2007年6月28日
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西湘ゲッタ・ウェイ / 2009年06月29日(月)
西湘ランナウェイでもいいが、ここはゲッタウェイ。
スティーブ・マックィーンを気取ろう。
女と逃げる。
別にどんな女でもいい。
一緒に逃げてくれるなら。

新幹線はあちこち伸びるし、この狭い日本で逃げる所は無い。
すぐに捕まる。
男は幻想で生きる。
だから幻想の駆け落ち。

若い頃から何度も駆け落ちを企てたがすべて失敗した。
まず、女は逃げる。
大抵の女は安定を望む。
余程の女じゃないと成功しない。

ゲッタ・ウェイしたいなら。
人生は必要無い。
何も起こらない人生を生きるのはつまらない。
心中に近いが少し違う。
死ぬ事は考えない。
いつまでも二人でいれたらそれでいい。
玉川上水にハマって死ぬのは面白くない。

西湘の月は綺麗だった。
月の光が波に輝いた。
僕は車から降り、月を眺めた。
女は離れて立った。
ドライブ・インの端の歩道で。
暗く、風は吹いていなかった。
月を見ながら、目の隅で女を探した。

 
Posted at 21:06/ この記事のURL
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天国の場所 めんたんぴん / 2009年06月27日(土)
「忠平さんはよくメキシコって使いますよね、何故ですか?」なんて良く聞かれる。
「昔から犯罪者が逃げるのはメキシコと決まっとる」と答える。

男は皆、犯罪者であり逃亡者だと思う。
だから「男はつらいのだ」
女は皆善人で正義だ。
女が悪人になったらこの世は終わる。
男は女から生まれ、女に育てられる。
もし、母親が悪人だったら男は生きられない。

男と女はそれ位違う。
男は悪い事をしても家を守らなければならない。
談合、賄賂、詐欺。
全て男の属性である。

そんで。
そんな浮世が嫌になると男は逃げる。
北へは逃げない。
昔の人はどうか知らんが、現代人は逃げるなら南。
寒いところへ逃げる根性はない。

天国と言う地獄へ逃げる。
所詮生きる先は地獄。
ピチピチネーちゃんと遊ぼうが、酒をあびようが地獄だ。
死んでこそ天国へいける。
現世に天国があればいいが多分無い。
だから歌を作り、絵を描き、小説を書くんだろう。

 
Posted at 12:03/ この記事のURL
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ザ・ヒート・オブ・ナイト レイ・チャールズ / 2009年06月26日(金)
シドニー・ポアチェ主演の映画「夜の捜査線」のテーマ。
この映画は重苦しいミステリー・サスペンス。
アメリカ南部が舞台。
寝苦しく、ベットリ汗ばむ夜の殺人事件。
夜のバーガーシヨップ。
暗く滾る欲望。
明日のことなど誰も考えない日常。
画面から伝わる南部の匂い。
そしてまったりと垂れ込める空気。
ストーリーも、なんもかも忘れたが、場面場面はしっかり記憶に刻み込まれている。
「ザ・ヒート・オブ・ナイト」レイ・チャールズの歌がけだるさを強調する。

夢に出てきそうな映画だ。
最後に訳る犯人もかなりサイコ。
ゾッとする。
それにしても、行った事の無い南部に行った様な気がする。
素晴らしい映画だ。

殺人事件なぞ起きてほしくないが、アメリカ南部には心惹かれる。
何故か懐かしいのだ。
何故だろう?。
子供の頃に戻る。
米国産テレビ映画で育ったせいだ。
圧倒的に良かったもんなー。
やっぱ僕ら、アメリカ人なんかねー。
しゃー無いけどね。

 
Posted at 08:30/ この記事のURL
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阿久悠という男のエネルギー / 2009年06月25日(木)
秋元康が現日本歌謡の代表なのか。
都会の表舞台を描く彼の手法は実に時代に合っている。
「クリスマス・キャロル」都会の若い男と女。
でも僕は満足できない。
ニューヨークの街を眺めながら作られた詞に僕はノレない。

