2007年6月28日
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生活者?松本隆 / 2010年02月28日(日)
僕は若い頃からノーテンキだ。
「暮らし」と言う事を真剣に考えた事が無い。
その方面に興味が無い。
完全に欠陥人間。
リコールして欲しい。
ブレーキ効かんのよね。

「質と量」を追求したはっぴいえんどの松本隆さんはしっかり生活している。
「妻とその頃生まれた娘を食わしてゆかなければならないと思った」
そうだろうね。
正しい。

それだからって、ずっと松田聖子プロジェクトなるものに関わっていく理由が訳らん。
さっぱり訳らん。
食うために?。
今度は量が欲しいと思った?。
僕にはよく訳らん。
かっこいいとも思わん。
都会っ子だよ。
田舎者にそんな道は考えられん。

上がこうだから今がある。
あえて僕は田舎者と言ってるが、本当はそんな事全く思ってない。
「生活の為にヒット出さないと」
そんなもんかね。
本当かいな。
逃げたんじゃないの。
今更西行法師を目指すなんて言われてもね。
都会っ子のする事はよく訳らん。

 
Posted at 17:36/ この記事のURL
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橋本ひろしはロッカーである / 2010年02月26日(金)
TVタックルに橋本ひろしさん登場。
「社員の首切るのは離婚同様エネルギーが要る」
民主議員はギャフン。
経営者側からの意見は面白い。
「最初出会った人は正社員。後で出会った人は残念だけどバイトになる」
その通り。誰も文句を言えない。

ビンボー臭い話はもう沢山だ。
国とマスコミぐるみでビンボー話ばかり。
アホラシイ。
「仕事が無いって言うけど、そう言うあなたの質問に問題があるんじゃないの」
中々公の場では言えない。
橋本さんは偉い。

「会社経営とロックです」
カッコイイね。
新しい時代を予感させる。
皆古臭い。
好きな事やればそれでイイジャン。

橋本さんはとてもピュアーだ。驚くくらい。
決して偉ぶらない。
「忠平さんはいいなー。色んな音楽の現場経験してる。うらやましいなー」
本気で言うからね。
やっぱそんな人の所には人が集まる。
そう言う事。
荒波の中でも、不況の中でも
何かを見つめ続け、守り続ける。
それが次の時代を作ると思うよ。

 
Posted at 16:53/ この記事のURL
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藤田まこと 偉大なる芸人 / 2010年02月24日(水)
偉大なコメディアンが亡くなった。
日本は森繁久弥を失い藤田まことも失った。
コメディアンは芸能の世界の大きな大黒柱だ。

彼らに続くコメディアンが日本にいるだろうか。
新劇上がりの西田敏行はもう一つ。
柱がいなくなった。
寂しくてならない。

僕にとってコメディアンはロックンローラー。
演技も歌も両方出きる人。
その人にしか出ない味を持つ人。

今の日本にはポップス系の芸人しかいない。
まず歌が歌えない。
カラオケが上手い芸人は大勢いるが心に迫る歌を歌えない。
友近とてただの機械的歌手だ。

百人の太田光より一人の藤田まことだ。
ケタが違う。
いよいよ日本は終わりかと思う。

ビートたけしは映画に逃げた。
松本人志も。
彼らは歌えない。
心を癒し揺さぶる歌を歌えない。
コメディアンではない。

日本人を支え続けた土着のパワー。
決して古くない。
現代の芸人達がコメディアンとして育って欲しい。
インスタントはいらない。

 
Posted at 19:44/ この記事のURL
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渋谷場外売り場 冬の情景 / 2010年02月22日(月)
中国人らしき青年が叫んだ。
「5番、2番、7番。三連複バッチリ。ヨウシバッチリ!。トッタトッタ」
中国語なまりを含んだ日本語はかなり大きな声だった。

