2007年6月28日
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オバちゃんに誘われる / 2010年01月31日(日)
川崎競馬場にはオバちゃんの常連もいる。
「ネ、ネ、ネ、次のレースの本命って何?教えてー」
なんて、すり寄ってくる婦人もおられる。

通称、金持ちオバサンはだれかれと無く話しかける。
70歳は遠に超えている。
化粧バッチリ。
オシャレ。
若い頃はさぞかしと思わせる。

「勝負メンコってあるのよ。○○騎手は赤ね。勝てると思った馬に乗る時赤色のメンコを馬に着けるの。ホラ、見て、赤よ、赤、勝負よ!」
彼女は単勝2万突っ込んだ。
そして、見事勝利。

「今日は調子がいいみたい。ダンナから月80万お小遣いもらうの。最近は景気悪いから40万に減らされたのよ。もー大変!」
何ともうらやましい。
「ねー、あなたさ、中央競馬やんないの?」
オバちゃんはジロ」っと僕を見る。
「公営のみです僕は」
女は死ぬまで女。
パワーギンギン。
幾つになってもきれいに咲く花ですよ。
男を誘う元気が有る。
日本女性は強いなー。

 
Posted at 11:15/ この記事のURL
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死んだ音楽。何も残らないきっと / 2010年01月24日(日)
一人のロックミュージシャンが書いたワンフレーズ。
それは夏を歌った。
その詞の中にあった「見えるもの、すべて、線を歪める。」
夏を一言で表現した。
そして、自身の心の内も。
凄いと思った。
まもなく彼は音楽を捨てた。
「いちリスナーに戻ります」

日本のロック界に必要な男だった。
彼を音楽の世界に引き止める力が僕に無かった。
ポップス系のロックミュージシャンは大勢いる。
ほとんどがそうだ。
世間のことは知らないが僕にとっては全く価値が無い。
興味の外。
そんな音楽界が主流である事が不思議だ。
皆ビートルズを聴いているのに。
一体ビートルズの何を聴いたのだろう。

年寄りのグチ。
多分そうだ。
現実に愛想つかした理想主義なのか。
僕は。
まー、今の日本ならそうだ。
でも現状に文句の一つも持たない事のほうがはるかに問題だ。

意見。
自分の思ってる事を、これ程疑わなくてはならない国なんて、やはりおかしい。
何も進まない。
政治も音楽も。
日本ってこんなにオモロナイ国だろうか。

 
Posted at 12:00/ この記事のURL
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白内障手術 / 2010年01月21日(木)
最初眼を洗う。
それから角膜を切り、そこから細い管を入れ、濁った水晶体を吸い取る。
「シュワー、シュワー、シュワー」と聞こえた。
その後。
人工の水晶体を入れる。
僕の場合その水晶体に近視を治すための度が入っている。

10分位だったが、体中に力が入り汗が吹き出た。
かなり怖い。
反射的に眼を閉じようとする。
「もっと下を見て!足元を見るつもりで!」
手術医の声が飛ぶ。
両方とも必死。
僕は前日亡くなられた浅川マキさんにすがった。
「マキさん、痛いよー。マキさん助けて」

術後はグッタリした。
「佐々木さん顔色悪い、真っ青だ」
同室の吉田さんが言った。
吉田さんも手術をしたばかり。
「気色悪かったなー。二度と御免だ」
僕と吉田さんは晩飯まで眠った。
二人ともクタクタだった。

翌日。
僕らは視力検査を受けた。
「0.4が1.5になりましたよ、佐々木さん」
吉田さんはニコニコ笑って病院の外を見た。
そして僕も大空を見た。
白山連邦。
大空。
キラキラ光っていた。
「晴れた日でよかった」
吉田さんはもう一度笑った。

 
Posted at 22:59/ この記事のURL
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米神、根府川、135号線 / 2010年01月19日(火)
評論家、岩見隆夫氏は北国新聞コラムにこう書かれた。
「東海道線車中より見る根府川駅付近から眺める相模湾が絶景である」
満州引揚者の彼は日本の自然を守りたいと述べられた。
初めて見た日本が佐世保であり、その山々は青く目に写ったと。
満州の山は岩が表出し黒かったらしい。