スマートでクールでオシャレ。
そして人間愛。
松本隆と似ているが少し違う。
阿久悠にあった何かトゲトゲしく何かゲツゲツしたひっかかりがない。
僕が田舎育ちのせいだろうか。
男が酒場で一人悶々とする息苦しさは悪くない。
決して古臭くない。

人間愛。家族愛。そんな絵に描いた愛ではなく行き場の無い男が世の中に押し潰されそうになりながら、立ち上がろうとするエネルギーに魅かれる。
どんな時代であれ男とはそう言う生き物じゃないだろうか。

何が起きるかも知らず、一歩足を踏み出すのが男の属性だ。
否。
それは女も同じかもしれない。
そのゴツゴツした手触りを阿久さんは思い出させてくれた。
僕はそれが凄いと思うのだ。


 
Posted at 09:46/ この記事のURL
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イッツ・オンリー・ロックン・ロール / 2009年06月23日(火)
ロックファンに向って歌を歌って楽しいかどうか。
そんな事を考えさせる曲だ。
「誰に歌うか」それは死ぬまで訳らない。
大命題だ。
「俺がステージで自殺したら、オメーラ、ヒイヒイ言って喜ぶだろう」

歌は一人で向き合うものだと思う。
巨大スタジアムであろうが、場末の酒場であろうが。
歌う者は必ず誰かに歌ってる。
その時誰かに。
それが、一番大事なことだ。
マスに向って歌ったってしょうがない。
そうすると歌が甘くなる。
単調になる。

歌謡曲は万人に届いた。
その流れはいつか途絶えた。
歌はカテゴライズされ、万人向けとは程遠い物になった。

ならば、どうするのか?。
答えはそんなに簡単に出ない。
希望ならいくつでも言えるが、現実の答えは一つ。
「俺は只ロックンロールが好きなんだ」でいいのか。
どうなんだろう。
その答えはこの国の政治と直結する。
そして。
歌が先にあるべきだと思う。
この国の思いと、その姿を描くのはロッカーだと思う。

 
Posted at 17:59/ この記事のURL
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ユー・ガッタ・ムーブ ザ・ローリング・ストーンズ / 2009年06月22日(月)
原作者はフレッド・マクダウェルだったっけ、忘れた。
まー。この曲を嫌いな男はこの世にいない。
男たるものガッタ・ムーブだ。

ライブ盤のビリー・プレストンのハモリが凄い。
メジャー・コードをマイナー・コードに感じさせる。
こんな哀愁メロは聴いたことが無い。

黒人に限らず、アメリカ白人男もみなガッタ・ムーブだ。
カントリーなぞ90%ガッタ・ムーブではないか。
ハンク・スノーの「ムービング・オン」
ストーンズも演ってたね。

だから、「逃亡者達」ってバンド名付けたんだけど。
嫁さんもらって、新築マンションじゃ歌にならん。
女はともかく、そんな男の根性は遠に腐っている。
必ず女は去る。

男が安パイ振り出すと女は嫌になって逃げるからね。
肝に銘じたほうがいい。
「ガッタ・ムーブ」みたいな男でいようね。
本音はともかく。
カッコだけでもブルースを響かせようぜ。

 
Posted at 10:05/ この記事のURL
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イッツ・オール・オーバー・ナウ ザ・ローリング・ストーンズ / 2009年06月20日(土)
原曲はボビー・ウーマック。
リメイクされたボビーの曲はかっこ良かった。
バリバリの16ビート。
ストーンズは2ビート。
中学の修学旅行の小遣いを貯めて買った、入っていたのかその後買った4曲入りオムニバスに入っていたのか忘れた。

女にいいように遊ばれ頭にきた男の話。
中学生の頃からこの手の詩が好きだった。
僕が最初に作った曲は「うそつき女」
NHKのステージ101に出演したときにこの曲を歌った。

ロッドもこの曲を演っている。
男は皆こんな曲が好きだ。
ストーンズは他にも「アンダー・マイ・サム」「アウト・オブ・タイム」で女をボロクソに言っている。
気持ちいい。
女が好きだからボロクソに言う。
そこんとこよろしく。

