新宿シャローム教会、ユースグループ「Youth Wave J」の為のデボーションガイドです。 毎日祈って聖書を読んで、Jesusについていきましょう!

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Mission Impossible / 2007年07月08日(日)

■S:今日の聖書の言葉
エペソ人への手紙 3章16節(第一歴代誌6章)
16節 どうか父が、その栄光の豊かさに従い、御霊により、力をもって、あなたがたの内なる人を強くしてくださいますように。

■O:今日のコラム
 みなさんは、「クリスチャンとして、この世の中で生きていくのは難しい。」と感じた事はありますか。誰でもその様に感じた事があると思います。しかし、私達にとって神様の道を歩んでいく事は、難しい事ではなく、不可能な事です。この世の中で誰一人として、自分の力や、努力や、信仰深さによってだけ神様の道を歩み、聖書に書かれている多くの使命を実行する事は出来ません。では、神様は私達に不可能な事を押し付けられたのでしょうか。決してそうではありません。神様は多くの重要な使命を私達に与えると共に、それを実行する事が出来る力も私達に与えて下さいます。今日の箇所には

「どうか父が、その栄光の豊かさに従い、御霊により、力をもって、あなたがたの内なる人を強くしてくださいますように。」

と書かれています。イエス様の十字架の救いを通して、天の父なる神様は私達に豊かに聖霊様を与えて下さいました。そして、この聖霊様こそが、私達を強め、神様を愛する心、神様に従いたいと言う願い、神様を求める飢え渇き、そして、神様の道を歩む事が出来る力を私達に与える事が出来るお方です。

皆さんは、一人で祈る時間を毎日持てていますか?静かな賛美を流しながら、「聖霊様あなたを今日も私の人生に歓迎します。どの様に祈ればいいか、聖書を読めばいいか教えて下さい。」と祈り、デボーションをする時間をもし私達が持つなら、必ず私達の信仰や、人格や、人生の中に大きな変化が起こる事となります。

イエス様でさえも、この地上で多くの働きをする為には、聖霊様が必要でした。私達には不可能な事でも、このお方に出来ない事はありません。今日も、私達の人生に聖霊様を歓迎しましょう。

■A:考えてみよう
今日、セルグループの中で、お互いに聖霊に満たされた人生を生きる事が出来るように祈りあいましょう。




■P:祈り


イエス・キリストのお名前によってお祈りします。アーメン。



 
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お前はすでに死んでいる / 2007年07月01日(日)
S:今日の聖書の言葉
ガラテヤ人への手紙2章20節 (エゼキエル書47章)
私はキリストとともに十字架につけられました。もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられるのです。いま私が、この世に生きているのは、私を愛し私のためにご自身をお捨てになった神の御子を信じる信仰によっているのです。

O:今日のコラム 
 僕が子どもの頃、あるアニメで「お前はすでに死んでいる。」というセリフがはやりました。その当時は、よく友達を指でつっついては「お前はすでに死んでいる。」 と言っていましたが、聖書も実は「私達はもうすでに死んでいる。」という事を言っています。今日の箇所には、「私はキリストとともに十字架につけられました。」と書かれています。この「十字架につけられた」という言葉は、もうすでに十字架につけられて完了した。という意味があります。みなさんは、「もしも、人生をやり直せるなら。」と考えた事はありますか?僕は小学生の時に、すでに「もう一度人生をやり直したい。」と思っていました。私達は人生の中で様々な問題や試練にあう事もあり、様々な失敗や罪をしてしまう事があるものです。しかし、たとえ取り返しのつかないような過去の失敗や後悔があったとしても、神様に回復出来ない人生は一つもありません。たとえ、私達の罪が山積みになったとしても、神様の愛と恵みは、その上をはるかに越えるものです。イエス・キリストを自分の救い主として心に受け入れたその瞬間から、私達の全ては、キリストと共に十字架につけられ完了し、それに変えて神様からの新しい人生が私達に与えられる事となります。続く節には、「もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられるのです。」と書かれています。イエス様を信じた後も、やっぱり失敗してしまう事があるし、罪を行なったり、様々な悪感情や、自己中心的な考えを持ってしまう性質が私達の内にはあるものです。その様な自分を見る時「ああ。やっぱり自分はだめなやつだ。」と思ってしまう事があるかも知れません。僕は昔いつも「自分は落ちこぼれクリスチャンだ。」と思っていました。しかし、それは真実ではありません。私達の内にどれだけ、弱く、失敗ばかりしてしまう部分があったとしても、神様はいつも、私達のその弱さを見ておられるのではなく、私達の内にキリストが生きておられる事を見て下さっています。だから私たちも自分の弱さではなく、キリストが私達の内に生きてくださっている真実に目を向け続ける事が大切です。聖書の別の箇所には「自分は罪に対しては死んだ者であり、神に対してはキリスト・イエスにあって生きた者だと、思いなさい(ローマ6:11)。」と書かれています。自分の弱さばかりに心が向く時、自分に「お前はすでに死んでいる!」と宣言してみて下さい。そして今は「イエス・キリストが私の内に生きておられる。」と宣言して、神様に目を向け続けて行きましょう。