彼は毎レース、テレビモニターに向かって叫んだ。
「ヨシ!ヨシ!」と。
隣の日本人のオジサンがそのたび、「そう、とったの。凄いねー。良かったねー」と答えた。

彼はほとんどのレースで「トッタ!」と叫んだ。
黒いジャケット姿。
僕は彼の後ろに立ちモニター画面を見た。
背が高い。
まだ30代だろう。
軍服を着せれば精悍な兵士になる。
そんな事をぼんやり思った。

すぐ横に分煙室がある。
馬券買った後はその部屋のモニターで実況放送を見る。
日本人達は誰も無言。
レースが終わると皆バラバラとその部屋を出る。

コーヒーカウンターでサンドウィッチとコーヒーを頼んだ。
人ごみの中、あの中国人青年の顔が見える。
兵士はまんじりともせず、モニター画面に写る馬達を見ていた。
異国の地で。

 
Posted at 16:10/ この記事のURL
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視力1.0で行く関東 / 2010年02月20日(土)
「順調です。眼鏡かけると視力1.0出てます」
医者はそう言った。
本当よく見える。
見たくないものまで。

手術やなんやかんやで1ヶ月実家にいた。
今日上京する。
東京、川崎、伊豆。「何でも見てやろう」の旅になる。
嬉しい。
ほとんど見えなかった男が突然視力1.0だもんね。
全てが別世界。
光溢れる世の中ですよ。
僕にはね。

眼鏡はかけたくない。
裸眼のほうが楽。
ものが大きく見える。
新聞も本も読める。
早速新幹線の中で本を読もう。
何にするかな。
なんてね。
やっと普通の人間になれた。

東伊豆の河津桜は咲いてるだろう。
春の乾いた空ににふかれたい。
河津川の土手が眼に浮かぶ。
僕にとってはそれが花見。
少し早いけど毎年見に行く。
ぼっこりして何ともいえない開放感が味わえる。
いいですよ伊豆は。
今が一番良い季節かもしれない。

とりあえず今日の夜は「三チャン食堂」で一杯。
ビールが飲みたい。
全てはそれから。
新丸子の日々が始まる。

 
Posted at 14:26/ この記事のURL
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青春の風景 新しい街 / 2010年02月18日(木)
林静一作「赤色エレジー」の幸子が僕にとっての永遠の恋人像だった。
僕は一郎。
そこから今も出られない。
もう一人はつげ義春。
彼の漫画の世界が僕の一部になってる。
強烈に影響を受けた。

手塚治の火の鳥は美大生のバイブルだった。
ジャズ喫茶、ロック喫茶で火の鳥を開げるのがカッコイイとされた。
当然僕も読んだ。
でも僕は先輩達の様にのめり込めなかった。
ほとんど覚えていない
谷岡ヤスジ。どおーくまんプロ。つげ義春。
彼らは僕の青春と重なった。

つげ義春は僕の原風景かもしれない。
「夢日記」は完全に僕だった。
何の目的も無い日常。
タレ流される欲情。
正直な人だと思った。
僕自身の未来が描かれていた。

何も変わっていない。
あの頃のまま。
昔、川崎武蔵小杉の大通りを渡り「新しい街」を作詞した。
「寒い午後に何をしようか」
通りを横切り喫茶店に入った。
新婚の妻が一緒だった。
乾いた風が通りを吹き抜けた。
あの風はまだ体の中に吹いている。


 
Posted at 11:52/ この記事のURL
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質と量の追求? 松本隆 / 2010年02月16日(火)
ザ・ライダースNHKは良く見る。
佐野元春君の、相変わらずの青春真っ只中が少し面映いが、若者達がロックで育った大人達を知るには良い番組だ。

作詞家になってからの松本隆作品に感動した事は一度も無い。
田舎者の僕には松田聖子と言うアイドルは只通り過ぎただけだった。
山口百恵の暗さのほうが100倍良かった。
僕は百恵派。

「普遍的なものを作る」
彼はそう強調したがどうだろう。
松田聖子が普遍なんだろうか。
「明るい青春」なんていいかね。
絵に描いたような青春物語。
割り切られたあかるさ。
そんなものはクズだと思うけどどうだろう。

