【目次】トラウマ 

January 04 [Sun], 2009, 9:02

【目次】パズル 

December 25 [Thu], 2008, 18:19

■Vol.28■ 発育 

August 10 [Sun], 2008, 1:15
私の意志とは裏腹に、お腹の中の子は順調に育っていた。
食欲がなくなっていた私自身の体重は、5キロも減っていたのに。

中絶できるギリギリの大きさまで育った子の手術は、
日帰りでは難しく、入院が必要だということになった。

初期段階の手術とは異なり、
陣痛促進剤を使って人工的に陣痛を起こして「出産」
させるのだと言う。
尚且つ、手術後に「死産届」を出さなければならないということも
この時に初めて聞かされた。

そんな今までに自分に縁がなかった単語を聞きながら、
複雑な感情が自分の中で渦巻いていたのを今でも覚えている。


どちらにしろ、会社を休まなければ手術は受けられない。
悪阻もひどく、仕事もままならくなりつつあったし
さすがにそろそろ職場の誰かに相談しなければならない状況になっていた。

■Vol.27■ 再受診 

August 09 [Sat], 2008, 13:12
決断はしたものの、そこからも色々と大変だった。

手術してもらえる病院を探さなければいけない。
まずは自宅近くで再度産婦人科を受診する事になった。
今度の病院も小さかったが、
駅から近くて明るくきれいなところだった。

バイトだから、と当然のように付き添おうともしてくれない彼。
一人で病院まで向かった。
病院の場所を確認した後、何度も前をウロウロした後
ようやく勇気を出して病院に入る事が出来た。

お医者さんは肝っ玉母さん、という表現がぴったりくるような、
年配の女医さんだった。
妊娠が再確認された後、産めないことを呟く様に告げた。
その言葉を発する事に、かなりの罪悪感を覚えた。

「今度はちゃんと彼も連れてきなさいね」

女医さんはさらっとそう言った。
辛い思いをするのは女性の方なんだから、相手にもきちんと
分かってもらわないとね、と続けた。
そうしないと、また同じ事が起こるから・・・と。

その言葉に苦笑している自分がいた。
もうきっと、私と彼の間にそのようなことはないので大丈夫です、
と心の中で答えながら。

■Vol.26■ 後押し 

August 02 [Sat], 2008, 17:50
翌日、彼は首筋に複数のキスマークをつけてやって来た。
隠そうともしていなかった。

それは、かつて私が彼の元彼女に対してやり続けていた事だった。
実際に自分が見せ付けられる立場になるとは、
あの時は思いもしなかった。

そして。
目の前に他の女性の存在を突きつけられることが
ここまで辛いと、考えた事もなかった。

その首筋のキスマークには触れることはなく、
重苦しい空気の中話し合いが始まった。
私は、頑なに中絶を拒否した。

赤ちゃんを殺してしまったという罪悪感を、
一人で一生背負って生きていくのは辛いから。
それだったら一人で子供を育てる辛さの方がいい。
それが私の主張だった。

一人じゃないから。
お前が立ち直るまでは側にいるから。

・・・・・・そうやって彼は私をなだめた。

立ち直るまでにどれくらいかかるか、分からない。
1ヶ月かもしれないし、半年かもしれないし、一生かもしれない。
それでも側にいてくれるという彼。

「彼女はどうするの?」

思い切ってそう聞いた。
どう考えても、彼女がいる限り彼が私の側にいることなんて不可能な気がした。

「分かってもらう」

そう彼は言いきった。
それでも、分かってもらえなかったら?
と聞いた私に、彼は

「そんな女とは別れる」

と断言した。
その言葉が、私を後押しした。

■Vol.25■ 孤独と傷 

July 26 [Sat], 2008, 15:48
一人家に残された私は、不安や恐怖に襲われた。

入社したばかりの会社。
社会人になると同時にはじめた一人暮らし。
頼れるはずの彼は、もう彼氏ではなくなってしまった。

親に話したら反対されるだろうか。
自分の置かれた状況を、
誰に相談したらいいのかも分からなかった。

どうすることが自分にとって一番いいのか、もはや分からなくなっていた。

産みたい、と言い続けたのは、
大好きな彼の子だから・・・というよりも、
半分くらいは彼を困らせたいという気持ちが大きかったような気がする。
彼を取り戻す為の手段だと、無意識に思っていたのかもしれない。

