2年経った今 

April 14 [Sat], 2012, 9:13
亡くなって2年
最後にブログを更新したのは亡くなる前日だった
プログを更新しようかなって思ったけど、それは私が乗り越えたことを示すみたいでできなかった
最後の更新が私にとってあまりに重い意味があって、それを上塗りするような記事はもう書けないと思った

だけど2年経った今、ようやく私は幸せだ確信できるようになった
仕事はきついけど、一歩前に前進したかなと思えるようになった。
だから今言葉に記そうと思う

ただ、今さっき2年前に更新した記事を読んだとき涙が止まらなくなった
やっぱり人ってそんな簡単に前進なんてできないのかも
不幸の数より幸せの数の方が上回っても、
やっぱり心の中にあの時の記憶は刻み込まれているんだよなって思う

それはさて置き、あれから2年いろんなことがあった
半年後に私は希望の職種に就職した
それまでの勉強生活はかなりきつかったけど、大切な友人が支えてくれて
本当に彼女たちの支えがなかったら今の私はなかったと思う
感謝しているって言っても言い尽くせないし、
言葉になんてならないほど感謝してる

就職後、私は少し遠くの町に引っ越した
知り合いはほとんどいなくて、同期も数人しかいなくて、職場のコミュニケーションもほとんどなくて正直楽しくなかった
働くってこんなものだといつも自分に言い聞かせていた

でも1年半経った今、いろんな環境に恵まれて、
仕事で海外にも行かせてもらえるようになった
希望さえすればたくさんのチャンスをつかめるようになった
上司は残念だけど、職場の同僚との関係性を築けたから、
ありのままの自分でいられる

そして、なによりも嬉しかったのは姉が結婚することになった
一緒に苦しみを分かち合った人だからこそ、
ずっと葛藤しているのを見てきたからこそ、
姉が幸せをつかんで、一歩前進してくれたことは本当に嬉しい

私は一生幸せになれないと思ってた
幸せなんて思ったら、次不幸になったときに立ち直るのに時間がかかる
だからそんな感情は信じたくないと思った

だけど今、それでもいいと思えるようになった
幸せだと思う今の気持ちを素直に喜びたいと思えるようになった
だからこそ、あの時から止まっていたブログを今更新しようと思う

今悲しみの淵にいる人もたくさんいると思う
無責任なことは言えないけど、きっと時が解決してくれることもある
今の状態が全てではないから、
今を受け止めて、耐えて耐えて耐えて、とにかく生きていってほしい
いつかもう一度生きることも悪くないなって思える日が来るかもしれないから

なんかとりとめのない文章になってしまいました。以上でーす!

リセット 

March 30 [Tue], 2010, 16:45
3月30日

すべてがリセットできたらいいのに…
私は現実を受け止められないでいる

もういない
生きているはずなのに、母の中に母がいない
負けてしまう
母じゃない母の言葉に、負けてしまう

日を追うごとに、恐ろしいくらいに、病状は悪化していく
気持ちはついてきてくれない

人間崩壊
家族崩壊

回りだした歯車はもう二度と止まることなく
日の当たる世界にはもう戻れない気がする
そんな錯覚に襲われる

涙も出なくなって
本当の自分を隠すのも上手くなって…

すべてがリセットできたらいい
ゲームみたいに全部消えてしまったらいい
もうたくさん
もうたくさんだよ。



3月31日

日記を書くのはこれが最後になるだろう

あと数日か数週間後に迫っている現実に、
受け止めなくちゃ受けない現実に、
私はどうすることもできないでいる


母が私のことをわからない
生きている母の身体の中に、もう母がいない
いつの間にか母は死んでしまったみたい。
最後に話した言葉はなんだったんだろう?


