新宿シャローム教会、ユースグループ「Youth Wave J」の為のデボーションガイドです。 毎日祈って聖書を読んで、Jesusについていきましょう!

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御心を求めて / 2007年07月12日(木)
■S:今日の聖書の言葉
第一歴代誌10章13〜14節
このように、サウルは主に逆らったみずからの不信の罪のために死んだ。主のことばを守らず、そのうえ霊媒によって伺いを立て、主に尋ねなかった。

■O:今日のコラム
 サウルは、霊媒の女性を使って死んだ預言者サムエルの霊を呼び出して、主の御心を求めました。しかし主は占いや霊媒を嫌われます。この罪によってサウルは自らに死を招いてしまいました。私たちも御心を求めています。御心を求める者に必要なことは、主に従順であることです。主に従順に歩むとき、私たちには喜びや祝福とともに困難にも出会うでしょう。しかし主は、その従順ゆえの困難を通して御心を教えたいのではないのでしょうか。理屈で知ることと、体験で知ることには天地の差があります。従順ゆえに味わうその困難は、わたしたちが御心を知るために与えられたものなのではないでしょうか。神が造られたものはみな良い物で、感謝して受けるとき、捨てるべき物は何一つありません。(Iテモテ4:4)

■A:考えてみよう
もし困難な状況にあるならば、「私は、主に従順に歩みたいです。主が与えて下さるものは、喜び、祝福だけではなく困難さえも良い物ですから感謝して受けます。」と祈ろう!




■P:祈り


イエス・キリストのお名前によってお祈りします。アーメン。



 
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蒔いたら刈り取る / 2007年07月05日(木)
S:今日の聖書の言葉
ガラテヤ人への手紙6章8節( 第一歴代誌3章)

自分の肉のために蒔く者は、肉から滅びを刈り取り、御霊のために蒔く者は、御霊から永遠のいのちを刈り取るのです。

O:今日のコラム
 オーストラリアにある、ティーンチャレンジというクリスチャンの入寮施設での10代の若者たちの話です。彼らの中の何人かが新しく来た人をいじめていました。新人の彼は「何で、クリスチャンなのにそんなことをするんだ!」と言いました。いじめていた彼らは、こう言いました。「何をやったって、イエス・キリストを信じているからゆるされている!」
 確かに主は、いかなる罪をも赦してくださいます。そして、私たちと関係を持ち続けてくださいます。しかし、蒔いた種は自分自身が刈り取ることになります。ここでは、特に献金について語られていますが、私たちは、1日中の思い、行動の全てを主に捧げているのですから、全てにおいて同じことです。ダビデは、ウリヤを殺して、バテシェバと姦淫した罪を悔い改め、主に赦されました。しかし、同時にバテシェバとの間に生まれた子の命を報いとして奪いました。逆に、私たちが主に従って行ったことも、決して空中で消えてしまうことはありません。主は、私たちが蒔いた種を、はるかに大きく豊かな実りとして与え、私たちを喜ばせてくださいます。収穫は蒔いた種よりはるかに大きいのが普通です。

A:考えてみよう

「主の御名の権威により、私に、主に従い続ける従順な心、主に期待し続ける強い信仰を与えてださい。」と祈り、実際に1分間静かな時を持ち、心に収穫を期待してみう!




P:祈り



イエス・キリストの名前によってお祈りします。アーメン。

 
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私の弱い時にこそ / 2007年06月28日(木)
S:今日の聖書の言葉
第二コリント11章2節、(エゼキエル書43章)

しかし、主は、「私の恵みは、あなたに十分である。というのは、わたしの力は、弱さのうちに完全に現れるからである。」と言われたのです。ですから、私は、キリストの力が私をおおうために、むしろ大いに喜んで私の弱さを誇りましょう。



O:今日のコラム
 ベニー・ヒンという有名な伝道者の若い頃の話です。ある集会でメッセージをすることになっていたのですが、ベニーは恐れを感じ、身がすくんでしまいました。そして主にこう訴えました。「主よ、できません。主よ、できません。」そのとき、主である聖霊様は、こう答えられたそうです。「あなたが出来なくて良かった。さあ、私がしましょう。」

 私たちは、勘違いをしがちです。聖霊様は、私たちの力を増強させ補う、『パワーUPキノコ』のようなものではありません。私たちが自分の我を強く主張するとき、聖霊様の働かれる余地はあまりありません。むしろ我を張らず、自分を弱くし、主に主導権を明け渡すときに、主である聖霊様の力は完全に現れるのです。


A:考えてみよう
主である聖霊様に、「私は我を張りません。主に主導権を明け渡します。」と祈ろう!
また、この後の節にある『私が弱いときにこそ、私は強いからです。』を噛みしめよう!






