おめでとう! 

March 23 [Sun], 2008, 23:59
今日は親友の誕生日だ。

親友は物欲のない子で、ネックレスや指輪やカバンなどという女なら誕生日プレゼントに欲しいと思うものを一切欲しがらない。

婚約指輪ですら欲しがらない子だった。

生涯でただ一つだけ身に付けるアクセサリー。

親友の左の薬指に光る結婚指輪だけだ。

そんな親友をすごく愛している旦那。

自分の贈った指輪が愛してやまない女が初めて身に付ける指輪だなんて、今時そんな女、探したってどこにもいない。

旦那が誰かに取られないか心配するのが、よくわかるぐらい素敵な親友だ。

今年もきっと歌のプレゼントをせがんで、旦那はネックレスかなんかをプレゼントしたがって揉めたりしてる誕生日なんだろうな。

親友は先日もライブハウスで歌っていて、ある大手レコーダー会社からデビューの話がきたぐらい凄い歌を歌うのだか、親友は笑ってこう言う。

『あきらの歌が世界で一番優しい、聴いていると幸せな気分になれる』

すごく嬉しそうにこう話す親友を見ていて、ここまで1人の男を愛せるって凄いな、とうらやましい。

親友は初恋が旦那だった。
旦那のどこが良かったのかずっとわからなかった。

旦那のどんくさいところをとりあげて、こんな人でも生きてていいんだ、と心が軽くなったんじゃない?とか言う人がいたけど、そんなんではなかった。

親友は知らないうちに好きになってた。あきらのことばかり考えてた。
電話がなると、あきらかな?とドキドキした。
気が付いた時は好きになってた。そう笑っていた。

辛い過去をたくさん抱えている親友。

それを何もかもわかって受け止めてくれる旦那。

今日は旦那に抱かれて、何の歌を歌ってもらってるかな。

誕生日おめでとう!

親友との再会 

March 20 [Thu], 2008, 11:25
先日久しぶりに親友に会った。

大学の同期のクラリネット奏者が所属する楽団の演奏会があり、それをみんなで聴きに行った。

演奏会、終了後。みんなで食事をした。

たまたま仕事先の都合で休日だった親友の旦那も合流して楽しい食事会だった。

相変わらずのラブラブぶりを見て、見てる私達まで幸せな気持ちになった。

親友は旦那といる時は本当に幸せそうに笑う。

私達には見せたことのない笑顔だ。

私達仲間のことや、親友の友達でもあり旦那の仕事の相方を少しばかり知っている人がよく言うことがある。

親友を支えたのは、旦那だけではないと簡単に言う。

旦那を褒めると、相方も同じようにすごいだとか言う。相方の方がいい男だと言わんばかりの褒め方をするときもある。
旦那はその相方が支えているから生きていけるんだなんてことまで言う。

私達や親友を取り巻くいろんなことの何をわかってそんな簡単に言うのか不思議だ。

旦那の何を知ってそんな簡単に言うのか不思議だ。

確かに私達化学科の仲間を親友は最高の仲間だと言ってくれる。

旦那の相方も確かにいい男には違いない。
しかし、相方が会社から解雇されずに仕事が出来るのは、相方が寝坊して遅刻してドタキャンになった、やれない仕事を勝手に引き受けてドタキャンした。そういうこと全てを旦那は仕事先に時には土下座して謝まり。ドタキャンするわけにはいけないので、代わりに旦那が仕事に向かい1人で仕事をしてくる。旦那は決してスマートな男ではない。どちらかと言えばドンくさい男だ。
だが、仕事にかける情熱は凄いものがある。相方はあることで、成功をした。それもその旦那のおかげだ。それで得た大金を旦那に半分渡すことを考えているから相方はすごいと言うが、当たり前だろう。旦那のおかげで得た大金なのだから。受け取らない旦那のほうが数百倍男らしいと思う。
旦那はすごい男だと私も大学の仲間も思っている。

特に仲間の中で一番親友のことを思い、親友を大好きだったリーダー的な男が、旦那に負けたのなら仕方がない。
あの人には俺らは絶対にかなわんよ。それぐらいすごい男だと言い切る。

そして、親友が心の鎧を脱いでありのままでいられるのは旦那といる時だけだろう。

私達にもその相方にも教えなかった、色がわからないという事実。それを知っていたのは旦那だけ。

親友は旦那にしか本当のことが言えないんだと思う。

親友はある睡眠障害の病気だ。

その事は付き合いだすまで、旦那にさえ言わなかった。

親友は「言わなかった理由は、嫌われるのが怖いとかじゃないんだよ。
そんなことで気持ちが変わる人ではないと私は思っているからね。
私が言わなかったのは、病気と聞けば心配するに決まってるでしょ。
好きな人に余計な心配を掛けさせたくなかっただけ。好きな人に心配事が増えるのは嫌だよ」と笑っていた。

持病を話したら相手の態度が変わった、振られた。なんて人は、うわべだけでしか付き合っていなかった相手に気がつかなかっただけ。要するに自分に見る目がなかっただけのことだ。

本当に好きな人なら相手の何もかもを受け入れられるのだと、親友夫婦を見ていて思う。

親友の旦那はやきもち妬きだ。

親友の携帯電話を没収し、パソコンの履歴を確かめる。

でも親友は何一つ気にしていない。

私の携帯電話を自分が持つことで気が済むなら持てばいいし。

パソコンの履歴を調べることで気が済むならパソコンの隅々まで調べたらいいんだよ。と笑っていた。

そんな親友に旦那に内緒で新しい携帯電話の契約を勧めたり。もうひとつプロバイダー契約することを勧めたりした人がいたらしい。
私を思って言ってくれたのだと思うけど、私はあきらに内緒のことはしたくないんだ。

携帯電話を内緒で隠して持ったり、あきらが知らないプロバイダー契約なんてしないよ。ネットをやらないで欲しいとあきらに言われたらいつだってやめられるしね。と笑っていた。

安易にそんなこと言って、旦那に隠しごとを勧めたんは誰なん?と聞いても、大事な友達だからって笑ってる親友。

誰かわからないけど、腹がたった。

人一倍ヤキモチ妬きの旦那なのに、隠れて携帯電話持たせて、ばれたらどうなるのか考えなくてもわかりそうなことだ。

親友夫婦を揉めさせたいのか!

喧嘩させたいのか!

