Blood 

2006年05月03日(水) 19時10分
 

〜  Prologue  〜



 可愛い双子だった。
まだ生まれて3日目だが、ハッキリした目鼻立ちで、まるで女の子にも見えるような
愛らしい笑顔で、ここ韓国の全羅南道にある小さな病院で、母親の傍らに寝ていた。

 1934年4月20日、近くで牧場を営むソン・ジナムとキム・ヒジョンの間にできた
初めての子供だった。一人はジェファと名付けられ、もう一人はジヌだった。
父親のジナムにとってジェファとジヌは将来自分の後を継ぐ期待の息子達だった。



 母親のキムは、まだ体調が元に戻っていなかったが、夫婦二人で細々と営む牧場で、
そうそう休んではいられなかった。産後たったの一週間でさっさと退院し、翌朝5時に
起床して、いつものように長時間働いた。時折無理が祟って寝込むこともあったが、
1年2年と経つ内、子供達の成長に比例して、体力も母親らしく強固になっていった。



 3年が経ち、ジェファとジヌもよちよち歩きをしながら、彼らなりに牧場の手伝いをする
ようになった。ジェファが竹ぼうきを持つと、ジヌも負けじとその辺の小枝をつかんで
ゴミをかき集めた。ブタ小屋では、二人の小さな手からほとんどこぼれ落ちた餌を
投げ入れたり、外ではニワトリを追い掛け回したりと、毎日母親がしていることを
見よう見まねでやってみた。その内にころんで鼻を擦りむいて、母のキムは、
子供達の世話に目が回りそうだった。



 ある日、朝早くキムが絞りたての牛乳の入った大きなバケツを両手に持ちながら運んで
いる途中、突然立ちくらみがして、キムはその場に倒れてしまった。バケツから大量に
流れ出す牛乳はあっという間に地面を覆い、異変に気づいたジナムが飛んで走って
来たが、キムは気を失ったままだった。


 ジェファとジヌはそろそろ眠りから覚め、今日もワンパク振りを発揮しようと、ジナムが
造った粗末な木のベッドの上で、二人でじゃれ合ってはキャッキャと笑い合っていた。 



Blood 

2006年05月03日(水) 19時09分
〜母の死〜 

 キムは病院のベッドに寝ていた。
ジナムは医者から聞かされたキムの病状にショックを隠せなかった。
リンパ癌で余命3ヶ月もないと宣告され、キムが目覚めた時、どのような顔をしたら
いいのか、普通に話せるのか自信がなかった。


「お願いだから夢なら覚めてくれ、、、。まだ俺達はこれからだというのに、、、」

ジナムは後から後から涙が溢れ出るのを押さえ切れなかった。
病室から外へ出て、何もない裏山へ登り、大声で泣いた。




 数日後、ジナムはキムの病室に何も分からないジェファとジヌを連れて来た。
最初、土色の顔をしたキムを見て、ジェファとジヌはキョトンとしていたが、やがて
母だと分かると、布団によじ登って甘えようとした。

キムは何となく自分の命が終わりに近づいている事を知っていた。
27歳という若さが、皮肉にも癌という病魔に力を貸していた。キムはジェファと
ジヌをベッドの上で両手に抱きしめて、こう言った。