P:祈り
                  
イエス・キリストの名前によってお祈りします。アーメン。

 
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継承 / 2007年05月03日(木)
S:今日の聖書の言葉: 第二列王記2章9節(第二列王記1章)
☆渡り終わると、エリヤはエリシャに言った。「私はあなたのために何をしようか。私があなたの前から取り去られる前に、求めなさい。」すると、エリシャは、「では、あなたの霊の、二つ分の分け前が私のものになりますように。」と言った。

■O:今日のコラム 
 この章でエリヤからエリシャへと預言者の力が継承されていきます。エリシャはエリヤが主によって取り去られることを知って、そのときが来るまでエリヤにしがみついて離れませんでした。いよいよそのとき、エリシャは、「あなたの霊を相続したい。」と言いました。『二つ分の分け前』とは長男の相続分のことです。そして、そのことは御心にかなったものとされ、霊的な力を引き継いだ者となりました。
 私たちも信仰の先輩、信仰のリーダーから多くを学び、継承していくことができます。そのためにその人と深く関わり合い、エリヤが取り去られるときを見たように、 その人の信仰のあり方を深く見て、霊的なものを学びとることが出来ます。模範とな る人がいかに優れた人でも、その人の人格から何から全てを素晴らしいと認め、全て を継承しようとすることは無理なことです。(エリシャも自分の相続分と言っている し…)しかし、心に感じた部分、霊的に感じた部分を継承することは、私たちを力強 い者へと成長させてくれるでしょう。

:考えてみよう
あなたにとってのエリヤは誰でしょうか?(私は、複数いても良いと思います。)その人のどんなところを継承したいですか?

P:祈り     

             
イエス・キリストの名前によってお祈りします。アーメン。

 
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エルサレム会議 / 2007年03月15日(木)
S:今日の聖書の言葉:使途の働き15章(エレミヤ記15章)
ただ、偶像に供えて汚れた物と不品行と絞め殺した物と血とを避けるように書き送るべきだと思います。昔から、町ごとにモーセの律法を宣べる者がいて、それが安息日ごとに諸会堂で読まれているからです。

O:今日のコラム
 「ええー!焼肉屋で血のしたたるような肉食べてるよ!」(たまにだけど。)と 私は、ドキッとしたことを思い出しました。
 アンテオケ教会にユダヤから来たクリスチャンが「割礼を受けなければ救われない。」と教えだしたことから、火種がついたこの論議。エルサレム会議に発展しました。結局のところ、「ただイエス・キリストの恵みによって救われており、行いにはよらない。律法で縛ってはならない。」とハッキリ宣言されました。しかし、異邦人教会へこの聖句にある勧めがあることに、私は長い間「おかしいな?」と思いながら放っておいてしまいました。ちょっと調べるとすぐに納得できましたが、熱心に律法を守ってきたユダヤ人クリスチャンと、外国人クリスチャンとの分裂を防ぐためだったのです。外国でも、町ごとにモーセの律法が朗読されていたほどユダヤ人にとって律法は守らなければならない掟だったからです。ユダヤ人のつまづきにならないようにという配慮を感じます。私自身はこんなちょっとしたことで、聖書に対するつまづきを感じてしまうことがあったのを覚えています。しかし、理解への努力は聖書に対する、心のなかでの距離感を縮めてくれます。

A:考えてみよう
聖書を読んで疑問があれば、インターネットや本で調べてみたり、セルリーダーに聞いてみたり、グループでディスカッションしたりとチャレンジしよう!



P:祈り


イエス・キリストの名前によってお祈りします。アーメン。

 
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180度変わった人生 / 2007年03月09日(金)
S:今日の聖書の言葉
そしてただちに、諸会堂で、イエスは神の子であると宣べ伝え始めた。

O:今日のコラム
 これは使徒パウロに起こった人間には信じられない奇跡の体験です。新約聖書の半分以上を書いたパウロはもともとはクリスチャンを迫害する人間だったのです。しかし主は彼にとても尊い計画を持っておられたので、彼を救いに導かれたのです。彼が180度変わった姿を見て人々はとても驚いたでしょう。今まで迫害する側の彼がイエスは神の子であると宣べ伝えたのですから。私たちの周りにもそういう人々がいないでしょうか?教会を非難したり、馬鹿にしたり、遠巻きに見たりしている人々が。私たちはその時、私たちは心の中で「私(クリスチャン)を非難しているからあの人は救われないんじゃないか。」と勝手に決めつけてはいないでしょうか?迫害していたサウロ(のちのパウロ)が救われたのですから、そのような人々が救われない理由がどこにあるのでしょう。私たちはそのような人々のために祈り、福音を証しし、伝えていきましょう。そしてそのような人々が救われ、イエスは神の子であると宣べ伝え始めたら、人々は神の栄光を見るのです。

A:考えてみよう
周りにいるクリスチャンや教会を非難したり、理解してくれない人々の救いのために祈りましょう。彼らが救われることによってさらに主の大いなる栄光が現されるように祈りましょう。



P:祈り

イエス・キリストの名前によってお祈りします。アーメン。


 
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教会の始まり / 2007年03月01日(木)
S:今日の聖書の言葉:使途の働き2章46,47節(エレミヤ記2章)
そして毎日、心を一つにして宮に集まり、家でパンを裂き、喜びと真心をもって食事をともにし、神を賛美し、すべての民に好意を持たれた。主も毎日救われる人々を仲間に加えてくださった。

