2007年6月28日
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大井ナイター初日参戦 / 2008年03月31日(月)
旧友T君からの誘い「大井の初日行く?」
「行く行く、ゆかりも誘うよ」それでT君と僕と松田ゆかりは3月24日大井競馬場に行った。

ゆかりがボケかまして1時間遅れた。僕は大井町線出口で1時間待った。「藤原紀香なら1時間でも2時間でも待つがお前じゃなー」とゆかりに一発カマした。なんせ、当日は寒かった。

一番人気がバンバン飛び当たらない。ナイター照明でのパドックは苦手。現場にいながら、テレビモニターを観る。

8レース目ゆかり的中。固い馬券。いくらにもならないが、本人は異常に喜ぶ。「嬉しい。当たると嬉しい。明日も来たい」アホな女はニカーと笑う。T君と僕は大損。帰りは大井町のおでん屋へ直行。

終電まで飲みT君は帰った。僕とゆかりは新丸子で降りた。午前1時。
「当たった、ウヒヒ。明日も大井に行きたい」ゆかりはまだ熱が冷めない。飲みなおそうと言うことになり新丸子「庄屋」に行く。客はまばら。「いつもかすりもしない。今日は当たった。ドカンと買えばよかった。残念」女は金に弱い。そして単純。

午前4時閉店まで飲んだ。ゆかりはタクシーで家に帰った。寒かったが春らしい日だった。僕らはベロベロになるまで酒を飲んだ。春は酒が旨い。T君の発案で彼の経営するライブハウスで6月ライブを演ることにした。「ゆかりよ、チケットいっぱい売ったらいっぱいマージンはいるからな。頑張って売れよ」「マージン入ると嬉しい、また競馬に行ける」とつぶやいた。

アホな女と、デブな男のユニット「ステラブルー」のライブに皆さん是非おいで下さい。
初夏に頃、忘れないでネ。

 
Posted at 08:54/ この記事のURL
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アメリカの時代 3 / 2008年03月30日(日)
ロック感覚の無い人はいる。
それでも構わない。でも、江戸っ子気質とか、カブクとか、日本にも大切なロックンロールはあった。そもそも江戸文化はロックンロールだった。

僕の仕事は、音楽を作ることだがロックンロールを作ることことでも有る。音楽だけに拘らない。競馬場にはロックンロールが一杯有る。それを、物語にすること以外興味は無い。

いろんな場所で、いろんな時に、陽炎のようにモヤーと立ち上がりすぐに消えていく物。そのあやふやで、はかない陽炎を形にして残したい。

恋のトキメキ。恋の悲しさ。初めての出会い。皆、その時その場所で、立ち上がりすぐに消えていく。でも人は心の中に、しっかりとその陽炎をしまっている。
ロマンチックであろうが、現実的であろうが、心に焼き付いている。小さなロックンロール、可憐なロックンロール、悲しいロックンロール。心は常に動き心の中にはいつも大切な物が仕舞い込まれている。
ロックの時代は今始まったばかりなのだ。

 
Posted at 14:17/ この記事のURL
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アメリカの時代 2 / 2008年03月29日(土)
昔はスウイングと言った。アメリカで生まれたジャズマン達が作った。
スウイングすることは、ロックンロールすることと同じだ。どちらもアメリカ人が生んだのだが、細かく言えば世界中から移民した人達がかもしだした何かなのだ。

ロックンロールは文明となった。アメリカ一国の文化ではない。
人生をいかに、楽しむか。楽しい事とは何か。すべてロックンロールが背景にある。
ノリノリOK。ハジケテOK。デタラメOK。ナンチャッテOK。

日本のお笑いの世界を見てみよう。
タモリは、ジャズ スウイング派。さんま、紳助、鶴ベーはフォークロック派。ビートたけしは初期ロック派。爆笑問題は正にパンクロック派。すべての芸人はロックンロールを身につけている。昔の古いままの感覚の人はおよびじゃない。

