2007年6月28日
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東京バブル 2 / 2009年05月30日(土)
美術系。映像系の人達とは馬が合った。
長谷川さんはデジタルが世の中を変えるという革新を持っていた。
CMの依頼が殺到した。

ほとんど出来上がった作品に感想を言うくらいしか僕の出番は無かったが、よく二人で酒を飲んだ。
ドイツとニューヨークを放浪した絵描きのテッコンさんはチームの中心にいた。
彼はすでにテレビ画面に絵を書く事を始めていた。
長谷川さんとテッコンさんのチームは最強だった。

映像作家、プランナー、広告代理店の人間。
色んな酒宴に参加し末席で話を聴いた。
バブルに踊ったプロデューサー、スポンサー、群がった芸術家達。
僕もその中の一人だった。
銀座、六本木、場違いな場所で場違いな男は連日酒を浴び、バブルに酔った。

東急ファン、エピックソニー、CM制作。
当時僕は37歳。
「プロデューサーにはまだ若い」と酒席で年上の人に言われた。
何をプロデュースするのか訳が解らない僕に。
日本は世界を飲み込もうとしていた。
僕と同様、実は何をしたいのか訳らないままに。

 
Posted at 11:23/ この記事のURL
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東京バブル / 2009年05月29日(金)
30代の頃僕はプロデュースの仕事をし、無い時はガードマンのバイトをしていた。
36歳の時世の中がバブルに向った。

東急グループとファンハウスが提携し東急ファンと言う会社が出来た。
東急文化村の地下には今も巨大なレコーディングスタジオがある。
数人の外部プロデューサーが集められ僕はその中に潜りこんだ。
スタジオもホールもまだ建設途中だった。

仕事は新人バンドの発掘と育成。
東京はパンク一色だった。
そして、物凄いバンドブームの時でもあった。
僕等は色んなバンドを観にライブハウスを回った。

知り合う人の数だけ仕事があった。
僕は正社員ではないので自由に動けた。
昔から興味のあったCM制作にも積極的に参加した。
同郷の長谷川氏はすでに「デジタル」と言う思想を掲げバリバリ仕事をしていた。

 
Posted at 11:13/ この記事のURL
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めんたんぴんのルーツ 2 / 2009年05月27日(水)
僕等は地元を歌った。
それは自然にそうなった。
アメリカへの憧れがあった。
僕等は、新しい小松、金沢、北陸を発見したかった。

ディランの歌うアメリカ。
ウッディ・ガスリーの歌うアメリカ。
ストーンズの歌うアメリカ。
僕等が思い描くアメリカは全て歌が作った。
そしてその歌のようにアメリカは進んだ。
それがミュージシャンの役割だった。

「音楽は音を楽しむ事だよ」なんていう人がいる。
音に苦しんだらいけないのか。
音に悲しんではいけないのか。
ミュージックを明治期に音楽と訳した者の責任は重い。
音楽より音謡だろ。
音苦、音悲でもかまわない。
話がズレた。

若者に言いたい。
サザンも、ユーミンも、ミスチルも関係ない。
彼等の音楽だけではまだまだ足りない。
彼らが歌ってないことは山ほどある
君の街の出来事を歌って欲しい。
つまんないなーと思う気持ちを歌ってみたら。
そこに発見がある。
身の回りのことを歌ってみよう。
八百屋のオヤジの子育て日記でも、95歳で競馬場に通う爺さんの話でも。
そこからだよ。ネ。

 
Posted at 18:36/ この記事のURL
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めんたんぴんのルーツ / 2009年05月26日(火)
僕の音楽のルーツはストーンズとグレートフル・デッド。
いうなればアメリカの音楽。
カントリー、ブルー・グラス、ソウル、ブルース、そしてロックン・ロール。

でもそれだけならつまらない。
僕が存在知る意味が無い。
音楽だけ聴いていても日本語の詞は作れない。
「日本人って何だろう」
ロックを演る為に僕は高校生の頃から考え始めた。