O:今日のコラム
 「使徒の働き」は新約聖書の中で最も重要な箇所のひとつです。なぜなら新約聖書で初めて聖霊が下った箇所だからです。イエス様が天に昇られる前に言われたことが成就した瞬間でもありました。助け主なる聖霊様がこの地上にこられたのです。
 そしてこの箇所は教会の雛形とも言える箇所です。使徒たちが集まり共に祈り、賛美し、食事をしていたのです。興味深い所は、毎日人が救われ、その仲間に加わったということです。
これは現在の教会の姿を預言していると思います。これから聖霊様がさらに深く臨まれ、多くのしるしと御業が起こるでしょう。それから日本に大リバイバルが起こり、毎日人々が救われ、教会が満杯になる姿をビジョンとして持ちましょう。

A:考えてみよう
教会が満杯になるビジョンを描きましょう。そしてそのために自分は何をすればよいのかを祈り求めましょう。



P:祈り

イエス・キリストの名前によってお祈りします。アーメン。



 
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父と子の関係 / 2007年02月23日(金)

S:今日の聖書の言葉:第二サムエル記14章33節(第二サムエル記13章)
アブシャロムは王のところに来て、王の前で地にひれ伏して礼をした。王はアブシャロムに口づけした。

O:今日のコラム
 第二サムエル記の中にはダビデを中心にダビデの子たちについても書かれている箇所があります。実はダビデにはソロモンを含め何人かの子供たちがいましたが、その中には大きな罪を犯した子もいました。そのアムノンは妹を辱めて追い出すという罪を犯しました。その報復としてもう一人の兄のアブシャロムがアムノンを殺しました。ダビデはそのことで深く悲しみました。しかし最終的に殺人という大きな罪を犯したアブシャロムをゆるし、口づけしました。新約聖書に出てくる「放蕩息子」の父を彷彿とさせるダビデの姿ではないでしょうか。自分の子供が罪を犯すことは親にとってとても悲しいことです。そのことで子供を叱りつけ、体罰をもって判らせることもできますが、「愛の故にゆるす」ということが親として子に与える最高の子育てなのです。


A:考えてみよう
多くの罪を天の父がゆるして下さったことに感謝しましょう。そして、罪に陥らないように祈りましょう。



P:祈り

イエス・キリストの名前によってお祈りします。アーメン。



 
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真理を歩むこと / 2007年02月16日(金)
S:今日の聖書の言葉:第3ヨハネの手紙4節(詩篇150篇)
私の子どもたちが真理に歩んでいることを聞くことほど、私にとって大きな喜びはありません。

O:今日のコラム
 これはパウロがガイオという人にあてて送った手紙の一言ですが、このみことばはパウロの思いでもあり、神様ご自身の思いでもあり、また私たちひとりひとりの思いでもあります。
 神様にとっても私たちひとりひとりが真理に歩んでいることを望み、それをこころから喜んでおられます。同時に私たちも私たちの神の家族であるクリスチャンひとりひとりが真理に歩み、神様の栄光を現しているのを見ることはほんとうに大きな喜びです。
 ですからこのみことばを神様からの私たちに対する励ましとして受け取り、それに加えてこのみことばを私たち自身の思いにして下さいと祈りましょう。
 そして何よりも自分自身が真理に歩み続けましょう。具体的に真理に歩むとはどういうことなのでしょうか。それは言わずもがな日々のデボーションと祈りの生活から始まるのです。

A:考えてみよう
具体的にどうすれば真理に歩み続けられるかを祈り求めましょう。



P:祈り

イエス・キリストの名前によってお祈りします。アーメン。

 
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口に出して救われる / 2007年02月08日(木)
S:今日の聖書の言葉:マタイの福音書142章1〜2節(マタイの福音書22章)
私は主に向かい、声を上げて叫びます。声をあげ、主にあわれみを請います。私は御前に自分の嘆きを注ぎだし、私の苦しみを御前に言い表します。

O:今日のコラム
 『なぁポチ。今日、彼女と喧嘩しちゃったよ。どうしたらいいかなぁ。』とペットに対して話しかける人がいるって聞いたことがあります。なかなか、かわいいですね。しかし、心の中のことを言葉することで気持ちが軽くなるそうです。
 私たちも心の中には、悩み、愚痴、苦しみの叫びがたまっていって、自分の力ではどうにもならないときがあります。ダビデでさえ、そうなのですから。私たちはそんなとき主に向かい祈りを捧げることが必要です。みっともなかろうが、なんだろうがお構いなしなくらい、生々しい心の苦しみ、悩みを、声を上げ叫び、告白する必要があります。
 『心の中をご存知の神様は、言わなくたって分かっているから…』と言って私は、なかなかそれが出来ませんでした。
 しかし、泣きながらすがってくる子どもを愛おしいと思わない親があるはずがありません。

A:考えてみよう
今、苦しんでいる人はいつもより2トーン声量をあげて、主の前に告白のときを持ちましょう




P:祈り

                
イエス・キリストの名前によってお祈りします。アーメン。

 
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