32. 長崎 (軍艦島・三菱重工造船所ほか) [20121021-20121027]

October 27 [Sat], 2012, 22:49
10月13日土14日日と大阪で仕事がありまして、その足で休みを取って10月15日月19日金の期間に西日本を歩いていました。
まずは一番良かった長崎の簡単なまとめです。
長崎編2012年16日火17日水長崎市行動経路長崎重工の造船所があります。
左は戦艦武蔵の艤装工事にも使われたというハンマーヘッド型起重機明治42年1909年に英国から輸入。
今建っている位置は原爆で被害を受けた後に移設された場所で現在も稼働中とのこと。
現在はずっと巨大な建造施設が長崎港湾にあります右写真。
三菱マークの白い枠がテニスコート1面分に相当するとのこと。
海上自衛隊のイージス艦も建造しています。
軍艦島クルーズ航路小船に乗って軍艦島クルーズに参加しました。
軍艦島の名前の由来は戦艦土佐のシルエットだとのこと。
こんなところで戦艦土佐の名が出て来るとは、感慨深いです。
日本最古の鉄筋アパート大正5年1916年。
上陸時間が短いので狂ったように写真を撮りました。
稲佐山の山頂展望台より1000万ドルの長崎の夜景。
展望台から東向きに見た右写真中央の明るいところがJR長崎駅です。
日付が変わりまして、ところは三菱重工長崎造船所史料館九一式魚雷左写真大日本帝国海軍が航空機からの投下用に設計された航空魚雷です。
第二次世界大戦における機動部隊同士の海戦において使用されました。
大きいです。
戦艦武蔵コーナー右写真の区画スペースが大きくとられています。
工場の代表者のような人物が誰かに展示物を解説しながら案内していました。
進水式間近になると足早に去って行きました。
今にして思うと結構偉い人が視察に訪れていたのかも知りません。
戦艦武蔵を執筆した吉村昭氏の資料が並べられていました左写真。
戦争体験者に精力的に取材を続け太平洋戦争ものを数多く本に残した偉人の一人です。
右写真は戦艦武蔵が沈没した戦闘に関する戦闘詳報の写し。
見ると泣けてきます。
軍艦武蔵の中でこの戦闘詳報を誰がどこでどのように作ったのかが語られています。
戦艦武蔵の作業工程表。
分かりやすいです。
そうそう私も進水式を見に行かないとということで大急ぎで対岸の見晴らしの良い所に移動しました。

対岸の道路脇の歩道から撮影。
背後に自動車が通過する音が絶えず入っています。
2012年10月17日三菱重工長崎造船所長崎市にて海上自衛隊新型護衛艦すずつきの命名進水式が行われた。
自衛隊関係者ら約3000人が出席した。
全長151m、幅183m、約5100トン。
高性能レや対空ミサイルを装備http://www.homesick-girl.info/
艦名は旧日本海軍の防衛駆逐艦涼月にちなむ。
総工費は約726億円。
近くのグラバー園も見物して来ました。
修学旅行生たちでにぎわっていました。
若いということは良い事です。
昔も今も日本を守る艦船を作り続ける造船の街長崎という印象を持ちました。
ある程度知識を持って行くと街の見え方が変わりますね。
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