笑って誰だか教えてくれないから検討もつかないけどさ。

親友は旦那の気持ちを大事にする子だから、そんな提案自体、滑稽だな。

その旦那のことで悲しいことがあったらしい。

結婚するときにいろんな人からお祝いをいただいたから、一人一人にあきらがちゃんとお礼を言ってくれたんだけどね。言いたくもないお礼を嫌々言ってきたよ!と笑い者にした人がいたんだ。他の人にもそう言ってはあきらを笑い者にしてるらしい。悲しかったよ。と言っていた。

誰なん?そいつ?と聞いても、大事な友達なんだ、ただあきらが嫌いなのかな?あきらもそれが伝わるのか最近はその人の話題すら出さなくなったしね。と悲しそうだった。

旦那はかなりのヤキモチ妬きだけど、賢いし礼儀だってある。素直にお祝いの言葉を述べただけなのに、笑い者にするなんて、自分に妬いてるとでも勘違いしてるんだろうか。
自意識過剰である。

旦那は遠くに泊まりで仕事の時は親友を連れて行くが、九州だけは言わないらしい。
もしかして、私も時々話すメッセ友のけんさんがいるから?と聞いてみたら、まったく違っていた。
姫の親父さんぐらいの歳の人やん、いくらなんでも妬くわけないやん。と平然と笑っていた。

じゃあなんで?と聞いたら、九州の仕事って空港から車で移動する距離が長いから疲れてしまわないか心配なんだよ。と笑っていた旦那。
熊本のくにちゃんには妬いてるみたい!だよね?と親友が旦那に言って笑っていた。幸せそうな二人だった。

先日また親友と二人で会ってランチに行った。

東京で私に似合うハイヒールを見つけたと、わざわざ東京から連絡をくれた。

そして、なんとそのハイヒールをプレゼントしてくれた。

嬉しかった。

私は親友の優しさや賢さや綺麗さに嫉妬して、意地悪したこともたくさんある。
なのに親友はいつも私のことを大事に思ってくれる。
私は心が狭いのか、ひねくれているのか、自分が嫌いになる。

親友にそのことを話したら、私も自分の中で嫌いなところはたくさんあるよ。

ただ、あきらを愛してる自分はすごく好きだよ。と幸せそうな笑顔で笑っていた。

まるで女神さまみたいに見えた。

そんな人が大事な親友だと私のことを言ってくれる。
幸せなことだ。

ありがとうね。

ハイヒールも嬉しかったよ。

大切に履かせてもらうね。

また会おうね!

素敵な旦那と仲良くね!

親友の目 

February 08 [Fri], 2008, 15:54
親友は13歳の時、自殺未遂を起こした。

母親から勉強を強いられ、遊ぶことも全てあきらめて勉強して来た13年間。

そして壮絶ないじめに遭い、いじめを告げたときの母親の冷たい言葉に絶望して死を選んだ。

かろうじて助かった親友の目からは色彩が失われていた。

心因性ショックからくる視神経の異常らしい。

私も含めて親友の周りにいた大学の仲間は誰ひとりそのことに気が付かなかった。

親友も話してはくれなかった。

知っていたのは、親友の旦那だけ。

私達が知ったのはつい最近、親友がブログにそのことを書いてくれたから初めて知ったというわけだ。

今日の更新で、ある程度の色は取り戻したが、いろんな色の違いがわからないと書いていた。

そんな目でする化学の実験は泣きたくなるぐらいに苦労したと書いていた。

親友がその目に色を取り戻したのは22歳の時。大学院の入学が決まった頃だという。

大学生活の4年間、親友はモノクロしか見えない目で誰よりも多くの実験をやってのけた。

そして研究を続けたくて大学院へ進んだ。

尋常ではない強さだと思う。

化学の実験の反応は色でわかるものが殆どだ。

その色がわからない。そんな目で、しかも誰にも頼らずにもくもくと実験をしていた親友。

どんなに辛かっただろう。ブログに書いているように泣きたかっただろう。

でも泣き言は言わなかった親友。

教員になることが目標であるなら、色が識別出来ないという大きなハンディを抱えては不利な化学科を選ばなくてもいいだろう。

理系が好きなら、物理科も生物科も地学科もある。

なのにあえて化学科を受験した親友。

色が識別出来ないのになんで化学科を選んだん?と最近だが聞いてみたことがある。

親友は「化学の実験がしてみたかったからだよ、色がわからないというハンディがあってもしてみたかったからだよ。」と笑っていた。

そして、「本当にやりたいものというのはハンディがあるなしに関わらずあきらめきれないんだよ」と笑っていた。

その話を聞いた時に、親友が予備校で教えていたある女の子のことを思い出した。

その女の子は高1から親友の勤める予備校に来ていたが不幸なことに、高1の夏休みに交通事故に遭い下半身麻痺となってしまった。

一生車椅子生活になるということで一時は絶望していたらしいが、どうしても大学に進学したいと言い出して、また予備校に戻ってきたらしい。

親友はとても親身にその子を教えていた。そして、その子の受け入れ先の大学探しを始めていた。

車椅子で通えるように階段脇にスロープを作ってもらえること。

車椅子でも入れる広いトイレを作ってもらえること。

そして、介助犬に理解があること。

など、いろんな項目を書き出しては受け入れてくれそうな大学を探していた。

国立大学では予算的に無理だろうとなって、関西にあるかなり名の知れた私立大学に焦点を絞った親友。

嘆願書を何度も送り、時間が許す限りその大学へ足を運んで頼んでいた親友。

だが。なかなか身体障害者への門の扉は開かなかった。

それでもあきらめなかった親友。

そこまでする必要ないやん。とみかねて言ってみた。

親友は、「車椅子だと言うだけで、介助が必要だと言うだけで、学びたいという生徒にあきらめなさいと言えるわけがない。車椅子だろうと、介助が必要だろうと、例えば寝たきりだろうと、学びたいと思う生徒には健常者と同じように学ぶ機会が与えられて当然なんだよ。」と言った。

親友はその大学の門をたたき続けた。

関西までの交通費は実費だ。電話代だって実費だ。

その子の親が出してくれるわけではなかった。

親友はその子の学びたいと願うその思いに答える為に大学の門をたたき続けた。

そして、その子を教え続けた。

その大学の門は4年後に開いた。

その子が高校を卒業して2年が過ぎていた。

親友のおかげでその大学は介助犬を伴う学生の入学を認めたのに、親友は泣いていた。

嬉しくてじゃない。その子が高校を卒業するまでに間に合わなかったという自分の無力さが悔しいと泣いていた。

2年も浪人させてしまった。あの子の実力なら現役合格できたのに受け入れてくれる大学の門が開かなかったと悔しそうに泣いていた。
同級生の子と同じ年に受験出来なかったその子は悲しかったに違いない。その子はただ車椅子に乗っている、介助犬と一緒だと言う事以外は他の子と同じ学びたいと思っている一人の高校生だったのに。と悔し涙を流していた。

かける言葉がなかったので、でもさ、2年遅れでも大学の門が開いたから花丸やん!と慰めたら。

親友は、「そうやね。夢ちゃんも応援してくれててありがとうね」と少しだけ笑ってくれた。

私は正直言うと心の中で、金にもならないのに馬鹿じゃねぇ?とずっと思っていたので、ありがとうなんて言われることはないんだけどね、と後ろめたかった。

親友やその女の子を見ていて思うのは、本当にやりたいことというのはハンディがあってもあきらめきれるものではないという事だ。

よく、○○したかったんだけど、お金がなくて・・・

○○したかったんだけど、身体が弱くて・・・

こういうことを聞くことがあるが。

本当にやりたかったのなら、親友のように夜中まで働いて金を稼いで大学に行ったように、金を自分で稼いで乗り越えただろう。

色の識別がかなり重要である化学の実験を、親友が実験がしたいというその思いで乗り越えたように、なんとしてでも乗り越えただろう。

あきらめることが悪いことだとは言わないが、そういう人がいう○○がしたかったけど・・・という、したかったは、あきらめきれるぐらいにしか望んでいなかったのだと思う。

親友が門をたたき続けて、親友のあきらめない努力で入学が許可された女の子は今も介助犬と一緒に大学生活を楽しんでいるそうだ。

体調が悪いときは休み休みなので、4年間では卒業出来ないかもしれないけれど、必ず卒業して今度は就職しますと親友によく話しているそうだ。

本当に学びたい人というのはこういう人達のことを言うんだなとつくづく思う。

人はちょっとしたことを理由にして出来なかったことの言い訳をする。

親友を見てるとそういうことがほとんどない。

親友は色が見えない目で普通の人の何倍もの実験を成功させた。

それは私が想像が出来ないぐらいの苦労だったと思う。

でも親友は1回も辛いとも、助けてくれとも言わなかった。

普通に考えたら一緒に研究していたH君や後輩を助手に使えばいいと思った。

反応の色を見てくれと言えばいいことだ。

でも親友は言わなかった。

理由を聞いてみた。

親友は笑って「教授でもないのに、実験に助手? そんな偉そうなこと出来るわけがないやん。それに自分なりの反応の見分け方を苦労した中なら見つけたから大丈夫だったよ。」と言っていた。