A:考えてみよう

自分を悩ませる、悪習慣や、悪感情はあるでしょうか?今日それを十字架の元に持って行き 、神様の平安を受け取りましょう。




P:祈り

イエス・キリストの名前によってお祈りします。アーメン。

 
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子は親の鏡 / 2007年05月06日(日)
S:今日の聖書の言葉:第二列王記8章27節(第二列王記7章)
★彼はアハブの家の道に歩み、アハブの家にならって主の目の前に悪を行なった。

O:今日のコラム
 「子は親の鏡」という言葉をみなさんは知っていますでしょうか。子どもは、親とそっくりに成長し、
まるで鏡の様に親の性質を反映する者となっていくと言う意味です。列王記の中で最悪な王の一人に
アハブ王という王がいます。彼は、神様の前に数々の悪を行った王でした。今日の箇所にその子どものアハズヤという人物が登場し、彼が王となりますが、彼もまた父と同じように神様の前に悪を行い、結局彼は、王という最高の特権が与えられていたにも関わらず、2年間で王としての働きも、人生全てをも失ってしまう事となりました。みなさんはマイクタイソンというボクサーを知っていますでしょうか。彼はボクサーとしては天才的な才能と実力を持っていました。しかし、彼はその能力を、リングの上でではなく、実生活の中で人々に暴力をはたらく為に使いました。その結果、彼がボクサーとして最も活躍し、多くの収入を得られる年月を彼は刑務所の中で過ごす事となりました。どれだけ多くの才能や、実力を持っていたとしても、それを支える人格がしっかりとしていなければ、いずれ、その才能さえも失ってしまう事となります。
 私達は何よりもこの人格を磨いていく事が大切です。人格を磨いていくなら必ず全ての実力はついて来ます。どのようして私達は人格を磨いていく事が出来るでしょうか。たとえ私達の育った環境や、家庭環境が良くない状態だったとしても、親から充分に愛情を受けないで育ってきたとしても、あきらめてしまわないで下さい。私達はこれから十分に愛を受け、素晴らしい人格を持った者へと成長していく事が出来ます。
 イエス様を信じたその瞬間から、私達は神様に愛される、神様の最も大切な子どもとされました。私
達はこの天の父なる神様に似ていく者となる事が出来ます。その為に毎日デボーションを続け、祈る事
を続け、神様と共に過ごす時間を持っていきましょう。もし、この神様との時間を毎日持ち続けるなら、来年には、また数年後には、私達は誰の目から見ても立派に成長した者となる事が出来ます。またいずれ、私達と同じ素晴らしい心を持った人々がセルグループの中でも、友達の中でも、起こされて行く様になる事を信じて、今日から共に、人格を磨く歩みを聖霊様と共に始めて行きましょう。

