すごい・・・ 

2006年09月18日(月) 6時01分
なんで、このブログをまだ見てくれてる人がいるの・・・

ナンカ、ごめんなさい

たまにここも覗いてくれてる人がいるんだね。。。。


ありがとお

いつかまた書き始められたらいいな☆


消そうと思ってブログ開いたのに、訪問してくれてる人がいて
消すのやめることにしました。。。。。

ありがとお

私という友達の話。9ページ 

2006年02月04日(土) 5時44分
お互いに付き合えば付き合うほど
惚れていってたことだろう。

TのこともキチントK
俺からはなす」と言ってくれた。

でも、相変わらず、Tとは連絡がとれず
音信不通な日々が続いていた。。。


そんな風に時間は流れたある日いつもと同じように
Kと逢う約束をしていた私・・・

どんなに待ってもKがこない・・・
連絡もつかず、家に行ってもいない・・・
また、Tのときのように急にいなくなってしまうのか・・・


まさか、とは思うけれど、しかしTのときにおった経験は
私が考える以上、周囲が思う以上に・・・・・・
深い傷・・・トラウマになっていた・・・


Kのこと愛してきている・・・
恋をしてひかれあって・・・・そして愛にかわろうとしている・・・・

私という友達の話。8ページ 

2006年01月02日(月) 16時35分
Kと連絡が増え互いに
意識を、し始めていたのだとおもう。

ただ、Tのこともお互い意識をしていた。。。


Kにとっては、無二の大親友

私にとっては、最愛の彼



どちらにしても、少し残酷な響き



でも、恋が生まれた男女をとめるものなどない。

と、ゆみは思う。
だから、不倫があり、妻子あるもの同士が愛し合う。
だから、浮気があり、恋人同士がすれ違う。


悲しいことなのかもしれないけど、それは人間という
それこそ、得体の知れない動物が存在してしまうから

仕方のない、行動なのだ。


チョットくさいけど「そこ」がある。だからだろぉ。

ゆみ自信浮気や不倫についてこのように考えてるからか
それほど、憎むべき行為だとは思っていないかもしれない。

でも、もちろん、穏やかな気持ちで、「憎むべき行為ではない」と
言っているのではないが・・・・。


ゆみの考えはこれくらいにして、、、。

私とKを、男女をとめるものはなかった。

私という友達の話。7ページ 

2005年12月22日(木) 2時45分
第2章(仮)

Mr.Children  Tomorrow Never

とどまる事を知らない時間の中で
いくつもの移りゆく街並みを眺めていた
幼な過ぎて消えた帰らぬ夢の面影を
すれ違う少年に重ねたりして


無邪気に人を裏切れる程
何もかもを欲しがっていた

分かり合えた友の愛した女でさえも

償うことさえできずに今日も痛みを抱き
夢中で駆け抜けるけれども まだ明日は見えず
勝利も敗北もないまま孤独なレースは続いてく

人は悲しいくらい忘れてゆく生きもの
愛される喜びも 寂しい過去も

今より前に進む為には
争いを避けて通れない
そんな風にして世界は今日も回り続けている

果てしない闇の向こうに oh oh 手を伸ばそう
誰かの為に生きてみても oh oh
Tomorrow never knows
心のまま僕はゆくのさ 誰も知ることのない明日へ

優しさだけじゃ生きられない
別れを選んだ人もいる

再び僕らは出会うだろう
この長い旅路のどこかで


果てしない闇の向こうに oh oh 手を伸ばそう

癒える事ない痛みなら いっそ引き連れて

少しぐらい はみだしたっていいさ
oh oh 夢を描こう
誰かの為に生きてみたって oh oh
Tomorrow never knows
心のまま僕はゆくのさ 誰も知ることのない明日へ

私という友達の話。 

2005年12月22日(木) 2時30分
やっと、σ(・・*)アタシ お休みにはいりました。


続きを書くことに専念?wできます



結構進められないでいたから、もぉ覗いてくれている人も
いないかと思っていたら、アクセス数がいまだにある♪


それに、私はおどろきました。


ごめんなさいι(´Д`υ)放置してて・・・・。


たまたま、読む目的でなくきたかたもいたかと思いますが、
きっと、更新楽しみにしていてくれた人もいるかも


そー思ったら、続き書きたい

という、闘志がわいてきました



ありがとうございます(*゜▽゜)ノ

私という友達の話。6ページ。 

2005年11月30日(水) 12時10分
私は毎晩泣いていた・・・


笑っちゃうくらいないていた


自殺でもしたくなるくらい思いつめたり

見ていて痛々しい


何か音楽を聴けば癒された。。。

気持ちが沈んでいるものだから聴く曲もそれにあわせた曲ばかりで・・・


まぁ、こーゆーときは元気な曲聴くよりもいいはずだけど!



