【 更新情報 】

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今朝の気温は、-5.6度でした。


今朝の気温は、-5.6度でした。


寒い日は体が硬くなってきて、動きが悪いですよ。


普段でも歩き方がぎこちないのに寒いとロボットみたいな歩き方になります。


これから益々こんな日が続きます。


早く暖かくなってくれプンプン…(笑)


もう今年(この冬)になって灯油を100リッターも使っています。























運動公園内紅葉



身近な所でもうこんなに心癒される所が








リハビリしようと思い運動公園に行ってきました




庭師さんたちが松の木の選定作業をしていました





カモたちものんびりと水辺から離れて気持ちよさそうですね








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愛車

初代愛車

電動アシスト自転車です。





二代目愛車

7段変速折畳み自転車





11年たった今でも足首が、自由に動かないのでペダルから足が外れます。



今は、晴れた日でも長靴を履いて自転車に乗っています。




















昨日 長嶋茂雄さんのリハビリの様子を見ました。

長島さんの希望を持ちながら
リハビリする精神の強さは、
さすがスポーツ選手と思いました。

しかし精神面では私も負けていないのですが、
経済的には叶わないのです。

もっと良くなりたいという想いはあっても
費用の掛かる事です。

費用を掛けないで自分で良い方法と思う方法で
日々努力はしています。

1~2週間前にもNHKでも特集を放送していましたが
指導員の指導の基でリハビリする事が大事だという様子も見ました。
良いリハビリする環境下に無いことも確かです。

そりゃそうでしょう

動けていたのに動けなくなったから
短期の再入院すると言ったって、
経済的に入院が出来ないんですよね!!(>o<)

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リハビリを開始したけど



毎日が単調すぎて、他の人のリハビリが気になってきます。
本当にこんな生活で良いのだろうか?

なんて贅沢な思いが先行してきます。

こうした中で毎朝起床して
2階のフロアの片隅に
入院患者同士が車座になっておしゃべりしている時間が
1番楽しい思い出です。
【朝目覚めて朝食までの時間何もすることが無くて】


ある日の一日のプログラム
1. AM4:00 目覚め
2. AM4:30 フロアへ移動おしゃべり【井戸端会議】
3. AM6:30 【井戸端会議】終了食堂へ移動
4. AM7:00 朝食(異動できる患者は食堂で食事)
5. AM8:00 入浴準備待機
6. AM10:00入浴
7. AM11:30昼食
8. PM12:30午後のリハビリのため自室待機
9. PM12:50午後のリハビリのため看護補助員が迎えに来る
10. PM13:00リハビリ開始
11. PM15:30リハビリ終了
12. PM16:00昼寝
13. PM17:00夕食
14. PM20:00就寝


リハビリセンターの1日は、
このようなスケジュールで

3ヶ月の入院生活でした。

リハビリもそろそろ終了です、
もうこれ以上の回復が見込めない為ではないのですが、
再び転院を勧められました。

転院をしないで自宅に退院することにしました。

生活は大変かもしれませんが、
我が家の財政的な問題も抱えているので、
これ以上の医療費はかけられません。


いよいよリハビリデビューでーす〜ぅ


プログラムも決まり、いよいよリハビリ開始です。
まず開始時間までに自分の部屋でリハビリが出来る服装に着替えて
待機する開始時間の少し前に、看護助手が迎えに来ます。