ミックがアメリカを発見したように僕も日本を発見したい。
ロックミュージシャンの役割はそれしかないと思う。
そんな事どうだって良ければ無国籍の人間としてレゲエかヒップホップに全身つかっていればいい。
そのほうが楽だ。

ロック以上に面白いものはこの世にあるかね。
日本において。
まだ、日本語による新しい表現は存在しないと思うけどね。
ありふれたラブソングと、とってつけたロック風アナーキーソング。
はらわたにしみるようなロックミュージックは一曲も無い。
だから日本は古臭い。
音楽で日本を発見する事がロックだ。
小松、金沢、石川県、日本。
発見しなければ街は死に、国は滅び、未来は閉ざされたままになる。

 
Posted at 15:04/ この記事のURL
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キース・リチャーズ / 2009年05月25日(月)
キースを真似たギタリストは日本にもいるが、皆猿真似に終わった。
キースは只のロックギタリストではない。
相当な知識がある。
僕はイタリア人ではないかと思っている。

ミックもロニーもイギリス人ぽい。
でもキースにはラテンの血とイタリア人の血が入っているように思う。
リズムの「ノリ」が黒人以上だ。
多分ミックは歌いにくいと思う。

ストーンズはリズムの混合体だ。
チャーリーとキースは似ている。
基本的にジャージーだ。
グルーブで演奏する。
ミックは黒人のように歌う。
どちらかと言えばアッパーだ。
ストーンズのサウンドはそのズレが旨みになった。

キースのギターで歌える歌手はミックとキースだけだ。
リズムのノリが強力でシンガーよりキースのほうが目立ってしまう。
そしてロック界で一番歌が上手い。
ミックはキースの足元にも及ばない。
次元が違う。

アッパーとダウンナー。
ポップとロック。
ミックはキースの底なし沼にはまらない。
それがミックの前向きな強さだ。
並みの歌手なら、もう遠に沼の奥に消えている。

 
Posted at 10:49/ この記事のURL
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デッドの良きフォロワーとなりたい / 2009年05月24日(日)
偉そうに言ってるが若い頃僕はデッドが嫌いだった。
池田洋一郎、サブ、柴田徹はデッド派で僕と飛田はストーンズ派だった。
でも、歳を取るごとに好きになった。
ストーンズは途中から変化しなくなったが、デッドは次々とスタイルを変えた。

僕は奥手のデッドファンだ。
だから若い人がすぐにデッドファンになるのは無理だと思う。
でも、知らないよりは知った方がいい。
なんせ、音楽の世界では知識は才能とみなされる。

僕の音楽的武器は三つ。
一つはストーンズ。一つはリンディス・ファン、そして一つはデッドで学んだ知識。
僕はビートルズの影響を受けなかった。
この年になって初めてジョージの曲を好きになった。
ビートルズは強力すぎて好きな人は一生離れられなくなる。
見ようによっては不幸だ。

僕の残りの人生においてガルシアから離れる事は無い。
常に中心にいる。
フォロワーとして良い作品を作りたい。
彼に恥じない曲を。
そして日本人としてデッドを追い続ける「めんたんぴん」に一員として、日本のロックを見続けて生きたい。

 
Posted at 13:09/ この記事のURL
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ボブ・ウェア派かガルシア派か / 2009年05月23日(土)
ボブ・ウェアの曲は難解で複雑だ。
コード譜を見ると気が遠くなる。
多分ロック界で一番複雑なコードを使う。
だから金属的に聴こえる。
それが魅力だと言う人もいるし、僕みたいに苦手なものもいる。

僕はガルシアが好きだ。
彼の作曲は素晴らしい。
日本人にも訳る哀愁がある。
口では説明できない。
ガルシアの曲を聴いて欲しい。
土臭いのもあるしシャレてるものもある。

全く正反対の二人が同じバンドにいたことが凄い。
ガルシアはちゃんと金属的なコードを弾いた。
僕ならバンドを辞めてる。

映画「スモーク」のエンドロールにガルシアの歌う「煙が眼にしみる」が流れる。
何処かの素人のデモテープが流れたと最初思った。
でも時に寒気がするほど上手く歌うことがある。
ガルシアは時として化ける。
99%。
ライブでは下手だ。

