2007年6月28日
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変わらないもの / 2009年08月31日(月)
英国ニューキャッスルのバンド「リンディス・ファーン」
ニューキャッスルの街を歌った名作「フォグ・オン・ザ・タイン」を忘れてはいけない。
死ぬまで心に残るレコードだ。
そして僕は彼らのようになりたかった。
若い頃から。
郷土の人達と共に郷土の歌を歌い楽しみたかった。

それが僕のロックだ。
ずっとそう思い続けてきた。
そしてその思いは小松サマー・ジャムと言うチャンスで爆発した。
旧友池田洋一郎も同じように思っているはずだ。
開高健流に言えば、「今。円はむすばれました」である。

もし僕に能力があるとすれば、その事を思い続けた事以外に無い。
歌手としても、音楽家としても、ほとんど出鱈目でやってきた。
僕はロックが好きだ。
音楽が好きな訳じゃない。
音楽マニアになる気はさらさら無い。

それが僕のスタイル。
もう変えられない。
57歳になっても18歳のまま。
そのまま突っ走る。
その為に僕は生まれてきた。

 
Posted at 15:54/ この記事のURL
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馬の骨土の骨 村八分 / 2009年08月28日(金)
僕にとってはストーンズ以上の存在だった。
京都会館第一ホールのライブは忘れられない。
全てを否定し全てを破戒した。
20歳そこそこの僕はあの時日本のロックの凄さを見た。

8ビートは京の街に舞う雅な拍子となり空間に響いた。
京の夜に土の中から現れた鬼が舞い踊った。
土の骨。馬の骨。

客席前列では白人ヒッピー達が踊り狂った。
その昔。
拾得の客席で乱舞いした白人達の仲にジェリー・ルービンがいた。
「肩を抱き合った男がジェリー・ルービンやった。びっくりしたわ」
拾得テリーが語った。

毛沢東、ゲバラ、テルアビル空港無差別乱射、岡本公三。
京大西部講堂の屋根に輝いた星星。
ダム・ハウス、部族開放闘志菊ちゃん。

あの頃の京都には魅力的な闇がそこかしこにあった。
四条河原町で出会った岡林信康夫妻。
殿山泰三。
そしてギブソン355を肩に担いで歩く山口富士夫。
村八分は京の守り神だった。
その町から僕はサンフランシスコへ旅立った。
まるで巡礼のように。

 
Posted at 14:52/ この記事のURL
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赤色エレジー あがた森魚 / 2009年08月27日(木)
僕はあがた森魚が大好きだった。
学生の頃この歌をよく歌った。
香林坊で。
卯立山のサマー・コンサートで。

あの漫画本はどうしたろう。
妹が買ってきたのか。
美大の友達がくれたのか。
妹はレコードを持っていた。
武蔵野の夜。
吉祥寺のどっか渋い喫茶店で夜こっそり聴くのにぴったり。

時代は過ぎた。
40年近く。
あっという間。
赤色エレジーは街の片隅で再びの出番を待っている。
そんな気がする。

何故そう思うのだろう。
このデジタルの世に。
携帯の世に。
グーグルの世に。
赤色エレジーは予言だったのか。
僕等は幸子と一郎として生きた。
結ばれる事の無い恋を前提として。
一郎は一人夜曲を踊る。
そう決められている。

赤色エレジーは強烈だった。
逃れられない。
生きる事は悲しい。
ならばせめて美しくと人は思うに違いない。

 
Posted at 21:21/ この記事のURL
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知床旅情 森繁久弥 / 2009年08月25日(火)
NHKの深夜ラジオで森繁の特番を聴いた。
「わたスを泣かすなー」
森繁は何故訛るのだろう。
知床の言い方なのか。

僕は若い頃から森繁を意識した。
彼を好きかときかれたら答えようが無い。
好きとかファンであるという以前に彼のように歌いたいと思った。
多分彼は音楽においてアカデミックな教育を受けている。
それでも尚、彼にしか歌えない歌い方で突き通した。

「今よい(こよい)こそ君を抱きしめんと岩陰に寄ればピリカが笑う」
加藤登紀子バージョンにはこのスケベさが無い。
無類のスケコマシ森繁でなければ知床旅情は旅情にならない。
「君は出て行く峠を越えて」の君は女じゃないだろうか。
そうすればこの歌は失恋歌になる。
「抱きたかった女」との別れ。
エエやないの。

いや、君が女でなくていい。
そう思わせる所が肝心。
単なる風景、日記では歌としては面白くない。
歌い手は無類の女好きでなければいけない。
その事を僕は森繁から教えられたように思う。

 
Posted at 20:21/ この記事のURL
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ザ・プロミスト・ランド グレートフル・デッド / 2009年08月24日(月)
チャック・ベリーのこの曲がデッドのコンサートのオープニングだった。
バージニア、ノーフォークからカルフォルニアへの旅。
サンフランシスコ、カウパレス。
74年2月。
僕はボブソンのジーンズにTシャツ。
開演前にカルフォルニア・ワインを飲み客席に回ってくるイケない煙で準備ОK。
同行した白人達はLSD。
東部の医学部の学生達は、ただデッドを聴く為だけに学校を一年休んだ。
客席にいると色んなものが回ってきた。
皆音楽を求めていた。
生きてる内で最高の時だった。
デッドは5時間演奏した。

コンサート終了後。
日本女子大生ジュンコは白目を剥いて伸びた。
「何これ?、何なの?あたしどうかしちゃってる。忠さん、あなた大丈夫?あたしはもう駄目」
いやはや、すざましかった。
「正気に戻れよ、ジュンコ」
彼女は客席で仰向いたままだった。
あの日から僕は狂ってしまった。
プロミスト・ランドを確かに見た。

