なんで反戦か? 

May 24 [Tue], 2005, 20:34
自分で言うのも何ですが、私は知るひとぞ知る反戦家です。

先日18歳の大学1回生と話す機会があったのですが、「まあ、イラクとか自分に関係ないところで戦争してくれるぶんには全然、かまわない」とか「日本人には愛国心がない。」とか。
いろいろすごい意見を聞かせていただいて、いやあ、文部省の教育の成果はすごいなあ。。。と苦笑せざるをえなかったのですが。

で、私が何で反戦にこだわるのかっていう話なんですが、中学生の時に広島の原爆記念館でGHQの録画を見たのが全ての始まりです。
10代の女の子の映像でした。
原爆症で髪もぬけっきったその子が録画の向こうから私を見つめて言いました。
「私はもうすぐ死にます。でも私のことを忘れないでください。二度と戦争をしないでください。」と。

純粋だった(今でも純粋)な私は「任しといて、絶対忘れへんで〜、戦争はせえへんで〜」と思っちゃったのです。

その後、北京、長春、南京などで戦争の記念館に行きました。
戦争はどこの国の誰にとっても悲惨なものでしかありません。
その悲惨さは想像を絶する悲惨さです。

全然関わってないんだけど、ユニセフっていうサークルにちびっと関わったことがあります。
色んな社会問題について調べたり、討論したりしているサークルなのですが、昔、反戦アクションのお誘いをした時にあまりに消極的で、その理由が自分の顔が見える活動は嫌みたいな感じだったので、がっかりして距離を置くようになってしまったのだけど。。。
そのサークルの子達にもあのGHQの映像を是非見てほしいなあ。。。
そして理詰めの討論もいいけど、どう感じたのかを語り合いたいです。

私は人を殺すのはいやです。
それがどこの国の誰であっても。
出会った事の無い人、一生出会わない人でも。

戦争って集団殺し合いだって分かってるのかな?
私は今後も反戦です。
表に出て活動してる時もそうでない時も。

基礎英文問題精講 

May 23 [Mon], 2005, 21:23
「夏ごろにTOEIC受けよう」と誘われた。
前回読解が全然点取れなかったので、ちったあ勉強してみようとやりはじめた。

高校時代○文社の長文問題精講という問題集をやったことを思い出し、久々なので基礎の方からやることにした。
ところが、何が基礎なんだか、さっぱり分からなくて笑うしかないみたいな状態で、仕方がないので笑いながらやっている。

高校時代は分からないと本当に困って、嫌になって、やらなくなるという悪循環だったけど、今は分からなくても一向に困らないので、「私って、ほんまにあほやわ」と笑いながらやっている。

分かって楽し、分からなくってもまた楽し。
勉強することが楽しい。

仕事が終わってから問題集に向かって「しっかし、さっぱり分からんなあ。。。まあ、ええわ。次いってみよ」とページをめくるのが幸せです。

玉にキズ 

May 22 [Sun], 2005, 1:46
こっちのほうがかわいいからと思って、ブログを変更したのだけれど、楽天が1万文字書けるのに対してこちらは2000文字までだということを今日になって知った。ちとショック。

看護の独自性を理解する 

May 20 [Fri], 2005, 22:58
今から10年位前、大学時代、私は心理学をやっていた。
といっても学部レベルで、しかもそんなにしっかりやっていたわけではないのだけれど。

そんなわけで、看護学校時代私は「看護ってほんまに独自性なんかあるんかいな?」と疑っていた。
医学、心理学、社会学、生物学、薬理学、倫理学、云々かんぬん。。。色んな学問を広く浅くパッチワークみたいだな。。。と感じていた。

看護学校時代から自分に一番しっくりくるのは現象学的な看護理論だなあ。。。と思っていた。
でも看護学校で習う看護理論は理論の歴史程度で、せいぜいナイチンゲールやヘンダーソン、よくいってトラベルビーくらいだった。
ヘンダーソンにしても14項目に沿って看護計画を立てるくらいのもんで、彼女がどういうバックボーンから14項目を中心にしたニード論に至ったのかということは習わなかった。
ひたすら、14項目に沿って計画を立てて実行する。それだけ。

そんな教育を受けていたものだから、看護の独自性なんて理解できようはずもなかったんだけど。

最近、ほんとに悩んでいて、周りの看護婦を見ていると私って看護婦に向いてないんじゃないのかなあ???って思うことしばしばです。
悩んだとき、私はよく読書します。
最近も読書しています。

最近出会ったのがべナーの看護理論とマーガレット・ニューマンの理論です。
特にニューマンの理論を読んで、私は初めてやっと看護の独自性を理解できたように感じました。
これらの本はお勧めでまた載せようと思います。

これらの本を読んで確信したのは、科学として人体を理解し、医学的治療を理解し、医療的処置を行うのが看護では決してない。ということです。
そして、現在多くの医療現場で行われている看護は上記のような看護もどきが非常に多く、またそのような看護もどきを看護であると信じて疑わない看護師を多く排出するような看護教育が、一般的に行われている看護教育であるということです。

しかし、街の大きな書店に上で紹介した本が日本語に訳されて売られているということは、きっと私が疑問に感じていることを理解する人も、私と同じような考えを持っている人もたくさん居るということで、これからに期待しようと思います。

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