「ママはずっとお前達を愛してるから。絶対にそれだけは忘れないで、、、」




キムが入院して、2ヶ月を過ぎた頃、細々と蚊の鳴くような声で傍らにいるジナムに言った。

「私が死んだらこの指輪をあの子達に私の形見として残してね」

「何を言うんだ。死ぬだなんて言うな!」

「もう隠さなくても分かってる、、、。私に残せる物はこれぐらいしかないから、、、」

キムはゆっくりと細くなった指から大きな金の古い指輪を抜いた。


「私の、、、と言っても、これはあなたのお母さんの形見だものね。
 ほんとはあなたのだわ、、、」


「お、俺には指輪も買ってやれなかったから、それしか無くて、、、。ずっとずっと
 次はジェファかジヌの嫁さんが持つといいと思ってた、、、」


「ならそうして、、、、、。きっと可愛いお嫁さんがその指輪をもらってくれるわ、、、」
 

キムは穏やかな目をして寂しそうな笑みを浮かべた。


「少し眠るわね、、、」

キムはそう言ったのが最後で、それ以降、目を覚ます事はなかった。 


 翌朝、ベッドに突っ伏していたジナムが起きた時にはもう息を引き取っていた。


「ヒジョン!ヒジョン!」


ジナムが激しくキムの体を揺す振ったが、薄くなった肩がジナムの力で折れそうな
だけだった。

Blood 

2006年05月03日(水) 19時08分

 近隣の牧場や農場から来た人達10数名だけのささやかな葬式だった。
深く掘った穴に、キムの亡骸を納め、牧師が祈りを唱えていた。



 夕暮れ、皆が帰った後、農場をしているジナムの幼馴染のスンホが気落ちしている
ジナムに言った。


「こんな日にこんな事を言うのは惨いかもしれないが、すぐに再婚したらどうだ」


ジナムは手を離したらどこへ走り出すか分からないジェファとジヌを両方の手で
つかみながら黙っていた。


「どうするんだ。牧場にこの子達、、、」
スンホは心配そうに言った。


「何とかなるさ。伯母さんも当分は居てくれるそうだし」

ジナムは夫に先立たれ、子供達ももうとっくに独立している伯母のソヨンに当分
身の回りの世話をしてもらうつもりだった。



「お前の親父さんの姉さんだろ?こんな小さな子面倒見られんのか?」


「ああ、大丈夫さ。それに再婚する気はないし、、、」


「それは分かるが、お前ももう30だ。再婚するなら早目にしろよ」


「ああ」


「じゃ、俺は帰る」



ジェファとジヌはスンホに向かって「バイバイ」と手を振っている。

スンホは苦笑いをしながら子供達に手を振って去って行った。




家の中からジナムの伯母が出てきた。

「皆ご飯よ。ジェファ、ジヌ、いらっしゃい」


ジェファとジヌがよちよち走りでジナムの伯母のソヨンのところへ近づいて行った。



ジナムはその場に立たずんで二人の子供の可愛い後姿をじっと見つめていた。

Blood 

2006年05月03日(水) 19時07分

〜父の病〜

 
 あっという間に2年が過ぎ、あと数ヶ月でジェファとジヌは6才になろうとしていた。

伯母のソヨンはすっかり牧場の手伝いにも慣れて、子供達の面倒もよく見てくれていた。


そんな折、ジナムは時々胸が苦しくなる事があった。
咳もひどく、ひどい時は夜眠れぬ事も多かった。

子供の頃わずらった喘息だと思って、毎日忙しく過ごしている内、病気などに構って
いられなかった。

しかし、ある日咳がとまらなくなり、とうとう多量の血を吐いた。

病院で結核を診断された。


療養を余儀なくされたジナムは何日か夜も眠らずに考え、ジェファとジヌをどうするか
思案していた。


65歳になる伯母のソヨンには、この先二人の子供達を託す事は無理だ。

伯母の息子達も遠方で農業など営んでいるが、決して裕福ではない。
二人を養子にしてもらう事など到底無理だ。

施設に預けるのは本当に親の無い子のようでいやだった。



考えた末、ジナムは16年前に恋人の後を追いかけてアメリカに渡った3つ年上の
姉のヨンスに二人の事を頼んでみようと思った。

Blood 

2006年05月03日(水) 19時06分

 ヨンスは19才の時に、その2年前にハワイに移民していた恋人を追いかけて、単身
渡米していた。ジナムと姉のヨンスは子供の頃から大変仲が良く、ヨンスがハワイに
渡ってからも年に2、3度は手紙のやり取りをしていた。



 ヨンスは向こうへ渡ってから、最初の10年間は大変な苦労をしていたようだが、夫の
チョウ・ヒソクがかなりの商才に長けていて、農園や雑貨屋を営むまでになっていた。


子供は28の時にできたミンファという女の子が一人いた。

だが、商売が軌道に乗り始めた移民の成功者になり始めた矢先、チョウ・ヒソクは
病気で死んだ。日頃の無理が祟ったのだろう。


 ヨンスはヒソクが亡くなった後、農園を手放し、幼な子を抱えながら雑貨屋を女手一つで
細々と経営していた。そこへ時々通って来ていたアメリカ人のトーマス・ロビンという男と
再婚した。彼は近くでレストランを経営していたが、チョウ・ヒソクが亡くなってから、ずっと
心ひそかに思っていたヨンスの事をいつも心配し、影で支えていたのだ。



 ヨンスはトーマスとの間にも一人男の子を儲けた
2年前にロビーという1歳になった息子の写真を送ってきていた。


 筆不精のジナムも一度返事を書いたが、それからまたヨンスは手紙で幸せに
暮らしていると近況を伝えて来た。


 ジナムは度々送られてくるヨンスの手紙に3度に1度ぐらいの割合でハガキに
2,3行ほどの近況を書いて送った。それでもジナムにしては必死に書いている
方だった。

だが今回はちゃんとした便箋に、自分の病状やジェファやジヌの事を切々と
書き綴った。どうにかしてジェファ達を引き取ってほしかったのだ。
ヨンスが幸せに暮らしている事が何よりここで大きくなるよりはアメリカで
ちゃんと教育を受けて育ってほしかった。


