仔グマが見た避難指示解除準備区域 その1

October 01 [Mon], 2012, 17:14
仔グマの2012年夏被災地レポート、期間が開いてしまいましたが続編を再開します。
宮城の閖上を後にした僕は、最後に福島のいわきのお友達に再会するべく向かいました。
風邪で熱もあるけど具合は悪かったけど、久々にお友達との積もる話しもそこそこに、八月から避難指示解除準備区域が再編された事を受け北側の南相馬市原町の道の駅南相馬側は昨年のGWに訪れておりました僕が昨年からずっと希望していた南側の原発20キロ付近の訪問を、お友達の協力で実行致しました。
まずは、いわき市中心部から国道六号を北上。
市内北部あたりから、かつての30キロ圏内屋内避難指示待機地域だったかなに入ります。
国道は、途中、津波の爪痕が残る海沿いを通りながら北隣にある広野町内に入りました。
間もなく、町内最大施設のJVILLAGEに到着。
この施設は、1997年に開設されたスポーツ施設。
日本サッカー界初のナショナルトレーニングセンターで、広野町と楢葉町に跨がって立地しており、福島第一原子力発電所事故に伴い、2011年3月15日以降スポーツ施設としては全面閉鎖し、国が管理する原発事故の対応拠唐ニなっていいます。
主に原発関係者及び関連企業従業員等がここで通勤の車を置いてバスでまとまって原発に向かう場所として、又は事務所等が設置されており、遠隔地から原発に来ている方々の宿泊施設としても利用されています。
この日はお盆の為、通常よりは車は少ないものの、それでも盆返上で勤務している方々が見えるのを横目に僕たちは東電広野火力発電所に隣接している岩沢海水浴場に向かいました。
道すがら民家や海水浴客用のペンションや喫茶店が桃ンするものの全て無人で、中には玄関のドアを破られて空き巣に入られた形跡のある民家も目に飛び込みました。
悲しいですね。
そして海水浴場に到着。
例年のこの時期ならば海水浴客で溢れている所なのに、人っ子一人居やしません。
それよりも、地震の揺れの為でしょうか、崖崩れが起きた跡があり、駐車場の一部にまでデカイ岩が転がっています。
反対側でトモコレ 出会いは津波によりトイレや柵が破壊され、一年五ヶ月経たのに手付かずのまま。
岩手宮城の被災地とはまた違う、時間の止まったままの景色の中を僕は楢葉町に入り、更に20キロ付近に迄近付くべく津波でアスファルトが剥がされ、修復さえされていないボコボコの道を進みます。
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