こんにちものがたり その17 

August 05 [Tue], 2008, 22:07
「まさか、あんなところでそーじに会うとはなぁ。」
「意外でございましたか?」

日もどっぷりと暮れた石畳の道を、楓と桜子が並んで歩く。
その道は少々の傾斜を上りつつ、丘の中腹に建つ土方家の屋敷に至る。

「まーね。そーじが音楽ってのは、ちょっと結びつかないんでね。」
「楓さまも…音楽には疎うございましょう?」
「……はっきり言うね。オマエ。」

どこか可笑しげに、桜子は下から傍らを歩く彼を赤い瞳で見上げた。それを受けて楓は『やれやれ』とため息を吐く。
まあ言ってしまえば、桜子は土方家の使用人のひとりであり、その正確な雇い主は土方家現当主である彼の父である。
父の子である楓は、桜子にとっては主の子であり、自分が第一に仕える存在ではない。立場としては屋敷の使用人である以上、次期土方家当主である彼の言葉は桜子にとって大きな力を持ちはするが、彼が幼い頃から世話をしてくれた桜子にとって楓はまだまだ子供…ということなのかもしれない。
いつしか彼女の背を追い抜き、彼女を見下ろすような年齢になった今も、どうやらそれは変わらない。
料理も掃除も得意とし、屋敷の仕事をそつなくこなす。
ありとあらゆる楽器を見事な技術で使いこなし、歌まで歌う。
数ヶ国語を自在に使いこなし、屋敷を訪れるさまざまな国からの客人の対応をもやってのける。
それに加えて合気道の達人。そういえば楓も子供の頃はよく投げられた。
なんというか、非の打ち所のない完璧なメイド。
それが桜子だ。
だが変なところもたしかにある。
あの屋敷に住んでいなければ気づくことが出来ない桜子のヘンなところ。
まず猫と話せるらしい。
時々庭の隅のほうで近所の野良猫を集めて演説をしていることがある。このあいだはこれから訪れる長く厳しい冬の越え方について話していた。
一昨日も猫同士のケンカの仲裁に入り、双方に並ならぬトラウマを植え付けたらしい。なんとも気の毒な話である。
猛禽類が怖いらしい。
実は楓はエゾフクロウを飼っている。
どうも桜子はそのエゾフクロウというものが…いや、エゾフクロウを含めた猛禽類が苦手のようだ。ケージに入っていないかぎり、彼女が楓の部屋に入ってくることはない。
別段過去に何かがあったとかいう話は聞いていないのだが、その姿を見るのも怖ければ、深夜に聞こえるフクロウの声なども聞いていてあまりいい気持ちはしないらしい。
宗次郎などは桜子のことを『人間味がない』などということもあるが、実は彼女はそうではない。
確かに多少表情に乏しい感はある。それに外交向けの顔を持ってはいるが、日常的にそんな顔ばかりをしているわけではない。
ともすれば多少誤解されそうな少女なのだ。桜子という人は。

ざりっ…。

大きな門をくぐり屋敷の敷地内に入ると二人の足の下で玉砂利が音を立てた。

「けどなんで……。」
「?」

突然口を開いた彼を、やや驚いたように桜子が見上げた。

「そーじは風鈴堂に? なんか音楽活動でも始める気か? あいつ……。」
「いいえ…。宗次郎様ではなく、わたくしが用事がございましたので……。宗次郎様はそれをお付き合いくださいました。」
「桜子が風鈴堂に用事? 何でまた?」
「わたくし、シンセサイザーというものを弾くことになりました。」
「はぁ? シンセサイザーぁ?」

思わず素っ頓狂な声を上げる楓。
彼女の雰囲気にずいぶんとまた合わない楽器の名前がその口から出たと。そう思っているらしい。

「何でまたおまえがシンセ?」
「『バンド』というものの…お手伝いすることに……。」

ざりっ……。

立ち止まった楓。
一歩二歩と進んでから桜子が立ち止まり、不思議そうに振り返った。

「……はい?」

楓は開いた口がふさがらない。
そんな止まってしまった楓の先で、彼女はニコリと微笑んだ。

「応援してくださいまし。『ライブ』というものに、どうやら出ることになりそうですの、わたくし。」


■ つづく ■

こんにちものがたり その16 

August 02 [Sat], 2008, 2:21
「んし、じゃあまた明日ね〜。」
「あ、うん。じゃあね〜遠子ちゃん。」

帰り道。
家の数もまばらとなり始めたあたり。とある丁字路で遠子と別れる。
ひらひらと手を振る遠子に、同じように手をひらひらとやって恵が答える。その隣で、やはり手を振って見送るのは…神楽である。