フィルモア最後の日のジョニー・ビ・グッドのギターは圧巻だ。
スピード感が普通じゃない。
物凄いノリだ。
あのプレイで彼は最高のロックギタリストだと訳る。
誰もあんなスピード、グルーブでギターを弾けない。
是非、一聴を。

 
Posted at 12:09/ この記事のURL
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デッド入門 かなりハードル高いぞ / 2009年05月22日(金)
デッドのファンにどのアルバムがベストかと尋ねても答えは返ってこない。
多分「○○年の○月○日のサンフランシスコのライブが一番いい」と答えるだろう。

ライブが主と言ってもデッドのスタジオ盤が良くない訳ではない。
実によく練られている。
迫力はライブに及ばないがそれはそれ。
曲に対する思いはしっかり表現されている。

「ワーキング・マンズ・デッド」に入っている「ケーシー・ジョーンズ」を聴いて何も思わなかったらデッドを聴くのは止めた方がいい。
10人中8人は何も感じないだろう。
それは仕方が無い。

でも「ケーシー・ジョーンズ」に何か感じたら見込みがある。
何か偉そうかな。
都会生活者は意外と苦手の場合が多い。
東京の弱点はそこにあると思うんだけど。

商業主義にイテコマサレタ耳には多分届かない。
冷たい言い方だが事実だ。
広い場所で育った人には楽に届く。
北海道生まれなら100パーセントだろう。
差別的かな?。
そうだね。日本の都会への差別?。
その通りだよ。

 
Posted at 12:13/ この記事のURL
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グレートフルデッドの内側 2 / 2009年05月21日(木)
商業主義に振り回される。
或いは利用する。
日本に有るのはそのどちらか。
システムが張り巡らされた為に若者は音楽事務所を頼りレコード会社を頼る。

やれアミューズだ、やれジャニーズだ、やれAベックスだと。
あたかもシステムがテッペンにあるかのよう二思っている。
そう思えば最初から敗北だ。
ミュージシャンとして恥だ。
事務所もレコード会社も所詮は黒子であり主はミュージシャンだ。
確かにビジネスから離れては生きていけない。
それはそうなのだが商業主義先行では情けない。
そんなものはどうだっていい。

外タレに頼る富士ロック等、大規模なコンサートに人が集まる。
そこに集まる人達を納得させるバンドが日本に一つも無い。
これは奇妙だ。
実に悲しい。
オアシスに負けないバンドがなぜ日本にいないのだろう。
やはり本気に突き当たる。
オアシスは商業主義なぞ突き抜けてる。
観客はそう思っている。
だから集まる。

サザンやBzやミスチルで満足できない若者はゴマンと居る。
当たり前だ。
彼らが欲しいのは「本気」であり「成功物語」ではない。
分り切ってる。

 
Posted at 11:34/ この記事のURL
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グレートフルデッドの内側 / 2009年05月19日(火)
グレートフルデッドは革新的だった。
レコードと言うものの概念を変えた。
バンドの活動の中心はあくまでもライブであると言う事を僕等に知らしめた。

ライブが主であり、レコードは補足物。
本当の楽しさはレコードだけでは知る事が出来ない。
その事は70年代における革命だった。
ヒットチャートの無視。
チャートでは実体が訳らない。
それはビートルズから抜け出す新しい試みだった。

新しいPAシステムの開発。
シリコンバレーからのコンピューターの導入。
一度きりのライブコンサートの為にデッドは多額の金を費やした。
商業主義への憎悪が底にあったと思う。
デッドは破産してもその歩みを止めなかった。

アメリカが商業主義の王様だと思うのは大間違いだ。
アメリカの魅力は「本気」」にある。
アメリカは「本気」の国でありそれゆえ大国になった。
日本では商業主義は神でありそれ以上の価値を国民は知らない。
今の日本に決定的に無いのは「本気」だ。

 
Posted at 10:02/ この記事のURL
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