母はいつも私が福岡に戻るときに握手を求めてくれた

おじいちゃんが亡くなるときもそうだった
最後に会いに行ったとき、握手をしたその手をなかなか放せなかった
それはお互い別れが近いことを知っていたから

そして母は私に手を差し伸べながら
おじいちゃんもいつもこうしてたよねって笑って言った
祖父の影と自分の今の姿を重ねるように

でもそんな母は昨日は握手を求めることはなかった。
自分から握手をしにいったけど、
全然力が入っていない手を無理やり握った感じがした。

母はきょとんとしていた。
もう握手をするということを忘れてしまったのだろうか


こんなに苦しいなんて思わなかった
こんなに悲しいなんて思わなかった



3月上旬
免疫療法からの帰り道
一生忘れることはないだろう。

今にも死んじゃうんじゃないかって思うくらい
息使いも荒く
小さな身体を大きく大きく震わせて

母は一生懸命話してた
お母さんは幸せだよ
幸せだよって。

そんな母の手を握りながら
私は必死で必死で涙をこらえた

だって昔お母さんがどんなときも明るく笑っている私が好きだと言ってくれたから

怖かった。
怖くて怖くてたまんなかった。

目が虚ろになって、
一言一言をかみ締めるように話す母
私の手を繋いでいる母がどこか遠くの世界へ行ってしまいそうな気がして



大きな大きな無償の愛を捧げてくれた人
いつも一番の私の味方でいてくれた
いつもいつも私のそばで支えてくれた

私の人生は母そのものだった


一人で歩き出さなくちゃいけない
それがこんなに不安で心細いなんて思わなかったよ


ごめんね。
今はお母さんが好きな私じゃないよ。
今回はちょっと時間がかかる。
でも明日から頑張るから。
もう泣かないで、この現実を受け止めるから。

ここ三ヶ月の心境を文にしてみました 

November 23 [Mon], 2009, 23:19
気づいたら三ヶ月ブログ放置していました

なんとなく自分で自分のブログを読むのが嫌で
果たしてそれが現実逃避なのか、
前に進んでいたからなのかはわかんないけど

有り難いことにまだ読んでくれる人がいるみたいなので
最近の心境の変化(?)を報告したいと思います!

ちなみに私は元気です♥


余命三ヶ月かもしれないって聞いて、どん底まで落ちたあの日から
もう五ヶ月は経とうとしています。

私は勝手に悲劇のヒロインになってた。
周りの人に話して
答えなんて求めてなかったのに。
それは私が悲しみの淵で、恐怖に怯え
問題を客観視できてなかった証拠だと思う。


この数ヶ月は私にとっての新たな発見だった。

家族の存在が本当に愛しくて仕方ない。
実家にいるのがすごく楽しくて、離れるのが辛い。
神様からもらった貴重な時間を使っている
そんな気がする。

でも同時に、それは私をすごく不安にさせる。
幸せであればあるほど切なくなる。
そんな時間をいつかなくしてしまうんじゃないかって。


きっとここ数ヶ月の私は実家と福岡を行ったり来たりして
二つの想いを天秤にかけて、自分を保っているのかもしれない
つまり現実と現実逃避。家族と自分。

実家に戻ると120%くらい頑張ってしまう。
頑張ってるつもりはないんだけど、力になりたいって思って、
この時間を大切にしようって思って。

現実と向き合うのは、幸せと不安の表裏一体で、
いっぱいいっぱいになってしまう。

それに対して福岡は
自分のことだけを考えて努力すればいい場所。
周りの人に支えられて、ポジティブに自分を保てる場所。
充電できる場所。

今の私には両方が必要で、
目の前にある現実からいつも最善の策を考えてやってるつもり。

だけど後悔はしたくないから、
もう新たな一歩を踏み出すときが近づいています。

若干抽象的な文章だけど、これがここ三ヶ月の私の状況の報告です★

♥♬♪.♦。+☆♡☺.♦。+♬♥ ♥♬♪.♦。+☆♡☺.♦。+♬♥

人生って何が起こるかわかんない。
私だって明日死ぬかもしれないし。
やけん一日一日を大切に充実させたものにしたいし、
周りの人をもっともっと大切にしたい。
後悔なんてしたくない。
たった一度っきりの人生やもん。
失敗を恐れないで、もっともっとcreativeに生きていきたいな。

当たり前のことだよね。
でも生きるってなんだろうって私なりに悩んだ結果行き着いた信念。笑

私が世界で一番尊敬する人が、誰よりも強く、誰よりも前向きに、
一生懸命生きている姿を見て感じたこと。


少しずつ近づいてくるその時が現実のものとなったときに
私は後悔なんてしたくない。
今その人をみて、向き合って、一生分の親孝行をすること。
それが私の使命だと思う。
現実の私はほんっと勇気もなくて、現実から逃げてばっかで…
でもそんな自分を越えれるようにファイトです★

二十四時間テレビ 

August 29 [Sat], 2009, 23:39
最近おも〜いおも〜い記事ばかり更新しているからもう誰も読んでいないと思いますが…
このブログの目的である自分の意見を整理するために自己満ですが再び更新します。


今日二十四時間テレビ見て、ほんっと感動しました。もう最初から涙が止まんなくてやばかったです。

二十四時間テレビは昔から大好きで、中学の頃から街頭募金をした際にもらった募金箱でいつか持っていくぞっていう思いでお金を貯め始めた。
せっかくほとんど貯まったその募金箱も、今はもう埃かぶっているはず。二十四時間テレビの機会を待っているうちに、実家を出てしまったから。
そんなことをふと思い出した。

でも不思議。
昔は遠い国に想いを馳せ、街頭募金のためにお金を貯めていた私も、いつしか自分が集める立場に立っていた。
フィリピンもその延長線上にあって、
私の想いはずっと変わっていなかったのかもしれない。


私が二十四時間テレビが好きなのは、自分の知らない世界を覗けるから。
病気と戦っている人、障害を持っている人、そして自分の限界と戦うアスリート。
一生懸命生きている人の姿を見ると、生きる力をもらう。