文学の世界を、おいとけば今だロックンロールはモダーンなのだ。ポストロックンロールなぞ見たことも聞いたこともない。僕らはまだ「アメリカの夜」という暗闇にいる。そこを抜け出す術は無い。

 
Posted at 09:23/ この記事のURL
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アメリカの時代 / 2008年03月27日(木)
諸悪の根源のようにアメリカは言われている。
メデァは今にもアメリカ経済が、破綻しそうに報道する。アメリカに依存する日本はどうなるのかと。

もしアメリカ経済が破綻したら、日本は江戸時代に戻る。福田和也さんもそう述べられた。米とタクアンしか食うものはなくなる。大英帝国を終わらせたのは、アメリカだがアメリカ帝国を終わらせる国が、地球にあるだろうか。中国、EU、ロシア、そんな国はない。あるとすれば、日本だったが。アメリカはタフで、シンプルで、パワーが有る。認めざるおえない。今の日本人が束になってかかってもびくともしない。

アメリカの産んだ最大、無限のものはロックンロールだ。世界中の民謡がミクスチャーしてる。ロックンロール感覚はすべてのジャンルの芸術に影響を及ぼした。
僕らはアメリカの時代に生まれて死ぬ。それだけは、疑いようがない。

 
Posted at 10:00/ この記事のURL
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川崎の雨 / 2008年03月26日(水)
連日、酔いつぶれている。部屋のソファにたどり着き、そのまま眠る。
体のあちこちが痛み腕が上がらなくなった。それでも朝食を食べ終えた頃になると、復活する。

仕事の話は、大抵酒の席で決まる。皆仕事より、酒を飲みたいのだ。僕の周りの音楽関係者は全員酒飲み。二、三件、はしごしてから大事な話になる。

二日酔いで、赤い顔のまま酔い覚ましに川崎競馬場へ行く。今日は浦和で桜花賞がある。競馬場のソファに座ったら眠ってしまった。なかなか起き上がる気力が生まれない。テレビパドックでよかった的場文男の馬を買ったが、2着だった。

12レース中11レースで一番人気が飛んだ。最終レース意版人気は「ティアーズ ゴー バイ」ストーンズの名曲か。その馬から、12番への一点勝負。枠連単2600円、的中
負けを取り戻した。外は雨。競馬場が中古の傘を無料配布してくれた。おかげで濡れずに帰れる。痛む足をひきずり川崎駅まで歩く。桜はまだ咲かない。

 
Posted at 09:01/ この記事のURL
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5月18日日比谷野音 / 2008年03月25日(火)
5月18日日比谷野音にでることになった。
今年の春は、70年代ロックバンド再演コンサートが幾つかある。時代が戻ったのか。

下北沢「風知空知」で正式決定した。当コンサートのプロデューサーT君と飲んだ。
RC元マネージャーS君、サウストゥサウスの元マネージャーI君、5Dの佐藤さん。
同世代の音楽関係者が一同に会した。

僕とT君は流れて魚の旨いと言う店に行った。店員に時刻を聞くと、11時を過ぎたとの事。二人で店を出たが、T君がもう一軒行こうと言う。「ぐ」へ行く。店主ヨウスケの具合はまあよさそう。ポテトサラダで一杯。終電は諦める。

30年前の知り合いとの再開が増えた。皆昔のまま。思えば、あっけない人生だ。
すべてが、昨日のようだ。結局、僕とT君二人が残った。二人とも、まだ何かやれると思っている。「やっぱデットかね」「そうだな、一生デットだな」
消えることのない思いは、日比谷野音に続がっている。

 
Posted at 12:17/ この記事のURL
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思い出の人3 / 2008年03月24日(月)
川崎新丸子の友人Sは博才がある。よい星の下に生まれた。真似が出来ない。
ある日、Sは大井競馬場に行った。仕事を終えて帰る途中いい予感がした。
自分の会社の社員を誘って車で大井に行った。
着いてすぐの4レース目。競馬新聞を拡げた途端、直感が走った。「無印と無印なんだけどさ。ピンときたんだよね」 まだ馬連複までしか無かった時代。所持金は一万五千円。Sはそのレースの1−4を八千円買った。同行した社員にも千円買わせた。

