出していたように感じる。

 結局この映画が描き出していたものは、腐敗しきった大都会NYの是正をいかにするかを訴えたものであると思う。それがパレンタイン的実現方法なのか、トラビス的実現方法なのか、その両者を考える上で、この映画はアメリカ人の心を揺さぶったのであろう。
P R
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