気づいたら二ヶ月間ブログを更新していなかった。
二ヶ月間いろんなことがあった。
自分と向き合って、弱さを思い知る。
向き合うのが怖くなって逃げる。その隣合わせの日々だった。

問題を解決する方法はわかっているつもり。
もっとやりたいことを思いっきりしたり、
大切な人と過ごすことで孤独な一人の時間を埋めたり。。
少なくとも今まではずっとそうやって生きてきた。

でも今はそれに躊躇している。
それは自分の置かされた状況から逃げているような気がしてならないから。
他に夢中になれるものを見つけたら、楽にはなるし充実感も感じれると思うけど、
それをやっているうちに、今私が向き合わなければならない使命から目を背けてそうだから。

だからと言って核心に迫るのが怖くて、逃げてばかり。
そんな自分が情けなくて仕方ない。矛盾している。


楽しいはずの学生生活がモノクロのように感じることがある。
あ〜みんな幸せでいいなって。
私だけ遠くの世界にきてしまったような感覚。

順風満帆な人生をおくってきた人にはわかりえない、こんな感覚を抱いて生活している人は、きっと私の周りにもたくさんいたんだろうな。。
わかった気でいた自分が恥ずかしいし、すごく申し訳ない。

落ち込んでいたときにある人に電話をした。
その人は若くして突然親を失った。
一緒に泣きながら話を聞いてくれた。

当時そばにいた私はその人の辛さを全く受け止めることができなくて…
数年たった今初めて明かされる話だった。

彼と話して私ゎ救われた気がした。
それはたぶん苦しいのは自分だけじゃないって知ったからかもしれない。
自分より辛い境遇に立たされている人たちはたくさんいる。
私は時間があるし、なにより希望がある。それに感謝して前に進みたい。


人生において一番辛いことは最愛の人と生き別れることだと思う。
どんなに人生の崖っぷちだ〜なんて思っても、生きている限りはなんだって解決できる。
いなくなったら行動の起こしようがない。

その非情な運命は誰にでも訪れる。
人は神にどうしてこんな運命を与えるのですか?と尋ねてしまう。
そこに意味付けを与えようとする。
この困難は乗り越えるためにあるんだって。
もちろん私もそう信じているし、じゃないと生きていけるはずがない。

でも私はその運命自体には特に意味がないとも思う。
強いて言うなら、私は意味付けはその人自身が後世に残した影響によって成されるものかもしれないと思っている。
だから私はいつ死んでもいいって思えるくらい自分の人生を最大限に楽しみたいし、周りの人たちもいっぱいいっぱい愛していきたい。

たった一度きりの人生だもん。


帰国後始めた就活は、いろんな理由を付けながら本当は人と違う道を進むことを躊躇していたのかもしれない。
でもやっているうちに迷いがなくなった。
本当は自分がやりたいこと。その道がよりはっきりとなった。
無理して自分をつくって、自分の将来の新たなビジョンを描いて、選考に進んで一番苦しめていたのは自分自身だった。
現実は厳しいことはわかっているし、私は理想主義だと思う。
それでも私はやりたいことを応援してくれる親がいるから、感謝すると共に、貪欲に夢を叶えるために頑張りたい。


生きたくても生きれない人っていっぱいいる
生きているのに死んでいる人もいっぱいいる

人生なんて自分次第で今日からでも素晴らしいものに変わるのに。

夢が叶う土台にいるのに、なんとなく毎日を過ごすのはもったいないよ。

諦めた時点で試合は終了。
私は人生という試合、自分との戦いに絶対負けなくない。
そんなん生きたくても生きれなかった人たちにも申し訳ないよ。


とえらそーに書いときながら、ここ一週間私は堕落した生活をおくっちゃったから、明日からは(汗)気を引き締めて頑張りまっす!!
このブログはあくまでも考えの整理→頑張ろうとモチベを上げるのを目的なので、結果まとまってないけど私はやる気になったのでokとします(笑)

帰国後 

June 29 [Mon], 2009, 17:50
現在東京にいます!
今泊まっているホテルめっちゃ景色良くて最高
でも今日は履歴書ざんまいです…まじ前々からちゃんと準備しとけばよかった

帰国してずっとブログ更新してなかったから、久しぶりに少しだけ書きます。

帰国から私は怒涛の日々を過ごした。
こんなに感情が揺れ動くのは生まれて始めてかもしれないってくらい。。
すべてが変わった。いや、変わってしまっていたのを知った。

空気がなくなると人って息ができなくて死んでしまう。
空気のような存在がいなくなると胸が痛くて、生きているのが辛くなる。

理不尽なことだらけ
運命を恨んだって、それは誰にもどうすることもできないこと。
苦しくても苦しくても、どんなに辛くても、生きていかなくちゃいけないんだ。
乗り越えたら強くなれるとか、人間的に成長できるとか、
その先に待っている未来なんてどうだっていい。
ただ私は生きたい。
私が私の道を歩むのを期待してくれる人がいるから
どんなに強く生きたいと願っても、それが叶わない人だっているから。
私は二人分の人生を歩むってそう決めたんだ。