僕も東海道線の米神、根府川の景色は大好きだ。
米神の大根、小根の岩場、根府川の海に突き出た岩場には何度となく釣りに訪れた。
海沿いを走る135号線は日本で一番好きな国道だ。
「南へ行こう」
南下するイメージは135号線以外浮かばない。
西湘から米神、真鶴、熱海へと続く道は楽園、パラダイスに向かう。
そう思うのだ。
心が解け、南の風が吹き渡り、そのまま空中へ吸い込まれていくような開放感がある。

箱根、伊豆へ走るライダーズ。
革ジャンにヘルメット。
気持ちいいだろうと思う。
そして伊豆半島。
思い切り左に傾斜し、その先端はいつも白く煙る。
関東一の風情。
それを味わえた事を神に感謝したい。

 
Posted at 20:25/ この記事のURL
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僕もなりたや周五郎 / 2010年01月16日(土)
歌は冬の間に出来る。
春になり夏になると歌作りは忘れ去られる。
シンドイ思いしてコツコツ歌を作るのは誰にとってもつらい。
「ああ、これ歌になるな」と思ってから完成するまでに3年はかかる。
僕の場合ね。
ポンと出来ても3年は寝かせる。
人前にすぐには出せない。
不器用なのだ。

納得できるコード進行。
きれいな形のメロディ・ライン。
そしてリズム。
いくつもの難関を通らないと曲は出来ない。

作曲の師はジェリー・ガルシアとアラン・トゥーサン。
そしてチャック・ベリー。
彼らの作曲に近ずきたい。
作詞の師はいない。
でもストーンズの詞は大きな影響を僕に与えている。

そして歌の世界の師。
それは文芸と言い換えてもいいが。
僕は山本周五郎に強く惹かれる。
周五郎の物の見方。
感じ方をいつも意識している。
男の本当の優しさ。
現実の見つめ方。
そこからの反発。
そのイマジネーションが無かったら日本語の歌詞は書けない。
山本周五郎は偉大な師だ。

 
Posted at 16:00/ この記事のURL
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雷鳴。地響き。北陸の冬 / 2010年01月14日(木)
パズルを解いている。
ずーっと。
そのパズルが完成した時、パズルの全貌が見える。

タンゴ。
謡曲。
ロック。
ブルース。
トラッド。
そして男と女。
バラバラの断片がいつかジグソーパズルの様に、一つの絵になるか。
或いは抽象画の様に不安定な安定を生むのか。
その内分かる。

人生はパズル。
冬になるとそんなことばかり考える。
いくつものコード。
並び直進する様々なコードの上にメロディを作る。
一つの音の背景にはコードがある。
それは作曲。
人生を形作る事。

歌唱する。
歌声は全てを決めてしまう。
感情。
うつろいゆく感情。
決してとどまらず、上に下に、休止しまた動き出す。
作曲とは歌う事。
人間が生んだ究極の行為。

朝方。
僕の部屋は雪にスッポリ埋もれた。
雷鳴が轟く。
白色の光が窓のカーテン越しに点滅する。
冬。
無情なる自然界からのサイン。
太った男は冷えたコーヒーをすする。
太った男はつかの間、自分自身の時間の中に溶け込んでいった。

 
Posted at 19:56/ この記事のURL
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何度でも。死ぬまで言うぞ / 2010年01月12日(火)
僕は北陸人だ。
石川県人であり、小松市出身者だ。
「今日は。北陸の貴公子めんたんぴんです」
柴田徹が提案した。
「貴公子でエーがな。かっこいい」
僕もそう思った。

若い頃から僕らは意識的だった。
東京なんて眼中に無かった。
僕らはサンフランシスコに憧れ、それは今も変わらない。
グレートフル・デッドを生み育てた街。
その一点で充分だ。
東京が何を生んだか。
東京は音楽を生まない。

大阪はサウス・トウ・サウス。
京都は村八分。
奈良と大阪合体は優歌団。
名古屋はセンチ。
三多摩はユーミン、清志朗、小室哲也。
青山、赤坂、六本木から音楽は生まれない。
東京は音楽の大消費地。
流通する場所。

