雄伝九江

November 26 [Mon], 2012, 18:26
昔、ある者が私に雄伝九江と書いた紙を示し、読めるか、と問うた。
雄伝九江言いたいことは解るけど言葉になってない。
九江はいいが雄伝がきびしい。
出典どこと答えると、彼いわく、これは行きつけのおでん屋に額装してある言葉でね、おでんくえって書いてるだけなの。
店の主人が落書きしたのさ。
すると物知りガンダムAGE エロ画像顔の一見客がこれを得意げに読もうとするんだよ。
ほう、ゆうでんきゅうこう、と来たかこれは英雄伝説が天下に響き渡るという意味だよとかね、言うわけ。
で、俺ら隅っこでくすくす笑ってんのさ。
あまりいい趣味ではないが、この雄伝九江は記憶に残った。
これをふと思い出し、webで検索してみると似たような逸話が複数ヒットした。
ある料亭の部屋に、こういう字が掲げてあったら、某有名な教授がそれをみて立派な話だ英雄の名前が、九つの河に渡って知られてのだなと弟子に講義してるのを聴いて店主が飛び上がったそうです。
だってその掛け軸は、店主が洒落で、おでん食えを漢字で書いたものだったのです。
某月某日。
級ャの小体な料理屋の暖簾を潜ったと思いねぇ。
小洒落た造りの店内はなかなか気分のいいもんでやしてね。
わっしはカウンターの片隅で親父自慢のおでんで嬉々として日本酒を舐めておった訳ですよ。
暫くすると紳士然とした二人組が来店しやしてね。
隣に座って賑やかに飲んで、聊かほろ酔い加減になった時分でやんしたかねぇ。
若紳士が壁に掛けられた雄伝九江の揮毛に目をとめて、あれどういう意味ですかねと老紳士に問うた。
暫く沈思したのち、件の老紳士は言ったものだ。
男子たるもの、九江つまりは中国全土に名を馳す英雄になるべく大志を抱いて生きる事が肝要である。
と。
なぁ、親父さん。
親父さん曰く。
うちはおでんが看板メニューでね。
馴染みの書家が洒落でODENKUEオデンクエおでんくえおでん食えと書いてくれたんですよ。
おでん屋の店内に雄伝九江との揮毫文字が、立派な額に入って飾ってありました。
大学教授風のお客が、つくづくとその文字を眺め、感に堪えぬ風情で言いました。
うーん、字も文句もすばらしい。
雄すなわち英雄の名が九つの大江にまで広がるということで、雄名、天下に轟くと同義語だ。
その文字を書いた人が、側で聞いていてびっくりしました。
おでん屋さんを名物にしてあげようと、オデンクエと書いたまでのことだったのに。
おでんと関東炊きある著名な作家が、ゆきつけの居酒屋の親父に揮毫を請われた。
しばし、考え込んでいた作家は、一気に筆を走らせた。
店の親父は、喜色満面となり直ぐに額装し、店の正面奥に掲げたという。
ある時、知ったかぶりをする常連が、若い者を連れて来ていた。
書の本人がいることを知らずに、しったかぶりの御仁は、その書を翌まくった。
そして、若い部下に解説したという。
その雄名は、九つの江河に轟く。
男は、かくありたいものだなと。
それを聞いた件の作家が驚いた。
口に入れていた熱いおでんを飲み込んでしまい眼を丸くした。
作家は、おどろいたな、そんな意味があるなんてといい。
ただ、此処の親爺の店の一番売りは、おでんだと言いたくて雄伝九江おでん喰えと揮毫したのだというオチである。
この話は一種の都市伝説のようである。
それらの話のセットにはかなり差異がある。
場所料亭、級ャの料理屋、おでん屋、居酒屋。
揮毫者店の主人、馴染みの書家、無名の客、或る著名な作家。
読んだ者某有名な教授、老紳士、大学教授風のお客、知ったかぶりをする常連。
変わらぬものは雄伝九江の文句とオチだけである。
この話の出所はどこなのだろう。
この逸話は郢書燕説牽強付会して無理やり読んでみたが結果オーライとどこか似ている。
彼の者は実際にこの雄伝九江を見たのだろうか日本にはそのまま読めば日本語になり、読み下せば文言漢文になる和漢可読文とでも言うべき言葉がある。
新宿の中村屋に会津八一の扁額那可無楽也がある。
師友の岡本氏と中村屋にカレーを食いに行ったとき、一階のお店に掲げてあったこの書を示し、道人は何であの言葉を書いたのだろうかと彼が呟いた。
那なんぞ楽無かるべけんや何でしょうねと言うと、いつも気になるんですよ、と言う。
あとでふと、ありゃなかむらやじゃねえか、と気づき、彼に言うと飛び上がった。
私たちは何でも読み下そうとする持病があるのでなかむらやが完全に盲唐なっていたのだった。
那可無楽也は完成度が高い。
那ぞ楽無かるべけんやは反語表現で楽しいことはいくらでもある引いては楽しいことばかりだとなる。
因みに反語の形式と疑問の形式は全く同じ形を取り、前後の文脈や背景で判断されるものである。
那可無楽也は客向けなら単純に中村屋は楽しいっすよ或いは中村屋のお菓子で楽しみましょうとなり、従業員向けには何で楽しめないの引いてはもっと仕事を楽しもうぜm9っとなる。
恐らくそこまで深読みしている従業員はいないとは思うが。
秋艸道人がこの那可無楽也を思いついたとき、きっとニンマリしたに違いない。
江戸期に流行った和漢可読文に火迺要慎がある。
よく時代劇に出てくる台所の壁に貼ってあるあれである。
これでひのようぢんとなり、読み下せば火は迺すなわち慎むを要す火の取り扱いには注意しましょうとなる。
富岡鉄斎は福内鬼外図に遠仁者疎道富久者有智と書いた。
これはおにはそとふくはうちで、仁に遠き者は道に疎くし、富久しき者は智有りとなる。
富久しき者に必ずしも智あるとは言えないが。
遠仁は動詞名詞、富久は名詞動詞で、仁に遠き者遠於仁者と読むと述語補語にもなりこれはちょっと構造が甘い。
また遠仁と富久は関連性がない。
聊か雅味がなくなるがここは儒仏混交で遠仁者疎道不苦者有智でも良さそうだ。
鉄斎が富久者有智としたのは最初に福に富久を当てたからに違いない。
和漢可読文はいくらでも作れそうである。
因みに件の岡本氏によれば中華人民共和国の和音はちゅうかじんみんきょうわこくで、中華の人民、和国に共す拱たんだくと釈読し、中国の人民は日本に対し拝礼している、という意味なのだそうだ。
共は拱の初文で両手を合わせて拝礼するの意外交問題に発展しそうな読みである。
これを大いに喧伝し、彼らがこの国名を見るたびに日本にぺこぺこするシーンを思い出して相当煩わしくなるのなら心理戦としては活用できそうである爆
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