そう、どんなに願っても、どうにもできないことって人生いっぱいある
私はその存在のあまりの大きさに苦しんでいる
悔しくて悔しくて仕方ないけど、それはそんなに簡単に解決できるような問題じゃない
いつか心の傷が癒えるまで、そんな気持ちを抱えたまま生きていくんだと思う
いつの日か笑って振り返る日が来るのを夢見て。
自分に正直に、いつまでも正直に生きていきたい。


私は本当に友人に恵まれた
真夜中でも、予定を潰してでも、飛んできてくれた
みんなは私のスーパーマン★
私はアンパンマーンって泣きながら呼ぶ子どもだよ。
全然大人になんかなれてない。。
最高の友人に囲まれていたから、私はまだ立っている。
一生ものだと思える友人がいることは私の財産だよ^^


ところで東京は三回目なんだけど、なんかすごい不思議な感じがした
一回目は小学生の頃、二回目は高校の修学旅行。
東京ってすごい大都会で、遠い世界のような気がしてたけど
世界中を巡ってみると、東京もなんてことはない普通の都市だとわかった。
ただ日本が動いてるのがわかる、そんな場所。
そして期待と希望が渦を巻いて、闇の底に落ちていく異様な感覚。
日本人の6分の1が住んでいるのにも関わらず、無機質な寂しさを覚える。
でも私も若いうちは、ここで挑戦してみてもいいかもしれないって思えた。


私は守りたいものがあった
でも今それらが音を立ててガラガラと崩れ去っていった
若いのにいつしか保守的になってしまっていた
そんなことに気づかせてくれたから、今は辛くとも遠目で見れば良かったのかもしれない
鎧兜の中に見えてきた本来の私自身。
今ならなんでもやれそうな気がする!
また新たなスタートラインに立つ

What I see in the US 

April 25 [Sat], 2009, 12:25
さぁ帰国へのカウントダウンが始まっています。
はっきり言って10ページペーパーのdueがあさってで全然余裕ありませんが、たぶん最後になるであろう日記を書きます。

最近いろんなことがあり、留学中一番感情の起伏が激しかった。
私の人生の戦いはこれから幕を開けるんだと思います。

理由を問い詰めたってきりがない。
運命を受けとめる強さ、信じ抜く強さがほしい。


ところで、今Revolutionary Roadという映画を観てきました。
すっごい考えさせられる映画でした。(そこまでおすすめはしないけど)

今日の題『留学で見えたもの』についてちょっと書いていきたい。


私は佐世保市出身。
佐世保は米軍基地がある小さな港町。
街にはアメリカの兵隊さんがいっぱい。きっとみんな驚くだろう。
そこは反米意識がとても強い街。(詳細は書かないけど)
私はそこで米軍、アメリカに対する偏見の中で育った。

アメリカを選んだのはアメリカが嫌いだから。
アメリカの中心NYで勉強したかった。偏見を変えたかった。

ここにずっと滞在して勉強するうちに、アメリカに存在するからくりがカラカラと音を立てて、私の前に明らかになってきた。
この国は崩壊している。(これについて書くと長くなるから省略)
そしてここで生きる人々は苦しんでいる。

太平洋の向こう側、アメリカは私にとって想像をはるかに超えた世界が広がっていた。

でも人間は変わらなかった。
それは三回目のフィリピンで、抱いた感情にも似ていた。

フィリピンは私は大好きだ。
素晴らしい人たちに出会ったから。
私にとって、フィリピンで過ごした合計三ヶ月は毎日がとても輝いているように感じた。

でもわかってる。
それはtime periodの効果もあったはず。

アメリカに来て三ヶ月ほどは毎日が新鮮だった。
カルチャーショックだったのかもしれない。

言語の壁もある程度克服して、この生活が自分にとって当たり前になった今見えてきたものは、同じ「人」だった。

みんな同じように悩みを抱え
仲間を作って集まって支えあい
ときに文句言い合ったりしてぶつかり合い
そして誰かを愛する

それは日本やフィリピンで見たものと同じだった。
人間ってそんなに変わらない。

国や人種の違いは偏見をつくり、お互いの理解を妨げてしまう。
全く違う人類のように映ってしまう。
でも人ってそんなに変わらないよ。国や文化や時代を超えて。


私は日本を基盤にして生きていくことに決めた。
それは世界中どこで生きてもそんなに変わらないってわかったから。

そしたら一番私が表現できる場所、
私が一番生きていく価値があると信じる場所で生きて生きたい。

私が貢献できると思える場所は日本にあった。

この偏見だらけの日本の中で、私は誰かの役に立ちたい。
暮らしづらいであろう留学生含め外国人。
そして日本の中で差別を受けている人たち。

理に適っていないことだらけのこの世界で、どんなに批判を受けてもいい。
利益なんかどうだっていい。どんなに時間がかかったっていい。
私は生涯をかけて、善を貫き通せるような大人になりたい。