「………………。」

それを見ていた遠子がおもむろに足を止め、カランカランと笑いだした。

「くっそぅ、恵ちゃん神楽に取られたみたいで、なんか悔しいな、このやろう。」
「え…? ええぇ?」

突然そんなことを言い出した遠子。恵はやや面食らったように目をしばたたかせて驚いたような声を上げた。

「送り狼になんじゃねーぞ、神楽。」
「ナニソレ……。」

そんな恵の横で、今度は神楽がちょっとむっとしたような顔をする。
それをも楽しそうに見ていた遠子は『そいじゃあねん』と、もう一度手をヒラヒラやりつつ、再び歩き始めた。
少し短めのスカートを風になびかせ、彼女は去っていく。一定間隔に置かれた街灯の白熱球の明かりが頼りなく地面を照らす、明かりの島。
もうすっかり夜だ。濃いブルー…紺色だろうか。あたりの景色はそんな色で覆われている。地面に視線を落とせば足元の砂利さえ、もう目を凝らさねば見ることは出来ないかもしれない。
そんな闇色に包まれた田舎道を、遠子はひとり去っていく。

「………………。」

しばらくそれを見送るふたり。

「……行こうか……。」
「うん。そだね。」

神楽が促すように言うと、一歩先行く彼女に恵は並んで歩き出す。
日が暮れればこの時期、冷え込むのも早い。
すでに吐き出す息は白く、ついこの間までやかましいまでに鳴いていた虫はどこかへと去った。
少し離れた国道を走る車の音が風に乗って聞こえてくる。
それ以外は今この道を並んで歩く二人の砂利を踏む音くらいのもの。
しばらくただ並び、ただ無言で歩く。

「さっきは……ごめん……。」
「は、はい?」

突然神楽が口を開いて…さらにその内容が意外なものだったので恵は思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
驚いたように傍らの女子生徒を見上げる。

「な、何が?」
「……せっかく…見に来てくれたのに……私は気付かなかった。」

気まずそうに、彼女はポツリポツリとつぶやく。
こういう時、彼女は極力相手を見ない。目をそらし…つぶやくように言葉を搾り出す。

「しょうがないよ。あれだけがんばってたら、気付かないって。うん。」
「!」

屈託なく笑う恵。
ハッとしたようにようやく彼を見る神楽。
そのとき彼と目が合ってしまい…再びあわてて目をそらす。

「こ…」
「?」
「今度は…絶対に見つける……。」
「あろ?」

彼女の言葉に恵は首をかしげる。
何か決意のこもった言葉に聞こえた。

「絶対に…見落とさない。……だから……。」
「あははっ! うん! なるべく目立つところに立ってるよ。」

そして彼は笑った。

「………………!」

その反応が、少しだけ神楽が予想していたものと違ったのだろうか。
彼女は普段は細いその眼をやや大きく見開き、そして再び細めた目で彼を見て微笑んだ。

「……がんばる。期待してくれれば…それは絶対に裏切らない……。」
「!」

その言葉と、それに続いた次の言葉が、勇気を持って言ったものだということが、恵にもわかった。

「……だから…応援して……。」


■ つづく ■

こんにちものがたり その15 

July 07 [Mon], 2008, 0:25
からぁん……!

その扉を開くと、やや喧しくカウベルが鳴り、店内に来客を告げた。
商店街の中心より少しだけ外れになるのだろうか。ソレでもここら一帯では異例とも言えるにぎやかさを持った一角にその店はある。
ショウウインドウにギターやヴァイオリン、フルートなどが陳列された楽器店。看板には"風鈴堂"とある。

「いらっしゃいませ〜。」

カウベルの音を聞き、店内のレジカウンターにいた若い女性が入り口を振り返った。

「こんばんわ、穂月さん。」
「あら。桜子さんと宗次郎くん。いらっしゃい、珍しい組み合わせね。」

彼女は意外そうな声を上げると、眼鏡越しの赤い瞳で店内に入ってきたメイドと高校生という珍しい組み合わせの2人を見た。
そう、彼女の目は赤い。
それが鳶色とかそういうレベルの赤ではない。本当にびっくりするくらいに純粋な"赤"なのだ。
そして頭に載ったやや大きめのベレー帽からこぼれる髪の色は白。