歌の中で「愛してる」なんて言う奴はアホだ。
「オメーなんか大嫌いだ、チクショー」
これが正しい姿。
心の底で女を大事に思う男は決して愛してるなんて言わない。
それを真に受ける女もアホ。
そんな女が裸で横たわっていても僕ならまたぐ。
なんてね。
強がってるだけだけど。

 
Posted at 16:38/ この記事のURL
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ミュージック・フロム・ビック・ピンク ザ・バンド / 2009年06月19日(金)
めんたんぴんの中でボブ・ディランが話題になった事は一度も無かった。
僕を含め、全員がディランに関心が無かった。
何年か前柴田徹に尋ねた。
「ディランをどう思う?」
「何とも思わん。昔から興味無い」
話はそこで終わった。

ディランの影が長い間僕等をザ・バンドから遠ざけた。
「ムーン・ドック・マチネー」により僕等は心を開いた。
土臭くてかっこいい。
東部のインテリは真っ平だった。

後に発表されたベースメント・テープなぞほとんど僕にはゴミだった。
それは二−ル・ヤングについても同じ。
彼にも全く興味が無い。
何故だろう。
若い頃から、ディランと二ール・ヤングは僕の中では存在しなかった。
悟ったような歌い方。
いかにも自分は正義であると言う態度。
大嫌いだった。

ザ・バンドの田舎っぽい都会さが好きだ。
曲は殆んど暗い。
その暗さもいい。
ディランより暗い。
いいミュージシャンの作る曲は暗い。
映画「フェステバル・エキスプレス」の中の彼等は、狂気をおびてかっこ良かった。

 
Posted at 12:03/ この記事のURL
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西も東も作曲法に変わり無し 2 / 2009年06月18日(木)
作曲で大事なのは3小節目。
そこで特徴が無ければ人はついて行かない。
2小節目までの軽いジャブを、3小節目でどう裏切るか。
歌い始めた数秒後に勝負の分かれ目が来る。

4小節まで流し、5小節目にストレートを入れる手もある。
でも、4小節の間軽いジャブを出し続けるのはしんどい。
微妙に変化がいる。

さて。
船村さんは阿久さんを語った。
美空ひばりと、それを作り上げた自分への挑戦ととらえる。
「僕は西条八十と古賀正男にいどんだけどね。今度は僕に挑む男が現れた」

その阿久さんも大衆の支持を失った。
世の中が変われば流行作家は捨てられる。
流行作家であることは時代と共に、それに沿って作品を生む事に他ならない。
「阿久悠の世界」に誰も関心を持たない。
故に、悲しく美しい。

阿久悠。船村徹。
昭和歌謡はその流れをプッツリと閉じた。
彼等に続くものはいない。
時代が変わったといえばそれまでだが。
へそ曲がりの僕は同意しない。
尊敬の念を押さえ切ることは出来ない。

 
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西も東も作曲法に変わり無し / 2009年06月17日(水)
テレビに舟村徹さんが出ておられた。
船村さんは阿久悠さんのことを話された。

船村さんの作曲は日本版ソウルに近い。
「泣けた、泣けた、こらえきれずに泣けたっけ」
この「泣けた、泣けた」から「こらえきれずに」移る作曲が素晴らしい。
王道。
エルトン・ジョンの「ユ・ア・ソング」と全く一緒。
「泣けた、泣けた」はいわゆる前フリ。
軽いジャブ。
そして、「こらえきれず」で音階が下から上に力強く上がる。
続く、「あの子と出逢った」で一層激しくなる。

古賀正男さんの「悲しい酒」
「一人酒場で」は軽いジャブ。
「のーむ、さけーはー」
「のーむ」で足並みを揃え「さーけー」で土をけり飛び上がる。
押さえ込んだ感情が一気にほとばしる。
軽いジャブから一気に上がるのは名曲の証。
西も東も変わらない。
それは人間の感情の動きであり、聴く方は引きずり込まれる。
話は続く・・・。

 
Posted at 14:17/ この記事のURL
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