親友はいつも謙虚だ。

大学中が注目するような存在だったのに、威張ることなく謙虚であり続けた。

ねぇ。旦那にたくさん愛されて心の傷がもっと良くなってさ。

あんたの目にもっとたくさんの色を取り戻せる日が来るといいね。

あんたがいつも見せてくれる頑張りは私達仲間の励みだよ。

ありがとね。






親友の魅力 

February 03 [Sun], 2008, 22:05
親友は優しくて賢くて綺麗で可愛い。そこは大変魅力的だ。

でも私が親友といて一番魅力を感じることは他にある。

ひとつは押し付けがまったくないというところだ。

人は自分が得意なこと、自分が楽しいと思うこと、自分の好きなこと、そういうものを知らないうちに他人に押し付けている気がする。

親友にはそれがまったくないし、かといって、親友が出来ることで私達仲間が出来ない・知らないからと言ってひけらかしたり自慢したりもない。

聞けば丁寧に教えてくれる。

でも絶対に押し付けたりしない。

親友はミュージカルが好きな子で、特に劇団四季のミュージカルが好きで名古屋・大阪・京都あたりである公演はかならず観に行っている。

でも、誘われたことは1度もない。

面白い?と聞くと、「面白いよ、感動するよ」と答える。

あるとき、行ってみたくなったので、私も行こうかな?と言うと、親友は私の分のチケットも手配してくれた。

しかし、台詞が歌だったし、踊りながらの台詞がわからなくて途中で寝てしまった。

なにかの本に、「ミュージカルを楽しまずして、舞台芸術は語れない」と書いてあったのを思い出して。

親友にミュージカルもわからないんだから、私には舞台の話をすることは出来ないよね。と話したら。

笑って、「誰が言ったか知らないけれど。ミュージカルが嫌いという人は多いよ。ミュージカルが楽しめなくても、演劇なら楽しいという人もいるだろうし。バレエが好きという人もいるだろうし。お笑いの舞台が好きという人もいるだろうし。自分が楽しいと思うものを観ればいいんじゃない?舞台は好きじゃない、映画が好きという人もいるだろうしね。ミュージカルを楽しめないから芸術を語るな。なんて発想が私にはわからないけどね。」と言ってくれた。

高いチケットを取ってくれたのに寝てしまった私は少し後ろめたさもあったので、その言葉がうれしかった。

親友はデビューしませんか?と言われるぐらいのすごい歌を歌う。

私は、ザ・ブルーハーツというバンドが好きでよく聴いている。

ザ・ブルーハーツのボーカルはがなって歌い、派手パフォーマンスで有名だ。

親友のように腹の底から声を出し、祈るように歌う歌い方とは天と地ほどの違いがあるが、私は好きでよく聴いている。

親友はそういうことも否定しない。この人の曲を聴くといいよ、とかこの曲の方がいい歌だよとか、ザ・ブルーハーツとは全然方向性が違う曲を押し売りしない。

「夢ちゃんがまた聴きたいと思うバンドなんだからきっと素敵なバンドなんだね。私も聴いてみようかな。」と笑って、本当にCDを買いに行った親友。

そして、いくつかの曲を褒めてくれた。「詩がとてもいいよね。曲もいいよね。今度歌ってみてもいいかな。」とも言ってくれた。

実際に歌ってくれたときは、ザ・ブルーハーツの「リンダ・リンダ」よりもずっと良かった。

でも、親友は「私の歌い方より、あのボーカルの人が歌った方が似合ってるよね」と笑ってくれた。

私はすごくそれがうれしかった。

よく歌を歌うことが好きな人とか楽器をやってる人に夢ちゃんもやってみれば?とごり押しされるのが私は嫌いだ。しかもそうやってごり押しする人はいかにも自分が人より音楽をわかってるみたいな感じで話すから嫌いだ。親友にそのことを話してみた。

「私は歌を歌うのが好きだけど、音楽って歌を歌う人、楽器を演奏する人だけが音楽をわかってるということでは決してないよね。聴くだけで楽しんでる人だってたくさんいると思う。そういう人のことを音楽がわからないなんていうのは、少し歌が歌える、少し楽器が出来る人の驕りでしかないよね。どんなことだって人それぞれの楽しみ方で楽しめばいいんだよ。歌が歌えるから、楽器が出来るから音楽が人よりわかってるなんていう事の方がおこがましいことだよね」と笑って言ってくれた。

言う通りだと思ってうれしかった。

私は聴くのは好きだけど、歌も歌わないし、楽器もやりたいと思わないからうれしかった。

もうひとつの魅力はあまりこだわらない生き方。そして、仕方がないことは受け入れるというそういう生き方をしているところにすごい魅力を感じる。

親友は予備校講師をしていた。

わざわざ予備校に行ってまで大学・・・とよく言われたそうだ。

親友は笑って話したくれた。

「そんなことは言われなくたって解ってるのにね、でも、世間はそんなに甘くない、受験だって甘くない。人より多くの受験テクニックを身につけた子が合格する。岐阜の田舎の小さな予備校の講師が、声を大にして受験の為の勉強に意味はないだとか、センター試験を廃止すべきだ、とか叫んでみたところで受験のしくみはすぐには変わらない。そんなことを考えている間に受験シーズンはやってくる。私は自分のクラスの生徒が不合格にならないように精一杯教えることが一番の仕事だから、それだけを考えてやってる。受験はひとつの戦争だから、自分の生徒にはより多くの戦うテクニックを身につけさせ、守るテクニックを身につけさせ、合格という勝利を手にしてもらえることを考えている。たとえそれが、大学に入学してからは何の役にもたたないことだと非難されようが、まず大学に入学させなければ、大学での勉強うんぬんの話にはならないでしょ。」と笑っていた。

その通りだと思う。

したいこともないのに大学に行くなとか古い考えの大人がいうが、大学受験を決意する17・18の高校生のどれだけが将来を見据えた考えが出来るんだろう。

そんなにいないと思う。

それについても親友はこんなことを言っていた。

「やりたいことなんて大学に入ってから見つけてもいいし。みんながみんなこんなことをしたいと考えて大学受験なんてしないと思う。得意分野を選ぶだろうし、こんな資格が取れるとかで選ぶだろうけど。それでも大学に入学して別のやりたいことを見つけるかもしれない、その時は別の大学に編入だって出来る。何も明確にこれをやりたいからこの大学に行くなんてことを決める必要なんてどこにもないし。やりたいことがないのに大学受験する子を非難してはいけない、その子だって今は見つからないだけで、大学に入ってゆっくり見つければいいし、大学卒業して就職した先で自分の望んでいたものとは違うと思えばそこでまた考えればいいと思う。何度だってやり直そうと思えばやり直せるでしょ。大学で友達が増えた、そのことだけでもその子にとっては大学に進んだ価値はあると思うよ。何も大学に行くことが偉いとは思わないけど。やりたいこともないくせに大学に行くのは金がもったいないなどと言われることはないと思う。」と言っていた。