「……よいしょっ。」

彼女は膝にのせていたフェルナンデスのエレキギター【Zo−3】を壁に立てかけると、やや身を反らせて背後の棚に置かれたアンプに手を伸ばし、元から決して大きくはない店内のBGMの音量をさらに絞った。

ギッ……。

座っていた椅子から立ち上がると、彼女が宗次郎たちの前までやって来る。
背は桜子よりやや大きいくらいか。宗次郎からすればぜんぜん小さい。当然か。
しかし身にまとう雰囲気は大人のそれだ。
ピアスやネックレスなどのアクセサリーもそうだが、薄いながらも化粧によるおしゃれをサラリとこなすなどは、神楽や遠子が持っている雰囲気とは明らかに異質のものである。

「さて……。」
「?」

穂月がにっこり笑って、両の掌をパチンと打ち合わせた。

「今日はどっちがお客さんかしら?」
「わたくしでございます……。」
「はい、桜子さんね。何をご所望ですか?」
「楽譜を……。」
「?」

桜子の言葉に、穂月は首をかしげた。

「楽譜?」
「はい。シンセサイザーの。」
「シンセサイザーの楽譜……。んー?」

彼女は考え始める。
シンセサイザー専用の楽譜…ということなのだろうか、桜子の言っているのは。そんなことを考えているのだ、彼女は。
そして、ややあってから『ああ。』と、声を上げた。

「喜多郎とかどうかしら。」
「ゲゲゲの?」
「それは鬼太郎。オニね、オニ。」

宗次郎のボケを電光石火の速さで撃墜する穂月。
自分の頭の上を通り過ぎていく話題に、今度は桜子が首をかしげた。

「喜多郎……。」
「うん。シンセサイザーってカテゴリーでは最も代表的なものではないかしら……。誰もが一度は聞いた曲とかも入ってるから、練習にも使えるし。」

……と、言いつつ彼女は楽譜のコーナーに向かって歩き始めた。背に流れた彼女の白髪がふわふわと揺れる。
それに桜子と宗次郎は続いた。

こと……。

とある棚の前で足を止め、そこに並んだ楽譜群に指を滑らせる。

「ん。あった。」

そして、その中から一冊取り出す。

「一応、喜多郎の中でポピュラーな曲が結構収められてるのがこれかしら。私としてはお勧めできるかな。」

パラパラとめくりながら彼女は説明する。

「ではそれを……。」

それをじっと見ていた桜子は一度、小さくうなずいてから穂月に購入の意思を伝えた。

「はい、毎度どうも〜。」

にっこり笑うと、彼女は再びゆっくりした足取りで、レジカウンターのほうへと戻っていく。
やはり桜子と宗次郎はそれに続く。

からぁん……!

そんな時、やや喧しく入り口のカウベルが鳴った。
3人でそちらを振り向くと……。

「お? そーじだ。」
「え! あ、ホントだ。桜子さんも……。」
「か、楓。ねーちゃん……!」
「………………。」

店にやってきたのは、桜子の主と宗次郎の姉だった。


■ つづく ■

こんにちものがたり その14 

June 29 [Sun], 2008, 16:47
――『さて、今日もお別れの時間がやってまいりました。このあとは【おしま・やしま】さんの【オーマイゴットエブリディ】でお楽しみください。なんかね、やしまさんのね、最近猫飼い始めたんですって。なんかウチの構成作家の山本ちゃん写メ見せてもらったらしいんだけど、もぉ強烈に可愛いらしいんだよね。えー、今度スタジオに連れて来いと言っとこうと思います。【みほまくらの午後イチフィーリング】。ここまでは、最近はエクササイズビデオにひそかにハマっている、みほまくらがお送りいたしました。また明日も12時半に皆さんのお耳にお邪魔いたします。石笹野付近を走行中のドライバーさん、引き続き安全運転でお願いいたしますね。それでは皆さんまた明日。バイバイ♪』

人気番組が終わる頃には、この季節だと日はどっぷりと落ちている。

パチン!