これが私の夢。

これから変わっていくかもしれない。それはそれでいい。
ただこれが私が大学生活突っ走りつづけて、やりたかったことをほとんど全てやりきった結果見えてきた道。

もちろん私の挑戦は今始まったばっかりで、常にcreativeに楽しみながら生きていきます^^もっともっと勉強しなきゃ〜


今日観た映画はどこにでもいそうな夫婦の話。
どこか満たされない日常に不満を感じ、パリに憧れ全てを捨てて居住しようとするけど、妊娠してしまったから実行できず、中絶しようとした結果亡くなってしまう話。

この映画はアメリカ社会と生きるとは何かを訴えていた(と思う)

人間ってそんなに強くない。
たくさんの人が当たり前の日常に満たされず、不安を抱え、生きることを模索している。

でも本当に大切なものは、私はすぐ近くにあると思う。
今生きている場所は自分次第でいくらでも輝いた場所になる。
家族、友達、恋人。愛情も表現すればするほど深くなる。

近くにある幸せに気づかない限り、いくら上を目指しても、結局は心は満たされることはないんだとも思う。
お金・地位。そんなの一時的な満足にすぎない。


最後にアメリカの家庭についてちょっと書いて終わりたい。

アメリカの家庭の70〜90パーセントは崩壊している。(この数値は友達が言ってたから正しいかわかりません)
まぁ私の友達で普通に両親がいる人ほとんど聞いたことがありません。

離婚はChoice
恋愛が冷めたら離婚が成立する。

アメリカ人の友達に日本の社会の話をすると、よく制限がいっぱいだと言われる。
私たちはコントロールされている、と。

でも私は結婚はある程度制限をされた方がいいんじゃないかと思ってしまう。
だって親が子どもに与える影響は計り知れないから。

ロマンティックラブは熱しやすく冷めやすい。(確か…BY 法社会学)
本当に結婚と恋愛を同一視して、恋愛が冷めるたびに離婚していたらきりがない。
5人親がいるとか言ってる友達もいた。

家庭・子どもを持つことは、社会的責任が発生すること。
離婚が日本ではタブーであるように(西洋との比較)、ある程度離婚と恋愛は切り離される必要があるんじゃないかなと思う。


個人主義・自己責任・選択の自由・資本主義を推し進めてきた結果、いろんなものが崩壊している。
それがアメリカ。

ここに留学して、いろんな人に出会って、一生懸命勉強して本当に世界観が変わったと思う。すっごいおもしろかった^^


ちなみに明日は大きなライブに行ってきます♪ 楽しみ〜
私のレポートが終わるのかは謎ですが、まぁ頑張ります!
残りの生活全力で楽しんで、乗り越えて帰国します★

寒い冬が過ぎて 

March 19 [Thu], 2009, 12:35
ようやくオネオンタにも春がやってきました♪
冬があまりに寒く長かったぶん、春の訪れがあまりに嬉しい今日この頃です。
外を歩くだけで元気になります〜!
昨日も外で乗馬をしたけど、すっごい気持ちよかった^^

最近は中間テストでしばらく死んでいました…
ちなみに明日提出の課題があるから今から徹夜や。。。
(でも異様にやる気が出ないで困ってます)

しばらく日記更新をしていなかったので、今日は最近のことでも書きます。

まず昨日はSt Patrick dayというアイルランドの伝統的な日で、みんなグリーンの洋服を着て、朝から晩まで飲み続けます。
私も今日テストがあったにも関わらずダウンタウンのバーに行ってきました♪
そしてグリーンのビールを飲んできました。味は…。笑


ところで今日は私が今勉強中のpoliticsの授業について書きます。

今セメに入って、日本・中国・韓国のpoliticsを取りました。
理由は日本を日本の外から勉強したかったから。それと、バイアスがない国から勉強したかったからです。

だけど現状はかなり厳しいものでした。
教科書4冊(+プリント教科書一冊以上)あって内容もかなり難しい。しかも歴史。
読んでいるともうなにもかも嫌になって途中で投げ出したくなったこと、過去に多々。笑

そして今週はテストがありました。
クラスメートは私と同じseniorばっかり。
授業中の発言にいつも圧倒されてたけど、テストでその実力の差を思い知らされ撃沈。。

テストでは4つの論文。
問題がありえないくらい難しかった。
日本で生きてきたのに、日本の問題すら解けず。。。

法学部と名乗っている自分がほんっとにばかみたいで、
自分のあまりの知識のなさに情けなくてたまりませんでした。
これで大学に行った意味があったのか、と切に思います。


授業でもアジアの教育について取り上げられたけど、それは暗記。
勉強しさえすれば、覚えさえすれば、いい成績が取れる。
大学では少しは考え方のトレーニングするけど、そんなのまだまだ。
って本当に思い知らされました。