 2週間ほどして待ちに待ったヨンスからの返事が来た。

Blood 

2006年05月03日(水) 19時05分

〜親愛なるジナムへ〜


  あなたが結核だなんてなんて事!悲しくて手紙を読んで眠れぬ日が続きました。
  療養して一日も早く治る事を心から祈ります。ジェファとジヌの事だけど、二人を
  引き取ってあげたいのは山々ですが、私の下の子のロビ−はあなたと同じ喘息
  持ちで、生まれ付き体が弱く、その事で姑とあまりうまくいっておらず、その上
  私は子連れ再婚なので、夫にもなかなかこの件を言い出せません。もちろん
  彼は頼めば嫌とは言わないでしょうが、これ以上家のに波風を立てたくないのです。
  できればジェファかジヌのどちらか一人だけでも見てあげたいと思いますが、もう
  暫く待って下さい。


                                        ヨンスより



 ジナムは落胆したが、牧場を手放す手配と入院の準備と、日々雑事に追われて
いた。伯母のソヨンは持病のリウマチが出てジェファ達の面倒を見るのがやっとという
ところだった。



 ある日、ソヨンはジェファとジヌを家の中で遊ばせようと紙と鉛筆を渡して側で見ていた。
ジヌは紙の上にグルグル丸を書いているだけだったが、ジェファはなかなかうまくその辺の
物を片っ端から写し書きしていた。ソヨンは以前ジナムから自分に何かあった時にはと、
手渡されていた妻のキムにあげた古ぼけた金の結婚指輪をおもむろに取り出して、
ジェファに見せた。

「これ、書ける?」

ジェファは「うん、うん」と言いながら指輪をじっと見ながらあっという間にとても上手に
指輪の絵を描いてしまった。

「へぇ〜〜上手ねぇ。ジファ。これは記念に取っておこうねぇ」

そう言ってソヨンは紙を折りたたんで自分のエプロンのポケットに指輪と一緒に
しまった。




 5日ほどしてまたヨンスから手紙が来た。

Blood 

2006年05月03日(水) 19時04分

ジナムへ

   
 喜んで。ジェファはうちで引き取れるようになりました。この前あなたに手紙を出して、
夫におそるおそる話しをしたら、すぐにOKをくれました。まだ姑には話していませんが、
彼から何とかうまく話してくれるそうです。それからジヌの事は、トーマスの友人の
従兄弟にニューヨークで弁護士をしている人がいて、誰か里親になってくれる人はいな
いか探してくれているそうです。トーマスの言うには、何度かレストランをする時にも、
法律の相談したことがある人で、信頼できる人物だからきっとすぐ良い方を探してくれる
だろうということです。もうこちらの準備は整いつつあるから、ジェファ達がこちらに来る
日が決まったら早く知らせてちょうだいね。取り急ぎ報告まで。

   
                                            ヨンス

     追伸      一日も早くあなたが健康になる日を毎日祈っています。





  ジナムは手紙を読み終えて、少し希望の光が出てきたと、安堵のため息を漏らした。



  5日後、入院したジナムは一人ベッドの上でジェファとジヌの事を考えていた。
 伯母のソヨンと一緒に幼馴染のスンホの家に預けられている二人は、もうすぐ
 この国からいなくなってしまう。


 ジナムの病気さえ治れば、また二人を取り戻せると思っていた。
 だが、それも本当は叶いそうもない望みだという事はよく分かっていた。
 

Blood 

2006年05月03日(水) 19時03分
〜 別れ 〜

 看護婦がソヨンからの手紙を託ってきた。
手紙を開けると、ジヌの里親が決まったという事だった。
子供のいない、アメリカのある大学の教授がぜひジヌを引き取りたいと言っている
のだそうだ。その為の渡航費など、ジェファの分まで一切心配はいらぬという
ことだった。だが悪い事に、里親ではなく養子としてほしいと言って来たそうだ。
ヨンスにジェファも一緒にと言われたが、それはヨンスが断ったらしい。

 その大学教授の妻の希望で、ジヌを引き取った後はジナムともジェファとも
直接には手紙のやり取りなどしないでほしいという事だった。
近況はヨンスに伝えるか弁護士に伝えるとの事だった。



