『ドナルド・ダックを読む』

December 03 [Tue], 2013, 10:02
皆様、こんにちは。
今日はこのブログの過去の記事において再三触れてきた、『ドナルド・ダックを読む』(原題Para Leer Al Pato Donald)という本をご紹介したいと思います。
この本は1971年、当時チリ国立大学教授であったアリエル・ドルフマンと、同大学講師であったアルマン・マトゥラール(但しマトゥラールはチリ人ではなくベルギー人の社会学者で、当時チリに居住していた)の手による、ディズニー批判・大衆文化批判の名著です。

『ドナルド・ダックを読む』は1973年、クーデターによってアジェンデ政権を打倒したチリ軍部により、有害図書として焚書の憂き目に遭うも、各国語に翻訳されて世界中で読まれるようになったという、数奇な運命を辿った本です。
サルバドル・アジェンデがチリの社会党、共産党、急進党などで構成された人民連合を基盤とし、大統領に選ばれたのは1970年。
当時チリは文化的に米国の従属下にあり、同国のマスメディアの多数は、米国系資本或いは米国資本と協力関係にあるチリ資本が支配していました。
そのため、当時のチリ国内で流通していたTV番組、映画、コミックに至るまでの娯楽は、殆ど全てが米国製で、特に児童向けコミックに関しては、ディズニーがほぼ完全にその市場を独占していたのです。
こうした事情を踏まえ、人民連合政府は、70年の選挙での勝利から73年のクーデターに至るまでの三年間に、マスメディアにおける自前の媒体の創出に尽力し、また既存の支配的文化への組織的批判を支援しました。

『ドナルド・ダックを読む』の著者であるドルフマンとマトゥラールは、まさにこうした活動の中心にいた人物であり、彼らはこの当時設立された国営出版社キマントゥにおいて、児童コミック『小さな山羊』(Cabro Chico)の製作に携わる一方、チリ国立大学などの教育機関や出版物を通し、大衆文化批判の理論及び実践を繰り広げていました。
『ドナルド・ダックを読む』は、まさにそうした活動の中間報告として著されたものだったのですが、マルクス主義の手から祖国を救うとの口実とともに軍部が行った73年のクーデターと同時に、この本は禁書となり、焚書リストの上位にランクされてしまいます。
このような緊迫した情況のなか、ドルフマンとマトゥラールは辛くもチリを脱出し、ドルフマンはオランダに亡命します。

チリ国内では禁書となってしまった『ドナルド・ダックを読む』ですが、世界各国の言語に翻訳されており、チリ国外ではかなり流通しています。
そして英語版も、1975年にインターナショナル・ジェネラル社というアメリカの出版社によって発行されています。
ただし、イギリスの業者で印刷された英語版初版は、アメリカ本国に輸入される際、ディズニーの著作権を侵害する惧れがあるとして、全部数が差し押さえられています。
問題はこの本に、実際の漫画のコマが図版として使用されていたことでした。
この著作権問題を巡ってディズニー側と出版社側が争ったのは言うまでもありませんが、結局アメリカ財務省は出版社側の主張を認め、その後この本はアメリカ国内でも容易に入手できるほど流通するようになりました。
この件に関して、英語版の発行者を擁護した弁護士たちが、政治上の意見の相違や少数意見の抑圧のために法が濫用された例だと語ったということは、特筆すべきことでしょう。
因みに日本語版は、1984年に晶文社から発行されています。
この記事も、晶文社から発行された日本語版を元にして書いています。

この日本語版『ドナルド・ダックを読む』ですが、残念なことに現在は絶版のようです。
ただ、この本を読むこと自体は、恐らくさして困難ではありません。
私は今回この記事を書くにあたり、住んでいる自治体の図書館でこの本を見つけましたが、出身大学の図書館にも何冊かありましたし、さらには中学・高校の図書館にもありましたので、探せば比較的見つけやすい本といえそうです。

さて、気になる本の内容ですが、ここまでこの本が生まれたいきさつを読んで下さった方にはお分かりの通り、ところどころユーモアのある皮肉も交えて書かれてはいるものの、かなり真面目な内容です。
この本の主張は、最後の結論部分にある、ディズニーの真の脅威は、「彼が米国的な生活様式(American Way of Life)のスポークスマンであることにではなく、彼が米国的な生活の夢(American dream of life)を代表していることにある」という一文に要約されています。
ですからこの本をより深く理解するためには、まずは結論部分を一度読んでから、改めて全ての内容を初めから読み直すという読み方が有効なのではないかと、私は個人的に思っています。