A:考えてみよう
聖霊様によって結ぶ事が出来る人格の実にはどのようなものがあるでしょうか。聖書の中から探してみましょう(ガラテヤ書5:22〜23)。


P:祈り                 

イエス・キリストの名前によってお祈りします。アーメン。

 
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次の世代へのバトンタッチ / 2007年04月29日(日)
S今日の聖書の言葉第一列王記15章26節(第一列王記16章)
彼は主の目の前に悪を行ない、彼の父の道に歩み、父がイスラエルに犯させた彼の罪の道に歩んだ。

O:今日のコラム

 いま、日本の教会の大きな問題の一つは、若者が教会にいなくなっているという事だそうです。今のペースで行くと、多くの教会が数年後には無くなってしまうという悲観的な報告が出されていました。しかし、私達は神様にあっていつでも、悲観的な現状ではなく、大きな希望を持つ事が出来ます。これから日本の多くの若者が救われ、情熱的に神様を求める様になっていきます。私達の国は世界中を祝福する国となる事が出来ます。その事を信じて、僕達の情熱や信仰を次の世代へとバトンタッチしていきましょう。(「次の世代」とは、年齢的に下の世代という意味もあれば、新しく信仰に入った人々という意味もあります。)

 列王記の中で、悪い心を持った王が沢山登場してきますが、彼らはその心を父から受け継いでいました。しかし、私達は次の世代に、最高に良い信仰の心をバトンタッチしていく事が出来ます。その為に大切な幾つかのポイントを挙げてみたいと思います。

 1.まず私達自身が情熱を持って神様に仕える − 毎日デボーションをして、祈りの時間を持って神様の前に立ち続ける事が大切です。僕達の生活はあまりにも忙しすぎて、気がつけば神様との時間をいつも後回しにしてしまう事があるかもしれません。しかし、神様を求めるなら人生の全ての必要は必ず満たされる事となります。キリストのうちに知恵と知識の宝があります。僕達が何時間、鏡の前に立ち続けたとしても自分の見た目や、心や、人生は劇的に変わると言う事はありませんが、神様の前に立ち続けるなら、必ず私達の価値観や、イメージや、心や、人生は最高のものへと変わって行く事となります。

 2.人々の為に祈る − 祈りは目に見えないものですが、大きな力があります。聖書の中で神様は何度も、私達があきらめないで、失望しないで祈り続ける事の大切さを教えられました。私達が祈った祈りは必ず、神様にあって実現して行く事となります。だからあきらめないで、人々の救いや、次の世代の成長の為に祈って行きましょう。

 3.彼らと共に時間を過ごす − 教会で、学校で、セルグループの中で、彼らと共に時間を過ごす事が大切です。何気ない日常会話の中でも人々の必要を知ることが出来ます。また、先日、救いの決心をした一人の男の子が、「教会に来ている人々の姿を見て僕もクリスチャンになってみたいと思った。」と言っていました。私達はキリストのかおりを放つ者として、人々と共に時間を過ごす中で、彼らに神様の愛を伝えていく事が出来ます。 

A:考えてみよう

今日、お互いの信仰の成長の為と、人々の救いの為に祈る時間を持ちましょう。


P:今日の祈り



イエス・キリストのお名前によってお祈りします。アーメン。

 
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ニックネーム / 2007年03月11日(日)
S:今日の聖書の言葉:使途の働き11章26節(エレミヤ記11章)
彼に会って、アンテオケに連れて来た。そして、まる一年の間、彼らは教会に集まり、大ぜいの人たちを教えた。弟子たちは、アンテオケで初めて、キリスト者と呼ばれるようになった。

O:今日のコラム
 みんなにはどんなあだ名がつけられていますか。自分につけられたあだ名をセルグループの中で分かち合ってみましょう。
●あなたの「あだ名」は何ですか?