 ヨンスは最初迷ったが、ジヌにとって良い話かもしれないと思い、一応承諾して
しまったという事だった。




ジナムは手紙を握り締め、病室の天井を見上げた。
自然に涙が流れ落ちた。


「ヒジョン、許してくれ、、、。二人とも遠くへ離れて行ってしまう、、、」




 3週間後、大学教授が出した使いの者が子供達を迎えにはるばる韓国へやって来た。
ソヨンがジナムの友人のスンホと一緒にジェファとジヌの荷造りをしていた。
二人は古い布で作ったソヨンの手作りの新しいズボンを穿いて、これも手作りの小さな
ポシェットを掛けていた。そしてソヨンは、ポケットから紐に通した金の指輪を出して、
ジェファのポシェットに入れた。


「これはお前のお母さんのだよ。ジェファ」

ジェファは指輪を見て、
「うん、、、」と言ってポシェットをギュッと握った。

ソヨンはジヌのポシェットに以前ジェファが書いた指輪の絵を入れてやった。

「ジヌ、これはたった一つしかない、お前のお母さんの指輪の絵だよ。大事にするんだよ」

「うん、、」

ソヨンは涙が後から後から流れて止まらなかった。


二人の長い航海が心配で、できれば自分も一緒に付いて行きたかった。

韓国語を話せる男性と、優しそうな笑顔のアメリカ人の女性がジェファとジヌの
手を引いてスンホの農場から去って行った。

Blood 

2006年05月03日(水) 19時02分

〜 新しい両親 〜


 ニューヨークに着いて、ジェファとジヌはそれぞれの付き添いに連れ添われ、別れ別れに
なった。男性の方はジヌを大学教授の方へ、女性はジェファをハワイのヨンスの所へ送り
届けることになっていた。


 二人とも眠っていて、お互い最後にじゃれ合ってふざける事も、バイバイと手を振る事も
なかった。気が付けば、ジヌは車の中、ジェファは船の中だった。




「まぁこの子が!なんて可愛いんでしょう!」

ジヌを見たボストン大学教授の妻、エマが開口一番そう言った。


ジヌは元々おっとりと物怖じしない性格で、大きな目を大学教授のジョージ・ハワードとエマを
交互に見上げるだけで、別に泣き出したりしなかった。



「大変だったでしょう?こんなに遠くまで、、、。さぁさ、ミルクとクッキーをあげましょうね」


エマはいそいそとジヌを手を引いてキッチンの方へ歩いて行った。

ジヌは言葉は全然分からないが、のんびりとキッチンでミルクとクッキーを呼ばれていた。


「ジヌ、、、いいえ。今日からあなたはジミーよ。ジミ−・ハワード。
 これがあなたの名前よ。い〜い?」


「ジミ、、?」
ジヌはクッキーを頬張りながら、自分の名前を聞き返した。


「ジミー。ジミ−・ハワードよ。言ってごらん」

エマがニコニコと促すと、ジヌは


「ジミ・ハワド」と舌足らずな口調で言ってみせた。

Blood 

2006年05月03日(水) 19時02分

〜 ジェファの生活 〜

 一方、ジェファはハワイのヨンスの所に迎えられると、ジヌより人見知りしてしまう性格が
出て、ヨンスが韓国語で話しているにも関わらず、首を縦に振るか横に振るかぐらいしか
反応を示さなかった。ヨンスが「可愛いポシェット」っと言って、手に取ろうとすると、
ジェファはキッとなってポシェットを握り締め離さなかった。

 トーマスはWelcome!と気持ち良く迎えてくれたが、トーマスの母親は気に入らない
様子だった。


 これでヨンスの家族はトーマスと、トーマスの母、妹、前夫との子供のミンファと、
トーマスとの間のロビーと弟の子供のジェファで、6人となった。トーマスには4つ下の
弟もいるが、今はカリフォルニアでバンドの仕事をしていた。




 3ヵ月後、ジェファとジヌは6歳になった。



 ジェファは相変わらずあまり家族に打ち解けず、一人で絵ばかり描いていた。
ポシェットも相変わらず肌身離さず掛けていたので、8歳になる従姉のミンファからは
”ポシェットマン”っと言ってからかわれていた。


 ヨンスは毎日店の手伝いとロビーの持病の喘息の世話に追われていた。


 ジェファの世話はもっぱらミンファの役目だった。
おてんばなミンファはジェファが絵を描いている紙を取り上げては海に連れ出した。
かけっこをしたり砂で遊んだり貝殻を拾ったりして遊んだ。時々父のトーマスの経営する
レストランに行ってはビッグサイズのアイスクリームを二人で分けて食べた。


 ジェファはお茶目なミンファには次第に打ち解けるようになり、半年も経たない内に
ミンファと英語でふざけるようにまでなっていった。


 ミンファはトーマスとも大の仲良しだった。
義理の父だが、ジェファが来るまでは本当の親子のように、二人で釣りに行ったり
サーフィンをして楽しんだ。

P R
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