やりたいこともなくて大学に入学した私にはありがたい言葉だった。

そして、学費も生活費も何もかもを自分で稼いで大学院まで出た親友の言葉だからこそ、ありがたかった。

結婚と同時に親友は仕事をやめた。

もったいないとか。自分の時間を持ったほうがいいとか言われたそうだ。

親友は「もったいないってなんだろう。人によって何がもったいないかなんて違うよね」と笑っていた。

親友は「私がもったいないと思うのは、あきらが休みのときに自分が仕事で一緒に過ごせないことの方をもったいないと思うよ。」と笑っていた、その笑顔は本当に幸せそうだった。

よく自分の時間自分の時間と言う人がいるけれど、それも価値観の違いだろう。

自分の時間がなければストレスが溜まるという人もいるだろうし。

親友のように、大好きな旦那の電話を待って1日を過ごす時間が何よりも大切だと思う人もいるだろう。

親友は1日に何回も掛かる旦那からの電話を本当に楽しみにしている。

何してるの?という私からしたら、んなこといちいち電話してくんじゃねーよ。と怒鳴りたくなるぐらいの馬鹿馬鹿しい電話を待って1日過ごすんだそうだ。

旦那が忙しくて電話がないと泣きそうなぐらい寂しいのだそうだ。

親友は笑ってこんなことを言っていた。

「よく誤解されるんだけど、離れていて寂しいのはあきらじゃなくて、私なんだよ」と言っていた。

やきもち妬きの旦那が寂しくて電話を掛けてくるのはもちろんなんだが、それ以上に自分の方が寂しいんだと親友は笑っていた。

だから、今も、親友は旦那の仕事先の長野までついていっている。

「私が寂しいんだよ。一人で寝るなんて寂しいよ」と言った親友の言葉になんだかうれしかった。

いつも強かった親友。強くあろうとしていたんだろう。弟を守る為に強くいたかったんだろう。

そんな親友が、数日の旦那の留守が寂しいと告げていた。弱さを見せてくれた。うれしかった。

親友にとって旦那が全てなんだなと改めて思うことがあった。

親友は歌を歌っているが、もともと人に聞いてもらう為に歌っているんじゃないと言っていた。

歌ってくださいと頼まれたら歌うけれど、私はそれが喜びではないと言っていた。

「東京の少年がやっているロックバンドのメンバーになって楽しいけれど、例えばあきらがやめてくれと言ったら、私はその日にやめてもかまわない。バンドをしていようがしていまいが、あの子達は友達だし、関係が壊れることもないと信じている」と笑っていた。

「あきらが嫌だというなら私は歌うことをやめてもいい」とも言っていた。

レコード会社からデビューの話もくるし。学祭で歌えば1日2万人の動員が出来るほどすごい歌を歌えるのに、いとも簡単にやめていいと言ってのけた。

親友は「私の生活の中で歌が占める割合はそんなに多くない。口ずさむ程度の歌でかまわない、舞台で歌うことも差ほど興味ないし、慰問も興味がない。あきらが嫌だということは何もしたくない」と笑っていた。

ここまで一人の男を愛せる親友を私はすごいと思う。

親友が異性として愛した男は一人だけだ。30年間で1人だけ。

最初で最後の恋を実らせて結婚した親友。

まぶしいような存在。

そしてあまりこだわらない生き方をしているところも大好きだ。

親友は映画がとても好きな子でいろんな映画を観ている。

邦画でも洋画でも観ている。

戦争映画から恋愛もの。サスペンス・ホラー・アクション、いろんなものを幅広く観ている。

洋画と言えばアメリカの映画が多いが、アメリカの映画にありがちな核兵器が出てくる映画などがあると、映画が面白かったかどうかではなくて論点がずれて話す人がたまにいる。

映画が面白かったと言っているのに、核を使った映画を放映してよろしくないだとか。挙句の果てには核保有がいいか悪いかの話になる人がいる。

映画が面白かったことを言いたかっただけなのに。となんだか後味が悪くなる。

親友にそのことを話してみた。

親友は笑って「映画そのものを楽しめない人なんじゃないの?その人は。何でも悪い悪いと持論ばかりを通していたら、架空の世界の映画なんて楽しめないよ」と言っていた。

本当にその通りだ。

映画にありがちなストーリーとしては悪があり。そこにヒーローが登場してハッピーエンドなんだが。

設定として多いのは、地球が滅びるだとか。ウィルスが蔓延して人類滅亡だとか。そこにヒーローが現れて平和を取り戻すなんてことが多い。

そしてその救う手段として核が使われたり、殺し合いがあったり。

しかし、そういうもの全てを実社会に置き換えて、おかしなことだとか、よくないとか言っていたら映画は楽しめないだろう。

親友は映画は楽しんで観る娯楽であって、そんな難しく考えて観た事なんて一度もないと笑っていた。

映画の世界は映画の世界のことであって、それを観ている間楽しめばそれでいいと私も思った。

こういう観方をする人が本当に映画好きなんだなと思ったりもした。

親友は婚約指輪の変わりに高価なギターをもらったそうだ。

しかし親友は笑って話していた。

「特にこのギターが欲しかったわけではないんだよ、しない指輪をもらうぐらいならギターで。と思っただけで、何もいらないと言っても婚約の記念だからと言ってきかないあきらがギターを買ってくれるというから買ってもらっただけよ」と言っていた。

そして、「私は自分で買った安いギターで歌っても、この高いギターで歌っても変わらない。確かに聴く側からしたら音がいいとかあるかもしれない。でも私には関係ない、聴かせる為に歌うわけではないから。だからこの音が全然おかしいあきらのギターでだって楽しく歌える」と笑って旦那のギターを見せてくれた。

よく楽器はこれじゃなきゃ駄目だとか、楽器の自慢を言い出す人がいるけれど、そんなの自己満足の世界だろ。人に押し付けるなと言いたくなる。

親友のようにどんなギターでだって歌うことを楽しめる人が本当に音楽を楽しんでいると思う。

車だってそうだ。

親友は事故で愛車が廃車になってしまった。

親友の愛車はトラックみたいな車だった。

今度もトラックのような車を買いたいと話していた。

しかし、購入した車は、ランサーエボリューションというスポーツカーだった。

なんで?と聞いたら。

「お客さんにキャンセルされて困ってる営業マンがいたからだよ」と笑っていた。

あんたトラックみたいな車が好きって言ってたやん。と続けて聞いてみた。

「そういう車が好きだし。前は弟の自転車を積みたかったからあえて探して購入したけど。今は弟の自転車を積むこともないし。特にトラックにこだわることもないやん。車が必要な私がいて、在庫を抱えて困っている営業マンがいて、かなり値引きしてくれるって言うんだからお買い得でしょ。私は安く買いたいし、向こうは在庫処分したいんだもん良いことずくめやん」と笑っていた。

優しい親友のことだから、困っている営業マンを助けたに違いないが、その思い切りとこだわらない生き方に憧れる。

親友の魅力はまだまだあるが、疲れたのでまたにしよう。

長野は雪かい?