たとえ産む事にして無理に彼を引き止め、
結婚出来る事になったとしても
今の彼の態度からその先の幸せな結婚生活を想像する事は難しかった。
苦労して、それでも不幸になって行く姿が目に見えるようだった。


そして、無情にも私には悠長に悩んでいられるほどの時間は残されていなかった。

子供が大きくなればなるほど、
身体への負担も大きくなっていく。

誰にも相談出来ぬまま、私は一人泣き続けた。

その時の私は色々なことを考える事に疲れきっていた。
中絶を選んでも、
産んでも、
彼を苦しめる存在になってしまう自分。
そんな自分に嫌気もさし、この日の夜、私は自分の左腕に包丁を付きたてた。

何度も何度も切りつけて、
左手首はうっすら血のにじむ傷だらけになった。
そんな自分の腕の傷を、客観的に見つめている自分がいた。

その後のことはよく覚えていない。
多分自分で彼に電話をしたのだと思う。
気付くと彼が怒りながら部屋に来て、私の左腕を見て泣いていた。

中絶しても産んでもあなたに迷惑を掛ける自分がいやだ、と
私も一緒に泣いた。

・・・もうこんなことするな。

その言葉を残して、言葉の優しさとは裏腹に
彼は約束している彼女の元へ帰っていった。

一人部屋に残された私は、
彼が不器用に巻いた左手首の包帯を見て、切なくて泣いた。

■Vol.24■ イライラ 

July 21 [Mon], 2008, 13:43
帰りの車の中では沈黙が続いた。

沈黙を破ったのは、私の
「どうしようか・・・」
という呟きだった。
その呟きに対する彼の返事はなかった。

モヤモヤと色々なことを考えていた私は、
「実家に帰って、一人で産んで育てようかな・・・」
と呟いた。
「迷惑は掛けないから」
とも。

その言葉に対して彼はイライラしながら
「意味わかんねぇよ」
「産める訳ないだろ」
「育てられる訳ないじゃん」
と後ろ向きな言葉ばかりを返してきた。

車の中の二人の空気は最悪だった。

そのまま議論は平行線のままだった。

「一人で産む、迷惑は掛けないって言っても
 お前に子供が産まれたって言ったら相手なんてすぐにばれる。
 それで陰であれこれ言われるのはごめんだ。
 迷惑なんだよ!」

「俺には彼女がいるし、お前と結婚は出来ない」

彼から発せられる言葉を、
聞いていることがとても辛かった。
それでも産みたいと主張する私と、
無理だ、の一点張りの彼。

話し合いはいつまで経っても平行線のままだった。

結局、この後彼女と会う約束があるから、
という捨て台詞を残して彼はイライラしながら帰っていった。

■Vol.23■ 診察室 

July 19 [Sat], 2008, 1:41
知り合いに会わないように、タウンページで調べて
少し離れた街の小さな産婦人科へ向かった。
古い建物の、個人名がついているような小さな病院だった。

車を停めに行く彼を見送って、
一人病院に足を踏み入れた。
今まで大きな総合病院の産婦人科しか受診したことがなかった私は、
その空間に妙な緊張感を覚えた。

あらかじめ電話をしていたので、その後はスムーズだった。
誰もいない待合室で、初診者の為の問診表を記入していると
彼も病院に到着した。
その顔は、心なしか緊張しているように見えた。

問診表を記入し終わるとすぐに、診察室へと呼ばれた。

彼を待合室に残して、私は診察室へと足を踏み入れた。
診察室も古くて歴史を感じた。
古びて音を立てるドアを閉めて、促されるままに丸椅子に腰を下ろした。

医者は50代後半くらいのおじいさんだった。
聞かれるままに生理周期と最後に生理が来た日付を答えた。
その後、何があったのかは覚えていない。
ここからの記憶は何故かひどく曖昧だ。
頭の中に霧がかかったように、あの日の病室の風景は薄暗い。