「うちらもそろそろ切り上げるか。」

机の上で小さく鳴らしていたラジオのスイッチを切って、彼はそう切り出した。

「………………?」

ソレを聞いて、椅子に座っていた女子生徒がソレを見上げた。
組んだ足にフォークギターを載せ、弦の上を走っていた指を止める。

「気がつけは外は真っ暗……。」
「ん。真っ暗だな。」
「……私たちは練習熱心ね。」
「まったくだ。」

すでに日が暮れ、室内の景色をはっきりと映し出していた音楽室の二重窓のほうを見て、彼女は笑った。

「まあ、次のライブに向けての練習は、主に私がしてるんだけど?」
「ソレを言われるとつらい。」
「さて…それじゃあ帰りましょうか。」

椅子を立つとギターを机の上のケースに戻しつつ、彼女は笑った。
男子生徒もそれを見て苦笑する。

「けど、富川がギターに達者で助かったよ。かわりにギター引き受けてくれる人間がいなかったらどうしようってところだ。」
「まーね。こーみえて【coral】のサブギターですから? もっとも【疾風怒濤】のメインギターの佐藤 彰さまさまには遠く及ばないわけですか?」
「ナンダよソレ? なんか含みがあるな……。」
「とんでもございませんことよ。同級生の佐藤くんには極力優しくね。そーしないとかいちょーが怒るでしょ?」

にこりと、彼女は笑った。
一方、ラジオを部屋の隅の戸棚にしまいつつ、彰と呼ばれた男子生徒はまたしても苦笑する。
そう、彼は今回、別のライブにぶつかってヘルプに来れないメンバーのかわりにドラムを叩く。
そのため、メインギターの彼に代わって、サブギターでありキーボードであるこの女子生徒、富川 鰆が次のライブでは初のメインギターを勤めることになった。
そして……キーボードがいないのだ。
どちらかというとライブではギターとボーカル、ベースなどが目立つ。
この3つをライブで外部の人間に任せると、バンドとしてのイメージがからりと変わってしまうため、それだけは避けたいのだ。
ドラムは全体のリズムを整える重要な役どころだ。一見目立たないようで、かなりその責任は重い。気心の知れた人間でないとドラムを任せるのは難しい。

「けど…キーボードのあてなんかあるのかしら…かいちょーは。」
「自信たっぷりに帰っていったからな……。当てがなくはないんじゃないかな……。」
「……大丈夫かしら。」
「実は俺もそこんところ心配だ。」

彼としては心情的に穏やかではない。ライブまでの日程もそれほど余裕があるわけではないし、ライブハウスもすでに予約してしまっている。
当然ヘルプを頼むメンバーと合わせで練習する必要も出てくる。時間がない以上メンバーが決まるのは一日も早いほうがいい。
しかし彰のそんな心配をよそに、一方の女子生徒、鰆は『ま、いっか。』と、さっさと頭を切り替え、ダッフルコートの上からギターケースを背負った。

「帰りましょう。」
「お、支度出来た?」
「ん。おっけぃ。」
「よし、じゃあ行くか。」

彼もまた、今日一度たりとも出番がなかったベースが入ったソフトケースを肩からかけた。

……バムッ!!

スイッチを押して音楽室の電気を消すと、分厚いガラスが入った防音扉を閉じる。
鍵はあとで事務室の職員が閉めに来るこのままでいい。
クラブハウス内の部室以外には特別教室の鍵は生徒が預からない。それがこの学校のルールだった。
廊下を照らす蛍光灯も今は半分の数が消灯され、出入り口に向かわない方向の廊下はすべての電気が消され完全な闇に包まれていた。
どうやら校舎に残っている生徒は既に彰と鰆、軽音部のふたりだけだったようだ。人の気配はまったくない。
無人の校舎。
並んで階段を下りるふたりの足音以外はまったくの無音だ。
校舎の最上階にある音楽室。そこから数回、真っ暗な階を経由して一階。
既に鍵がかかっているため、生徒が普段出入りする昇降口ではなく、事務室がある中央玄関を通って校舎を出る。

