お金2 

2009年03月22日(日) 11時42分
最近本を読んでいろいろ考えたりしています。
以前からもお金についての考えはいろいろ悩ましいと思っていたのですが、これはやっぱり思った以上に悩ましい、、いや根深く罪深いシステムだと気づかされつつあります。

資本主義は結局破綻するよう定められたシステムでしか無く、また民主主義もまだまだ未成熟であり、自滅へと向かってあがいている人類の姿がおぼろげに見えてきます。

お金が商品となった時点でもう僕はついて行けてないですね。
最近読んだ本にもそこが分岐点であると描かれていて…やっぱりそうだと思いました。

本来代価としてのお金という機能だけでよいのに金融関連や利子などという概念が代価としての機能を大きく狂わせているというのは直感的に僕もそうだと思います。

今の経済システムは世界にとって円滑に循環する血流とするのか悪性腫瘍とするのかそれぞれの人の意識の中に鍵があるように思います。

今の資本主義は浅ましさの暴走が著しいようです。
「成長(市場の拡大)という前提条件ありきの資本主義」まるで年金システムと同じです。
成長なしでも調和のもと循環する経済システムに変革しなくては未来は暗いとも。
そして地球は有限、、すでに成長ありきのシステムは確実に終わる運命です。

お金についてはまだまだ解らないことだらけなので、また考えて行こうと思います。
どうすれば幸せの循環に経済が近づくか重大な命題です。

なんでも貯金しすぎるのもあまりよくないですね。
貯金する理由はなにかしらの不安や恐れからくると思うのですが、
視界が悪いときに陥る消極的な選択でもあり注意する必要もあると思います。
状況を見抜く視点を意識し、意識は自在にめぐらせて変革を生む必要があります。
なによりお金は代価であり使って巡ってこそ生きるものだからです。

様々な問題は人間の深いところに根ざしていますので、芸術分野の精神の開拓事業の役割もますます大きいとも感じられます。

あきらめすぎる 

2008年12月15日(月) 1時38分
悪い事が無いようにと加減して臆病なまま流されて生きる
悪い事が起きなければ別にいいことも起きなくたっていい
こういう無気力で無関心で小心者で自己にしか関心の無いエゴで残酷な価値観
自分がいかに不運でかわいそうな存在かということに結局終止する無駄な思考
いつまでもフトンをかぶっているものだからまだ夜が明けていないと信じきっている

あきらめすぎるとこんなところに漂着してしまうよ

凍える風に身をさらせばこんなに爽快な意識はないと感動すればいい


自身が手放した放棄人生ほど食えない不味いものは無い

己の魂はそれ自身をみつめても不明でがらんどうなもの(何も見えない!?)

ぶつかってはじめてその本性を見せるチラリズムなのさ

いろんなものをぶつけてみればいいよね

未知数と蓄積 

2008年08月31日(日) 19時20分
可能性という名の空白地域
使わなければただの空き地



過去(経験)と未来(可能性)

時間と年月と
経験を増して未来は消費され
やっぱり若造も翁も平等なのだ

しかるべきときにしかるべき歩みがいる
何かに向かう勇気は先送りにしては使えなくなる
経験と可能性がせめぎあう今 

今!

なにもないとは 

2008年08月31日(日) 19時18分
なんにもないがそこにある
みえていなかったものがみえはじめ
なんにもないとおもっていたところが
満ちて満ちて
あふれだしそうなほどにそれはそれは満ちていて
節穴だったのは
僕の眼のほう

僕の内側にもみちてきた
浸透してきたその風は
手足を自由に流れ 動かす
走る 
走る
翼は風を捕まえた

飛べる

そうだ 風に乗ってはじめて飛べるんだ
風がなくては飛べないのだ
風だけでも飛べない
風と翼を一つにしてこそ

無限の行方 

2008年07月13日(日) 18時35分
人は 神を宿す

人は 悪魔を宿す

君は 何を宿す 

金(かね) 

2008年07月04日(金) 23時33分
日々尽きぬ命題でなにやら疎ましくさえもある今日この頃。。

生活費というお金の必要性。
仕事を請け負い結果を出す事による見返りとしての収入。お金をもらう。
日々、この出入り、やり取りとともに僕の生活、時間はまわってゆき、
ここで生きて行くことの維持のためには両者の滞りはありえない。

常に両者は行き交う。
今こうしていても、マンションの家賃や光熱費は時間とまわっている。
昼は会社でお金を得るための労働に従事する。
あまり関心もせぬ内容の仕事もある。
少々の技術は得られるし、スキルにはなる。
しかし、自由な時間は限られて、管理される。
制約と束縛のもとに、生活を維持するためのお金を得る。


ずいぶんとこの世界観の厄介になって、生活させてもらってきた。
ただ現状維持があるだけ、成長のないことに満足しているわけではない。

ときに、どうにもこのからくりにおんぶにだっこのこの生活が疎ましくもある。
なにかをあきらめそうな惰性の魂と、もっと解放されたいという魂の衝動がある。
もっと世界に貢献できる、役に立つ仕事ができるはずなのだ。
「金にならない」というふるいにかけられて
どれだけの価値のある仕事が、企画がつぶされてきただろう。


世の不条理の多くに対する独自の思想を、少しは生活に還元したいともおもう。
◯円で誰かのつくった食事をするばかり、大地に生えたものを直接的に接種したいと思う衝動がある。
この貨幣経済べったりの生活が気持ち悪くなるときがある。
これではまるでカゴの鳥だろう。