次の記憶は、産むのかどうするのかを尋ねられ答えられずにいると
初産だから出来れば産んだ方がよい、と言われたことだった。
そして、そのままお腹の中のエコーを見せられた。

「子供の姿を見れば考えが変わるかもしれない」

そう考えて、待合室の彼を呼び寄せて
二人でエコーの黒い画面に映し出された子供の姿を見たことは覚えている。
私が妊娠しているという現実を直視出来ないでいる間に、
子供は中絶することが出来るギリギリの大きさまで育っていた。

「もう少しすれば動きも確認出来るようになる」

そんなことを言われた。
しっかりと頭や手や足の形を見て取れたことが
今でもぼんやりと思い出せる。

とりあえず今後の事は二人で話し合います、と伝えて
私達は病院を後にした。

■Vol.22■ 陽性反応 

July 13 [Sun], 2008, 13:40
「このまま生理が来なかったら週末検査薬で調べようと思う」

と彼にメールをした。
・・・既に私は結果を知っていたのだけれど。

そしてその週末、彼が家に来る事になった。
彼ときちんと連絡が取れることが、
この頃の私にとっては大きな心の支えだった。

週末。
検査薬で調べる前に、

「もし出来ていたら、どうしよう?」

と彼に聞いてみた。

「どうしような・・・産むか?」

彼は調子よく答えた。
そんなことはないだろう、と思っているような。
とても軽いトーンの返事。
その答えに少しだけ救われながら、私はトイレへと向かった。

数日前にも見た、検査薬。
間違いだったかもしれないし、なんて思いも虚しく
陽性反応がくっきりと現れていた。

「・・・陽性、だって」

ここで彼の態度が一変した。

「嘘だろ!?」

陽性反応が出た検査薬を見せても尚、彼は嘘だと言い続けた。
結局、土曜日のその時間でも診てくれる産婦人科を探し、
二人で向かう事になった。
病院へ向かう車の中でも彼は、検査薬なんてあてにならないと話していた。

「産むか?」
は本気の発言ではなかったことが明確だった。

その頃には私もなんとなく覚悟のような物が出来ていた。
こういう時、やはり女性の方が強いんだなと他人事のように考えていた。

そして、この時私は
私と別れた直後に彼が制作会社を辞めて、
今はフリーターであることを初めて知る事となった。

■Vol.21■ 検査薬 

July 12 [Sat], 2008, 8:57
それからは、今まで程ではないものの
彼とメールをする日々が続いた。

「ちゃんと食べてるか?」
「寝られたか?」
「暑いけど仕事頑張れよ」

彼からの優しいメール。
まだ付き合っているのではないかと錯覚してしまう。

それでもまだ、私はほとんど食べられない日々が続いていた。
ランチに出るとお店の匂いに気持ち悪くなり、
一口二口しか食べていないのに、昼食後はトイレで吐き気に襲われていた。
頑なにストレスのせいにしてきたが、
その時点で既に生理が来なくなってから2ヶ月が経とうとしていた。

それまでは彼と別れて一人になったこともあり、
その可能性を否定して来たが、
彼とメールで繋がっているという安心感からか少しずつ
「もしかしたらストレスのせいではないのかもしれない・・・」
と冷静に現実を直視出来るようになってきていた。

彼も付いていてくれるし、きちんと調べてみよう。

そう思い、その日の営業中に妊娠検査薬を購入した。
すごくドキドキしたことを、今でもよく覚えている。

彼に振られ連絡も取れない状況だったら、
妊娠していたとしてもその事実を受け止められない。
調べようと思えば簡単だったのに、無意識のうちに
自分でその可能性を否定していたのかもしれない。

彼と連絡が取れて、呼べば来てくれる関係がある今なら・・・
と少し自分の気持ちに余裕が出てきていたのも事実だ。

そしてそのまま駅のトイレでその検査薬を使った。


結果が分かるまでの数分間。
今となっては何を思っていたのか、よく覚えていない。

覚えているのは、蒸し暑かったはずの駅のトイレの個室で
陽性反応が出た妊娠検査薬を片手に、
スッと血の気が引いていくのを感じたこと。
自分の周りの空気がいっきに温度を失ったような気がした。
P R
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