「どうも〜。ありがとうございました。」

彰が事務室にいた職員に声をかけると、それに気づいて手で挨拶を返してきた。
そのまま日もどっぷりと暮れ、すっかり夜の雰囲気となった外へと踏み出す。

「うは…寒い……。」
「日が暮れればまさにイッキだな……。」

この季節ともなれば5時にはすっかり日が落ちる。
現在時刻は午後6時過ぎ。日が落ちて1時間もあれば、昼間のわずかな暖かさを夜が奪うのには充分だ。
身を斬ると形容して差し支えない寒さ。吐き出す息も白い。上空にややかかる雲、そのむこうの空は深い青。いや、むしろ紺か。そこには既に数え切れないほどの星が瞬く。
近いのだ。この地を白で覆いつくす厳しい冬が……。

「……寒いね。」
「ん?」

足を止めて、空を見上げた鰆が先ほど口にした言葉をもう一度、ポツリとつぶやいた。
隣にいた彰が不思議そうにそれを見てから、同じように夜の空を見上げた。

「寒いな。」
「なんよ、真似しないで。」
「あ?」

鰆が彼を見て笑った。突然のダメ出しに彰は意外そうな表情を彼女に向けた。

「ホレ、帰ろう。凍る。」

…と、再びさっさと歩き始める彼女。それを首をかしげて見ていた彼だったが、すぐにそれを追うように歩き始めた。
背後の玄関の明かりに送られて歩く。

「あれ?」
「?」

校門ところまで来て、彰が声を上げた。

「なんしたの?」

不思議そうに鰆が振り返り、それから彼が見ているほうに目を向けた。

「俺たち以外にもまだ残ってた奴がいたんだな。」
「運動部でない? 熱心ねぇ……。」

二人の見る先。
校舎と体育館をつなぐ渡り廊下付近。
そこにひとり、男子生徒が歩いていた。


■ つづく ■

こんにちものがたり その13 

June 14 [Sat], 2008, 12:44
「ピアノ…でございますか?」

商店街のレンガ敷きの歩道。
隣を歩く黒髪の女性はそう言って首をかしげた。

「まあ、正確にはシンセだからキーボードなんだけどね。なぁ、やっぱりそれ、俺持とうか?」
「いいえ。それはいけません。」

桜子が持つ買い物袋を替わりに持とうかと申し出て、二度断られ、宗次郎は苦笑する。
そんな彼を見て口元を綻ばせると、桜子は視線を前へと戻した。

「それで……わたくしにそのライブとやらのお手伝いをしてくれないか……と。」
「まあ…正直なところ、そう言うことです。」
「………………。」
「いや、会長がいきなり言ってきただけだからさ。他にあてがないわけでもないし、桜子さんも仕事忙しそうだから無理は言わないよ。気にしないで全然オッケー。」
「よろしいですよ?」
「ま、まあそうだよな。仕事忙しくてライブのヘルプどころじゃ……。……って、はい?」

ぽかんと口をあいて立ち止まってしまう彼。
数歩、彼を置き去りにしてから足を止めた桜子が、それをやや怪訝そうに振り返る。

「…………?」
「『よろしいですよ』…って言った? いま?」
「そう言いました。」

驚いている彼に向かって、桜子はやや真顔でこくりと頷いた。そしてそのまま続けた。

「……そんなに意外ですか?」
「え? あ、うん。すっごく意外。」
「随分失礼ですわね。宗次郎様。」
「いや、その…ご、ごめん。」
「許します。」

ややあわてた様子で彼が謝ると、桜子はほんの少しだけ、楽しげに笑った。
再び歩き出した宗次郎が隣に並ぶのを待ってから、彼女もまた歩を進める。

「シンセサイザーって大丈夫? ひいたことある?」
「……残念ながら記憶にございません。お屋敷にあって鍵盤があるものは、ピアノとチェンバロだけでございますから。」
「大丈夫なものかな。」
「おそらく…そんなには違わないものだとは思います。せめてエレクトーンなどをひいたことがありましたら……あ。」
「?」
「大丈夫です。そういえばわたくし、むかしパイプオルガンをひいていたことがありました。」
「パイプオルガン!? なに! 楓んち、そんなものまであるの!?」
「いいえ、さすがにお屋敷にパイプオルガンはございませんが…まあ色々と……」

そう言って、彼女は笑った。
桜子とパイプオルガン。
すごく似合いそうだなと、宗次郎はそんなことを考えた。

「ですから、少しだけ練習すれば問題ないかと……。」
「よかった〜。けど、言ってみるもんだなぁ…。桜子さんって、こういうライブみたいな雰囲気ってのは苦手かなって勝手に思ってたからさ……。会長も喜ぶよきっと。」
「苦手…というほどではないですが得意でもありません。ただ、宗次郎様の同級生がお困りでしたら? 助けを求められ、わたくしにはそれをお断りする理由がないということです。」
「そー言うもんか。」
「そういうものでございます。」

