留学までの道のりC 

2005年07月30日(土) 20時04分
結果は・・・・・・・・・・・・・・


補欠。補欠の結果待ち待ってる余裕はないので(航空券やこっちの大学開始日の都合)、留学に決定。でもなんか、不思議にサッパリしたような、ふっ切れたようなやっぱり留学したかったんだと気づく。悔しいのは悔しいかったけど、もう迷いもなく、出発まで1週間の時にパッキングを開始・・・買い物でてんやわんやの毎日だった

卒業式ってだけでボロボロなのに(高校大好きだった)翌日日本を発つってことでダブルパンチ!!
もうわぁ〜んわぁ〜んなきました

そして、無事にシドニーに到着し、ピックアップサービスのマイクロバスに乗って寮についたそこからyuzukiの華やか(?)・・・怒涛の留学生活が幕をあけました

くらーい話が続いたけど、ココからは恋愛話、勉強、遊びと明るく楽しく書いていきます。過去のことも未来のことも

どんなことでもコメント大歓迎です。ココが楽しくワイワイした憩いの場になれば嬉しい
一日で7記事も書いたけど、これからもよろしくお願いいたします☆

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留学までの道のりB 

2005年07月30日(土) 15時53分
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8月中旬に想像を絶する事件がおきました。それは父親の死でした。
今はこうやって冷静になって考えられるものの、当時は信じられず、受け止められず、悲しみと不安のどん底でした。

いろいろ落ち着いて留学のことなども考えられる余裕が出来た時に、思ったことは
『日本の大学を受験する。』

金銭的には問題ないと母親に言われても、素直にありがとうということも出来ず、何より私の精神的な問題で日本に残りたい、家族と一緒に暮らしていたいという気持ちが大きくなったのです。
これを決心してたのは高3の12月。担任に相談して、『それがお前の正直な気持ちなら頑張ってみろ!出来る協力はなんでもする』といわれ、受験を決心

高3の春までは受験勉強をガッツリしていたけど、高3の8ヶ月のブランクは大きい。大学のレベルを下げるのはイヤだし、自分の夢も諦められない。そうすると留学に変更する前に目指していた大学しかない。試験は2月中旬。 そこから私も3ヶ月超集中受験勉強が始まった。 今考えると、本当に日本の大学に入りたい!という気持ちより、何かに打ち込んで父親の死を思い出さないようにしていたのかも。

留学も諦めきれてはないので(家族親戚は留学を薦めていた)、ビザも取り、航空券も買っていた。もし大学に受からず、留学にするのなら高校卒業式の次の日。合格発表のちょうど1週間後だった

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留学までの道のりA 

2005年07月30日(土) 14時54分
留学しようと決めて、まず何をしなきゃいけないか・・・って考えて、『TOEFL』だ。英語は受験科目では一番の得意科目だったけどtoeflは未知の世界。自分で勉強するのもいいけどその時期はもう6月だったので、ビザとか願書の〆切のことを考えると、絶対9月までには550PBT(213CBT)点以上取らなければならなかった。

なので、渋谷にあるトフルゼミナールに通い始める。ココは本当にプロ!!海外留学のバックアップは完璧だし、国内受験生用のコースもある(ICUや上智、早稲田などの英語に強い大学)。
私はココの大学留学コースで週5日、toefl用のwriting, reading,listening,grammarの授業を取った。毎日必死で勉強して、とりあえず6週間コースを終了し、初めてのtoeflに挑む

見事1回で550点突破ま、帰国子女だから当たり前だけど・・・すごい嬉しかった。600(250)点目指そうともするが、大学入学の550(213)を取れたのでやる気うせる・・・笑
もう2度とコンピューターの前に4時間も座りたくないとおもった。

進む大学は1校に絞っていたから、すぐに願書を出して、8月頭に入学許可が下りた そして、入る寮を決めたり、進路が決まったことでほっとした高校最後の夏休みを過ごしていた。まだ一応トフルゼミナールの夏期講習にはいっていたけど。

