被災地で迎える1年と半年

September 20 [Thu], 2012, 14:03
盆明けから広野町の除染で乗り込んでいる福島県最寄りの街はいわき市なんだけどビジネスホテル、アパート全く空室の気配なしそんな中で盆明けから現在まで茨城県の日立市の東横インで1時間かけて広野町に通っています放射能、放射線、放射性物質と除染前に特別教育として色々教えてもらいました参考までにそれぞれの違いは電球に例えると分かりやすいです電球が放射性物質で放射能は光の強さで放射線が光なので俺達が除染作業で管理されているのは放射線具体的な数字などは把握して教えきれないので詳しくは書きませんが全く人体には影響のない中で作業しています日立市で聞いた1年半前のこと広野町で聞いた東電やこれまでの経緯は知らないことばかりでした日立市で聞いたことは地震直後やはり電気などは3日間なかったようです目の前で自衛隊の車が通り過ぎて行き電気が通じてテレビで見た惨事は想像以上だったみたいですが、田中みなみ 迷惑この時の日立市の3日間も大変だったと思います広野町で聞いた色々な話がありますが印象的だったのは東京電力が福島県で原子力発電所を作った時のことを俺たちは仕事が無くて出稼ぎで出ていたけど福島県で仕事が出来ると聞いて戻ってきた今世の中は原発の事故後から考えた原発を考えているように俺は思うけど事は事故が起きる前に問題が有ったと思います今日は日立までの帰り道、高速で1時間で帰ってこれるところを一般道で帰ってきて45分余計にかかりましたでも海に近い道を通って暗い中で感じた景色は全体に暗いことと海側が暗いこと1年半前はもっと暗くて不安だった被災地だと思います被災地で迎えた初めての11日今日思うことは復興とは当事者たちが感じるところが大きいと思うだから小さなことでも、まず行動できることをすること人間だもの色々感じることはあるし思いも違う世の中の流れ、援助が遅いと状況は簡単に変化すると思うから俺は時々状況を伝えたいと思います俺の考えは原発を色々置き換えると1車に置き換えて危険な物だと分かり時には人の命を奪い時には便利に動くけど副作用として燃料を使い続けなければいけない2今火力発電が原発に置き換えて主だと思うけど最近聞かなくなった温暖化や京都議定書、これらに共通するのは二脂サ炭素だと思うけどCO2削減はどうなるのか3政治が握っていると良い原発問題。
でもこれが数字では置き換えられない見えない工程や影響が政治家の保身でブレまくり俺は原発問題の考えは長期に考えた電力問題で段階的にどうするかで対応していけば良いと思うでもこの大事な所に携わっている政治最近は党首で賑わしているけど国会は1票の格差で憲法違反している政治比例当選、与党から分が悪いと思うと乗り換える政治家この政治家は減る気が無いでも世の中税収が無い、人口が減る、お金をかけなくても便利なものが多い、働き手が少ない、この中で今の数の政治家はいるのかな自分の考えを書きながら最後に伝えたいのは一番今回震災で一番俺が気にしているのは石巻市立大川小学校でまだ見つからない児童がいること他にも不明な人がいるけど一番協力したいところでこの前新聞でひまわりのおかこの本が大川小学校の遺族たちが作成したものなので機会が有れば観てください
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