 僕は昔アルバイトをしていた時に毎日、八百屋に買い物に行っていました。その時僕は、イエス様に立ち返った頃で、いつも心の中にイエス様の情熱が燃えていて、八百屋に行く度にそこの人々にイエス様の事を話し、御言葉のカードをプレゼントしたりしていました。すると、その
八百屋のおやじはいつの間にか僕に「牧師」というあだ名をつけて呼ぶようになり、買い物に行く度に「おい牧師。元気か。」と話しかけてくるようになりました。その時は自分が牧師になるなんて考える事も出来ませんでしたが、今この様に牧師として働けている事は、ただ神様の恵
みです。

 今日の箇所でイエス様を信じる人々は歴史上初めて「キリスト者(クリスチャン)」というあだ名がつけられて呼ばれるようになりました。初めはバカにする意味も含まれていたそうですが、時が経つにつれその呼び名は良い意味へと変わっていったそうです。

 私達も友達にイエス様の事を伝えたり、友達を教会に誘ったりする時、人々から「あいつはクリスチャン」と呼ばれ、違う人種のように見られる事があるかもしれません。初めはその様な反応をされてもあきらめてしまわないで下さい。私達の内にある喜びや、私達の内に生きておら
れるイエス様の愛を見て、必ず彼らはいつか「クリスチャンになる事は素晴らしい。」と解る日が来ます。昔の歌に「ハレルヤ 私はクリスチャン 日々喜び歌いつつ 主を愛し主に愛される 主は私の全て♪」という歌がありますが、この歌の歌詞にあるように、私達にクリスチャン
という呼び名がつけられていることに誇りを持って、毎日喜び歌いながら生きて行きましょう。

A:考えてみよう
今日時間をとって神様に賛美を捧げ、喜び歌う時間を持ちましょう。



P:祈り


イエス・キリストの名前によってお祈りします。アーメン。

 
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Salvation is Here / 2007年03月04日(日)
S:今日の聖書の言葉:使途の働き4章12節(エレミヤ記4章)
この方以外には、だれによっても救いはありません。世界中でこの御名のほかには、私たちが救われるべき名としては、どのような名も、人間に与えられていないからです。

O:今日のコラム 
 皆さんはいつイエス・キリストの事を知りましたか?ある人は子どもの時から、またある人は学生の時や、大人になってから知った人もいると思います。僕は中学を卒業して、高校に入る前の春休みに母親について行った教会で人生で初めてイエス・キリストの事を聞きました。それまでは一度もイエス・キリストについて聞いた事が無かったのです。
 この世では日常生活の中でイエス・キリストの事を聞くチャンスはほとんどありません。聖書の中には、「伝える人がいなくてどうやってイエス・キリストの事を聞く事が出来るでしょうか。」と書かれています。「イエス・キリストを伝える」と聞くと「難しすぎて自分には無理だ。」と思うかもしれません。街角に立ってスピーカーを持って低いトーンで「悔い改めなさい。あなたは死後裁かれます。」と言わなければいけないと思うかもしれません。しかし、イエス・キリストを伝える事は難しい事ではありません。この世の中で、イエス様の救いを伝える為に最も素晴らしい方法は友達が、友達に伝える事です。
 まずは、友達の為に祈る事から初めて行きましょう。毎日その友達の名前を挙げて、彼らの為に祈って行きましょう。僕は今年の初めから、毎日同じ友達の名前を挙げて彼が救われる様に祈り続けています。彼とは長い間全く連絡をとっていませんでしたが先日、いきなり彼から電話がかかってきて、今度会う約束をしました。神様は私達のどんな小さな祈りも聞きもらす事は無く、その祈りに答えて下さるお方です。だからあきらめないで、毎日友達の救いの為に祈っていきましょう。
 また、セルグループで楽しい企画をして、そこにぜひ友達を誘って下さい。映画、花見&食事会、フットサル等・・・、新しく人々を誘う為にどんな事が出来るか考えましょう。この世の中で多くの人々は、愛され、受け入れられ、認められ、決して裏切らない友情を必要としています。イエス様が私達の為に命までもかけて、私達の友となって下さったから、私達もそのイエス様の心を持って、人々の友となって行きましょう。そして、卒業や、クラス変えによっても決して終わってしまう事の無い、永遠の友を沢山作って行きましょう。
 いつか、私達が天国に行く時、そこに沢山の友が並んでいて、彼らは言うでしょう。「あなたが私にイエス様の救いを伝えてくれたから私は今ここにいます。」と、聖書には「イエスの名前を呼ぶ者はみな救われる」と書かれています。この命の日の限り、この素晴らしい救いの名を伝えていきましょう。救いがここにあります!!