ロックはロック。
芸能界は芸能界。
東京に育つとそう割り切れるんだろうなー。
僕にはできない。
そんな器用じゃない。
結局、日本のロックは思いっきり歌謡曲を量産し、芸能界を支えたに過ぎない。
ソコントコヨロシク。
なんてね。
僕はカッコイイとは思わない。
目先ですよ目先。

 
Posted at 11:14/ この記事のURL
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母と子の絆 大根寿司 / 2010年02月14日(日)
北国新聞金曜日のコラム。
「興味津々」に原稿を書いた。
僕の記事は4週分。
表題の記事が第一弾。
近所のオバちゃん達から「読んだよ」と電話があった。
「顔も文章もお父さんとそっくりや」と言う鋭い意見もある。

父が昔書いた「釣り日記」は面白かった。
地元の機関紙に連載した。
釣りの話と身の回りの出来事を上手く盛り合わせた。
父の芸に僕は遠く及ばない。
父には文才があり、軽やかだった。
そして、とてもシンプルだった。

父は死ぬ前、家を新築し書斎を作った。
壁一面が天井まで本棚。
そこで本を読み老後を過ごすはずだった。

父の死後、書斎はそのままになっている。
いつか僕が使用すると母は思っている。
でも、僕に書斎は要らない。
多分、父の様に落ち着いた暮らしは出来ない。

でも、ひょっとしたら、僕は父の夢を叶えてるのかもしれない。
好きな事をして一生を終える。
口には出さなかったが、それは無言のまま僕に伝わった様に思う。

 
Posted at 11:24/ この記事のURL
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我らのアイドル真野響子さん / 2010年02月11日(木)
明け方胴ぶるいがした。
あまりの寒さにガタガタと体が震えた。
どうにもならない。
頭から布団を被っても駄目だった。

朝、窓を開けると雪景色。
「ありゃまー、競馬に行けんやないの」
今年は飽きるほど雪が降る。
「暖冬や言うたのに、ミヨちゃんはオンモに出たいんや」

NHKラジオに真野響子さん出演。
ハイパワー。
早口。
日本のビビアン・リーは曲をリクエストした。
「ゾーズ・ワー・ザ・ディズ」
メリー・ホプキンの懐かしい曲。
「歳をとって訳る事ってあるのよねー。この曲の意味が今になってピターっとくるんですよ。先輩達のおっしゃった話も歳をとって訳るんです」

その通りです。
いろんな事が訳る。
顔が変わる。
姿が変わる。
でも、中身は変わらない。
宇野重吉の教え子、真野響子さんは今も健在。
ガンガン先を行く。
素敵だなーと思う。

雪ぐらいナンダ!。
寒さが何だ!。
真野さんに叱られる。
一勝負しに行くか!。

 
Posted at 11:20/ この記事のURL
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競馬場はゴム長男達で一杯 / 2010年02月06日(土)
術後の経過は良好らしい。
僕は病院から小松駅へ直行した。
「家にじっとしろれんよ。競馬じゃ、競馬」
鈍行に飛び乗り金沢へ。
駅前から競馬場行き無料バスに乗り込んだ。
本日は名古屋競馬の場外売り。
予想以上に客が多い。
冬場はお百姓さんたちもヒマ。
このクソ寒い中、皆家にはいられない。

またしても勝負レースに突っ込みハズれる。
チョコチョコ稼いで大きく放出。
たいした負けじゃないが、後半レースに弱い。

手術後3日目の体はやはり疲れていた。
じっとり汗ばみ、フラフラする。
「いかん、まだ早かった。家にいるべきだった」
なんて思ったが、知らぬ間に元気になった。

ボカシサングラス男は5時29分発小松行きの車中にいた。
皆、チラチラ僕を見る。
僕はサングラスを鞄にしまった。
「どうや、ピースフルな男でしょ。マトモでしょ。怖がらないでね」
なんて思いながら、ストーンと眠った。
まだ早い。
体はまだ元に戻っていない。
もう暫くはじっとしとらんといかん。
もう少しね。


 
Posted at 12:53/ この記事のURL
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