世界の実相から遠ざけられた仮想現実の人間社会に自らどっぷり浸かっている事を、
人里離れた大自然はまざまざと感じさせる。

「君たちの街は大地の傷の上に薄く張ったかさぶたのようなものだよ」


わかっていてやれないのは、、わかっているのに早起きできない怠惰の証。


収入と出費に頼らない(価値を誤摩化されない)、貨幣経済とは少し距離感をもって生きてゆく必要性を否応がなく感じる今日この頃。

この金の街から脱出したいエスケープ願望。
もののほんとうの姿を感じたい衝動。

現代社会の、貨幣の恩恵に溺れて己を見失う世相。
物価の高い安いの価値観。
物価が安いからわざわざ食料を運ばせる。下請け生産工場をつくる。
物価が高いからつくれるのにつくらせない。売れないからと安く買いたたく。

ものはかわらないのに、ただ値上がりしはじめたり、値下がりし始めたりする。

からくりのせいで実に無意味な事に明け暮れる。
この徒労感。

貯金が増えて将来に安心するというのもどこか滑稽な話だ。
世界はもっと、あなたの想像以上に奥が深くて、通帳の数字がどうこうで一生を丸くおさめられようなどとはとうてい思えない。

仕事という仕事が、生活が価値基準の大半が貨幣中毒なのだ。
脱出はほぼ不可能に思える。

でも、、一カ所でもいいから何かはじめたい。
はじめることが必要。

怠惰の価値観の変革を促す幻想の力。
ビジョンが必要。
エネルギーをセンスの良い方向へ促し、使って行こう。

幻灯の旅「河童のクゥと夏休み」「夕凪の街 桜の国」 

2007年08月15日(水) 23時32分
日曜日はすばらしい映画を二本立て続けに見た。
僕の心はその二つの時空を旅した。
激ヤバス!

「河童のクゥと夏休み」
<リンク:http://www.kappa-coo.com/ >http://www.kappa-coo.com/

背景以外はメイドインジャパンなスタッフロールから見ても最近ではありえないほど、どれだけ作品愛のある丁寧な作り込みかわかります。
遠野に行くくだりから見覚えのある景色過ぎてどきどきしました。この待合室知ってるし、この家あったし山並みにも見覚えがあるし、しっかりロケハンちゃんとできてます。
僕も同じようにレンタル自転車で田んぼの真ん中のでこぼこ道を走って冷たい川に入ったりしたし、かなり同じようなことを遠野でくりひろげたものでした。
東久留米あたりの描き方も良かった。東京郊外の感じはまさにあんな感じだ。

予定調和な無毒な丸い作品という範疇ではなく、作り手のエネルギーがベースに漲っている映画です。
監督の脚本です。原さんの二十年越しの発露、渾身の作だと思います。
CMでイメージする以上の作品世界でした。
すばらしいのはジブリアニメだけじゃないです。こういう作品をもっと作ってほしいし、その応援のためにもちゃんと鑑賞しに観に行くべき。




「夕凪の街 桜の国」
<リンク:http://www.yunagi-sakura.jp/ >http://www.yunagi-sakura.jp/

一文字で描かれていたものをあらわすと「愛」としかいいようのないように感じました。
愛とは引き寄せ包み込むエネルギーとでもいうのか。生の価値そのもの。
舞台を見ているほどの生々しさ。役者が映画の世界の生きている人になっていました。
僕たちの世界とかの地とを地続きとして感じざるをえないために必要な処方箋ともいうべき作品です。
なんとしてでも劇場で、一人でも多くの人と出会ってもらいたい作品です。

しかし日曜日はなんともどえらい映画を二本続けて見てしまったものだ。。

この二作品は時間とお金を費やしても、見事にそれ以上の価値となってかえってくる一級の作品です。
「夕凪の街 桜の国」は己の世界観を押し広げさらに奥深く豊かにしてくれる作品。

映画館出て時差ぼけのような時空ぼけを感じたときは良い映画を見た証拠です。


PS:対象的過ぎたのは土曜日に見たトランスフォーマー。
なんて薄っぺらなものかとあきれました。
「河童のクゥと夏休み」「夕凪の街 桜の国」とはまったく次元の違うものでした。(B級映画とAAA級とを比べるべきではないけど)
やっぱりハリウッドいうほどたいした映画撮ってないです。あれは大量生産の工業製品でしかない。
日本映画は自信を持っていい。

そして観客動員数なんてものはまったくその価値を推し量るには無意味。

 

2007年05月04日(金) 14時10分
あるだろう その煌めきが 

確かに あるだろう 煌めく すべてが すべての分子が次々と発光するときが

至福とは それの発動 満ちるとは肯定するのである

煌めきは一瞬にして残像 そして魂はちからを取り戻す

空気公団 

2007年03月27日(火) 2時21分
空気公団はいい。
じつにいい。

ミニアルバム「おくりもの」を聴いて、あらためて。おもう。
新曲を聴いていても、懐かしい。

ぼくのしたいこと 

2006年01月30日(月) 0時22分
せかいをかがやかせたい

ううん
すでにせかいはかがやいていた
それがかんじられるようになりたい

せかいはぼくもかがやかせてほしい
そうねがった

ぼくは きっとかがやきたいんだ
ちいさなともしびであっても
かがやいていたいんだ
わらってあそびたいんだ
それまでにうぞうむぞうのひきこもごもなじしょうはあるけれど
わらってあそべるところへゆきたいだけなんだ
すべてのひとはしあわせになりたい
それだけ
うまくちからがあわさりかさなりおりなしあえるようにゆこう
そういうかがやきを
ぼくはきぼうする
そしてすでにかんじはじめたい
かぜのいしき かぜのいしき
めぐるいしき
はしるからだをもって
はしるからだをもって
P R
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