A:考えてみよう
イエス様を伝えるためにどの様な事が出来るでしょうか。Mixiやインターネットを使う・・・など、様々なアイデアを話し合ってみましょう。




■P:祈り

イエス・キリストの名前によってお祈りします。アーメン。



 
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あなたは王の子です!パート2 / 2007年02月25日(日)
S:今日の聖書の言葉:第二サムエル記18章33節(第二サムエル記17章)
すると王は身震いして、門の屋上に上り、そこで泣いた。彼は泣きながら、こう言い続けた。「わが子アブシャロム。わが子よ。わが子アブシャロム。ああ、私がおまえに代わって死ねばよかったのに。アブシャロム。わが子よ。わが子よ。」

O:今日のコラム 
 皆さんは愛する人と戦わなければいけなくなったとしたらどうしますか?愛する人が自分に向かって敵対して向かって来る事を考えただけで、心が苦しくなると思います。今日の箇所で、ダビデ王は自分の愛する息子アブシャロムと戦わなければいけなくなりました。ダビデ王は愛する息子を絶対に傷つけたくないと願い、自分の部下達に「彼を優しくあつかうように」と命じました。しかし、部下達が戦いに出ると、髪の毛が木にひっかかって動けなくなっているアブシャロムを発見し、彼の心臓を槍で突き刺して殺してしまいました。その報告を聞いた時のダビデの言葉が、今日の聖書の箇所の言葉です。彼は身震いして、泣き崩れ「わが子よ。ああ、私がおまえに代わって死ねばよかったのに。」と泣き続けました。
 

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あなたは王の子です! / 2007年02月18日(日)
S:今日の聖書の言葉:第二サムエル記4章(第二サムエル記3章)
さて、サウルの子ヨナタンに、足の不自由な息子がひとりいた。その子は、サウルとヨナタンの悲報がイズレエルからもたらされたとき五歳であった。うばがこの子を抱いて逃げるとき、あまり急いで逃げたので、この子を落とし、そのためにこの子は足なえになった。この子の名はメフィボシェテといった。

O:今日のコラム 
 皆さんは、日ごろ自分の事をどんな存在だと思って生きていますか?自分に対するイメージは私達の人生を形作るとても大切なものです。ある時、ジャングルの奥地から、オオカミに育てられた男の子が発見されました。彼は自分の事をオオカミだと思い込み、オオカミと同じ様に生活し、オオカミと同じ物を食べて生きていました。そのため、彼には人間としての能力が備わっていましたが、「自分はオオカミだ。」というイメージを持っていたので、オオカミと同じ様にしか生られませんでした。
 今日の箇所には、「メフィボシュテ」という5歳の男の子が登場します。彼は父親が戦死し、5歳にして敵に追われ逃げる事となり、その上、逃げる時に彼を持っていた女性は、彼を落としてしまい、彼は残りの人生を歩けない体で生活していかなければいけなくなりました。そのため、彼の自分に対するイメージは最悪なものとなってしまいました。彼はいつも「自分はつまらない。みじめで。歩く事も出来ない何の価値もない者。」というイメージを持って生きていく事となりました。
 

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この世に愛を / 2007年02月11日(日)
S:今日の聖書の言葉:マタイの福音書24章34〜36節(詩篇詩篇145章)
『さあ、わたしの父に祝福された人たち。世の初めから、あなたがたのために備えられた御国を継ぎなさい。あなたがたは、わたしが空腹であったとき、わたしに食べる物を与え、わたしが渇いていたとき、わたしに飲ませ、わたしが旅人であったとき、わたしに宿を貸し、わたしが裸のとき、わたしに着る物を与え、わたしが病気をしたとき、わたしを見舞い、わたしが牢にいたとき、わたしをたずねてくれたからです。』

O:今日のコラム
 みなさんは天国に行った時、どの様な事に関して神様から賞賛を受けると思いますか?今、セルグループの中で話し合ってみてください。
●天国で神様から受ける賞賛にはどのようなものがあるでしょうか。



