側にいる人をを放っておいていいのか 

2006年11月12日(日) 22時58分
人に優しくされると、実に気持ちが落ち着く。現在右肩鎖関節脱臼で入院手術をし、先日退院した。看護師さんの気遣いや、喫煙仲間の喫煙室での世間話、隣のベッドにきた老婦人との温かい会話、退院後の身の回りの方々の思いやりの言葉がけ、どれをとっても自分の成長につながった。それも自分の中で忘れかけていた人への思いやりを教わった。人と人の繋がりはぼくを支えてくれる。自分に自信がつき、時には反省して改めていくためのいい出会いが最近多かった。
先日「ALWAYS三丁目の夕日」を監督した山崎貴が地元へやってきた。もっと宣伝をして、より多くの方々にお話を聴いていただきたかった。映画が出来るまでの経緯や子どもの頃や現在の生活の様子をわかりやすく語っていただいた。その中で感動したことは、自分の情熱と人と人との繋がりを大事にしながら賢く仕事を進める彼の生き方だ。
相手の事を出来るだけ理解し、自分の考えを出来るだけわかりやすく伝えていくことが、社会の一員としての大事な役割だと確信した。監督は、ぼくと同じ地元の出身で、高校の後輩だったことも知った。すごい人が身近な存在だったのだと気付いただけで、ワクワクしてくる。考えが自分と似ていることで、なおさら近い存在に思ってしまう。
電車通勤の機会を得て、家から駅までと到着した駅から職場までは徒歩だ。その間にできることは、イヤホーンをつけて音楽鑑賞することだけではなく、道行く人たちに会釈をしたり、小中学生に「おはよう」と声をかけることもできる。大抵の方は挨拶を返してくれる。小学生などは、そちらから声をかけてくれる子どもも多い。とても嬉しいことだ。
現在、不審者からの被害防止のために、多くの小学校や自治体で対策を立て実行している。その中に、PTAや地域のお年寄りらによる挨拶ボランティアを兼ねての防犯対策がある。街角や校門の前に何人か立ち、挨拶運動や交通指導、そして何より、子どもたちの命を守るために活動している。
お年寄りたちの中には、「こちらこそ生き甲斐に感じている」、「小学生だた頃を思い出せて嬉しい」などの感想を持つ方も多い。
ぼくが子どもの頃、昭和30年代から40年代は、いたずらをすれば、見ていた大人が、今のように学校や教育委員会に匿名で通報する方はいなかったのではなかろうか。入ってはいけない場所で遊んでいれば、そこで仕事をしている方が直接叱ってくれた。近所には6年生から就学前の子どもたちが列になって遊べるスペースはあったし、もし陣地を出てしまったときには、誰かしら大人が叱ってくれたり、たまには許してくれた。
そんなご近所や地域の人たちがして当たり前だったことが、今は学校に電話が来て、担任や校長、教頭に知らされ、職員会で「担任の先生から注意しておいてください」方式になりがちなのだ。先日、T駅のホームで煙草を吸っていた高校生くらいの男性が、電車に乗る直前に、コンクリートに投げ捨てて乗車してきた。とっさに「火を消しておいで」という言葉が、ぼくの口から出た。彼は、ホームに戻り、靴で、火のついたままの吸い殻を踏みつけていた。彼の目標は、未成年のうちは煙草を吸わないこと、喫煙は許可された場所で吸うこと、吸い殻は火を消して灰皿に入れることではないだろうか。残念ながら、ぼくは、火を消すまでしか見届けることが出来なかったが、高齢者社会になってきている日本では、大人は余るほどいる。ぼくを含め、その方々が、役割を持って、大切なことを次世代に引き継いで行かなければならないのではないでしょうか。

ぼくのでっかい夢 

2006年11月12日(日) 7時11分
雨上がりの虹は、ぼくの心にジンとくる。
今、世間には、殺伐とした事件が多い。原因は、それぞれ、様々な要素が絡み合っている。
なぜ、こんな世の中になってしまったのか?今朝の信濃毎日新聞の1面記事は、「バーミヤン大仏に胎内経」。ひとまずホッとした。社会面は、「教師に強いストレス....他業種と比較、肉体的負担も重く」、「野球部員3人が喫煙」....それでも、まあ、殺人事件がないだけましだと思ってしまう。
10年程前、子どもたちが「むかつく!」と言う言葉を使い始めた時、「腹が立つ」が正しいと伝えた覚えがある。しかし、今、実はぼくも「むかつく」に慣れてしまった。ぼくらが子どもだった頃、戦争ごっこやチャンバラで使っていた「殺す」という言葉が、今は、まさかこの子がと言われる生徒によって、実際の行動に移される。「いじめられっ子」が放置され、自殺する。すると世間は、責任は誰にあるかという話題で持ちきりだ。高校の科目不履修で、校長が自殺する。高校生も自殺する。
ひきこもりの人たちは、救われないままの状態が続いている。それでも、何とかしたい親や本人、賛同する人たちが行動を起こしている。うちの高校1年の長男は「俺、ニートがいいや」と言っている。
スナックに知った顔が集まると、1つの話題で盛り上がる。事件で被害者が出ると、「誰の責任か」という話になってくる。ある人は、「これは社会の構造の問題だから、これを変えなければ終わらない」と言う。「政府の問題だ」、「行政は動いてくれない」、「家庭から始めよう」、「いくつかのNPOが始めている」、「俺たちに出来ること無いのか?」というふうになってくる。
どうやら、今の状態から脱却する手だては、一人一人が自分の役割をわきまえて行動していく社会に変えていくことにしかないのではないだろうか。
ぼくのでっかい夢は、社会を変えることだ。誰もが、命を尊さを知り、痛さを知り、お互いの弱さを認め、支え合う。或いは、お互いの強さを生かして行動する。そんな社会を作る(取り戻す)のが、ぼくのでっかい夢です。
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