そう言いながら東京神奈川に30年以上住んでいる。
東京にケンカ売ってる訳じゃない。
今の中途半端な地方に比べたら東京は百倍楽しい。
でも、僕はどれだけ長く住んでも北陸人だ。
都会人ではない。
多分、地方出の都会人は僕と同じだろう。
東京は東京。
そっとしとけばいい。
大問題は地方。
そこがポシャレば、エライ事になる。

 
Posted at 18:35/ この記事のURL
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女の子女の子女の子 / 2010年01月10日(日)
冬空の下、僕はクラッカーを持ち女の子達の間にいた。
「後一分!」
「ギャー」
女の子達は飛び跳ねだした。
「後三十秒!」
「ウギャー」
「後10秒!9,8,7、」
「ワキャー!フギャー!」
そしてクラッカーを空に向けノズルを引いた。

ドッカーン!。
同時に花火が打ち上がった。
「ワギャー」
女の子達は再び跳ねた。
リンスの甘い香りが風に乗り柔らかく漂よった。
「いい匂いやなー」
僕は独り言を言った。

12月31日。
元気劇場に森観と共演した。
イケメン揃いの劇団員達の催すカウントダウン・パーティ。
女の子達はクソ寒い中集まった。
150人か200人はいた。
午後10時にパーティは始まった。
10代20代の娘が大半。
劇団員のユニットバンドと我が森観は対バンした。

「イケメンに負けてられませんよ!」
大勢の女の子を前にし、森観は燃えた。
これぞローカル・パワー。
知らぬが仏パワー。

ビールを飲み、深夜カツカレーを食った。
高橋明雄親子。
ノブ一派。
仲間も一緒にカウントダウンを楽しんだ。
それにしても沢山の女の子達。
皆可愛くて素直。
記憶に残る大晦日になった。
女の子にキャーキャー言われて森観はそれでも「信じていいんでしょうか」と僕に訪ねた。

 
Posted at 18:54/ この記事のURL
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心強い味方 / 2010年01月08日(金)
T君は新聞社の文化部長になった。
「忠平さん、これ新しい名詞です」
出世したなーなんて言わなかった。

彼は真面目で心の熱い男だ。
必ず北陸の文化向上の為働いてくれる。
「金沢一極中心やなくてやな。小松や加賀市のこともちゃんと書いてくれや。頼む」
僕は彼を心強い味方と勝手に思っている。

同行したハリー吉田を紹介した。
「記事にします。いいですか」
T君はカメラマンを呼び、インタビューの女の子を呼んだ。
「二人で今年の抱負を語ってください」
最終の飛行機で東京に帰るハリーを引きとめ僕らはインタビューに応じた。

昔、T君は政治部にいた。
東京の支局で働いた。
彼にすれば文化部は本位で無いかもしれない。
去年のサマー・ジャムにも来てくれた。
「いやー、面白かった」と楽屋で何杯もビールを飲んだ。
「めんたんぴんのCD2枚買いました」
彼はまだ若い。
僕からすれば政治も文芸も同じだ。
夜の金沢の酒場で、これからも政治を語り合う機会も増えるだろう。
出世、御目出とう。

 
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我始動す。2010 / 2010年01月06日(水)
あっという間に正月は過ぎた。
餅を食いまくったがそんなに腹は出なかった。
明日上京し、クリムゾンの制作再開催。
「ビシッといくぞビシッと!」
もうゴール前でムチ入れてる。
ちょっと早いか。
後ろ振り向いたら誰もついて来んかったりして。
カッコ悪いのー。

90歳近い吉田会長は正月を妻と二人でタイで過ごされた。
「ヨーロッパの人は優雅だよ。プールサイドに寝そべってね。こんな分厚い本読んでるんだ。日本人はセコセコしてるなー。どうしてかなー」
プーケットの思い出話を語られた。

70年代。
彼はコマビルを建て、ミスター・ドーナツ、モス・バーガー各数店を県内外に持った。
「あの頃は楽しかったなー。新しい店を作るのは楽しい。皆珍しくって、嬉しそうやった」
そのパワーが欲しい。
戦前戦中派に続きたい。
そして僕も優雅に暮らしたい。
セコイ日本人にはなりたくない。
それじゃ生まれてきた甲斐が無い。

 
Posted at 18:42/ この記事のURL
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