風邪引くなよ。

今日は旦那の誕生日だってね。

お祝いしてるんかな?

29歳の誕生日おめでとさん。



歌う親友 

January 21 [Mon], 2008, 15:49
親友は歌を歌っている。

悲しいとき歌うのか。寂しいとき歌うのか。楽しいから歌うのか。定かではないけれど。

ギターを抱えて歌う。

大学3年の夏。

突然大学にギターを抱えてやってきた親友。

それまで親友は頑なに自分の殻に閉じこもっていた。

後で知るのだが、辛い過去があってそれ以上自分が傷つかないように鎧で武装して生きていたらしい。

冷たい言葉。冷たい笑顔。冷たい態度。

殆ど私達同期の人間とも関わらないで大学生活を送っていた。

でも私達は知っていた、本当はすごく優しい人だと知っていた。

いつも私達のフォローを黙ってしてくれていた。私達がさぼった講義のノートも黙って貸してくれたり、実験を手伝ってくれたり。

雀荘に入りびたりの同期の男を麻雀から抜け出させたのも親友だ。

発する言葉は冷たくて態度もそっけないけれど、その言葉は心に染みて暖かかった。

そして何より、弟を見つめる瞳が優しかった。

その親友が、ある日突然。ギターを抱えて大学にやってきた。

そして。昼休みに中庭にギターを抱えて立った親友は大声で「○○(親友の名前) 歌います!」こう言った。

そして、静かに歌いだした。

その歌は悲しくて、でも力強くて、優しかった。そして驚くことに素晴らしくうまかった。

たちまち中庭は人で溢れかえった。

親友は休み時間が終わるまで歌い続けた。

その歌は親友の心の叫びのように聴こえた。

全身で「私は寂しいんです!」と叫んでいるように聴こえた。

思わず涙が溢れた。隣で聞いていた同期の男も泣いていた。

周りを見回した。みんな泣いていた。

今までに聴いたことのない声・聴いたことのない歌。

大学祭の実行委員が目を付けた。

「舞台で歌う気はありません」と断り続けた親友だった。

が、実行委員は断っても断っても毎日お願いに来ていた。

とうとう親友は承諾した。

大学祭はすごい人で溢れていた。

他の大学からも学生がどんどん押し寄せて、すごいことになっていた。

整理券が配られ、1回しか歌わない予定が1日3回公演になっていた。

大学3年・4年・大学院2年間・・・

この4年間の大学祭で親友が動員した人はすごい数だ。

芸能人も顔負けの動員人数である。

親友は実験が好きな子でいつも実験室にいた。そして実験に疲れると歌を歌っていた。

その歌を聴こうと、化学科の実験室の廊下はいつも人で溢れかえっていた。

写真部には親友専門で撮る係りの学生までいたほどである。

親友が歌っている写真が大学の構内にいまだに張られている。

親友が歌う姿は近寄りがたいぐらいに綺麗だった。そしてとても寂しげだ。

そんな親友に付いた愛称 「孤高の歌姫」 

親友が大学院を卒業して6年。

親友の歌姫伝説は各教科の教授の口から毎年入学してくる学生に語り継がれている。

その親友は大学院を卒業後、予備校講師となった。

独特の指導方法と歌で生徒を支え続けて、伝説の講師となった。

親友が指導する生徒の9割以上が、国立大学&有名私立大学へと合格していった。

他県から新幹線を使って親友の講義を受けに来る生徒もいたらしい。

伝説の講師に教えてもらえるのなら安いものかもしれない。

それぐらいすごい講師だった。

親友は予備校講師をしていたとき。

センター試験当日は予備校の1室で歌を歌っていた。

開始時間から終了時間まで歌っていた。

出来ることがなにもないから、せめて歌を歌って励ますのだと言って歌い続けていた。

先週末の土・日に今年もセンター試験が行われた。

昨年、親友は結婚して奥さんとなり予備校講師は辞めていた。

親友もブログをやっている。すごいアクセスがある素敵なブログだ。

そのブログにセンター試験を受ける際の注意を更新していた。

そして、最後は「19・20日の2日間、私は歌を歌っています。リクエストがあればどうぞ。」で、締めくくられていた。

私は冗談だと思っていた。

歌ってる姿なんて誰も見てないし。誰の先生でもなくなった親友。

冗談で書いたのだと思っていた。

昨日、17時半ぐらいに電話をしてみた。

親友は、「夢ちゃん、センター試験の終わる18時まで話せないから。折り返し電話するよ。」と言った。

私は思わず、「あんた、まさか歌ってたん?」と聞いてしまった。

親友は、「そうだよ。ブログにリクエストのメールくれた受験生がたくさんいるから歌ってあげないと。」と優しい声で言って電話を切った。

それを聞いて、胸が熱くなった。

変わらないな。この子は何があっても変わらないんだな。そう思って胸が熱くなった。

いつも一生懸命で。

人が見てるとか見てないとか。

認めてもらえるとか認めてもらえないとかそうゆうことはこの子には関係ないんだ。そう改めて思った。

歌ってあげたいから歌う。

それが誰の耳に届かなくても、心に届いていると信じて歌うのかな。

ねえ。きっとあんたの歌声は全国の受験生の心に届いたと思うよ。

あんたはすごいね。

あんたの親友でいられて私は幸せだよ。

あんたのそばにいられれるだけで、それだけで幸せだよ。

ありがとね。


親友の旦那 

January 18 [Fri], 2008, 21:35
親友の旦那は親友より2歳年下でやきもち妬きで自己中でわがままな男。

私は親友がその旦那を選んだとき、正直なんでなのかわからなかった。

親友は辛い過去をたくさん抱えている。旦那も同じように辛い過去があるらしい。

それを癒し合えるのかもしれないが、あまりにも子供で頼りない旦那のどこがいいのかわからなかった。

親友は賢くて優しくて綺麗で可愛くて誰からも愛されていた。

親友を好きな男はたくさんいた。

よりによってこんな男を選ばなくてももっと大人の男がいただろ。とずっと思っていた。

正月に親友宅に遊びに行っていた。

親友が得意な春巻きを作ると言い出して作っている間リビングでみんなで話していた。

親友がひとりで出来ると言うから料理好きな旦那も手出しせずにいた。

話が親友が野菜が嫌いだという話題になった。

なんと、旦那は仕事から帰宅後キッチンに立ち親友が食べない野菜を食べさせる為に料理をしていると話しだした。

全ての野菜を細かく切り、形がわからなくなるまで煮込んだり、炒めたり。

親友が大好きなハンバーグやオムライスやコロッケにわからないように入れたりしているらしい。

酒が好きな親友だから酒の肴にも野菜をわからなくする工夫をしていれているようだ。

朝はあまり食が進まない親友に野菜をミキサーでスープにしたりして食べさせているようだ。

昼はほっとくと食べなかったり、おにぎりばかり食べるから、朝、親友が食べる昼ご飯を作り置きしてから仕事に行くらしい。そして帰って来て食べてあったらご褒美を上げるのだそうだ。