なんたることか。そのレースは1−4で決まった。配当六千八百円。八千円が五十万になった。思わずトイレに駆け込み金を数えたらしい。「もう最初からさ、1−4しかないっておもってたんだよね。ピンと来たのよ。ウヒヒヒヒ」

僕には、こんな事ただの一度も無い。博打運は生まれたときに決まっている。ホンとそう思った。現在Sは三連単しか買わないと言った。その内ひっくり返るような馬券を当てるかも知れない。 多分、当てるのだろう。

 
Posted at 10:54/ この記事のURL
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思い出の人2 / 2008年03月23日(日)
kさんは学生時代バリバリの闘志だった。家庭を持っても、学生時代を引きずった。
kさんは小さな本屋を営んだ。僕は時々、その本屋を訪れ親しくなった。

kさんは競馬が好きだった。一時、競馬サークルで仕事をしていたらしい。
「あのね、明日のレースだけどさ、固いのは一レースしかないよ。後はさっぱり判らない。買う根拠にない馬に印が付いてる。ガンガンやらないほうがいいよ」なぞと、忠告してくれた。

金曜の夜か土曜の夜に、仕事を終えると僕の部屋に来た。「さーじっくり検討会しょうか。酒持ってきたから、飲めばいいよ。まず、一レースからね」

kさんは馬券を買わなかった。店の切り盛りで大変そうだった。
「一度馬券買うと、ハマッてしまうから、大変なことになる」kさんが引っ越していくまで僕らは親しく付き合った。

もう20年近く経つか。 kさん一家は幸せに暮らしているだろうか。優しい先輩と、一緒にすごした日々は忘れられない

 
Posted at 10:49/ この記事のURL
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思い出の人 / 2008年03月22日(土)
昔。よく府中競馬場でご一緒したTさんは「オッズは人民の声です」と言った。
「えっ?人民?」思わず口に出た。「そう、大衆の想いです」Tさんは黙々とノートにオッズを書き込む。

「今日のメインレース。朝投票開始直後の一番人気は2番です。現在は5番人気になってますが。誰かが朝早く2番の単勝をドンと買った。多分競馬関係者です。このレースは2番が勝つと思います、どうでしょう」

Tさんの予想はほとんどハズれた。でもTさんは自分のスタイルを変えない。ある年の秋華賞にどんと張り、ドカンと当たった。Tさんは嫁さんと二人、香港旅行に旅立った。
「いや楽しかった。妻も喜びました。なんせ牝馬のG1で儲けたのですから、女の人にサービスしたかったんです。勿論、香港でも競馬はしましたよ。当たりませんでしたけど。

Tさんはとっくに60を越えている。多分今も、オッズをノートに書き込んでいるだろう。
Tさんは紳士だった。

 
Posted at 10:42/ この記事のURL
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オールドマン、かく語りき / 2008年03月21日(金)
僕はオールドマンだ。オールドソングライター。一応歌を作り、歌うことを生業としている。ヤングであろうが、オールドであろうが、よい曲を作りたい事に変わりはない。

70年代ロックの源はアメリカ南部にある。イギリス人であるストーンズでも、日本人の僕も、同じように南部に吸い寄せられた。サザンの桑田君も同じ。
では、何故南部なのだろう。その問いが新しい日本の音楽を作ることに続がる。

ストーンズの代表作に「スティキーフインガー」を聴いて何も思わん人もいる。多分作った本人達さえ、これほど世界中で聴かれる物になるとは思わなかっただろう。
あのアルバムを貫く感覚こそが、20世紀がたどり着いた「今を生きる」有様なのだ。

ロックは時代の先端にあった。それまでのすべての芸術は色あせた。ロックは流行歌ではない。流行歌と言う概念をも破壊した。そのハズだった。新しい物に向かうことが、生きることである。オールドマンはそう思うのだ。



 
Posted at 12:23/ この記事のURL
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