思えば、昔から桜子というメイドは変わっていた。
変わっていたというか…時々意外な面を見せる。だからそのたびにビックリする。
楓の家に仕える使用人のひとりであり、宗次郎たちとさほど歳は違わないはずだが、土方家の使用人たちを束ねる立場にある。
他の使用人たちとは明らかに違う雰囲気を持ち、土方家の当主である楓の父にも信頼される。
しかし一方で、そんな立場にありながらこのように自らふらりと買い物に出てきたりもする。
行動も読めないばかりか、彼女の生い立ちや家族構成などにも謎な部分は多い。
ただひとり、宗次郎の実家である神野家にいる牡丹という使用人が桜子の双子の姉であるということだけはわかっているのだが、それ以外は宗次郎にとってはまったくの謎なのだ。
そんな彼女だから…ただ並んで歩いているだけで妙な空気になる。
まあもっとも、桜子がメイド服でこんなところをふらふらしている時点で、まわりの視線を痛いほどに感じるわけだが……。

「あ……。」
「ん? こんどはどした?」
「……寄って帰るところが出来ました。」
「はぁ?」
「なので、ここでお別れしましょう。」

突然、彼女は言って隣の宗次郎の顔を見上げた。

「寄ってくところ?」
「はい。」

宗次郎としては少し気になる。買い物がてら少し寄り道して帰るというイメージが桜子にはない。
…となると、突発的に寄って行く事が必要になった…ということになる。
そして突発的というと……。

「あー。心当たりがありますなぁ。」
「?」
「"風鈴堂"だね?」
「はい♪ 正解です。」

桜子は『よく出来ました』と、彼に向かってニッコリと微笑んだ。


■ つづく ■

こんにちものがたり その12 

May 31 [Sat], 2008, 20:00
「この場合、リオは絶対邪魔者じゃないかぁ…?」

もう何度目かになる、そんな言葉を彼女は口にして傍らを歩く背の高い先輩を見上げた。
その目はなんとなしに申し訳なさそうに見えなくもない。
あんな状態でリオを発見したセレナが、彼女を放っておくはずもないのだ。
結局理緒は、なし崩し的にセレナと楓の学校帰りの"デート"に参加することになってしまっていた。
3人であちこちのお店を回り、ゲームセンターで遊び、喫茶店で食事までしてしまった。
楽しくないはずがない。大好きな先輩たちと学校の帰りに遊ぶなんて、周りからすれば羨ましがられる理想の高校生。
しかし、さしもの彼女も一時も心休まらない。
いくらなんでもそこまで空気が読めない少女でもないのだ。理緒は。

「へーきへーき♪ あそこで会ったのが理緒ちゃんの運の尽きだなぁ、もぉ捕まえたらわたしは放さんよ?」
「むー……」

カランカランと笑うセレナの言葉に、やや納得いかないようにうめくような声を理緒は上げた。
上げてから、彼女の反対側を歩いているこれまた長身の先輩である楓を見上げた。
彼は彼でどこか楽しげに、通りすがりのあちこちの店に並ぶ品物を見ていた。
ややあってから自分を見上げる理緒の視線に気付いたか彼女のほうを見る。そしてにっこりと笑うと理緒の頭に手を載せて、その銀髪をわしゃわしゃと撫でた。

「わあっ?」

けれどバランスを崩すほどのものでもない。一瞬首をすぼめるような仕草をしたが、すぐに楓を上目で見上げた。
いつもの笑顔だ。
みんなに向けられる楓のやさしい笑顔。

「………………。」

普段、多少ぶっきらぼうで、ともすれば後輩からは『怖い先輩』と受け取られる楓だが、その笑顔はこんなにもやさしい。
何か理由があるのではないかとすら思えてしまうほどに、彼は自分自身の大部分を隠したまま毎日を生きている。
学校では決して見せない【土方 楓】の姿。
理緒はその存在を知っている。
しかし…彼女の知らない土方 楓もきっといる。
そして、理緒が知らない土方 楓を……。