しかし夏休みに家族誰もが想像していない、信じられない事件が起きたのでした。
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留学までの道のり@ 

2005年07月30日(土) 14時13分
留学カテゴリーに登録してるので、ゆずきの留学を実現するまでのお話を・・・。

まずは高校3年生*春までの夢
実は高3の春まで留学なんてこれっぽっちも考えていなかった。ずっと目指していた職業は、『獣医』か『スポーツトレーナー』。ひとつには絞りきれていなかったけれど、とりあえず理系私立大学を受験するために高1の2学期から予備校に通いだす。
高2の間もずーっと予備校に通いつつ、2年後に日本の大学に入ることを夢見ていた。
帰国子女ではあったけど留学や英語を生かす職業には全く興味を持たなかった。

高3にあがる春休み頃、だんだん獣医じゃなく、スポーツトレーナーになりたい!という気持ちが大きくなる 3年前は日本では本格的なスポーツ科学部を持つ大学は数少なかった。体育大には入りたくなかったし、一応自分の行く最低レベルも決めていたので、必然的にひとつの大学が志望校に。 この大学がレベル高いのも知っているので不安も抱きながら、TVで海外で活躍する一人の女性スポーツトレーナーのことを知った。

うそみたいな話だけど、高校最後の学年旅行で山に登った時に360度見渡せるひろーい景色を見て、自分ってこの広い世界でちっぽけな空間にとどまっていてもったいないな~。世界に飛び出したいという気持ちがドカンっってきて、2日後には予備校を辞めていた(笑)

高3の5月にyuzukiの留学準備が始まりました

続く・・・・・ブログランキング。クリックして頂けると嬉しいです。

本気な恋 

2005年07月30日(土) 12時36分
小5までDAVID君が好きだったがだんだん冷めていった。。。。

次の標的はjonoことJONATHON君。彼のことは私が日本に永久帰国する小6終わりまでずっと好きだった
バスケ少年で頭は坊主。このころ坊主がすごいはやってたんだよね。かっこいい子はみんな坊主だったな。 私が仲良くしてたグループは女子も男子も付き合うとかじゃなく、一緒に昼休み遊んだり、ずっと走り回ってるような子達の集まりだったから、告白のようなことはしなかった。毎日一緒に遊んで入れたら幸せだったわ。

jonoの2つの想いで。

@小6の時、体育の時間のスポーツ決めをしていた。(スポーツ4種のなかから自分のしたいスポーツを決める。サッカー、クリケット、縄跳び(主に体育キライな女の子用)、バスケだったかな)。私はクリケットがしたかった。でも大人気だったから残りの1席を取るのに必死だった。そこでjonoが『yuzukiがすごいクリケットやりたそうだから、やらせてあげようよ』っていってくれて、念願のクリケットをすることが出来たのでした。

初恋 

2005年07月30日(土) 12時12分
ゆずきの初恋

やっと英語も聞けるようになってきた頃、男っ気の無かった私にも気になる男の子が・・・・ 体育の時間や昼休みにいつも一緒にいた男子の一人。名前はDAVID君チーム決めするときに一番に選んでくれたり、そんな些細なことが嬉しかった、超純粋な気持ちの持ち主だった頃。いまは・・・・・

このことは進展することもなく、進展させようとする気もなくずっといい友達のままだった。これが小4のお話。そして、結構おにいさんが好きだった私は先生のことも好きになる。笑

その先生(以下Mr,S)ちょっと日本語が話せて、来た当初なにか問題があると友達がMr.Sの所に授業中にもかかわらず、良く連れて行ったくれた。

Mr.Sは私とおねえちゃんの英語の先生にもなったくれて、放課後に学校や家で英語を教えてくれた。私はずっと遊んでいた・・・・・

Mr.Sは身長190cm以上の長身、私は身長約135cm。私の目線は彼の腰上らへん。笑 
結婚はしていたけど、まだ子供のいないMr.Sはすごい可愛がってくれて、あぐらかいたとこに私が座ったり、おんぶしてくれたり。
家族ぐるみの付き合いでうちにも良く来ていて、人見知りする私も心を許していた。