アメリカでは暗記する必要はありません。
テストもmultiple choice or T/F そして論文。 
理解しているかと確かめるものであって、覚えるものではないのです。
授業もみんないつも自分の意見を積極的に述べています。それが当たり前。
小さい頃から自分で考えるというトレーニングを受けて育ってきているそうです。
私も小論文の特訓高校のときやったけど、そんなんレベルが違います。

私は四冊の本を必死になって読んだ。
でもテストでは何にも書けなかった。(書いたけど)笑
本に書いてあること全部繋げて整理して、自分の考えを述べなくちゃいけないから。
読んでいるのは当たり前。その先が問われるのです。
そしてそれができなかったら、勉強してないのと同じ。

彼らが政治学majorで一年のときからそんな訓練をしてきているのはわかるけど、
これほどアジアについて知識があるアメリカ人の学生たちを見ているとなんか恐ろしいです。
だって私たちはアジアに住んでいるのに、あまりにも近隣諸国で何が起こっているか知らなすぎるから。



(アメリカで習っている事実をそのまま書くと、またたぶん消されちゃうから曖昧に書きます。)

アメリカでpoliticsを習っていると、いかに自分がviasの中で生きてきたのかに気づきます。
最初のレポート課題。
日本社会のauthoritarianismについて書け。

私たちはある大きな力に操られて生きている。
それは教育、メディア、社会のあらゆる所に作用している。
一体日本人の中でどれだけの人が気づいているのだろうか?

それは日本だけじゃない。アジアどこの国も同じ。
そしてそれは外の世界を見えなくさせる。
そこから生まれる偏見、差別、対立。そんなのが世界には満ち溢れている。


アメリカで政治学を勉強していると、たまに日本人であることが嫌になる。
それはただ勉強する上で、困難になるから。
私には日本で育ったから、日本人の感性を持っている。
大学でもアジアの諸国について勉強した。日本で知識を得てしまった。

それは公平な冷静な、政治科学の観点から分析するのを阻害するのだ。

アメリカの社会学を勉強した時は、逆に良かったと思う。
critical thinking
アメリカの現状を当事者じゃないfreeが、批判的な観点から捉えることを可能にさせた。


今長い長い歴史の中に私たちは生きている。
今の時代に生まれた私たちは、自分が生きている時代意外を想像できない。

時代は変わっていく。
今力を持っている日本も、十年後、二十年後私たちは変わり果てた姿を見るだろう。
昔は日本は経済大国だったんだよ〜って言いながら。
中国人・韓国人を忌み嫌っている日本人だが、そんなことも言えなくなるだろう。

話がだんだんそれてきたけど、日本のあまりの国力のなさに危機感を感じます。
無知は怖い。
操られていることに気づかず、気づけば恐ろしい結果に辿りつくこともある。

本当に日本人はアメリカが同盟国だと思っているのだろうか。
アメリカに来て本当に実感した。
アメリカと日本の同盟関係は簡単に壊れてしまう。
だって誰も日本のことを知らない。アメリカの関心は日本にあるはずがない。

漠然とした信念に囚われて生きている日本人。
取り返しがつかなくなった後に、気づくのだろう。


あ〜めっちゃまとまらない文章だけど、
そろそろ本当に課題がやばいので、中途半端に終わります。笑
そしてまた気が向いたら書きます。

ちなみに来週はナイアガラまで週末行くことにしました♪
四月の最初はまたブレイクがあるから、今度は東海岸をぶら〜って旅行しようかな^^
とりあえず最近は留学に慣れてきて、自分のペースでまぁ楽しく過ごしていますって報告でした☆

きむの詩 

February 08 [Sun], 2009, 12:49
留学に持ってきた本が三冊ある
二つは友達からもらったきむの詩
そしてもう一つは流学日記

留学楽しいことばっかりじゃない。楽しいことも辛いことある。
辛くてどうしようもないとき、私はきむの詩を読む。
すごいベタだけど、本当に励まされる。
だから、今日は私が好きなきむの詩を書いてみる^^

今の私にしっくり来た詩。

うたがったらきりがない
信じたら、ひとつ
悲しくて、つらいけど
あなたは信じた
それは真実
心が素直な真実
信じた、あなたが
信じた、あなたの心が
これからの人生
大切なんだから


私のモットー

無理だとあきらめた瞬間に
人生の幅が決まる
ここまでという線をつくってしまうと
そこまでにしかならない

ちょっとずつでいいから
無理だと思うことに挑戦して
自分の幅を心の広さを
ちょっとずつ大きくしていこう
線を越えるたびに
自分を信じれるから



自分が幸せになることを考えるより
誰かを幸せにする方が
人生よっぽど楽しいよ
だってね
幸せを与えたら
幸せは帰ってくるんだから



動けるときは
動けるだけ動こう
動けなくなったら
これでもかという程
信じるだけ信じよう



success story を歩んできた人には、苦しんでいる人の苦しみがわからない
私は自分の人生をもう一度歩みたくはないけれど、歩んだことに本当に満足している

苦しいこと、悲しいこと
梅雨のように続いたからって
人生を嫌になるなよ夢を諦めるなよ

梅雨には梅雨の良い所があるように
大変やけど雨から逃げずに
雨に流されずに雨のすべてを受け止めて
自分の力にしようや
雨が降るから草木は育つのだから



あなたの涙、無駄にはならない
あなたの想い泡となっても
それはやがて雲になり雨となり
あなたの土をやわらかくし
どんな種も受け入れる
あなたのやさいい土となるでしょう
そして、あなたは
あなたの花を咲かせます