 いろいろな場所で活躍する牧師、世界中を駆け回るクリスチャンミュージシャン、何百万人もの人々に福音を伝える伝道師、地上で活躍しているその様な人々こそが、天国で大きな賞賛を受けるように感じる事があるかもしれません。しかし、天国ではこの地上で誰からも賞賛される事無く働いた人々も、全く名前を知られる事も無かったような人々も大きな賞賛を受ける事となります。

 子供達の世話を忠実にした人々、誰から知られる事が無くても掃除をしたり、ゴミを拾ったりする人々、病院をまわって病人を励ます人々、刑務所をまわって受刑者を励ます人々、それだけではなく、身近なところでは、友達の悩みを聞いたり、彼らの為に祈り続けたり、親切にしてあげる人々、親の手伝いや、教会の様々な働きをサポートする人々、また、初めて来た人を笑顔とあいさつで迎える人々や、セルグループのメンバーを忠実に愛する人々、その様に、イエス様の愛によって行動する事は全て、天国で大きな賞賛を受ける事となります。私達には何が出来るでしょうか。身近なところから考えてみましょう。


A:考えてみよう
この世に神様の愛を表わす為にどの様な行動が出来るでしょうか?具体的に考えてみましょう。(地域のゴミ拾いをする。病気の友達の所に祈りに行く・・・等)




P:祈り

イエス・キリストの名前によってお祈りします。アーメン。


 
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あなたは羊飼いです! / 2007年02月04日(日)
S:今日の聖書の言葉マタイの福音書18章12〜14節(詩篇138章)
あなたがたはどう思いますか。もし、だれかが百匹の羊を持っていて、そのうちの一匹が迷い出たとしたら、その人は九十九匹を山に残して、迷った一匹を捜しに出かけないでしょうか。そして、もし、いたとなれば、まことに、あなたがたに告げます。その人は迷わなかった九十九匹の羊以上にこの一匹を喜ぶのです。このように、この小さい者たちのひとりが滅びることは、天にいますあなたがたの父のみこころではありません。

O:今日のコラム 
 オオカミやライオンなど、野生の肉食動物が狩をする時に使う方法はどの様なものか知っていますか?肉食動物達は、獲物が群れでいる時には手を出す事が出来ません。だから群れを乱して、動物達が群れから迷い出るようにします。そして、群れから迷い出た一匹の獲物を狙っておそいかかるのです。この肉食動物と同じ様に、悪魔も私達が、様々なグループから離れて一人になる事を願います。もし、私達が教会や、セルグループ、様々なミニストリーなどのグループから離れて一人になるなら、否定的な思いや、神様を疑う思いを持たせる事は簡単になり、すぐに誘惑に負けるようにする事が出来るからです。

 しかし、もし私達がグループの中に入っているなら、私達は守られる事が出来ます。もちろん失敗したり、誘惑に負けたり、罪を犯してしまう事があるかもしれません。しかし、私達はお互いに祈り合い、悩みを相談し合い、失敗や罪を告白し合い、そして、神様の回復の道へと向かって共に進んで行く事が出来るようになります。

 今日の箇所でイエス様はいなくなった一匹の羊をも捜して歩く羊飼いのたとえ話をされていますが、私達一人一人がその羊飼いです。教会に来た人々が誰からも話しかけられる事無く淋しく帰っていく事が無いように、初めて来た人にも積極的にあいさつし、話しかけていきましょう。また、最近教会に来れていない人々に、メールをうったり、連絡をとったり、彼らの為に祈ったりして、私達の教会は一人一人が特別な存在で愛されているという事を感じる事が出来る教会へとさらにしていきましょう。皆さん一人一人がイエス様の愛を持った良い羊飼いです。

 ■A:考えてみよう
最近教会に来れていない友達の為に祈ろう。そして、彼等とどの様に連絡をとったりする事が出来るかセルグループの中で話し合ってみましょう。




P:祈り

イエス・キリストの名前によってお祈りします。アーメン。


 
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