「ん? どした?」

くりん…と首を反対に向けてもう一度セレナを見上げる。
少しだけ意外だったか、彼女は小首をかしげて理緒を見下ろした。
それをただ、ぼんやりと見上げる。

「………………。」

そうだ。
たぶん、この人は知っているのだ。
理緒が知っているのよりもずっと多くの土方 楓を……。
この綺麗な先輩は、学校ではちょっとした有名人。
こんな片田舎にいるものの、雑誌のモデルとしての顔を持つ。もちろん、世の女子高生の多くは彼女の姿を雑誌の紙面で目にしている。
そんな彼女だから、学校で目立たないはずもない。
楓はその恋人。別段隠すこともなく大衆の面前でふたりは仲むつまじく歩く。
その楓にしたってなかなかに目立つ外観だから、このカップルが目立たないはずがない。
だが意外にも楓についての多くを知る人は少ない。
この土地に暮らす人間なら大半の人々が知っている、ふたつある旧家のうちのひとつ、【土方家】の御曹司である。彼は。
町を見下ろす小高い丘にある広大な屋敷に住み、もうひとつの旧家【神野家】の長女である【神野 瀬麗奈】と付き合っている……。
しかし、陸上やフリークライミングで目立つ記録を残したということ以外に彼が注目されるということはない。
それだけに、いつしか【不思議な人】というイメージが植えつけられた。
本当は…彼はとても優しく、気さくで、誰とでも仲良くなれるような…そんな先輩なのに。
旧家の、しかも長男という立場が、彼に近づくことに少なからず障害となっている。
いや、実際はなっていない。現に理緒はこんなにも彼らの近くにいる。
しかし、大多数の人々は、その彼が纏う空気を残念ながら恐れているのかもしれない。

「まーったく、なんだべ理緒ちゃん。そんな猫みたく可愛らしい顔で見上げられたら、お姉さんドキドキだわ。」
「はひ!? わぷっ!」

突然、セレナが楓から奪い取るように理緒を抱き寄せた。
バランスを崩してセレナの胸に顔を押し付けるように倒れ掛かる。
しばらくじたばたしていたが、やがて体勢が整ってバランスが取れるようになると、あきらめたようにおとなしくなった。
それを苦笑しながら見ている楓。
部活動が一緒のこの3人。
こんな風に一緒に帰ることは珍しくない。
理緒にとってこの時間は学校生活の中で最も楽しい時間のひとつだ。
しかしそれでも一瞬、なにかふとした拍子で自分がひとりであることの寂しさを感じてしまうことがある。
それが厳密になにか…と尋ねられればきっと答えに窮してしまう。
なんだかよくはわからないが……とにかくそうなのだ。
だから尚更に、こんな時間を大切にしたい。

「………………。」

そんなことを考えた。
理緒は…考えてしまった。

ずっとずっと…この"今"が続けばいいのに……と。


■ つづく ■

こんにちものがたり その11 

May 26 [Mon], 2008, 22:02
てってってってってっ…ぼふっ!

「ぅわっ!?」

突然、背後から頭に手をのっけられて、恵は驚いたように声を上げた。そして振り返る。

「わ。朝霧さん……。」

振り返った彼は、更に驚いたように背後に立っていた女子生徒を…見上げた。
実は大抵の同級生は彼より背が高い。それは女子生徒に対しても同様で、更にここに現れたのは、その女子の中でも特に彼を見下ろすことに適した背丈を持っていた。
その差16cm。それだけあれば『見上げる』高さだ。
恵の頭に手を置いてニコニコしていたのは…神楽である。

「わー。今帰りなのん?」
「……そう。遅くなったの。アレのせいで。」
「アレ?」

振り返りつつ、彼女は笑った。
不思議そうに恵も神楽が見た先に目を向けた。

「ハイハイ、私のせいでございますよ。…ったく、少なくとも今日は会う人間全員に言う気だな。このやろう。」

神楽に少し遅れてやってきたのは遠子である。

「あろ、遠子ちゃん?」
「や。恵ちゃんも今帰りか〜。」
「うん。遠子ちゃんや朝霧さんは部活?」
「そそ。あたしがね、次の記録会で出場する種目を決めてたんだ。」
「……400メートルと800メートルしか残ってなかったのに…選ぶの遅すぎ……。」
「ぐっ……。」