本当にな〜〜んの連絡も取れないまんま時間だけがすぎた。



彼となんの連絡も取れないまま・・・・・

私という友達の話。5ページ。 

2005年11月23日(水) 0時23分
私は最後の望みだと思い彼への手紙を書いた


本当は何を書いていいか分からなかった

帰ってきてよ・・・・

決してそんなことは書かない

なぜ?

それはもぉ決まってしまったことだったから


私には物事を左右させるような力はなく


もし、この「変えることのできない」ものに対して
何かしようとするならば


手紙の中で、精一杯笑顔でいることだった


もぉ、しばらく彼が戻って来れない。

そぉ・・・・

私は悟っていたのだった。

これは私、彼、そして私や彼を取り巻く周囲の人間へ与えられたものだと。


人間には自分にこなせないようなモノは決して与えられない
逃げない限りは・・・・

私という友達の話。4ページ。 

2005年11月17日(木) 0時32分

「もしもし・・・・。」
女性の声だった。彼の母親だったのだ。

「夜分にすみません。学校の友人の○○と申します・・・」
あたりまえのような出だしだった。

もちろんドラマみたいに
「何で連れてったの?何で連絡とれないんですか???」って
質問攻めのようなことは現実にはしなかったようだ。

やっても良かったのかもしれないけど・・・それは

自分を悲しみのなかに浸らせて、演じること。


その時私は冷静動揺の中で保たせないといけなかった。


そうしていないと、自分が崩れてしまいそうになったからだろう。


話の内容は分からないけどでもある程度のやり取り

「なぜ?」

「逢えないの?」

きっと、これくらいの気になる部分は話しにだしたと思う。

母親の返答は予想もしてなかった・・・?

いや、予想通りかもしれない。。。

あれ?最初からなにか期待や予想ってしていなかったかな?・・・・


私という友達の話。3ページ。 

2005年11月13日(日) 2時44分
そのあと私がどんな行動をとったか自分自身覚えていないが
彼の友達から話を聞いた、断片的な記憶はある

親が連れて帰ってしまったのだった・・・
 
父「学校もまともにいかずに、
悪い連中とつるんで遊んでばっかでそんなんなら、こっちにこい・・・・・」


実際、父と息子の間でのやり取りは
どこまでのものだったかはわからないけど・・・


はむかうスキも逃げる余地もなかったことは、後から知りました。

もともと父親が海外で仕事をしていて小学校高学年までは
アメリカと日本を家族で言ったり来たりしていた様な家庭だった。

悲しかったと思う
呆然としたと思う

言葉が思いつかない。。。

ただ、現実だと言う認識はあった・・・・・


そして・・・

私という友達の話。について 

2005年11月12日(土) 1時53分
先に書いておけばよかったですね

ブログを見てくださっている方々にイロイロなコト考えさせて
疑問にさせてしまいましたm(_ _;m)三(m;_ _)m

このお話は、ゆみのコトとはとらえずに

という友達の話です

ゆみが私(=友達)の立場に立って書いている・・・・
そんな感じです

だから続きを気にしてくれたり読んでいてくれている皆様
このお話を色んな観点から見ていただければよいかと思います

つまり、「ゆみの話だ」という
固定観念だけにはとらわれず
見ていただけると、嬉しいなぁ〜なんて・・・・
勝手に書いておいて勝手に思ってます。本当勝手ですみません

イロイロな観点から見ていただければ〜と言いましたのも
もちろん、「ゆみ自身に起こったコトだったとしたら」と考えながら読むのもありっちゃ〜ありw

ややこしいけど、ややこしいことはないんですよ

簡単に言えば
まぁ、、、、ただただ読む。

みたいな

少し種明かしをすれば・・・・・・

誰かの実話をモトには、かいています

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