でっかいわけ 

2007年10月01日(月) 18時11分
最近人を傷つけたり痛め付けたりすることを考えることが多くなった。
ワタシは考えたら実際絶対するから(実際実生活には出てきてるし)
だから離れた。偽善か?
違う。と思う。

傷つけたいのはワタシの我が儘で、そうしたいのは自分の証が欲しいだけだ。
相手に傷をつけて、自分の存在を知らせて

そんなの悲しい

怒っている 

2007年09月30日(日) 13時07分
存在理由というわけではない。

けど、ひくためにここにきた。ここにいる。
なのにひけないだなんて
だから今は生きていない。
ひかなければ生きられないとわかったからの決断だった。
ワタシは生きていない。今。
何にも無い

つまらない 

2007年09月30日(日) 11時08分
体力が回復するまでお預け。とにかく痛みが和らぐまで体重をかけすぎないようにする。
胃も荒れているようだから、ぼうっとするか。

そんな風に 

2007年09月27日(木) 20時35分
いない自分は、必要ない。
大体がどこにもいないのなら、必要ない。じゃないか。

基本的にこんな思考をする自分・僕にも彼女ができた。
だけれども。やっぱり自分がつまらない人間だからだろうな。必死で大切にして、楽しませられるように、寂しくさせないようにと頑張っているつもりでも、やはり出た。この一言。
飽きた。
あなたに、もう飽きた。とか。
やっぱり悲しいね。自分の言動はすべて自惚れだったのではないか、本当はさっさと呆れられて哂われていたのではないか、等、もうもう、僕の頭はいっぱい。実は今現在もいっぱい。
そんな自分に活でも入れるため、このような気持ち悪いブログを日記に設置してみた。という。
すいません、見ている方。
すいません。
所詮気持ち悪い人間なのでス。

そうそう、ある人の言によると、僕は批判されてしかるべき人間なのだそうだ。
人の多くは、人それぞれに状況も考え方も育ちも常識も異なってくるわけだから、批判されて”しょうがない”部分があるだろう。誰かに取って、自分の何かは異常に目に映るだろうし、また他の誰かに取っては、自分のどっかの性格は信じられないだろう。
確かに、僕はそういった部分が人よりも多いような気がしてはきたが…
まさか友人とも言える人に、冒頭のようなことを言われるとは思わなかった。
冒頭とは「批判されてしかる〜」という部分だ。
彼女はこう言った。
「まあ、人の好みなんて人それぞれなんだから、私はあなたがそれを好きだからって批判しようとは思わないから安心してね〜★★★」
実際には、すごい小気味良い顔文字つきだった。確かウィンクしてた。

僕は人に批判されるようなものを好きになった憶えは無い。肩身のせまい思いを、好きなもののことでしている憶えは無い。
きめつけもいいトコロだと思う。
僕は言われた直後、どうにも不愉快なような理解しがたいような思いに駆られてヤフ○辞書を引いてみた。

ひ‐はん【批判】
[名]

1 物事に検討を加えて、判定・評価すること。「事の適否を―する」「―力を養う」
2 人の言動・仕事などの誤りや欠点を指摘し、正すべきであるとして論じること。「周囲の―を受ける」「政府を―する」
3 哲学で、認識・学説の基盤を原理的に研究し、その成立する条件などを明らかにすること。

僕は(実は好きなアーティストの話だったのだけど)判定・評価されるようなものを好きになった憶えは無い。
ましてや好きであることを「誤りや欠点」ですと断定されまくるようなものを好きでもない。
そして哲学者でもない。(その彼女もだ)
と、思うのだが。総じて単に僕が変人だということかナ?
僕自身がこんな人間であるからして、批判されてしかるべきなだけ?
まあいいけど。
それでも、僕の好きなものは、無論故あって好きなのだから、一方的に「批判されて当然なこと」扱いはされたくない。だって好きなんだもの。

大体が、確かに彼女に「飽きた」と言われたけれども。それは彼女はお芝居の中の冗談だったのだけど(本当かどうかは定かでない)。僕はその言葉が実はトラウマで、酷く泣いたり落ちたりしたけれど。
でも、どうせこんな人間なのだとも思う。しょうがないのだ。批判されるのと同じ位、しょうがない。
きっとこれからも、特に必要のない自分と一緒に、そんな自分と手を繋いで、そんな自分とだけ生きて行くのだとは思うし、誰かが一緒に歩いてくれるという夢幻はあるけれど、それこそ「馬鹿じゃないか?」と批判されても仕方の無いような、無理難題だとも思う。
何故かと言えば、僕が居て、他の人にとっても居心地の良い場所など無いのだ。
僕はいつでも、誰かの居場所を取って存在している。(僕に限らないのは承知)
だって、僕の場所なんて、最初から最後までどこにもないもの。それでも土地(場所)は、限られているんだよね。
だから僕は何故居るんだろうなぁと、やっぱり考えてしまうけれど、普段は忘れて好きなものを好きでいようと思う。
自分が居なくても、好きなものは存在して、それで僕は非常に満足で…好きなものに、自分が居なくなった後もずっとずっとこの世に存在していてほしい。それが、僕がこの世に望む最後の1コ。
はやく居なくなりたいとも思うし、できるだけ長く居たいとも、思う。
自分の価値のためにではなくって、自分の価値を感じるものを見るために
第一回はこういうただの愚痴で。
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