看護助手に車椅子を押してもらいリハビリを担当する先生の所へ移動
1日1〜3つのリハビリをこなした。

まず初日にリハビリを始める前の状態を記録しておきますといわれて
ビデオ撮影です【こんな一人で立てない状態を撮影されるのは辛かった。】

リハビリを開始して最初に感動したのは、左膝に力が入らなくて立てなかったのですが
立った時に膝を後ろに押すように

(膝は後ろにそんなに簡単に抜けないから大丈夫です。【これ吉田先生の言葉】)
立つと立てるんだよと、
吉田先生が指導してくれました。

リハビリ開始して1ヶ月目にはもう自力で歩けるようになりました。

【最初は平行棒に頼っていました】
私は仕事上、車椅子はもちろん杖も補助具も使えないのです、

それは短時間に何度も立ったり座ったりを
繰り返して行なわなければならないのです。

これが1つ目の仕事復帰の理由

車椅子・杖・補助具の使えない第一番目の絶対に欠かせない理由です。

いよいよ転院


転院が決まりました。
期待いっぱい
【不安もあり、しかし自分の気持ちの中では回復して
職場復帰するんだと決めていたので頑張るしかない。】

転院当日は、朝○○時まで来院してくださいと言われ
朝早めに準備してリハビリセンターに行き、受付をして診察を受けました。

すると、期待していた診断結果
【機能を回復して仕事復帰したいという思いが強かったので(>_<) 】
とは違いました…。(私は、左半身麻痺なのです。)

手は、物を持つことは、出来ないと思います。
足は、補助具をつけて杖を突いて歩く位の仕上がり(退院)になります。

と言われてがっかりした事を思い出します。
それでも車椅子の生活にならないだけでも好いと思い

リハビリに励むことにしました

診察後部屋に移りしばらくすると部屋にリハビリの担当の先生が来て、
今後のプログラムを決めるために体の動きを診に来てくれました。

先ずは、

1. ベットでの寝返り具合

2. ベットから車椅子への移動

3. 車椅子からベットへの移動

大体の体の動きを把握してリハビリの予定を会議で決定するまで数日かかりました。


あ〜あ…リハビリが無いから何もすることが無い   暇…。


続きを思い出すのに随分長い時間がかかりました。

集中治療室から一般病室に移ってから気が付きました。
気が付いてから1週間くらいはベットの上で妻が足首のリハビリをしてくれました。

この頃から、車椅子に乗る訓練をして一人で移動してトイレに行けるくらいに生って来たのですが、
看護士さんからまだ一人ではトイレに行かないで

必ず看護士を呼んでくださいと言い渡されました。
(一人で出来るつもりでトイレで便器に移動出来ないでひっくり返る人も居るからと言う事だったのです)

数日後に同室に知人も入院してきました。
知人は脳梗塞でしたが私よりも軽い感じに思えました。

その方の奥様が薬に詳しかったようで、この薬では…
等と言いながら1ヶ月も経たないうちに退院して自宅に帰り

1週間もしないうちに再入院して来ました。
理由は自宅で入浴させるのが大変だからという理由でした。

この間に私のリハビリも進み一人で車椅子で移動できるくらいになっていました
もうこうなったら本格的なリハビリを勧められて転院先の検討に入り、

幾つかの候補を挙げられ
【私は車椅子生活で無く自分の足で立って仕事にも復帰したかったので】

県立のリハビリテーションセンターを要望しました。
看護婦さんの話では
(センターは審査があるので、要望通りにならないこともありますといわれ)
難しいと思いますとの事、
とりあえず申請して

2~3日後に審査が通りましたと知らせありその夜妻と手を取り合って嬉しさで泣いてしまいました。
【この病を発症してからは余計に涙腺が弱くなりこの闘病記を書きながら時々涙しています。】

あれは寒い日に、屋外での作業が2〜3日続いた時でした。

平成12年2月の事です。
朝から夕方まで屋外での工事が続き、雪が深々と降り続き、普
段からそんなに身に応えたという気がしないので、いつもと同じつもりで生活をしていました。
工事最終日は、雪こそ降らなかったが風が強く寒い日でした。
工事も終わりいつものように食事を済ませて風呂に入っていて、
湯船から出ようとして、立ち上がったとたん、
腰に不快感を感じたとたん気分が少し悪いような気がしました。
なんとか湯船から出て、風呂場の戸を開けて妻を呼び服を着せてもらい肩をかりて
床に着き血圧を測ったら 280−220 位あったと思います。
自分では正気のつもりで居たので、妻には少し横になっていれば直るからと話しました。
そうしているうちに、救急車を呼んだみたいで、
救急車のサイレンが聞こえて家の近くで止まりました。
隊員の方を妻が迎えに行き、私をタンカーに乗せて狭い階段を下ろすのに苦労して、
外に出て私が天を仰いだ顔に
雪がポツリポツリと中る。
車内に入り病院に着き検査する所までは覚えていましたが、
気がついたら3日後でした。