2007年6月28日
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「政治と芸術は切っても切れない仲?」 / 2005年11月29日(火)
「民主党」はアホである。昔の社会党の方が少しはマシだった。社会的弱者を無くし、ヨーロッパ型の国造りを目指すとか?馬券が外れても半額返しますみたいに聞こえる。「自民党」はなんぼかマシだ。人間を良く見ている。詳しい説明は省く。2大政党制になど、ならなくていい。一度民主党が政権をとれば、そのアホさ加減を国民も良く分かるかもしれない。日本は世界一成功した国だ。経済もインフラも。他の国は及ばない。その前提で言うのだが、足りないものがある。私達はもっと人生を楽しみたい。納得したい。絵描きも作家もロッカーもそこを考えるために存在している。人を楽しませる、そのために作品を作っている。利権で食っている芸術家たちは要らない。役人の数が減らないように、この者たちも減らない。両者はガッチリとタッグを組んでいる。べら棒な税金が彼らにばら撒かれている。それゆえ、芸術家は何も生まない。ただヘラヘラとこの国で漂っている。

 
Posted at 23:46/ この記事のURL
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「感動した、最後のオグリキャップ」 / 2005年11月29日(火)
競馬が好きで、馬が好きと言う人がいる。馬を好きな人が競馬を見てどう思うのだろう。競馬は動物虐待である。馬に無理な事をさせている。私はパドックでいつもそう思う。「まあ我慢してくれや、悪いのう。走れんようになったら、カンヅメやけどな。でも現実や。人間も同じようなもんや。何のために生まれてきたんか、よう分からん。『生きる』とはそういうこっちゃ。勘弁してくれ。で、今日の調子はどうなんかな?走れそうかいな。」・・
アホな人間に反発した馬がいた。オグリキャップだ。堂々としていた。最後に私たちを圧倒した。ジャパンカップで2着に来た時、私は思わず泣いた。私の周りの青年たちも年寄りたちも皆泣いた。感動した。それで競馬が盛り上がった。心に何かを得たのだ。私達は「本当の凄さ」を見た。「ディープインパクト」は人気がある。でも私には今のところ、ただの強い馬に過ぎない。中央競馬会は心せねばならない。

 
Posted at 13:10/ この記事のURL
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「進化しつつある中央競馬を背に」 / 2005年11月21日(月)
生来の面倒くさがりやである。競馬新聞もあまり読み込まない。勉強嫌いだ。それでパドック党になった。データも血統も関係ない。目の前にいる馬が全てだ。元気な馬、走る気満々の馬、グッと首を下げ闘志を内に秘めた馬、そういう馬を探す。自分の体調、精神状態が芳しくない時は、さっぱり当たらない。16頭も平気で出走する中央のパドックを12レース見るのは疲れる。手頃な数の公営の方が私にはあっている。連単、三連単も買い易い。金沢競馬場では三連単を3点〜5点買う。それで済む。それで当たらなければしょうがない。到底中央の三連単を買う気になれない。中央の三連単を当てる行為はもはや競馬ではない。違うゲームだ。原点を見失っている。時代は地方競馬に向かっている。私はそう強く信じている。中央競馬の未来はアヤウイ。

 
Posted at 01:11/ この記事のURL
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「競馬場なくして川崎は無し」 / 2005年11月21日(月)
高橋源一郎さんが言った。「公営は大井と船橋が残るでしょう。川崎はどうかな?」川崎競馬場が無くなったら、私は川崎に住まない。そんなアホな事を神奈川県が行うなら、私は県庁に押しかけ、農水関係の者を襲うだろう。「あー川崎も潰れちゃったねー」と呑気な事は思わない。体でぶつかる。頭は悪い。頭などどうでもいい。私の体が絶対許さない。そんな事絶対許さない。ふざけるな!美術館を残し、音楽ホールを残し、競馬場を潰すような役人は要らない。そのような者が、行政を行う事を許さない。利権、利権で守られている美術界とクラシック界など守る必要はどこにも無い。「唱歌」に並ぶクラシックを私は知らない。人が暮らすとはどういうことか?今、真剣に考えなければいけない。年金、年金と叫ぶ者は年金をもらえない人(払えない人)はとおに諦めている。日本中貧乏臭い話ばかりだ。年金よりも公営競馬場が私には大事だ。アホだからね、私は・・。

 
Posted at 01:04/ この記事のURL
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「もう一人のさそり座の男」 / 2005年11月20日(日)
川崎競馬場の野崎騎手は私の一押しだった。どんな馬でもサッと先行した。馬群の後方に野崎騎手がいたのを見たことが無い。騎乗数はとても少ないのだが、連対率は高かった。何度もいい思いをさせてもらった。野崎といえばロジ―タなのだが、馬には興味が無いので、どうでもいい。野崎騎手が引退したと松田ゆかりに聞いた。残念だ。楽しみが一つ減った。彼は11月1日生まれ。私と同じ。きっかけは実にくだらない事だったが、それを知ってからずっと彼に注目した。さそり座の男だ。独特の感性があった。的場文男や内田博とは違う。涼しさがあった。決して目立たないがそんなところも好きだった。野崎の勝負服が先頭に踊り出る場面がもう見れないのだ。何度も「野崎!」と叫んだ。11月1日生まれの男は静かに、去って行った。

 
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「今も昔も川崎競馬場は頑張っている!」 / 2005年11月20日(日)
私は田舎者である。北陸人だ。川崎に30年間住んでいるが、れっきとした田舎者である。間違っても都会人ではない。でも田舎臭さは嫌なのだ。矛盾している。私は都会人が好きだ。誰も飾らない。自分の意見をズバズバ言う。カッコいい。田舎者は自分を卑下し、自分の思いを隠したがる。私もそうである。最低なのだ。正しく私は田舎者だ。よって田舎臭さには人よりも敏感だ。憎んでいる。都会人が田舎者になってもらっては困る。田園調布が田舎臭い。いつからかそう感じるようになったのか分からない。東京が面白くなくなった。かといって、三浦や鎌倉が良い訳でもない。クレイジーケンもサザンの桑田君もそう思っているのではないか?だましが利かない程チープになった。川崎競馬場だけは昔のままだ。一ノ瀬、金子、森下、大好きな野崎は引退したみたいだけど、皆、頑張っている。岡村ももうベテランだ。個性的な騎手がいっぱいいる。金子の追い込みは、たまらんで!

 
Posted at 02:19/ この記事のURL
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「気取らず驕らず高ぶらず」 / 2005年11月20日(日)
私は熱烈な公営競馬ファンである。知っての通りだ。前号で書いた通り、「風呂桶持ってゆける競馬場」が好きだ。ハンバーガーよりもおでん。フライドチキンよりアジフライである。気取るのは嫌いだ。東京の良さは正にそこに在る。田舎は気取る。田舎は都会志向だ。私には中央競馬が貧乏臭く思える。府中の新館の発想こそが田舎臭い。そう思いませんか?気取らず、開けっ広げな江戸文化はどこへ行った。たまプラに憧れる者は田舎者に決まっている。朝から晩までたまプラーヌを演じなければいけない。ウソくせー!大人がこれほどアホだらけになるとは情けない。東京や神奈川に住んで旨い魚など食える訳が無い。食通を気取ってもまともな魚をそもそも食ってない。薄っぺらいのだ。それなら、「オイ、チョット、川崎で競馬スッベーヨ!」の方がかっこいい。アホはスウィーツでも食って寝ろ!

 
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