親友は食が細いので量を食べないらしくて、そういう時は「これを全部食べたらいいことが待ってるで!」とおだてては多く食べさせるらしい。

「親友がいいことって何?」と聞くから、「これ全部食べたら、海猿のDVD見れるで。」と親友が大ファンの伊藤英明で釣って食べさせるそうだ。

旦那は本気で伊藤英明に妬いてる男だ。

その憎き伊藤英明を見せてでも自分の愛した女に野菜を食べさせたい。一口でも多く食べて欲しい。その想いで、本当は見せたくないであろう伊藤英明主演の海猿を見せるのだろう。

その話を聞きながら、この男はすごい男やな。と思っていた。

食というのは健康を支える大事なものだから、嫌いだから食べなくてもいいでは済まされないんだと話していた。

なんとしてでも野菜を食べさせなあかんし、一口でも多くご飯を食べて欲しいから日々工夫して子供をあやすみたいにしてやってるとうれしそうに話していた。

翌日旦那は七草粥を作ってくれた。

案の定親友は「その菜っ葉みたいなの入れないで。」とか、仕上げに入れる刻みねぎさえ嫌がっていた。

本当に子供をあやすかのごとく旦那は親友をおだて、そして気長に言い聞かせて、七草粥を食べさせていた。

食べはじめは「菜っ葉が見えて美味しくないよ」とか言っていた親友。

それを「俺が作ったんやから、美味しいはずや。」とか言いながら、一口でも多く食べさせる言葉を言い続けていた。

見事に親友はおかわりまでしていた。愛の力だな、そう思った。

食べ終わった後に、旦那はちゃんと「たくさん食べて偉かったな。」と褒めることまで忘れずにしていた。

粥をよそった茶碗を熱いからと言って旦那は、母親が子供に食べさせるときにするように、ふーふーと冷ましていた。

自分で出来るからと親友はふくれっ面をしていたが、「やけどするから、危ないからあかん!」と本当に子供に接するような旦那の姿。

そしてふくれっ面をしながらも幸せそうな親友。

私は親友が甘えるところを初めてみた。

親友は一回り年が違う弟をずっと育てていた。

弟の母親代わりをしていた。いつも強かった。誰かに甘えているところなんてみたことがなかった。

その親友が子供のように甘えている。

それを見ていて、親友がこの男を選んだ理由がわかったような気がした。

やきもち妬きとか自己中だとかそいゆうところばかりが目についていたが、この男はものすごくいい男だったんだ。と思っていた。

ねえ、あんたが選んだ男はすごくいい男だね、良かったね。

今まで誰にも甘えることが出来なかったんだから、たくさん甘えるんだよ。

野菜たくさん食べて健康になるんだよ。

私も見習って子供に野菜食べさせる努力してみるよ。


意地悪な企み 

January 10 [Thu], 2008, 16:17
男にとってどんな妻が理想な妻か。という話がある雑誌に載っていたそうだ。

いろいろ案が出た結果、何があっても動揺したり取り乱したりしない妻が理想だろう、という結論に達したらしい。

試す一番の方法として、突然妻に会社が倒産した。会社を辞めてきた等の話を切り出してみるとよくわかるということも載っていたらしい。
その際に、貯金がある家はその貯金を大きく上回るほどの借金を作ったことも付け加えるのだということらしい。

うちの旦那がこの話を会社で同僚から聞いて、同僚達と試してみるということになったらしくて、結婚して間もない頃、帰宅した旦那が「会社を辞めてきた、借金がある」と言い出した。

私は「結婚したばかりなのにふざけんな。どうしてくれるんだよ!」と大騒ぎになった、痛い思い出がある。

旦那の職場でそれに参加した何十人かの妻帯者の妻の反応はどこも同じだったらしい。

撃沈だった。

その雑誌に書いてあるようなどんな苦境にも動じない妻などいるわけがないんだよね。と妙に連帯感というか安心感でホッとしたことがある。

そのことを親友宅に行く新幹線の中で思い出した。

それで試してみたくなった私は、親友の旦那に聞いてみた。

「仕事を辞めてきた。借金もあるって言ってどうなるか試してみない?」

最初は「そんな騙すようなこと出来るわけがないやんか。」と言っていた旦那だった。

が、私の意地悪な「あはははは、自信がないんだ。自慢のお姫様も旦那が無職になっておまけに借金まであるとなったら、そりゃ取り乱すだろうね。あはははは」の言葉に。

「姫は大丈夫に決まってるやんけ!」とムキになった。(親友の旦那は自分の妻のことを姫と呼んでいる)

「じゃあ、試してみなさいよ、証明してみなさいよ」とけしかけてしまった。

旦那の友達はやめとけよとか言っていたが、言い出したら止まらない親友の旦那。

夕食時に急に「姫、あのな、俺、仕事辞めた。借金も作ってしまった。ごめんな。今の貯金の倍ぐらいの借金やねん、ほんまにごめんな」と親友に告げた。

親友は取り乱すか、どうか。 みんなが親友を見つめていた。

親友は優しい笑顔で「今まで、お仕事ご苦労様でした。あきらは働き過ぎたからゆっくりしたらいいよ。安いアパートに引っ越して、私が前みたいに予備校で働いて月に12・3万。コマ数を倍にしてもらって25万ぐらい。予備校が始まるまでの時間暇だから、どこかにパートに行くよ。あきらはゆっくり仕事探せばいいし、2人で贅沢せずに暮らしながら頑張って借金返して行けばいいやん。心配しなくても大丈夫だよ。2人で頑張れば大丈夫だって。予備校がない日に家庭教師も出来るよ。だからそんな顔しないの。」と言った。

一瞬静まりかえった部屋。そして大きな拍手が起こった。

親友は?? ?みたいな顔をしていた。

ことの次第を説明した。試しただけってことを話した。

親友は少しがっかりした顔で「いつも遅くまで働いているあきらが少しはゆっくり出来ると思ったのにな。あーあ、残念!でも好きな仕事だもんね、続けれて良かった。」そう言った。