日常生活に問題だらけで、勉強しなくちゃいけないのに、まったく手につかなくなってしまっていた。
でも今日きむの詩をひたすら読み続けたらなんだか勇気が沸いてきた

目の前が真っ暗で、人生の終わりだと思ってしまうときがある
そんなときでもちょっと冷静になってみればなんってことないような気持ちになる

いきなりジャンプできることなんてなくて、目標を達成するためには必ず地道な努力が必要なんだ。
現実に向き合い続けることが必要なんだ。
できるかどうかはわからない。それでも自分のベストを尽くそう!
ベストを尽くしたら結果がどうであっても後悔はしないと思うから


いがみ合ったってそんなの苦しいだけ
理不尽なことは大嫌い
逃げるのも、プライドを守るものかんたん
それでも、明日は笑って話そう^^

Human Story 

January 31 [Sat], 2009, 13:15
ベルギーで出会ったおじいさんから聞いた話。

知り合いの韓国人の女の人が、ある男の人に恋に落ちた。

その男の人はあんまりいい人じゃないっておじいさん思ったけど、

恋に落ちてしまったら止められない。

彼女は国に帰った後も長い間彼のことを思い続けた。

でもね、彼はエイズになって死んでしまったんだって。

おじいさんは知っていた。

彼が悪いことしていたこと。

でも止められなかったんだって。

彼女は彼が亡くなってようやく気がついたんだ。


おじいさんは言った。

どうしようもないだろう?

でもこれが人間なんだ。Human Story なんだ。


自分の力ではどうにもできないことがある。

どんなに辛くても悲しくても耐えなければいけない現実だってある。

受け止めなくちゃいけない真実だってある。


そんな思いを心に秘めながら、ときに心の奥に閉じ込めて生きていく。

それが人間だと思う。


深い悲しみの闇は必ずしも意味があるものではない。

自分に与えられた試練で、それを乗り越えれば何倍も強く優しい人間になれるとか、そんなきれい事を私は言えない。

その先はわからない。でもそれこそがHumanStory だって思う。


何が言いたいのかわからない日記。
ちなみに別に病んでるわけじゃありません!(ここかなり重要)
今日涙そうそうを観てあまりに感動したので、
私の永遠のテーマである 「生きるとか何か」 について書いてみました。笑

日記をしばらく書いていませんでしたが、私は元気です^^
ヨーロッパでは本当にいろーんなことがあったので、おいおい書いていきます。maybe
来月はグランドキャニオンに行きます♬♪

最近は新学期が始まって、ようやく慣れてきたところです!
今セメは政治学・コミュニケーション・ファッション・乗馬などを履修しています☆
そして日本語も教えています^^
政治学の授業が毎週100ページ以上テキストを読まなければならない恐ろしいクラス。
アメリカに留学する以上勉強からゎやっぱり逃げられません。。。笑
でも内容はおもしろいから、一生懸命頑張ります!日本で全然勉強してなかったしね。



日記を久しぶりに書いたついでに、最近思うことをちょっと書き足したい。


アメリカに来てもう五ヶ月以上が経った。
同じ場所でも長くいることで見えてくるものが変わってくる。不思議なくらい。

最近はアメリカ人に対する偏見がなくなったって心から思う。
偏見は相手を知らないから生じるものなんだ。

授業中にアメリカ人の学生たちと普通に話せるようになった。
みんな結構気さくで良い人たちだとわかった^^

人は嫌な経験をしたときに、その全体を否定する傾向がある。

本当は理解していなかったんだ。


今日日本とアメリカについて一時間くらいレクチャーしたんだけど
(最近やりたい放題…)
学生たちは戦争の話をしたときに、申し訳ないって言ってた。


文化、言語が違ってもやっぱり人間ってそんなに変わらない。

いい人、また悪い人が日本にいるように、世界中どこでも同じ。


でも言語とか文化の壁はお互いの理解をすごく難しくする。
国の違いやその歴史の背景は偏見を作り上げてしまう。

人間をコントロールしてしまう。


アメリカ人が悪いわけじゃない。日本だって悪かった。
みんなコントロールされてたんだ。
でも私が一つだけ許せないのは戦争っていう手段なんだって答えた。

私にとってまだ答えが出ない問題なんだけど、
アメリカではYes No 自分のはっきりとした意見が必要なんだ。


日本の友達に言われた。
ゆみこは夢があっていいね。
そのとき彼女は私は現実を見ていないと言いたかったんだと思う。

この日記を読んだ人は容易に理解できるだろう。
私は社会から切り離された漠然とした環境の中で生きている。

現実を見ている人は私を否定するだろう。
それでもこの道を選んだ私は、自分を信じて進んでいこうって思う。
今できる自分のBESTを尽くそうって思う^^

社会科見学 

November 30 [Sun], 2008, 16:54
このサンクスギビングのブレイクを使って、ジョージアにいる友達の家に遊びに行った。
そして本当に彼からたくさんのことを学んだ。