この本は、既に敗戦からおよそ70年経った日本に住む我々には、なかなか思いつけないような気付きを与えてくれるという点で、非常に示唆に富んでいます。
著者の二人は、チリ国内で流通していたディズニーの漫画を分析し、そこに描かれているのが一貫した帝国主義的・ブルジョアジー的な、支配階級による硬直的なドグマに支配された世界であることを看破します。
ディズニーのコミック世界においては、未来は全て予見されており、過去の呪縛から逃れられないこと、またそれによって、支配階級による法の支配が永遠に肯定されていること。
第三世界の人々が、西洋人に娯楽を提供するだけの愚かで単純な未開の人種として描かれていること。
様々な描写上の配慮により、コミック世界からはあらゆるものの生産過程が注意深く排除されており、従って現実に存在するプロレタリアートと支配階級の闘争という葛藤は作品世界から排除され、支配者階級による支配の力のみが強められた世界観になっていること。
ディズニーがコミックの読み手に対し、無邪気さの仮面を被ってそうした歪められた世界観を押し付けていること。
こうしたディズニー漫画の様々な問題点を、ドルフマンとマトゥラールは、実際の作品やキャラクターの行動、作品の設定などを例に挙げながら、非常に明晰に分析しています。

この本はディズニー世界に秘められたあらゆる問題点を喝破している点で非常に重要であり、大衆文化批判の古典として受け入れられていますが、やはり古典ですから、現代人である私が読むと、首を傾げたくなるような部分もなくはありません。
この本はマルクス主義的観点から多くのディズニー作品を分析し、そのブルジョアジー的支配者意識を問題視しています。
けれどもバークス作品を収録した本をいくつか読んだ私としては、彼らが問題視した作品は、あるドグマを押し付けるものではなく、単なるブラック・ユーモアとして描かれたという可能性が否定できないように思います。
また、著者はディズニー世界においては親という存在が描かれず、おじ−甥やおば−姪という関係(例えば、ドナルドと甥っ子たち、スクルージとドナルドといったように)だけが延々と描かれている点を指して、こうした設定が取られているのは、現実世界における生産というプロレタリアート的過程の排除のためだと指摘していますが、この部分に関しても、私はやや疑わしいと思っています。
実際には、著者が指摘した通り、こうしたキャラクター同士の特異な関係性が、生産過程の排除、ひいては作品世界におけるプロレタリアートの排除及び支配階級における法の支配に繋がっているかもしれないし、読者が無意識にそれを肯定してしまうことが問題になったのかもしれませんが、ディズニー側の意図としては、ただ単に作品を描く上での自由度を高めようとしただけという可能性もあるように思います。
以前別の記事でも書きましたが、ディズニーのキャラクターはあまりにも有名になってしまったため、作品を作るうえでの制約が多くなり、敢えて責任の伴う親子という関係を描くことを避けたのだとは考えられないでしょうか。
例えば、ドナルドがヒューイ、ルーイ、デューイのおじではなく、父親であったとしたらどうでしょう。
彼らの登場するコミックの多くは、とても大人とは思えないドナルドのハチャメチャな行動と、彼に対抗する甥っ子たちの攻防を描いたものが多く、こうした作品においては子供たちに対するドナルドの過剰な対処が面白みの源泉になっているのですが、もしドナルドが彼らの父親であれば、こうした作品をつくることはできなかったと思います。
もしドナルドが子供たちの伯父ではなく父親であったとしたら、彼は責任ある監督者としての父親の立場に追い込まれ、少しでも常識はずれなことをしようものなら、読者から苦情が来たかもしれないからです。

ただ、こうした私の視点はあくまでも個人的なものであり、正誤の吟味はほぼ不可能です。
というのも、『ドナルド・ダックを読む』に使用されている図版のもととなっているコミックは、ほとんどがチリ版であり、ディズニーの漫画が出版国の国情に合わせて描き変えられることが多いことを考えると、これらの図版の引用元となったコミックを、日本で実際に検証することができないからです。
こうした点が、この本を読んでいて隔靴掻痒の感に苛まれる点ではありますが、それでもこの本は、あらゆるところにディズニーグッズが溢れ返る、アメリカの文化的・政治的属国である日本に住む私たちにとって、大変興味深い示唆を与えてくれることは確かです。
この記事を読まれた方は、是非実際にこの本を手に取り、内容をご自身で吟味されることを願います。

参考文献:
アリエル・ドルフマン、アルマン・マトゥラール著、山崎カヲル訳『ドナルド・ダックを読む』晶文社、1984
小野耕世著『ドナルド・ダックの世界像 ディズニーにみるアメリカの夢』中央公論社、1983
  • URL:http://yaplog.jp/youzi8037/archive/228
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