また拍手が起きた。

親友の旦那は感極まったのか泣いていた。

私は親友の綺麗なそして優しい顔を見ながら、この人は本当にすごいな、と思っていた。

旦那は親友に「嘘付いてごめんね。」をずっと言い続けていた。

私はそれを見て後悔した。してはいけないことをしてしまった。

なんでだろ。私はこんなことをする為に京都から岐阜に遊びに来たわけじゃなのに。

なんてことをしてしまったんだろうと思っていた。

そこに親友から駄目だしのきつい言葉。

「夢ちゃん、私に嘘を付くのはいい。どんな嘘を付いたっていいよ。でも2度とあきらに嘘を言わせるようなことしないでね。」

親友のその言葉は鋭いナイフのように胸に突き刺さった。

その後、親友は何事もなかったかのように歌ってくれた。

笑ってくれた。

話してくれた。

私の親友は理想の妻だった。

旦那が無職になろうが、借金を作ろうが。動じることなく大丈夫だよと優しくそして力強く言える女だった。

そんな親友と出会えたこと。いい加減に生きている私がたったひとつだけ誇れること。

こんな人に「夢ちゃんは私の親友だよ。」と言ってもらえることが奇跡のように思える。

大事にしなければいけなかったのに。

たったひとつの私の誇りなのに。

ごめんね。ひどいことしてごめんね。ひどい企みしてごめんね。

そしてあんたの大事な旦那に嘘を言わせるようにけしかけて本当にごめんね。

あんたはやっぱりすごい女、すごい人だよ。

あんたと出会えて本当に良かったよ。

ありがとうね。

あんたと飲んだ酒は美味しかったよ。

また飲もうね。

10万円 

January 06 [Sun], 2008, 19:47
夕方、息子を実家に迎えに行った。そして、旦那の実家にまた息子を預けて来た。

明日から親友宅に遊びに行くので、その間面倒を見てくれるらしい。

寝てしまった息子を義父に預けるときコートのポケットにお年玉の袋が入っていることに気が付いた。

出し忘れてた。そう思って、家に帰ってからお年玉袋からお札を抜き取った。

新札で1万円札が10枚。実家の親と旦那の親がくれた孫へのお年玉。3歳児には多過ぎるだろ。そう思いながら、親友のことを考えた。

親友は学費と生活費をバイトで稼いでいた。

親友には一回り年の離れた弟がいる。

その弟と2人でボロいアパートに住んでいた。

学費とアパート代と2人分の食費や光熱費。生活がすごく苦しそうだった。

安い学食にすら行けずにおにぎりばかりを食べていた。

週の半分ぐらいはお昼なしだった。

そんな親友のアパートには親友がその頃から好きだった親友の旦那とその友達がいつもご飯を食べに来ていた。

旦那とその友達は仕事がまだうまくいってなくて、金がなく親友にご飯を食べされてもらいに来ていた。

私は、「自分が食べる昼飯代もないくせに馬鹿じゃね?」そういつも思っていた。

親友はそれでも辛いだとか一言も言わずに、好きな男がご飯を食べに来ることをうれしそうに話していた。

「どこまで馬鹿なんだよ。」そういつも思っていた。

ある日、親友のアパートで遊んでいたら、地震があった。

ボロいアパートは結構揺れて、壁に掛けてあった小物入れが落ちてきた。

その中にZIPロックに入れてある金を見つけた。その額、10万円。

金あるやん。そう思って小物入れに戻しておいた。

それから、2・3ヶ月後。

新しい男と付き合い始めていた私は、お小遣いでその男好みの服を買い、新しい化粧品も買ったりして、お小遣いを使いすぎていた。

親にも使いすぎだと怒られて、その月、それ以上お小遣いをもらえなくなってしまった。

しかしデートに無一文で行くわけにもいかず、というか、待ち合わせの場所まで行く交通費がなかった。

新しい男も学生であんまり金をもっていなかったので、デートの時は殆ど私が払っていた。

だから、無一文でデートに行けない。行けるわけがなかった。

私は、親友のあの小物入れに入れてあった10万円を思い出していた。

そして、親友のアパートを訪ねて「金を貸してくれ」と頼んだ。

親友は「このお金は使えなんだよ。ごめんね、夢ちゃん。」と言った。

それなのに、私は「使えない金ってなんだよ、すぐいるわけじゃないんやろ。貸してくれてもいいやん。友達やろ?私が男に振られてもいいの?」

そんなことまで言って金の無心をしていた。

親友は、「返してね。」という小さな声と一緒に貸してくれた。

その頃、私はバイトをしてなかったので、来月お小遣いをもらったら返せばいいやと思っていた。

でも翌月、お小遣いをもらうと、そのことは忘れてというか思い出さないようにして、新しい服を買ったり、男と遊んだりしていた。

親友が、「お金返してくれる?」と2・3回言ってくるたびに、「今度返すよ」でごまかしていた。

そのうち親友は10万円のことを言わなくなった。

親友のアパートにまた遊びに行った。

小物入れのZIPロックが気になったのでこっそり見てみた。

そこにはまた10万円が入っていた。

金もってるやん。私はそう思って、その10万円を見た瞬間なぜか返さなくてもいいかも。なんてことを思ってしまった。

その10万円の意味。使えない金と親友が言った意味がわかったのは親友の結婚式の2次会。

酒もかなり入って、大学の仲間と学生時代の話に花が咲いていた。

その時、ふとあの時の10万円を思い出した。

親友に聞いてみた。「あの時の10万円さ、なんで使えない金って言ってたの?」

親友は幸せそうな笑顔で、「あの10万円は、あきら(旦那の名前)に急に仕事の依頼が来たときさ、交通費ないから行けません。って、そんなことで大事なチャンスを逃したらあかんから、10万円あれば2人の交通費になるやろ。だからいつも現金で持ってただけよ。いつ仕事の依頼が来るかわからないから、銀行行けないかもしれないやん。」と言った。

なかなかうまくいかない仕事をしていた男を必ず成功すると言い続けて信じていた親友。

あんなに苦しい生活をしてた中から好きな男に仕事が来たときにそのチャンスを逃さない為に金を用意していた親友。

「用意してた金が役にたったときあったん?」聞いてみた。

「うん。新潟で仕事が決まったとき、役にたったんだよ」とニコニコ顔で幸せそうに話した親友。

その笑顔は本当に綺麗で、聖母マリアがいたならこんな感じだろうかと思うほど輝いていた。

私は自分が情けなかった。

親友に借りた10万円は男と2・3回遊んだら無くなった。

デート代を出し続けてまで付き合っていた男は2股をしていた。

私は金回りのいい遊ぶだけの女だった。

親友が昼飯も食べずに、夜中までいくつもバイトして好きな男の為にいつでもチャンスをつかめるように用意していた宝物のような金を、アホみたいなことに使ってしまった自分が哀れだった。
その金は10万円以上の価値がある本当に宝物のような金だったのに。

「ごめんね」と言いたかったのに、「そうやったんや」と言うのが精一杯で謝ることも出来なかった。

親友は「もう昔のことやん」そう言って笑ってくれた。

その笑顔は優しかった。

ごめんね。本当にごめんね。

あんたがすごく苦労してるの知っててひどいことしてごめんね。

あんたの好きな酒を買ってきたよ。

そんなことで償えないけど、金はもういいって言って受け取らないあんたにせめて美味しい酒を飲んでもらおうと探してきたから、明日一緒に飲もうね。

ごめんね。










駅伝 

January 06 [Sun], 2008, 9:15
正月に箱根駅伝が放送される。

それを見るといつも親友のことを思い出す。

私が通っていた大学には学科対抗駅伝というのがあった。

私には関係のない行事だったし、毎年他の科が優勝してたから気にもしてなかった。

大学3年の冬、いつものように駅伝大会が近づいてきたある日、親友は毎年の成績表をみて、「なんで、うちの科はいつも3位か4位なの?」と聞いてきた。

「そんなん、速いやつがいないからに決まってんじゃん。馬鹿じゃないの?」と答えたら、親友は、何を思ったか、「私が走る!」と言い出した。

私は心の中で、こいつ馬鹿じゃね?と思ってしまった。

その駅伝大会で優勝したって何の特にもならない。

ただ、優勝したってことが残るだけ。

大会の記録に○○年、化学科優勝。それが記載されるだけのことだ。

賞状ぐらいはもらえるかもしれないが、そんなもの何の役にも立たないし。

ほんとに馬鹿じゃねぇ?と思っていた。

それなのに親友は走ると決めた日から、もくもくと練習を始めた。

それがまたわからなかった。

京都の冬は寒い。親友はバイトを掛け持ちしていたので、練習するのはバイトが終わって帰宅した後だと言っていた。

バイトで疲れて帰ってきて、また走る練習をする、そのことが私には理解出来なかった。

そんな時間あるなら、寝ろよ。そう思ったし、たかが駅伝でそこまで熱くなれることが理解出来なかった。

「あんた、勝つ気でいるん?」と聞いてみたら、「優勝できるように夢ちゃんも応援してね」なんて言っていた。

私は馬鹿らしくて、「万年3位が優勝なんて出来るわけないやん、あんた馬鹿やないの?」と冷たく言ってしまった。

親友は少し寂しそうな顔をしながら、「でも、応援してね」と言うから、「その日は男とデートだから、応援するわけないやん、走りたきゃ勝手に走ればいいやろ。」と冷たく言ってその場を離れてしまった。