彼は一緒にフィリピンに行った九大に留学していた交換留学生。
彼のアメリカで見せる顔、私が日本で見た顔は本当に違った。

留学とは、言語の壁とは、ときに自分のアイデンティティを変えざるを得ないものなのだと思い知った。
それは新しい自分の発見であり、しかしときに従来の自分との矛盾に苦しんでしまう。

とは言え、違う世界で生きる経験は、世界観を変え、人間性をより豊かにするのは間違いない。
日本の経験は彼の中で生きて、アメリカで見た彼は、日本とは違った姿で活き活きして見えた。
彼の人生の一つの財産になっているように思えた。

言葉が目的ではない。
どれだけ現実と向き合って、一生懸命生きたか。
将来自分の中に生きてくる答えはそこにあるのだと思う。


彼は私にたくさんのアメリカの社会現象を見せてくれた。

まず彼はpoor/middle/rich 階級の住む地区を案内してくれた。
poor階級の地域。私はその違いに衝撃を受けた。
子どもたちは私たちが部外者であるのを人目で察した。
家の大きさ、街の雰囲気、そして住んでいる人たち。。。明らかに違った。

アメリカは資本主義国であり、途上国である。
だからこそ、この国で起きている現実は日本の将来となって、現実的に私の心に圧し掛かってくる。

そして金持ちになればなるほど、街の中心部から離れた場所で暮らしている。
貧しい人たちは都市に取り残される。
都市は危険だからみんな住みたがらないのだ。

南部も北部も関係なく同じ状況がこの国中で起きている。


彼が行った小学校〜高校に訪れた。
そこには大きな駐車場があり、高校生は車を運転して登校していた。
(フィリピンでは12歳の女の子がバイク運転してたけど…)
日本の10分の1の値段で、試験を受けるだけで、免許が取れるアメリカ。
事故が多いのは当然。

日本のようにバス・電車・地下鉄等交通機関がほとんど整ってなく、
あらゆる施設が広がって点在しているアメリカ。
車がなかったらどこにも行けない。何もできない。

オーストラリアで見た光景と同じ。

広大な土地で生きるメリット、デメリット。そんなことをぼんやり考えてた。


ここで、ジョージア州の教育制度について書きたい。
ジョージア州では成績が良かったら、学費を払わずに大学に行ける。(ジョージア州内の大学だけだけど)

そのお金はどこから来ているのか?
宝くじの売り上げから来ているのだ。
ガソリンスタンドに行くと、どこでもこの宝くじを手に入れることができる。

政府が実施する宝くじ制度。
アメリカで3州だけが取り入れているそうだ。
たとえお金がなくても努力をすれば大学へ行ける。

しかしこの制度にも穴がある。(と批判されている)
宝くじを買うのは誰か?
お金持ちは買わない。なぜなら、お金があるから。
買うのは貧しい人たち。
貧しい人たちから吸い上げたお金が、子どもたちの教育に使われる。
このからくりの正体。

ちなみにアメリカは小学校から大学まで試験がなくて入学できる。
日本みたいに勉強するのに、異常なまでのプレッシャーはかけられない。

しかし学力は先進国の中でランクにも入らないほど低い。


何が良くて、何が悪いのか。

すべての問題に裏と表がある。

その問題に向き合えば向き合うほど、それが見えてくる。

果たして答えなどあるのか。


そんなことをひたすら考える旅となった。

ありがとう、ジョン。本当に彼に会って良かった。



thanksgivingで友達の家に滞在しているときに事件は起こった。
インドのムンバイでテロが発生した。無差別虐殺。
そこは友達の地元。

日本はいいね。
ムスリムなんていないし、テロの危険性もないから。

生きるか、死ぬかの境目で生きている人たちがこの世界中に溢れるほどいる。

私はどう応えていいのかわからなかった。


ちなみに領事館からメールが来ていた。(チェックしてなかったけど…)
このthanksgivingの期間の間にNYCで再びテロを起こすという声明が発表された、と。
その時私はそこにいた。警告された地下鉄に乗っていた。

世界の注意がNYCに向いたその時に事件はインドで起きた。


テロ。どこか遠い世界の物語のような気がしていた。
私は友達が横でショックを受けているその時まで。
自分に危険が降りかかるその時まで。

暴力。恐ろしい暴力。この世界は動かされている。

ここで学ぶこと。終わりなんてない。
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