 
Posted at 16:04/ この記事のURL
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デッド・フラワーズ ローリング・ストーンズ / 2009年08月22日(土)
愛なんて無い。
無いから欲しい。
恋愛も然り。
一生出来ないから一度はしてみたい。

ストーンズはそう教えてくれた。
女は頭の悪いカスだ。
と言っても、答えはその裏にある。
それが訳らんようじゃストーンズ聴いてもシャーない。

黒人の歌は愛が前提。
まー。ブルースは違うけど。
そんでやっぱ僕は白人の欲望丸出しが好き。
ソウルはうっとおしい。

多分。
イギリス人は一生フリをして生きなきゃならん。
上品ぶり、楽しげぶり。
フリをしないと上等の人間とは認められない。

人生は死ぬほど退屈なものと訳ってる。
だから、ストーンズとかオアシスが出現する。
人生に本物の愛があるなんて誰も信じない。
日本人は少し違う。
やたら愛を歌う。

愛があろうが、なかろうがどっちでもいい。
そう言うと人非人と呼ばれる。
どうだっていいじゃないか。
愛を確かめるリトマス試験紙でも作ってくれや。
一度ぺロッとなめて見たいな。

 
Posted at 11:54/ この記事のURL
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アイ・ガッタ・シルバー  キース・リチャーズ / 2009年08月20日(木)
およそ、イギリス人の考えてる事なんて僕には訳らない。
この曲も然り。
「おれは銀を手に入れた」なんて訳る人居る?。
「ノット・ビック・サプライズ」
関係ねーよって歌うなら何で歌ったの?。
なんて事何十年考えている。
コロッと打ち消すあたりが、まーカッコいいんだろうね。

そしていつまでも心に残る曲だ。
訳け訳んねーけど。
でも、はっきりと銀を手に入れたって言い切れるのは凄い。
この感覚日本人には無い。
何になりたいとか夢を叶えたいとかは言うけど、「これを手に入れたい」なんて聞いた事無い。

日本人は何かを手に入れたいなんて思ってない。
戦後しばらくして消えたんじゃないの。
何でもあるし手に入るもんね。

まー。
大事なものさえ諦めれば人生楽だ。
物。物体。形ある物。
それしか信じないからね。
それ以上の願望持つと疲れるしね。
何にも無い人生選択する。
だって、大事な物って訳んない。
あるんだろうけど。
無い事にするんだよね。

 
Posted at 21:00/ この記事のURL
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チープ・スリル ビック・ブラザー・&・ホールデン・カンパニー / 2009年08月19日(水)
このレコードジャケットこそがシスコを思い描くきっかけになった。
「フリスコ・ベイ」「ヘルス・エンジェルス」
ワクワクするロック的な要素が満載されていた。

僕はジャニスより二人のギタリストに興味があった。
気持ちの良い爆音ギターは激しく心を揺さぶった。
「フリーク・アウト」
僕は「緑色革命」を読み、カルロス・カスタネダの「ドンファンの教え」にのめり込んだ。
「違う世界」に行きたかった。
「ロックな世界」を待ち望んだ。
サイケな日常を楽しみたかった。

何せ若かった。
エネルギーに満ちていた。
ヤバイ事をすることが大人になることだった。

若者達よ。
やるだけやったほうがいい。
一生アホでもいいじゃないか。
訳知り顔の大人になってもしょうがない。
人生やったモン勝ちだ。

 
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日本の音楽界を破壊せよ / 2009年08月17日(月)
いつしか東京が情報発信現になり、音楽界は実にチープになった。
テレビメディアとタイアップするナベプロ的手法は主流となってしまった。
その事に反発したのが日本の70年代のフォークとロックだ。

東京という場所で音楽が生まれるだろうか。
安物のポップスとやらがせいぜいだ。
僕は何度でも言う。
東京に出て、バンドなんか演る必要なんて無い。
早く故郷に帰ったほうが良い。

吉本興業だけでなく、メジャーなレコード会社が大阪に出来なければ駄目だ。
京都、大阪にその力は充分にある。

特にアメリカンスタイルのロックバンドは関西を拠点にしたほうが良い。
東京にはそんな素地が全く無い。
東京は気取るか、派手か、美形なものにしか関心が無い。
日常或いは生活に根ざすアメリカンロックなぞ生きてゆける訳がない。

生まれ育った場所と切れてしまった音楽なぞ音楽ではない。
何でもかんでも、上から降りてくる。
日本の音楽界の現状だ。

 
Posted at 10:53/ この記事のURL
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アオクソモクソア ザ・グレートフル・デッド / 2009年08月14日(金)
僕は人生は歌やと思っている。
いや、歌の為に人生があるが近い。
人生は全て歌を作る為のネタや。

人生の99パーセントは面白う無い。
確実に。
ほんの1パーセントかそこいらが面白い。
でも、その1パーセントがあれば人生は楽しい。

ほんで、今の日本に歌は無い。
音楽はあるけどね。
「音を楽しむ」なんて人は言うけど。
そんな事言ってるから歌が無くなった。

昔は岩谷時子さんとかおったからね。
歌の内容はちゃんと訳ったけど。
ロックファンはほとんど歌詞に興味無いからね。
まー、カタワや。
ハッキリ言うと僕もそうやけど。

実はロックなんかナーンも訳らんからね。
訳らんうちにパンクやらヒップホップやらが流行った。
まー、民主主義って一体なんやろと思う間も無く民主主義国家になったこの国も同じやけど。
ナーンも訳らんのに。

訳っとらんと言う事を自覚しとれば何とかなる。
そんなもんや。
一歩か二歩踏み出せる。
「よー訳らんわ」と言おう。
勇気を持って。
そこから始めよう。

 
Posted at 15:55/ この記事のURL
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