ま、英語を理解できるようになり、担任でもなくなってからはそんな気持ちもなくなったが・・・ 今は2人の小学生のパパ。いつかあいにいきたいな〜。 

本格的な恋話はまた次のお話。ブログランキング*クリックして頂けたら嬉しいです。

はじめてオーストラリアの土を踏む。 

2005年07月30日(土) 11時28分
小学3年生の時、お父さんの仕事の都合でオーストラリア*シドニーから南に2時間半ほど車で走った所にある小さな町に3年半住むことになる

小さい頃は外国や外人に興味憧れを持つような子ではなく、とにかく毎日駄菓子屋にいったり、友達とスイミングに通ったり、自分の周りのことを楽しむのに精一杯だった。abcももちろん読めない書けない。外国=アメリカと勘違いしている子
そんな小3の女のこが日本人が一人もいない現地校で生活をはじめたのでした あ、お姉ちゃんはいました・・・。

もちろん友達と会話は出来ず、授業は理解できずだったけど、学校が大好きだった
目に涙が溜まっている私を見て、友達が先生に言いに行き『are you ok,yuzu?? whats wrong??』とオオゴトになったこともある。 誰もあくびが原因ということを知らずに・・・・

ナルニア国物語り(ライオンと魔女)の劇で、英語のしゃべれない私は鹿の役になった何を勘違いしたのか私は鹿に乗る小人の役だと思い込んで、緑の洋服で頭にはサンタの帽子をかぶって登場。結果小人が小人の乗る馬車をひくシーンになることに・・・・その当時は自分が間違っていると微塵にも思わなかったが・・・

そんなこんなで、英語も少しずつ自然と身についていき、体育が大好きで得意科目だった私は、活発な女の子&男の子中心に友達を増やしていった。
小4の時に初恋もし(これはまた別のお話)、毎日楽しく過ごしていた。
今思うとよく全く言葉が通じないアジア人のこに友達がいっぱい出来たなって思う。ホントにこの頃の友達に感謝でいっぱい

私が通ってた学校は1学年1クラス(約20人)でkindergarten(幼稚園年長)からyear10(高1)まである300人強の学校。ずーっと同じメンバーだから、学年を超えてみんな家族のような関係。牧場の中にぽつんとあって、グランドにカンガルーが遊びにきたり、隣の牧場の牛が遊びに来たり、東京生まれでも東京に染まってない私には最高の学校だった

長くなったので続きをお楽しみに次は恋事情。ブログランキングに登録しました。クリックして頂けたら嬉しいです。

yuzukiと愉快な仲間たち 始まり〜♪ 

2005年07月30日(土) 10時52分
まずは簡単に自己紹介。
名前*yuzuki, ゆずき

年齢*22歳

住み処*オーストラリア

職業*大学生

夢*大学卒業してスポーツトレーナーとしてバリバリ働くこと!!←18歳の頃の夢
  
  現在は大学卒業して数年働いて、結婚*出産して幸せな家族のままになること。

  子供は3人希望。笑
 
  exercise science and rehabilitationを専攻。主に解剖学と生理学を勉強。

ブログ* ココにはyuzukiの今に至るまでの凸凹人生と現在進行中の留学人生を綴ります。
     一人でも多くの人と交流をし、多くの気持ちを分かち合えれれば、そんな幸せなことは無いッ。コメント、トラバ大歓迎です


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プロフィール
◎yuzuki* ゆずき 22歳
◎オーストラリア在住
◎大学留学中
◎AU国内遠恋中
◎超サッパリ系女
◎ペット大好き
◎リンク*コメント大歓迎!
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