その後ももくもくと練習をしていた親友。

そして、駅伝大会当日。

私は親友に言ったとおり、男と会っていた。

しかし、気にはなったので。というか、親友がどんなに頑張っても優勝なんて出来るわけがないと思っていたので、意地悪な私は3位か4位でゴールして悔しそうにする親友の顔を見てやろうと思い、大学に向かった。

大学では、中継地点の順位が張り出してあった。

化学科3位。

あはははは、ほらみろ。3位やんか。そう笑ってしまった。

同じ科の仲間がいたので、「今年も3位じゃね?」と聞いたら、たぶんそうだろな。と仲間も言っていた。

練習なんてしたってこのざまやん。無駄だったね。そう心の中で笑っていた。

親友はアンカーをかってでて、大学に戻ってきてゴールとなる。

3位で大学に帰ってきて悔しい顔するんだろうな。なんて意地の悪い私は思っていた。

しかもアンカーだなんて、一番きつい区間をかってでて、馬鹿じゃね?とまで思っていた。

そこは大学へ続く急な坂道が2箇所もある一番苦しい区間だったからだ。

「先頭ランナーが大学へ戻ってきました」とう放送と共に私が目にしたのは、先頭で走ってくる親友の姿だった。

一瞬目を疑ったが、紛れもない親友の走る姿だった。

綺麗なホームで走ってくる親友は輝いていた。

化学科は沸き立っていた。

歓声の中、親友はゴールのテープをトップランナーとして切った。

みんながおめでとうとかありがとうとか沸きあがっている中を掻き分けて、親友が私のところに寄ってきた。

「夢ちゃん、来てくれたんだ。ありがとうね」そう言ってくれた。

それなのに、私は、「別に見に来たわけじゃねーよ。優勝とかどうでもいいし。それに優勝したからって単位ひとつおまけして通してくれるわけでもないしさ、必死に走って、馬鹿じゃないの!」と言ってしまった。

親友は、悲しそうな顔で、「そうだね、でも走って気持ちよかったよ。」そういって、仲間の輪の中に消えてしまった。

親友は万年3位の化学科を優勝にまで導いてくれた。

それをなぜ私は素直に喜ばなかったんだろう。

翌年は私たちは4回生になり、そういう行事には殆ど参加することがなくなったので、親友も駅伝大会を走ったのはその時の1回きりとなった。

そして、化学科が優勝することはなくなった。

また、万年3・4・5位ぐらいでただ完走出来ればいいや、みたいな感じなんだと聞く。

それを聞くたびに、親友が走ったあの最後の区間。3位でたすきを受け取ってトップに躍り出るのにどれだけ頑張ったかがわかる。

同期の仲間に聞いた話によると、一番みんなが苦しい登りの坂道でひとりずつ抜いて行ったらしい。

みんなが苦しいときは親友も苦しいだろう、その苦しい中で前を走るランナーに追いつきそして抜くということは相当辛いはずだ。

それを上り坂が2箇所あるので2回やってのけたらしい。

勝ちたい気持ちからなのか。

そこまでしても自分には何の見返りもないのに平然とやることが出来た親友を、どうして私は素直に喜んで上げなかったんだろうと、箱根駅伝を見るたびに後悔する。

化学科に飾ってあるたったひとつの駅伝大会優勝の賞状。

親友が脅威の頑張りで走りぬいたその証。

ごめんね。

あの時、素直におめでとうって言ってあげられなくてごめんね。

馬鹿じゃね?なんていってごめんね。

心の中で、3位で帰って来て悔しがる顔が見たかったなんて思っててごめね。

あんたの走る姿はすごく綺麗で速かったよ。

化学科の為に走ってくれてありがとうね。

ごめんね。

親友宅へおよばれ 

January 05 [Sat], 2008, 9:00
もうすぐ親友が旦那の仕事先から家に戻るらしい。

今年は旦那の友達とか結婚式に招待出来なかった人達もよんで新年会をするそうだ。

それに私も招いてくれた。

去年の終わり頃に偶然というよりは運命と呼んだ方がいいような出会い方をした大学の後輩の女の子も一緒だ。

少し騒がしい子だが可愛いその子は親友にとても可愛がられている。

騒がしいことに関しては私も他人のことはまったく言えないぐらい騒がしいので、今年は賑やかな新年会になると思う。

酒が好きな親友の為に美味しい酒を探しているんだが、なかなか見つからない。

親友はさらっとした酒とか好まないからだ。

くせのある普通の人は美味しくないと感じるような酒が好きなのだ。

そういうくせのあるものが好きだから、男もくせのある男を選んだのかもしれない。

私は顔で男を選んだり、安定した職で男を選んだりしていた。

若い頃は顔が好みだとすぐ惚れてしまった。

私のことを大事にしてくれるとかそうゆうことではなくて、一緒に歩いて見栄えがいい男を選んでいた。

そんな私を心配した親友が、私をひどく怒ったことがある。

ひどいときは4股とかしていた私を殴らんばかりに怒ったことがある。

その時、私は親友にひどいことを言ってしまった。

男と一度も付き合ったことないくせに、うぜーんだよ。

こんなひどいことを言ってしまった。

なのに、親友は綺麗な大きな目からポロポロと涙を流しながら、うざくても憎まれてもいい、夢ちゃんが心配なんだよ、と言ってくれた。

なのに、泣くとか本当にうぜーんだよ。と言って突き飛ばしてしまった。

そして、当時付き合っていた男のところに行ってしまった。

その日、その男と酒を飲みながら、一晩中、大学の同期にうぜー女がいてさ、と話をしていた。

なぜかその日は酔わなかった。

親友が流したポロポロとした涙が頭に浮かんできて、付き合った男もいないくせに笑わせんじゃねーよ、といいながら泣いてしまった。

翌朝、一晩を共にした男に、うちのこと好きなん?と聞いてみた。

その男は、「そうゆうめんどくせーこと言いっこなし。セフレやん、俺たち」そう言った。

私は、「あっそ、お前こそ笑わせんじゃねーよ、バイバイ」そう言って別れた。

当時、4股してたので、残りの男に電話で同じことを聞いてみた。

どいつもこいつも同じような返事だった。

笑わせんじゃねーよ。夢子をなめんじゃねーぞ。

そう言って全ての男と別れて、親友のアパートを訪ねてみた。

相変わらず慎ましやかな朝食を出してくれた。

「男と切れたから。」そう言ったら、親友はまた綺麗な大きな目から涙をポロポロ流しながら、良かったねと言った。

照れくさかったので、「あんた、アホやん!」そう言うと、親友は、アホでいいもん。とまた泣いた。

それを見ていたらなんかこっちまで泣けてきて、2人で大泣きした。

あの時、うぜーんだよ、って言ったりしてごめんね。

ありがと。

あの時、言えなかったから、今、言うね。

ひどいこと言ってごめんね。

突き飛ばしてごめんね。


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