神楽が笑い、遠子が悔しそうな顔をした。

「あーあ。残り物には吉があるって言うのに、どっちもめっちゃハードじゃんさ。ありゃ嘘ね。」
「遠子ちゃん。『残り物には福がある』だよ。」
「おろ? ……ハイ、今のところカットで。」

カランカランと笑い、両手の人差し指と中指をハサミのように動かす。
さしもの恵も苦笑した。

「……わたし5000メートルだけど…かわる?」

しかし、それすら完全に神楽は聞き流して遠子にたずねた。

「5000とか勘弁して。長いのはいや。」
「あー。朝霧さん、やっぱり長距離なんだね〜。」
「………………?」

心底嫌そうな遠子に続いて恵が言葉を切り出した。
神楽がそんな恵を不思議そうに見下ろして首をかしげた。
その視線で彼女の疑問を察したか、恵はニッコリと笑った。

「朝霧さん、去年の大会からずっと長距離だったものね。」
「……よく…知ってるね。」
「あはは〜。だって、見に行ったもの。あれ? ひょっとして気付いてなかった?」
「あ……。」

神楽も言葉に詰まる。
ここで気付いていなかったとは…さすがにはっきりとは言いたくない。
かといってはっきりとした嘘もつきたくない。

「恵ちゃんはいつも来てるじゃんさ。カグラぁ、恵ちゃんがいくら小さいからってそりゃあないさぁ。気付いてやれよ〜。」
「……むっ。小さいから気付かなかったんじゃ…ない。……あ。」

再び神楽が声を上げた。遠子がニヤリと笑う。

「恵ちゃん。大変だ。この女、恵ちゃんが前の大会も、その前の大会も来てた事、本当に気づいてないぞ。」
「あ…う……。」

バツが悪そうに声をあげ、何か言おうとしては言葉が続かない。

「あはは〜。毎回競技に集中してるんだから、仕方ないよ。それだけ一生懸命やってるってことじゃない。」
「!」
「わ、なんだべ。あたしが一生懸命じゃないみたいじゃんかや、はぁ?」

わしゃっ。

「あわ〜っ!?」

再び神楽の手が、恵の頭に乗っかり、わりとガッシャガッシャと乱暴に撫で付ける。
なんか風に揺れる木の葉のようにガックンガックン揺れる恵の頭。
頭ばかりか、体全体を揺さぶられよたよたと足を動かしてバランスをとる。

「………………。」

それをやや不思議そうな目で見ていた遠子だったが……。

「……ふーん?」

ややあって、彼女はニヤリと笑った。

■ つづく ■

【桜子】 

May 21 [Wed], 2008, 0:04
【桜子】
???歳 メイド
身長165p
黒髪・赤い瞳
楓の実家のお屋敷で働いている若いメイド。
年齢的には宗次郎たちと同じくらいだが年齢は不詳。宗次郎や楓が子供の頃からお屋敷でメイドとして従事している。
実は楽器が万能で、特にエレキと三味線の達人でもある。最近、エレキ三味線なるすごいものを入手したらしい。
無口ということは無いが、やや表情が乏しく、笑顔は見せるがそれ以外の表情を楓以外の人前で見せることは稀。
特定の趣味を持っていないのか、たまの休日もどこかに出かけることも無く縁側に座ってボケーっとしていることが多い。
牡丹という姉がいる。

【会長】 

May 21 [Wed], 2008, 0:02
【『会長』と呼ばれる女子生徒】
16歳 高校2年生
身長157cm
黒髪・黒目。
モダンフォークソングクラブのバンド、「coral」のヴォーカル・ベース担当。
快活な性格で、知り合いの幅が広い。鰆とは中学の頃からの親友。
よく「鳥は魚を食べるんだよ!」と言っては鰆をいじっている。(笑)
趣味は食べること。姐御肌。ダンスが上手い。
なぜか「かいちょー」と呼ばれる。

【理緒】 

May 20 [Tue], 2008, 23:57
【理緒】
15歳 高校1年生
身長148p
銀髪・赤い瞳
宗次郎になついているドイツ人の少女。
2年生の彼から見て後輩ということから1年生と思われる。
妙な日本語を駆使するが、完全外人の外見とは逆に日本語自体は大変達者である。
運動能力がずば抜けており、すさまじい移動能力を披露する。
どうやらパルクールという移動技術を使うことが出来るらしい。
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